MURAKAMI RADIO
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村上RADIO~再びアナログ・ナイト~

村上RADIO~再びアナログ・ナイト~

こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今夜はお馴染みの「アナログ・ナイト」です。
僕が自宅から持参したアナログ・レコードをかけます。その合間にいろいろ話をします。たいした話じゃないですけど、猫の頭でも撫でながら気楽に聞いてください。
猫はいない? 困りましたね。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」


僕は今年の1月から5月にかけてボストン近郊で生活しておりまして、暇を見つけて中古レコード屋巡りをし、古いレコードをいっぱい買いました。ニューヨークにも行ったので、ここでもレコードを買い込みました。全部で100枚くらいは買ったかな。ほとんどがジャズですけど、持ち帰り、すげえ重かったです。でもね、中古屋の主人が僕の顔を覚えていてくれて、「おお、あんた久しぶりだな」と5ドルおまけしてくれました。久しぶりっていっても、前にこのあたりに住んでいたのは20年くらい前だから、記憶力がいいんですね。というか、それとも僕がすごく熱心に通っていたからなのか……いずれにせよ、マニアックな世界です。
WEDNESDAY'S CHILD
マット・モンロー
マット・モンローのすべて
Capital
最初に「水曜日の子供」をかけます。Wednesday’s Child、水曜日生まれの子供は悲しみに満ちている。僕も実をいうと水曜日生まれです。それに加えて丑年の山羊座、血液A型という、あまりぱっとしない地味な生まれです。おかげでいろいろとひどい目にあいました。まあ、楽しいことも少しはありましたけどね。全国の水曜日生まれのみなさん、けなげに頑張って生きてください。そのうちにいいこともあります、たぶん。
歌うのはマット・モンロー。「ロシアより愛を込めて」の主題歌を歌った歌手ですね。作曲者も同じジョン・バリーです。
これは古い映画の主題歌で、映画の題は「さらばベルリンの灯」といいます。戦後のベルリンでのナチ残党の暗躍を描いたサスペンス映画で、脚本はハロルド・ピンターが書いています。ノーベル文学賞をもらった人ですね。僕は18歳くらいのときに神戸の映画館でこの映画を観ましたけど、正直言ってそれほど面白い映画じゃなかったです。地味で暗くてね。でもこの曲はよく覚えています。聴いてください。「Wednesday’s Child」、マット・モンローが歌います。
Nostalgia (The Day I Knew)
SAMARA JOY
Linger Awhile
Verve
この間アメリカに行ったとき、友だちが「ハルキさん、これ、わりに新しく出たレコードだけど、とても素晴らしいから聴くといいよ」と推薦してくれたものです。サマラ・ジョイという若い黒人女性がジャズ・スタンダード曲を歌っているんだけど、これがやたらうまくて、センスが良くて、感心しちゃいました。とても20代前半の歌手とは思えない。でもこの練れ方、なんかウィントン・マルサリスの女性ボーカル版みたいですね。僕は最近のジャズってあまり熱心に聴いていなかったので、よく知らなかったんだけど、すごく人気があるみたいで、彼女の出演するジャズクラブはすべてソールドアウト、みたいな状況だそうです。
ジャズ・トランペッターのファッツ・ナヴァロが作った「ノスタルジア」という曲を聴いてください。作ったといっても「アウト・オブ・ノーホエア」というスタンダード曲のコード進行を借りて、勝手にメロディーをつけただけなんですけど。その曲にジョイさんが更に歌詞をつけたんですね。
しかし、いや、かっこいいです。サマラ・ジョイ“Nostalgia”。
片道切符
林ヒロシ
とりわけ10月の風が
SOUR GRAPE RECORDS
次はちょっと珍しいレコードを聴いてください。林ヒロシさんの歌う「片道切符」……と言っても、何のことだかきっとわかんないですよね。実は林ヒロシさんというのは、僕が学生時代、水道橋の「スイング」っていうジャズ喫茶でバイトしているときに、一緒に働いていた高校生の男の子で、当時フォークソングの歌手をしていました。本名は小林政広くんといって、のちに映画監督になり、『春との旅』や『海辺のリア』といった作品を撮って高く評価されて、海外の賞をもらったりもしたんですけど、残念ながら昨年の8月に癌のために亡くなりました。

