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番組スタッフ
先日、行われたカンヌ国際映画祭で、女優のケイト・ブランシェットがある質問を投げかけた記者に対して、激怒したと報じられました。

3人の子どもであるケイトに、記者が仕事と育児の両立について質問。
すると、ケイトは「そういう質問を男性にする人は決していないわ。その質問は女性だけに向けられるのよ。2014年になってもそうなのかと思う。私たちの業界だけの話ではないの。すべての業界でそうだわ。まったくひどい状況だと思う。私たちは中世に逆戻りしているんじゃないかと思うほどよ」と怒りをあらわにしたのです。
<movie walker「ケイト・ブランシェットがカンヌで記者の質問に激怒!」>

私はフェミニストではありませんが、ケイトの「怒り」に痛快さを感じました。
その理由は昨今、日本において注目を集めている女性をめぐる議論、安倍総理が成長戦略に盛り込もうとしている「女性の活躍」「女性の活用」への不信感にあります。

首相官邸のサイトには、「女性が輝く日本へ」と題されたページが設けられているのですが、そこに書かれてあるのはこんな文言です。

持続的な日本の経済成長につなげるための「成長戦略」の中から、女性が輝く日本をつくるための政策である「待機児童の解消」「職場復帰・再就職の支援」「女性役員・管理職の増加」

「女性役員・管理職の増加」とあります。
女性が活躍する職場にするためには、チームのトップに立つ人間が女性であった方が好ましい…ということのようですが、果たしてきょうび役員になることを目標にする人がいるのでしょうか?

「やりがい」が求められる昨今、それらは役職ではなく、仕事内容で得られることがほとんどのように思われますが、男性に置き換えても、自身が起業して社長になろうと考えるならまだしも、「役員・管理職」になりたいと考える人がいるかは疑問です。
管理職であろうが、現場であろうが、女性にとって「働きやすい環境かどうか」が大事なのではないでしょうか。

女性が社長になったりすると珍しがられるようで、よく経済系メディアでインタビューされたりします。
その内容を見ると、決まって「女性である」という切り口をもって書かれた記事がほとんどです。
女性ががんばると特別視されます。「女性の活躍」を特別視しないことこそが、「女性の活躍」を促す大きな要因となりうるのではないでしょうか。

誰が言い出したのかわからない「女性の活用」という文言にも違和感を覚えます。「活躍」ならまだしも、「活用」という言葉には、どうも「使役する男性と、使役される女性」という関係を暗に意味しているように感じるからです。

「女性の活用」「女性が輝く…」といった言葉への私の批判は、言葉狩りではありません。
ケイト・ブランシェットが怒るように、「2014年にもなったのだから、言わなくていいだろう」「男が言うことで、おかしな方向に向かうのでは」と強く感じます。

男が先導役となり、女性の活躍を促すことはもはや時代錯誤です。テレビ番組制作の現場においても、女性向けの内容にしようとなった際、男性プロデューサーが決まって「女性スタッフを入れて“女性目線”を番組に入れよう」と宣言しやがります。私の些細な経験則ですが、そう宣言した番組は決まってうまくいきません。

少し話はズレますが、「女性の活躍」に関する支援団体などのホームページを見ると、使われる色は決まって「ピンク」であることにも古臭さを感じます。
政府広報オンラインの「女性の活躍促進」という特集ページを見てみると、やはりピンクを基調にしたサイトデザインとなっています。

世界中で「多様性」が叫ばれているにも関わらず、それでも「女性=ピンク」という観念は固定化したままです。一度、この「女性=ピンク」から抜け出してみてはどうでしょうか。

ドイツのスタートアップ企業が作った、「Clue」という女性向け排卵期予測アプリがあります。
このアプリは「かわいらしさ」やピンクなどの「女性が好きそうな色」を使わないことで人気を博しているようです。「Clue」にはスマートで大人びたデザインが用いられています。ピンクを使わない理由については、何百人の女性の意見を集めた結果、「誰もがピンクであるべきだとは考えていない」とのこと。
アプリのヴィジュアルデザインを担当したのは、男性メンバーなのだそうです。
<WIRED.jp:排卵期予測アプリ「Clue」がデザインにピンクを使わない理由>

女性に対する「がんじがらめの固定観念」がやはり、邪魔なのでしょう。
現代を生きる女性は「輝いていない」のか。女性にとって「輝く」とは、あるいは子育てと仕事をうまく両立させることでしか果たせないのか。
私は最近、そんなことを疑問に思うようになりました。
某政府系金融機関で働く私の友人(30代男性、妻子持ち)と食事をしたときのことです。
以前、彼の職場に出産を終えて数ヶ月で復帰した女性社員が「すごい!」「大変なのにがんばっているね!」と称賛されていたことに、怒りを覚えたと語っていました。

「出産を終えて、働きもせず子育てに従事することの大変さをわかっちゃいない。専業主婦がどれほど大変か、妻を見ると痛感させられる。だから俺は自分の妻を尊敬している」

というのが、彼の言い分。私はいたく共感しました。実際、彼の妻はこれからも主婦業に専念するそうです。

身内や友人など、私の周りにいる女性は出産したらもう働きたくない。仕事に復帰したくはないという考えの人が結構います。
働かずに子育てに専念することを選んだ女性が、うしろめたさを感じる社会にだけはなってほしくないものです。

ライフスタイルは多様化しています。多様化しているからこそ、専業主婦、働く主婦、シングルマザー、結婚しない女性のいずれもが、生きやすい社会を模索するのが当たり前の道だと思うのですが…。

スタッフ:坂本
(2014/5/29 UPDATE)
番組スタッフ
FIFAワールドカップ・ブラジル大会の開幕が目前に迫ってきました。
日本中が大いに盛り上がることが予想され、もちろんそのことはまったく問題ないのですが、サッカーのワールドカップと言えば、4年に1度、必ずと言っていいほど(私の印象では)起こるのが爐砲錣ファン瓩紡个垢詒稟修任后

私も過去、コアなサッカーファンに何度か絡まれたことがあり、今回はあのうんざりした気持ちを味わいたくはないと、今から願わずにはいられません。
というのも、これまで、ワールドカップ開催中、仕事で色々な会議に出席した際、決まってサッカーの話題になり、するとそこに大抵1人は、とてつもなくサッカーが好きだという人がいて、その中には、ごく稀ですが、にわかファンに対する風当たりがきつい人がいたりするのです。

私はサッカー好きですが、Jリーグの試合には興味なく、観るのは、クラブワールドカップ、チャンピオンズリーグ(決勝のみ)、アジアカップ(日本が決勝進出した時のみ)、そしてワールドカップと、いわゆるビッグマッチばかりです。しかし爐砲錣ファン瓩世箸いΠ媼韻發△蠅泙擦鵝
けれどコアなサッカーファンからすれば私のような中途半端なサッカー好きは、何だか鼻につく、と感じるようなのです。

今でもはっきり覚えていますが、前回のワールドカップの時、仕事場で初めて会った人と、お互いにサッカーが好きだという話で盛り上がり、その流れで私が「Jリーグはまったく観ない」と言った瞬間、「それって、サッカー好きって言うんですかね?」と真顔で返され、私は「ええ、まあ」と曖昧な返事をして、実に気まずい空気が流れたことがあります。

これと同じような経験が他にもあり、そういう人はまともに相手にしないようにしているのですが、どういうわけか上目線でもっともらしいことを言ってくるので、実にうっとうしいものなのです。
そして、そういった人は往々にして、にわかファン芸能人にもかなり厳しい。

