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番組スタッフ
Twitterにはプロ・アマ問わず、些細な投稿がきっかけとなり、ハッシュタグが付けられ、大きな潮流となるものがあります。
例えばここ最近、目にするのが「#よくわかる都道府県」。
都道府県の地図に、地元民だからわかる事実や他県民の思い込みなど、誇張や自虐性もありつつ、その地域の特徴を書き込んでTwitterに投稿するという動きです。
「よくわかる神奈川県」を筆頭に、よくわかるシリーズが全国展開されました。
確かに、自分の出身地のみならず、他県の画像を見るだけでも、「確かに、そう思い込んでいる」と納得させられます。

1年程前、Twitter上で「#アホ男子母死亡かるた」 というハッシュタグが話題となりました。
これは母親には理解できない息子の奇想天外な行動をつづったツイートを投稿するというもので、「【あ】朝送り出すだけで重労働」「【い】 池があったら必ず落ちる」「【お】面白いことするから見てて!」といった、男児の理解不能ながらも、どこか微笑ましさを感じる行動がかるた形式でツイートされています。

これらのツイートをもとに、2月3日に発売予定だった書籍「アホ男子かるた」について、発売を無期延期すると出版元のユーメイドが発表しました。 ハッシュタグ発案者や掲載されたツイートの投稿者に無断で出版計画が進められていることが分かり、騒動になっていたようです。
ユーメイドは自社HPに 「Twitter投稿者のみなさまから理解を得ないまま出版準備を進めてきたことで、投稿者のみなさまに不快な思いを与えてしまったことにつきまして深くお詫び申し上げます」と、謝罪文を掲載しています。
また、「事前にTwitter投稿者のみなさまに個別に連絡することも検討したが、Twitterの特性上非常に困難で現実的でないという判断により、個別の連絡を断念した」ともコメントしています。

しかし、投稿者の特定は困難ではありません。発案者もわかっています。
「アホ男子母死亡かるた」 というハッシュタグの発案者は、自身のブログの中で、「twiiter上で我が家のアホ息子たちの言動にイライラしつつもネタにしてツイートすることで、イライラして辛い気持ちが笑いや共感に変わって子ども達にぶつけずに消化できていたからでした」と述べているくらいです。

ハッシュタグ名は「#アホ男子母死亡かるた」 ですが、出版寸前だった本のタイトルは「アホ男子かるた」。
「母死亡」というアホ男子に翻弄される母の涙ぐましさを巧みに表現した言葉が省略されています。
それはなぜか。当事者のブログの中には、こんな記述があります。

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出版社のほうで #アホ男子かるた という別のタグを作成し、ネタを募っているようでした。出版社のサイトには、このタグに応募してくれたネタで面白いものは漫画になります!と謳われていました。そしてそのまとめを、例の本の編集者の方が作っており、その中には私や他の方が #アホ男子母死亡かるた に投稿したネタを1文字変えただけの類似ツイートが存在、その投稿しているアカウントの中にはツイート数が10くらいしかなくそのほとんどがぱくったネタの投稿に使われ、さらに本の編集をフォローしているという、なんとも詰めの甘い怪しいアカウントも。
***************

「丸パクリはよろしくない。だからほんの少しだけ、文字を変えてしまおう」とでも、出版社は考えたのでしょうか。投稿主の理解を得ることを放棄した結果が、今回のような誰も得をしない顛末を呼び起こしたのです。

こういったネットの中にある「おもしろいもの」は、商売の対象として目を付けられがちです。
数年前、ネットに転がるおもしろい画像を集めた『ジワジワ来る○○』という本が出されました。著者は演出家の片岡K氏。本には「著作者が見つからない以上、これはもうみんなのモノ。僕はそう考えることにした」という但し書きがあります。
確かに、ネット上の「おもしろいもの」は著作者が見つからないことも多々あります。コンビニでよく売られているネットの「バカ画像」を集めた本も、著作権をクリアにしたかどうかはあやしいところです。

以前、私が携わったテレビ番組であるウィンター・スポーツの起源となる画像を探していました。若いスタッフが海外サイトから、それと思わしき画像を発見するのですが、「海外だから、バレないでしょう」というのがそのスタッフの言い分。
今、考えると恐ろしい話です。

こういったネットの中のおもしろいものを集めて、お金を取る出版物にまでする必要があるのか、私は疑問です。投稿しあい、時にその投稿が見ず知らずの人から称賛される、その過程が一番、楽しいのではないでしょうか。

ネットの潮流は予想を超えるおもしろさを有している場合があります。「#よくわかる都道府県」も同じです。もしかしたら、どこかの誰かが本にしようとしているかもしれませんが、「#アホ男子母死亡かるた」 の騒動を知ったら、そんな気は失せることでしょう。

スタッフ:坂本
(2014/1/30 UPDATE)
番組スタッフ
今朝11:23に朝日新聞デジタルにアップされた、『「女は家で育児が合理的」 NHK経営委員コラムに波紋』という記事が物議を醸しています。
「そんな記事、知らない」という方のために、記事のわかりやすい部分を抜粋いたしましたので、まずは目を通してみてください。

*****
NHK経営委員で埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏(67)が、女性の社会進出が出生率を低下させたとし、男女共同参画社会基本法などを批判するコラムを産経新聞に寄せた。
長谷川氏は6日に掲載されたコラムで、日本の少子化問題の解決策として、女性が家で子を産み育て男性が妻と子を養うのが合理的と主張。
女性に社会進出を促す男女雇用機会均等法の思想は個人の生き方への干渉だと批判し、政府に対し「誤りを反省して方向を転ずべき」と求めた。
これに対し、ツイッターでは2千件以上の意見が書き込まれている。
「時代に逆行」との反論から、「まさに当たり前の考え方だ」との賛意まで、議論が沸いて
いる。
<「朝日新聞デジタル」より抜粋>
*****

この記事に対するツイッターの反応を見てみると、『「女は家で育児が合理的」 NHK経営委員コラムに波紋』という扇情的な見出しに、脊髄反射的に反応し、コラムを書いたNHK経営委員を批判する意見が多数。
ただ、見出しだけは言うまでもなく、朝日新聞の記事だけで物を申すのは論外。
当然のごとく、元記事(産経新聞に掲載されたコラム)にも目を通してみました。
下記はその元記事の抜粋です。

*****
実は、(少子化問題の)解決法そのものはいたって単純、簡単です。日本の若い男女の大多数がしかるべき年齢のうちに結婚し、2、3人の子供を生み育てるようになれば、それで解決です。
(中略)
妊娠、出産、育児は圧倒的に女性の方に負担がかかりますから、生活の糧をかせぐ仕事は男性が主役となるのが合理的です。ことに人間の女性は出産可能期間が限られていますから、その時期の女性を家庭外の仕事にかり出してしまうと、出生率は激減するのが当然です。
そして、昭和47年のいわゆる「男女雇用機会均等法」以来、政府、行政は一貫してその方向へと「個人の生き方」に干渉してきたのです。政府も行政も今こそ、その誤りを反省して方向を転ずべきでしょう。それなしには日本は確実にほろぶの
です。
<「産経ニュース」より抜粋>
*****

