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番組スタッフ
グローバル化が進む世界に対応するために、日本人はもっと英語力を強化しないといけない。そのためには、まず大学入試の英語テストをTOEFLに変更したほうがいい――楽天・三木谷浩史社長のこんな提言を紹介する記事が、オピニオンサイト「BLOGOS」に掲載され、話題を呼びました。

この記事は、9月20日に外国特派員協会で行われた三木谷社長の記者会見をまとめたものです。そのなかで、三木谷氏は、英語公用語化を実施した自らの会社で着実に成果が上がっていることを示しながら、日本全体の「英語力」を底上げするため、大学入試の変革を提案しました。

●「英語公用語化」は「外国人の積極活用」という抜本的戦略

三木谷氏は、父である経済学者の良一氏との対談をまとめた近著「競争力」のなかでも、英語の重要性について語っています。三木谷氏が英語公用語化の効果としてあげるのが、優秀な外国人の採用につながるという点です。

楽天では最近、外国人社員の採用を急速に進めていて、特に顕著なエンジニアリング部門では新規採用の7割が外国人なのだそうです。現在、東京オフィスで働く社員の1割が外国籍だということですが、社内の多様性を高めるために、もっと増やしていきたいようです。

「競争力」の中では、三木谷親子の次のような会話が紹介されています。
浩史「外国の大学を卒業して楽天で働いている新卒の外国人たちは超優秀です。出身大学も、ハーバード、イェール、スタンフォード、ケンブリッジ、北京大学、インド工科大学と名門が含まれています」

良一「彼らが楽天で働く動機はどういうことですか」

浩史「アジアに行って働きたいけれども、中国に住むのはちょっと躊躇する。旅行で日本に来て好きになったり、日本の文化にもともと興味があったりと、やっぱり日本のファンが多いです。アジアで働きたいけれども、英語が使える企業でないと働けないという理由で楽天に入って来ています」

三木谷氏は、楽天が実施した英語公用語化の目的について、「それ自体が外国人の積極活用という抜本的戦略なのです」と述べています。そして、シンガポールが経済成長に成功したのも英語を公用語にしたからだと指摘して、日本でも英語をもっと重視すべきだと主張しています。

●「自動翻訳機」が登場すれば、英語を覚えなくてもよい?

日本人がもっと英語が使えるようになったほうがいいということについて、異論を唱える人は少ないでしょう。ただ、どの程度まで強化すべきなのかという点や、強化のための対策については、意見がかなり分かれるのではないかと思います。

三木谷氏が提案する「大学入試へのTOEFL導入」については、BLOGOSの記事を読んだ読者から多数の反応がありましたが、賛否両論さまざまでした。

三木谷氏を支持する意見は、たとえば、こんな感じです。
「TOEFLいいと思いますよ。日本の英語試験は、特に国立大学の試験は『を訳せ』『要約せよ』ばかりで、実際は国語の試験です」

「TOEFLいいじゃないですか。点数なんて低くたっていいんだし。高校時代からTOEFLなら将来留学するときの目標もたて易い」

一方で、反対という意見の人は、こんなことを言っています。
「『大学入試でTOEFL』という横並びの画一主義的考え方を捨てましょう。大学全入時代といわれる現在、全ての大学生に英語が必要なわけでもない」

「日本で生活していくうえで別に英語は必要ではない。頭も身体も必要性を感じていないんだから、覚えられなくてとうぜんだ。したがって教育法をどう工夫しようが、英語嫌いを増やすだけ」

面白かったのは、「必要は発明の母。同時翻訳機が、そろそろできる頃でしょう。英語は、覚えなくても良くなるのでは」という意見です。いまはテキスト(文字)のレベルでは、それなりに意味がわかる翻訳プログラムが出ていますが、人対人のコミュニケーションでも、実用化に耐える翻訳デバイスがそのうち出てくるかもしません。

たとえば、イヤホンとマイクがついた翻訳機付きのヘッドセットを頭に装着すれば、自分が日本語でしゃべった言葉は英語に翻訳されて音声化され、一方、相手が英語で話した言葉は日本語に変換されて耳に入ってくる、なんてことが現実のものとなるかもしれません。

日本の大学入試が「TOEFL化」するのと、「自動翻訳機」が普及するのと、どちらがはやいでしょうか?

(スタッフ: K)
(2013/9/30 UPDATE)
番組スタッフ
この夏以降、多くの若者が何気ないウケ狙い(本人達に間に限る)のSNS投稿をしてしまったがために、「炎上」し、前途有望な人生に汚点を残してしまうという経験をしました。
若者だけではありません。
自身のブログで「復興は不要だ」などと語った経済産業省のキャリア官僚が「炎上」。もちろん、身元が特定され、本日付けでこの官僚は停職2カ月の懲戒処分となってしまいました。年齢は50代と報じられました。
「炎上」にいたった「火種」は以下の通りです。

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官僚は「せーじか」と題した2011年9月のブログ記事で、「日本の3台悪 やきう、ますこめ、政治家」(原文ママ)、「ほぼ滅んでいた東北のリアス式の過疎地で定年どころか年金支給年齢をとっくに超えたじじぃとばばぁが、既得権益の漁業権をむさぼるために」「増税の是非ではなく パパは 復興は不要だ と正論を言わない政治家は死ねばいいのにと思う」などと記していた。
 また別の記事では「老人の老人による老人のための「やきう、ますこめ、せいじ」が この3年間、日本を滅ぼすか、日本が老人を駆逐するか 瀬戸際だとまじでパパは思っている」「そのますこめが税金を使って朝から作っている番組がこれだ」と、お年寄りが野球に取り組む話題を取り上げたNHKのテレビ番組をカメラで撮影した画像を複数載せ、「早く死ねよ」「まだ死なないか」「遠くから見てただのバケモンだよ」などと暴言を連ねていた。
<ITmediaニュース:“2ch脳”官僚? ブログに「復興は不要」「やきう」「早く死ね」 経産キャリアが停職処分に>
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実名や所属などをブログに記載してなかったそうですが、自身の写真は掲載されていました。
憂さ晴らし専用のブログとして使用していたのでしょうか。
「言論の自由」という言葉がありますが、「国家公務員」としての身元を特定されてしまえば話は別。
国家公務員の使命について、国家公務員法では次のように定められています。

国家公務員法第96条
すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。

繰り返しますが、「言論の自由」という権利はあれど、身元を特定されてしまったのがいけませんでした。
身元を特定される情報を掲載していた以上、そのブログは経産省官僚としての見解。
震災の爪痕と超高齢化という難題を抱えた日本の現状から見て、「国民全体の奉仕者」とは言いがたいコメントであったのは確かです。

キャリア官僚ともなれば、そのストレスは尋常ではないのかもしれません。
余談となりますが、先日、仕事で一緒になった若手キャリア官僚(参次官補)は、こんな内実を明かしてくれました。
「良いか悪いかは置いておいて、天下りが禁止された。その結果、古株が出て行かない。だから私も上に上がれない。いつまでたっても、雑用を押し付けられる。このままでは国家公務員としてのやる気が削がれて行ってしまう」
そして、参次官補はこうも言いました。
「官僚は、国家公務員はいつだって国民の敵だ」

話を戻します。
ありとあらゆる人が閲覧者ということを忘れて、ネットで無防備かつ不用意な発言をしてしまったがために、炎上してしまう人が後を絶ちません。私は安全圏から彼らを追いつめる「私刑人」の存在も、大いに問題視すべきだと思いますが、「私刑人」を取り締まることはできないでしょう。
アメリカ・カリフォルニア州で次のような法案が提出されました。

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カリフォルニア州の未成年者は、オンラインの「消去」ボタンを与えられることになった。これは、同州のジェリー・ブラウン知事が9月23日(米国時間)に署名した法案によるものだ。
ウェブサイトの運営者は、18歳未満の若者がサイト上の自分の投稿を削除できるようにすること、およびその方法を彼らに明示することが義務付けられる。この種の州法が成立したのはカリフォルニア州が初めてだ。
「青少年は、深く考えることなく自分を表に出してしまうことが多い」と、非営利団体「Common Sense Media」のジム・ステイヤーCEOは言う。「デジタル時代には、過ちがそのまま残され、子供たちに一生つきまとう可能性がある」
<ハフィントンポスト/「ネット上の黒歴史」を消去できるボタン義務付け:米カリフォルニア州>
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法律の狙いは、子供たちが後に後悔するようなネット投稿が理由で、いじめを受けたり、恥をかいたり、求職や受験で不利になったりしないようにすること。実際に、入学や採用試験で担当者による志願者のSNSのチェックはなされているそうで、「汚点」があった場合は不合格となってしまう場合もない話ではないのだとか。

私はこの法律の効果については懐疑的です。投稿消去ボタンを義務づけても、外野が問題の投稿の「魚拓」を取り、炎上へと導くからです。
「デジタル時代には、過ちがそのまま残され、一生つきまとう可能性がある」
この真理を何らかの形で覆さない限り、消去ボタンにあまり効果は期待できないのですが…。

