DAILY NEWS ★あなたの気になる特集内容は?ソーシャルボタンでシェアしよう!

番組スタッフ
先月、コンビニエンスストアのローソンで、従業員がアイスクリームの冷凍庫に入り、寝そべっている写真がフェイスブックにアップされ、大騒動となりました。
ローソンは「食品を取り扱うものとしてあってはならない行為」と謝罪し、店舗とのフランチャイズ契約を解除し、同店を休業することを発表しました。

そして先日、同じくコンビニ大手のミニストップで、店員がレジで接客をしている隙をついて男性客がアイスクリームケースの中に入り、寝そべる様子を撮影。
その写真がツイッターに投稿され、騒ぎとなりました。
同店は該当ケースの中身を入れ替え、レシートと引き換えに返金にも応じるとのこと。

この2つの出来事以外にも、立ち入り禁止の場所に侵入した写真や電車の棚の上で寝転んでいる写真をアップするなど、近頃、ソーシャルメディアを利用して目立とうとする人がとても多いような気がします。
皆を驚かせたい、すごいと言ってもらいたい、そんな思いから、より刺激的な画像を撮影しようとして、とんでもない行動を取ってしまっているようです。

そのような人たちは、仲間うちの反応や評価がほしくてやっているようですが、
「いき過ぎた悪ふざけ」はあっという間に世間に広がり、気がつけば多くの見知らぬ人たちから罵詈雑言を浴びせられ、あげく個人情報までネット上にさらされるという事態に陥ってしまいます。

そんな度が過ぎた行動に走る人を見ていると私は、「他人とは違う凄い自分」というものを必死で演じているような切なさを感じてしまいます。

精神科医の香山リカ氏はこのように語っています。
「かつては『なりたい自分像』をなかなか実現できなかったのが、ソーシャルメディアによって演出できるようになったのは、幸せでもあり不幸でもある。
本来の自分は、必ずしも自分が満足できるような姿かどうかは分からない。
精神分析では無意識という、普段の理性や思考とは違う心の存在を前提にしていますが、人間の無意識は、ふたを開けてみると、全く喜ばしくないようなものであることが多い。
欲望が強かったりとか、嫉妬深かったり、あるいはいつもエッチなことばかり考えていたりと、ろくでもない犯罪者じみた自分が出てくることも多々ある。
でも、そういった側面も自分の一部。
ソーシャルメディア上の『演出された自分の理想像』で競い合っても意味がない」


本来の自分を隠し、ソーシャルメディア上で「自分を演出」することに関しては、ある程度仕方のないことなのかもしれません。
しかし、ルールを破ったりモラルに欠ける行動を取ってまで自分を凄い人に見せる意味がどこにあるのでしょうか。
親しい人たちというのは、その人がどの程度の人であるかは重々承知しているはずです。そんな人たちに向けて過剰なアピールをしたところで、
親しいからこそ「何をやってるんだか」と冷めた目で見られてしまうような気がします。

私の知り合いでも、自己演出で余計な怒りを買ってしまった人がいます。
そのAさんは「買ったばかりの高級車の屋根の上で大の字になっている写真」をアップしたところ、友達から「恥ずかしいことはやめろ」と注意され、
更には知らない人からも「金持ってるアピールですか?」などの批判的なコメントがいくつかあったといいます。
Aさんは「何で見ず知らずの奴に文句を言われないといけないんだ」と憤慨していましたが、それは言われても仕方がないのかもしれないと私は思ってしまいました。

もうひとり、筋トレが趣味で日夜カラダを鍛えまくっているBさんという人がいて、
この人は「本日も上腕二頭筋はご機嫌」や「俺の腹筋はもはやコンクリート」などのつぶやきとともに、己の肉体美を誇る写真を毎日のようにアップしています。
これなんかは、毒にも薬にもならない微笑ましい自己演出(というより自己満足)なので、呆れられることはあっても、誰かの怒りを買うということはまずないでしょう。

自己演出の方法にもいろいろありますが、Bさんのように「お馬鹿だなあ」くらいの呆れられる程度にとどめておくのが、無難でいいのではないでしょうか。

そんな自己演出の表現方法が間違った方向に行ってしまったら、アイスケース騒動のようなことが起こってしまうのではないでしょうか。
アイスクリームケースに入った人も、まさかたった一枚の悪ふざけ写真がこれほどの大騒動になるとは思っていなかったでしょうが、
店舗は閉鎖され、フランチャイズ契約を解除されるという事態にまで発展しては、「まさか」では済まされません。
今後、いき過ぎた写真がソーシャルメディア上に溢れたら、ちょっとやそっとでは目立てなくなり、その中で抜きん出るためにより過激な行動に走り、悪ふざけでは済まないような事件が起きるかもしれません。

自分のちょっとした悪ふざけが他人の人生を狂わせてしまうかもしれないと、先の先まで考えて行動するというのは難しいことかもしれません。
しかし、この行動は一線を越えてしまっているかもしれない、という予感くらいは働くはずです。予感がしたらやめておく、ただそれだけでいいわけです。

注目されたいとか、すごいと言われたいという感情は多くの人が持っていると思います。誰にでも騒動を引き起こす可能性があるということです。
だからこそ、世間どころか、ソーシャルメディア上で繋がっている仲間でさえも、やり過ぎな行為は期待していないということを理解し、ソーシャルメディアは「公の場」であるということを肝に銘じて慎重に発信しなければいけないと思います。

(スタッフ:武市)
(2013/7/31 UPDATE)
番組スタッフ
「わたしの父親は出戻りしたら、よそ者扱い。のけ者にされて、嫌な思いをさせられた。山口の事件でも少し報道されているけど、限界集落にはこういう閉鎖的なところがある」
父親の故郷が限界集落だという知人は、酒の席で、山口連続放火殺人事件が話題にあがると、こんな生々しい話を聞かせてくれました。

ここで言う、山口連続放火殺人事件とは、「平成の『八つ墓村』事件」とも言われ、世間を騒がせている、山口県周南市の集落で男女5人が殺害された事件のこと。
事件の現場となったのは、住民わずか14人で住民の大半が高齢者(65歳以上が10人)という、いわゆる「限界集落」。
65歳以上の高齢者が集落の半数を超え、独居老人世帯が増加したために、社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落ですが、この限界集落の嫌なところ(=マイナス面)を窺わせるエピソードが、この事件をきっかけに積極的に発信されるようになった印象を受けます。

事件関係でいえば、日刊スポーツに掲載されている、容疑者の男の知人による「みんな仲良しの集落なのに、(容疑者が)一人だけ浮いた存在」という証言。
記事では、「容疑者の男はかつて集落を出て関東地方に暮らしていた時期があり、戻ってからはあいさつを交わさず、回覧板も受け取らない状態に。次第に誰も声を掛けなくなり、回覧板の順番を飛ばすことになった」とも伝えています。
いずれも、限界集落の閉鎖的な一面を窺わせるエピソードですが、一方で、“限界集落に住むことで生じる濃密な人間関係とそれがもたらすリスク”を分析した興味深い記事もあります。

J-CASTニュースに掲載されている、「周南市連続殺人事件の背景について出身者はこう見る」という記事。
実家が事件の現場となった集落の近所(車で20分くらい)にあるという、人事コンサルタントの城繁幸さんは、「無縁社会のリスクが孤独死だとすれば、“有縁社会”のリスクはこうした人間関係のトラブルと言えるだろう」と限界集落に住むことのリスクを分析しています。
*****
土地は嫌というほど余っているのだが、こうした集落では都会では想像もつかない濃密な人間関係が存在している。
ところで、行方不明(26日に逮捕)の男性は63歳。こうした山間部では“超若手”であり、力仕事は何でも任せとけ的な期待のホープだ。
そういうポジションを都市部からUターンしてきた本人が望んでなかったとしても、濃密な人間関係の中にいやでも引きずり出されたものと思われる。

ひょっとすると、そういう関係で何らかのトラブルがあったのかもしれない。
無縁社会のリスクが孤独死だとすれば、“有縁社会”のリスクはこうした人間関係のトラブルと言えるだろう。
*****

そして、今回の事件後、一躍注目を集めたのが、ブロガーのかさこさんの「よそ者を嫌う地域に未来はない〜限界集落「秋元」の取り組み」というブログエントリー。
去年5月のエントリーにもかかわらず、今回の事件をきっかけにアクセスが急増。ブログに埋め込まれたFacebookの「Like」は3900(7月30日16時時点)もつくなど話題となっているのですが、そこで綴られていたのは、限界集落が抱える切実な問題でした。
*****
「よそ者にはきてほしくない」「よそ者のあんたらにはわからない」
被災地取材や地方取材をしていると、こんな言葉を投げつける人がいる。その瞬間、思う。この村はダメだな。数十年後にはなくなっているだろうと。
日本の田舎に幻想を抱く人もいるかもしれないが、田舎は驚くべきほど保守的で閉鎖的だ。

決まりきった人間関係とその序列を崩したくない。外からの刺激をシャットアウトし、内なるルールと秩序を守ることで、安穏と暮らしたい。そう思っている人が多い。
(中略)
一度、都会に出たものの、故郷の良さを知り、故郷の戻ってなんとか再び村を活性化し、そこで仕事が見つけられ、子供を育てられる環境にならないかと新しい取り組みをしている人もいる。
しかし往々にして村の若者の活動は、村に住む旧来の権力者=保守的な老害によって叩き潰される。結果、新しい取り組みもなく、よそ者を受け付けない村は、ただただ衰退していくだけで、高齢者の医療費だけがひたすらかさんでいく。