元記事に目を通してみての率直な感想は、「主張のほとんどに違和感を覚えるが、ひとつだけ大事なことが書いてある」ということ。
見落としがちですが、わたしが唯一、大事だと思ったのは、<ことに人間の女性は出産可能期間が限られていますから>という部分です。
この主張は当たり前のようで、実は当たり前ではない。
当事者である女性たちは、他人事として捉えているケースが多い、と肌で感じています。

わたしは今、30代前半ですが、知人の女性たちが結婚したのは、だいたい30歳前後。
結婚後すぐにでも子づくりを始めた方がいい年齢なのに、始めるのはたいてい結婚から数年後。
そして、いざ子づくりを始めたときにはじめて、現実に直面し、口を揃えてこう言います。
「もっと早く、子づくりを始めておくべきだった」。
「今になって、妊娠することがいかに難しいか、思い知らされた」。

「WEDGE Infinity」によると、不妊に悩むカップルは急増し、体外受精の件数はこの5年で倍増。
2010年の実績は24万件で、特に増えているのは35歳以上の年齢層なのだといいます。

少子化問題をめぐってはこれまで、「子育てへの支援を手厚くすべき」など様々な解決案が挙げられていますが、それらよりもまず優先すべきは、出産可能期間が限られていることに対する危機感を煽り、知らしめることなのかもしれません。

(スタッフH)
(2014/1/28 UPDATE)
番組スタッフ
1月27日(月)、島田雅彦さんとお送りする今夜のテーマは『「ポエム化」する社会がもたらすもの』
ブログやSNS、企業広告、新聞の社説、そして自治体の条例にいたるまで、「過剰に優しくて温かい言葉」や「意図が伝わらない抽象的な文章」などが溢れ、いま世の中は「ポエム化」が進んでいるといいます。
そうした風潮に疑問を呈するのは、『ポエムに万歳!』の著者でコラムニストの小田嶋隆氏です。小田嶋氏は本の中でこう書いています。
「ポエムは、大衆受けする。それがポエムの恐ろしい一面だ」
「“私”という自分が溢れ出ている文章」や「極端に優しくて温かい言葉」が社会全体に蔓延し、政府やマスコミまでが濫用しているという現実。
なぜ今「ポエム」が溢れているのか? 果たしてそれは悪いことなのか。
「ポエム化が進む社会」が私たちにもたらすものとは?

1月28日(火)、岸博幸さんとお送りするこの日のテーマは『「ネイティブ広告」の是非』
最近、よく目にするようになってきた「ネイティブ広告」という言葉。
ネイティブ広告とは一見、広告らしくなく、記事のような構成でつくられている広告を指します。
通常、紙であれネットであれ、広告は広告であることが一目で分かるような体裁になっていますが、ネイティブ広告は記事と同じフォーマットで提供されるので、読者は記事か広告かを一目で判別することができません。
賛否両論あると言われる「ネイティブ広告」。メディアの救世主となりうるのか考察します。

1月29日(水)、上杉隆さんに代わって、ジャーナリストの冷泉彰彦さんとお送りするこの日は『批判されるのは、日本だけ!? ケネディ駐日大使も反対声明。イルカ漁をめぐる論争』がテーマ。
和歌山県太地町で行われているイルカの追い込み漁について、アメリカのケネディ駐日大使は「非人道性を深く懸念している」として反対する立場を表明。
東京のアメリカ大使館は、「和歌山県太地町で、近くイルカの追い込み漁が行われるので反対してほしいという要望が、アメリカ大使館に国内外から多く寄せられた。ケネディ大使は動物好きで、追い込み漁を憂慮している」と述べ、投稿に至った理由を明らかにしています。
実はイルカ漁は日本だけでなく、デンマークでも行われています。にもかかわらず、日本だけが批判され、デンマークが批判されないのはなぜなのか?
日本だけが批判される奇妙な構図ができあがっている、イルカ漁をめぐる論争。
日本だけが批判される理由と、その背景を考えます。

1月30日(木)、伊藤洋一さんとお送りするこの日のテーマは『新たな観光概念となるか?漫画・アニメの「聖地巡礼」』
昨年12月、東京・市ケ谷の法政大で、聖地巡礼などの現象を考察する「第1回コンテンツツーリズム学会研究発表大会」が開かれました。
「コンテンツツーリズム」とはアニメをはじめ小説やドラマ、映画などの著作物(コンテンツ)に関心を抱いたファンが、その舞台を訪ねる観光行動(ツーリズム)を指します。
平成19年放映のアニメ「らき☆すた」に登場する神社のモデルとなった鷲宮神社を持つ埼玉県鷲宮町の成功が、地方で多く見られる「聖地巡礼」ブームのきっかけだとか。
漫画、アニメの「聖地巡礼」を観光概念として、地方はどのように活かすべきか、その未来を考えます。
(2014/1/27 UPDATE)
番組スタッフ
先週、このコラムでは、一部で議論を呼んでいる「居酒屋甲子園」の件を取り上げましたが、前回、言い足りなかったことを補足したいと思います。「居酒屋甲子園」とは、出場した居酒屋スタッフが居酒屋で働くことに対しての夢や思いを熱くスピーチするというもので、「気持ち悪い」ということで批判されていました。

NHKの情報ドキュメンタリー「クローズアップ現代」の反響を受けて、あちこちで非難の声が生じる中、居酒屋甲子園側が以下のような声明を発表しました。

***********************
2014年1月14日(火)NHKより放送された「クローズアップ現代」の件で
居酒屋甲子園の思いが伝わらず沢山の方々に不快と感じられる報道がありました。

<取材までの経緯> 
・NHK様より頂いた依頼文 ※依頼部分抜粋
現在、クローズアップ現代で1月の上旬を目指して、いま日本社会の様々な現場で生まれている広告、条例、企業の社訓・クレド(信条)などの「熱い言葉」の現場を訪ね、その背景にあるものを探る特集を組みたいと考えております。そのなかで、従業員の離職率の高さに悩むサービス業界で、いま●●甲子園という大会が広がっていること、さらに各店舗さんの企業理念や個人理念でも詩的な言葉を導入されている様子を取材しております。低温世代といわれる若者たちのこころをどう動かすか、その取り組みの様子を取材しております。何卒ご協力のほどをよろしくお願いします。

・居酒屋甲子園理事会
上記依頼内容を理事会で検討し、居酒屋の素晴らしさや働くことの尊さなどを伝えられると感じ協力を致しました。

***********************

NHKから取材依頼を受けた際、企画書には依頼内容として、離職率の高いサービス業界で、「熱い言葉」で若者達の心をどう動かすのか、居酒屋甲子園を舞台に取材したいと記されていました。
これに対し、居酒屋甲子園理事会は「居酒屋の素晴らしさや働くことの尊さなどを伝えられる」と感じ、取材に応じたところ、その意志に反した批判が勃発してしまった…というのです。

