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番組スタッフ
30代男性リスナーが非常に多いタイムライン。
私も30代ですが、子どもの頃、熱狂したものは数あれど、何といってもファミコン、スーファミ、ゲームに多くの時間を費やしました。
そんなゲーム好き30代が必ず通った道といえば、「ドラクエ」ではないでしょうか。

今月初め、シリーズ最新作「ドラゴンクエスト鶸」が発売されました。
この夏、一緒にドラクエをやろうと色々な人から誘われるのですが、中々手を出せずにいます。
その理由のひとつが「オンライン課金型ゲーム」であることです。
スマホにダウンロードしたソーシャルゲームで課金して遊んだことがありますが、オンラインで会話を入力しながら楽しむスタイルのゲームにはどうもわずらわしさを感じてしまいます。
ファミコン、スーファミのドラクエをプレイしたほとんどの人が当初、「オンラインのドラクエなんて大丈夫か?」と不安に思ったはずです。しかし、それも杞憂のようで、実は無料期間が終わった後、ドラクエ鶸に課金する人が続出しているようなんです。

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ビッグタイトルかどうかに関わらず、おもしろくないネットゲームなら、無料期間が終了したら、プレイをやめるか、あとは「キッズタイム」という無料でプレイできる時間以外は遊ばないといった方法を取るユーザーが増えることが予想された。 (中略)現在のところサーバーの混雑状況を見る限り、多くのユーザーが継続してプレイしているようだ。今のところ、一定レベルの成功は達成したと言えるだろう。しかし、ネットゲームはバージョンアップを行うことで進化する。そのバージョンアップ(アップデート)の内容次第では、一気にユーザーが離れて行くようなこともあるわけで、今後の動向は未知数だ。
▼今後のアップデートに期待! 無料期間後も課金する人が大多数のドラクエX 【デジ通】 
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皆さんはオンラインゲームやソーシャルゲームに課金したことありますか?
何の気兼ねもなく課金できますか?
ある調査によるとアプリに関してですが、日本人は世界で一番課金しているのだそうです。

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スマートフォンアプリ解析のApp Annieがカジュアルゲーム関連のイベントのCasual Connectで発表した資料に、各国のiOSのゲームにおける1ダウンロードに対する収入を比べた資料がありました。この資料では日本だけほかの国と比べて頭3つぐらい飛び抜けていて、「本当かこれ?」と思うようなデータでした。1ダウンロードに対するアプリの収益は日本は北米の3倍、中国の27倍と凄まじい差となっています。これを見て「日本人はみんな金持ちなのか?」「日本人はモバイルコンテンツにすぐお金を払う特殊な人種なのか?」みたいなことを海外のアプリ開発者に訊かれたり、「日本はガラケーのエコシステムが受け継がれた特殊なマーケットだ」みたいな話が出たりと、この結果に対して世界中の開発者は理由を理解できていない状況のようです。
▼日本人は世界一アプリにお金を払う人種? 1,000万ダウンロード分析して気付いた日本と海外の違い
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この調査によると、日本人が課金しているアプリのほとんどがゲームだといいます。
私はこの調査結果について、日本人って真面目なんだなと思った次第です。
それだけ海賊版、違法コピー、といったものに手を出す人が他国に比べて少ないことを表した結果なのではないでしょうか。

ほんの少し前まで、何でもタダが当たり前というのがネットの世界での常識でした。
しかし、良いと思ったものにはお金を払う。これは消費でもありますが、作り手への敬意も含まれていると思うのです。またもう一度、良いものを作って欲しいという願いです。
こういった当たり前の感覚をもった人たちがバカを見る世の中であっては決してならないと思います。
しかし…、ソーシャルゲームの利用者1000人を対象に、ゲームへの課金に関して、こんなデータも発表されています。

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調査対象であるソーシャルゲーム利用者の48.5%が、有料アイテムを購入するなどの課金経験があると答えている。何を購入したのかを尋ねた質問では、最も回答数が多かったのは「アバター関連のファッションアイテム」(20.3%)で、以下「回復 / 時間短縮用アイテム」(19.6%)、3位「ガチャ / 景品くじ(コンプガチャ以外)」(16.2%)、「ガチャ / 景品くじ(コンプガチャ)」(15.4%)と続く。
課金経験のあるユーザーの60.6%は、使用した金額について「反省・後悔している」「どちらかと言えば反省・後悔している」と答えて
いる。
▼ソーシャルゲーム課金経験者の約6割が無駄遣いを後悔!
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オンラインゲームとソーシャルゲームは似て非なるものではありますが、後者において、課金とは反省という結果にいたる行為だというのです。
そのシステム、あり方をめぐって、賛否両論あるソーシャルゲーム。どこかまだ、うさんくさいと思っている人もいるようです。
ユーザーからの課金が収益の源泉である以上、「課金しても反省・公開させない」ものを作ることが、ソーシャルゲームの未来を大きく左右する課題なのではないでしょうか。


スタッフ:坂本
(2012/8/30 UPDATE)
番組スタッフ
2005年に脳卒中から「閉じ込め症候群」(意識はあるのに体が麻痺して動いたり話したりできない状態:意思表示は眼球運動でのみ可能)になり、死ぬ権利を求めて裁判を起こしていたイングランドの男性が、22日、肺炎のために自宅で亡くなったというニュースがありました。

裁判で「死ぬ権利」認められなかった「閉じ込め症候群」の英男性が死去(8/23 AFP BB News)
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2896674/9398181



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記事より抜粋:

ニックリンソンさんは、閉じ込め症候群になった後の人生は「完全な拷問」だとして、死ぬ権利を認めるよう求めて裁判を起こした。

しかし英高等法院は16日、自発的安楽死を殺人と見なす判例から逸脱するべきではないという判断を3人の判事の全員一致で下した。

判決を聞いたニックリンソンさんは涙を流し、判決に「打ちのめされた」と語っていた。

ニックリンソンさんの妻と娘たちは、同氏のツイッター(Twitter)アカウントに次のようなメッセージを投稿した。「彼は死ぬ前に、私たちにこうツイートするように頼みました。『さようなら、世界よ。その時が来た。楽しかったよ』」
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日本では、「死ぬ権利」に関する法案が議員立法で今国会に提出されようとしています。15歳以上の終末期患者が書面などで意思表示をしていれば、医師は延命措置を行わなくても法的責任を問われないという「尊厳死法案」です。
昨日、野田総理に対する問責決議案が参議院に提出されたため、今国会での法案成立の見通しはかなり薄くなったとのことですが・・・


尊厳死については、「尊厳死法制化を考える議員連盟」が法案の骨子をまとめたときに、スタッフコラムでも一度取り上げました。

タイムライン@FBコラム『尊厳死の法制化、どう思いますか?』


ここで私は、
「尊厳死は日本の医療現場ですでに“暗黙の了解”的に実践されていると思うが、わざわざ法律にする意味ってなんだろう?」
「明文化されることによる不都合、されないことによる不利益が、それぞれにあるような気がする」
と書きました。


今回は、法制化に反対する「尊厳死の法制化を認めない市民の会」が27日に開いた発足集会から、法制化の問題点をもう一度考えてみたいと思います。市民の会は、「個別的であり、多様でもあるひとの死の決定に国家が関与すること」に断固として反対という声明を出しています。

発足集会の模様はUstreamにアーカイブがありますので、ご覧ください。
http://www.ustream.tv/recorded/24996148


尊厳死の法制化を認めない市民の会
http://mitomenai.org/


また、法案の中で「終末期医療」「延命治療」と捉えられている人工呼吸器や経管の装着は、ALS(筋萎縮性側策硬化症)などの難病の患者さんにとっては「地域で他の人と普通に生きていくために欠かせない医療」であることから、生きる権利を脅かすものとして法案化に反対している団体がいくつもあります。


呼びかけ人の一人、川口有美子さん(難病患者会)の説明によると、現在出されている法案は2案。
2つの大きな違いは、第1案が治療の不開始(治療を開始しない)のみを明記しているのに対し、第2案では治療の不開始と停止(治療を途中でやめる)を明記している点。
そもそも、法案が国民に対して開示されていないという手続き上の問題をはじめとして、内容についても、終末期・延命措置の定義や「15歳以上」という適用年齢、さらに、終末期を2人以上の医師で判定するという部分など、さまざまな点で疑問があると、川口さんは訴えています。

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川口有美子さん

日本では呼吸器をつけて生きていく難病の方は多いが、たとえばイギリスにはほとんどいない。そういうことをするのは非人道的であり、医療者が説明をきちんとしなかったから呼吸器がついてしまった、だから医療者として失格、という社会通念になっている。
社会によって考え方が大きく異なる。法律で定義をしてしまうと、日本もそうなってしまうのではないか。
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コラムニストの小田嶋隆さんは、日本の文化という側面から次のようなお話をされていました。

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小田嶋隆さん

白虎隊、忠臣蔵、葉隠、切腹、神風・・・この国の大衆文化のなかに、簡単に死を選ぶ人間を「潔い」と称揚する気持ちが江戸期からずっとあり、それをずっと利用されている気がする。
少年ジャンプなんかを読んでも、高潔な人間は簡単に死を選び、悪役のくだらないヤツはいつまでも生きていたいと言い張る。死を単なる美学とする構造が、あらゆる物語の中に通底していて、我々はこどもの頃からそういう考えを持たされてきている。
死ぬことを、美しいもの、何かをチャラにできるリセットボタンみたいなものとして簡単に考えているこどもがたくさんいる。それは死から距離が遠いから。15歳のこどもにこのような判断を求める法律を通すことは、あってはならないと考える。
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自らも自己免疫性疾患を抱えている作家の大野更紗さんは、発病時、薬の副作用でロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)に陥った経験から、「死の自己決定」について、こう話していました。

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大野更紗さん

(朝起きたら)眼球運動しかできない。頭の中は正気で、普通に思考もしていて、昨日の自分と何も変わっていないのに、動きたいと思っても動けない。
いちばん困ったのは話せないこと。朝、主治医の先生がダッシュしてきたとき、「先生・・・」と言いたいのに、声も出せない。そのとき、1日目ぐらいで「なんで私を殺してくれないんだ」と思った。だけど今は違う。
今は、辛いこともあるから死にたいと思うこともあるけど、やっぱり生きていきたいと思うこともあり・・・
もし、自分の価値観として、それが尊厳だと思って「私は延命措置を受けません」と一筆書いたとしても、もしかしたら「やっぱり生き残りたい」と思うかもしれない。私自身が今日もなお揺らぎ続けているので、自分の死の自己決定について自分で確証を持てたことはないし、人の自己決定というのは、まだまだ分からないことが多いのだなというのが、いち患者としての実感。
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また、臨床医として16年間、2000人の方の「看取り」に立ち会ってきた医師の新城拓也さんは、終末期を科学的に定義することについて、こう話していました。

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科学というのは再現性だから、2000人を看取った僕でなければ分からないというものではなくて、いろんなところで普遍的に通用するものでなければならない。
現時点、最先端の医療現場で科学的に予測可能なのは、がん患者の終末期の1ヶ月前と1週間前だけ。がん患者だけが非常に似通った経過をとるので、世界中でがんを終末期や緩和ケアの対象にしてきた。ALSも含めた他の疾患については「終末期」と感情的に呼んでいることであって、あるドクターが終末期だと呼ぶものが、他のドクターには通用しないという状況。
つまりこの法案は、科学的根拠が定義づけられない。医師が2人集まっても「占い」の状態。
「アベイラビリティバイアス」という、自分がいちばん最近出会って記憶に留まっていることを次の患者に適用する、たまたま前の人がこうだったから次の人もこうなるに違いないという、経験や占いのレベルで物事が動いている。
医師にそれだけの責務を仮に与えたとしても無理だというのが僕の意見。
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いろいろな方のお話を聞いていると、健康で、体も自由に動かせて、意思表示もできる現在の私がぼんやりイメージしている、いろんな管をつながれてまで長生きしたくないとか、人に迷惑をかけたくないとか、社会に負担をかけたくないとかいうのは、ひょっとしたら「社会が期待する“お行儀のいい死に方”」をなぞっているに過ぎないのではないか、綺麗事なんじゃないか、そう思えてきました。

