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村上RADIO~ペット・サウンズ オールカバー~

村上RADIO~ペット・サウンズ オールカバー~

こんばんは。村上春樹です。村上RADIO、今夜はビーチ・ボーイズのアルバム「ペット・サウンズ」の完全カバーをお送りしたいと思います。しばらく前にビートルズの「ラバー・ソウル」のほぼ全曲カバーをやりましたが、今回は同時代のもう一つの名盤「ペット・サウンズ」を取り上げます。ブライアン・ウィルソンの豊かな才能溢れる、ユニークで、親密で、少しばかり悲しい世界を様々なミュージシャンのカバーで、新しい角度から味わっていただければと思います。 がんばって全曲かけたいと思いますが、時間足りないかなぁ……。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」
Wouldn't It Be Nice
Wilson Phillips
Dedicated
MASTERWORKS
「ペット・サウンズ」がリリースされたのは1966年の夏で、僕はその時高校3年生、17歳でした。発売と同時にこのアルバムを通して聴きました。それで、どう思ったか? いくつかの曲は素晴らしかったけど、あとの半分くらいは正直言ってあまりピンと来ませんでした。でもそう感じたのは僕だけじゃなくて、一般のファンたちも、あるいはビーチ・ボーイズのほかのメンバーたちもだいたい同じだったみたいです。レコードも期待したほどは売れませんでした。要するに、ブライアン・ウィルソンの才能と感覚が、時代よりずっと先のほうに行っていたんですね。
でも今聴くと、本当に素晴らしい見事な音楽世界です。僕はもう半世紀以上ずっとこのレコードを聴き続けていますが、聴き飽きしません。

アルバムの収録順に従っておかけします。まずはLPで言うとA面の一曲目、「素敵じゃないか」“Wouldn't It Be Nice”。あまりにも有名な曲ですね。シングルカットされてヒットしました。ブライアンの二人の娘と、ママズ&パパズのジョン・フィリップスの娘が三人で結成した二世バンド、Wilson Phillipsが歌います。
you still believe in me
Brian Wilson
Brian Wilson presents Pet Sounds Live
EMI
that's not me
Brian Wilson
Brian Wilson presents Pet Sounds Live
EMI
A面二曲目の“You Still Believe in Me”と三曲目の“That's Not Me”はブライアン自身のセルフ・カバーで、続けて聴いてください。
2002年にブライアン・ウィルソン・バンドが「ペット・サウンズ再現ライブ」をやったときのライブ録音です。僕もこのバンドが来日したとき聴きに行きましたが、精緻を凝らしたスタジオ録音で作り上げたあの「ペット・サウンズ」が、ステージでそのまま再現されるなんて、最初はとても信じられませんでした。これはロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールでの録音です。

<収録中のつぶやき>
よくここまで回復したなあと思います。もうみんなブライアンはだめだと思っていたからね。声は昔の艶(つや)はなくなっていたから、それは聴いていて悲しいなという気がしたけど、でもやっぱり嬉しかったですね。
Don't Talk (Put Your Head On My Shoulder)
Anne Sofie von Otter, Elvis Costello
For the Stars
Deutsche Grammophon
A面4曲目の“Don't Talk”。これ、僕の大好きな曲です。何も言わないで、僕の肩に顔を寄せて。オペラ歌手のアンネ・ゾフィー・フォン・オッターとエルヴィス・コステロ。なかなかユニークにして、魅力的な組み合わせです。
I'm Waiting For The Day
PEANUT
NO GO SHOWBOAT
A-side
A面5曲目の“I'm Waiting for the Day”。ピーナッツという女性歌手が歌いますが、この人のことはよくわかりません。でもなかなか素敵なカバーだと思います。
自分が想いを寄せる人が、恋人に捨てられて泣いていて、彼女を慰めながら、いつか僕のことを好きになってくれる日が来るのをじっと待っているよ、と語りかける歌です。ここで歌っているのは女性ですけど。ある評論家は「ペット・サウンズ」というアルバムを「幸福についての悲しい歌の集まり」だと言っていますが、なかなか的を射た表現だと思います。
Let's Go Away for a While
Sean MacReavy
Dumb ANGEL
M&M RECORDS
「しばらくどこかに消えたいね」 “Let's Go Away for a While”。どこか別の場所に消えてしまいたいというのは、当時のブライアンの正直な気持ちだったかもしれません。センシティブで傷つきやすい人だったんです。「ペット・サウンズ」の多くの曲には、彼の心の静かな叫びみたいなものが託されています。 本来はインストゥルメンタル曲なんですが、ここではショーン・マックリーヴィーが歌詞をつけて歌っています。