この依頼内容を見た人は、「NHKも意地が悪いな」と感じるかもしれません。
これは、あくまでもテレビ番組制作に携わっている私の個人的な見解ですが、テレビ番組には「裏テーマ」が存在することがあります。いわゆる本音と建前の「本音」のようなものです。
わかりやすく言えば、企画会議で「大家族ものをやろう!」と提案があったとします。すると、まず決まって生じるのが「普通に紹介してもつまらない」という文句。普通に大家族を紹介するのはよく見る光景なので、「少子化社会で奮闘する大家族に密着」としながらも、「離婚再婚を繰り返し、自由奔放に子育てする親の姿を問題提起する」という裏テーマを設定するのです。

私がかつて担当した情報番組では、こんな「裏テーマ」がありました。
特に行列があるわけでもない、東京のあるラーメン屋を取材する際、取材先には「おいしいラーメンを紹介させて下さい」としながらも、実際に番組で強調したいのは「味のある店主」でした。特に頑固オヤジというわけでもなかったのですが、会話がうまく成立せず、そのやりとりが妙におもしろい。そこで、なぜ店を開いたのかなどのインタビューを通じて、店主のキャラクターをおもしろがろうという「裏テーマ」を設定することになったのです。

私はよく、会議で「裏テーマ」という謎の言葉を耳にしますし、実際に私自身も使ってしまいます。しかし、多くの場合、裏テーマ設定は一部の人にしか伝わっていないことだろうということも認識しています。
そこにはやはり「普通に紹介してもおもしろくない」そんな制作側の勝手な“おもしろがり”があるのでしょう。裏テーマの設定が視聴者のニーズにうまく合致したとき、「居酒屋甲子園」のような反響を生むのかもしれません。

真面目な情報番組、ドキュメンタリーの場合、番組企画書には次のような言葉が見られます。
「背景にある苦悩を描く」「知られざる闇をあぶり出す」
しかし、その企画書と、取材先に送る企画書は大抵の場合、別物です。企画書には大義名分が必要で、取材先に取材を許可してもらうためには、綺麗な言葉を並べなければなりません。それが今回のNHKの依頼文のようなものとなったのです。

メディアに登場することは、いまだに大きな反響を得ます。もちろん、良くも悪くも。
取材を受ける側も闇雲にその依頼を喜ぶのではなく、自分たちが出演しようとしている番組がどのようなテイストを持っているのか、きちんと理解しておく必要があります。
「クローズアップ現代」は民放の夕方ニュースの特集で見られるような、ただの情報番組ではありません。一つの事象を表面的に捉えるのではなく、そこに潜む社会の闇、問題点などをあぶり出しています。

件の「クローズアップ現代」に裏テーマの設定があったのかどうかはわかりませんが、社会のポエム化に批判的なコラムニスト・小田嶋隆氏をキャスティングしたことなどから、やはり「熱い言葉」への違和感を問題提起したかったのは明らかです。
出演者、コメンテーターは誰なのか。取材を受ける場合は、予期せぬ非難を避けるために聞いておくことも重要なのかもしれません。

全ての番組に当てはまることではないかもしれませんが、居酒屋甲子園のようなものを見つけたら、素直にその取り組みを紹介するわけがない。迷走するテレビの世界で、そんな企画が通るわけがない。
マスコミの世界はひねくれ者ばかり。どうぞ、ご注意を。

スタッフ:坂本
(2014/1/23 UPDATE)
番組スタッフ
昨日、livedoorNEWSで「小学校 ももクロ曲を放送禁止?」という記事を見つけました。興味をそそられ読んでみると、以下のような内容でした。

ある小学校が「ももクロ」ことももいろクローバーZの楽曲『だって あーりんなんだもーん』を校内放送で流すことを禁止。そのことを生徒の保護者がツイッターでつぶやいたこで明らかとなり、ももクロファンの間で話題になっている。
小学校側は「1年生には刺激的すぎる」との理由で校内放送を禁止したとのことだが、メロディにも歌詞にも問題があるとは思えない。
ファンサイトでもツイッターの内容を取り上げ、様々な推測が飛び交っているが、正確な理由は不明。
ツイッターによる続報によると、同曲が放送禁止となった翌日に流れたのは『北風小僧の寒太郎』だった。

記事によると、なぜ放送禁止になったのかはっきりしないとのことで、私は気になって歌詞とメロディを確認してみましたが、どう考えても小学生に悪影響を与えそうな楽曲ではありませんでした。
私はどうしても気になるので、小学生の子供がいる知人数人に頼んで、子供にこの件について何か知らないか聞いてもらいました。

当然のように「なんにも知らない」という答えが返ってきましたが、「うちの子供の学校でも放送禁止になった曲があった」との返答もありました。
詳しく教えてもらうと、その子供の通う小学校(東京)で、昼食タイムに校内で流すのを禁止されたのは、ゴールデンボンバーの『女々しくて』と倖田來未さんの『キューティーハニー』。
前者の禁止理由は「ふざけて踊り出す生徒がいるから」。後者の禁止理由は聞かされなかったそうですが、おそらく「小学生にはセクシー過ぎるから」でしょう。

確かに昼食時に踊られたら他の生徒の迷惑になるので、この理由であれば仕方がないと思いますが、『キューティーハニー』の方は、別に映像を見せるわけではないですし、「小学生には〜〜だから」との理由だけで禁止するのは“過剰反応”なのではないかと思います。
もともと子供向けのアニメで、昔は子供達が普通にそれを楽しんでいたわけですから、今が敏感すぎる時代になってしまったということでしょうか。

ももクロの件に戻りますが、本当に「1年生には刺激的すぎる」という理由で放送禁止にしたのであれば、やはりこれも考え過ぎではないかと思います。

私が小学1年生の時、音楽の授業中にベートーヴェンの「運命」がかかった際に泣き出したクラスメイトがいましたが、同じ理屈で言うと、ある意味「運命」も「1年生には刺激的すぎる」と言えるのではないでしょうか。
しかし「運命」が放送禁止になるようなことはまずありません。
これは「クラシックだからオッケー」ということなのでしょうか。
ということは、楽曲そのものの良し悪しではなく、誰が作った曲か、あるいは誰が歌って(演奏して)いる曲なのかが大事、ということなのかもしれません。
特にダメな箇所はないが、アイドルがチャラチャラ歌っているような楽曲だからダメ、というような、ある種の偏見がそこにあるのではと考えるのは、意地の悪い見方でしょうか。

つまり私が言いたいのは、禁止するからにはそれなりの理由がいる、ということです。
この曲はいいけどこの曲はダメとするある程度の根拠を示さないと、たとえ小学生でも納得しないのではないでしょうか。

相変わらず、お笑い番組やアニメ番組(クレヨンしんちゃんなど)に「小学生に悪影響」などという理由でクレームつける人が数多くいるようですが、「小学生だからダメ」というざっくりとした理由だけで何かを否定・禁止するという考えは、あまり意味のあるものではないように思います。

(スタッフ:武市)

(2014/1/22 UPDATE)
番組スタッフ
全日空が苦情を受け、18日から放送を始めたテレビCMをわずか2日で放送を中止した問題。
テレビや新聞の全国紙各紙も取り上げるなど、大ごとになっています。