冒頭で紹介した英国の男性は「死ぬ権利」を求めていたわけですが、ある人の死ぬ権利を尊重するがために、他の人の「生きる権利」が阻害されるようなことは、あってはなりません。

ひとりひとりで異なる死の場面を、あやふやでいくらでも恣意的な解釈が可能な法律で規定されてしまうかもしれないことに、大きな不安を感じたのでした。




(水曜タイムラインWeb担当:たけなか)
(2012/8/29 UPDATE)
番組スタッフ
「赤ちゃんを守るのは、みんなの思いやりです」
「ベビーカーでの電車の乗り降りには注意が必要です。周りの方のお心づかいをお願いします」


これは、首都圏の鉄道会社などが作成した、「電車内でのベビーカー利用」に理解を求めるポスターに書かれた一文。
今、このポスターに批判の声が寄せられ、ネット上では賛否の声が飛び交っているようです。

■電車内のベビーカー利用に賛否両論 啓発ポスター引き金
=====
首都圏の鉄道24社と都は3月、利用者に呼びかけるポスター約5700枚をJR東日本や私鉄、地下鉄の駅に張り出した。少子化対策の一つで、担当者は「赤ちゃんを育てやすい環境をつくる」と話す。
だが、利用者から「ベビーカーが通路をふさぐ」として、ポスターに対する疑問の声が都に寄せられた。都営地下鉄には「車内でベビーカーに足をぶつけられた」「ドアの脇を占領され、手すりを使えなかった」との声が相次いだ。
JR東日本にも「ポスターがあるからベビーカー利用者が厚かましくなる」「ベビーカーを畳もうというポスターも作って」と意見が寄せられたという。ネットでは意見が1千件以上飛び交っている。
=====
※朝日新聞デジタル(2012/8/26)より抜粋

賛否を呼んでいるポイントは、「ベビーカーの利用者に注意を呼びかけるべきか」、「ベビーカーの利用者の周りにいる人に注意を呼びかけるべきか」ということ。

ネット上には・・・
・子供やベビーカーを大義名分に、我が物顔をしている家族は確かに見かける。ガキがガキを生んだ典型例だ。車内の迷惑云々より、子供を免罪符にしている事に腹が立つ。
・あーたね、子ども複数連れてそれぞれの着替えにおむつにおもちゃに食べ物に飲み物に・・・って持って出かけてごらんなさいよ。凄い荷物の量で、こちらも好きで出かけているわけではないのよね
・ベビーカーで足をぶつけられたという声があるから、批判の声が止まらないが、私はベビーカー利用に理解を求めるポスターを掲げることに賛成する。

といった意見が寄せられ、大きく「ベビーカーを利用する立場からポスターを賛成とする声」と、「マナーの悪いベビーカー利用者を例に挙げポスターを否定する声」に二分、一部、俯瞰した立場から冷静な意見を書き込むユーザーがいるといった印象です。

わたし自身は、子どもはおらず、ベビーカーを利用したこともありません。
さらに、多少、マナーの悪い程度のベビーカー利用者は見るにしろ、怒りを覚えるほどマナーが悪いベビーカー利用者に遭遇したこともありません。

そんなフラットな立場にいるわたしが、このニュースを見て、率直に思ったのが、「なぜポスターを批判するのか、理解できない」ということ。
「ベビーカー利用者」は、「利用していない周りの人」に比べ、明らかに移動の自由がきかない。
そうした場合、「利用していない周りの人」は「ベビーカー利用者」に場所を譲る、これは“あえて言われなくても”、大人として当然の行為。
今回のポスターに多くの人が批判の声をあげていることに、さみしささえ覚えました。

まぁ、譲られることを当然と思っている人は論外ではありますが・・・

そして、これと同じ種類のさみしさを、先月、報じられた“あるニュース”でも感じていたことをふと思い出しました。それが、こちらです。

■全席優先席なのに「最優先席」を新設する地下鉄
=====
横浜市交通局は、電車内の全ての座席を優先席に指定している横浜市営地下鉄に「ゆずりあいシート」を今月下旬から新たに設置する。
高齢者や体の不自由な乗客、妊娠中の女性などに利用してもらうための座席で、9月から全車両での実施を目指しているが、市民からは「全席優先席で根付いてきた譲り合いの精神に逆効果を与えるのではないか」との指摘も出ている。
ゆずりあいシートを新設するきっかけになったのは、市交通局が11年8月に行ったアンケート調査だった。高齢者約340人のうち、「席を譲られる」と回答したのは49%にとどまり、市交通局が「全席優先席がシステムとして機能しているとは言い難い」と判断。
どうしても譲ってもらいたい乗客向けに「最優先席」の設置を検討していた。
=====
※YOMIURI ONLINE(2012/6/30)より抜粋

この2つのニュースに共通するのは、「当たり前のことをあえて言わないと、行動できない人」が多いということ。
そして、こうした現状をおそらく踏まえ、“あえて言った”にもかかわらず、批判を浴びている今回のポスター。

今後、批判の声を抑えるためには、ポスターの文言を“あえて”こう直すことを提案します。
「赤ちゃんを守るのは、みんなの思いやりです」
「ベビーカーの利用者も周りの方もお心づかいをお願いします」
と。

<Web担当:H>
(2012/8/28 UPDATE)
番組スタッフ
火に油…いやガソリンを浴びせ続けているような韓国と日本の関係。
李明博大統領の竹島訪島、天皇陛下への謝罪要求にはじまり、五輪サッカーでのパフォーマンス、韓国人歌手らによる島までの遠泳、ニューヨークタイムズに掲載された独島広告、さらには、新種のバクテリアに「独島」の名前をつけて国際登録をするなど、日本から見ると、韓国の世論は、異様な熱狂の中で、反日を叫んでいるように見えます。

しかし先日、意外にも、日本で報道されている韓国民の暴れぶりを覆すような、
こんな記事を発見しました。

●韓国メディアで李明博大統領の批判広がる!/8月19日 ZAKZAK
記事の内容は、竹島への強行上陸で、日本の反発を巻き起こした
李明博大統領に対し、韓国では批判が巻き起こっているというもの。
しかもその批判は、李明博大統領の政党である与党・セヌリ党の議員からも
出ているとのことでした。

国内の報道とはかなり食い違う、韓国の街の声。
これに対し、日本人の意見は「騙されちゃいけない!」とか「これだから韓国人は…」といったレイシズムな意見が多い中、ツイッター上を検索してみると、意外と“韓国人が冷静だ”という意見も見かけます。

そこで、実際のところどうなの?と思い、韓国在住の韓国人の友人(40歳男性・居酒屋経営)に話を聞いてみました。

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Q:李明博の発言、どんな風に見てる?
『あれは、イ・ミョンバクが次期大統領選に備えて、
自分の政党を有利に当選させるためのパフォーマンス。
韓国人はむしろ、余計なことして!って思ってる』
Q:余計なこととは?
『ただでさえも国内の経済状況が悪いのに、日本と断絶したら致命的。日本はこれまで、ゆるやかに対応してくれてたんだから、炎上させる必要なんてなかったのに!』
Q:周りで反日的な活動とか発言をしている人はいる?
『少なくとも、自分の周りには一人もいない。大使館の前で日本国旗を燃やしたりしてるのは、本当に一部の活動家だけ。』
Q:日本では、“ネトウヨ”と呼ばれる人達が怒っているけど、韓国では逆に“ネトウヨ”が喜んでいたりしないの?
『しいていえば“ネチズン”と呼ばれる人の中で、一部の人が喜んでるくらい。李明博は、みんなから嫌われてるから。』
Q:メディアはどんな論調?
『大手メディアは、李明博を支持してるけど、誰もマスコミを信用してない。李明博は、主要なテレビ局(MBC/KBS/SBS)と、新聞社(朝鮮日報/中央日報/東亜日報)に圧力をかけて、自分を批判する芸能人を排除したりしているから。韓国内では、李明博政権が“独裁政権”って呼ばれたりしてるよ』
Q:日本では、今回の一件で「弱腰外交」と首相が批判されてるけど、韓国では、日本の対応は、どんな風に報道されているの?
『全く逆で、昔の戦争時代みたいな感じ。日本は帝国主義とか、挑発してきた!とか、宣戦布告された!とか。反日感情を巻き起こしたいんだろうけど。』
Q:あの島は、どっちの国のものだと思う?
『韓国人は小さい頃から、独島が自国の領土だと教えられて育つ。だから自分も一応、韓国のものだと思っているけど、少なくとも自分は、日本人とモメたい訳じゃない。今回の一件で、第三国がどちらの国の物かを判断したら、おそらく負けるんじゃないか?って意見も多いよ。』
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20日付けの韓国大手紙・中央日報によると、今回の一件以降、
李明博大統領の支持率は、25.7%から34.7%に上昇したとのこと。
(友人曰く、李明博に肯定的な新聞社だそうですが…)

支持率が9%上昇したとはいえ、かなり低い数字が、
韓国民の声を物語っているように思えてなりません。


今回、友人に話を聞いてみて思ったこととしては、
大多数の韓国人が、李明博大統領の発言に腹を立てていること。
大げさに支持しているのは、一部の人と、マスコミだけだということ。
そして、一番、李明博大統領の戦略にハマってしまっているのは、
実は、日本人自身なのかもしれないということ。


李明博大統領の行動は、宣戦布告か?パフォーマンスなのか?
この境界線は、言わずもがな、答えは出たようです。

今回の発言は、日本人の神経を逆なでするような出来事でした。
多くの人が腹を立て、韓国に対して嫌悪感を覚えたことと思います。
しかし、アメリカをはじめ、各国のトップが他国のトップを批判するのは
よくある話。感情的に根が深い問題ではありますが、もしかしたら日本人こそが、もう少し冷静になるべきなのかも知れないと思いました。

担当:梅木


(2012/8/27 UPDATE)
番組スタッフ
昨日、あるブログが話題になりました。ここでの“話題”とはもちろん炎上を意味します。
簡単に話題となった、繊維産業に精通するある広報アドバイザーが書いた記事を要約すると、
「ある衣料品店で騒いでいた子どもを店員が怒鳴った。怒鳴るということは販売員としてあるまじき行為」
…という内容です。

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「まだ50%オフか〜、もう少し値下がりするのを待とう」とぼんやり考えて値札を見比べていたら、「走るな!」という男性の威圧するような声が聞こえた。
声のする方向に目をやると、20代後半〜30代前半くらいの男性が子供を睨みつけている。
どうやら小学校低学年の男の子二人が走っていたらしい。その男性の着用していたシャツは●●のチェックシャツなので、店員に見えたのだが、まさか店員が怒鳴るはずもない。

だから最初は、たまたま●●の服を着たお父さんか親戚のオジサンかと思った。
しかし、名札を首からぶら下げていたから店員である。これにはさすがに唖然とした。
いくら子供が目に余る様子だったと言っても怒鳴りつけることはおかしい。
個人的には、子供らはそれほど気になる騒ぎっぷりでもなかったと感じた。
この店員がたまたまイラついていただけかもしれないが、これは接客業としては失格である。
■■はもう一度この店員に基礎から研修を受け直させるべきだろう。

<一体店員にどんな指導をしているの?>
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現在、コラム著者のブログを見ると、店舗名も会社名も伏せられていますが、アップされた当初は「あえて店名を書くが」とし、どの会社が運営するどの店舗かということが明らかでした。
怒鳴るというのは確かに行き過ぎた販売員の行為なのかもしれませんが、この記事に対するネットの反応は次のようでした。

*子供は怒っていい。 家じゃないんだから、ちゃんと社会の場に出たらどう振る舞うべきか教えるべき。
*他の客の前で怒鳴るとかはダメ
*お客様は神様です ってこれは接客をする際の心構えを言っているんであって、客が自分は神様だからと傍若無人の免罪符になるわけではない
*店員の言い方の程度はあるだろうが ココで問題になるべきは店員の方ではなく 野放しにしている親の方