燹W杯の風物詩!?」SMAP・香取、関ジャニ∞・村上、武井咲、剛力彩芽……芸能界で“にわかサッカーファン”続出か

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「女優の武井咲は、野球好きを公言していたにもかかわらず、先月の記者会見で『サッカーをやりたいんですよ。見るのも好き。(W杯が開催される)ブラジルに行きたいな〜』などとコメント。また、同じ事務所の剛力彩芽も、スポーツ紙の取材に対し『実はサッカーが大好き』とアピール。さらに『好きな選手はGKの川島永嗣』と発言し、一部サッカーファンから『あえて本田、香川とは言わないところがウケル』と、失笑が漏れていました」(スポーツライター)
(中略)
「SMAP・香取慎吾は、テレビ朝日の“サッカー日本代表応援団長”を10年も務めているのに、まったく知識が増えていかない。ネット上では“にわかのプロ”と呼ばれています。
≪ 日刊サイゾー(2014年5月20日)≫
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私が遭遇した中で、最も面倒臭かったのがまさにこのタイプで、「誰々のサッカー愛は本物で、誰々は偽物」といった具合に、サッカーファンタレントを斬り捨てていくのです。

知識の有無や観ている試合数によって、サッカー好きかどうかを決めるのはいかがなものでしょう。
たしかにワールドカップ関係の仕事をするタレントの中には、知識をほとんど持ち合わせていない人もいるでしょうが、本人に「好き」という気持ちさえあれば、サッカー好きタレントとして、何ら恥じることはないでしょう。

普段は見向きもしないのに、大きな大会の時だけ騒ぐのが腹立つ、という人もいるようですが、熱烈なファンになる可能性を秘めた爐砲錣ファン瓩鯒喟佑垢襪茲Δ僻言をしていては、新たなファン獲得の芽を摘むことに繋がるかもしれず、もったいないように思います。

ワールドカップの度に爐砲錣ファンが現れやがって瓩畔鯵瓦靴独稟修垢訖諭后
私からしてみれば、ワールドカップの度に現れているのは爐砲錣ファンを叩く人たち瓩諒です。
今大会開催中は、このやっかいな人たちと出くわさないよう、気をつけたいと思います。

(スタッフ:武市)
(2014/5/28 UPDATE)
番組スタッフ
波紋を広げている、横綱・白鵬による「優勝一夜明け会見」の拒否
拒否した理由は明かされていませんが、その一因と噂されるのが、元小結でスポーツキャスターの舞の海さんが行ったとされる“排外発言”です。

“排外発言”の発信源は、「週刊金曜日」。
今月22日、『“昭和天皇万歳”集会で――舞の海氏が排外発言』という見出しの記事をHPに公開、Yahoo!ニュースに転載されたのをきっかけに瞬く間に広がり、舞の海さんを批判する声もあがっていました。

問題となっている、“排外発言”に関わる記述がこちら。
*****
「昭和天皇と大相撲」と題し“記念講演”をした舞の海秀平氏が「外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった。NHK解説では言えないが、蒙古襲来だ。外国人力士を排除したらいいと言う人がいる」と語ると、参加者から拍手が湧いた。
“日の丸”旗を手にした男性が「頑張れよ」と叫び、会場は排外主義的空気が顕著になった。
*****

見出しには“舞の海氏が排外発言”とありますが、記事の中身を読むと、<「外国人を排除したらいいと言う人がいる」と語る>とあります。
つまり、舞の海さんは持論として「外国人を排除したらいい」とは言っていないことが、記事を読めば分かるわけです。

さらに、記事が公開される前の今月1日に動画投稿サイトにアップされた、「舞の海さんの講演を記録した動画」を確認すると、以下のような文脈で「外国人を排除したらいいと言う人がいる」という発言が登場。
*****
外国の力士を排除したらいいんじゃないか、と言う人がいるんですね。
これは難しいですね。難しいというか、もう後戻りできないと思います。昭和30何年ですかね、横綱の前田山という人がですね、ハワイに行った帰りに高見山さんを連れてきたんですね。
もう、その瞬間から後戻りできないと思うんですね。もし、そういうことをしようと思ったら、これは外交問題に発展するんじゃないかな。モンゴル政府は本当にもう怒るでしょうね。
*****

「後戻りできない」という表現から、外国人力士に対するネガティブな印象を受けなくもないですが、これを“排外発言”と受け取る人は、まずいないでしょう。

また、週刊金曜日の記事には、<外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった。NHK解説では言えないが、蒙古襲来だ。>の後につづけて、<外国人力士を排除したらいいと言う人がいる>と語られたように書かれていますが、実際、「蒙古襲来だ」の言葉に続くのは「見方を変えると、今、大相撲を支えているのは実はモンゴル人」という言葉。
“排外発言”どころか、外国人力士、とくにモンゴル人力士を称えていることが分かります。

*****
最近は、外国人が強すぎて相撲見なくなった、という人がとても多いんですね。テレビでは言いませんけどもね。
私が現役の頃はハワイ勢ぐらいだったんですね。当時は黒船来航と言われ、もう日本人は勝てないんじゃないか、と言われた時代がありました。
ハワイ勢が引退した後は、今度は蒙古襲来。いや解説では言えませんよ。
でも見方を変えますと、今、大相撲を支えているのは実はモンゴル人なんですね。モンゴル人がいるからこそ、私たちは横綱の土俵入りが見れるんですね。
*****

“外国人力士と日本人力士を比較”した下記の発言からも、外国人力士を称賛する気持ちが伝わってくるのではないでしょうか。
*****
彼ら(外国人力士)の目的は何か。日本の大相撲界に入って、早く強くなってお金を稼いで、両親、家族の面倒を見なければならない。
(中略)
これ、朝青龍から聞いたんですけどね。朝青龍のお父さんが、どういう気持ちで相撲をとったらいいか、息子に教えたんです。「自分のお母さんを殺した犯人だと思って戦え」。これ聞いたときには日本人勝てないな、と思いましたね。
それに比べて日本人力士はどうかといいますと、3年、5年やって駄目だったら田舎に帰って、何か仕事を探せばいいかな、という力士もたくさんいます。
親も変わってきました。昔は相撲界に入ると、強くなるまで帰ってくるなと言って送り出すんですけれども、今は苦しかったらすぐに帰ってきなさいと。そうすると、すぐに帰ります。
*****

ミスリードを生む見出しが拡散し、広がった、舞の海さん批判。
幸いにも、今日、講演の全文を書き起こしたブログエントリーが拡散し、批判は収まりつつあります。

まずはひと安心ですが、今回の騒動を冷静にみて、あらためて思うのは、「記事の本文を読まずに見出しだけを見て、脊髄反射でRTしている人」が未だに多い、ということ。
ミスリードを生む見出しを書いた人が主犯だとすれば、RTした人は共犯者。
今回のような他人の人生を左右するような記事に関してはとくに、それぐらい重く受け止めて、RTボタンを押す習慣を、そろそろつけてほしいものです。

(スタッフH)
(2014/5/27 UPDATE)
番組スタッフ
5月26日、島田雅彦さんとお送りする今夜のテーマは、『10代が「動画SNS」に惹かれる心理』。