フォーク歌手をやっているとき、僕らは「小林少年」って呼んでいたんですけど、彼はレコードを出しまして、「村上さん、これあげます。聴いてください」と言って、そのLPを3枚くれました。アルバムのタイトルは『とりわけ10月の風が』です。僕はその三枚、まだ手もとに持っています。
ジャケットのクレジットを細かく読んでみると、なんと若き日の坂本龍一さんがピアノで参加して、アレンジまでしているんです。たぶんその時代、坂本さんもまだ藝大の学生ですよね。これ、すごいコレクターズ・アイテムというか、正直びっくりしました。
坂本龍一さんもこのあいだ亡くなってしまって、淋しいです。小林くんと坂本さん、お二人の冥福を祈って、この曲をかけます。「片道切符」、作詞作曲は小林政広くん、ピアノとアレンジメントは若き日の坂本龍一さんです。

<収録中のつぶやき>
あ、ここ坂本龍一さんのピアノだ。なかなかアレンジもかっこいいですね。
JUST THE WAY YOU ARE
AHMAD JAMAL
ONE
20th Century Fox Records
亡くなったといえば、ジャズ・ピアニストのアーマッド・ジャマルさんもつい最近亡くなりました。僕は一度アメリカのジャズ・クラブで彼のトリオ演奏を聴いたことがありますが、素晴らしかったですよ。奥深い音が鳴っていました。1950年代から活躍している人だけど、歳を取って枯れるということのない人で、絶えず自己革新を続けていました。

1950年代にはマイルズ・デイヴィスが彼の熱心なファンでして、「髪が緑色で、アーマッド・ジャマルみたいなピアノを弾く子供がほしい」と発言しておられました。いいですねえ。
でもジャマルさんはなぜか管楽器奏者とまず共演しない人でして、マイルズ・デイヴィスとの顔合わせはないままに終わりました。
ビリー・ジョエルのヒット・ソング「Just The Way You Are(素顔のままで)」をジャマルさんが演奏します。
Blue Moon
ELVIS PRESLEY
ELVIS PRESLEY
RCA
次はエルヴィスをいきます。といってもコステロじゃなくて、プレスリーのほうです。このあいだ飛行機でバズ・ラーマン監督が作った映画「エルヴィス」を観ました。映画そのものは、まあよくある「バイオピック(伝記映画)」パターンだけど、エルヴィス役の俳優、歌がうまかったですね。たぶん本人が歌っていると思うんだけど。
今日聴いてもらうのは、1956年に発売された彼のデビュー・アルバム『エルヴィス・プレスリー』に入っている「ブルー・ムーン」です。これはロジャーズ&ハートのコンビが1934年に書いたスタンダード曲なんだけど、それをエルヴィスが取り上げて歌っています。でも不思議なことに、サビの部分をまったく歌わないんです。忘れちゃったのか、それとも意図的にすっ飛ばしたのか、メインのメロディーだけを何度も何度も繰り返して歌っています。途中に適当な即興のフレーズを挟んで。でも、それがなんだかとても不思議な効果を出しているんです。伴奏もギターの胴を自分でトントンと叩くみたいなサウンドだけだし、エコーがかかりまくりの録音だし……。僕はエルヴィス・プレスリーという人の異様性というか、何かしら並外れたものをそこに感じちゃうんだけど、それって感じ過ぎでしょうかね?