不用意な投稿がきっかけの「炎上」が社会問題となった今年、日本にも何らかの法整備が必要なのかもしれません。もしかしたら、法律ではなく、必要とされるのは教育かもしれません。
今回のカリフォルニア州の法案は未成年が対象というもの。そこには不用意な投稿が、若さゆえの過ちであるという大前提があります。
もっとも、冒頭で取り上げた経産省官僚は50代であったという事実を改めて思い起こせば、湧き上がるのは「恥ずかしい」という客観的な感情です。

スタッフ:坂本
(2013/9/26 UPDATE)
番組スタッフ
先日TBSで放送されたコント日本一を決める「キングオブコント2013」。“かもめんたる”という芸人さんが優勝して幕を閉じましたが、そこで起こったある出来事がネット上で話題となっています。
ことのきっかけは、アルコ&ピースというコンビが演じた1本目のコント。
それぞれピンクと白の全身タイツを着て、精子と卵子に扮した二人が、「受精」をテーマにしたネタを披露。
それが視聴者に不快感を与えたようで、2本目のネタを披露した後で、
進行役のアナウンサーが「先ほどのネタで、苦情の電話がきているそうです」と伝え、アルコ&ピースの平子さんは納得いかないといった表情で「命の物語ですよぉ。これだから世間は…」と言い放ったというもの。

このことに関してネットでは、
「子供と一緒に見ていたら意味を聞かれて困った。下ネタをゴールデンタイムでやらないでほしい」
「事前にチェックして局側が止めるべきだ」
「家族で見ている人は気まずい感じになってしまう。視聴者のことを考えていないのは問題」

などの批判的な意見がある一方で、
「電話をかける意味がまったくわからない」といった主旨の声も多数あります。

私は「なぜそんな電話をわざわざかけるのか」と疑問に思った方です。
確かに、1本目のネタを見ている時に、こんな物議をかもしそうなネタをやらなくてもいいんじゃないか、と思いながら見ていましたが、それは、こういったことでクレームをつける人が必ずいるからやめておいたほうがいいのではと思っただけで、
ネタが不快だったからではありません。
案の定苦情が来たわけですが、どのような内容の電話だったのか、私は気になって仕方ありません。

ネット上の批判的な意見の中には、子供や家族と一緒に見ている人のことを考えろといった意見が多くありましたが、電話をかけた人も同じような理由で怒っていたのかもしれません。
しかし、それは芸人に非があるということにはならないと私は思います。
もちろん度が過ぎた下ネタはアウトでしょうが、ちょっとしたものであれば、「お笑い」なのであって当然なわけです。

この件について知り合いのディレクターと話したのですが、その人はこう言っていました。
*****
お笑いのネタの中に下ネタが入っていることに怒るのはおかしい。
ハンバーガーを注文して「なんでピクルスが入ってるんだバカヤロウ」って文句を言ってるのと一緒。ハンバーガーにピクルスが入っている可能性は当然あるわけで、
それが嫌いかどうかはその人次第。出した店側に非があるわけではない。

ゴールデンタイムの番組としてふさわしいネタではないっていうけど、じゃあ、ふさわしいネタってどんなものをいうのか。
頭をはたくツッコミも駄目なのか? 万引きなどの犯罪をテーマにしたネタは?
お笑いっていうのは基本、実生活で行われたら大問題になるようなことをやっている。だからこそ面白いのであって、それが駄目というのであればそれはもはやお笑いではないと思う。
*****


それが嫌なら見るな、とまではもちろん思いませんが、その人にとって不快と感じるような表現があるかもしれない、という程度のリスクは覚悟の上で見なければいけないのではないでしょうか。

先日、私は知り合いのまったく売れていないピン芸人から相談を持ちかけられました。
テレビのネタ番組のオーディションにいくのでネタを見てほしいと。
その芸人は、日頃はライブなどでいくらか過激なネタをやる人なのですが、テレビ用にソフトなネタを作ってきたとのこと。
そして2つのネタを披露した後、こう言いました。「どっちのネタだとテレビに出られますかね」
とちらのネタが“面白いか”ではなく、どちらのネタなら“テレビに出られるか”…。

その芸人はこれまでもオーディションに行き、だいぶゆるくしたネタにもかかわらず「面白いけどテレビでは使いづらい」と言われ落とされた経験が何度かあると言っていました。
この出来事の背景には、ちょっとしたことで苦情が殺到し、そのことを恐れるあまり無難なものを選択する、といった作り手の姿勢の問題があるような気がします。
そんなことを繰り返すうち世間で言われるように“テレビが面白くなくなった”のであれば、実に残念なことです。

出演者の苦労もわかってやってくれ、などというつもりはまったくありませんが、
よほど度が過ぎたものでない限り、少しばかり大目に見てやってほしい、そう私は思います。

(スタッフ:武市)

(2013/9/25 UPDATE)
番組スタッフ
「地元に帰ろう 地元で会おう あなたの故郷 私の地元 地元 地元 地元に帰ろう♪」
妙に頭にこびりついて離れなくなる、このフレーズでもおなじみの朝ドラ「あまちゃん」。
今週土曜、最終回を迎えるため、放送終了後の視聴者の喪失感を表す「あまちゃんロス症候群」なる言葉も話題となっていますが、昨日発売の週刊朝日(2013年10月4日号)の『「GMT」かっけぇ〜〜田舎へ飛び出す若者続々』という記事によると、「あまちゃん」は思わぬところにも影響を及ぼしているといいます。

「東京から北三陸にやってきて、アイドルになるために東京に戻る⇒東日本大震災をきっかけに再び北三陸にやってくる」という道筋を辿った、「あまちゃん」の主人公・天野アキ。
このアキと同じように、このところ、都会を離れて田舎に向かう若者の動きが活発になっているようです。
*****
明治大学の小田切徳美教授(農村政策論)は、2005年ごろからその兆しを感じていたという。
「ひどい状況が伝えられている農村・漁村地域に『何か貢献したい』という思いが、学生の中にマグマのように蓄積されています。私のゼミでは、1990年代後半から学生が中心になって、若者を田舎に送って学びの場を与える『地域づくりインターンの会』という組織の運営に関わってきました。彼らによれば、以前は30人の定員が埋まらなかったこともあったそうですが、ここ数年は定員を40人に増やしても、それを上回る応募があります」。

<週刊朝日 2013年10月4日増大号>
*****

こうした田舎回帰の動きは週刊朝日だけでなく、今日付けの日本農業新聞も報じています。
記事によると、NPO法人ふるさと回帰支援センターへの田舎暮らしに関する問い合わせが、首都圏の住民を中心に増えていて、2013年度は4〜8月だけで3850件と過去最高のペース。
年間の件数も過去最高となる見通しとなっているようです。

東京生まれ東京育ちのわたしから見ると、こうした現象はとても奇妙で理解に苦しむものです。
なぜ今、若者はわざわざ都会を離れて、田舎に向かうのでしょうか。
週刊朝日の記事には、農山漁村文化協会の編集局次長で、都市から農村に向かった若者を10年以上取材してきた甲斐良治さんの、次のような分析が載っています。
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農山漁村では、支えたり、支えられたりする人間関係を大切にして、海や土や風などを感じて自然と共に考えます。
劇中歌の『地元に帰ろう』が人気なのは、そういう“地元”を持っていない若者が多いからでしょう。
彼らはそんなつながりを求めて農山漁村に向かっているのです。

<週刊朝日 2013年10月4日増大号>
*****

たしかに、「あまちゃん」では近所の住民が支えたり、支えられたりする理想的な人間関係が描かれていますし、ほのかに憧れもします。
ただ、それはあくまでもフィクション、現実とは程遠いものだとも思っています。

田舎暮らしの現実の一例として紹介したいのが、わたしが先日、知人(女性)から聞かされた、“田舎へのほのかな憧れ”も消えてなくなるような嫌な話。
知人は祖母の代から田舎の持ち家で暮らしていて、現在アラフォーで既婚。
祖母と両親、兄二人と、知人夫婦が同居するかたちで平和に暮らしてきたのですが、最近になって近所の住民の声が煩わしくなってきたようなのです。
煩わしい住民の声、たとえば、結婚から5年以上が経つのに知人に子どもができないこと、兄二人が40代を過ぎても結婚していないことなどを、ことあるごとに突っつくというもの。
こうした過干渉な人間関係に嫌気がさし、「家賃のかからない今の生活を捨てて、都会で暮らしたい」と深刻な顔で話していました。

この話を聞いても、あなたは都会を離れて田舎に向かいたいと思いますか?
わたしは思いません。
「あまちゃん」効果で田舎に向かう流れはさらに強まるとの見方もありますが、田舎に向かうのは、田舎のメリットではなく、田舎のデメリットを胸に刻んでからでも遅くないような気がします。
余談ですが、「半沢直樹」の影響でメガバンクを志望する、これにも「あまちゃん⇒田舎回帰」と同じにおいを感じて、心底うんざりしています。

(スタッフH)
(2013/9/24 UPDATE)
番組スタッフ
先週の金曜日、9月20日の夜に朝日新聞デジタルに掲載された<「解雇しやすい特区」検討
秋の臨時国会に法案提出へ>
という記事が、ネットで話題になりました。ツイッターは5000件以上、フェイスブックの「いいね!」もほぼ同じくらいの件数で、はてなブックマークは500件つきました。

●安倍政権が構想する「解雇しやすい特区」とは?