そう、村に限った話ではなく、今の日本のように。
*****

事件前、「周囲から悪口を言われ孤立している」と警察に相談していたという、容疑者の男。
これを踏まえ、知人の「わたしの父親は出戻りしたら、よそ者扱い。のけ者にされて、嫌な思いをさせられた」という言葉を重ねてみると、今回のような悲劇が今後も起こり得るような気がしてなりません。
そうならないためにも、集落の住民自身が閉鎖的な意識を変えることが先決なのでしょう。


(スタッフH)
(2013/7/30 UPDATE)
番組スタッフ
文豪の夏目漱石は大の愛煙家だったそうで、代表作『吾輩は猫である』にも、人間がタバコを吸うシーンが何回も登場します。しかし漱石がいま小説を書いたら、タバコの場面は激減することでしょう。それほど、喫煙者にとって肩身の狭い社会となってきています。

禁煙運動の流れはとどまるところを知らず、かつてタバコのCMを流していたテレビではいま、「禁煙治療」のCMが流れています。また路上喫煙禁止の条例を定めている東京・千代田区では、公園での喫煙も規制しようという動きが出ているということです。

最近は職場でタバコを吸えないことも多いので、皇居周辺などの公園でタバコを吸う人が増えているようなのですが、嫌煙家から迷惑だと苦情が出ているというのです。千代田区では、公園についても禁煙・分煙を進めていくことを検討しているそうです。

一方、西では、大阪市役所の「喫煙厳罰化」が話題を呼んでいます。橋下徹市長の号令のもと、同市役所では勤務時間中にタバコを吸った職員は「停職処分」を受けることになっています。勤務中の喫煙が内規で禁じられた昨年5月から1年間で、50人もの職員が停職処分を受けました。

今年6月には、ある消防署の署長が勤務時間中に繰り返しタバコを吸っていたことが発覚し、停職3ヶ月の処分を受け、結局、その消防署長は依願退職に追い込まれました。喫煙しただけで停職という処分に対して「厳罰すぎるのではないか」という指摘も出ていますが、大阪市の方針は揺るぎないようです。

禁煙の流れはそれにとどまらず、最近は就職活動にも影響を与えています。たとえば、リゾートホテル経営で有名な「星野リゾート」は、喫煙者は採用しないという方針を明確に打ち出しています。同社のウェブサイトの採用ページに行くと、「喫煙者は採用いたしておりません。それが企業競争力に直結している課題であるからです」というメッセージが表示されているのです。

まさに喫煙者受難の時代といってよいでしょう。もし漱石がタイムマシンで現代にあらわれたら、いったいなんというでしょうか。

(スタッフ: K)
(2013/7/29 UPDATE)
番組スタッフ
他人と自分との「差」により生まれる、嫉妬。
そんな「差」には、最近ではカーストという名が用いられ、あちこちで目にするようになりました。
学校における地位の「差」がスクールカーストと呼ばれ、ママ友つながりにおける「差」がママカースト。
先日、ネットのニュースで取り上げられるほど話題となったのが、「女子大生カースト」です。
その名の通り、女子大生における「差」、カーストのことで、女性ファッション誌「JJ」8月号で取り上げられました。

JJによると、例えば、女子会にもカーストがあるようです。
一番上に位置するのが、「社会人のカレやイケメンのカレがいる、モテて恋バナのネタが豊富な子」。
次が「付き合いの長いカレがいるコ、イケメンじゃなくても優しいカレがいる子」。
そして、「恋バナのネタは豊富だけど、男のコに大切にされてないコ」。
最下層が「なんの恋バナもなく、モテないコ」。
また、女子大生カーストを上げる方法も示されています。それが次の4つ。
「自分を磨いてかわいくなる」「コミュ力を高める」「素敵なカレを作る」「打ち込めるものを見つける」

恋バナの質と量で上下関係が決まってしまうのは、何とも微笑ましいですが、その裏で息をひそめているのが「嫉妬」でしょう。

この「女子大生カースト」について、知人の平成生まれの女子大生(正式には、社会人コースに通学中)に話を聞いてみたところ、彼女が自分より上層カーストに踏み入ってしまったことで、上層に位置する人物と連絡が取れなくなったと、興味深い話をしてくれました。私の知人をXさん、その上層に位置する友人をYさんとします。

XさんとYさんは親友関係にありましたが、Yさんは面倒見がよく、Xさんの姉のような存在。
横浜から引っ越そうとしているXさんに、Yさんは自身の住まいがある東京をすすめ、お互いご近所の仲になり、頻繁に会うようになったと言います。
2人が出会った当時、Xさんは神奈川県の短大生。Yさんは東京の有名私大に通っていました。
Xさんは卒業し、Yさんは就職活動をすることになります。
Yさんが目指した職業が「女子アナ」。夢を実現するため、某民放局主催のアナウンサースクールに通っていました。
誰とでも仲良くなれる天真爛漫な性格なため、友人も豊富。そして、社会人の彼氏がいました。
Yさんは上記の「女子大生カーストを上げる方法」4つ全てを“実践”しており、女子大生カーストのかなり上層に位置していたことがうかがえます。

親友関係にあった2人がなぜ連絡を取れなくなってしまったのか。
その原因は短大卒のXさんの「起業」にあると言います。
Xさんは社会人経験を経て、夜間の大学に編入し、大学に通いながら、自身のやりたいことをするため起業しました。つまり、女子大生社長です。
そんな起業の旨をYさんに伝えたところ、連絡が取れなくなってしまったそうです。

Yさんは在京キー局、地方局全てのアナウンサー試験に残念ながら落ちてしまったといいます。
少しのフリーター生活の末、今では放送業とは全く関係のない仕事をしているのだとか。
女子アナの方々と仕事をした私の個人的な見解ですが、女子アナ(を目指す人間)のプライドと自己顕示欲の高さは異常です。
Xさんは常に、Yさんの“下”にいる妹的存在でした。そんなXさんが、若くして「社長」という肩書きを有したことで、Yさんのプライドを何らかの形で刺激したのでしょう。そこに嫉妬が生まれたのかもしれません。あくまでも想像ではありますが。

音信不通となった原因として、Xさんの言い方に何らかの否があったのかもしれません。
しかし、Xさん、Yさんを共に知る美容師(30代男性)はこう語ります。

「Yさんは自分が一番じゃなきゃいけないタイプだろう。Xさんは一歩引くタイプ。夢を叶えられなかった人間にとって、“社長”という肩書きはキツい。
少々の誤差はあれど、人は自分と同じレベルの人としか仲良くなることができないのではないか」

もちろん、これは外野が勝手に考えていることで、Yさん本人の真意はわかりません。
本当にやりたいことが見つかり、今がとても幸せとも考えられるからです。

カーストと聞くと上下関係のようで、それを否定する声がありますが、インドのカーストとは全く別のものの、「棲み分け」だと私は考えています。そしてその「棲み分け」を生むのは「差」です。
私の学生生活にもスクールカーストがありましたが、自分と他人の「差」を加味して、できるだけ「差」のない身の丈にあった、心地よい場所を選ぶ。そんな感じでした。

恋愛、肩書きなど、「差」ばかりにこだわっていると、社会の壁にぶつかった時の対処法がわからなくなるのではないか。女子大生カーストと聞き、30代の私はいらぬ心配をしてしまいます。

スタッフ:坂本
(2013/7/25 UPDATE)
番組スタッフ
昨日、首都圏をゲリラ豪雨(集中豪雨)が直撃し、都心は大混乱となりました。

+++++
気象庁は、目黒区と世田谷区で1時間におよそ100ミリの猛烈な雨が降ったとする記録的短時間大雨情報を出しました。
「雲行きがだいぶ前から怪しくなって心配していたが、急に変わって」(街の人)
この大雨で、目黒川は一時、氾濫危険水位を超え、東京都は氾濫の恐れがあるとして流域の住民に警戒を呼びかけました。
また、住宅の停電も相次ぎました。
交通にも影響が出ました。東京・渋谷と横浜を結ぶ東急東横線では、川崎市中原区にある元住吉駅の近くで、落雷のため架線が切れ、電車に当たったため、一時運転を見合わせました。
午後5時半前、車両に閉じ込められていた乗客らは先頭車両のドアから一旦線路へ避難。徒歩で最寄駅へ向かいました。
+++++
(TBSニュース7月23日)

皆さんは「ゲリラ豪雨」に対して、どんなイメージを持っているでしょうか。
「津波」「竜巻」「台風」と聞くと、私たちは少なからず身構えるものですが、ゲリラ豪雨と聞いても「いっぱい雨が降る」程度の印象しかないのではないでしょうか。

昨日も「まあ ゲリラ豪雨で雨宿りしてるにゃんこでもみて和めよ」というつぶやきとともに、コンビニのダクトの下で雨宿りをする猫の写真がTwitterに投稿され、話題になっていますが、こうしたほのぼのとしたネタにされるくらいゲリラ豪雨は「たいしたものではない」と多くの人に思われているのです。

私もそう思っていた一人ですが、しかし調べてみると、ゲリラ豪雨は実はとても恐ろしいものなのです。
中でも脅威を感じるのは、近年増えているという「都市型水害」。
地下鉄や地下街などが多く存在する大都市では、豪雨で地上が冠水すると、水が地下に流れ込んで被害が発生します。地下室は出入り口以外にも換気口などから浸水する恐れがあり、大雨の際は地下には行かない方がいいと言われています。
実際、記録的な豪雨によって、地下室に閉じ込められた人が死亡する事故が発生しています。

内閣府の中央防災会議によると、ゲリラ豪雨などの影響で荒川の堤防が決壊した場合の被害は次のようになるという。
「現況程度の止水対策を前提とした場合には、17路線、97駅、延長約147kmが浸水するケースや、
堤防決壊後3時間余の短時間で大手町駅などの都心部の地下の駅が浸水するケースがあることが確認された」