…など、怒鳴るという行為を疑問視する声はあるものの、叱るという行動を擁護する意見が大多数です。

この春まで、私は虫歯の治療のため、近所の歯科に通っていました。
家族で経営されており、診療も非常に丁寧な病院です。
老若男女幅広い世代が通院するその歯科には、もちろん多くの子どもも通っています。
席に着くと隣の子どもが泣き叫ぶ声が聞こえてくるなんてことは歯医者の日常なのではないでしょうか。

その日は泣き声ではなく、院内を走り回ってはしゃぐ子ども達の叫び声が聞こえました。
親に怒られるのかな…と思っていると、私の担当の女医が立ち上がり、
子ども達に「やかましい!!」と一喝したのです。
私はその時、その女医に安心感を抱きました。
「ああ、この人は他人の子どもをちゃんと叱れる大人なんだ」と。

先日、3ヶ月に1回の検診のため、再びその歯科医を訪れると、
騒いでいた家族を見かけました。
理不尽な怒りによる通り魔の増加、モンスターペアレントの跋扈など、
このご時世、他人の子どもを本気で叱るというのはかなりリスクがある行動です。
特にサービス業は口コミ広告が主流の今、書き込み一つで営業に大打撃を与えられかねません。
そんな時代だからこそ、他人を怒ることができる大人にある種の経緯を払いますが、
ごく当たり前の行動が英雄視される社会に物悲しさも感じます。


私は公共の場で騒ぐ子ども達を叱ったことはありません。おそらく叱ることもできません。
しかし最低限、我が子が他人様に迷惑をかけるような時は、本気で叱ることができる親でありたいと願います。


スタッフ:坂本
(2012/8/23 UPDATE)
番組スタッフ
今年5月19日に開催された「One Voice」ワークショップ。
タイムラインでも取材を行い、番組Webサイトに記事を掲載しました。

このワークショップのすぐ後、5月23日には、第1回目のOneVoiceサミットが開催され、昨日、8月21日には、衆議院議員会館多目的ホールにて、現職の議員を中心とした第2回目のOneVoiceサミットが開催されました。

OneVoiceキャンペーンの目指すところは、一般国民、特に若者と政治が接する機会を増やすこと、政治参加の方法を多様化することなのですが、まず彼らが起こした実現可能なアクションは「インターネット選挙運動の解禁」です。

今回、第2回目のOneVoiceサミットでは、現職の国会議員7名を迎えて、ネット選挙運動解禁への動きの検証をした後、続くシンポジウムでは、解禁へ向けて、具体的に「今必要なこと」が話し合われました。

「ネット選挙運動ってなんなの?」
「解禁すると誰にとってどんないいことがあるの?」
「なぜすぐに解禁できないの?」


さまざまな「???」について、今回のサミットでの登壇者の言葉を交えながら、ひもといていってみましょう。


photo01
<写真>サミットには、先に行われた議員との討論会を終えた高校生も参加


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○ネット選挙運動とは
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松田公太氏【みんなの党】:
みんなの党では、「公職選挙法の一部を改正する法律案」をすでに参議院に提出しています。ブログやツイッターなどを使った選挙運動を解禁してほしいと考えています。また、選挙運動だけでなく、インターネットを使った投票についても、党として積極的に取り組んでいます。

石井登志郎氏【民主党】:
現在、一票の格差の問題を解決しようとしていますし、ネット選挙運動解禁についても党の正式な議題になりました。


photo02
<写真>松田公太氏(みんなの党)


「ネット選挙運動」がインターネットを使った選挙運動だということはわかりました。これだけインターネットが普及した現在、メールを送ったり、ツイートを読んでもらうことは、非常に有効な訴求手段であるはずです。また、有権者にとっても、候補者からの「直」の意見が読めるわけですから、「誰がなにをどうしたいのか」が明確になり、支持するための判断基準にもしやすくなるのです。


松田氏【みんなの党】:
私も初めて選挙に行った頃は、誰に投票していいのかわからなくて、ポスターを見て決めたりしていました。それが、例えば選挙の公式なWebサイトに行くと候補者のリストがあって、誰がどの事案に対して、どのように考えているか一覧になっているとわかりやすいし、候補者名をクリックするとその人のホームページに行って、意見を詳しく知ることができるようになれば、より政策を重視した選考が可能になります。


インターネットを上手に利用すれば、「印象」による投票から「政策」による投票になる。候補者にとっても有権者にとっても良いことだと思えるのですが、実は現在、選挙運動にインターネットを利用することは、公職選挙法における「文書図画(ぶんしょとが)を大量に作って無制限に配る」こと、つまり「文書図画の頒布」にあたると判断されており、禁止されているのです。

選挙運動期間、立候補の受付、つまり公示(告示)から選挙の前日までの12日間は、候補者は、政策を書いたブログを更新することも、候補者にメールを送ることも、マニフェストに関するツイートをすることもできないのです。

ただし、インターネットを利用する方法がひとつあります。「音声メール」です。これは「文書図画」にあたらないので、利用が許されています。
でも、ちょっと想像してみてください。ある日あなたにナゾの音声ファイルが添付されたメールが届きます。表題は「再生してください」、差し出し人は、ときどき名前を聞く政治家…
そんじょそこらのスパムメールよりも怪しさ満載です。気の利いたセキュリティソフトをインストールしておけば自動的にリジェクトしてくれかもしれません。

冗談はさておき、事実上、選挙運動期間中の12日間、候補者はインターネットに関しては手も足も出せないというのが現状なのです。


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○インターネット選挙運動のメリットとデメリット
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福島みずほ氏【社民党】:
「なりすまし」や名誉毀損が一気に広がるなどの危険性はあります。

松田公太氏【みんなの党】:
しかし、それを修復するという対策もネットでできます。

平将明氏【自民党】:
ネガティブキャンペーンもあるでしょうけれど、対策ができれば、ネットが「公開討論会」に近くなります。

福島みずほ氏【社民党】:
多様な言論が自由にできることになりますね。

石井登志郎氏【民主党】:
「なりすまし」を避けるために、公式承認の必要性がありますね。


インターネットが本来持っている危険性に対する方策がきちんとできれば、一般的なデメリットはなさそうです。
しかし、全体にとってはメリットであっても、個人にとってはデメリットとなる場合があるようです。


平将明氏【自民党】:
(ネット選挙運動解禁に対する)消極派の議員の考え方は、「足と世襲で稼いだ票が新しいメディアによってひっくりかえされる」というものではないでしょうか。「インターネット」といっても何をやればいいのかわからない、「Twitterって何?」とかYoutubeと自転車のチューブの違いがわからない人達にとっては不安でしょうね(笑)
そいうい人達がやってきた、これまでの選挙は、もはや「伝統芸能」と化しているんです。


福島みずほ氏【社民党】:
選挙で「やって良いことと悪いこと」というのがわかりにくい。例えば「演説のときの提灯の数はいくつまで」とか、もうノウハウのレベルです。したがって、(企業で言うところの)新規参入がしにくい。


photo03
<写真>平将明氏(自民党)、福島みずほ氏(社民党)


どうやら、「ネット選挙運動をしたくない」人たちには、従来の選挙が持つ「むずかしさ」を盾としたい、いう思惑があるようです。この思惑が若者の政治離れを生んでいるとの意見もありました。


福島みずほ氏【社民党】:
政治というのは、どうしても「なにがなんでも選挙に行く人」つまり、ある程度の年齢の人たちに向いてしまう。これでは、若者のことや将来に重点を置いた政治が行われない。

鈴木寛氏【民主党】:
私たち(議員)は、二次メディアにどうしても振り回されてしまう。テレビや新聞の情報がどうしても気になってしまう。

福島みずほ氏【社民党】:
新聞というメディアは、「誰と誰が会食した」とかそういう「政局」ばかりを伝えているから、インターネットは「政策」を伝えるものとして機能すべきだと思います。


めんどくさいから選挙に行かない若者よりも、確実に選挙に行く高齢者に向けた選挙運動が行われた結果、若者はさらに政治に対する関心を失っていく、という悪循環を生んでいると考えられます。

ネット選挙運動は、このような悪循環から抜け出す、ひとつの方策になりえるかもしれません。


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○ネット選挙運動解禁はいつ実現するのか
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1998年に民主党が公職選挙法の改正案を国会に提出、以後2001年、2004年、2006年にも提出していますが、いずれも審議未了廃案となっています。
今年度は、みんなの党が改正案を提出していますし、自民党が衆議院に提出した改正案は2010年から継続審議が行われています。

結局のところ、解禁に反対している政党はひとつもないのです。なのに、いつまでたっても成立しない…

OneVoiceキャンペーンでは、今国会での解禁を目標としていますが、果たして実現可能なのでしょうか。


平将明氏【自民党】:
優先順位は低いが、解散総選挙が決定すれば、一気に動きが加速して、改正が実現する可能性もあります。しかし、改正への動きが加速すれば、それにあわせて反対意見も顕在化することになると予測されます。

石井登志郎氏【民主党】:
(今国会で実現する)可能性はあります。解散が決まれば早いでしょう。


解散総選挙が決まってしまえば、「決めるものは、今のうちにさっさと決めてしまおう」という動きになるので、実現する可能性があるのだそうです。しかし、「さっさと決めてしまえる」案件が山積みになっているため、時間的に間に合うかどうかが問題となるようです。


石川博崇氏【公明党】:
残された時間との戦いになります。他の法案も残っていますから。

鈴木寛氏【民主党】:
「荷崩れ(未審議の法案)」のないように解散を迎えたいとは思うのですが…


photo05
<写真>石川博崇氏(公明党)。各党からまんべんなく議員さんが参加されている印象


さて、平氏の言う「反対意見」とはどのようなものでしょうか。


津村啓介氏【民主党】:
実は多くの議員はネット選挙運動の解禁について、あまりメリットを感じていないのかもしれません。ネットが使えないのは12日間(選挙運動期間)だけで、この間にやるべき他のことはたくさんありますから。


どうやら、解禁が実現できないのは、誰かが積極的に反対しているためではなく、「さして重要ではない」と考えている、「消極的に消極的な」姿勢とるという議員が多いから、というのが原因のようです。

解禁を実現するためには、やはり、ネット選挙運動解禁の重要性を訴求するということが重要でしょう。


石井登志郎氏【民主党】:
ピンポイントの動きをしたらどうでしょうか。議員ひとりひとりに(ネット選挙運動解禁に対する考え方を)ヒアリングするとか。


なるほど、「気にしてもらう」という作戦ですね。


平将明氏【自民党】:
表には出てこない「めんどくさい」と思っている人ををあぶり出す必要があるかも。誰がそういう人かは、わかってますけど…(笑)
One Voiceのオフィシャルサイトに各議院の意見を動画で載せてみるというのいいかもしれませんね。



さすが政治家ですね。それぞれの意志をはっきりさせるということも必要でしょう。


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○まとめ
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各党、各議員、そして有権者も、ほとんどの人が解禁を望んでいるのに、政治家が政局に振り回されていて、実現できない、というのが「ネット選挙運動解禁」の実情だと感じました。

取材に来ていたテレビ局は、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」のみ。消費税法案に解散総選挙、さらに領土問題などが渦巻く中、メディアの関心が薄くなるのも致し方ないとは思います。

「ネット選挙運動」は、政治の特効薬ではないけれど、おだやかにじわりと効いていって、将来を少しずつ明るくするものだと感じました。

サミット終了後、OneVoiceキャンペーンの主催者であり、今回のサミットのコーディネーターである原田謙介氏にお話をうかがいました。


原田謙介氏:
今国会での解禁実現を目標としていますが、間に合わなくても今後もこのキャンペーンを続けて行きます。


photo04
<写真>サミットのコーディネーター原田謙介氏


ネット選挙運動解禁への取り組みやOneVoiceキャンペーンの今後に注目していきたいと思います。



(水曜タイムラインWeb担当:たけなか)
(2012/8/22 UPDATE)
番組スタッフ
今週と来週、タイムラインでは本をテーマとした特別企画をお届けしていますが、その本に大きく関わるニュースが今月12日に報じられました。