この記事は、最初の段落で次のように書いています。

「政府は企業が従業員を解雇しやすい『特区』をつくる検討に入った。労働時間を規制せず、残業代をゼロにすることも認める。秋の臨時国会に出す国家戦略特区関連法案に盛り込む。働かせ方の自由度を広げてベンチャーの起業や海外企業の進出を促す狙いだが、実現すれば働き手を守る仕組みは大きく後退する」

そして、記事の最後に、特区に適用されるルールを箇条書きでまとめています。
(1)解雇ルール 入社時に契約した解雇条件にあえば、どんな解雇でも認められるようにする。
(2)労働時間 一定の年収がある場合など、労働時間の規制がなくなり、残業代が出なくなる。休日や深夜労働の割増賃金もない。
(3)有期雇用 短期契約を繰り返す労働者が、5年超働いても無期転換できなくする契約を認める。
※開業後5年以内の事業所は(1)(2)。外国人労働者の比率が3割以上の事業所は(1)〜(3)

具体的にどの地域が対象となるかは検討中のようですが、「10月中旬にも特区の地域を選ぶ方向だ。東京や大阪、名古屋などの都市部が対象になると見られている」と記事は記しています。ただ、この新しいルールは、特区内のすべての事業所に適用されるわけではなく、開業5年以内のベンチャー企業や、外国人労働者が3割以上いる海外企業が対象とされています。

この朝日新聞の記事に対して、はてなブックマークにつけられたコメントをみると、「解雇しやすいはまだ擁護の使用もあるけど残業代ゼロはただの奴隷だろ」「ブラックを守るための制度作るつもり?」といった批判的な声が多く並んでいます。

●「解雇しやすい特区」にはむしろ優良企業が集まる、という主張も

しかし一方で、特区に賛成する意見をブログで示した識者もいます。

一人は、人事コンサルタントの城繁幸さん。<雇用特区でブラック企業が生きていけないわけ>という記事を公開し、「地域限定といえど労働市場の流動化に踏み切るのは良いことだ。政府の進めるデフレ脱却のためにも、労働市場流動化は避けては通れない道だからだ」と評価しています。

そして、「ブラック企業が集まるブラック特区になるのではないか」という批判に対して、「特区にはむしろ優良企業の多くが集まり、逆に特区以外のブラックぶりが際立つというのが筆者の意見だ」と述べています。

「仮に『従業員を過労死寸前まで、それも手当無しでサービス残業させてやろう』と考えている経営者がいたとする。彼は特区に新しく会社を作り、雇い入れた従業員に毎晩遅くまで働かそうとするだろうが、従業員のほとんどは一週間持たずに逃げ出すだろう。なぜなら、特区は流動性が高いから」

このように城さんは、「解雇しやすい特区」では、雇用の流動性が高まり、労働者は解雇されやすくなる代わりに、別の企業に転職しやすくもなる、と主張しています。

●現在の「解雇規制」は正社員のためのもの

また、経済学者の池田信夫さんは、<「解雇できない特区」をつくってみた>という記事を掲載。今回の政府の構想とは逆の「解雇できない特区」をもし作ってみたら、というシュミレーションをまとめました。

池田さんによれば、そのような特区のなかでは、企業はすべての従業員を正社員(無期雇用)にしなければならないが、そうなると企業は倒産に追い込まれてしまうというのです。なぜならば、朝日新聞をはじめとする多くの企業では、正社員と契約社員、派遣社員、アルバイトというさまざまな契約形態を混在させることで、なんとか経営しているのが現実だからです。

「今の労働基準法や労働契約法は『働き手を守る仕組み』ではなく、正社員の既得権を守る仕組みである。彼らの解雇が実質的に禁止されているために、新規採用が減って若者の仕事がアルバイトしかなくなる。そういう非正社員が今や労働者の4割近い。こういう身分差別を生み出して労働市場を『ゆがませている』元凶が、規制強化を続けてきた厚労省だ」

このように池田さんは指摘しています。

実は、今回問題となっている「解雇しやすい特区」というのは、あくまでも「正社員」の視点からみた場合であって、契約社員や派遣社員はいまでも不安定な立場に置かれています。池田さんが指摘する「身分差別」が厳然と存在しているのです。おそらく、正社員以外の労働者のなかには「解雇しやすい特区」に賛同する人も多いのではないでしょうか。

城さんの「解雇しやすい特区」に関する指摘と池田さんの「解雇できない特区」の提案は、いずれも一考に値するものだと思います。

ここは、「解雇しやすい特区」だけでなく、「解雇できない特区」も作って、それぞれの特区でどのような変化が起きるのか、実験してみてはどうでしょうか。

(スタッフ: K)
(2013/9/23 UPDATE)
番組スタッフ
「家を張られたり尾行されたりは今に始まったことじゃないししょうがないと思ってるけど、マスコミに対する気持ちが変わったのはママの出棺の時。ある程度覚悟して助手席に座ったけど、まさか報道陣が霊柩車の前に立ちはだかって出棺を妨げてまで私を撮影すると思ってなかった。死者への冒涜だよ…」

これは、先日、母を失った宇多田ヒカルさんのツイートです。
母の自殺をめぐって過熱する報道。
タイトルのメディアスクラムとは、「大事件や大事故の取材にあたって多数の報道機関・取材陣が被害者宅や容疑者宅など特定の場所や関係者に殺到し、関係者のプライバシーを侵害したり社会生活を妨げ、大きな苦痛を与える状況」を意味します。

特ダネ、スクープを追いかけるのは、週刊誌・ワイドショーの仕事。
宇多田ヒカルさんも当初は下記ツイートのように、ネタを追いかけるマスコミそのものを「彼らも仕事」と納得していたようですが、マスコミは非情にも彼女を追いつめます。

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先日、週刊誌の記者に突撃されて「一週間家に張り着いて尾行してた」と言われ色々変な質問されたけど、なんかもう怖くて気持ち悪かったので一言も答えなかった。今までは何されても「彼らも仕事だし」と流してたけど、今回の一連のことで完全にマスコミ恐怖症になってしまった。
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「彼らも仕事」ということは、ニーズがあるということ。
しかし、マスコミほど、顧客のニーズを理解していない業界はないのかもしれません。
私もいくつかの番組を渡り歩き、腐る程、そのような場面に遭遇しました。
例えば、先週、ある番組でこんなことがありました。
どうにも視聴率がふるわない。
なぜか。スタッフがああしてみてはどうか、こうしてみてはどうかと知恵を絞ります。
「視聴率がふるわないのは、番組がわかりにくいからではないか」
「では、解説VTRをはさんでみてはどうか」
「予算がないから無理だ」
「人気もあり、わかりやすいコメントに定評のあるAさんを呼んでみようか」
「でも、スポンサーがNGを出すだろうな…」
「じゃあAさんはやめておこう」
「とりあえず、今の感じでわかりやすくを心がけ、テロップ(文字情報)を増やそう」
このような感じで会議は終わりました。

お分かりのように、私も携わるこの番組にとっての顧客は「視聴者」ではなく、「スポンサー」なのです。
この番組だけではありません。
「スポンサー」の顔色をうかがうことで、当初想定した番組とは違うものになっていくというのはよくあることです。

マスコミにとっての一番の顧客はスポンサー。(出版、新聞の内実はわかりませんが…)
一番の顧客のニーズに合わせた、企画になるのも当たり前です。

では、果たして、スポンサーにとって、過熱する報道・メディアスクラムはニーズを満たしてくれるものだと言えるのか…。甚だ疑問です。

報道の下世話さが問題視されながらも、それでも、メディアスクラムがあふれるワイドショーは必要悪だとの意見もあります。
メディア研究者で関東学院大学文学部教授の新井克弥氏はこう語っています。

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有名人のゴシップを取り上げこきおろす、犯罪事件を取り上げ、そこに登場した犯罪者を非難し、その一方で被害者に同情を示す。こき下ろそうが、非難しようが、同情しようが、要するに結果として視聴者側はそのような状況に陥っていない自分に優越性を感じ、上から目線でネタとなる相手を見ることができると同時に、その優越性を対面の場で共有して親密性を高めるわけだ。「ヒトの不幸は蜜の味」とは、実はコミュニケーションの本質に関わることばに他ならないのだ。
<ワイドショーは必要悪〜その社会的機能について考える>
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「犯人への憎しみ」「被害者への哀れみ」「事件への蔑み」
ワイドショーや週刊誌を通じて、受け手が共有することのできるこういった感情。そして、感情の共有をきっかけに一つのコミュニケーションを成り立たせうるというのです。