最悪の場合、こういったこともあり得るということです。
もちろん、豪雨の際に気をつけなければいけないことは他にもあります。
マンホールや用水路のふたが外れていることに気がつかずに転落する危険性や、
水遊びをしていたり橋の下で雨宿りをしていた人が、急な川の増水で流されたりすることもあります。
「土砂災害」や「落雷」にも気をつけなければいけません。

産経ニュースによると、民間気象会社「ウェザーニューズ」は、今年の夏は全国で昨年より「3.5倍」多くゲリラ豪雨が発生すると予想しています。
「8月上旬から中旬にかけ高気圧が弱まることで、大気の状態が不安定になり、全国でゲリラ豪雨が多発する見通し」とのこと。

近頃は最新の気象情報を得られる便利なツールがたくさんあります。
それらのツールを利用して、今後の豪雨に備えてみてはいかがでしょうか。
たとえば、国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」
自分の住んでいる地域のハザードマップ(災害予測図)を手に入れることができます。
また、1時間以内の降雨予報をお知らせする「あめふるコール」というスマートフォン向けアプリなどもあります。

災害というものに対して人は「自分だけは大丈夫」という意識があるものです。
しかし、その考え方が隙を作り、まさかの事態に陥る可能性を高めてしまうのではないでしょうか。
自分の身を災害から守るためには、その意識から変えていかなければいけないのかもしれません。
豪雨によって「起こるはずがない」と思っていた被害に遭わないためにも、危機意識を持って積極的に情報を入手し、うまく活用できるようにしたいものです。
それにはまず、「自分だけは大丈夫」という思い込みを捨て去ることから始めないといけないと感じます。

(スタッフ:武市)
(2013/7/24 UPDATE)
番組スタッフ
先週土曜(20日)から公開され、2008年の映画『崖の上のポニョ』を超える好スタートを切った、宮崎駿監督の新作『風立ちぬ』。
大きな注目を浴びる映画の宿命なのでしょうが、すでにネット上では賛否が真っ二つに割れているようです。

RBB TODAY」によると、映画『おおかみこどもの雨と雪』などで知られる細田守監督が「こんなにいい映画はいままでになく、そしてこれからもない、というくらい、いい映画でした」と手放しで絶賛する一方で、作家の東浩紀さんはTwitterで、「普通のユーザーの感覚からすれば、風立ちぬは、戦争産業に従事したり恋人が結核で苦しんでたりするのにまったく主人公に葛藤がないのでびっくりするし、ちょっと共感しがたい(どこに共感すればわからない)映画だと思う。宮崎駿はこういうものだと覚悟すれば、いい映画。そういう感じかなあ」と厳しい意見をつぶやいています。

また、「Yahoo!映画」に書き込まれたレビューを見てみても、「最高の映画」「やっぱり、宮崎駿は天才だった」と賛辞を送る感想がある一方で、「老人の愚痴を聞くのも辛いが、それを2時間も付き合わされるのは拷問に近い」「正直退屈 主人公はまるでロボットだ・・・。実につまらない」という辛口の感想もあるなど、賛否両論。

わたしは、この映画を公開初日に観に行ったのですが、観に行ったことを知人に伝えると、開口一番、こう聞かれました。
「おもしろかった?」
よくある質問ですが、わたしは答えに詰まってしまいました。
なぜなら、この映画が「おもしろい」「つまらない」の二択で語ることが非常に難しい映画だからです。
悩んだ末に、わたしは知人にこう返しました。
「おもしろくもつまらなくもないけれど、観ておいた方がいい映画だと思う」

わたしはこの映画の関係者では一切ないのですが、そんなわたしが“おもしろくもつまらなくもない”この映画を、なぜ「観ておいた方がいい」とまで言って、知人に勧めたのでしょうか。
それは、この映画を観る前と後に触れた、いくつかのインタビューが深く関係しています。

たとえば、『風立ちぬ』のパンフレットに掲載されている宮崎駿監督のインタビュー。
*****
もとは模型雑誌に道楽で描いた漫画ですから。それを鈴木プロデューサーが「これを次回作にしたら」と言い出したんです。それはリーマンショックの前後で、ファンタジーを簡単に作れない時代が来ていると漠然と思い悩みながら、この先どういう風にスタジオジブリが進んでいくか、模索している時でした。
でも鈴木さんのその提案には、どうかしてるんじゃないかと思ったんです。
ところがプロデューサー室のある女性が、「子供はわからなくてもわからないものに出会うことが必要で、そのうちにわかるようになるんだ」と言ってくれて、そういう考え方もあるなあと。

*****

この映画の感想で「大人向けで子供には分からないのでは?」というものをよく目にしますが、宮崎駿監督の発言はこの疑問に対する回答と言えるのではないでしょうか。

「TV Bros.」(2013年7月20日号)には、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などで知られる、映画監督の押井守さんの『風立ちぬ』がテーマのインタビューが掲載。
「おもしろい」「つまらない」の二択では語れない、『風立ちぬ』のこんな見方を示してくれています。
*****
子供のために作ってない。オトナの観客のためですらない。自分のためだけに作っている。
だから、オトナ・ジブリじゃなくてオレ・ジブリ。

(中略)
この作品は庵野の『エヴァンゲリオン』と同じ延長線上にあると思う。なぜなら、いつものジブリの王道から一歩踏み出している。あるひとつの価値観のなかに踏み出しているから。そういう意味では、最近のジブリ映画のなかでは抜きん出てる。
これは誰にも真似出来ない。70まで生きた人間にしか作れない作品になっているし、老アニメーターの迫力は伝わってきた。

*****

極めつけは、「SPUR」(2013年9月号)に掲載された、プロデューサーの鈴木敏夫さんと『桐島、部活やめるってよ』で知られる、作家の朝井リョウさんの対談。
(※下記の内容は、映画の重要なシーンのネタバレがありますので、ネタバレが嫌な方は読み飛ばしてください)
*****
鈴木:本当はラストシーンは違ったんです。絵は変わってないんだけれども。
朝井:えっ。台詞が変わったってことですか。
鈴木:そう。しかも一文字だけ。最後に二郎(主人公)の死んだ妻の菜穂子が現れて彼に「生きて」って言うでしょう。あれ、実は「来て」だったんです。
朝井:えーーーーーーっ!!180度意味が変わるじゃないですか!
鈴木:「い」の字を入れただけなんですけれどね。「来て」のままだったら、最後の場面は煉獄にいる二郎を彼岸にいる菜穂子が呼びに来た、という意味合いになりますよね。
(中略)
鈴木:エンドロールの宮崎駿の名前の背景も、全編のなかでいちばんモヤモヤしている絵でしょう。あれは彼岸なんですよね。あの絵を見ると、やはり宮さんは「来て」をやりたかったんだろうなと思うんです。
*****

宮崎駿監督の“遺言”とも言われる、『風立ちぬ』。それを証明するかのような貴重なエピソードです。

上記3つのインタビューに触れることで、わたしは『風立ちぬ』を「おもしろくもつまらなくもない映画」と、ただ斬り捨てる気持ちにはなれませんでした。
皆さんはいかがでしたか?

ついつい、「おもしろい」「つまらない」の二択で語ってしまいがちな映画の感想。
わたしも、これまで「おもしろい」「つまらない」の二択で映画を語ってきましたが、「おもしろくもつまらなくもないけれど、観ておいた方がいい映画」があるということを、『風立ちぬ』に教えられたような気がします。


(スタッフH)
(2013/7/23 UPDATE)
番組スタッフ
ヒラに戻りたい課長が増加中 「部下が育たない」――こんなタイトルの記事が先週、朝日新聞サイトに掲載され、ネットで話題になりました。上場企業の課長を対象にして、産業能率大が調査したところ、「最終的になりたい立場」という質問に対して、「プレーヤーに戻る」が13.5%にのぼり、2年前の前回調査の9.6%から3.9ポイント伸びたということです。逆に、「社長」「役員クラス」と答えた人は計21.2%から計15%に減ったそうです。

この記事のもとになった産業能率大の調査結果はネットで公開されているので、興味のある方はご覧ください。中間管理職である課長はどこの会社でも大変だと思いますが、最近の傾向として、管理職でありながらプレイヤーとしての業務を行わなければいけない「プレイングマネージャー」が増えていることがあげられます。産能大の調査でも、プレイヤー業務を兼ねている課長は9割を超えています。

部下の管理をしつつ、自らプレイヤーとしても動かねばならず、さらに上からは無理難題を押し付けられる。私も経験がありますが、中間管理職というのは、本当にストレスのたまるポジションだと思います。そんな悩み多き課長さんですが、産能大の調査によれば、もっとも多い悩みは「部下がなかなか育たない」(41.8%)ということだそうです。これもよくわかります。おそらく、部下がしっかりしていないから、結局、課長である自分がプレイヤー業務をやらなければいけない、ということもあるのでしょう。

ストレスの多い管理職はイヤだから、一生ヒラ社員のままがいい。そう考える人は少なくないようで、web R25に掲載された日本経営協会の調査によると、入社3年前後の社員の37.4%が「昇進したくない」と希望しているそうです。私も管理職になりたくなかったのですが、経験や年齢から、ならざるをえませんでした。この調査結果も、非常に共感できます。

ただ、今にして思うと、中間管理職は経験しておいて良かったと感じています。特に課長は、現場に直接かかわることのできる管理職で、責任が重くて大変なのですが、その気になれば、いろんなことができます。部下を育てるというのは困難な道ではありますが、成長を感じることができたときは、充実感を得ることもできます。

問題なのは、プレイヤーと管理職は求められる役割が違うことです。早くその違いに気づいて、どれだけ自分を切り替えていけるかということかな、と思います。近くにいいお手本がいればいいのですが、必ずしもそういうわけにはいかないでしょう。そんな人には、東レ経営研究所顧問の佐々木常夫さんが著した『そうか、君は課長になったのか』(WAVE出版)が参考になるかもしれません。