苦情を受けたというCMは、羽田空港発の国際線が大幅に増えることをアピールするもの。
俳優の西島秀俊さんとお笑いタレントのバカリズムさんが出演し、2人の英語による会話で構成されています。

CMを見たことがないという方のために、会話の内容と大まかな流れを参考までに。
*****
●全日空の制服を着た、西島秀俊さんとバカリズムさんが空港から滑走路を眺めている。
バカリズム「羽田の国際線が増えましたね」
西島「いよいよだな」
バカリズム「僕はバンクーバーです」
西島「俺はハノイ」
バカリズム「ワクワクしますね」
西島「ハグしようか?」
バカリズム「…(真顔で無言)」
西島「日本的なリアクションだな」
バカリズム「日本人ですから」
西島「そっか」
西島「日本人のイメージ変えちゃおうぜ」

●バカリズムさんが高さを強調した鼻と金髪のかつらを着けた状態に切り替わる。
バカリズム「もちろん」
西島「さあ、行くか」
*****

苦情の対象となったのは、外国人の容姿を表現した「バカリズムさんが高さを強調した鼻と金髪のかつらを着けた状態」。
「外国人の容姿を差別的に表現している」「不快だ」との苦情が日本在住の外国人などから寄せられ、放送中止に至ったようです。

この問題に対して、まず率直に思うのは、「苦情を言うほどの演出か」ということ。
そして、苦情を「言ったもん勝ち」という風潮が定着しつつあることに、強い違和感を覚えています。

なぜ強い違和感を覚えているかというと、ここ最近、苦情を「言ったもん勝ち」という風潮を感じるできごとが相次いでいるからです。

たとえば、人工知能学会が刊行する学会誌『人工知能』の表紙デザインが「女性蔑視」ではないかと、ネット上で議論を呼んだ問題。
「女性蔑視、女性差別では」という苦情が寄せられ、公式サイトで「差別する意図はない」と見解を発表する事態となりました。
佐賀県鳥栖市のイメージキャラクター「とっとちゃん」がラジオ番組で「わいせつ発言」を繰り返した問題もそうです。結局、とっとちゃんは活動自粛に追い込まれました。

いずれも、苦情を「言ったもん勝ち」の結果となっていますが、よくよく調べてみると、苦情はあくまでも少数。
『人口知能』の編集部に来た投書はメールで10通ほど。そのうち“批判は2、3通だけ”で、その他はほとんど、表紙をほめる内容。
そして、鳥栖市に届いた“苦情はわずか4件”、激励は50件以上だったといいます。

大多数の人は何とも思っていないのに、少数の人が不快だと感じたら、それを受け入れなければならない社会。
こうなってしまっては、ただ息苦しいだけです。

今、「明日、ママがいない」という日本テレビ系のテレビドラマが放送中止を求められ、話題となっていますが、日本テレビは「是非、最後までご覧いただきたいと思います」と書面でコメント。
一歩も引かない構えを見せています。
ドラマの出来はさておき、苦情に屈しないこうした態度を示すことは、苦情を「言ったもん勝ち」という嫌な風潮を少しでも変えてくれるような気がしています。

(スタッフH)
(2014/1/21 UPDATE)
番組スタッフ
●1月20日、星浩さんとお送りする今夜のテーマは『グローバル人材に「日本史」は必要か』
政府が必修化を検討していることが明らかになった、現在は選択科目の「高校の日本史」。
下村文部科学大臣は「グローバル化が進む中で、日本の歴史や文化に対する教養を備えた人材の育成が必要だ」と、必修化の意義を話しているようですが、これに留学ジャーナリストの若松千枝加さんは違和感を覚えています。
*****
日本発グローバル人材のなかには海外で暮らした経験が長く、日本でほとんど教育を受けていない人も多いし、日本語能力に難ある人だって少なくないが、彼らが日本史を知らなくて困ったことなどないはずだ。
その意味で、この日本史必須化論には、違和感を感じてはいる。なぜグローバル人材に日本史知識が必要なのかがあいまいなのだ。

*****
若松さんをゲストに迎え、グローバル人材に「日本史」が必要なのか、考えます。

●1月21日、岸博幸さんとお送りする火曜日は『ベンチャーブームの再来』
ベンチャー企業に対するイメージといえば、「一発狙い」「変わり者」「拝金主義者」などあまり良いものではありません。しかし、今、こうした悪いイメージを払拭する起業家たちが続々と登場してきているようなのです。
彼らは今までの起業家と何が違い、どのような活動によって悪いイメージを払拭しているのでしょうか?
今のベンチャー企業に焦点を当てながら、日本のベンチャー市場が抱える課題を考えます。

●1月22日、上杉隆さんとお送りする水曜日のテーマは『日本語入力ソフト『バイドゥIMF』 無断送信問題のウラにあるもの』
中国のインターネット検索大手「百度」が無料配布している日本語入力ソフト「バイドゥIME」。
日本国内で約200万人が利用しているというこのソフトを通じて、入力情報が「百度」に無断送信されていたことが発覚し、問題となっています。
ソフトを利用している官公庁や自治体は全国に広がっているのですが、その背景には「『バンドル商法』がある」とITジャーナリストの三上洋さんはみています。
『バンドル商法』とはどのような手口なのでしょうか?また、百度が「バイドゥIME」を無料配布した狙いとは?
三上さんをスタジオにお迎えし、百度が「バイドゥIME」を無料配布した狙いに迫ります。

●1月23日、伊藤洋一さんとお送りする木曜日は『人類の未来を変える男、イーロン・マスクの野望』
アメリカのフォーチュン誌の「ビジネスパーソン・オブ・ザ・イヤー2013」で1位に輝き、The Atlantic誌の「21世紀最高の発明家」にも選ばれた、イーロン・マスクという人物をご存知でしょうか?
彼は「スティーブ・ジョブズを超える男」とも呼ばれ、“宇宙ロケット”、“電機自動車”、そして“太陽光発電”という3つの先端産業で革命を起こそうと挑んでいる、異色の経営者。
イーロン・マスクについて書かれた世界初となる書籍の著者、竹内一正さんはイーロン・マスクを次のように評しています。
*****
我々は人類史上、最も偉大で、歴史がガラッと変わる大変革の時に居合わせているのではないか。ただ、気付いていないだけなんだ。
*****
世界中がいま注目しているといわれるイーロン・マスク。どのような人物で一体何を企んでいるのでしょうか?
知られざる人物像に迫ります。
(2014/1/20 UPDATE)
番組スタッフ
最近の社会世相問題から注目のトレンド、人物等を掘り下げるNHKの情報ドキュメンタリー「クローズアップ現代」。
1月14日の放送では、「あふれる“ポエム”?! 〜不透明な社会を覆うやさしいコトバ〜」と題し、震災以降、シンプルで聞き心地のいい言葉の多用が、若い世代のみならず、広告宣伝や企業の研修、そして地方自治体の条例など公共の言葉にも広がっているとして、「ポエム化」の現場を通し、社会で何が進行しているのかを考えるという企画でした。