<収録中のつぶやき>
僕はこれ、サビの部分のコード進行を忘れちゃったからじゃないかと思うんだけど(笑)。面倒くさいからサビ抜きで行っちゃえみたいな感じで、よくわからないんだよね。謎に満ちている。
CITY LIGHTS
LIVINGSTON TAYLOR
LIFE IS GOOD
Critique
神宮外苑の再開発がいろいろと話題を呼んでいますね。僕はヤクルト・スワローズのファンなので、東京にいるときは神宮球場に歩いて行けるところにずっと住んでいます。昔はほとんど毎朝、外苑のまわりをランニングしていました。あの周回コース、1キロメートルちょっとで、走るのにちょうどいいんです。100メートルごとに印(しるし)がついているしね。

昔、もっと若い頃、外苑のまわりを走っていると、いつも1人の若い女性ランナーとすれ違いました。僕は常に反時計回りに回るんですけど、彼女は常に時計回りに走っていて、従って1周につき2回すれ違います。とても素敵な感じの良い女性で、毎朝顔を合わせているうちに、自然にお互いにっこり会釈するようになりました。でも、お互い逆方向に走っていますから、声をかけたり、そういうことってできません。
で、そのうちに僕はヨーロッパで暮らすようになって、東京を離れて、その素敵な女性とはそれきりになってしまいました。とても残念です。それは僕にとっての密やかな良き思い出になっております。まあ、そういうこともあって、僕は神宮外苑の再開発には強く反対しています。
緑溢れる気持ちの良いあの周回ジョギング・コースを、そして素敵な神宮球場を、どうかこのまま残してください。一度壊したものって、もう元には戻りませんから。

リヴィングトン・テイラーを聴いてください。お兄さんのジェームズ・テイラーとデュエットで「シティ・ライツ」を歌います。このアルバムのジャケットの絵は矢吹申彦さんが描いていて、これがとても素敵なんです。

<収録中のつぶやき>
400メートルトラックって、半時計周りじゃないですか。だからもうそれが習慣になっていて、つい半時計周りに走ってしまうんだけど、時計周りが好きな人もいるよね。
Pilgrim's Chorus from Tannhauser
San Francisco Gay Men's Chorus
San Francisco Gay Men's Chorus Tours America '81
Golden Gate Records
次はちょっと変わったレコードを聴いてください。サンフランシスコ・ゲイ・メンズ・コーラスがワーグナーの「タンホイザー」から「巡礼の合唱」を歌います。名前のとおり、サンフランシスコ近辺に住むゲイの男性たちが集まって作った合唱団です。その人たちが全米公演をやってまわりまして、レコードを作りました。写真を見ると全部で60人くらい団員がいます。きっとサンフランシスコじゃないと、こんなにたくさんのゲイの団員は集められませんよね。このレコード、ボストンの中古レコード屋の1ドル・コーナーで売れ残っていたものを、僕が買ってきました。
GIRL TALK
GREG PHILLINGANES
SIGNIFICANT GAINS
Planet
以前、ホームページを持っていたとき、北海道では「中途半端」のことを「途中半端」って言います、というメールをいただきまして、「ほんとかよ?」みたいなことを言ったら、北海道のみなさんから「ほんとだよ」というメールを数多くいただきました。「うちのお母さんは中途半端と途中半端を、場合によって使い分けています」という人までおられました。信じられませんよね。いったいどんなふうに使い分けるんだろう? この途中半端問題に関して、僕はまだ「ほんとかよ?」モードなんですが、ほんとうでしょうか? 北海道在住のリスナーのみなさん、どうか教えてください。グレッグ・フィリンゲインズが歌います。「ガールトーク」
DADDY'S HOME
CLIFF RICHARD
Wired for Sound
EMI
この間、水族館に行ってふと気づいたんですが、マグロとかが回遊している巨大水槽の前に立った中年のご婦人って、必ず「ああ、おいしそう」って言うんですよね。それもわりに切実な、大きな声でね。マグロがそれを聞いて怯えないといいなあと思います。

マグロとは関係ありませんが、クリフ・リチャードがドゥワップの名曲「ダディーズ・ホーム」を歌います。
Wild Is the Wind
DOROTHY ASHBY
Soft Winds/The Swinging Harp of Dorothy Ashby
Jazzland
今日はここまでです。ラストの曲は女性ハープ奏者ドロシー・アシュビーさんの演奏する「Wild Is The Wind (風は荒く)」です。ハープとヴァイヴラフォンの音の組み合わせが美しいですね。ヴァイヴを弾いているのはテリー・ポラード、やはり女性です。
今夜は、うちからいろんなアナログ・レコードをひと抱え持ってきました。ほんとはうちに来て聴いていただけるといいんですが、なかなかそうもいきませんので、こうして放送局からお送りしています。お宅の猫の頭は十分撫でられましたでしょうか? にゃあ(猫山)。