それは、東京新聞に掲載された『「本をどこで買いますか?」増える書店ゼロの街』という記事。
この記事によると、街のどこにも本屋さんがない市町村が増えていて、今年5月時点で国の自治体の17%にあたる317市町村が「書店ゼロ」になったというのです。

また、今年5月のzakzakに掲載された『街の本屋を襲う “倒産ラッシュ”! 1日1店が店じまい』という記事。こちらによると、全国の書店数は5月1日時点で1万4696店。これは、昨年の同じ月の1万5061店から365店が減ったことになり、つまりは1日あたり1店が閉店した計算になるようです。

街の本屋の減少を伝えるニュースは数年前から度々報じられていますが、近年のアマゾンなどネット書店の台頭、電子書籍の普及によって、ますます厳しくなることが予想されます。
今後、街の本屋が生き残る道はあるのでしょうか。

ネット上には、生き残る可能性の低さを指摘する声が数多く見受けられました。
『本屋は品揃え偏っていて折角行ったのに目的の本が無いのがデフォだからな そりゃネットで買うよ』
『本って全国どこで買っても同じ価格、内容だから 小さな店でも独自色をってのが成り立たない
完全に大は小を兼ねるの世界だから大型書店の1人勝ちになっちゃう』
『逆に首都圏だと、近郊に品揃えで太刀打ちできない書店が山のようにあるので、中途半端な書店は成り行かないと思うんだけどなぁ?』


わたしもネットの大多数の意見と同様に、“今のままの形で”生き残るのは難しいと思っています。

なぜなのか、その根拠の一端はわたしの家の近所にあった街の本屋にあります。
幼いころからよく利用していたこの本屋は、今年の頭に閉店。およそ30年の歴史に幕を閉じました。
閉店の知らせを聞いて、多少の感慨深さはあったものの、まず、わたしの口から出たのは、「あれで、よく今までもったもんだ」という素っ気ないものだったと記憶しています。

こんな素っ気ない感想を言わせた原因は、この本屋の経営体質にあります。
まずは、「魅力のない品揃え」。
街の本屋ならではの特徴を出すわけでもなく、なんとなくベストセラーの常連となっている作家の本を並べているだけ。
そして、「立地への甘え」。
この本屋は駅の目の前という好立地。さらに駅に1軒しかないという好条件も重なったため、大型書店が増え、書店をめぐる状況が一変しても、品揃えの変化は一切、見受けられませんでした。

重要なのは、この本屋が、仮に経営体質をあらためていたら閉店を免れていたのかどうか、という点です。
わたしは、それでも、“今のままの形”では閉店は免れなかったと思っています。

根拠としては、前出のネット上の意見にもあるとおり、大型書店の増加により、街の本屋の存在意義が薄れたこと。これに尽きます。

ただ、これはあくまでも、“今のままの形”にこだわった場合。
形にこだわりさえしなければ、街の本屋が生き残れるであろう1つの道が今年の5月に示されています。

=====
書籍チェーン大手の丸善CHIホールディングスが、地方企業や百貨店の書店運営を支援する。仕入れを代行するほか、POSレジを提供するなど運営ノウハウを供与。2015年1月期をめどに大型書店10店を支援する。支援を受ける企業の要望があれば、丸善CHI傘下の有力書店の「ジュンク堂書店」や「丸善」といった商標も提供する。
=====
日本経済新聞(2012年5月24日)

これは言ってみれば、「本屋のフランチャイズ化」です。

大型ショッピングセンターの増加によって、苦境に立たされた商店街の個人商店は、コンビニエンスストアのフランチャイズという道を選び、形を変えて生き残った歴史があります。
これと同じように、街の本屋が生き残る道は、大型書店のフランチャイズ。
これ以外にないのかもしれません。


<web担当:H>
(2012/8/21 UPDATE)
番組スタッフ
いよいよ夏も終わりに差し掛かり、夏の風物詩となった“夏フェス”も、
主要フェスのほとんどが、今夏の開催を終えました。

そんな中、8月10日〜12日に東京ビッグサイトで開催された、
オタク界の夏フェス「コミックマーケット82」、
通称“コミケ”の参加者マナーについて、
物議を醸している一件があったのでご紹介します。

「コミックマーケット」は、
毎年8月と12月に行われている世界最大級の同人誌即売会。
今夏で第82回目を迎え、総来場者数は3日間で
なんと56万人を記録しています。

特に今回は、某巨大掲示板サイトに殺人予告が書き込まれたり、
本物の偽五千円札が発見されたり、
国際ハッカー集団「アノニマス」による会場清掃活動が行われたりと、
何かと話題に事欠かなかったのですが、
そんななか、持ち上がったのが「コミケの紙袋」の問題です。

事の発端となったのは、コミケ会場の近隣住民から投稿された連投ツイート。
+++++++++++++++++++++
コミケ会場へ行く駅の地元民です。地元民からお願いがあります。
楽しい戦利品を、いかがわしいエッチな紙袋でお持ち帰りの方々、
どうかその紙袋の変わりに別の紙袋でお帰り頂けませんでしょうか?
駅には子供もいます。エッチなものはどうか目に見えない配慮の程、
お願いします。
+++
去年かおととしの事、長女(当時5歳)に聞かれました。
「どうして、あの人はおっぱいの出た袋を持ってるの?
あのお姉さんは何でパンツ見えてるの?恥ずかしいよ」って。
5歳でも判ります。2次元だろうが3次元だろうが、
エッチ系なものは公衆の面前で晒したら『恥ずかしい』のです。
+++++++++++++++++++++(原文ママ)

コミケ参加者の、あまりにも周りの目を気にしない行動。
一説によると、コミケの袋を晒して家まで帰る人は
“勇者”扱いされる風潮もあるといいます。

そこで、コミケの紙袋ってどれほどのもの?と気になり、
画像検索してみたところ、おっぱい丸出しのイラストはもちろん、
なかには、モザイクなしでは見られない袋まで、
思わず「こりゃないわー」と言わざるを得ない柄ばかり。
今まで問題にならなかった方が不思議なくらいのデザインが、
数多く見受けられました。

もちろん、大半のコミケ参加者は、エッチな柄の紙袋を、
バッグの中にしまうなど、周辺への配慮をしているといいます。
また、紙袋を配る側も、毎年デザインに過激さが増してきたことから、
今年は控えめなイラストを心がけていたようです。

それでも、水着やパンチラ姿の女の子が絶妙なアングルで描かれた紙袋は、
見ている側として、恥ずかしく苦々しい気持ちにさせられました。

コミケの紙袋を晒したまま帰宅することが“勇者”か否か。
その境界線は、無論「勇者ではない」でしょう。

猪瀬直樹副知事は、過激な性表現を含む漫画やアニメの販売を規制する
「東京都青少年健全育成条例」について、
“コミケは都条例の対象外”と明言しています。
しかし、こういった問題がクリーンにならない限り、
新たな条例が公布されてもおかしくはありません。

次回のコミケは、今年の12月。
せっかくの楽しいイベントが今後も長続きするよう、
参加者の皆さんそれぞれが、
“恥ずかしくない行動”を心がけていただきたいものです。


担当:梅木
(2012/8/20 UPDATE)
番組スタッフ
私の知人のプログラマーは以前、Facebookの「いいね」を画期的なシステムだと言っていました。
「いいね」というボタンを押すだけで、コミュニケーションが完結するのは素晴らしいと。
私自身、友人の投稿にいちいち考えてコメントするのは面倒くさい…そんな時にこそ、「いいね」という絵文字にも似たある種のノンバーバルコミュニケーションの有用性を感じました。

Facebookユーザーの中には「いいね」を押してもらうために、近況を書く…という人も少なからずいると思います。
私の友人の中には、いいねを押してもらうために、友人の投稿全てにいいねを押す。
投稿から数時間経っても、いいねが押されないと不安になってしまう。
…という人もいます。まさに「いいね」の呪縛です

そんな「いいね」を巡って、人生を左右するようなこんなニュースがアメリカでありました。
+++++++++++++
米バージニア州ハンプトン郡の副保安官がインターネット交流サイトのフェイスブックで上司の政敵に「いいね」を付けて解雇されたとして、「いいね」が米国憲法で自由を保障された「言論」に該当するかどうかをめぐり、裁判で争っている。
訴えを起こしたのは同郡の副保安官だったダニエル・レイ・カーターさん。訴状などによると、上司のB・J・ロバーツ保安官は2009年の選挙で自分の対立候補だった人物を支持したとして、カーターさんなど6人を解雇した。カーターさんの場合、この人物のフェイスブックのページで「いいね」をクリックしたことが解雇理由とさ
れた。
<CNN>上司の政敵に「いいね」で解雇、「言論の自由」求めて法廷闘争 米
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「いいね」がきっかけで職を失う時代ということに驚きを感じると同時に、心の中で失笑してしまいます。
「犬が死んだって写真にはどうリアクションするんだ。よくないねボタンもあった方がいい」という声はしばしば耳にしますが、そろそろ登場してもいいのかも…と夢想します。

Facebookユーザーはごくごく当たり前の日常の出来事を投稿していますが、いいねをもらうために、「きれいなこと」しか投稿しないという傾向にあるようです。「ランチが美味しかった」「車を買った」「合コンした」「スイートルームに泊まった」といった、Facebook上の日常的な投稿について、ウォールストリートジャーナルでは「これは自慢だ。これは制御が効かない行為だ」と述べています。
SNS上には自慢が氾濫しているというのです。ウォールストリートジャーナルによると、「明らかなのは、インターネットがわれわれの大言壮語に聞き手をもたらしたということだ。ソーシャルメディアはこれをあおる存在だ。われわれは常に完璧であることを期待されている。結果、一層多くの人々がネットでのイメージに気を配るようになった」
…のだとか。
確かに、その通りです。私自身、たまにFacebookに何か投稿するときも、おそらく見る人によっては自慢ととられかねないものばかりです。

容赦ない競争社会で自慢は当然のことだとし、自慢する人が増える背景について、ソルトレークシティーでセラピー・クリニックを営むソーシャルワーカーのジュリー・ハンクス氏は次のように語っています。
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ジュリー・ハンクス氏は「自慢するのは、それが可能であるからだ。聞き手も増えた」と話す。
ハンクス氏によると、人が自慢するのは様々な理由による。注目を浴びることや、愛されることに値するように見せるため。不安な気持ちを覆い隠すため。自身がしっかりしていると確認するため。あなたは目標にはかなわないと言明した過去の人々に、それが誤りだったことを証明するため。あるいは単に、好ましい出来事に興奮している
ため。
<WSJ日本版>人類は皆、自慢屋になったのか
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FacebookなどのSNSには「見る専」という言葉も存在します。自身が投稿することはほぼないが、友人の投稿を閲覧して、リアクションしてSNSを楽しむという人のことです。
SNSに疲れながらも離れることのできない「見る専」の人と、自慢したい潜在意識を持つ人とを絶妙なバランスで取り持ってくれるのが、Facebookの「いいね」なのかもしれません。

リアルなシーンで自慢するのもされるのも辟易しますが、Facebook上くらい、ささやかな自慢に「いいね」と言ってくれる気の合う友達とだけつながっていたいものです。
しかしその一方で、「きれいなもの」しかないSNSって本当にきれいなのか…そんな疑問と、「きたならしい」投稿ができない、「いいね」に対するわずらわしさを抱いて、これからもFacebookの投稿を見るのことになるのでしょう。


スタッフ:坂本
(2012/8/16 UPDATE)
番組スタッフ
今日TOKYO FMに来るとき、すぐ目の前の半蔵門交差点で、日本国旗を掲げたデモ行進の人たちを見かけました。100人以上いるように見えました。進行方向から考えて、靖国神社へ向かっていたのでしょうか。


67回目を数える終戦の日の今日、ニュースのなかで目を引くのは、李明博の天皇訪韓発言に続き、香港の活動家の尖閣諸島上陸と、やはり領土問題に関する話題です。

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韓国大統領、天皇訪韓「心から謝罪するなら」 (日本経済新聞)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1405T_U2A810C1FF1000/


(抜粋)韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は14日、日本との間でかねて懸案になっている天皇陛下の訪韓に関し「訪問したいのであれば、(日本の植民地支配からの)独立運動で亡くなった方々を訪ねて心から謝罪するのならよい」と述べた。韓国・忠清北道で開かれた教師らの勉強会で発言した。
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尖閣上陸、香港の活動家ら5人逮捕 入管法違反容疑(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/international/update/0815/TKY201208150350.html


(抜粋)尖閣諸島を目指して12日に香港を出港した香港の活動家団体の漁船について、海上保安庁は15日午後5時半ごろ、尖閣諸島・魚釣島の岩場に乗組員7人が上陸したことを確認した。このうち2人は船に戻ったが、5人は岩場から魚釣島に移動したため、現場で待機していた沖縄県警が、5人を出入国管理法違反の疑いで現行犯逮捕した。
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李明博大統領の天皇訪韓発言については、政権任期終了前の支持率回復を狙った日本叩きという見方もありますが、ネット上ではこんな意見が見られます。

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・大統領の妄言は日本国の象徴である天皇陛下への侮辱であり、これは日本国、日本国民への侮辱

・自民党政権の負の遺産が今ごろ浮き出てきたか

・日本人は、みんな怒っている

・久しぶりに腹が立ちすぎて、昨日から不整脈と動悸! 政府しっかりしてよ!