その中で取り上げられたのが「居酒屋甲子園」というイベント。
居酒屋日本一を競うというイベントなのですが、決勝大会に出場した若い男性が「夢は叶う!」といったことを演説するなど、飲食店のコンテストにもかかわらず「味」や「接客」ではなく、「熱い思い」を仕切りに訴えていました。
これが”気持ち悪かった”として話題を呼んでいるのです。
番組内では1日16時間労働にもかかわらず、年収200万円代という従業員も紹介されており、「ブラック企業」という言葉を使わずに、巧みに問題提起したとも称賛されています。

私も「居酒屋甲子園」を見て、同じ印象を受けました。私は「元気すぎる居酒屋」が大嫌いです。私に決定権がない場合以外は決して訪れないようにしています。
うっかり訪れてしまった元気すぎる居酒屋でこんなことがありました。

訪れた時間は23時過ぎ。打ち合わせが長引き、その続きを居酒屋で軽く食事でもしながらしようということになりました。
「夢」や「明日」など、ありがたそうな言葉がそれぞれ書かれた取り皿が目の前に並ぶ私たちのテーブルに、注文したお酒がやってきます。まずは乾杯を、とグラスを掲げると、スタッフの皆さんが「待ってました」と言わんばかりに、大きな声で「今日もお疲れ様でした!!かんぱーーい!!」。

その後…、私たちのメンバーの1人が「今日のオススメは何ですか?」と若い男性のスタッフに聞きましたら、「今日のオススメは●●産の空豆です!スタッフのかずや(下の名前)が心を込めて炭火焼にさせていただきます!!」との答えが帰ってきました。
「心を込めるという行為は多分、デフォルトではないか」「なぜ下の名前なのか」という疑問、「…させていただきます」という過剰な敬語への違和感が私の中に生じながらも、お酒を片手に打ち合わせの続きをしていると、店内の照明が消えました。
時刻は24時。そうです。客の中に、誕生日を迎えた人がいたのです。

お決まりのバースデーソングとともに、花火が刺さったケーキがその客のもとに運ばれ、運んできたスタッフによるスピーチが始まりました。
内容は「見ず知らずのお客様がこの空間で一緒になるという一期一会に感謝。皆さんで祝いましょう」といったもので、3分ほど続きました。ようやくスピーチが終わったかと思うと、その後に待ち構えていたのは恐ろしい演出。
何と、その場にいる人全員で「世界に一つだけの花」を歌おう、というもの。
主にスタッフの皆さんを中心に合唱が行われましたが、2番以降は歌詞にアレンジなども加えられていたそうで、客がスタッフの振り付きの歌を暗がりの中、ただ観賞する…という状態になっていました。

照明のブラックアウトから、明るい中での食事再開まで、ほぼ10分。長過ぎです。
私たちは、この居酒屋での食事を早急に切り上げたことは言うまでもありません。

またある時、友人と予約なしに訪れた自由が丘の居酒屋も同じような思いをしました。
カウンターに付き、おそらく元気系居酒屋ではフォーマットとなっている「客の乾杯」を見計らうかのような、スタッフによるお疲れ様の大合唱を受け、食事を始めます。
すると突然、暗転が…。時間はまだ21時…。
何と、祝われたのは私たちでした。私の友人が転職に成功したということを、どうやらスタッフが会話の中から、察知したそうで、即興のお祝いデザートを用意してくれたのです。

会計の時にも異様な光景は見られました。転職祝いなので、ここは私にご馳走させてくれ、ということで私がカードで支払うと、レシートにサインを求められました。
「こちらにサインをお願いします!坂本さま(私の名前)!」という声とともに…。
カードで支払いをする年齢になって初めて、こちらが名乗ってもいないのに、カード情報から自身の名前を呼ばれるという経験に、異様な気持ち悪さを覚えました。

元気すぎる居酒屋の存在を否定するわけではありません。元気な居酒屋が大好きという人もいるでしょう。元気な居酒屋で働くことで、人生が変わったという人もいるでしょう。
しかし、客のニーズを鑑みないサービスなど、上質なホスピタリティと呼べるわけがありません。
自分たちの店に訪れる客は皆同一の趣味嗜好を有していると思っているのではないか…私は元気すぎる居酒屋を訪れて抱いたのは、そんな疑問です。
もちろん、「大人しく食事したい」「顔見知りだけで楽しみたい」といった人は、行かなければいいだけなのですが…。
飲食店の入り口を見れば、どこのクレジットカードが使えるかが一目でわかりますが、元気すぎる居酒屋を見分けるために何か目印はないものでしょうか、

私のような人間はこういった居酒屋に足を運んではいけない、そう思ってはいるものの、予期せずして訪れてしまう元気な居酒屋。
それだけ、夢や仲間、絆を客に訴える類いの居酒屋が増えているということなのでしょう。
「クローズアップ現代」が投じた一石の波紋がどのように広がっていくのか、注視したいところです。

スタッフ:坂本
(2014/1/16 UPDATE)
番組スタッフ
有名人のプライベートがネット上に晒され、問題となることがよくありますが、
今度は、人気エアーバンド・ゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんの個人情報がツイッターに流出し、話題となっています。

鬼龍院さんは先週8日に引っ越しを予定していたが、引っ越し業者のスタッフがそのことをツイッターでつぶやいたことにより、引っ越しを急きょ取りやめました。
問題のツイートはフォロワーが発見し、鬼龍院さんに知らせたそうですが、鬼龍院さんはこの件について「依頼した業者さんが今日引越しってツイートしちゃったみたい、恐ろしい時代だ…」と返答。
そして「しかし有名税また上がったんだねぇ、これも紅白効果だろうか…」とコメントしました。

ネットに絡んだ被害というのは、一昔前にはなかった有名税です。
これを有名税として諦めなければならないのかと思うと、今の時代の有名人は大変だと同情を禁じえません。

確かに有名人である以上、この程度であれば有名税として仕方がないと諦めないといけないところもあるかと思います。
しかし当たり前ですが、度を越してはいけません。
一部の人だとは思いますが、「有名人・芸能人だからこれぐらいやってもかまわない」と当然のように思っている人がいます。
私はメディア関係の仕事をしているので、タレントさんと行動をともにすることがたまにあるのですが、そうすると、許可なく携帯で撮影する人や、「何か面白いことやってよ」と絡んでくる人(芸人に対して)や、新幹線で寝ているところをわざわざ起こす人など、実に様々な失礼な人に出くわします。

私がタレント本人に聞いた中で一番ひどかったのは、そこそこ名前の知られている若手俳優Aさんの体験。

Aさんはその日、ドラマの撮影を終え、ホテルで夕食を食べることに。
夕食はバイキング形式で、Aさんはおいしい料理を満喫。
後日、知り合いから、Aさんのファンらしき人のブログに、ホテルでの夕食についての情報がアップされているとの連絡を受ける。
Aさんがブログを見てみると、Aさんが初めにどの料理を食べ、次にどの料理を取りに行ったのか、そしてその次は、と、こと細かく書かれていたのだという。