最大6秒の動画を投稿するアプリ「Vine」、動画生中継アプリ「ツイキャス」といった、動画を使ったSNSが今、とくに10代の若者の間で人気となっています。
「言葉のSNSよりも簡単に表現できる」と新たな“自己演出ツール”として注目を集め、一般人でも数万人のフォロワーを抱えるカリスマユーザーも誕生しているようです。
動画SNSの多くは、YouTubeのような完成度の高いものではなく、意味のないやりとりや遊びがほとんど。そうしたものをなぜ、10代の若者は求めるのでしょうか?
関西学院大学社会学部准教授の鈴木謙介さんにお話を伺い、動画SNSに惹かれる今の若者の心理を考えます。


5月27日、岸博幸さんとお送りする火曜日は、『巻き返す日本製原発作業ロボット。なぜ、投入が遅れたか?』。

東日本大震災による福島第一原発の事故直後に導入されたロボットは、アメリカ製など海外のものが中心だったといいます。
なぜ、世界に誇る技術を持つ日本製ではなかったのでしょうか?
ここにきて続々と日本製ロボットの開発が進み、最前線での活躍が始まっているといいますが、なぜ、ここまで時間を要したのでしょうか?
日本製の原発作業ロボットの投入が遅れた背景を探ります。


5月28日水曜日、上杉隆さんとお送りするのは、『言葉で紡ぐ、いわきの真実。大学生が伝える“未来のノート”』。

筑波大学の学生11人が製作したドキュメンタリー映画、『いわきノート』。
「福島の人たちの声を世界に届ける」を合言葉に製作され、福島県いわき市に住む人々の胸中に迫っています。
環境変化のストレス、風評被害…。住民はどのような経験をし、どのような想いを抱えているのか、
そして、その声に向き合った大学生たちは、何を受け取り、未来へ伝えるのでしょうか。
『いわきノート』の製作に関わった学生をスタジオに迎え、いわきの人々の声とその未来への思いを伺います。


5月29日、伊藤洋一さんとお送りする木曜日は、『アップルとグーグルが取り合った口コミサービス「Yelp」の信頼性』。

アメリカでユニークユーザー数1億2000万人を誇る、人気の口コミサービス「Yelp」。
「食べログ」などの口コミサービスと異なる点は、飲食店だけでなく、病院、小売店、公園などの幅広いジャンルの口コミを投稿できる点と、基本的には実名制であること。
バージョン6以降のiOSに統合、グーグルが2009年に約5億ドルで買収を提案したとも言われ、アメリカで注目される一方、4月9日にサービスを開始した日本では知名度はまだまだ。
今後、存在感を示していけるのでしょうか?
存在感を示すために重要なのは口コミの信頼性。多くの人が実名で投稿しており、口コミの信頼性が高いという評判もありますが、その口コミは信頼に足るのでしょうか?
アップルとグーグルが取り合った「Yelp」の信頼性と可能性を考えます。
(2014/5/26 UPDATE)
番組スタッフ
「自分が『悪』だと気づいていない…もっともドス黒い『悪』だ…」
これは私が学生の頃に好んで読んだ漫画に登場するフレーズなのですが、先日、ある動画を見せられて、このフレーズを思い出しました。
その動画とはある小学校の朝礼の動画です。

【ネットで話題の絶叫朝礼動画「小学校の朝礼がスゴすぎる!」にポエム化で炎上した「居酒屋甲子園」の影響か?創始者の教育現場への関与が明らかに】

今月初めにYouTubeに「小学校の朝礼がスゴすぎる!」というタイトルで投稿されたこの動画では、教師あるいは講師と思われる女性が、児童たちと「やったらできる!」「スーパーハッピー!」という言葉を大声で発し合われます。
さらにはひとりの児童を指差し、「ツイテル、ツイテル」と言いながら全員でその児童の周りに集まってくるなど、自己啓発セミナーのような雰囲気を醸し出しています。

この朝礼の動画が「気持ち悪い」「社畜としての素養育成 」「ブラック小学校」だと話題を呼んでいるのです。
批判の声が高まり、予想通り、朝礼が行われた小学校も特定されてしまい、学校側は「動画を削除し事の経緯を発表する」とJ-Castニュースの取材に応じました。

さらに、この動画が話題となっているのは、映像中に「居酒屋甲子園」創始者の大嶋啓介氏が写っている点にあります。
「居酒屋甲子園」といえば、どうにもならない苦境からの逃避手段として、「ポエム」がはびこっているとクローズアップ現代で今年の初めに取り上げられ、波紋を広げたのも記憶に新しいところです。


今回の小学校の朝礼も、居酒屋甲子園でもそうですが、参加している人が一丸となってポジティブな言葉を大きな声で発する光景に、「宗教っぽい」といった表現が用いられます。
正しく言うと、「カルト宗教っぽい」。
問題となっている朝礼を見て、30代以上の人ならば、「最高ですか??」「最高です」の問答で有名となった某カルト宗教団体を思い浮かべたかもしれません。


感情の赴くままに私個人の率直な意見を述べると、冒頭にも書きましたが、子どもたちに「ポジティブな言葉」の連呼を強いることに、ドス黒い無邪気な悪意を感じます。
物心のついた大人が対象となるならまだしも、相手は判断力の未熟なこどもなのです。

かなり大雑把に見て、会社という組織ならば採用という過程を通じて、比較的思考が類似した人が集められる傾向にあると言えるでしょう。ブラック企業でありがちな朝礼も、そこで働く人にしてみたら普通のことだ、ということもありえます。
しかし、判断力の未熟なこどもが集う学校ではそうはいきません。子どもたちは一度、学校に入ってしまうと、そのシステムに従わざるを得ないのですから。


「多様化する社会のために、選択肢も多様に…」といったことが叫ばれます。元気な居酒屋で働き、「居酒屋甲子園」に出場して、幸せを感じるという働き方も選択肢の一つです。
しかし、よく考えてみると、「多様化」という言葉を用いるとき、「ただし、大人の社会に限る」という注釈が付けられているような気がします。
私の家の近所に小学校があり、よく登下校する児童とすれ違うのですが、ハーフの少年少女も多々見られ、外見だけでも多様化していることがうかがえます。大人が多様化しているのならば、判断力や思考は未熟ながらも、子どもたちこそ多様化しているはず。あるいは多様化の可能性を大人以上に秘めているはずです。


自己啓発や低俗なポエムの悪い点は「自身の能力が高まったような気がする」ところにあります。
何かに行き詰まったとき、「スーパーハッピー!」という言葉が解決してくれるのでしょうか。「気合い」で乗り切ることが果たして、素晴らしいことなのでしょうか。
「言葉」は元気を与えてくれる可能性を秘めていますが、何よりも重要なのは、言葉を発する本人がじっくり考えて、問題解決にいたれるかどうか。
問題となっているカルト宗教じみた朝礼は、大人以上に可能性を秘めた子どもたちに、「ポジティブな言葉」を叫んでおけば何とかなるという、「考えて行動する可能性」を摘み取っている行為にしか私には思えません。


学校という場所には、大人になってから「なぜあの時、疑うことなくやってしまったのだろう」と、思い返すと恥ずかしくなる強制イベントが多々存在します。
もしかしたら、問題の朝礼を見て「気持ち悪い」と思う私は、少数派なのかもしれません。将来的に、どこの小学校でも「スーパーハッピー」朝礼が取り入れられるかもしれません。