・日本政府が今すぐすべきことは ①領土・歴史教育の徹底 ②今月中に国際司法裁判所へ提訴 ③経済制裁

・天皇陛下を侮辱し、五輪で世界を侮辱した国へ、なぜ日本国民の税金から700億ドルも出す必要があるか

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オリンピックというスポーツの場に領土問題を持ち出されたばかりか、天皇にまで言及した韓国の姿勢には、多くの人が強い疑問や憤りを感じています。

このうち私が強く賛同するのは、「領土・歴史教育の徹底」という意見です。敗戦国としての自虐史観ではなく、史実とたくさんのオーラルヒストリーから構成される多面的な史観。

戦後、触れないように考えないようにしていたいろいろな事柄が、縺れて膨らんで今ここにある、そして、多くの日本人がそれを何とかしたいと思っている。そんなことを考えさせられた終戦の日なのでした。



(水曜タイムラインWeb担当:たけなか)
(2012/8/15 UPDATE)
番組スタッフ
ロンドンオリンピックを伝える報道で、よく耳にした『リベンジ』という言葉。
日本語に訳すと、『報復』。
仕返しをするという意味で用いられる言葉ですが、最近、この『報復』が焦点となった2つの事件の判決が、相次いで下されました。

1つは日本で起きた事件で、昨年10月に、いじめを受けた娘の父親が、いじめの加害者である小学6年生の男の子を殴って、けがをさせたというもの。
つまり、いじめの被害者の父親が、加害者に報復した事件です。

娘のいじめに怒った父 授業中の教室で男児の顔殴る(「スポニチ」2011年12月10日)
*****
石川県内灘町の小学校で10月、高学年の長女がいじめを受けたとして50代の父親が授業中の教室に入り、同級生の男児の顔を殴ってけがをさせていたことが10日、町教育委員会への取材で分かった。
町教委によると、父親は10月27日午前、「いじめを受けた子どもの気持ちについて話をさせてほしい」と担任に告げて授業中の教室へ入り、複数の児童へいじめの有無について聞いた。このうち「覚えていない」と答えた男児に怒り、担任の制止を振り切って顔面を5、6回こぶしで殴った。
男児は鼻血が出るなど軽いけがをして、学校側は臨床心理士による心のケアを行った。男児はいじめに直接関与していなかったという。
長女は自分の机が逆向きに置かれたことなどを理由に2学期から不登校になったが、両親が教室の後ろで見守ることで10月17日以降は登校、27日も母親が教室内にいた。
*****

今月8日の判決では、傷害罪に問われた父親に罰金30万円が言い渡されたものの、裁判官が「娘を助けたいという心情は十分理解できる」と話すなど、理解を示しているのが印象的です。

ネット上でも、裁判官と同様、父親の報復行為に理解を示す意見が数多く見受けられ、中には称賛する意見もありました。
・見てみぬ振りする奴が一番残酷だと、この親父は言いたかったんだよ
・これでこそ親
・「あなたがしっかりすれば気持ちは通じるわ、みんな仲良くしてくれるわ、頑張って学校行きなさい」 って言う親よりよっぽどマシ

そして、もう1つの『報復』が焦点となった事件は、今年の6月、アメリカで、娘に性的暴行を加えた男を父親が殴り殺したというもの。

5歳の娘を暴行した男を撲殺、父親が不起訴に(「AFPBBNews」2012年6月21日)
*****
アメリカ・テキサス州の大陪審は今年6月、5歳の娘に性的暴行を加えていた男を素手で殴って死なせた父親に対し、刑事責任を問わず不起訴処分とする判断を下した。
19日の検察側記者会見によると、父親の行為を「正当な殺人」とみなすべき十分な証拠があると認められたという。
事件現場の近隣住民らは、大陪審の判断を歓迎しており、地元メディアによると「娘を守ったこの父親にはメダルを贈呈するべきだ」「自分の子どもが被害に遭ったら同じことをする」などと述べているという。

*****

こちらは日本の判決とは異なり、父親の行為を「正当な殺人」とみなし、不起訴となりました。
つまり、特例ではありますが、『報復』の正当性が示されたということになります。

一方で、今も世の中には『報復』の芽はあふれているように思います。
京都府亀岡市の集団登校事故で亡くなった女の子の父親が言ったという「かたき、絶対とったるからな」という発言。
ある週刊誌に掲載された「いじめの復讐代行サービスが人気になっている」という記事。

仮に、こうした『報復』が日本ですべて許されたとしたら、どんな未来が待っているのでしょうか。
報復された者の家族は、その仕返しに報復、さらに・・・といった具合に報復の連鎖が起こることは想像に難くありません。
「法律で裁けないのなら、報復もやむをえない」といった意見も見受けられますが、報復の先にあるものは破滅だけのように思います。

いじめの加害者を法律で裁けないこと、自動車運転過失致死傷罪の適用の難しさなどなど・・・
『報復』という感情の根っこにあると思われる「法律の不備」。
これらの法整備が行われ、『報復』の芽が出ない社会になることを切に願っています。

<web担当:H>
(2012/8/14 UPDATE)
番組スタッフ
皆さんは、何かを買おうとお店に入った時、
商品を手に取るやいなや「それ今、売れてるんですよー」と、
店員さんに声をかけられ、店内を金魚のフンのようについて回られる…
そんな経験をしたことはありませんか?

今年4月にオープンした「渋谷ヒカリエShinQs(シンクス)」にある、
アメリカの化粧品ブランド「クリニーク」では、
あえて“声をかけない”画期的な接客が導入され、話題を呼んでいます。

その接客方法は、来店客が入り口に置かれたゴム製のブレスレット
「スマイルブレスレット」をつけて、
接客が必要かどうかを意思表示するというもの。

◆「スマイル ブレスレット」の色は3色。
・白=「指名買いなので早く対応してほしい(急いでいます)」
・ピンク=「セルフサービス希望(声をかけないで)」
・緑=「カウンセリング希望」
(しかも、ブレスレットは、持ち帰りOKなのだそう。)

この画期的な接客方法に対し、
インターネット上ではこんな声があがっています。

++++++++++++++++++++++++
*化粧品売り場は恐怖ゾーン。必要でも行けないから、全社でやってほしい。
*確かに美容部員さんの接客はこわい。買わせようオーラがすごい。
*「今は声をかけないで」という無言のサインは、オフィスでも役に立ちそう。
*いい試みだと思う。私も販売員だったけど「客の気持ちを読む」とか
曖昧なスキル獲得なんか無理だって。
*一目でわかるのはいいと思うけど、急いでいたらバンドつける余裕ないかも。
++++++++++++++++++++++++

こういった意見を眺めていて改めて思ったのは、
かなり多くの人が、これまでの販売員の接客方法を
“苦痛”に感じていた、という事実です。

コミュニケーション能力の大切さが叫ばれる中、
意思表示をブレスレットで表すのは、いささか切ない接客方法にも思えます。
しかし、某ファッションブランドの販売員として働く友人に、
普段の接客方法を聞いてみたところ、こんな答えが返ってきました。

********************
(そのショップでは、)来店客に声をかけずにいると
上司から“やる気がない”と思われてしまうのだそうです。
また、毎月の「販売ノルマ」を達成するために、
“友人のように親しげに話しかけ、商品の利便性を売り込む”
といったことが書かれた「接客マニュアル」もある、とのこと。
********************

もちろん、全てのお店がこの方法をとっているとは思いませんが、
こういった接客方法を実践する店が多いなか、
“お客さんに売りつける”のではなく、
“じっくり選ばせて、必要な時にサポートする”という姿勢こそが、
商品を売る側の本来あるべき姿では?と、私は思います。

これまでの“攻めの接客”を覆す“選ばせる接客”。
この接客方法がアリかナシかの境界線、私は「アリ」だと思いました。

先週木曜日のコラムで紹介していた
「紀伊国屋書店のブックフェア」もそうですが、
“選ぶ楽しみ”は“買う楽しみ”につながります。

こういった接客・販売方法こそが、
“若者離れ”が叫ばれる百貨店業界に風穴をあけるのかもしれません。

担当:梅木
(2012/8/13 UPDATE)
番組スタッフ
番組では先月から一冊の本を取り上げて、”今”を考える「書考空間」という新企画がスタートしていますが、皆さんは何気なく書店を訪れて、本を買う時、どうやって選びますか?
ランキングですか?書店員さんのポップですか?装丁ですか?有名人おすすめのオビですか?

タイトルを見て、本を手に取って、中身を軽く読む、そして購入を決める。
これが、ごくごく一般的な本を買う流れだと思われますが、
「タイトル、著者名、中身」を見ずに、本を選ぶという、ちょっと意地悪なイベントが
紀伊国屋新宿本店で行われています。


その名も「ほんのまくら」

本の書き出しの文章、「まくら」だけを印刷したオリジナルカバーをつけた100タイトルが並ぶ珍しい試みです。フェア対象の本はすべて文庫で、中を見ることができないようにビニールがかけられています。

有名な作品の書き出しと言えば、「親譲りの無鉄砲で子どもの頃から損ばかりしている…」「国境の長いトンネルを抜けると…」などが思い浮かびますが、ネットでは「本の闇鍋」として注目を集めている今回のブックフェア。
そもそもなぜ企画されることになったのでしょうか。
紀伊国屋新宿本店はホームページで企画意図を次のように述べています。

++++++++++++++++++++++++++
我々はそれほど気にしているだろうか、本の出だしの文章=「まくら」を。
有名なものならたくさんある。
もう中身もみないで、自分の「まくら」に対する感覚で本を選ぶのって楽しいかもしれない。
それは作家の方が一生懸命に考えたものなのだから。熱の籠ったものなのだから。
そしてそうすることで自分の感覚も研ぎ澄まされる。想像する。
この物語はどんなものなのか。その想像も楽しい。
そんなこんなで、こちらのフェアがはじまりました。
オリジナルカバーに載っているのは、本の「まくら」です。
それぞれ「まくら」に何を感じ取れるのでしょうか。
商品にはパックがかかっていますがそれを開けずに選んでみてください。
それはもう本当に研ぎ澄まされた感覚のみで。
きっと不思議な本との出会いが待っているはず
です。
++++++++++++++++++++++++++


以前、このコラムでは話題になったジュンク堂新宿店の閉店間際のブックフェア「本当はこの本が売りたかった」を取り上げましたが、出版不況と言われ、電子書籍元年がいつまで経っても来ない中、
改めて「書店員」×「本」×「読者」が結び付くと、出版不況がウソであるかのような印象すら受けます。