宇多田ヒカルさんに「死者への冒涜」とまで言わしめた、マスコミ。
昨今のメディアスクラムを見ていると、受け手たちの間に生まれた共通の意識は「マスコミへの軽蔑」ではないでしょうか。
私の友人の多くはマスコミで働いています。そして、それぞれが受け手からの軽蔑を目にし、耳にしているので、何らかの葛藤は抱いているのです。しかし、うまい解決法が思い浮かばない…。

ただ辞めてみる。今のマスコミの多くはそれができません。
あまりにも情けなく、悲しいことではありますが、当分、現状は変えられない…それが事実なのではないでしょうか。

スタッフ:坂本
(2013/9/19 UPDATE)
番組スタッフ
昨日の読売新聞に、“いじめ防止 人気アニメで考える…弁護士会が出前授業”という記事が載っていました。
広島弁護士会が県内の小中学生を対象に、人気アニメ「ドラえもん」を題材にいじめについて考えるという取り組みを始めたそうで、
ある小学校の4年生の前で、同小の先生が「ドラえもん」の登場人物にふんし、寸劇を披露したとのこと。
内容はのび太が野球の集合時間に遅れ、ジャイアンから罰として掃除当番や荷物持ちを命じられるが、スネ夫はジャイアンに同調し、しずかちゃんものび太に同情しつつ黙認してしまうという設定。
劇を見た後は児童に「スネ夫としずかちゃんの立場でできることは?」という課題が与えられ、グループに分かれて2人の台詞を考え、その台詞を使い再度同じ場面を児童らが演じる、という授業内容です。

「のび太がかわいそう」「もうやめようよ」という台詞が使われたそうですが、
しかし考えてみると、いじめられた後ののび太は、必ずドラえもんに泣きつき、ジャイアンやスネ夫に一泡吹かせるためにひみつ道具を出してもらいます。
いま流行りの「倍返し」ではないですが、目には目をの精神で仕返しを企むのび太の行動の是非も問わなくてはいけないのかもしれません。

人気アニメを題材として使用しないといけない背景には、いじめに関する教育の難しさがあるのだろうと思います。
小学生に「なぜいじめはいけないのか」「いじめはどうすればなくなるのか」といったことを教えようとしても、どのように教えるのが効果的なのかわからないという現状があるのではないでしょうか。
誰もが知っているアニメのキャラクターを使用すれば子供たちは興味を示し、最後まで飽きずに授業を受けるだろうと考えたのだと思いますが、まさにドラえもんはその教材としてぴったりのものだと思います。

ここまで考えて、私はふと、いじめ教育に関する、小学4年生の時に体験した、なんとも不思議な出来事を思い出しました。
それは、当時の担任がある日突然「クラスメイトをあだ名で呼ぶことを禁止」したというもの。
事のきっかけについては記憶がはっきりとしないのですが、たしか、生徒同士のあだ名に関するトラブルのようなものがあり、担任が対策を講じようとした、ということだったと思います。

これは、いじめに繋がる可能性があるのであだ名はやめましょうという趣旨だったと思うのですが、不思議なのは、人が嫌がるような変なあだ名を禁止するのではなく、どのような呼び方もダメ、というものでした。
さらにおかしなことに、けじめをつけるためという理由で、いま現在友達をあだ名で呼んでいる人はその人に対して謝りましょう、ということになりました。
生徒がひとりずつ立ち上がり「僕は〇〇君のことを〇〇と呼んでいました。これからは気をつけます」「私は〇〇ちゃんのことを〇〇と呼んでいました、ごめんなさい」
といった具合に、ごくごく普通のあだ名で呼んでいることに対し謝罪をし、謝られた方もポカンとしている、といったなんとも奇妙な光景がそこにはありました。
私は確か「こうじ」という名前の友達を「こうちゃんと呼んでいました、ごめんなさい」と謝罪した記憶があります。

こうしてひとつの授業をまるまる潰して、40人近い生徒のほぼ全員が誰かに対して謝罪したわけですが、その直後の休み時間は独特の気まずい空気が流れる中、ぎこちなくお互いを本名で呼び合っていましたが、すぐにどうでもよくなり、その次の休み時間にはまたあだ名で呼び合っていました。

私は大人になってからもこの時の出来事を思い返し「なぜ先生はあんな意味のないことをしたんだろう」と不思議に思うことがよくありましたが、今回考えていて、担任なりに未然にいじめを防ごうと必死だったのではないか、そしてその背景には、いじめについて教育することの難しさがあったのだろうということに思い至りました。

いじめに関する教育というのはあまりに難しい問題であり、どのように教えるべきか頭を悩ませている先生も多いかと思いますが、人気アニメを題材にするといったユニークな教育法が広まり、いじめ教育の一助となればよいのではないかと思います。

(スタッフ:武市)
(2013/9/18 UPDATE)
番組スタッフ
「会社の同僚が、客を装って自分に対するクレームを捏造した手紙を会社に送りつけてきた」。
つい先日、接客業をしている知人から、こんないかにもマンガやドラマに出てきそうな“古典的な嫌がらせ”を受けたという話を聞きました。

知人によると、クレームの内容には身に覚えがなく、全くの捏造。
手紙は手書きだったのですが、上司に相談し、履歴書の筆跡を照らし合わせてみると、犯人として会社の同僚が浮かび上がったようなのです。
会社の判断でその同僚に問い詰めることはなかったため動機は分かりませんが、知人いわく、仕事の出来不出来(知人=仕事ができる 同僚=仕事ができない)による“妬み嫉み”が大きく関わっており、どうにかして会社から追い出そうと考えた末の犯行なのでは、と推察していました。

知人が受けた“誰かを陥れようとする行為”はひじょうに古典的なものですが、いまネットを騒がせている同様の行為は、ツイッターのリツイートの威力を利用したもので、より悪質なものとなっています。

その手口の一部始終をまとめているのが、togetterのまとめ、『【倍返しだ!】「●●高校の先生が生徒にいじめをしてます」掃除サボって叱られた仕返しに、RTの威力で教師を辞めさせようと画策する怖い女子高生達』
(※●●は高校名なので伏せています)

このまとめによると、ことの発端は今月14日。
神奈川県のある高校の女子生徒が「●●高校の先生が生徒にいじめをしてます。掃除をしないだけで机を外に出したり、その席にごみ箱を置くとか、嫌いな生徒への差別も酷いです。こんな先生ほんとあり得ないと思いませんか」と、写真付きでツイッターに書き込んだこと。
このツイートは爆発的にリツイートされ、拡散。拡散するだけでなく、あるツイッターユーザーは「Twitterの力でそいつ居なくならせようぜ」とツイートするなど、たったひとつのツイートを根拠に見たこともない教師に対する憎悪の感情を増幅させていました。

ところが、この女子生徒の友人(掃除をサボって叱られた張本人)の過去のツイートを遡って見ていくと、掃除をサボって叱られた仕返しに、教師を辞めさせようと画策するやりとりが残っていて、批判が殺到。結局、画策は失敗に終わった、ということのようです。

ちょっと複雑なのですが、ここで注目すべきは、拡散したツイートをした女子生徒と掃除をサボって教師に叱られた女子生徒が別であること。そして、教師を辞めさせようとする画策に、拡散したツイートをした女子生徒はツイッター上では絡んでいないこと。
これによって、よくよく調べないと、教師の悪さだけが際立つものとなっており、女子生徒たちの悪質さを感じます。まあ、狙ってのことなのか、偶然なのかは分かりませんが。

こういった行為に、さらに悪質さを感じるのは、ネットでの告発が事実であるケースも出てきていること。
昨日、ネットに投稿され話題になった、静岡県にある高校のバレー部の顧問が生徒に何度も平手打ちをする動画は一夜明け、今日、事実であることが報じられていますが、上記の女子生徒のケースを知っていたがために、わたしはこの告発にさえも、多少の疑いの目を向けることになってしまいました。

真偽のほどは定かではありませんが、あるツイッターユーザーによると、「教師を挑発、怒らせて、そこだけをケータイで録画、拡散して問題にさせるという手法が、欧米で流行して問題になっている」のだといいます。
日本においても流行の兆しが見えてきましたが、こうした行為が今後、ネットの勇気ある告発を妨げる要因になるような気がしてなりません。

(スタッフH)
(2013/9/17 UPDATE)
番組スタッフ
先週の木曜日、ある裁判の取材で東京地裁に行きました。その裁判の法廷は10分ほどで終わってしまい、時間に余裕ができたので、ついでにもう一つ、傍聴していくことにしました。

ちょうどすぐ後に、東京高裁で刑事事件の判決があることがわかり、7階の法廷に向かいました。東京地裁と東京高裁は、霞ヶ関の同じビルの中にあるので、簡単に行き来ができるのです。