<収録中のつぶやき>
カバーを一番見つけづらかったのが、Let's Go Away for a While”。正直言って、これしか見つからなかった。
SLOOP JOHN B
LITTLE JOE SHAVER and DEVIL DOG
COUNTRY SURFIN'
Chelsea Records
A面最後のトラック“Sloop John B”。この曲だけはブライアンのオリジナルではなく、バハマの古いフォークソングです。1958年にキングストン・トリオが歌ってヒットさせています。
当時フォークソングに凝っていたメンバーのアル・ジャーディンがブライアンに頼み込んで、アルバムに入れてもらいました。アルバム全体のコンセプトにはいまいち馴染んでいませんが、でもブライアンの素敵なアレンジの助けもあって、シングル・ヒットしました。
今日はLittle Joe Shaver And Devil Dog(リトル・ジョー・シェーバー・アンド・デビル・ドッグ)というカントリーのバンドの演奏で聴いてください。古いアナログLPでかけます。

<収録中のつぶやき>
ペット・サウンズ」は6バージョンくらい持っているかな。ペット・サウンズボックス、オリジナル版のモノラルとステレオ、それから日本発売のCD、あとはなんのかんので、5~6種類は持ってるんじゃないかな。
GOD ONLY KNOWS
DAVID BOWIE
TONIGHT
EMI
さて、B面の一曲目は、ブライアンが作曲した音楽の中では、一番深い意味をもつ、大事な曲かもしれません。「神のみぞ知る“God Only Knows”」。僕は聴くたびに、この音楽の持つ意外性みたいなものに心を打たれます。
音楽の構成とか、和音のあり方とか、楽器の使い方とか、歌詞の内容とか、すべてがちょっとずつ普通じゃないんです。最初は「なんだ、これ?」みたいな感じもあるんだけど、でもやがてその普通じゃなさが心にじわっと染みてきます。今日はデヴィッド・ボウイの歌で聴いてください。
I Know There's An Answer (Hang On To Your Ego)
AARON SPRINKLE
MAKING GOD SMILE
Silent Planet Records
B面の二曲目“I Know There's an Answer”(答えはあるはず)。この曲の最初のタイトルは、”Hang on to Your Ego”(エゴにしがみついて)というものでした。でもメンバーのマイク・ラヴが「ドラッグの匂いがする」とケチをつけて、タイトルが差し替えられました。歌詞も少し書き直されました。マイク・ラヴはビーチ・ボーイズを、できるだけ「オール・アメリカン」的にクリーンなバンドにしておきたかったんですね。アーロン・スプリンクルはこの曲を、その両方の歌詞で歌ってカバーしています。“I Know There's an Answer & Hang on to Your Ego”。

<収録中のつぶやき>
「ペット・サウンズ」は、ブライアンがものすごく凝って、トータルなコンセプトで一枚のLPにまとめあげたんです。そういうのって、それまで存在しなかった。ヒットソングを適当に集めてL Pをつくるというのが、それまでのアルバムの作り方だったんですよね。
Here Today
Bobby Vee
NO GO SHOWBOAT
A-side
B面の三曲目“Here Today”をボビー・ヴィーが歌います。意外な人の、意外な曲のカバーですね。オリジナルはかなり凝ったアレンジが特徴的なんですが、ボビー・ヴィーはかなりあっさりと歌っています。
I Just Wasn't Made for These Times
SixPence None the Richer
MAKING GOD SMILE
Silent Planet Records
B面の4曲目は、なかなか大事な意味を持つ曲です。“I Just Wasn't Made for These Times”(僕は間違った時代に生まれた)。トニー・アッシャーの書いた歌詞ですが、そのままブライアンの正直な心情告白のように聞こえてしまいます。歌っているのはSixPence None The Richer(シックスペンス・ノン・ザ・リッチャー)というバンドです。
PET SOUNDS
FREDDIE McCOY
Soul Yogi
Prestige
これは歌の入っていないインストゥルメンタルチューンです。アルバム・タイトルにもなっている“Pet Sounds”を、ジャズ・ヴァイブラフォンのフレディ・マッコイが演奏します。
この曲のカバーってかなり少ないんです。特にジャズの人がやっている例は他にないと思います。アナログLPで聴いてください。

<収録中のつぶやき>
いちばんヒットしたのは“Sloop John B”なんですよね。ブライアンのオリジナルじゃない唯一の曲がアメリカではヒットしました。“Don’t Talk”もいい曲だし、“Caroline, No”も素晴らしい曲だけど、一般ピープルには理解が困難だったんだと思う。なかなかカラオケで歌いづらいというか……(笑)。
caroline, no
Timothy B.Schmit
Stars and Stripes vol.1
River North Nashville Records
さて、アルバム「ペット・サウンズ」の最後のトラックになります。元イーグルズのTimothy B.Schmitが、ビーチ・ボーイズをバックコーラスに従えて美しいバラード“Caroline, No”を歌います。かつて胸を熱くしてくれた美少女キャロラインは、もう髪を短く切って、少女ではなくなっています。夢の中の「カリフォルニア・ガール」ではなくなってしまっている。きっと結婚して、子どもを何人かつくって、サーフィンもやめちゃったんでしょうね。
CAROLINE, NO
The Hollyridge Strings
play The Beach Boys Songbook - Vol. 2
Capitol Records
今日のクロージング音楽は、ホリーリッジ・ストリングズが演奏する“Caroline, No”です。