電子書籍で同じような企画をした場合、果たして話題にすらならないのではないでしょうか。

ちなみに、8月3日の紀伊国屋のツイッターによると、売り上げベスト3の「まくら(書き出し)」は
(第一位)水のように澄んだ空が星を漬し、星を現像していた。
(第二位)きみがあらゆるものを恐れているのなら、この本を読みたまえ。
(第三位)あした世界が終わる日に 一緒に過ごす人がいない

…です。

ホームページで紀伊国屋は「またこのように中身が見えない状態でお買い上げいただきます不親切をご容赦くださいませ。そしてそれも含めて楽しんでいただけたら幸いです」と企画意図を締めていますが、楽しんでいる人は予想以上にいるようで、8月9日現在、この企画は好評につき、売り切れ続出とのことです。
紀伊国屋さんのツイッターによると、入荷され次第、早急に追加されるそうなので、興味のある方はぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。


スタッフ:坂本
(2012/8/9 UPDATE)
番組スタッフ
数ヶ月前、クラウドファンディングの「READYFOR?」に出ていた「陸前高田市の空っぽの図書館を本でいっぱいにしよう」というプロジェクトを支援しました。
東日本大震災の津波で町の図書館が倒壊し、何万冊という蔵書が流されてしまった陸前高田市で、仮設住宅内にコミュニティ図書館をつくっている、ついては、その本棚を本でいっぱいにするためのお手伝いをしてほしい、という内容です。
支援のリターンとして、自分が希望する本を一冊、蔵書としてリクエストすることができたので、私はミヒャエル・エンデの「モモ」または「はてしない物語」をラインナップに加えてください、とリクエストしました。
本をとおして被災地を応援できるという構想は私だけでなく大勢の人の心に刺さったようで、プロジェクトは目標金額の4倍以上の支援金を集めて成立しました。

陸前高田市の空っぽの図書館を本でいっぱいにしようプロジェクト
https://readyfor.jp/projects/an_empty_library


そして数日前、このプロジェクトの母体である「いわてを走る移動図書館プロジェクト」から、報告会のお知らせが届きました。岩手県の陸前高田市、大船渡市、大槌町、山田町の仮設住宅を中心に、本を積んだ移動図書館カーでの巡回や、文庫・コミュニティ図書室の設置などの活動を行っているのだそうです。
いろいろな形の被災地支援があるなかで、どうして本なのだろう?本をとおしてどんなことが見えたんだろう?
ということで、報告会を聞きに行ってきました。

いわてを走る移動図書館プロジェクト
http://sva.or.jp/iwate/



* * *


photo01
<写真>岩手を実際に走っている移動図書館カーの展示


photo02
<写真>移動図書館カーの内部


はじめに、プロジェクトを主催する公益社団法人 シャンティ国際ボランティア会の東日本大震災図書館事業スーパーバイザー・鎌倉幸子さんより、プロジェクトの説明がありました。

シャンティ国際ボランティア会は、1981年、カンボジア難民キャンプのこどもたちに絵本を届けることから活動を開始。生まれてからずっと内戦を経験しているこどもたちが、字を学び、知識を得られるようにと、国外を対象に、図書館活動、学校建設などの教育支援を行っています。
阪神淡路大震災以降、国内でも緊急救援活動を開始。東日本大震災の発災直後は、生活物資の配布や炊き出し、入浴サポート、学用品の配布などを行ったそうです。

震災後、衣食住の充実が最優先に叫ばれるなかで、図書館の支援に手を上げるのは、タイミング的にも難しかったと話す鎌倉さん。しかし、宮城県気仙沼市の図書館員が発した「食べ物は食べたらなくなるけど、本は読んだ記憶が残ります。だから本をこどもたちに届けたいんです」という一言に背中を押されたといいます。

昨年の活動開始時の13箇所から、現在は40箇所に訪問先を増やし、「立ち読み お茶のみ おたのしみ」をキャッチフレーズに、一人っきりでもみんなでワイワイでも、各自が自分のペースで楽しめる場所づくりを目指しているとのことです。

鎌倉さんは、「本をとおして始まる会話から、被災地の方々の現在の生活状況が見える」と言います。

巡回を始めた頃は「本なんて読む気になれない」と言っていた人々が、次第に、料理本など写真だけの本を眺められるようになり、冬には編み物や縫い物の本を手に取るようになり、その頃から「そろそろ落ち着いたから、昔から好きだった作家やいま流行っている作家の本を読みたい」というリクエストが増え始めたそうです。
今では、民宿をやりたいからと会社の設立方法を書いた本を探す人や、高台移転に備えて住宅関連の本をリクエストする人など、実用書も需要増。

東日本大震災関係の写真集や記録集を見たいという人も少しずつ増えてきている、という話には複雑な思いでした。震災直後はラジオで各地の被災状況が伝えられていたものの、その後すぐに給水や物資などの支援情報が多く流れるようになったため、当時の地元の状況を知らない方が多いのだといいます。

仮設住宅で過ごす時間のなかで、去年までは「みんなでどう集うか」という会話が多かったのが、今年は「高台移転をどうするか」という具体的な会話に変わってきている、という話も聞きました。
高台移転するためには5軒以上のグループを作らなければならない。まずそこで話が早く進まない。
グループを作って、やっと土地を決めても、次には測量が入ったりして、2〜3年で本当に建つのかな、という焦りや不安がある。仮設住宅にあと3年もいるのは辛いよね・・・と、自力で土地を探す人もちらほら出始めているそうです。

大船渡と陸前高田で運行リーダーをしている吉田晃子さんは、こんなエピソードを紹介してくださいました。

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仮設住宅のこどもたちも移動図書館を楽しみにしていて、車が到着すると集まってきます。こどもたちとは、本だけでなく、サッカーや紙芝居などをして交流しています。
あるとき、利用者の男の子が絵を描いてくれました。花と木と太陽と虹と人が描かれた絵。暗い色づかいではなくカラフルだったので、安心しました。
こどもたちは、普通に遊んでいても、震災のことを思い出すのか、急に暗くなったりします。
お兄ちゃんが亡くなったある子は、学校ではあまり話さないらしいのですが、ここに来ると、お兄ちゃんの話をしてくれます。
話すと少しでも楽になる。話さないと、辛かったことがもっと心に沈んでいくんじゃないかと思うのです。
私たちは、図書館活動をとおして、本を貸すだけではない、利用者が他の人と関わり合える空間づくりを心がけています。スタッフがかならず一人は入って、一緒に会話に参加するようにしています。
まだまだ本当に辛い人は、震災の話をしたくないし、思い出したくもない。そんななかで話ができる人は、少しずつ前向きになっているのではないかと思います。
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<写真>移動図書カーに集まるこどもたち
(写真提供:(公社)シャンティ国際ボランティア会)


お話を伺っていて、このプロジェクトに関わるスタッフの皆さんが、本そのものというより、本を媒介としたコミュニケーションをとても大切にしていることが、よく伝わってきました。

そんなスタッフの皆さんは今、「家が流されて仮設住宅に移り住んだ人と家が助かった人との間の溝」を感じています。

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吉田さん:

仮設住宅とか避難所に行った人たちは、支援物資をもらえる立場の人たちなんですね。でも、そのまわりにいる、家が流されなかった人たちは、そういう支援を受けられなかったんです。
そうすると、自分の家に住んでいる人たちは「仮設住宅の人は物資も来るし仮設のなかのイベントにも参加できていいよね。私たちはすぐ近くにいるのに何ももらえない」と言い、仮設住宅にいる人たちは「あなたたちは家も財産も残ったじゃない。私たちは全部なくなったのだから受け取る権利がある」と言い、双方の主張がそんなふうになってきて、溝がだんだん深くなってしまったんです。
だけど、少しでも一緒に話をすれば、それはちょっとした考え違いだということが分かるんです。

また、仮設住宅に住んだあと、自力で家を建てたり、私のように、もと住んでいた場所に戻ったりして、仮設を出て行かれる方は、敷地内のコミュニティ図書室にも移動図書にも来なくなるんです。「もう利用しないから」と。
住むところを移っても、また来て下さいねと言いたいのですが、いちど出たあと、仮設を訪ねるのは気が引けるという方がほとんどです。
しかし、私たちとしては、そこに住んでいる方だけでなく、出た方にも、あるいは違う地区に住んでいる方にも、利用していただけるような場所にしたいと思っています。誰でも気兼ねなく来られる交流の場にしたいと、一生懸命活動しています。
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<写真>こどもだけでなく大人の交流の場にもなっている移動図書館
(写真提供:(公社)シャンティ国際ボランティア会)

* * *


移動図書館が運ぶ本は公共のものですが、本に紐づいた思い出や重みは、一人一人で異なる、極めてプライベートなもの。本を挟んで会話することで、普段よりも自分の気持ちを人に伝えやすくなるのかもしれません。この感覚は、ラジオとも少し似ているような気がします。
本をとおして、被災者の心にも寄り添っているこのプロジェクト。これからも支援していきたいなと思ったのでした。



(水曜タイムラインWeb担当:たけなか)
(2012/8/8 UPDATE)
番組スタッフ
「放射能がうつると学校でいじめられた」「タクシーに乗車拒否をされた」など、3・11以降、度々、報道されてきた『福島差別』。

しばらく、こうした類のニュースを目にすることはありませんでしたが、先月29日の東京新聞に、『福島差別』に関する新たな記事が掲載されました。
それは、『福島の男性 厳しい婚活 県外お見合い ほぼ門前払い』という見出しの記事。

*****
東京電力福島第一原発の事故以降、福島県内の男性が結婚相談所を通じて県外の女性に見合いを申し込んでも断られるケースが大幅に増えている。
「住所を理由に、門前払いに近い状況」といい、原発事故の影響が「婚活」にまで影を落としている。
福島市内で結婚相談所「スプリング」を経営している丹治逸雄さんは「他県の女性が福島県に嫁ぐのに、放射能のことを考え、不安を感じているのだろう。でも、会ってさえもらえないとは」と嘆く。
相談所では毎月50件前後、県内の男性会員から県外女性にお見合いを申し込んでいる。
会員用ホームページで住所や職業、年収、本人の写真などの条件が合えば、対面する流れだ。
原発事故の前は3件に1件ほどは女性の了承を得ていたが、「今は10回に1回OKなら、いい方だ」。
福島県内では他の地域でも同じ状況。

*****
東京新聞(2012年7月29日朝刊)より抜粋

衝撃的とも言えるこのニュースに対して、ネット上では様々な意見が交わされています。
・そりゃ子供産まれた時の事を考えるだろうしな
・まぁでも「福島出身だからダメ」とか言う人(本人か家族かはともかく)との結婚は出来なくてもいいんじゃないかと思うわ。しない方が正解かもね
・福島県の結婚相談所が危機?好き好んで福島県に嫁にきたくないしね 当然だと思います。

このように物議を醸している、福島の結婚差別ともいえる状況。
歴史をさかのぼると、広島県、長崎県の被爆者や被爆2世も、結婚差別を受けてきました。
そして、この結婚差別の根本にあるのは、被爆の遺伝的影響。
しかし、遺伝的影響については科学的根拠が示されておらず、いわば、いわれのない差別です。

同じように、福島第一原発事故後の住民の放射線被ばくをめぐっても、遺伝的影響が大きな問題となっていますが、現状では影響はないと結論づけられています。
つまり、こちらもいわれのない差別。

こうしたいわれのない差別が広がっていることについて、当事者はどのように思っているのでしょうか。

以前、福島県に関するコラムで取材をさせていただいた、福島県会津若松市在住の谷津拓郎さんは率直な感想を話してくれました。
*****
以前、福島県内で若者が結婚観・恋愛観を話し合うワークショップを開いたとき、女性から「他県の人が自分と結婚してくれるのか心配」といった声は出ていて、結婚差別は女性だけの話だと思っていました。
これまで、男の自分には関係ない話だと思っていましたが、今回の報道で、自分も当事者だと気付かされ、驚くと同時に寂しさもあります。
とは言っても、冷静に考えると、一部の話に過ぎないのではないかというのが正直なところです。