●小柄な被告人は、じっと身を固くしていた

傍聴席に座って待っていると、開廷時間の直前になったころ、傍聴席側から、紺のジャケットにノーネクタイの3、40代の男性と白い洋服の70代くらいの女性が法廷に入っていきました。男性はおそらく弁護士、女性のほうは被告人の母親なのかなと思いました。

ところが、開廷時刻に3人の裁判官が入ってきて、「起立!」の声がかかってわかったのですが、この高齢の女性が被告人だったのです。彼女は、知人女性のために祈祷をすると言って約300万円をだまし取ったとして、詐欺罪で起訴されていました。

黒い法服を着た裁判長が彼女に言い渡したのは、懲役2年6月の有罪判決でした。その場で朗読された判決文によれば、彼女は無罪を主張していたのですが、それは認められませんでした。ただ、一審では懲役3年を宣告されていたので、二審で少し刑が軽くなった格好です。

裁判長が判決文を読み上げているあいだ、小柄な彼女はじっと身を固くしているように見えました。弁護士のほうはときどき目をつぶって、考えごとをしているようでした。判決の宣告が終わって、裁判官たちが退廷したあとも、女性は無言でした。実刑判決を受けて、何も考えられない。そんな雰囲気でした。

静かな法廷で告げられた、小さな事件の判決。新聞記者が注目することもなく、その結果が世間に伝えられない判決。そのように見えました。

●逮捕のときだけ大々的に報道するマスメディア

ところが、あとでネットで調べてわかったのですが、この事件は、女性が逮捕されたときに新聞やテレビが「尼僧による詐欺事件」として報道していたのです。逮捕されたのは2011年5月なので、2年前の出来事です。

しかし調べてみたところ、どうやらマスコミが事件について報じたのは、逮捕段階のみで続報はなかったようです。東京地裁での一審判決も記事にはなっていないようですし、先日の高裁判決も報道はされませんでした。法廷にも、新聞記者らしい者は見当たりませんでした。

今回の事件は、逮捕容疑とほぼ同じ犯罪事実が裁判所で認定されたといえますが、被告人は無罪を主張していた否認事件なので、もしかしたら無罪判決が出た可能性があります。しかし法廷に、それをチェックする記者はいませんでした。

逮捕段階では大きく報道するが、その後の裁判の行方についてはフォローしないマスメディアの事件報道。その実例をまのあたりにした感じがしました。

そもそも、商業主義のマスメディアに、逮捕から判決まで刑事司法のすべてのプロセスをていねいにフォローすることを期待するのは難しいのかもしれません。そうだとすれば、それを補うために、法廷に関する情報をもっと公開していくなど、制度的な対策が必要なのではないでしょうか。

(スタッフ: K)
(2013/9/16 UPDATE)
番組スタッフ
今年の8月に放送されたフジテレビの27時間テレビ。テーマは「女子力全開2013 乙女の笑顔が明日をつくる!!」でした。
女性芸人だらけで臨んだ今回の視聴率は10%に届かず、残念ながら過去最低。
放送前から、「あーあ最も嫌いな言葉をテーマにしやがった」など冷ややかな声が見られていました。

日常的に繰り広げられる女子会はもちろんのこと、27時間テレビなどエンタメの世界以外にも、某新聞社が主催する「女子力アップマネー講座」など、「女子」という言葉の用途は多岐に渡ります。

そんな女子という言葉の氾濫、大人の女性を女子と呼ぶ傾向に風穴が空こうとしています。
なんと、セックス特集、有名人のセミヌード、人気アイドルの下着姿などで、話題を呼ぶことのある女性誌『an・an』が「女子」という言葉に別れを告げたというのです。

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2013年9月4日発売の「an・an」1871号の表紙には、大人の女性ならではの上品な微笑をたたえる女優・篠原涼子さんの写真、その上には存在感のある「大人の女性になるために、今すべきこと」の一文が掲げられている。
誌面ではアラサー(30代前後)の女性を対象にしたアンケート結果が紹介されており、「女子と呼ばれることに抵抗はありますか?」という質問には、47%が「ある」と回答。実は約半数が「女子」と呼ばれることに疲れているというのだ。「女子と言っていいのは何歳までですか?」では平均28.7歳となり、「女子」は30歳手前で卒業するのが無難とした。
<「もう女子と呼ばないで!」 an・anの「女子」卒業宣言に拍手喝采: J-CASTニュース>
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『an・an』では、女子という言葉がいつのまにか大人になりきれない女性達に都合良く使われていると分析。「女子」を言い訳に、自分を甘やかしている女性も多いのだとか。
私も「女子」という言葉が多用されることにおいて、少なからず違和感を覚えていた人間の1人です。
エンタメ以外の場で、女子という言葉が使われるのを耳にすると、私はこの「女子」ブームに終わりはないのかもしれないと、漠然と感じていました。

安倍総理がデフレ脱却に向けて「レジーム・チェンジ」という言葉を使ったように、旧体制を転換するには、主導者が高らかにその転換を宣言(レジーム・チェンジ)することで、風向きが変わり、事態は好転しうるという意見があります。
まさに、私は発進力のある女性誌『an・an』による「女子という言葉への決別」は、おかしな「女子ブーム」から脱却する「レジーム・チェンジ」だと感じたのです。

40代で女子という言葉を使うのは当たり前。噂では60代、70代の女性が「女子」という言葉を使うと聞きます。果たして、本当なのでしょうか。
『an・an』の調査では、20代〜30代の女性が「女子」と呼ばれることについて違和感を抱きつつある…ということでしたが、果たして60代の女性はこの言葉をどう思っているのでしょうか。
昨日、仕事で一緒になった60代後半の女性経営者と同じく60代の生け花の師範代2人に尋ねてみました。
彼女たちの意見をまとめると次の通りです。

******************
60代の私たちが女子と言われると、うれしい。気分が若くなる。
20代、30代の若い子こそ、「女子」と呼ばれることに抵抗があるのではないか。
若いとは言っても、20代、30代は大人であることが求められる年代だから。
本当にいい大人の女性は、「女子」と言われると逆に嬉しい。
若い仲間に入ったみたいで気持ちが若返る。
60代で女子会をやろうという仲間はいっぱいいるわよ。

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私は「女子」という言葉についてどう思うかと2人に尋ねたとき、大人の女性に使うべき言葉ではないと一蹴されることを予想していました。本コラムも「女子ブームの終わりの始まり」といったタイトルにしようかなと想定していました。まさに想定外です。
大人の女性が使う「女子」という言葉が苦手な私ではありますが、自分の母親と同じ世代である60代の彼女たちが使う「女子」という言葉には、不思議と違和感を覚えませんでした。
20代の女性が「女子会」と言っていると幼く聞こえ、30代女性だと何だか痛々しく思えるのですが、60代女子からは凄みを感じました。あえて言葉にするならば、「人生経験に裏打ちされた圧倒的な余裕」とでも言いましょうか。

『an・an』が指摘するように、「女子」という言葉が大人になりきれない女性を揶揄するニュアンスを持つことは確かです。
もちろん、中には「女子」という言葉に否定的な60代女性もいるでしょう。私の母もその1人です。
しかし、その一方で「女子」という言葉が、成熟した女性の活力になっているのもまた、事実なのです。

世界一の高齢化社会・日本において、何にでも「女子」と使ってしまうキャンペーンは、色々な意味で効果があるのかもしれません。実際、年配の女性には活力となっているようです。
「女子」を自称する大人の女性と遭遇しても、男は黙って静観する…それが模範解答なのでしょう。
「女子」という言葉は少し気持ち悪いですが、年齢詐称をしているわけでもないので、特にとがめる必要もないのでは…60代の女性にそう感じさせられました。

「30代で生きるのが大変だと言っている女性はモテない。年齢をウソでも、歯を食いしばってでも感じさせない女性。今の年齢が楽しいのよって言っている女性の方がモテる」
芸人界でもトップクラスのモテ男としてしられる、アンジャッシュの渡部建さんが某番組で女子達を前に発した言葉を、最後に添えておきます。

スタッフ:坂本
(2013/9/12 UPDATE)
番組スタッフ
2020年、オリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決定し、日本中が沸いています。
そんな中、五輪開催地決定の特番に出演した芸人の土田晃之さんの「無表情ぶり」が話題となっています。
それは、土田さんが開催地が東京に決まった瞬間、他の出演者が喜びを爆発させる中、ただひとり無表情で小さく手を叩くだけのリアクションをとったというもの。
そのことに対しネット上で批判が集中しました。

「全く喜びもしないっていうのがすごい」
「これで喜ばなかったら何で喜ぶというのか」
「日本人で喜ばなかったのは土田ひとりだけだろうな」


テレビに出ているタレントとしてその反応はいかがなものか、という批判もあり、それに関しては賛同できますが、五輪開催地決定を喜ばないからといって人としておかしいみたいに言われてしまうのはさすがに気の毒です。
「みんなと一緒に盛り上がらない」ことが気に入らないのだと思いますが、そのことに関して、私にも苦い経験があります。