朝日新聞の記事は、「ヒラに戻りたい課長が増加中」という見出しで、プレイヤー志向の課長が多いような印象を与えますが、絶対数を見れば、そのような課長は全体の1割強にすぎません。多くの課長は、さまざまな理由から、いまの立場でふんばってよりよい成果を出そうとしているのではないでしょうか。

会社には、そんな課長たちをバックアップするような体制をつくることや、その成果や役割をきちんと評価して、心が折れないようにしてほしいものだと思います。

(スタッフ: K)
(2013/7/22 UPDATE)
番組スタッフ
ネット選挙運動解禁となった、日曜日に投開票が行われる参議院選挙。
番組コラムでも解禁前から何度も取り上げていますが、皆さんは今回、ネットで候補者の主張をチェックしていますか?
参院選も終盤。ネット選挙運動解禁の蓋を開けてみると、炎上の火種すらなく、生ぬるいサウナのようなもの。

そもそも最初からネット選挙運動に期待していないという人もいるでしょう。毎日新聞によると、「ネットを投票の参考にする」と答えた人は4割に届かず、若年層も含め、ほぼすべての世代で「参考にしない」という声が多いのだとか。
私の知人の母親は握手してもらっただけで、その候補者への投票を決意したそうです。候補者の主義主張などは全く関係なく。それもひとつの選択手段かもしれません。

出不精で行動に欠ける私には、駅前の演説に耳を傾けるよりも、ネットで自身の選挙区の候補者が何を言っているのか、涼しい部屋で調べるのが性分に合っています。
だから、大いなる前進と言われる「ネット選挙運動解禁」には、少なからず期待していたのです。

私が住む東京選挙区の候補者のネット選挙運動状況を主にTwitterでチェックしているのですが、ツイート内容と言えば、活動報告ばかり。
「今日は新橋駅で演説してきました!暑かったです!」「明日のスケジュールは以下の通り…」
そして、駅前での演説をそのままYouTubeにアップ…。

ネット選挙運動解禁と聞き、それに期待した誰もが考えたのが、有権者と候補者のやりとり。
そして、駅前の演説では感じ取れない、生々しい候補者の本音。
本音に近い声、少々の刺と人間味のある声がありがたがられる「ネット」というザルにこせば、主義主張のない臆病な候補者は淘汰される…そんな妄想も抱いていました。

執拗な「私、参院選がんばってますよ」アピールと、活動報告ばかりなので、特に候補者が聞きたいこともありません。
たまに、TPPや原発について、自身の見解の述べる候補者もいますが、一方通行の発信。
私が見た中では、ブラック企業を絶賛大批判中の某候補者がブラック企業対策について聞かれて、答えている程度。

目立った炎上もない今回の参院選か…、と思っていた終盤戦、ナントカ牧場でおなじみのあの人は自身のFacebookで、「ネットが政治をさらに劣化させる」と発言し、炎上しています。

+++++++++++++++++++
「私は新聞記者であった父から、文章を書くには作法があると教えられてきた。しかし、最近のネット上の諍(いさか)いを見ていると、そうした作法とはまったく関係なく、他人を誹謗中傷する文章が溢れている。かつて『テレビが政治を悪くした』と言われたことがあったが、今や『ネットが政治をさらに劣化させる』と断じなければならない状況だ」
海江田氏のFBが大炎上! 「今やネットが政治を劣化させる」と反論…2013.07.18
+++++++++++++++++++

この炎上を見て、「ああ、ネットが劣化した政治家を淘汰してくれうるのだ」。そう感じました。

それでも、総じて、「これじゃなかった臭」がプンプンするネット選挙運動。
次回に期待。そうとしか言えません。

余談ですが、私の友人の母が、某候補者のウグイス嬢を務めています。
ウグイス嬢が言うには、「結局、高齢者には握手をする、演説するのが一番いい」のだとか。

スタッフ:坂本
(2013/7/18 UPDATE)
番組スタッフ
全国的な猛暑が続いています。熱中症で病院に運ばれた人は、全国で数千人にのぼるといいます。
普通に生活しているだけでもうんざりするような暑さですが、この時期、特に大変な思いをしているのが高校球児たちです。
現在、甲子園を目指した戦いが各地で繰り広げられています。

そんな中、熊谷市で最高気温38・3度を記録した11日の埼玉大会では、熱中症で倒れる球児が相次いだといいます。
その中で、熱中症で倒れた生徒に対して、信じられないようなことを言った監督がいました。

(nikkansports.com・2013年7月12日)
++++++
川越初雁球場の第3試合では、川越西のエース井原彰吾(2年)が1点リードの9回2死で、突然マウンドにうずくまった。熱中症で右手にしびれを感じ、
そのままグラウンドを後にした。熱中症による交代はチームで3人目。
3回に横手優樹外野手(3年)、6回に森田京介内野手(3年)が、それぞれ暑さから両足をつり、救護室で治療を受けた。
筒井一成監督(41)は「試合で倒れるなんて初めてです。何をやっているのか」とあきれ顔だった。
++++++

熱中症で3人も交代しているという異常事態の中、「何をやっているのか」とあきれるとは、どういうことでしょうか。
自分が現役時代の頃は熱中症で倒れる選手なんていなかったと言いたげな台詞ですが、昔と今では環境が違います。
監督は41歳ということで、現役時代は「練習中は水を飲むな」と言われた世代なのかもしれませんが、指導者としては若く「脱根性論」を掲げて取り組まなければいけない世代です。昭和の根性論をふりかざされたら、選手達が気の毒です。

そしてこの件に関してはもうひとつ。埼玉県高野連・高間薫専務理事がこんな発言をしています。

(nikkansports.com・2013年7月12日)
++++++
市営浦和球場では所沢西の応援に駆けつけた生徒5人、さいたま市川通公園野球場では越ケ谷の野球部員1人、生徒1人が救急車で搬送された。
埼玉県高野連・高間薫専務理事(58)は
「ちょうど期末試験が終わり、体が慣れていないんじゃないかな。対策を考えないと。毎日これでは困る」と話した。

++++++

とても無責任な発言です。「毎日これでは困る」というのは、「スムーズな大会運営ができなくて困る」という意味なのでしょうが、
高野連が困るかどうかではなく、どうすれば生徒たちが熱中症にならずにすむかを考えるべきではないでしょうか。

日本人は「根性論」が好きだと言われています。スポーツ界では、死ぬ気で努力して壁を乗り越えることが美徳とされていた時代がありました。
この時代錯誤の「精神論・根性論」は、もうとっくになくなったものと思いきや、
部活動での体罰問題や柔道のパワハラ問題などを見ていると、未だにこの悪習がはびこっていると言わざるを得ません。

そして「根性論と熱中症」という問題の裏には、見る側が選手たちに勝手にかけている“期待”の問題というのもあるような気がします。
観客や視聴者は、汗をほとばしらせながら全力でプレーする姿を、当然のように期待してしまいます。
オリンピックに出場する選手が「楽しみたい」と言っただけで批判されるというのも、
スポーツ選手は死ぬ気で頑張らなければいけないという「イメージ」があるからではないでしょうか。

高校野球は特にその「イメージ」や「期待」を背負わされていると思います。
春の選抜より夏の大会の方が盛り上がるのは、見る側の感覚として、炎天下の中、必死にプレーする姿の方がより感動を呼ぶ、というのが理由のひとつとしてあるのではないかと思います。
仮に熱中症対策として、ドーム球場で夏の甲子園が開催され、球児たちが涼しげな顔でプレーをしていたら、観客は物足りなさを感じてしまうのではないでしょうか。

しかし夏のスポーツ観戦の醍醐味が少しくらい欠けてしまったとしても、球児たちのために、例えば“試合時間を変更し、気温の高い時間帯は避ける”などの対策を早急に講じなければいけないのではないでしょうか。
気象キャスターの斉田季実治氏は、著書「いのちを守る気象情報」の中でこう述べています。
“「地球温暖化」や都市化などによる「ヒートアイランド現象」によって、
熱中症を発症するリスクが高まっていることに疑いの余地はなく、熱中症は新たな気象災害として認識する必要があるでしょう。”


熱中症は、最も死亡者が多い災害と言われています。
もはや根性論で乗り切れる類のものではありません。
現場を指揮する監督には根性論的発想を改めることを、
高野連には、やり過ぎなくらいの熱中症対策を期待したいものです。

(スタッフ・武市)
(2013/7/17 UPDATE)
番組スタッフ
検索バーに“あるキーワード”を入力すると、自動的にそのキーワードの関連語が表示される、グーグルの「サジェスト機能」。
週刊文春WEBは、『ある有名司会者の名前をグーグルで検索すると、自動的に「かつら」という言葉が関連語として最初に表示される』といった、これ以上ない分かりやすい例をあげていますが、ユーザーにとっては便利な半面、当事者にとってはありがた迷惑。
自分の名前と心当たりのない犯罪がらみのキーワードが一緒に表示されることもあり、今年4月には裁判沙汰にもなっています。

そんななか、毎日新聞が、このサジェスト機能の悪用により被害を受けているという、ある参院選候補者の声を伝えています。
記事によると、その参院選候補者の名前を検索すると、関連語に「逮捕」「選挙違反」といったイメージの悪い単語がトップに表示されるケースが見られるようになったというのです。
*****
ある選挙区の新人候補は、ある検索サイトで名前を検索すると<逮捕>が関連語のトップに表示される状態が続いている。
関連語は、目的の情報にたどりつきやすいよう、入力した言葉と一緒に検索された回数などからコンピューターが選ぶ。この候補者の場合、ネット上で<○△×(候補者名)逮捕の真相!?>などの見出しをつけたブログが多数存在することが原因とみられる。
ただ、こうしたブログは見出し以外は<検索結果で『逮捕』が出たので調べたが、事実はなかった>などと、候補者と「逮捕」を結びつけるような記述はしていない。出馬表明の約2週間前に同じ政党に所属する別の政治家が逮捕されたが、候補者とは無関係だ。
ある情報管理会社の専門家は「書き込みはこの候補が出馬表明した直後の6月の数日間に集中しているうえ、数分おきに数種類のブログに同じような内容の書き込みをされた例もある。不可解だ」とみる。