しかしそれでも、自身の子どもが無条件にそういった朝礼を強いられると考えるとゾッとします。
こういったイベントが嫌いな子どもはいつの時代も絶対いるからです。
大人よりも将来性のある子供たちのためにも、同調圧力に屈してしまいがちな画一的なシステムを「選択しない」という余地を残して置いて欲しいと強く願います。

スタッフ:坂本
(2014/5/22 UPDATE)
番組スタッフ
「組体操」と聞いて、皆さんはどのような場面を思い浮かべるでしょうか。
小学校や中学校の運動会で、花形種目である組体操。定番中の定番「扇」、地味にしんどい「サボテン」など色々ありますが、中でも最大の見せ場と言えばやはり「ピラミッド」。
手のひらや膝の皮を擦り剥いたり、崩れた際に上の人間に押し潰されて痛い思いをしたりと、嫌な思い出を持っている人も多いのではないでしょうか。

そんな組体操をめぐっていま、議論が起こっているのをご存知でしょうか?
きっかけは、名古屋大学・内田良准教授の「組体操は,やめたほうがよい。子どものためにも,そして先生のためにも<組体操事故の実態>」という提言。

内田さんは、組体操は事故が多く、関連して民事訴訟が起こりうるというリスクがあるため、やめたほうがいいと言っています。
先日も熊本県の中学校で、140人でつくる「10段ピラミッド」の練習中に、ピラミッドが崩れて、いちばん下にいた生徒が、全治1か月程度の腰椎骨折の大ケガをしたそうですが、他にも内田さんは、2012年の一年間の、小・中・高の学校における、組体操の重大事故情報を調べ、後遺症が残ったケースが小学校で3件起きている、という事例を示しています。
いずれも、ピラミッドやタワーの練習中に起こっている事故です。

こうした重大事案の他にも、負傷事故の件数も明らかにしていますが、内田さんによると、単純に事故の件数の大小を比べた場合,2012年度の組体操中の事故は、跳箱運動とバスケットボールに続いて3番目に多いとのこと。
さらに、2011年度から2012年度にかけての負傷事故の件数の増加率について、増加した種目は、組体操、縄跳び、鉄棒運動、マット運動、持久走・長距離走、ハードル走、短距離走、跳箱運動であり、組体操はそのなかでも増加率ワースト1であると指摘しています。

組体操の事故件数の多さに驚いてしまいますが、最後に内田さんはこう述べています。
「そもそも組体操は、そこまでのリスクを冒して、いったい何を目指しているのかということも考えなければならない」

私も組体操は小中学生の頃にやりましたが、「やってよかった」とも「面白かった」とも思いません。
ピラミッドを作る際、私は一番上になるのも一番下になるのも嫌で、なんとか2段目か3段目に、と願っていたのを覚えていますが、何かの拍子に(欠席者が出るなどして)一番下になってしまった時に感じた、ある種の恐怖感のようなものを、今でもはっきりと覚えています。

内田さんの提言に対して、「危険だからといって何でも禁止にしていたら、何もできなくなる」「水泳も事故が起こるからやめろと言っているのと同じ」という内容の反対意見が、ネット上にはけっこうありました。

危険だからという理由だけですぐに禁止にしてしまうのは確かにどうかと思いますが、「危険がつきまとう上にやる意味がほとんどない」というものであれば、やらなくてもいいのではないでしょうか。
水泳の場合、泳ぎが覚えられる、体を鍛えられる、楽しい、というように、確かにやる意味はある、と思わせてくれます。
しかし組体操の場合は、あくまでも私の経験上の感想ですが、水泳のように、健康に良いわけでも、何かのスキルを得られるわけでもなく、特別楽しくもありません。

「組体操をやりとげた時に達成感が得られる」「自信に繋がる」「みんなで協力することを学べる」といった、組体操賛成派の意見もありますが、もう少し安全なもので、替わりになるものがいくらでもあるのではないでしょうか。

私が中学1年生の時に見た、上級生の組体操では、他のピラミッドより少しでも高くしようとお互いが競い合っていました。
教師もなぜか注意をせず、一番高いピラミッドは、そのまま崩れたら大惨事となるのではと思わせるほど高いものになっていましたが、何事もなく無事に崩れました。

運動会ではテンションが上がって行動がエスカレートすることもあり得ます。
運動会が嫌な思い出となる可能性を減らすためにも、爐笋覦嫐がよくわからない上に危険瓩兵鑢椶蓮△覆してしまってもいいように思います。

(スタッフ:武市)
(2014/5/21 UPDATE)
番組スタッフ
袴田事件で再審開始が決定し、釈放された、袴田巌さん。
足利事件で再審無罪となった、菅家利和さん。
郵便不正事件で逮捕された後、無罪判決を勝ち取った、村木厚子さん。

冤罪事件で釈放、もしくは無罪を勝ち取った人は、その後、必要以上に持ち上げられがちです。
この人も、そのうちのひとりだったのでしょうか。

PC遠隔操作事件で3月4日に保釈された、片山祐輔被告。
冤罪との見方もあり、ネットの一部ユーザーからは「ゆうちゃん」と勝手に愛称をつけられ、持ち上げられていましたが、それもおそらく今日まで。
ご存じのとおり、片山被告が、先週から騒ぎになっていた「真犯人」を名乗るメールを送ったことだけでなく、「自分が一連の事件の犯人だ」と認めたからです。

片山被告の身柄拘束 遠隔操作「自分が真犯人」

PC遠隔操作事件:片山被告、4事件すべての関与認める

そして、片山被告が「自分が一連の事件の犯人だ」と認めたことで、思わぬところに矛先が向き始めています。
初公判の前や保釈直後に片山被告のインタビューを行うなど、一連の事件の取材を続けてきた、ジャーナリストの江川紹子さん。
「擁護して捜査を撹乱させた江川紹子も同罪」「本当に終わってしまったのは、片山被告よりも、それを擁護していた江川紹子だよな」といった批判の声が一部であがっています。

*****
冤罪事件でやっかいなのは、「無罪になったこと」イコール「無実の人」としてしまい、釈放された人を英雄扱いしちゃうことなんだよね。
過去の冤罪事件でもそういうのはたくさんあった。でも実は冤罪事件で釈放された人のすべてが無実ではないという恐ろしい裏側もある。
冤罪だと言われた人をヒーロー扱いなどせず、淡々と捜査の手法などの問題点だけを洗い出していくようなことをしていれば、仮にその人が真犯人だと判明した時でも痛手はなかったはずなのに。英雄扱いするから、逆振れしたときに困難なことになる。
<佐々木俊尚さんのツイッター(@sasakitoshinao)より抜粋>
*****

ジャーナリストの佐々木俊尚さんはツイッターでこのような指摘をしていますが、今がまさに、英雄扱いが逆振れした困難な状況であり、その矛先が擁護派という印象の強い、江川さんに向いているのでしょう。

「片山被告の擁護派=警察・検察を批判」という印象が多くの人の間で共有されているため、このまま江川さん批判が強まると懸念されているのが、誤認逮捕や虚偽自白といった警察や検察の捜査手法を批判する声が弱まってしまうこと。
それだけに、片山被告が「自分が一連の事件の犯人だ」と認めたことと、警察や検察批判は切り離して考えるべきだとの意見がネット上では評価されているようです。

しかし、本当に切り離して考えるべきなのでしょうか。
多くの警察・検察批判が、片山被告が無罪であることを前提に行われていただけに、切り離して考えるべきとの主張はちょっと乱暴。
切り離して考える前にまずは、冤罪事件で釈放された片山被告を持ち上げ、その流れにのって警察・検察批判したことの是非を考える必要があるように思います。