そして、昨年7月、早稲田大学の大隈記念講堂で行った山下洋輔トリオのライブが、アナログ・レコードとして発売されます。「村上春樹 presents 山下洋輔トリオ再乱入ライブ」。これは僕が司会をしてやったコンサートのライブ録音です。本当に素晴らしい演奏だったので、ぜひ皆さんに聴いてほしいと思います。詳しいことは、番組のサイトを見てください。

今回は、本のプレゼントがあります。まず、新作の長編『街とその不確かな壁』を3名の方に。僕の6年ぶりの新作です。サイン入りで差し上げます。そして、2020年に出した『村上T 僕の愛したTシャツたち』が文庫になったので、この文庫を10名の方に差し上げます。これもサインを入れて送ります。

今日の最後の言葉は作家アーネスト・ヘミングウェイさんの言葉です。
私は試合中、決してスコアボードを振り返らない
自分の書いたものについて、いちいち批評なんか読まない。自分のやるべきことを黙ってやるだけだ、という意味です。かっこいいですね。ハードボイルドですね。しかしSNS全盛の現代だと、周りはもうスコアボードだらけで「振り返らない」というのはだんだん難しくなっていくみたいです。がんばって乗り切りましょう。

「私は試合中、決してスコアボードを振り返らない」

それではまた来月(にゃあ)。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 今回は、坂本龍一さんや神宮外苑のことなど濃い1時間だったと思います。OAした曲の中には、Spotifyなどで配信されていなく、なかなか聞くことが出来ない曲があります。是非調べてみてください。本のプレゼントが沢山あります。沢山のご応募お待ちしております。(AD桜田)
  • 小林少年こと林ヒロシ「片道切符」(1975)を初めて聴きました。アレンジもカッコよくて、時を超えて自由な風が吹いてきます。アルバムのタイトルは「とりわけ10月の風が」。若き坂本龍一さんのピアノもファンキーに鳴っています。ところで、村上さんは4月の米国ウェルズリー大学での講演「疫病と戦争の時代に小説を書くこと」で「…人と人との間に壁が築かれつつあるように思います。そのような状況の中で小説家に何ができるか?」と自らに問いかけました(文芸誌「新潮」7月号掲載)。音楽、小説、旅、そしてラジオ。今回のアナログ・ナイトを聴きながら、僕たちの自由な場所をずっと大事にしたいと切に思いました。(エディターS)
  • 今回は新刊「街とその不確かな壁」関連のエピソードや神宮外苑再開発に関するコメント、坂本龍一さんを偲ぶ一曲など、とても濃密な一時間でした。サイン本のプレゼントも盛りだくさんです。どうぞ番組の感想とともにご応募ください。本の指定がある方は、希望の本のタイトルを書き添えてください(構成ヒロコ)
  • 今回の村上RADIOは再びアナログ特集でした。全曲レコード音源の選曲はもちろん、新作「街とその不確かな壁」に関連するお話や、坂本龍一さんに関するコメントなど、春樹さんが、いま何を考えているのかが分かる“ラジオ・エッセイ”のようなトークも必聴です!(キム兄)
  • 春樹さんは世界の都市を旅すると必ずレコードショップを探し、そこでアルバムを買ってくるそうです。この夏、僕もヨーロッパの国々を巡りましたが、春樹さんに習ってレコード店を覗きました。パリ、ニース、バルセロナ。収穫は、というと、それがなかなか芳しいとはいえず、、、やはり、長年の勘が必要なのですかね。しかたく、現地のラジオを聴いていました。インバウンドで世界から日本にやってくる人たちもこうして村上RADIOを聴いてくれているのかなぁと思いつつ。(延江GP)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。