*****

このように、あるキーワードを検索した際に表示される関連語の順位を有利にする行為はSEO(サーチエンジン最適化)と呼ばれ、これを請け負う業者がいるとも言われています。
行き過ぎたやり方は検索会社が禁じているようですが、今回のケースを見る限り、検索会社の目が行き届いているとは言い難い状況です。

さらに、現行法では個人がグーグルのような検索エンジンに削除を命じるのは難しいと言われていますが、実際のところどうなのでしょうか。調べてみると、そう難しいことでもないようです。

たとえば、関連語に「詐欺」と出ることから、グーグルに削除申請した、“あるホームページ制作会社”。
ダメ元で削除申請をしたところ、無事に受け入れられ、関連語の「詐欺」が削除されたようです。
自社のホームページで公開している、削除申請の手順は多少面倒ではありますが、検索バーに自分の名前を入れてみて、イメージの悪い関連語が表示されるのであれば、この方法を試してみるのもいいのかもしれません。

そもそもは、検索を助けてくれる機能だったはずなのに、今はその役割を十分に果たしているとは言えない、サジェスト機能。
たとえば、ある有名人についての有益な情報を得たいのに、サジェスト機能で上位に表示されるのは過去のスキャンダルやネガティブな噂など下世話なものばかり。
それだけでなく、SEOのやり方次第では、自分にとって不都合な誰かを社会的に抹殺できる可能性さえ秘めています。
『サジェスト機能は、誰得なのかよくわからんし、そろそろマジでなくした方がいいと思う』。
ツイッターを覗くと、こんな辛辣な意見も見受けられますが、機能自体をなくすのは無理にしろ、せめて、SEOに対する“行き過ぎたやり方だけを規制する”という現行のぬるめの規制を、“全面的に規制する”という厳しい方向へと舵をきってはくれないものでしょうか。


(スタッフH)
(2013/7/16 UPDATE)
番組スタッフ
いま選挙期間まっただなかの参議院選挙は、「ネット選挙解禁」が目玉となっています。

ツイッター上には各候補者の遊説日程や演説中継のサイトへのリンクが投稿され、候補者自身も盛んに自分の政策をネットでアピールしています。有権者のあいだでの「ネット上の政治談議」もこれまでよりも盛り上がっているように感じられます。

マスメディアでは「ネット選挙解禁」という言葉が一般に使われていますが、違和感を感じている人もいるようです。本当は「ネット選挙解禁」ではなく、「ネット選挙運動解禁」ではないか、と。

今回認められるようになったのは、インターネット上での選挙運動であって、インターネットでの投票が可能となったわけではありません。選挙という言葉は通常、「候補者への投票」を想起させます。その意味で、「ネット選挙解禁」という用語は誤解を招きやすいといえるでしょう。

報道によると、「ネット選挙解禁」というニュースをみて、「ネットで投票できるようになった」と勘違いしている人が少なくないようです。各地の選挙管理委員会では、「ネットでは投票できません」と啓発につとめているということです。

また、「ネット選挙解禁」というのは、マスメディアが使っている言葉で、公職選挙法を所管する総務省のホームページでは「インターネット選挙運動の解禁」と、厳密な用語が使われています。そのあたりは、お役所らしく、各所で説明するときも「必ず『運動』をつけるようにしている」そうです。

このように誤解を招いている「ネット選挙」という言葉ですが、そもそもなぜ、本当の「ネット選挙」が実現していないのだろう、と思います。

我々の生活にはインターネットが深く浸透し、さまざまな物がネットで注文できますし、銀行口座の決済もネットで簡単にできるようになっています。そんな時代からすると、選挙の投票もネットでできたらいいのにな、と思うのですが、まだまだ日本では実現まで時間がかかりそうです。

一番、大きな懸念は「なりすまし」の危険があることでしょう。しかし、現行の方法でも、なりすまし投票の事例は報告されており、ネット投票のほうがリスクが高いのかどうか、しっかり検証する必要があるでしょう。

いまや株主総会の議決や競馬の馬券購入も、ネットでできる時代です。ネット選挙運動解禁の次は、本当の「ネット選挙解禁」に向けて、議論を進めていってもいいのではないでしょうか。

(スタッフ: K)
(2013/7/15 UPDATE)
番組スタッフ
「オトナ思春期」という言葉を知っていますか?
これは、某下着メーカーが、「更年期」の症状がよりわかりやすくポジティブに伝わるよう考え出した、新たな呼び名。
もともと、開発チームでは「更年期」を「第二の思春期」と呼んでいたそうですが、よりかわいげのある言葉として、最近流行っている「オトナ女子」という言葉を参考に、「オトナ思春期」としたといいます。

こういった動きに対し、即反応があるのがネットの良いところ。
目にするのは「更年期で十分わかる」「痛々しい」といった批判の声ばかりです。

では、実際の更年期の人はどう思っているのか?
私がたまに訪れる飲み屋。そこの五十路のママが更年期に苦しんでいます。
先日、彼女に「オトナ思春期」についてどう思うか、聞いてみました。

*******************
更年期がどれだけ苦しいか。暑くもないのに、緊張しているわけでもないのに汗が吹き出る。どれくらい恥ずかしいことか分かりますか?
オトナ思春期という言葉を男性が考えたのなら、何だか腹が立つ程度。
同性である女性が考えたというのがとても残念。
いい年をして思春期だなんて、いつまでも使うのが恥ずかしいわ
<中目黒M・ママ>
*******************

いい年をして思春期と言うのが恥ずかしい。
この言葉に私は更年期でもないのに共感を覚えます。
先日、行われた都議選。ある40代の女性候補者が、選挙カーに乗り「今こそ女子力を!」と叫んでいました。日本を変えるには女子力しかない、と。
まさに私は「いい年をして…」と思ってしまいました。

私は説明ができるようでできない、「女子力」という言葉が好きではありません。
30代女子、40代女子はもはや当たり前。
この女子力、女子という言葉は今後、50代以上の女性にも当たり前に使われていくような気がします。
博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所が今月、東京に住む70代のメディア接触と生活意識・消費行動に関する調査結果を公表しました。
その中で、 「自分の呼ばれ方」について聞いたところ、「おじいさん おばあさんと呼ばれることに違和感を感じる」人は約半数(49.7%)だったということがわかったのです。
「高齢者・お年寄り・老人」など、直接的に年齢を感じさせる言葉には抵抗があるのだとか。

いつまでたっても若くありたいと願うのは、自然の摂理。
しかし、私は年相応の使われ方をしない「女子力」という言葉が、“自然の摂理”のバランスを崩壊させうると思っています。
女性は男性より精神年齢が高く、それが女性の大きな魅力の一つだと思いますが、女子力・女子をかかげる女性に精神年齢の高さを感じることはできません。

ノンフィクション作家の白河桃子さんによると、最近頻繁に使われる女子力、女子という言葉は次のように定義付けされます。

*********************
女子力とは「対男性を魅了する力」という意味はとっくに超えている。女性が自らを高めパワーを持つための力だ。男性と同じように仕事をし、責任を負っている女性たちが、ほうっておくと「仕事によって限りなく男性化」していく自分に装着するパワーアイテム、それが女子力なのだ。

日本では女性には苦しさや不自由さがつきまとう。我慢してまで女性としての義務を果たすことを辞めた女たちが女子なのだ。
(文藝春秋4月号より)
*********************

都議選に出馬したその女性を見るに、いまだ存在する社会のしがらみから女性を解放してくれるのが、女子力なのでしょうか。
しかし、それでも「女子力」という言葉を支持できません。
「いつまでも少年の心を持っていたい」と言ってしまう中年男性が醸す臭いと、同じものを感じているからです。
そして、「女子」という言葉の暴走により、何だか男が置いてきぼりにされているような気になってしまうからです。

スタッフ:坂本
(2013/7/11 UPDATE)
番組スタッフ
現在、参議院選挙戦の真っ只中ですが、今回の選挙の注目点のひとつに、「インターネットを使った選挙運動の解禁」があります。
このネット選挙に関する話題の中心は“党や候補者がいかにネットを利用するか”ということ。
しかし私たち有権者も、その使い方には十分注意しなければいけません。
なぜなら公職選挙法というのは、候補者だけでなく有権者も規制の対象となるからです。

有権者が注意すべき点はいろいろありますが、
特に気をつけなければいけないのが、未成年者です。
総務省は、未成年者がネット上で選挙運動を行わないように注意を呼びかけるチラシをWebサイトで公開しています。
未成年者が特定の候補者を当選させるために行うと、法律違反で罰せられるおそれがある行為として、以下のことをあげています。

・自分で選挙運動メッセージを、掲示板・ブログなどに書き込み。
・他人の選挙運動の様子を、動画共有サイトなどに投稿。
・他人の選挙運動メッセージを、SNSなどで広める(リツイート、シェアなど)。
・送られてきた選挙運動用電子メールを他人に転送(一般有権者も禁止されています)。