2008年、北京オリンピック開催中のある日、仕事の打ち合わせが終わって飲みに行こうという流れになり、それならスポーツバーに行ってみんなでオリンピックを観戦しようということになりました。
私自身オリンピックは大好きで、連日テレビにかじりついていたのですが、スポーツ観戦に関してはみんなで観戦(特にハイタッチしたりニッポンコールしたり)することが苦手で、もっぱら自宅でひとりで観戦するのが常でした。

その日も楽しみにしていた試合があったのでさっさと帰りたかったのですが、私がオリンピックやスポーツが好きだということは知られていたので、場を仕切っていたディレクターに当然のようにメンバーに入れられ、一番下っ端だった私は断ることもできず、しぶしぶついていくことになりました。
キャパを超えた大勢の客がひしめく店内で、求められるまま知らない人とハイタッチをし、“ニッポンコール”をしながら、この人たちは本当に試合が観たいのだろうか? と疑問に思ってしまうほど盛り上がることに夢中な人たちを見ながら、私はげんなりした気分になりました。

この時の、「好きだから」という理由だけで行くかどうかの確認もせずにメンバー入りさせたディレクターもそうですが、
「オリンピックやワールドカップが好き」=「みんなと盛り上がるのが好き」という妙な先入観を持っている人は意外に多いような気がします。
こういう人は「好き」か「興味なし」の2つのタイプしか頭になく、「好きだけれどみんなと一緒に盛り上がりたくはない」という人間がいるなどとは思ってもいないのでしょう。
大きなスポーツイベントで大騒ぎするのは、本当にそのスポーツが好きであるかどうかに関係なく好きにすればいいと思いますが、周りの人を巻き込んだり、不愉快にさせたりするような盛り上がり方だけはやめてもらいたいものです。

土田さんは、テンションマックスの他の出演者にハイタッチを求められ、苦笑いを浮かべながら応じていましたが、結局、「こんなにすごいことなんだから誰でも盛り上がって当然」という思い込みがある人によってもたらされた悲劇(土田さんにとって)なのでしょう。
テレビなんだから全員で盛り上がらないとマズイだろ、という意見はその通りなんですが、私が言いたいのは、実際にこういう人がたくさんいるということです。
もちろん、冷めている人に対してハイタッチを要求すること事態は罪深きことではありません。しかしこういう時に人は相手に対して“よけいな一言”を言うことが多く「なんで喜ばないんだ」などと言ってしまうのです。
スポーツのビッグイベントに対して「興味がない」という人に言う、
「もったいない、人生の半分を損してる」
この台詞を私は何度も耳にしたことがありますが、これも典型的なよけいな一言です。

自国開催だからといってみんながみんな喜んでいるわけではないし、興味があるわけでもないし、興味があってもみんなで盛り上がるのは嫌だという人もいる。
スポーツのビッグイベントがある度に、そんな当たり前のことを理解せずに余計な一言を言ったり、ドンチャン騒ぎに巻き込んだりする人は現れるものですが、
「それぞれの接し方でいいじゃない」といった冷静なスタンスで、各々が来るビッグイベントを楽しむことを願うばかりです。

(スタッフ:武市)
(2013/9/11 UPDATE)
番組スタッフ
ほんの少し前までは、賛否が分かれていた、東京のオリンピック招致活動。
ところが、「東京が最有力」と報じられたあたりから、反対意見は封殺。開催が決まった今では反対意見はもちろん、東京開催に水を差すような発言さえも憚れる、ひじょうに気持ち悪い雰囲気が漂っています。

たとえば、togetterのまとめ「東京五輪に反対する人間は日本人じゃない」
タイトルからも分かるとおり、東京五輪に反対する人への批判的なツイートをまとめたもので、こんな刺激的なツイートが並んでいます。

・日本人なら東京五輪に反対する理由はないよな。
・東京五輪喜ばない国民は日本人じゃないって事で良いね。日本が元気になるの嬉しいじゃん。
・2020東京五輪を素直に喜べない日本人って、お前たち本当に日本人なの?どこかに行けよ。
・日本人なら言わなきゃね!!2020年オリンピック開催都市、東京決定おめでとう。


まとめにある、多くのツイートに共通するのは、「日本人なら…」というフレーズ。
このフレーズから窺い知れるのは、オリンピックやワールドカップなどの国際スポーツイベントのときだけ発揮される、「にわかナショナリズム」であり、わたしは、この「にわかナショナリズム」に異常なまで(普通の人の倍ぐらい)の嫌悪感を抱いています。

嫌悪感を抱くきっかけは、わたしが高校生だった1997年11月16日に溯ります。
その日、行われたのは、のちに「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれるようになる、日本のワールドカップ本戦初出場がかかった大事な試合。
メディアも盛んに煽っていましたが、国際スポーツイベント自体に無関心だった、わたしは中継を見ずに早めに床につきました。

翌朝、学校に行くと、教室のテンションは妙に高い、いつもの2倍増しぐらいだったでしょうか。ほとんどのクラスメイトが、ワールドカップ初出場を、さも自分のことのように喜んでいました。
それだけに、放送を見ずに寝たとは言い出しにくい雰囲気がありましたが、気の置けない友人であればと正直に話すと、こんな一言を真顔で言われました。
「日本人なら当然、見るでしょ。それ日本人失格でしょ」

しょうもない理由で非国民扱いされたことは今でも根に持っていますが、今思えば、これはひじょうに分かりやすい、「にわかナショナリズム」の発揮例です。
そして、この構図は、今まさに日本に漂っている、オリンピックの東京開催に水を差せない雰囲気に通じるもののように思います。
こうした体験から「にわかナショナリズム」に嫌悪感を抱いているわけですが、それと同時に、「にわかナショナリズム」の高まりによって、本当に大事なことが見過ごされるのでは、という危機感も覚えています。

今日の東京新聞の朝刊には、オリンピック東京開催と福島第一原発の汚染水漏れ問題を絡めた、法政大学の水島宏明教授の“大事な話”が取り上げられていました。
*****
五輪の盛り上がりに従い、ネット上では汚染水問題などについて『招致に水を差すな』という意見が目立つようになった。
汚染水漏れの事実を事実として問題提起することさえ難しくなっている。
そんな雰囲気が非常に怖い。
五輪開催決定の結果として、汚染水漏れがさまつな問題にされてしまっている。
ましてや原発再稼働への国民的関心は薄らいだ。
現実に照らし合わせれば、首相の発言はうそではないか。IOCはまんまとだまされた。そうであれば、うそが現実となるように国際社会に監視してもらうしかない。

*****

本当に大事なことを見えにくくしてしまう、「にわかナショナリズム」。
国際スポーツイベント絡みで、その気運が高まっているときこそ、政府の動きにいつも以上に目をこらす必要があるような気がしてなりません。

(スタッフH)
(2013/9/10 UPDATE)
番組スタッフ
「ブラック企業」をめぐる動きがあわただしくなってきました。これまではブラック企業に反対する運動をおこなっている団体やそれを伝えるメディアが騒いでいるだけともいえる状況でしたが、ついに政府が動き始めたのです。

厚生労働省はこの9月から、離職率が極端に高く、サービス残業や賃金未払いが常態化している企業約4000社を対象に、立ち入り調査を始めました。悪質な企業については、社名を公表する方針です。

「ブラック企業」という言葉は、もともとネット上のスラングとして使われていたものでしたが、いまでは新聞やテレビなどのマスメディアで連日のように使用され、すっかり一般になじんだ言葉となりました。

そんな流れに後押しされるかのように、労働問題に取り組む若手弁護士たちによって、「ブラック企業被害対策弁護団」というグループも結成されました。ブラック企業で働く若者の相談を受け、悪質なものに対しては訴訟などで戦っていくということです。

結成から約1ヶ月で、参加する弁護士の数は約50人から約140人へと増えました。ブラック企業問題への関心の高さを裏付けているといえるでしょう。9月5日には、弁護団の設立記念シンポジウムが開かれ、代表の佐々木亮弁護士が「ブラック企業の根絶のために戦っていく」と決意を表明していました。

「ブラック企業」というワードは、前述のようにネットから生まれてきた言葉で、人によって異なる意味で使われています。ただ、この弁護団では、ブラック企業の狭義の意味を「新興産業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業」と定義して、そのような企業の問題に集中的に取り組んでいくとしています。

このようなブラック企業の典型的な問題として、佐々木弁護士があげるのが、長時間労働です。「法的な観点から言うと、長時間労働が体調不良をもたらした場合は、企業側の安全配慮義務違反、それがサービス残業なら残業代未払いが問題となります」というわけです。常識を超えるような長時間労働を課すことで、若い社員を「使い潰してしまう」こと。そこにブラック企業の本質があると指摘しているのです。

新興企業における理不尽な長時間労働はたしかに問題で、解決されるべきでしょう。これは、少し前に「ワーキング・プア」という言葉で、社会問題化した現象です。この「ワーキング・プア」には、対になる言葉がありました。それは「ノンワーキング・リッチ」です。