(スタッフH)
(2014/5/20 UPDATE)
番組スタッフ
5月19日(月)、星浩さんとお送りする今夜の特集は『スマホ・ニュースアプリは「ニュース」をどう変えたか』。
スマートフォンの普及により、様々なニュースアプリが登場し、情報発信の多様化しています。スマホユーザーなら誰しも何らかのニュースアプリを入れているはず。Gunosy、SmartNews、Antenna、Pressoなど、ニュースアプリの特徴と言えば、スマホで手軽に情報を得られるということですが、無限に情報が溢れる今、得られる情報を“自分好み”にカスタマイズすることがデフォルトとなりつつあります。
果たして、自分好みの情報を得ることに、何か弊害はないのか。
スマホ×ソーシャルメディア×ニュースアプリという相関図はユーザーにとっての情報のあり方をどのように変えたのか、考察します。


5月20日(火)、岸博幸さんとお送りするこの日の特集は『いまどきの50代。今こそ、リセットのススメ』。
WEDGE6月号では「50代こそリセットのススメ」として、団塊の世代に比べ不遇の時代を生き抜いてきたともいえる“今どきの50代”に焦点をあてています。
50代からの起業、老後の伴侶を求めた結婚、生き方の見つめなおし。
いずれ訪れる50代をいかに迎えるか、WEDGE大江編集長にうかがいます。


5月21日(水)、上杉隆さんとお送りする特集は『福島を襲う『風評被害』とは何なのか? 教育がもたらす、リスク回避の道』。
主人公らが東京電力福島第1原発を訪問後に鼻血を出すなどの姿を描いた、小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中の漫画「美味しんぼ」の描写問題。いまだ、騒動が治まる気配はありません。
そんな中、放射線風評被害といかに闘うか「リスク教育」を福島の子供たちに行っている医師がいます。東京大学医科学研究所の上昌広特任教授です。
放射線についてリスク教育を行う医師の活動から、風評被害というリスクの回避方法について考えます。


5月22日(木)、伊藤洋一さんとお送りするこの日の特集は『アンチウイルスソフトが死んだ今、求められるネットセキュリティ』。
4月初めに明らかになった「OpenSSL」の脆弱性、4月末に明らかになったマイクロソフトのインターネット閲覧ソフト「インターネット・エクスプローラー(IE)」の脆弱性。
ここ最近、相次いで報じられている、“ネットの脆弱性”を痛感するニュース。
そんななか、PCを危険な攻撃や不正な侵入から保護することを目的とした「ノートンセキュリティソフト」などのセキュリティソフトを販売するシマンテックの幹部が「アンチウイルスソフトはもう死んだ」と語り、話題になっています。
自らを否定するような衝撃の発言を行ったのは、シマンテックの上級副社長を務めるブライアン・ダイ氏。
なぜ、「アンチウイルスソフトはもう死んだ」のか。
シマンテック幹部のこの言葉から、今後のネットセキュリティのあり方を考えます。
(2014/5/19 UPDATE)
番組スタッフ
「未来は僕らが選ぶんだ!」
もし、こんなことを日常生活で言われたらみなさんはどう思いますか?
漫画ならまだしも、私は悪寒が走ってしまうタイプの人間です。
路上でよく、墨字で書かれたありがたそうな詩が売られていたりしますが、アレも受け付けられません。
元気の良すぎる居酒屋のトイレに飾られてあるポエムもアウトです。

今週、経済の中長期の課題を話し合う政府の有識者委員会が、人口減少問題に立ち向かうべく「50年後も日本の人口1億人をキープ」する目標設定を政府に求めたことが報じられました。

その委員会の名は…「選択する未来」。

保険の商品名のようですが、経済財政諮問会議の下に今年1月に置かれ、三村明夫日本商工会議所会頭を会長として50年後の日本経済の課題を議論している委員会です。
具体的には何をやりたいのか、選択する主語は誰なのか、委員会の名前からは全く見えてきませんが、「未来への選択」と題された中間報告書を読んでみると、ざっくり言ってしまえば日本で加速する人口減少によってもたらされる悲観的な未来を、みんなで意識を変えて行こう!悲観的じゃない未来を選択しよう!ということのようです。

また、自民党の小泉進次郎議員のブログによると、この委員会の名前には「未来は待っているものではなく、自分たちで切り拓いて作っていくもの」という思いが込められているのだか。
何とも、少年漫画の主人公が発しそうな言葉です。

昨今の社会論評で何かと話題になるのが、「ヤンキー」と「ポエム」です。
ここで言う「ヤンキー」は、気合いや気持ちで何とかなる、と知性を否定する人々のことを意味します。
そんな「ヤンキー」が愛するのが、いわゆる「ポエム」(文芸としての「詩」ではなく、低俗なもの)です。

評論家の小田嶋隆氏や精神科医の斎藤環氏は「政治もポエム化している」と指摘。
社会学者の古市憲寿氏も最新の著書『だから日本はズレている』において、憲法草案や道徳教育にJ−POPのようなポエムが散りばめられていることを嘆きます。

「美しい国」「瑞穂の国」「日本維新」「みんなの党」「結いの党」…
日本の政治を今一度、振り返ってみると、何がしたいのかははっきりとわからないけど、何となく良いことのような気がする言葉=ポエムが多いことに気がつきます。
「選択する未来」もまさに、政治におけるポエムのひとつでしょう。

なぜ、ポエムがいけないのか。
斎藤環氏は自身の著書『ヤンキー化する日本』の中で、「ポエムの良いところは、知識や論理とは無関係に、依拠すべき肯定的感情をもたらしてくれるところだ」と語ります。
小田嶋隆氏は「ポエム化の一番の問題点は、目的が抽象的だという点です。(中略)責任範囲の明確さや意味が損なわれるので、グレーゾーンが大きく、具体的には何も提示されていないのに、納得させられてしまう」とインタビューで指摘。
つまり、問題の本質を熟考することなく、気合いと熱い気持ちさえあれば、未来はよくなるだろう…という思考を放棄させる悪質さにあるのです。

東日本大震災でも全く同じことが言えるでしょう。爪痕が深すぎて、「絆」「僕ら」「寄り添う」といった、抽象的な言葉がはびこりました。「絆」の連呼に、薄気味悪さと同時に、考えることを放棄しているのではないかという疑問すら私は感じました。
実際、震災から3年が経過した被災地の現状はどうでしょうか…。多くの人が気づいているはずです。そんな言葉は無意味とは言わないまでも、一瞬の鎮静剤に過ぎないのだと。

人口減少問題はこの数十年で深刻さを増しました。人口を増やそうと様々な策が講じられているようですが、抜本的解決にいたるものはなさそうで、もはや必ず減るものと諦めてしまうべきだとの気配すら感じます。
深刻すぎる問題を解決するには、抽象的なテーマを掲げるしかない…という常套手段が成立したのでしょうか。
「選択する未来」の議論内容、問題提起はまともなのでしょう。
「選択する未来」というからには、ライフスタイルが多様化する現代・未来において、結婚したい人、したくない人、子を持ちたい人、持ちたくない人、高齢者になっても働きたい人、引退したい人のために、「様々な選択肢」を用意してくれているのだと思っていました。しかし、報告書を読んでみると、選択肢は「より良い未来にするためにみんなの意識を変えよう!政府も支援するから!」の一択だったように私は感じました。