これは有名税の範囲でしょうか? 私はそうは思いません。
そんなことをして誰か喜ぶ人がいるのでしょうか? 本当に不思議でなりませんが、この人も恐らく、「有名人だからこれくらいいいよね」という思いが、無意識のうちにあったのでしょう。

インターネットや携帯電話の普及、さらにSNSの登場などにより、有名税は上がる一方です。
有名人は基本的に、帽子を被ったりマスクをしたりといった、節税?をするくらいしか対策がありません。

失礼な行動を取る人は往々にして「ファンなんです」と言うが、本当にそのタレントのファンであるのなら、相手の状況をよく見て、その行動が正しいかどうか判断してもらいたいものです。
日頃高い有名税に泣いている有名人への還付金として、そのくらいの気遣いがあっても良いのではないでしょうか。

(スタッフ:武市)

(2014/1/15 UPDATE)
番組スタッフ
先週土曜(11日)に放送されたテレビ番組、『NHKスペシャル シリーズ日本新生 ニッポンの若者はどこへ?徹底討論 大人の心配×若者の本音』。
ネットで話題になっている、AKB48の高橋みなみさんの「大人過ぎる」発言はさておき、わたしにとっては、大人が若者の生き方に物申すときの気持ち悪さを、ただただ痛感するものでした。

この番組のテーマは「若者」で、内容は、最近の若者は物足りないと言う”大人たち”と、自分たちはそれなりに頑張っているけどと言う”若者たち”がお互いの思いをぶつけ合う、というもの。

前々から、こういう番組にありがちな「今の若者はなんたら」という物言いには嫌悪感を抱いていたのですが、これが当然のように番組内でも頻発。
たとえば、「恋愛に消極的だとされる若者」について、49歳の男性からはこんな意見が。
*****
自分がかわいいのかなって思うんです。
告白してふられるのが嫌とか、時間を使わせているのが嫌とか、でも本来、そっち側の方に時間やお金を使うべきだと思うんです。
私ら若い頃は、女の子に1円たりともお金を出させたくない。
そのために一生懸命、アルバイトして、頑張ってたんじゃないですか。
*****
「リスクをとらない若者の生き方」については、45歳の男性から、
*****
彼らはリスクをとらないっていう選択をしているんです。
僕らの世代はリスクをとるのがいいことだっていう価値観があって、失敗してもどんどんいけいけって、それが価値だった。
*****
という意見が飛び出しています。

どうですか?何だかとっても気持ち悪いでしょう?
わたしはこの気持ち悪さの原因は、“押しつけがましさ”にあると思っています。
大人が若者に物申すときは大抵、自分の成功体験をベースにし、自分の生き方を押しつける傾向があります。
何十年も前の成功体験を引っ張り出してきて、それをそのまま今の若者に当てはめようとしても無理があるにもかかわらず、です。
それだけでなく、押しつけがましさからは、自分が歩んできた生き方への自負も滲み出ています。
「俺はこういう生き方をしたから、こんな立派な人間になったんだ」
こんな心の声さえ聞こえてくるような気がします。

去年10月に出版された、『「あいつらは自分たちとは違う」という病』という本にも、押し付けがましい若者への物言いに対する違和感がつづられています。
著者の後藤和智さんは、<1990年代以降、現代の若年層は、自らの主張を押し通すためのお手軽なツールとして扱われ、容易にバッシングされる存在となっている。>と指摘。
その背景を次のように分析しています。

*****
現代の若年層に関する劣化言説の多くは、彼らは大人たちとは違った「異常な」教育環境、コミュニケーション環境などの下で育った世代であり、何らかの「異常」を抱えているのだという認識に基づいています。
またそれら劣化言説の多くは、現代の若年層に対して、客観的な調査やデータよりも、自分の主張を押し通すために都合のいい断片的な事例を全体化して述べる傾向にあります。
そのため、「現代の若年層はこうである、このように劣化している」という認識がシャワーの如く供給されるという状況が続いています。
そしてそのような言論状況が、若い世代にとって、自分たちの世代は「異常」なのだという認識がアイデンティティとして植え付けられている可能性も否定しにくいと思います。

<『「あいつらは自分たちとは違う」という病』(日本図書センター)>
*****

「ゆとり」「さとり」と若者を見下して呼ぶだけでなく、「こんな若者たちに日本は任せておけない」と大きなことを言い出す大人も、たまにいます。
この人たちは、本当に日本を憂いて、こんな大きなことを言っているのでしょうか。
わたしの目には、ただ若者を貶めることで自分の生き方を肯定し、気持ちよくなっているようにしか見えません。

(スタッフH)
(2014/1/14 UPDATE)
番組スタッフ
昨日のコラムでも取り上げられましたが、年始早々、議論を呼んでいる「新幹線グリーン車ツイート炎上問題」。
それと並行して生じたのが、「新幹線で泣く赤ちゃんへの舌打ち問題」です。問題の中心にいるのは、ホリエモンこと堀江貴文氏。かなり乱暴に問題の経緯を説明すると、新幹線で泣いてしまった赤ちゃんに対して、「舌打ちくらいいいのでは」とホリエモンがツイート。
「なく子にイラつくんじゃなくて親の対応にイラつく」というのが、ホリエモンの言い分ですが、一連のツイートに対し、赤ちゃんが泣くのは当たり前…、親として公共の場では最低限のケアをすべきといった賛否の声が見られました。

「赤ちゃん」が主役のこういった問題に触れると、いつも私の中に湧き上がるのが、「もし赤ちゃんを持った場合、私はうまく対処できるのか」という当たり前の不安です。

「公共機関で激しく泣かれたらどうしよう」
「自分の子供の泣き声が他人様に迷惑をかけたらどうしよう」
「泣いた我が子とその親である私に、舌打ちが飛んできたら…」

それでも、「赤ちゃんが泣くのは仕方がない」 …。

新幹線や飛行機の中で、赤ちゃんが泣いてしまうという問題提起の場合、必ずと言っていいほど生じるのが「日本は子育てに寛容でない社会」という意見です。
日本社会がもう少し寛容だったら、こういった問題は起こらないのか。これも疑問です。
「社会が悪い」と言い切られてしまうと、良くないシステムの中で、肩身の狭い思いをしながらどう切り抜けるか…、海外が本当に良いのかわからないまま、日本で子育てをすることに対して、ある種のあきらめを感じてしまいます。しかし、そのあきらめは時期尚早に違いない…。

果たして悪いのは、子育てに寛容でない社会なのか、そんな社会の仕組みを理解していない親なのか。
最近、ある教育評論家から薦められた本が、私の不安を少しだけ解消してくれました。

その本とは岩波新書から出ている『私は赤ちゃん』。著者は松田道雄。
松田道雄とは昭和を代表する小児科医。患者との対話と、看護婦の観察力をいかした医療を実践し、母親の立場を尊重した伝説的育児書「育児の百科」などを出版したことで知られます。
育児に精通した松田が1960年に書いたのが『私は赤ちゃん』。
本の内容説明にはこうあります。