*****

また、東京新聞の取材に対して、福島市内で保育園を経営する独身の男性は「将来の結婚や恋愛でさえも不利になるのでしょうか。福島の人間だからといって差別されるのはたまらない。他県の人はいたずらに不安がらず、冷静に考えてほしい」と胸の内を明かしています。

今回、福島県内で明らかになった、お見合いの門前払いは、決して肯定できるものではありません。
ただ、自分だったら、どうするのか・・・
そして今後、どのような影響が出てくるか分からないといった状況を考えると、お見合いを門前払いした人を否定するのも違うような気がします。

オリンピックに沸き立つ日本。
その一方で起きている結論の出ない問題に、もどかしさだけが募りました。


<web担当:H>
(2012/8/7 UPDATE)
番組スタッフ
インターネットでの“炎上”や“祭り”が当たり前になり、
昨今では、リアルの世界にも影響を及ぼすようになりました。
そんな中、炎上文化がついに危険な領域にまで来たんだなぁ…と思える騒動が、
ネット上で話題になりました。

事の発端は、ある新米妊婦さんの子育てブログ。

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妊婦さんが投稿した内容によると、
ある居酒屋で、“妊婦だから”とソフトドリンクを注文しようとしたところ、
「酒が飲めないなら出て行け!」と店主に凄まれ、
店を追い出されてしまったとのこと。
しかし妊婦さんは怒りが収まらず、店のブログを読んでみると、
自分たち夫婦について「ぶっとばそうかとおもった」
といった言葉が掲載されているのを発見。
自身の子育てブログの中にて、出来事を告発する…
という流れになりました。
もちろんお店のブログやTwitterでは、恒例の炎上騒動が勃発。
店側が謝罪文を掲載する運びに…。

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・・・と、ここまでは、よく見かける炎上劇。
しかしその後、妊婦さんのブログが、
“はじめから店を炎上させる目的で書かれたのでは?”と、
指摘されはじめたのです。

<妊婦さんのブログが不可解な点>
●妊婦さんのブログの記事が3件しかなく、“炎上ブログ”を作成後に、
「ブログ始めました!」という挨拶文を投稿した形跡があること。
●お店ブログでは、妊婦さんに対してではなく、
旦那さんのガラの悪さに「ぶっとばそうかとおもった」と書いたと
読み取れること。
●店の看板やWEBには「お子様連れ・妊婦さんの入店はお断り」
「※ソフトドリンク等はメニューにありません!」と記載されていること。
●妊婦さんのブログをTwitterで広めたアカウントが、
“捨て垢(捨ててもいいアカウント)”に近く、
有名な人に拡散してもらおうと声をかけていること。

この「妊婦さんが意図的にブログを炎上させた」説に加え、
その他にも、「店主の炎上マーケティング」説、
「店主の嫁が夫婦げんかの末に書いた」説
「お酒を呑んでもらいたい酒造協会員が黒幕だった」説…などなど、
様々な意見が飛び交いましたが、
私は、この騒動が、炎上文化の新たな問題点を秘めていると思いました。

それは、たとえ捏造したストーリーであっても、
ネット民を巻き込んで炎上させることで、
誰かが社会的地位を失ってしまう可能性がある、という点です。

今回のケースは諸説ありますが、仮に妊婦さんが存在すらしていなかった場合、
炎上させた本人は、自らの手を汚すことなく、自分のアカウントを削除して、
姿をくらますことができてしまいます。
(実際、なぜか妊婦さんの子育てブログは、既に削除されています。)

しかし、炎上させられた側は、燃やし尽くされた焼け跡で、
現実世界を生きていかなければならないのです。

今回の炎上の被害者は、居酒屋から追い出された妊婦さんでしょうか?
それとも、妊婦さんを追い出した店主でしょうか?
私には、その境界線が、後者に思えてなりません。

今回は、お店側の物言いにも、確実に問題はありました。
しかし本来なら、お店とお客さんで決着をつけるべき話。
他人が首を突っ込んで“正義の鉄槌”を振りかざすべきではないと、
私は思います。


2011年12月に発表されたインターネット調査によると、
『ソーシャルメディアの炎上は、今後どうなっていくべきか』という
問いに対し・・・
+++++++++++++++++++++++
「今後も盛んにおこなわれるべき」12.3%
「存在意義はあると思うが今の在り方から変わるべき」 28.5%
+++++++++++++++++++++++
と、4割以上のユーザーが、炎上に肯定的な回答をしたそうです。

私自身は、意見交換の場としての「炎上」は支持しているのですが、
いつの日にか、“誤認炎上”や“祭り詐欺”といった危険な現象が
日常と化さないよう願うばかりです。

担当:梅木
(2012/8/6 UPDATE)
番組スタッフ
世界に9億5500万人のユーザーをもつ巨大SNS、Facebook。
プライベートのみならず、ビジネスのシーンでも利用する機会が増え、
サービスも日々、進化を遂げています。
利用している皆さんはFacebookのサービスに満足していますか?

意外にもFacebookに関して、不満を持っている人が多いというこんなデータがあります。
顧客満足度を調査するアメリカの会社るAmerican Customer Satisfaction Index(ACSI)が先月、ソーシャルメディア等に関する最新報告書を公開しました。7万人を対象にした今回の調査結果によると、調査対象となっている230社の中で、Facebookは顧客満足度のワースト5に入ったというのです。

+++++++++++++
ACSIでは、約70,000人の顧客から集めたデータを利用して、電子商取引、金融、消費財、情報技術など、10の経済部門および47の業種で事業を展開する225社以上についての顧客満足度を測定している(日本語版記事)。今回の報告書はソーシャルメディア等に関するもので、スポットライトを浴びた企業は20社あるが、そのなかでも最も大きな打撃を受けたのはフェイスブックだった。同社の昨年の獲得ポイントは100ポイント中66で、可もなく不可もなくという評価だったが、今年はそれを下回る61ポイントしか獲得できなかったのだ。ACSIの全調査対象となっている230社の中で、フェイスブックは顧客満足度のワースト5に入っている。
WIRED.jp 
+++++++++++++

世界最大のSNSにもかかわらず、満足度はワースト5位。
世界一のユーザー数を誇るSNSとはいえ、その満足度も世界一とはいかないようです。
Facebookに関しては、利用者の7割がストレスを感じているという調査結果もありました。
私個人もアカウントを有しておりますが、ストレスを感じることが多々あります。

Facebookは日本時間の今日、世界中のアクティブユーザー全員に対して「App Center」を公開しました。
「友達と一緒に楽しめる新しくて面白いアプリ」が満載だそうです。
Facebookのアプリに関して、私はまだ使用する気持ちにいたりません。
「スパムアプリ」の存在です。
自分のウォール上で、「AさんがBというアプリを使い始めました」、その直後にAさんから「今のはスパムアプリです。すいません。承認しないで下さい」といったくだりを何度目にしたことか。
友人の中のごく普通の女性が、何らかのアプリを使い始めたところ、私のウォールに彼女がアダルトサイトにいいねと言っているというお知らせも届きました。


特に私が最近気になるのは、Facebookのウォール右側に出てくる「友達を手伝ってあげましょう。AさんはFacebookの友達が20人しかいません」という告知です。
SNS上では、つながっている友達の数が多いとエラいという至上主義がありますが、友達が20人って少ないのでしょうか。会ったことがない、全く連絡とっていない、何となく知っているだけの友達500人と、本当に親密な友達20人では後者の方に価値があると私は思うのです。月並みな量より質論ではありますが…。
数年前のFacebookにあった「放任」感が懐かしいです。

つらつらと個人的な不満を書き綴りましたが、前述のACSI社の調査結果によると、Facebookの満足度が最低クラスという現実は、「Facebookには、文句を持ちつつも抵抗できなくなる中毒性がある」ということを意味しているようです。

確かに、私自身、Facebookに「適度な放任」を求めて、幾ばくかのストレスは感じながらも、友人の近況、購読しているニュースを読むために、毎日数回はチェックしています。
ストレスを感じさせながらも、9億5500万人が利用するFacebookの魅力は「使い勝手」ではなく、「中毒性」にあるのかもしれません。


スタッフ:坂本
(2012/8/2 UPDATE)
番組スタッフ
ある日、私のTwitterのタイムラインに流れてきた「みんなで話そう“原発”国民投票」という意見交換会の告知。リンク先を辿ると、こんな文言が。

====引用ここから

「原発」をどうするのかをきっちり決めないといけないけれど、鹿児島県知事選挙を見てもわかるように、選挙ではちゃんと民意が反映されない。
きっとそれは今度の国政選挙でも同じで、「原発」容認・推進派が多数を占めるに違いない。
イタリアの国民投票、巻町、海山町の住民投票では、(選挙では負けている)「原発」反対派が圧勝。
だから日本でも「原発」国民投票をすればいい──そうは言っても、いろんな不安や疑問が…。
議論が深まっていない日本では時期尚早では? 設問次第でおかしな国民投票になってしまうのでは?
そんなふうに考えている「反対派」のみなさん、この機会にぜひ意見交換の場にお越しください。

みんなで決めよう「原発」国民投票
http://kokumintohyo.com/


====引用ここまで


昨年の秋に行われた賛同人説明会と、都民投票条例制定を求める署名活動、そして、法定署名数を集めた後の東京都議会と、わずかではありますが大きな節目で取材に行く機会があったなかで、私はこの直接請求運動に対して、

これは「原発の是非をみんなで決める」ための運動ではなくて「脱原発という答えを出す」ための運動だ

と感じていました。
署名や抗議の活動を積極的にやっているのは、脱原発派の人々。決して排除しているわけではないと思いますが、原発推進・容認派の人を現場で見かけたことはありません。私も脱原発派ですが、「みんなで決めよう」と謳っているほどには多様な立場の人がいないという印象。

はっきりとした違和感を持ったのは、東京都議会で都民投票条例案が否決されたとき。
反原発の立場で30年も活動してきたにもかかわらず条例案否決の側にまわった福士敬子(ふくしよしこ)都議会議員が、「原発反対なのに都民投票に反対するとは何事だ、次の選挙で落とさなければ」という論調で非難されていることに、疑問を感じました。
第一に、この運動は直接請求を実現させるためではなかったのか?ということ。
第二に、活動をしている人たちの目的が「脱原発」だとしても、同じ志を持っている人に対して手段が違うと怒るのは、おかしくないかな?ということ。

そんな気持ちでいたところに届いた、意見交換会のお知らせ。
どういうことかとさらに検索してみると、この運動の請求代表者にもなっている山本太郎さんのこんなツイートが、開催のきっかけになったようなのです。

====引用ここから

・今すぐの実施は危険。これは国民投票自体の可能性を否定するものでは無い。まだその時ではないって事。
・いくつかの選挙を応援に行き感じる事は、今、国民投票を実施すれば不味いって事。メディアにいた自分が考えるよりも情報統制の凄まじさを現場で感じる。
・全国中がそんな状態で国民投票で即時廃炉で勝利する事は難しいだろう。

山本太郎が考える「国民投票」ツイートのまとめ
http://togetter.com/li/336270


====引用ここまで

まとめサイトで全文を読んでみると、どうやら、「みんなで決めよう『原発』国民投票」が作成した国民投票実施手続案の問いに「(原発の)段階的廃止」という選択肢があることが、原発推進派にいいように利用されてしまうのではないかと、強い不安を感じている様子。

あれだけ多くの脱原発活動の先頭に立っている山本さんですら(だからこそ?)感じている「不安」とはいったい何なのか。
「原発反対」という答えが出なさそうだから、「みんなで決める」ことをやめるの?