長時間働かされるが薄給の若者と、会社に来るだけでほとんど働いていないのに高給をもらっている中高年。そういう対比で、ワーキング・プアとノンワーキング・リッチは語られていたはずです。

そうだとすると、ブラック企業における若者の長時間労働を考える際には、ブラック企業、あるいはそうでない企業における「ノンワーキング・リッチ」の労働実態にも目を向けなければいけないのではないか。そんなことも頭に浮かぶのですが、どうでしょうか。

(スタッフ: K)
(2013/9/9 UPDATE)
番組スタッフ
いい加減、食傷気味となってきた、不適切写真をSNSへ投稿することによる若者たちの炎上。
ウソかホントか、バイトの新人研修で「冷蔵庫などに入ってはいけませんよ」とありがたい教えをいただける飲食店があると聞きました。

正義の名のもと、バカな行為を晒した若者たちの素性を特定し、彼らを破滅へと導く私刑人たち。餌食となった若者たちは、ある者はバイトをクビになり、ある者は通っていた学校を退学となり、またある者は書類送検され…、内輪ウケを狙った悪ふざけにしては、大きすぎる代償を払っています。雇った店側からしてみれば、不買運動も起こりかねないので、相応の「罰」なのかもしれませんが…。

そもそも、彼らが「炎上」してしまう原因は何なのか。
数多の学生が私刑人たちの思惑通り炎上する中、タイムリーというべきか、総務省のある調査結果が今月、発表されました。
それは、総務省総合通信基盤局消費者行政課がまとめた「青少年のインターネット・リテラシー指標等」という調査結果。
昨年から行われているこの調査は、スマートフォンが急速に普及し、インターネットがますます身近になる中、青少年がインター ネットを安心して活用するためには、インターネット・リテラシーの向上が急務だとする前提のもと、インターネット上の危険・脅威に対応するための能力とその現状を可視化しようとしたものです。全国24の公立・私立の高等学校等において、約3500名の1年生相当を対象に実施されました。

調査の中では、スマートフォンをよく利用する青少年のリテラシーが相対的に低いということが明らかになりました。スマートフォンは手軽にインターネット接続できる一方で、特に高いリスク認識、対応能力のないまま利用しているとみられ、スマートフォンに関するリテラシーの向上が急務だというのです。

気持ち悪いくらいに連続して発覚する一連の炎上事件においては、アルバイトの教育を徹底するべきか、インターネット・SNSを免許制にするべきか、見せしめとして重い罰を与えるべきか…様々な対処法が議論されています。時間はかかるかもしれませんが、インターネット・リテラシーの向上は根本的な解決となりうる、シンプルな選択肢かもしれません。

では、総務省が考えるインターネット・リテラシーの向上に欠かせない、インターネット上の危険への対応能力とは何なのか。「青少年のインターネット・リテラシー指標等」の中で、次のように定義付けされています。

*******************
【青少年に必要なリスク対応能力】
1.インターネット上の違法コンテンツ、有害コンテンツに適切に対処できる能力
a.違法コンテンツの問題を理解し、適切に対処できる。
b.有害コンテンツの問題を理解し、適切に対処できる。

2.インターネット上で適切にコミュニケーションができる能力
a.情報を読み取り、適切にコミュニケーションができる。
b.電子商取引の問題を理解し、適切に対処できる。
c.利用料金や時間の浪費に配慮して利用できる。

3.プライバシー保護や適切なセキュリティ対策ができる能力
a.プライバシー保護を図り利用できる。
b.適切なセキュリティ対策を講じて利用できる。
*******************


どれも大人ですら、きちんと対応できるか危うい項目ばかりです。
インターネット上のリスクに対応する方法については、学校や家庭で学習するのが一番シンプルかもしれませんが、まずはSNSなど、サービス提供側もプライバシー設定などをわかりやすくすることで、青少年を炎上から守ることを心がけるべきなのではないでしょうか。

総務省が言うところの、リテラシーが低い人は、おそらく自分自身のリテラシーの低さを認識しておらず、リテラシーという言葉すら知らないかもしれません。
リテラシーとは何かと聞かれたら、答えられる大人も少ないのではないでしょうか。

リテラシーとは活用能力を意味します。
インターネットにおける最大のリスクは、失敗を絶対に許さない私刑人の恐ろしいまでのリテラシーの高さ。一部の私刑人の検索能力、特定能力の高さは異常です。次から次へと明らかになる、若者の不適切投稿も、インターネットを最大限に活用した私刑人たちの監視、検索によるもの。
大津のいじめ自殺事件でも、私刑人の暴走が問題視されました。
全く関係のない人ですら、関係者であると誤解され、ネットで激しくバッシングされた異常事態は記憶に新しいところ。
いじめの恐ろしさはもちろんのこと、私刑人たちの特定能力に恐怖したものです。

スマホなど、デジタルデバイスが普及するにつれ、インターネット・リテラシー格差がますます広がっていくことが予想されます。
車の運転の未熟さが罪でないのと同じように、インターネット・リテラシーが低いことは、罪ではありません。
他者を不快にさせる、ふざけた内容の投稿をしないことはもちろんですが、私刑人に対する自衛手段を考え、インターネット・リテラシーとして血肉にすることが必須なのではないでしょうか。

スタッフ:坂本
(2013/9/5 UPDATE)
番組スタッフ
東京ヤクルトスワローズのウラディミール・バレンティン選手がホームランを量産し、年間最多本塁打の日本記録「55本塁打」にあと3本というところまで迫っています。
この55本塁打という記録を持っているのは、世界のホームラン王、王貞治さんです。そしてタイ記録で並んでいるのが、タフィ・ローズ選手(近鉄)とアレックス・カブレラ(西武)選手です。

残り27試合残っているので、バレンティン選手が王さんの記録を超えるのは時間の問題といわれていて、いま日本のプロ野球界はこの話題でもちきりですが、それと同時に、王さんの記録を「超えてほしい」「超えてほしくない」という議論が熱く交わされています。
その中で、「超えてほしくない」派の声に、首を傾げたくなるようなものが多いのです。

「チームには勝って欲しいけど王さんの偉大な記録は抜かないで欲しい」
「せめてメジャーで実績があり野球を分かってる外国人にしてほしい」
「たんまり稼ぐだけ稼いですぐいなくなる助っ人に記録を破られるのは腹が立つ」
「公式記録として認めなければいい」


日本のプロ野球界は日本人のためのものだから外国人選手はいくら活躍しても認めない、と言っているかのようです。それなら最初から外国人選手なしでやればいいということになりはしないでしょうか。
先日イチロー選手は、日米通算4000本安打を達成しましたが、メジャーファンの人たちは、外国人であることなど関係なくその偉業を称えました。その人たちから見れば、日本のプロ野球ファンの「外国人選手の記録更新は認めたくない」という風潮はさぞかし滑稽にうつることでしょう。

認めない人の中には「今年から飛ぶボールになったからホームランを打ちやすくなっただけだ」という人もいますが、それなら「昔の球場は狭かったからホームランが出やすかった」ということも言えるわけです。
時代によって環境が異なるのは当然なわけで、その中で記録を比べるしかありません。「あの時はこんな条件だったから記録としては認めない」というのは意味がないと思います。

そしてこうした声は一般人に限ったことではありません。球界のご意見番、ノムさんこと野村克也氏は、次のようにぼやいています。
「王の記録を破られそうなのは面白くない。日本の選手に破ってほしかった。
メジャーをお払い箱になった選手に抜かれるのは日本の恥だ。プライドはないのか!」


日本人選手の奮起を促す部分は理解できますが、“メジャーをお払い箱になった選手”とはなんとも失礼な発言ではないでしょうか。
メジャーで活躍できなかったのは事実かもしれませんが、異国で新たなスタートを切り、努力して日本の野球に対応する力をつけ、そして記録を更新しようとしているのです。素直に「すごい」と褒め称えてやるべきではないでしょうか。

先月ヤクルトの本拠地である神宮球場に観戦に行った知人から聞いた話です。その時はバレンティン選手が45本くらい打っている時だったのですが、バレンティン選手に対してこんなヤジがあったといいます。
「日本記録作ったらダメだぞー! あんた日本人じゃないんだから!」
その人はヤクルトファンです。
日頃はその豪快なホームランで楽しませてもらい、かつチームの勝利に貢献してもらっているにもかかわらず、記録更新が迫って来ると応援しないというわけです。
もしかすると冗談半分で言ったのかもしれませんが、自分が応援しているチームの選手に対して冗談でも言うべき台詞ではないと思います。
もちろん、ほとんどのヤクルトファンは記録更新を願っていると知人も言っていましたが、ファンの中にもこうした考え方の人がいるということです。

日本は様々な人種が集まった国ではないので、「この人は日本人」「あの人は外国人」というふうに分けて考えてしまう傾向があるのかもしれません。
できれば日本人選手に超えてもらいたいという気持ちはわかりますが、記録が抜かれたからといって王さんの偉大さが薄れてしまうわけではありませんし、
当の王さん自身もバレンティン選手のことを称賛し、日本人選手に対し「彼と自分が別だと思わず、彼にできることは自分もできると思って追いかけてほしい」とエールを送っています。