**************
はじめての赤ちゃん。待ちに待った誕生。しかし、新米の母親父親にとって子育ては不安の連続でもある。授乳のしかた、衣服の調節、夜泣き、離乳、加えて下痢や発熱、ひきつけなど赤ちゃんの病気も多い。
ゆったりした楽しい気持ですこやかな赤ちゃんを育てるために、家庭は、社会はどうあってほしいかを、赤ちゃんの目を通して考える。
**************


赤ちゃんが注意すべき病気や症状、家庭や公共の場での出来事を、赤ちゃん目線を通じて綴られています。
例えば「産院」という項目には次のような記述が。

**************
私はおととい生まれたばかりである。(中略)私はやかましいのが一ばんきらいだ。私だけではない。ママもそうだ。私たちはまだくたびれているのだ。ここしばらくは、ぐっすり眠りたい。それだのに廊下をドシンドシン歩かれたり戸をバターンとやられたりすると、その度にとびあがって泣き出さなければならない。
**************

主人公である赤ちゃんの「私」は、このように自分を取り囲む社会を冷静に切り取ります。
やかましいのがきらいな「私」は、宣伝カー、ヘリコプター、お祝いにやってくる親類にも、そのやかましさに苛立ちを感じ、訴えるのです。

「電車」という項目もあります。車内で男が放った咳への恐怖を感じた「私」は次に、編み物をしている奥さんに出くわします。編み針とは「私」にとって、位置関係からして、目に刺さりかねない凶器に他ならず、大声で泣くことで「自衛」。
その他にも、「私」は公共の場でのホコリっぽさや騒々しさ、赤ちゃんに対する設備の不十分さに対して、泣くことで対抗します。

赤ちゃん目線で社会を見てみると、赤ちゃんにとって、社会がいかに生きづらいかがわかりました。万国共通で、赤ちゃんにとって、社会は危険と脅威だらけなのです。

「赤ちゃんが泣くのは当たり前」「お前も赤ちゃんの頃は泣いていただろう」
公共の場での赤ちゃんに対する問題をこういった言葉で片付ける前に、
「赤ちゃんがなぜ泣かなければならないのか」というごくごくシンプルな問いを、子を持つ親は、大人は今一度よく考えるべきではないでしょうか。

『私は赤ちゃん』は50年以上にわたって読まれ続けている名著です。名著にはいつの時代にもそぐう、普遍的な考えるヒントが散りばめられていると私は考えます。
そんな名著を参考にすると…社会の仕組みそのものは中々変えられない。だとしたら変わるのは、個人としての人間でしかないのです。

スタッフ:坂本
(2014/1/9 UPDATE)
番組スタッフ
1月3日のUターンラッシュの最中、東京・有楽町駅前の火災の影響でダイヤが乱れ大混雑した東海道新幹線。
これに乗車していた女性が、立っているお年寄りや子どもを空いているグリーン車に座らせてほしいとツイートしたところ、批判が殺到して炎上状態に。
女性に賛同する意見も相次ぎ、議論が紛糾しています。

きっかけとなったのは、その日グリーン車に乗っていた女性の以下のようなツイート。

「ちょいと新幹線の車掌さんよ!大幅に遅れて運行している中、席がたくさん空いているのにグリーン車の切符がないとグリーン車に乗れないなんて全っっっ然やさしくなーい。立ってる子連れやお年寄りよりがいるからお願いお願いって言ってもダメだった。あたいの説得力の無さったら……チーン」

「車掌さんたちもきょうはきっとお客さんに怒鳴られたり文句言われたり業務に追われたりといろいろ大変だとは思うけど立ってる人への配慮プリーズ。こんなときの規則なんてグシャグシャしてポインじゃ」

このツイートに対し「他駅からグリーン乗る人に立てっていうんですか??」「なんのためのグリーン車だよwwただのクレーマー」「貴女が立ってる子連れやお年寄りの人数分グリーン券を買ってプレゼントしてあげれば何の問題も無いと思うけど」などと批判が殺到。

この女性は、非常時なんだから規則を無視してでも対応してほしかったのでしょうが、車掌の判断で規則を破ってまでそのような措置をとるというのは難しいでしょう。
恐らく女性もそのことは十分理解しており、ツイートは車掌その人に対する怒りではなく、こうした状況での運用マニュアルがないのかというJRに対する怒りなのではないでしょうか。

それにしても、このツイートに対して、これだけ批判的な意見が出るということが不思議でなりません…。
女性は立っているお年寄りに席を譲ってから車掌に相談したとのことで、そんな女性を擁護する声も多く寄せられています。

プロブロガーのイケダハヤトさんは、批判的な人々は「お金を払ったんだから、グリーン車の席に座れて当然だ」と考えているとして、自身のブログで次のように語っています。

+++++++++
これから日本が衰退していけば「お金を払ったけど、それに見合ったサービスが提供されない」というシーンは、ますます増えていくと思うのです。
(中略)
それこそ「グリーン車乗ったら、北斗の拳の雑魚キャラのような若者たちが席を独占していた」「指定席の座席に座ろうとしたら、ウンコまみれだった」みたいな。
これが少しずつ、日常になっていくのがこれからの未来です。
そうなったとき、精神的な防衛策として「まぁ、そういうこともあるか」と割り切れる態度が重要になります。いちいちクレーム付けてたらキリがないでしょうから。
+++++++++

この記事を読んで、さすがにそんな状況で「しょうがない」と諦めるのは難しい…と思いました。しかし私はふと、こんな場面を想像しました。
自分がタクシーに乗っている時、途中で苦しんでいる妊婦を発見、車を止めて妊婦を乗せる。そのまま病院に搬送し、無事送り届ける。
だいぶ遠回りをして私の目的地に到着。料金は私持ち。そんな時、私はきっとこう思う。
「まぁ、仕方ないか…」
いや、そう思う人間でありたい、という願望です。せめて非常時だけでも、そう思える程度の人間でありたい、という…。

イケダさんの言っているような恐ろしい未来がやってくるかどうかはわかりませんが、
「お金を払っていても、それに見合ったサービスを受けられないこともある」ということを肝に銘じておくのは、これからの時代を生きていく上で大事なことなのかもしれません。

(スタッフ:武市)

(2014/1/8 UPDATE)
番組スタッフ
「年末年始、よく耳にした言葉は何か?」と問われたら、私は迷わずこう答えます。
「しかし、テレビはつまらないね〜」

仕事柄(テレビに関わる仕事もしているため)、これまでも友人からはよく、この言葉を投げつけられていたのですが、今年はここに義父が加わりました。

正月、家人の実家に年始のあいさつに行ったとき。
食事が終わってしまえば、当然、これといってやることもなく、話すことといえば、当たり障りのないことばかり。
結果、だらだらとテレビを見ることになったのですが、そのとき、義父から冒頭の言葉が投げつけられました。
「まあ、こんなこと言っても、しょうがないんだけどね」という言葉を加えて。