人口減少は言うまでもなく労働力減少に直結し、日本経済にさらなる暗雲を立ち上らせる問題です。
孫子の世代のことを考えると、何としてでも解決して欲しいという勝手な思いがあります。
国民が「未来は自分で切り拓くんだ」と意識を変えることで解決されるものなのか。
深刻な問題だからこそ、クソみたいなポエムでごまかしてくれるなよ、ということです。

スタッフ:坂本
(2014/5/15 UPDATE)
番組スタッフ
4月28 日(月)から5月5日(月)の8日間、東京・国立代々木競技場で行われた、卓球の世界選手権団体戦。
女子決勝で日本は中国に敗れ、43年ぶりの世界一はならなかったものの、31年ぶりの銀メダルという快挙を成し遂げました。
テレビ東京で連日放送され、かなり盛り上がっていたという印象を受けた世界卓球ですが、そんな世界卓球に関する、こんな記事を見つけました。

<世界卓球でも目立った「絶叫解説」がはびこる裏事情>

記事では、放送内容に褒められない点があるとして、「解説が単なる応援になっていた」ことを指摘しています。
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日曜の女子準決勝の解説では相手が点をとると、「こっから、こっから! こっから!」、日本に点が入ると、「イヤー!! すばらしい!」と絶叫。平野が大逆転した試合の後半では「いいよ、いいよ」「気持ち、気持ち!」「大丈夫、大丈夫」とばかり連呼し、完全に解説をやめてしまった……。
++++++

熱狂声援になるのは、解説者だけが悪いわけではなく、盛り上げるためテレビ局から指示されるからだという説明が記事にはありますが、そのへんのことはよくわからないので置いておくとして、私が気になったのは、解説者の応援や絶叫について。

スポーツ中継の解説者が興奮したり絶叫したりすると、批判されてしまうことがよくありますが、それはなぜでしょうか。
私はスポーツ中継を観る際は解説をじっくり聴きたいタイプですが、解説者が興奮していようが騒ごうが、まったく気になりません。
相手国の選手を嘲笑したり罵倒してはいけませんが、自国の選手を応援しながら解説するというのは問題がない、というより仕方がないと思います。
解説者が興奮するのはだいたい国際試合ですが、オリンピックやワールドカップなどで解説者が冷静過ぎたら、興醒めではないでしょうか。

解説と言えば、先週ネット上で話題となったのが、俳優の香川照之さんです。
大のボクシング好きである香川さんは、昨年8月に行われた、ロンドン五輪ボクシング金メダリストの村田諒太選手のプロデビュー戦の解説を務め、その情熱的に喋りまくる解説が話題となりました。
そして先週(7日)行われた、IBF世界フライ級タイトルマッチ、井岡一翔VSアムナット・ルエンロンの試合のゲストだった香川さんの解説は、前回以上の解説ぶりでした。
他に解説者として元世界チャンピオンが2人いたにもかかわらず、誰よりもよく喋り、具体的で的確な解説をしていました。もう圧巻です。
その熱狂的な解説に対し、「うるさい」「喋りすぎ」「元チャンプに解説する暇を与えないのは如何なものか」などと批判する声が挙がりました。
もちろん賞賛する声もたくさんあり、私も犢畧邁鮴皚瓩縫魯泪辰殖運佑任后
私はその試合を録画していたのですが、1度試合を観た後、今度は香川さんの解説を集中して聴きたくてもう1度観てしまいました。
新しいスポーツの楽しみ方を発見したような気がして、次回の香川さんの解説が楽しみです。

素人解説者でもプロでも、何も考えずただ単にバカ騒ぎしているだけの人はいないでしょう。意外とその裏には、解説者としての心構えがあるのかもしれません。
熱血解説者と言えば、サッカー解説者の松木安太郎さんもそうですが、
松木さんも興奮すると「シュートまで行け!」「おおー!」「いいボールだ!」などと絶叫し、「うるさい」だの「ちゃんと解説しろ」だの批判されることがあります。
しかし松木さんは、日本代表の試合は、サッカーを知らない人もたくさん観るということを考えて、「基本的な説明」を心掛け、逆に、Jリーグの試合は、サッカー好きのために専門的な解説」をするのだと言います。
親切心からくる感情移入ということなのかもしれません。

実況をするアナウンサーが弾け過ぎると問題かもしれませんが、解説者は基本的に「なんでもあり」でいいと私は思います。
あと少しでサッカー・ワールドカップが始まります。誰がどのような解説をするのかわかりませんが、興奮しまくって、大いに盛り上げてほしいと思います。

(スタッフ:武市)
(2014/5/14 UPDATE)
番組スタッフ
テレビや新聞各紙が大きく報じるなど結構な騒ぎとなっている、『美味しんぼ』をめぐる問題
福島第一原発をめぐる描写に対して、自治体や閣僚からは抗議が相次いでいるといいますが、一方で『美味しんぼ』を擁護する側の意見として、このような声をよく耳にします。
「フィクションだから」。
『美味しんぼ』はあくまでもフィクションであり、「フィクションを真に受けなさんな」というスタンスのようです。

明らかなフィクションであれば、“被ばくで鼻血”などの描写も真に受けず、スルーできたでしょうが、『美味しんぼ』の「福島の真実編」にはスルーできない理由がありました。
フィクションとノンフィクションがない交ぜになっており、それによって虚構と現実の区別がつきづらくなっていたのです。

ベースとなる『美味しんぼ』自体はフィクションなのに、福島県双葉町の井戸川前町長、福島大学の荒木田岳准教授など、実在する人物が実名で登場。
この時点ですでにノンフィクション寄りですが、これに加え、『美味しんぼ』原作者の雁屋哲さんもブログで、<私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない。今度の「美味しんぼ」の副題は「福島の真実」である。私は真実しか書けない>と言及。
本来、フィクションのはずの『美味しんぼ』を、ノンフィクションとし受け取ってもおかしくない状況がつくられていきました。

そして、フィクションの中でノンフィクションをやろうとしてできたのが、「中途半端なノンフィクション」。その結果、「ノンフィクションとして受け取り抗議する側」と、「フィクションを盾に擁護を続ける側」という妙な対立構造が生まれてしまったわけです。

フィクションであるはずの『美味しんぼ』がやろうとした、「ノンフィクション」。
その意義を、『絶対貧困』『遺体』などで知られるノンフィクション作家の石井光太さんはこのように説明しています。
*****
ノンフィクションはジャーナリズムの延長でもなければ、インテリの知的玩具でもなければ、評論家や政治家の屁理屈でもない。
学生から大人まですべての人間が夢中になって読めて、しかも真実の力によって人生観や世界観を変えていくだけの力を持つものでなければならない。
<「ノンフィクション新世紀」(河出書房新社)より抜粋>
*****

『美味しんぼ』の「福島の真実編」が描いていることが、真実かどうかは分かりません。
ただ、真実を訴えたかったのであれば、『美味しんぼ』とは完全に切り離して、全く別の新たなノンフィクション漫画の中でそれを描くべきだったように思います。

(スタッフH)
(2014/5/13 UPDATE)
番組スタッフ
5月12日、島田雅彦さんとお送りする今夜のテーマは、『「テキサス親父」が日本にささげる愛の警告』。