どれも知らず知らずのうちにやってしまう可能性がありそうなことばかりです。
未成年者が選挙中に候補者の「ご声援ありがとうございます」というツイートをリツイートしても公職選挙法違反となる可能性があるということを、どれほどの人が認識しているでしょうか。
読売新聞の記事によると、福岡県の高校では、この総務省のチラシを生徒に配り、
選挙運動をしないよう注意を呼びかけているようですが、教育現場での啓発は遅れており、周知不足を懸念する声が上がっているといいます。
県教委が県立高や全市町村教委に啓発を求めたのは公示の直前で、6月下旬の文部科学省の要請を受けた“駆け込み依頼”で、各校は大慌てで周知しているとのこと。
もしこれで違反者が出たとしても、高校生を責められないのではないでしょうか。

そしてこの「未成年者がネットを使った選挙運動ができない」という問題は、
「選挙や政治に積極的に関わろうとする若者のやる気を奪ってしまう」という問題にもつながります。
なぜなら、前出の総務省のチラシは、「未成年は政治に関わらないでくれ」とでも言っているかのような内容だからです。
せっかく選挙や政治に関心を持っていても、これでは未成年は傍観者にならざるを得ません。
しかし、“まったく何もできない”かといえばそうではないというのがまた曲者です。

朝日新聞デジタル(13年7月6日)
+++++++
では、どんなことならやってもいいのか。ネット選挙に詳しい財団法人「尾崎行雄記念財団」の谷本晴樹主任研究員は「『私は憲法改正に反対です』とか『アベノミクスで経済は元気になると思う』など、
政策に対する評論は大丈夫」と話す。政治的なテーマに対する意見表明は未成年者でも自由にできる。
また、「『○○党の誰々は落とすべきだ』という『落選運動』も、選挙運動ではないため認められる」。
公選法が未成年者に禁じているのは特定候補者の「当選を目的とした行為」であり、誹謗(ひぼう)や中傷などに当たらない範囲の「落選を目的とした行為」は構わないという。
+++++++


何かをネット上に書き込もうかという時、こんな微妙な境界線をいちいち気にしないといけないなんて、これではやる気が削がれてしまって当然です。

この件に関してはツイッターでも、
「法律が時代に置いていかれてるとしか…」
「未成年のネット選挙に関する御法度は、未成年が政治に興味を持つことを妨げるための施策なんじゃないだろうか」
「むしろ未成年の未来がかかってるんだから、それはないだろ」

などの不満の声が上がっています。

政治家はネット選挙運動解禁で若者が政治に関心を抱くことを期待しているようですが、これからの日本を担う世代の政治参加を法律で制限してしまっては本末転倒ではないでしょうか。
総務省の情報通信白書(2012年版)によると、13〜19歳のインターネット利用率は96・4%だそうです。このネットを使うことが当たり前という世代にネットを使った選挙運動に関わるなというのは、どうにも無理があるような気がします。
今のうちからネットを使って政治に関わり、投票できる年齢になるまでに少しでも政治に慣れ親しんでおくのは、意義のあることなのではないでしょうか。

公職選挙法が改正されてネット選挙運動が解禁となったわけですが、
現在の公選法では、政治に関心のある若い世代が積極的に政治に関わることができないというもどかしさがあります。
この矛盾をはらんだ法律を今一度、見直すべきではないかと思います。

(スタッフ:武市)
(2013/7/10 UPDATE)
番組スタッフ
東京電力が不名誉な大賞を受賞した「第1回ブラック企業大賞」。
先月27日には第2回のノミネート企業8社が発表されたのですが、話題の中心はなんといっても2年連続でノミネートされたワタミ。
相変わらず、ワタミに対する週刊誌やネットによる“叩き”は止む気配がありませんが、ここにきて揺り戻しなのでしょうか、そうした“叩き”に対する反論をする識者が現れ始めています。

その識者のひとりが、『行列のできる法律相談所』でおなじみの北村晴男弁護士。
先週土曜(6日)、ワタミの元会長・渡邉美樹さんの応援演説で、ワタミがブラック企業と叩かれるきっかけとなった2008年の過労自殺問題を擁護したともとれる発言をし、ネット上で「遺族への配慮が欠けている」といった批判を受けています。
問題の発言は以下のとおり。
*****
私はいろんな企業、大企業から中小零細企業からたくさん今まで見てきた。
いいですか。そのなかで、急成長している企業が、本当に申し訳ないけども、細かいところまで目が行き届かなくて、不幸な事故が起こることはたしかにあります。
そのときにやるべきは、その企業がその反省に立って、その反省をしたそのタイミングが5分後であるか1ヶ月後であるか6ヶ月後であるかは別にして、必ず、反省に立ってその企業が二度とその過ちを犯さないように、そういう不幸な事故が起きないように、手当てをして、手当てしながらどんどんどんどん成長していくのが、それが優秀な企業だ。すべての企業はみんなそうだ。
ひとつの事故をとらえて、これでこの企業もその創業者も経営者もすべて否定してしまうやり方は絶対に間違っている。

*****
※ブロガーの篠原修司さんが「Yahoo!ニュース個人」に寄稿した記事より抜粋

ワタミが代表例とも言える、個別の企業名を挙げて「ブラック企業」と批判する「ブラック企業叩き」ですが、これに対する反論をしているのは、北村弁護士だけではありません。
昨日発売された『週刊ポスト』(2013年7月19・26日号)の記事、『「ブラック企業叩き」のなんとなくイヤーな感じ』にも、ブラック企業叩きに対する反論がいくつも紹介されています。

たとえば、人事コンサルタントの城繁幸さんの「終身雇用を守ることが最優先で“そのためには多少のことは大目に見る”のが日本の労働法規です。(中略)批判が企業を苦境に陥れ、その苦境を乗り越えるために社員に負荷をかけると、本当にブラック企業になってしまう悪循環になりかねない」という意見や、『若者を見殺しにする国』の著者・赤木智弘さんの「個別企業を追及しても、当事者たちの溜飲を下げるだけで、社会を変える力にはなりません。それどころか、企業が人を雇ってトライアル&エラーし、ダメだったら辞めてもらうことによる離職率の高さを批判してしまうと、企業側はさらに“高学歴で優秀でプレッシャーにも強い人材だけを採用しよう”というように萎縮し、さらに就職格差が広がってしまいかねない」といった意見。

わたしはブラック企業を擁護する気は一切ありませんが、根拠のない叩きも散見される、最近の節操のないブラック企業叩きには多少の違和感を覚えます。
あるツイッターユーザーの『ブラック企業叩きって叩いている人が現在所属している会社の状況に不満があるけど言えなくて、その捌け口として話題にあがる企業を叩いているように思う。』というつぶやきが目に留まりましたが、わたしが覚えた違和感の正体はこれなのかもしれません。

余談ですが、わたしには頻繁にブラック企業として叩かれているX社に勤めていた知人がいます。その知人はかつて勤めていた企業がブラック企業と叩かれていることについて、こんな話を聞かせてくれました。

『確かに仕事はきつかったのですが、きつさに相応の報酬を得ていました。だから、X社が世間でブラック企業と叩かれていることにはピンときません。私は単純に仕事のきつさに耐えきれず退社したのですが、X社を恨む感情も、叩こうという気もありません』

当事者だけに、その資格があるブラック企業叩き。
冷静に当事者の声に耳を傾けてみると、それほどブラックではない内情が見えてくることもあるような気がします。


(スタッフH)
(2013/7/9 UPDATE)
番組スタッフ
少子高齢化が進む日本社会ですが、犯罪の世界も高齢化が進んでいるようです。

東京都内で2012年に摘発された万引きについて、警視庁が調査したところ、65歳以上の高齢者の摘発者数が19歳以下の少年を上回ったことが明らかになりました。これは、詳細な統計が残っている1989年以降で初めてのことだそうです。

共同通信によれば、高齢者による万引の摘発件数は年々増加傾向にあるとのことで、1999年は高齢者の摘発件数が全体の6.0%だったのに対して、2012年は24.5%まで増えているそうです。その理由について、記事は「孤独感や生活困窮などが背景にあるとみられる」と伝えています。

このように高齢者の万引き犯が増加しているのは事実なのでしょうが、万引きは子どもから大人まで、あらゆる年代でみられるポピュラーな犯罪です。先週7月4日には、東京地検に勤務する40代の女性事務官がスーパーで肌着を万引きしたとして、停職1か月の懲戒処分を受けました。

また、昨日7月7日には、愛媛県今治市役所の50代の男性職員が書店でビジネス書を万引きしたとして、警察に逮捕されました。検察庁や市役所といった、高い遵法意識が求められる官庁の職員でも、万引きをしてしまう人があとを絶ちません。

このように日常的に発生している万引き。その被害額は相当な金額にのぼると考えられます。6月にNEWSポストセブンに掲載された記事には、万防機構の福井昂事務局長の次のような言葉が紹介されていました。

「警察庁の推計によると、2009年の小売業事業所における万引き被害総額は4615億円。1日あたり12.6億円という莫大な被害額です」

1日10億円以上もの物品が万引きによって盗まれているというのです。日本という国は、とんでもない「万引き天国」なのだと思わざるをえません。

それにしても、なぜ万引きはなくならないのでしょうか。2011年に香川県が、万引きについてアンケート調査をしているので、それを見てみましょう。

まず、「万引きについて、どのように考えていますか?」という最初の質問に対して、回答した294人全員が「悪いことである」と回答しています。つまり、万引きが違法行為であることはみなが知っているわけです。

では、悪いと知っているのに、なぜ万引きをしてしまうのか。アンケートの2番目の質問は、「万引きをする一番の理由はなんだと思いますか?」でした。この質問に対してもっとも多かったのは、「その品物がほしいから」という理由で、全体の38.4%を占めました。ついで多かったのが、「ストレス解消・さびしいから」というもので、27.9%でした。以下、「お金がないから」(16.8%)、「みんながやっているから」(8.1%)と続きます。