ビートルズのプロデューサーであるジョージ・マーティンは、「もし『ペット・サウンズ』がなかったら、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』も生まれていなかっただろう」と語っています。

ジム・フジーリという人が書いた『ペット・サウンズ』という題の本が、僕の翻訳で新潮文庫から出ています。アルバム「ペット・サウンズ」についてもっと多くを知りたいという方がおられたら、是非これを読んでみてください。多分役に立つと思います。
今日の言葉はシンシア・ワイルさんがブライアン・ウィルソンに向けて言った言葉です。
シンシア・ワイル、バリー・マンと夫婦で作詞作曲コンビを組んでいた女性ですね。彼女は言いました。

「ねえブライアン、それって今でなくちゃいけないの?」
これには状況説明が必要ですね。
シンシア・ワイル、バリー・マンはライチャス・ブラザーズのために「ふられた気持」“You've Lost That Lovin' Feelin’ を書いてそれがヒットしたときのことですが、夜中の3時前に電話がかかってきました。なんだろうとドキドキして、シンシアが受話器を取ると、かけてきた相手はブライアン・ウィルソンでした。彼は『ふられた気持』をラジオで聴いて、感激のあまり彼女の自宅に電話をかけてきたんです。
「ねえ、シンシア、あれは本当に素晴らしい音楽だよ。感動した。今度僕と一緒に仕事をしないか?」。
シンシアは言いました。「ねえブライアン、そう言ってくれるのはとても嬉しいんだけど、それって今でなくちゃいけないの?」
ブライアン、きっとクスリでもやってぶっ飛んでいて、時間の観念がなくなっていたんですね。皆さんも電話をかけるときは時刻をよく確かめてくださいね。

3月24日金曜日の夜に、早稲田大学「国際文学館(村上春樹ライブラリー)」のスタジオで、村上RADIOの公開収録を行います。内容はたぶん、スガシカオさんと二人で古いソウルミュージックについて語り合うということになると思います。詳しくは村上RADIOの番組サイトをご覧ください。

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 今回、放送の最後に紹介された本、『ペット・サウンズ』(ジム・フジーリ著・村上春樹訳)には「神さまだけが知っていること」と題された14頁の長い<訳者あとがき>が付されている。村上さんは「ペット・サウンズ」というアルバムがいかに革新的で独創的であったのか、「聴いてみてください。聴いてみる価値のあるアルバムです」と読者に語りかけている。ロックの歴史を変えたブライアン・ウィルソンの「ペット・サウンズ」。スタジオでその全カバー曲と村上DJの親密さに満ちた語りを聴きながら、この番組もまた、誰にも真似できない「独創的な世界なのだ」と思った。(エディターS)
  • 村上春樹さんの6年ぶりの新作長編が話題ですね。外国文学の翻訳やクラシック本の執筆、そして村上RADIOの準備。忙しい中で、いったいいつ書いたんでしょうね?わたしたちもびっくりです。そういえば、昨年10月の放送回で「長編小説の執筆の予定は?」というリスナーさんの問いに、「はっきりとした形をとるまでは書いているとも書いていないとも言わない。」と答えていました。あのときにはもう書き終わっていたんじゃないか!ということですが。うれしいサプライズ、4月の発売を楽しみに待つことに致しましょう。(構成ヒロコ)
  • 「ラバー・ソウルの包み方」に続き、今回のビーチ・ボーイズ「ペットサウンズオールカバー」はいかがでしたか?ビーチ・ボーイズがビートルズの「ラバー・ソウル」に刺激を受け作ったという「ペットサウンズ」。それをさまざまなアーティストがカバーしている曲を、レコードの曲目順にお送りしました。 カバーの中でも、誰のカバーを選ぶかが、村上DJの腕の見せ所です。さて!村上ライブラリーでの第二回目の公開収録が決まりました!スガシカオさんをゲストに迎えます。村上RADIOスペシャルシートをご用意しておりますので、皆様奮ってご応募ください。(レオP)
  • 今回の村上RADIOは、アルバム全曲カバー特集第二弾。前回のビートルズ『ラバー・ソウル』は「ほぼ」全曲だったのに対し、今回は「ほぼ」ではなく全曲1時間の番組内に収まりました。それにしても全曲カバーされたアルバムって他にどれ位あるものなんでしょう。改めて歴史に残る偉大なアルバムを、様々なミュージシャンの解釈で楽しめる1時間です。(キム兄)
  • 真冬の日曜にペット・サウンズオールカバー。楽しさだけでなく、そこにちょっとした青春の後悔や悲しみがまぶされているブライアン・ウィルソンの音楽。ホットウィスキーと、暖かいブランケットが似合う素敵な55分でした!(延江GP)
  • 村上さんの新作の発売の発表がありましたが、びっくりですね。私も「いつ書いていたんですか?!」と驚きでした。嬉しいサプライズ発表ですね。楽しみです。楽しみといえば、今回の村上RADIOのエンディングで公開収録のお知らせもありました!ご応募お待ちしております!(AD桜田)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。