「そんなこと言われても困る」という本音を押し殺したのは言うまでもないのですが、そんなことがどうでもよくなるぐらい気になったのが、義父が「つまらない」と文句を言いながらも、テレビを見続けていることでした。
つまらないなら消せばいいのに、ひたすらテレビを見続け、それだけでなく、新聞のテレビ欄を見ながら、その日の夜、見る予定の番組に目星をつけるなんてことも。

そして、こんな疑問が頭をよぎりました。
「つまらないと言いながら、なぜテレビを見続けてしまうのか」

「年末年始は他にやることがないから」と言っては身も蓋もないので、もっともらしい答えがないかと調べてみると、『テレビという記憶』『テレビジョンは状況である』という2冊の本が同じようなもっともらしい答えを提示していました。

*****
「テレビ」が伝えたのだから、「みんな」そのことについて知っているであろうし、これまで伝えられてきたことについての記憶を共有しているであろうと「思いこんでいた」ように思える。
そして、テレビというメディアに与えられていた、この思い込み、漠然とした信念こそが、実はテレビに求心力を発揮させる原動力だったのかもしれないと思えるのである。

<『テレビという記憶』(新曜社)より抜粋>

テレビジョンは「同時に多くの人間が同じものを見る」という圧倒的な媒体能力を持つ。
テレビジョンの特性とはなにか。やはり生放送だろう。多くの視聴者がテレビジョンで同時間に同じことを体験すること、これはメディアとして永久不変の価値である。
人間はそういう共有の存在意識、共感の交流願望をどんな時代でも求めているのではないか。

<『テレビジョンは状況である』(岩波書店)より抜粋>
*****

思えば、わたしはここ数年、生放送のテレビばかりを好んで見るようになりました。
それは、番組の善し悪しはさておき、収録番組では絶対に期待できない、次に何が起こるか分からないハラハラ感を味わいたいからです。
意外性のあるハプニングを期待し、ハプニングが起ころうものなら大喜び。
言われてみれば、その喜びを誰かと共有できているという満足感が、テレビを見る原動力になっていたような気がします。

年末年始で言えば、紅白歌合戦で司会をつとめた女優がもたらしてくれたハラハラ感。
賛否が分かれたようですが、これこそが視聴者がテレビに求める醍醐味なのではないでしょうか。

(スタッフH)
(2014/1/7 UPDATE)
番組スタッフ
年末にかけてお送りしている特別企画『ダンテからの贈り物・・・「神曲」2014〜歴史的視点から「今」をみる〜』
「ダ・ヴィンチ・コード」のヒットで知られるダン・ブラウンの新作、『インフェルノ』は、ダンテの「神曲」がモチーフになっているといいます。
ダンテは世界を「天国」と「地獄」に分けて描き出し、その後 多くの芸術家、政治家、
ビジネスマンらに深い影響と思索・示唆を与え続けてきました。

新しい年を迎えたこの時期、少し、視線を高く上げて「今」起きている出来事を俯瞰してみる…。
そんなコンセプトを掲げ、今週のタイムラインでは先週に引き続き、私たち日本人が、今どんな世界へ向かっているか、過去の事例と現在の日本が抱える問題を照らし合わせながら考えて行きます。


●1月6日、星浩さんとお送りする今夜のテーマは『地方が消滅!?人口減少の果てに到来する「極点社会」』
現在、約1億2800万人と言われる日本の人口。しかし、国立社会保障・人口問題研究所では、人口が2030年には1億1522万人、さらに2060年には8674万人になるとの予測が立てられています。
どんどん人口が減り、縮んでいく日本の社会。
そうした現状をみて、元岩手県知事で東京大学大学院客員教授の増田寛也さんは、「過疎の町村から消滅が始まり、やがて大都市、ひいては国の存立そのものが問われる」と危惧しています。
さらには、「地方が消滅し、東京圏のみが存在する「極点社会」の延長線上には、日本全体の人口減少の加速化が想定される」との見解も。
止まらない人口減少と、その果てにある地方が消滅する「極点社会」。
増田寛也さんをゲストに迎え、さまざまな問題の発生が予測される「極点社会」の到来を防ぐ手だてはあるのか考えます。


●1月7日、岸博幸さんとお送りする火曜日は『気候変動による「水ストレス」で、水輸入大国・日本に迫る危機』がテーマ。
人口増加に伴う地球温暖化の影響により、水を安定的に、そして十分に供給することはこれからますます難しくなると言われます。
最新のデータによると、世界の37カ国がすでに「極めて高いレベルの水ストレス」状態に直面。「水ストレス」とは、1人当たり年間使用可能水量が1700トンを下回り、日常生活に不便を感じる状態を指します。
日本人は、日本は水に困らないと思いがちで、食料自給率の低い日本が海外の水に依存して生きていることはあまり知られていません。
気候変動に伴う水環境の変化により、世界各国を脅かす「水ストレス」。
水輸入大国・日本が今やるべきこととは?


●1月8日、上杉隆さんとお送りする水曜日のテーマは『分かりやすさを重視し、単純化された政治』
TPP交渉、原発とエネルギー問題、震災復興、東アジアの安全保障・・・安倍政権は今、さまざまな政治課題を抱えているが、国民に問うときには“分かりやすさ”が優先されます。すると当然、複雑な政治課題も単純化されてしまうのですが、こうした“政治の単純化”ともいえる状況に、社会学者の開沼博さんは次のように異論を唱えています。
*********
「政治を分かりやすくする」というとポジティブな意味を感じる人も多いだろうが、当然、それには功罪両面がある。罪の部分とは、端的に言えば「瑣末な論点の切り捨てが常に行われる」ことに他ならない。本来問われるべきであっても、多くの人の目を引くことはないであろうこと、少数の人にしか興味を持たれないであろうことが切り捨てられる。
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政治とは、単純であるべきなのか、それとも複雑であるべきなのか?
単純、複雑という観点で政治のあるべき姿を考えます。


●1月9日、伊藤洋一さんとお送りする木曜日に考えるのは『“疑う”ことで見えてくる、現代社会に必要な「道徳」』について。
教科化が議論を呼んだ「道徳」の授業。文科省は中央教育審議会の議論を経て早ければ平成27年度にも教科化する方針です。
こうした動きの中、道徳を教科化することについて、『「道徳」を疑え!〜自分の頭で考えるための哲学講義』の著者で哲学者の小川仁志さんはこう語ります。
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「道徳」を教科にすれば、それで問題が解決するのでしょうか?
残念ながら、答えはノーといわざるをえません。なぜなら、いま行われている道徳教育の実態は、ある意味で価値観の押しつけにすぎないからです。別の言い方をすれば、あらかじめ「正しい」とされる答えを身につけさせることに終始しているのですから。
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「道徳の常識」を疑うことを通して、現代社会に必要な道徳とは何かを考えます。



政治、教育、環境、経済…日本をとりまく難題の数々。日本が抱える「難題」は政権交代以前も、東日本大震災発生以前もずっと使われていたフレーズです。なぜ時間が経過しても、「難題」は解決されないのか。
タイムラインでは “過去”に焦点を当て、解決の糸口を考えるヒントを見出したいと思います。
(2014/1/6 UPDATE)

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