疑問がもりもりと湧き起こってきたので、意見交換会に行ってみることにしました。


photo01
<写真>7/30に行われた意見交換会。左から、福士敬子さん、山本太郎さん、岩上安身さん、今井一さん、杉田敦さん


IWJの岩上安身さんをコーディネーターに、国民投票反対派の福士敬子さん、懐疑的な山本太郎さん、賛成派の今井一さん(「みんなで決めよう『原発』国民投票」事務局長)と杉田敦さん(政治学者)から、さまざまな意見が出されました。

岩上さんは中立公平な立場で進行するために、国民投票の賛同人を降りての参加。

「本来こういう討論では“原発推進派で国民投票には反対”、“原発推進派で国民投票には賛成”などさまざまな立場の人が発言すべきですが、今日は集まらなかったので、そういう人もいるかもしれない、とイメージしながら聞いて下さい」とのことでした。


++++
山本太郎さん(原発反対/国民投票には賛成→懐疑的):

最初は東京都民投票にも大阪市民投票にも賛成の立場で活動してきたが、都議会で否決されたとき、正直ホッとした。
住民数の50分の1の署名を集めるだけでどれだか苦労したことか。これが実際の投票になったら過半数を超えなければならない。かなりハードルが高いという思いが芽生えてきた。
最初は政治が機能していないなら国民が意思を示す、これで一発逆転だと思って支持していたが、いろんなことを経験し、知っていくごとに、少し危ういなと思い始めた。

福島県議会、京都市長選、鹿児島県知事選、行くたびに思うのは、まだまだ国民の意識が上がっていないということ。選挙の投票率を見れば明らか。40%をやっと超えるぐらい。お金で買われた組織票が強いから、45%、50%と投票率が上がらないと挑戦者は勝てない。

住民投票や国民投票は世界中で行われている、すばらしいものだと思う。自分たちで決められるもの。
でも、本当に目が開いて意識できる人たちが自分のまわりにどれくらいいるのか、思い出して欲しい。
先月から今月の間、先週から今週の間で、どれだけの人を説得し、意識を変えることができたか?
原子力規制委員会の委員長はバリバリの原子力ムラの人。これに危機感を感じて、止めるためのアクションを起こしている人がどれくらいいるか?
これが現実。
それには大きな理由がある。日本人は大手メディアに依存し洗脳されているから。たくさんの人が、新聞やテレビをそのまま鵜呑みにしてしまう。だから話が通じない。

僕は国民投票に否定的ではないけれど、今やればマズイことになるのは確実だと思う。
もっともっとたくさんの人たちの目を開かせて、意識してもらう必要がある。
僕たちが実現したいのは「原発のない世の中」。国民投票というやり方はすばらしいと思うけど、今ではない。
今、何が何でも「国民投票」をとおして原発をやめるのかと言ったら、そうではない。これに危険性があるとするなら、ここはグッと我慢して、おそらく最後の一押しとなるのが国民投票ではないかな、と考え方が変わった。

++++
福士敬子さん(原発反対/国民投票には反対):

私は無所属なので、組織や固まった支持がない。年をとって子どもと住みたいから、転勤になったから、と毎年支持者が減っていくので、毎日100件〜200件ぐらい、じぶんの主張を書いたレポートを配って、とにかく歩いている。それを続けないと、私の票は生まれてこない。
以前は「福士さんがんばってね」と言ってくれていた主婦の方が、「今年はゴメンね、夫の会社から言われてるから、あの人に入れなきゃいけないのよ」となる。こっそり私の名前を書くことは簡単なはずなのに、組合や会社、夫から言われると、自分の考えまで変えてしまう、そういう現実を、1983年の初当選以来、ずっと見てきた。
そしてとくに今回、私が恐怖を感じているのは、今の教育が「自分で考えさせない」教育に変わってきていること。
上から言われることに慣れてしまったこどもたちは、「上から言われることに従うことが大事」という大人になる。

自分の地域で、「東京に原発を立てますか、立てませんか」という住民投票をやってもし負けたら、それは私たちが悪いよねで済むけど、よその地域に対してはそうはいかない。
もし国民投票が実現して、私たちが負けて原発稼働に賛成なんてことになったら、新潟や福島の人々に、東京から「稼働させていい」と押しつけたことになる。そんなことはとてもできない。
頑張れば結果はどうでもいい、ではなくて、その先の先、実際の投票結果がどうなるかまで確認をし、脱原発が勝つという見込みがない限りは、賛成できない。

都民条例の署名活動で33万票が集まったと言われるが、東京都の有権者は1000万人を超える。33万 vs. 1000万では桁が違う。300万取っても500万取っても、それでも脱原発になるかどうか分からない、そういう予測なしに、人の地域に対しておこがましいことは言えない。

1000万を超える有権者の思いを無視してはいけないし、石原都知事が260万の票を集めて当選したということは、石原都知事についていく人たちがいっぱいいるということ。
数年前に都議会に入ったときは、マスコミはおもしろがって私の発言を取り上げてくれたが、いまは、私が一人会派で議会から発言の機会を奪われている状況を、マスコミは怒ってもくれない。
弱者を差別することに対する感性まで鈍っているマスコミや一般の人々、そんな状況のなかで、脱原発ができるような投票が本当にあり得るのか。ということから、国民投票にも疑問を感じている。

++++
今井一さん(原発反対/国民投票には賛成):

私はメディアの業界のなかで、憲法9条原理主義者、脱原発原理主義者と言われている。自衛のためだろうが何のためだろうが、戦争はぜったいダメ。原発についても、無条件即刻廃止というのが私個人の立場。しかし一方では「みんなで決めよう“原発”国民投票」という市民グループの事務局長をやっている。私の会は、個人として原発推進の立場にあろうが、反対の立場にあろうが、自由。現に、容認派の会員も何人もいる。
会としては、原発の賛否はいっさい主張しないことになっている。ひたすら、住民投票、国民投票を実施して、主権者の意思を反映させようという活動。

日本で条例制定に基づく住民投票というのは、96年の8月4日に、新潟県の巻町というところで、原発建設の是非をめぐって行われた。それを皮切りに、現在までに全国で402件の住民投票が行われた。実施されなくても、条例が制定されただけで、原発の建設、プルサーマルの問題はすべて阻止できている。実施したところはもちろん圧勝している。
ではその地域が選挙ではどうだったかというと、町議会選、村議会選では、原発推進派が圧勝している。

私は先ほどの山本さん、福士さんの意見はもっともだと思うが、住民投票や国民投票というツール以外となると、最終的には選挙しかない。条例制定権や、法律の制定・改変権は議会にしかないのだから、議員を入れ替えるしかない。
となると、9月または10月に行われると見られている総選挙だが、私は、衆議院と参議院の両院で、脱原発派が多数を制するとは、とても思えない。

じゃあ、何もしなかったらどうなっているのか、というのは、みなさんがすでに見てきたことだと思う。
野田さんは道理も何もなく大飯原発を再稼働させた。間もなく、泊も柏崎刈羽も(再稼働)宣言するだろう。
住民投票や国民投票で「負けるかもしれない」からと言って、足を踏み出さなかったら、どうなるのか?ということを考えて欲しい。

もうひとつ、市民としての観点から。
私は憲法9条については絶対に認めないし、集団的自衛権の公使なんてとんでもないという立場を取っている。だけれども、それとは違う意見を持っている日本国民、主権者がいても、それは仕方のないことだと思っている。
そういう主権者が、自分たちの考えを具現化するために、選挙その他で国会議員や行政に働きかける、その自由はあると考えている。
私が言いたいのは、原発を止めたいと考えている私たちだけが主権者ではないということ。
容認をしたい、新規原発も造りたいという考えを持っている人たちも主権者である。
主権者が公平に自分たちの意思を政策に具現化する機会を持たなければ、と、私は考えている。

このまま解散総選挙をしたら、また自民党が蘇って、原発を推進する人が解散前以上に増える、このままでいくとそういう勢いだが、だからといって、4年に1度の総選挙を無期延期にすると言えるだろうか?
住民投票や国民投票で負けたらヤバイから、やらないほうがいいという人たちは、なぜ選挙の阻止運動をしないのか?
つまり、私たちにとって間違った判断を多数がする可能性があるからといって、選挙を阻止したりすることはできない。
たとえ、選挙や住民投票、国民投票で、主権者が間違った判断をするとしても、それは認めるのが、市民自治、民主自治だと私は思っている。
自分たちの思いどおりの結果にならないならやってはいけない、それ自体がおかしい発想だと思う。

++++
杉田敦さん(原発反対/国民投票には賛成):

山本さんの「勝てるかどうか」という話と、今井さんの「デモクラシー」の話、私もこの2つの軸で話を進めたいと思う。
最初にはっきりさせておきたいことは、福士さん以外の都議がなぜ条例制定に反対したのかというと、もし直接投票をすれば、脱原発が勝つから。だから彼らは直接投票に反対した。自民党、公明党が直接投票に反対するのは、やったら自分たちが負けるから。
「国民投票をやったら脱原発は実現しない」と過剰に仰る方々は、まずそこのところを考えて欲しい。

この手の社会運動で現状を変えたいと思っている人たちは、まず真面目だということと、これまで既得権を持っていないのだから、当然戦術的に慎重になるのは分かる。しかし従来、原水爆禁止の問題や護憲の問題も、分裂や対立の歴史を持っている。一方で、既得権というか、物事の秩序を守っている側は、そんな論争はしていない。原発推進派の人たちは、個々のいろんな思惑で推進に賛成している。
私は内部で討論することは必要だと思っているが、原発の維持推進と削減撤廃という対立構造のなかでどちらに賛同するのかというときに、同じ考えの人がお互いに足を引っ張る必要は特にない。
基本的な対立軸は、推進の方に立つのか、そうでないほうに立つのかということ。物事はそのなかで考えていかなければならないと思う。

先ほどからある「負けたらどうする」という議論だが、選挙だって負けるかもしれない。この問題に関してはずっと負けてきたし、選挙ならばこの問題について必ず勝てる、という保証はない。じゃあ他に何があるのか?ということ。
「デモ」と仰るかも知れない、しかし「デモをやって何も変わらなかったらどうするの?」という議論だってできる。
こういう論理は結局、何もしないことにつながっていく。何をやってもかえって悪影響になるかもという話になると、民主的な手段で、直接投票も選挙もデモもやらないほうがいいということになる。

では、なぜ国民投票なのか?
この原発の問題は、国民投票以外では扱いづらいから。だからヨーロッパでも各国が直接請求をやっている。
政党政治は通常、経済成長重視・市場重視の党と、社会民主主義や再配分、福祉国家重視の党の間で争われるが、この対立軸のなかに原発の問題はうまく乗らない。従来の政党政治のなかでうまく争点化できないものだから、直接投票でやったほうがいいし、むしろそれが政党政治にとっても良い。もしも国論が二分されるような争点がA党B党間の争いに乗らなければ、党の中でも意見が分かれ、政党が分裂してしまう、だからヨーロッパの政党は、政党政治を守るため、要するに、面倒な問題を国民に投げている。
日本の政党はそのぐらいの知恵もないために、今日まで原発を争点化していない。
昨日の山口県知事選も、原発の問題では直接争っていない。
政党政治にいつまで期待していても、原発だけを争点に争われることはない。
他のやり方はない、いちばんこれが適したやりかた。それから、決して負けない。この2点について、はっきり述べておきたい。
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このあとも、会場のなかと、大阪でパブリックビューイングを見ている方々との質疑応答があり、すべて書き起こせないほど濃い内容の意見交換会で、この運動の看板と中身の差に違和感を感じ始めていた私にとっては、こういう話が聞けて、とてもとても満足でした。

国民投票を実現するには、原発賛成派、反対派にかかわらず、国民の大多数が「大事なことだから自分で決めたい」という意識を持つことが不可欠です。
しかし、この会場に来て、あるいはネットを通して討論を見ている人々は、おそらくほとんどが脱原発派の人々。杉田さんが仰るように、この問題に限らず、現状維持を望んでいる人に変化のための行動を求めるのは、かなり難しいことだと思います。
しかも、討論を聞いたところでは、原発推進派も原発反対派も「国民投票をやれば自分たちが負ける」と思っている、というのです。
そこに、この運動のジレンマを感じたのでした。



(水曜タイムラインWeb担当:たけなか)
(2012/8/1 UPDATE)

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