「テキサス親父」と呼ばれる人物をご存知でしょうか。
アメリカ・テキサス州在住で、慰安婦などの歴史認識や捕鯨問題といった時事問題を痛快に切る評論家で、本名はトニー・マラーノ。
皮肉たっぷりの保守的な直言が支持されているようで、歯に衣着せぬ慰安婦問題への発言が有名。「目の前に危機が迫っているのに、70年も前のことに執着するのは異常だ。ただ、2国の良識的リーダー(オバマ大統領と安倍総理)が、1国の非常識なリーダー(朴大統領)と対峙しなければならない構図も考えるべき」と冷静に分析しています。
日本のみならず、アメリカでも絶大な人気を誇るテキサス親父。
その人物像から、日本が抱える諸問題の解決策を探ります。


5月13日、岸博幸さんとお送りする火曜日は、『公教育に民間のノウハウを取り入れる「官民一体型学校」という試み』。

佐賀県武雄市は先月17日に発表した、公立小学校と民間学習塾「花まる学習会」による「官民一体型学校」の創設。
官民一体で公立学校の授業に取り組むのは初めてで、今年6月より研究開発校を指定し、来年4月から本格実施するといいます。
武雄市の樋渡市長が、「公教育の優れたシステムに民間のノウハウを大胆に取り入れ、子どもたちがワクワクドキドキして楽しく学べる新しい公教育を作りたい」と話す一方で、教員の間では「塾の指導法が公教育の場に入ってくると学校と塾の立場が逆転するという恐怖感がある」といった声があがり、戸惑いが広がっています。
公教育の在り方に一石を投じる試みとなりそうな、民間学習塾との提携。
日本初の「官民一体型学校」は教育現場にどのような影響をもたらすのか、考えます。


5月14日水曜日、上杉隆さんとお送りするのは、『求人票との食い違いがブラック企業への入り口に?!ハローワーク問題の深刻さ』。

<飲食業のある企業は「勤務先は都心部の店舗」として募集していたが、実際には都心から遠く離れた郊外での勤務を提示された>
<「経理事務」を募集している製造業の企業で面接を受けたところ、「営業しか採用はない」と言われた>
ハローワークに掲示された求人票の労働条件が、実際の労働条件とかけ離れているという苦情が後を絶たず、厚生労働省が2012年度の1年間に全国のハローワークに寄せられた苦情を調べたところ、件数は7783件に上っています。
事態を重くみた厚生労働省は、常設の相談電話「ハローワーク求人ホットライン」を設置。改善への対応に乗り出しましたが、これにどれだけの効果が期待できるのでしょうか?
厚生労働省の機関が仲介する求人だから内容を信用してしまっている求職者が陥る、求人票の労働条件が実際の労働条件と異なるという罠、その深刻さと対処法を考えます。


5月15日、伊藤洋一さんとお送りする木曜日は、『社会構造を大きく変える?!ビットコインの仕組みを応用した「Ethereum(エセリウム)」の可能性』。

インターネット上の仮想通貨ビットコインに関する、新たな活用方法「エセリウム」に注目が集まっています。
これは、ビットコインを構成する基本技術である「ブロックチェーン」の概念を別な分野に応用しようというもの。実現すると、社会的なコストが激減する可能性があり、場合によってはビットコイン以上のインパクトをもたらす可能性があると言われています。
ビットコインの仕組みを貨幣以外の対象に拡張しようとする動きに注目が集まり始めた中、まだ計画段階とはいえ、社会構造を大きく変える潜在力を秘めている「エセリウム」。
その可能性と、私たちの未来にどのような影響をもたらすのか、考えます。
(2014/5/12 UPDATE)
番組スタッフ
もう「めちゃイケ」なんか終わってしまえばいい。
正直、私は同じ放送業界に関わる者として、「めちゃ×2イケてるッ!」のかつての勢いをテレビで観たものとして、そう思いました。もちろん、その理由は先日、物議を醸した小保方晴子さんをモチーフにした「めちゃイケ」でのコントの予告放送にあります。

今月3日に放送されたフジテレビ系「めちゃ×2イケてるッ!」で、当初番組予告に「阿呆方さんが 緊急会見涙目で○○はあります」と掲載され、小保方晴子氏のパロディーコントが行われる予定でしたが、放送日前日に予告から消え、放送されなかったことが話題となりました。
この件に関して、小保方氏の代理人弁護士が放送前日にフジテレビに抗議文を送付しています。

「渦中の一般人」いじりが許されるのは、私の知る限り、ビートたけし氏と笑点メンバーだけのような気がします。(佐村河内氏は一般人に当たらないのかもしれませんが…)たけし氏はこれまでも「渦中の人」いじりで笑いをとってきましたし、何よりビッグネームです。スベろうがウケようが、“治外法権”として許容されています。たけし氏は「笑っていいとも!」出演時のように、よく佐村河内氏をネタにして笑いをとっていました。おそらく、たけし氏以外が同じようなことをやると全く笑えないものとなるのではないでしょうか。

阿呆方さんに関しては、「笑い」なんだから許してやろうよといった意見もあるようですが、私は「めちゃイケ」や、同じように小保方さんネタを放送した「ロンドンハーツ」に苛立ちを覚えました。
小保方さんいじりが誰も得しない弱いものいじめであるという指摘も理解できますが、私の苛立ちは他の理由にあります。
別に小保方さんに思い入れがあるわけではありません。私自身を振り返ってみると、小保方さんでは笑えませんが、恥ずかしい話、同じような「渦中の人」いじりで言うと、私はネットにゴロゴロと転がっている佐村河内さんネタで笑ってしまいます。

テレビでは、佐村河内さんは良くて、小保方さんはいじっちゃダメという風潮があるような気がしますが、なぜでしょうか。「被害者」か「加害者」の違いでしょうか。彼らが世間を欺いた(と思われた)人だからでしょうか。私は佐村河内さんいじりも小保方さんいじりも、どちらも厳密に考えると同じであると思っています。

SNSで誰もがテレビの出演者や製作者に対してツッコミを入れられるようになったためか、一部の視聴者の意にそぐわない放送は、必要以上に叩かれてしまいます。
こういった風潮があることに対し、受け手が作り手の「ボケ」を許容しなくなったからだと、あるベテラン放送作家が言っていたことを思い出しましたが、果たしてそう言えるのか私は疑問です。
受け手の「目が肥えた」。これが大きな原因の一つだと私は思います。

テレビの敵はスマホと言われるほど、今や、テレビより面白いものはネットを中心に雑多に存在し、ネットの世界の創造力、創作意欲は、テレビの製作者のそれらをはるか上回る場合があります。
小保方さん、佐村河内さんを笑いにするようなネタは、ネットにはたくさん転がっており、特に佐村河内さんネタは秀逸です。そしてそれらはスマホニュースアプリの「まとめ」「おもしろ」といったカテゴリーに分類され、スマホをいじっていれば多々目にします。
何もすることがない時間潰しとしては、最適だったりします。他愛のない雑談のネタにももってこいです。

要するに、私が「めちゃイケ」に苛立ったのは、お昼休みの世間話、飲み会の与太話、ネットの暇つぶしレベルのネタを、もっと言ってしまえば、ネット住民が創造力をフルに使ってふざけ合っているネタをわざわざテレビで放送してくれるな、ということです。

観たことのない映像に興奮するように、私はテレビのコンテンツには「非日常的なもの」を求めます。
ネットの暇つぶし的なコンテンツは、もはや日常的なものであり、テレビのコンテンツとしてはほめられたものではないのではと私は思うのです。
非日常的な存在であるタレントたちが、揃いも揃って、一般人ですら日常生活で耳にしうる与太話、あるいは想像しうる内輪ネタで盛り上がるテレビ番組ばかりであることに、私は放送業界関係者として言い知れぬ悔しさと絶望を感じます。