バレンティン選手にはぜひとも記録を更新してもらい、いつの日かその記録を日本人選手が超える瞬間が来ることを楽しみに待ちたいと思います。

(スタッフ:武市)
(2013/9/4 UPDATE)
番組スタッフ
「今、私の心は怒りと戸惑いと後悔に包まれています」
ツイッターではこのようにつぶやかれ、togetterには“映画ガッチャマンを見たことを激しく後悔する人” というまとめができるなど、今、あらゆるところで酷評されまくっている映画『ガッチャマン』。

公開前には、映画ライターの前田有一さんが自身の映画批評サイト『超映画批評』で、100点満点中4点をつけたことも話題となりました。
*****
内容の4割くらいは彼らヒーローが語る青臭い中二病的理屈を聞かされ、のこり6割は剛力彩芽演じるジュンの、ケン(松坂桃李)に対する横恋慕で構成される。
(中略)
私がこの映画にいいたいことは、仲間内のゴタゴタは後回しにしてさっさと困っている人を助けにいってくれ、地球を救いにいってくれ、という一点につきる。
脚本はいちいちつじつまのあわない事だらけで、つっこみ始めたらきりがない。見る人たちは、なぜ、なぜ、なぜそうなるの? を脳内で何回も繰り返すことになることになるだろう。

*****

あらゆるところで目にする酷評の真偽を確かめるため、わたしも観に行ったのですが、やはり酷評に値する、ひどい映画でした。
とくにひどいのは、説明ゼリフの多さ、これにはうんざりました。
2004年に公開された実写映画『デビルマン』以来の衝撃とも評されていますが、まさにその通り。
これまで『デビルマン』だった、わたしの「生涯ワースト映画」がこの日、鮮やかに塗り替えられました。

ついついわたしもやってしまったように、観た人が酷評したくなる映画であることは確かなのですが、“コケる要素が見当たらない”と書かれた、こちらの記事のおかげで、観ていない人からも叩かれる事態となっています。

記事によると、“コケる要素が見当たらない”の根拠になっているのは、「原作に人気がある」「バンバン宣伝」「出演者に旬の若手を揃える」「衣装にお金をかける」「有名監督が手がける」の5点。
いずれも、テレビ局が製作する映画(『ガッチャマン』は汐留にあるテレビ局が製作)にありがちな要素なのですが、これに対し、ネット上では『「旬のキャストを揃えたのにコケる訳がない」とか本気で思ってる節があるな 根本的に勘違いしてるから救いようがない』『業界内論理だけでは通用しない』などと批判の嵐。

多くのネットユーザーは“客を舐めた態度”が気に障ったようですが、これは今に始まったことではありません。
わたしは数年前、映画がテーマのあるテレビ番組の制作に携わっていたのですが、そこでも『ガッチャマン』と同じような映画に出くわしました。
それは、その番組を放送するテレビ局が製作した、ある人気マンガを実写化した映画。
内容はどっちらけで、「バンバン宣伝」「出演者に旬の若手を揃える」、この2点に力が注ぎ込まれていました。
肝心の映画自体の中身のなさに憤慨し、わたしは心のどこかでコケろと願っていたのですが、結果は大ヒット。最終的には20億円以上の興行収入を記録しました。
このときは、心の底からがっかりしたのを覚えています。

その後も、このテレビ局はこうした映画を量産していますが、日本映画製作者連盟によると、悲しいことに邦画の興行収入は好調。
2012年の興行収入では邦画のシェアが65.7%で、洋画にダブルスコアに近い大差をつけています。
この結果を見る限り、近年、囁かれるようになった“邦画の質の低下”の背景には、“客の審美眼の低下”があるような気がしてなりません。

汐留にあるテレビ局が製作し、去年の夏に公開された『桐島、部活やめるってよ』。
内容も素晴らしく、映画ファンの間では大きな反響を呼びましたが、興行収入的には苦戦したといいます。
桐島のような映画がヒットしないのであれば、今後、ますます量産されるのは「バンバン宣伝」「出演者に旬の若手を揃える」にばかり力が注がれ、中身のないクソ映画。
そうならないためにも、客の側が「バンバン宣伝」「出演者に旬の若手を揃える」というまやかしに惑わされない審美眼を養っていくべきなのでしょう。


(スタッフH)
(2013/9/3 UPDATE)
番組スタッフ
「なかなか減らない新聞のトラブル−高齢者に10年以上の契約も!解約しようとしたら断られた!」。このような刺激的なタイトルのプレスリリースが8月下旬、国民生活センターから発せられました。新聞の購読契約をめぐってトラブルが多発しており、国民生活センターが新聞の業界団体に改善を要望したというのです。

各地の消費生活センターには、新聞の購読契約をめぐるトラブルについて、年間約1万件の相談が寄せられています。1万件という数の多さにも驚きますが、なかにはかなり悪質なものも含まれています。

●12 年先までの契約をさせ、解約を希望すると高額な景品代を請求された

たとえば、近畿地方に住む60代の女性からは、次のような相談があったそうです。

「現在 A 新聞をとっており、間もなく契約期間が終了する。その後 4 年間は B 新聞を、さらにその後の 1 年間は C新聞の購読契約をしている。10 年前、その 2 紙の後にまた A 新聞を 7 年間とる契約をした。A新聞の販売員に『今契約すれば液晶テレビがもらえる。もらえるものはもらっとき』と言われて、軽い気持ちで契約してしまった。

しかし、最近急に目が悪くなり、新聞が読めなくなってきたので、今から 5 年後に、7年間も新聞をとるのは長過ぎると思うようになった。A新聞の販売店に解約したいと伝えたら『液晶テレビは、5 万円だ。解約するなら 5万円を現金で払うか、同じ機種のテレビを買って返してほしい』と言う。解約のために、こんなにお金がかかるとわかっていたら、契約しなかった。どうしたらよいか」

A新聞、B新聞、C新聞の3つを合わせると、なんと12年間の長期契約を結んでいるというのです。これだけでも異常な感じがしますが、液晶テレビという高額景品をエサにして、長期契約を結ばせているのも、勧誘方法としてどうなのかと思います。

また、東北地方の40代女性からの相談として、次のようなケースが報告されています。

「昨日、アパートの廊下で新聞の勧誘を受けた。販売員から、米や発泡酒、洗剤、バスタオルを渡され、口頭でのアンケートに答えてほしいと言われた。アンケートの中で『例えば新聞をとるとしたら、いつからとれるか』と聞かれた。『今は光熱費がかかるので春かな』と答えると、署名してくださいと用紙を渡され、アンケート用紙だと思って住所、名前、連絡先を記入した。その後、販売店から契約の確認の電話がかかってきて、署名した用紙が契約書だとわかったので、クーリング・オフしたい」

これなどは、詐欺といってもよい事案でしょう。新聞の勧誘については、昔から「ヤクザまがいのケースがある」との批判がありましたが、国民生活センターが注意喚起をするほどですから、最近は以前よりもひどくなっているのかもしれません。

●平均年齢は60歳以上・・・トラブルの背景にある「新聞購読者の高齢化」

このような新聞契約をめぐるトラブルが頻発しているのは大きな問題ですが、その特徴としてあげられるのは、「高齢者中心」ということです。

国民生活センターの資料によれば、2012年度に寄せられた9886件の相談のうち、5486件は、60歳以上の高齢者からの相談でした。比率にすると55%です。この「高齢者率」は、2003年度は29%でした。それが、2008年度は44%、昨年度は55%と年々増加しているのです。

それに伴い、相談を寄せてくる新聞契約者の平均年齢も上がっており、2003年度は47.1歳だったのが、2008年度は55.2歳、2012年度は61.7歳と上昇を続けています。このように高齢者からの相談が増えている背景には、新聞購読者そのものの年齢が上がっていることがあると考えられます。

インターネットの普及により、若者の「新聞離れ」は著しく進み、20代で新聞の定期購読をしている人はほとんどいないと言っていい状況です。しかし、60代以上の人たちはインターネットに親しんでいない人も多いので、相変わらず、新聞を読み続けてくれる可能性があります。

そこで、新聞の販売店としては、いかに高齢者に新聞を継続してとってもらうかというのが至上命題になっていて、できるだけ長期の契約をしてもらおうと血眼になっているということなのでしょう。高額の景品を与えてでも高齢者と長期契約を結ばなければ、新聞の契約数を維持することができない・・・

国民生活センターが公表した今回の資料は、そのような新聞業界の苦境を如実に示しているといえます。

実は、この国民生活センターのプレスリリースは、NHKなどのテレビでは取り上げられていますが、当の新聞はあまり積極的に報道していないようです。自らの業界の不祥事から目をそむけたいという心理があるのかもしれませんが、そのような姿勢は、さらなる読者離れにつながっていくのではないでしょうか。

(スタッフ: K)
(2013/9/2 UPDATE)

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