これは、万引き犯に対しておこなわれたアンケートではないので、あくまでも「推定」の話ですが、多くの人は「万引きの理由」をこのように考えているようなのです。「ストレス解消」や「みんながやっているから」という理由が上位に入っていることからすると、罪として軽く考えている傾向がうかがわれます。

それを裏付けるのが、3番目の質問に対する回答結果です。「なぜ万引きはなくならないと思いますか?」という質問に対して、「万引きはそんなにたいしたことではないと思っているから」という答えが、過半数の59.9%に達しました。

しかし、万引きはれっきとした犯罪です。刑法235条で定められている「窃盗罪」にほかなりません。もし起訴されて裁判にかけられれば、10年以下の懲役か、50万円以下の罰金が科されることになるのです。

このように万引きは犯罪であることが明白で、今治市役所の職員のように逮捕される場合だってあるのですが、「万引きはたいしたことない」と考えている人が少なくないようです。万引きを減らしていくためには、そのような間違った「常識」を変えていくことが肝心だといえるでしょう。

(スタッフ: K)
(2013/7/8 UPDATE)
番組スタッフ
何かとネットでバカにされがちな「情弱」。
情報弱者の略で、マスコミの情報に流されたり、メディアリテラシーが十分でない人、PCやスマホをうまく使いこなせない人を意味します。
多くの場合、「情弱」をバカにするのは「情強」。
これは情報強者を意味します。情報社会において、マスコミの情報に流されることなく、最新の技術を駆使し、豊富な情報を有している人のことです。

皆さんの周りに情報強者はいるでしょうか。
自分で言っているタイプの情強とは中々、お目にかかることはないと思います。なぜなら、「私は頭がいい」「私はイケメンだ」と自ら言うことは、恥ずかしいというのが世間のデフォルトだからです。
ゆえに、「情強」という言葉も少し、揶揄の意味を持っています。

私の周りには「情強」がいます。しかも、自称。
会議でわからない単語や知らない人物の名前が登場すると、その時の状況次第ですが、私は結構、それ誰ですか?と無邪気に聞いてしまいます。(それが許されない雰囲気では、こっそりスマホでググります。)
しかし、その「情強」は何があっても知らない、わからないと言いません。どんな話題にも、「ああ、アレね」と、自身のデータベースから得意に情報を引っぱり出してきて話をします。
確かに、彼の知識の豊富さは尊敬に値します。そして、徹底して知らない、わからないという姿勢も尊敬します。
これはそんな「情強」が「情強」であるがゆえに、失敗してしまったお話です。

先日、ある経済の専門家に出演してもらう番組のため、事前に打ち合わせをするということになりました。その経済の専門家に私たちが聞きたかったのは、「アベノミクス・成長戦略」について。
「情強」は番組のディレクターをしており、その場を仕切ろうとします。
のっけから専門家に向かって、成長戦略に対する「自分の考え」をぶつけました。
すると、その専門家はディレクターの持論に対して、「と言いますと?」「言っている意味がわからない」など、冷ややかなリアクション。打ち合わせの温度は上がることなく、終了。
情強ディレクターはこうつぶやきました。「冷めてるな〜」
打ち合わせ後、専門家の冷たい反応に対して、同席していたプロデューサーは「何度かあの専門家と仕事をしているけど、あんなに冷たくない。番組が危ない。これは放送までに確認しなければいけない」とうろたえます。

そして収録当日、プロデューサーが専門家に極めて低姿勢で専門家の冷たい反応の理由を聞いたところ、原因は自称「情強」ディレクターにあるといいます。
大きな理由は3つ。
①専門家として出演を依頼されているのに、私の話を聞こうという気はないのか。専門家には専門家の役割がある。スタッフの役割をわかっていない。
②経済の素人が誇らしげに語る持論を聞きたくない。どうせ受け売りなのに。
③何より話が長い

専門家の言い分はもっともだと思いました。自身の体験談ならまだしも、新聞やテレビ、ネットの情報から紡いだ「持論」は、専門家の前では「受け売り」としか映らないのです。
専門家の前で持論を展開できる彼の勇気に感服すると同時に、聞く姿勢が全くなっていなかった自称「情強」を止めることのできなかった私たちも、反省しなければなりません。

また、ある時は本番前にもかかわらず、その情報強者が憧れの人物が出演するということで、出演者に持論をぶつけ、司会者が本番はじまりますから!といさめているところを目にしました。

後日、彼のTwitterやFacebookを確かめたところ、自慢話ばかりが転がっていました。
有名人と一緒に仕事をしたという証拠写真とか、有名人と仲がいいという投稿…。
会議での彼を見ていると、自分が話したいことを話しているだけじゃないか。ただただ、自分の話を聞いて欲しいだけの人なのか。そんな感じはしていました。
何だか、自称「情強」のディレクターが少しだけかわいそうに思えてきます。
そのディレクターも四捨五入すると50歳になるそうです。

知識は自分を守る「武器」になるといいますが、私は「防具」にすべきだと感じます。
知識を「武器」と考えていると、ついついその攻撃力を自慢したくなります。ただ自分の武器を見せびらかしたくて、サヤから抜くと、相手を傷つけるというアクシデントもありえるのです。そして、何より自分自身を傷つけてしまいます。その「情強」ディレクターは、言われるまで気づいていませんでしたが…。

「情強」という言葉は決して、褒め言葉になりえないと私は考えます。
どんなに自分が知識があろうとも、人から話を聞き出すときは決して、その人の知識をただただ聞く。ふりでもいいから、聞き惚れている感を演出する。
当たり前ではありますが、謙虚に「情弱」ぶることが処世術として必要なのでしょう。


スタッフ:坂本
(2013/7/4 UPDATE)
番組スタッフ
あす、7月4日公示の議院選挙からインターネットを使った選挙運動が解禁となります。これにともない、各党は様々なネット戦略を展開しています。

特に話題となっているのは、自民党公式ゲームアプリ「あべぴょん」
安倍首相をモチーフにしたキャラクター“あべちゃん”をぴょんぴょんジャンプさせながら上空を目指すというゲームで、
高得点を獲得すれば「新人議員級」「国会対策委員長級」「幹事長級」とランクが上がり、当確バラを集めると、いろんなコスチュームのあべちゃんをゲットできたり、自民党に関する情報が書かれたページを読んだりすることができるというもの。

配信されるとすぐに人気に火がつき、ネットでは「神ゲーだ」などと言われているようですが、一方で「政策じゃなくて、ただの知名度アップ」や「もっとマジメなものを作れ」など、批判的な声も上がり始めています。
そのきっかけを作ってしまったのは、自民党ネットメディア局長の平井卓也衆議院議員と言われています。
東京新聞の記事によると平井氏は28日、インターネットで生中継された党首討論で、他党の党首の悪口を書き込んで投稿したとのこと。 

++++++++
中継会場で討論を聞いていた平井氏は、社民党の福島瑞穂党首が冒頭発言した際に「黙れ、ばばあ!」、
日本維新の会の橋下徹共同代表の欠席が伝えられた際には「橋下、逃亡か?」などとスマートフォンで書き込んだ。一方、安倍晋三首相の発言に対しては「あべぴょん、がんばれ」など肯定的なメッセージを送っていた。
平井氏は本紙の取材に「申し訳なかったが、(国会の)やじみたいなものだ。画面には流れていなかったはずだ」と述べた。
+++++++++
(東京新聞 6月29日)

これによって「首相をあべぴょんなんて呼ぶな」などの声がネット上で出はじめました。
ネットメディア局長である平井氏は、自民党公式アプリ記者会見で「あべぴょん」を実演していましたが、
誰よりも熱心にアプリをアピールしていた人が、自身の軽率な行動によってせっかく評価の高かった「あべぴょん」に逆風を吹かしてしまうとは、なんとも皮肉な話です。

そんな自民党よりも一足先に「公明アプリ」なるものを開発したのが公明党です。
公明アプリサイトによると、党関連のニュースに加え、党公式フェイスブックページや党所属議員のツイッターなどでたくさんの人と情報を共有したり、意見交換することができ、選挙情報、アニメによる政策解説などのコンテンツも満載のアプリ、とのことです。

一方、野党も負けじと、独自のネット戦略を展開しています。
ここのところ勢いのない民主党は、
スマートフォンをポスターにかざし撮影すると、海江田万里代表が動き出してメッセージが流れる、というアプリを開発。党のホームページでは、党の国会議員と有権者が政策について討論する「声!CAFE」を開設しました。
社民党もポスターをスマートフォンなどのカメラで撮影すると、政党のCMなどの動画が流れる仕掛けを作りました。

また、日本維新の会は、党の幹部や候補者が「ツイッター」や「フェイスブック」を積極的に利用していきたいと言っていますが、なかなかうまくいかない現状があるようです。
日本維新の会の浦野靖人衆院議員は、ニコニコ生放送に出演した際、
石原共同代表にインターネットを使用してもらうことの難しさを、こう話していました。
「お願いはしているんですけど、なかなかやっぱり、
できないというかやらないというか……まあ、正直言って石原さんにですね、
“誰がiPad渡すねん”という非常に高いハードルがありますので……
なんとかしてもらいたいとは思うんですけども」

石原氏の分も、ツイッターで110万人以上のフォロワーを持つ橋下共同代表が発信し続ける、といったところでしょうか。

みんなの党は「規制改革アイディアコンテスト」をホームページ上で開催。
応募してもらった全ての提言を、党の今後の政策立案に活かしていくとのことです。
共産党や生活の党は、動画サイトやツイッターなどで情報を発信していきたいと意欲を見せ、みどりの党も公式アプリを開発しました。

こうして各党のネット戦略を見ていると、“我が党はインターネットを使ったこんな選挙戦略を展開していますアピール”に必死になるあまり、肝心の政策が有権者に届いていないような気がします。
とにかく何か目新しいツールを開発しようといったような必死さばかりが目立っていると思います。

確かにアプリなどで政治に接していると、政治が身近に感じられるし、政治に感心のない人にも、何だか楽しそうだと思ってもらえるのかもしれません。
しかしいくらゲームがおもしろくても、ポスターが動いたりしても、政策が頭に入ってくるわけではありません。
今後は、画期的なツールを開発しましたというアピールばかりに力を入れず、政策などの最も肝心なことを前面に押し出してもらいたいものです。

また、インターネットを利用した選挙によって、選挙期間中は大量の情報が党や政治家から発信されます。
有権者はぼやっとしていると、どれが有益な情報なのかわからずじまい、といったことにもなりかねません。
政治家の情報発信力に期待するだけではなく、受け取る側も、情報に流されずに取捨選択する能力を身につけなければいけないのではないか、そんな気がします。

(スタッフ:武市)
(2013/7/3 UPDATE)
番組スタッフ
いよいよ、あさって(4日)公示の参議院選挙から解禁されるインターネットを使った選挙運動、いわゆる「ネット選挙」。
これによって、政党や候補者は“公示後も”ホームページやブログの更新、フェイスブックや、ツイッターでの発信はもちろん、動画を配信して自分をアピールすることも可能になるのですが、公示前の先週金曜(28日)、おかしな動画を配信して自分をアピールする、やや迷走ぎみの立候補予定者が登場し、ネットをざわつかせています。

「NAVERまとめ」でも、すでにまとめが作られている、千葉県から立候補予定の“ある男性”。
先週金曜、ツイッターで「(男性の名前)のことを知っていただくための、動画第10弾を公開しました。今回は色んな場所に、としろうダンサーズ(?)が出没しています。」とつぶやき、動画を公開しているのですが、見てみると、名前が連呼されるBGMに合わせて、この男性のお面を被った人々がいろいろな場所で踊るという恐ろしくシュールな動画。
男性は、「ネット版どぶ板選挙」とも言えるこの動画を含め、30秒ほどの短い動画を10本配信しているのですが、ネット上ではいずれも評判がよろしくないようです。

ちなみに、ジャーナリストの佐々木俊尚さんはツイッターで、こんな感想をつぶやいています。
*****
ちょうど公開中の映画「立候補」でも考えた問題だけど、マック赤坂のような芸風は「ネットで目立てば勝ち」みたいな状況が生まれてくる中でこれまでどぶ板選挙やってた有力候補者にも広がっていくのかも。
そもそも地盤看板が力を失っていき、風だよりの選挙に移行してくると、泡沫候補と有力候補の境目がどんどんあいまいになってくるという現象が起きてくるんじゃないかな。

*****

公示前にもかかわらず、早くも残念な空気が漂っていますが、ネット選挙に前のめりであり、迷走ぎみの立候補予定者は彼だけではありません。
朝日新聞(6月20日)の記事「ネット選挙指南、駆け回る」では、ネット選挙本番に向け、ある立候補予定者と陣営スタッフが戦略を練る会議の様子を伝えています。
*****
7月の参院選に立候補を予定する野党新顔の男性(55歳)と陣営スタッフ3人が耳を傾ける。インターネットを使った選挙運動が解禁される選挙。本番に向け戦略を練る会議だ。
別の日の会議では、テレビのバラエティー番組を手がける構成作家も加わった。急坂を駆け上がり、息切れしながら政策を口にする映像を提案した。人気番組のパロディーだ。目を引く動画で誘い、閲覧者を増やす作戦という。
「絶対に面白い。受けますよ」。2週間後、肩で息をしながら政策を訴える男性の動画がHPに載った。
*****

上記2つの例を見て、わたしが思うのは、「名前と顔を覚えさせること」、「奇をてらってインパクトを与えること」に終始しているということ。
有権者が投票先を決めるような大事な要素は全くもって見えてきません。
「名前と顔を覚えさせること」、「奇をてらってインパクトを与えること」に終始するのであれば、ネット選挙を解禁する意味などあるのでしょうか。
また、こうした状況はネット選挙に限らず、選挙にもそのまま当てはまることです。

*****
根本的な問題として、日本の選挙は政策を議論する仕組みになっていません。
選挙期間になると、掲示板にポスターが並び、僕らはそれを当たり前の光景として受け入れてしまっていますが、よく考えると、ポスターは候補者についての重要な情報を何も伝えません。
顔写真と名前ばかりで、候補者の考える政策が詳しく書かれることなどないからです。
同様に、選挙カーも候補者の名前を連呼して街中を流していくだけです。
候補者同士の討論会などは制度化されていません。
このように議論をさせないよう制度を構造化しているのが、日本の選挙制度だと思います。
政策議論がなされない選挙で、どうやって投票先を選べばよいのかと疑問に思います。

*****
日本の選挙制度が抱える矛盾を映し出したドキュメンタリー映画『選挙』の監督、想田和弘さんが月刊誌『世界』の対談でこう話したように、日本では選挙のとき、“投票先を決める要素になりうる”候補者同士の政策論議がほとんど行われないのが当たり前になっているといいます。

ネット選挙にも持ち込まれるであろう、日本の選挙のおかしな部分。
ちなみに、総務省に問い合わせたところ、「公示後、候補者同士が政策を議論する討論会の様子をネットで流すことは禁止されていない」とのこと。
そのうえで、「ただし、討論会を主催する団体がありませんし、政策を議論する場を設けても候補者が得をしないから参加しないのでは」と、電話応対してくれた方は、総務省としてではなく、個人としての感想を語ってくれました。

ときに候補者のボロが出て、候補者の優劣がはっきりする可能性をはらんでいる、政策議論。
あさってのネット選挙解禁を機に、積極的に行おうと呼びかける候補者は現れるのでしょうか。
ただ、政策議論をすればいいというわけではありませんが、積極的に行おうという姿勢が投票先を選ぶ一因になりうるような気もしています。

(スタッフH)
(2013/7/2 UPDATE)
番組スタッフ
3週間前、つまり、6月10日のこのコラムで「シェアハウス」を取り上げました。その中で軽く触れた「脱法ハウス」と呼ばれる施設の問題が大きくなっています。

脱法ハウスとは、事実上「個室が極端に狭いシェアハウス」といえるのに、表面上は「一時的なレンタルスペースの集まり」とうたっている建物のことです。この「脱法ハウス」問題については、毎日新聞が実情を告発する記事を連発し、ヤフーニュースが再三、その記事をトップで取り上げたことから、かなり知られるようになってきました。

●「脱法ハウス」の実態は、極端に狭い個室が並ぶ「シェアハウス」

毎日新聞の記事によると、このような「脱法ハウス」を都内で何か所も運営しているのは、ネットカフェ大手の「マンボー」です。どの施設も、狭い個室がたくさん並んでいる構造で、防火対策が不十分など安全上の問題が指摘されています。

中野区にある施設の場合は、木造2階建て(延べ床面積約250平方メートル)の建物内に37の個室があるのですが、その居室の広さは約1.7畳ほどしかないとされています。しかも、各部屋は窓がないか、あってもふさがれているとのことで、もし火災が起きれば大惨事になる可能性があると指摘されました。

この施設が「住居」だとすれば、いろいろな法律の制約がかかってくるのですが、マンボーは消防などに対し、「住居ではなく、24時間利用可能なレンタルオフィスだ」と主張していました。しかし、その一方で、ホームページや看板では「話題沸騰中のシェアハウス」などと宣伝していたそうです。利用者の中には、この施設を住所地として住民登録をしている人もいたことから、「実態はシェアハウスのはずだ」と批判されたのです。

このようなことが報じられると、マンボーは突然、施設を近日中に閉鎖することを宣言、千代田区の施設では「6月中の退去」を利用者に迫りました。しかし、そんなに急に「出て行け」と言われても、困ってしまいます。一部の利用者は東京地裁に仮処分を申請して対抗。マンボーが指定した期限のあとも、そこにとどまることを希望しました。

結局、この裁判は、マンボーが譲歩するかたちで、和解で決着。利用者たちは、当初の退去期日である6月末から3か月延長した「9月末」まで、施設にとどまれるようになりました。和解直後の6月27日には、利用者の記者会見も行われ、同席した代理人弁護士は「100%満足できる結果ではないが、今後、強引な閉鎖をやりにくくした点で意義はあった」と、和解を評価しました。

●「ああいう危険な建物にずっと住み続けるということ自体が問題」

しかし、和解が成立したからといって、問題が根本的に解消したわけではありません。期間が少し延びたとはいえ、利用者たちはいずれこの施設を出ていかなければなりません。しかし、次の住処を見つけられるかどうか、まだはっきりしていません。

また、代理人の弁護士は「ああいう危険な建物にずっと住み続けるということ自体が問題。そもそも利用者が、こんな所に住まなくても良いようにすることが必要」と述べています。

実際、あるブログでは、次のような指摘もされています。

「MAMBOOのシェアハウスが違法認定されて『住んでいる人は退去してください』ってことになったら、ネカフェ難民が増えるんだろうが、その受け皿はMAMBOOだったりして(笑)。恐るべし」

一時期、「ネットカフェ難民」という言葉がはやったことがありましたが、「脱法ハウス」を追い出された人たちが行き着く先は、ネットカフェである可能性も十分にありえるのです。

「脱法ハウス」とはいえ、このような施設がビジネスとして成り立っていたということは、それなりのニーズがあったはずです。なぜ、「脱法ハウス」は生まれたのか。この機会に、そのことをしっかり考えてみる必要があるのではないでしょうか。

(スタッフ: K)
(2013/7/1 UPDATE)

MESSAGE ★ 番組へのメッセージはこちらから ★ 皆さまからのご意見お待ちしております


ページの先頭へ