スタッフ:坂本
(2014/5/8 UPDATE)
番組スタッフ
ついこの間まで学生だった人たちが会社に勤め始めてからひと月以上経ち、それぞれ配置された職場で慣れない仕事に奮闘している時期だと思います。
そんな新入社員の中でも、上司や先輩を困らせる「モンスター新人」の特徴を紹介した番組がネット上で話題となっています。
それは、4月29日に放送された「内村とザワつく夜」(TBS系)こんな新入社員はやだ『ザワつくモンスター新人図鑑SP』。

狄契験茲始まって約1カ月の今、日本各地でモンスター新人社員が職場をザワつかせている!?そこで今回は、実際に職場をザワつかせた新入社員達の仰天エピソードを紹介瓩箸いζ睛討如芸人がコント形式(再現VTR)で紹介するというもの。

「スケボーで通勤する」「怒られて『帰れ』と言われたら本当に帰る」「先輩よりも高い料理を頼んで文句を言う」「Twitterに上司の悪口を書く」などの、確かにいそうだと思わせる新人や、
「上司にLINEのスタンプで謝る」「説教中にお菓子を食べる」「自分の歓迎会をドタキャンする」といった強烈な新人まで、様々なモンスター新人の実態が紹介されました。

あくまでもコントなので、普通なら「ホントにこんな新人いる?」などと適当にツッコミを入れながら笑って終わるところですが、モンスター新人ネタのひとつとして取り上げられた、ある項目が議論を巻き起こしました。
それは「残業代が出るか気にする」という新人。

ある会社で、全社員から新商品の企画を募集することになり、そこで新人の1人が「企画書を作る時間って、残業代出ますか? あと僕、土日出勤NGなんですけど大丈夫ですか?」と上司に訊ねる、といった内容。

これが槍玉に挙がったわけですが、ツイッターの反応は……

いや残業代は気にするだろ常識的に考えて。賃金を貰う為に働くんだから。
残業代出るか気にしただけでモンスター新人とは、爆笑しました。
そもそも残業代が出ないかもしれないという不安を感じている原因を追求すべきだろうな。


一方で、
きちんと仕事をこなせないうちから残業代を気にするのはいかがなものか。
昔はそんなことを口にするなんて考えられなかった。


といった意見もあります。

新人が残業代をいちいち気にする、ましてや上司に堂々と質問することなど、ご法度なのでしょうか。

「脱社畜ブログ」の管理人で、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』の著者・日野瑛太郎さんは、「残業代ください」と上司に言うことは、「ものすごくあたりまえのこと」として、こう述べています。
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僕たちが会社のために働くことで、その対価としてもらうことが約束されているのは、基本的には「給料」だけです。
仕事を仕事たらしめているのは、結局のところ「労務を会社に提供すること」と、その対価として「給料をもらうこと」の2点です。
「やりがい」は、あくまでその2点を満たした上で、人によっては得ることができるという「おまけ」にすぎません。
そんな「おまけ」にすぎない「やりがい」のために、労働の正統な対価である「残業代」がもらえなかったり、「やりがいのある仕事だから」という理由で、全然仕事に見合わない安い給料で働かされたりするのは、おかしいのではないでしょうか。
≪『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)より≫
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ネット上では、「ゆとり世代」という言葉を使って、残業代が出るか気にする新人を否定している人もいました。
今どきの若者を批判する際に用いられることの多い「ゆとり世代」というレッテルですが、今の若者に限らず、10歳以上離れると、どの世代であっても、考えていることがよくわからないと思うことはあるはずです。
けれど何故か、この世代はこうだ、と決め付けないと気がすまない風潮があります。

毎年、公益財団法人日本生産性本部が発表する「新入社員のタイプ」。
今年の新入社員のタイプは、「自動ブレーキ型」(就職活動も手堅く進め、そこそこの内定を得ると、壁にぶつかる前に活動を終了。何事も安全運転の傾向)。
他にも「STAP型」(STAP細胞が動物の体細胞を弱酸性液に浸すだけで細胞が分化の記憶を消して「初期化」するように、新入社員もわずかなストレスで社会人としての自覚を失ってしまう)などがあります。

「ゆとり世代」もそうですが、こうした、あまり意味のない決め付けやレッテル貼りによる先入観によって、特に非常識な言動でもないのに、新人がやるとそう見えてしまう、ということもあるのかもしれません。
安易な決め付けで爛皀鵐好拭辞瓩覆匹噺討个譴討靴泙辰討蓮△気垢に気の毒でしょう。

私が20歳ぐらいの頃、年齢を言った際、50代の人から「ああ、『キレる17歳』世代ね」とニヤニヤしながら言われ嫌な気持ちになったことを、今、ふと思い出しました……。

(スタッフ:武市)
(2014/5/7 UPDATE)
番組スタッフ
「働いたら負けかなって思ってる」
(2004年、「とくダネ!」のニート特集で、24歳のニートの男性が残した名言)
「物売るってレベルじゃねぇぞ」
(2006年、PS3発売を伝えるニュースに映り込んだ男性が残した名言)
「乗るしかない このビッグウェーブに」
(2008年、iPhoneの日本発売を前にソフトバンク表参道店にできた徹夜の行列を伝えるニュースで、インタビューに答えたブロガーのButchさんが残した名言)
「恋人といる時の雪って特別な気分に浸れて僕は好きです」
(今年1月、都心に降った大雪を伝えるニュースで、インタビューに答えた男性が残した名言)

これらは、主にテレビのニュースで一般人が発し、ネットを騒がせた過去の名言。いずれも、アスキーアートやFLASH、コラージュ画像などが数多く作られ、ネタとして消化されたものばかりです。
そして、きのう(5日)、テレビカメラが新たな名言を映し出し、ネットを騒がせています。

『NHK総合の地震速報時に映った女性が話題に 「地震なんかないよ!」』

それは、NHK総合が東京・千代田区で震度5弱を観測した強い地震を伝えたニュースでのこと。
地震発生後の街の様子を伝えるため、表参道の交差点に中継をつないだのですが、信号待ちをしていた若い女性(ひじょうに陽気で酔っぱらっているようにも見える)がカメラを指さし、カメラ目線で「地震なんかないよ」「地震なんてないよ」と連呼し始めたのです。

NHKは途中で音声を消しますが、時すでに遅し。この部分だけ切りとった2分弱の動画は動画投稿サイトにあげられ、100万回以上も再生。
すぐにコラージュ画像も出回り、ネタとして消化され始めたのですが、今回はそれだけでなく、ネット住民がこの女性の素性を特定、名前や顔写真、プロフィール、SNSのアカウントなどがさらされる事態となっています。

「特定はやりすぎ」と受け止めた人も多いようで、ネット上の反応も特定される前と後で微妙に変化。特定前は“批判的な声”が多かったものの、特定後は“同情の声”が多数を占めています。
*****
●特定前の主な声
「不快な気持ちになった」「不謹慎だ」「酔っぱらいのアホは、さらしものにしちゃえ」

●特定後の主な声
「身から出た錆とはいえ、ちょっと気の毒」「特定されたのか、インターネット怖い」
「バカ女が特定されてるww」
*****

「特定されるほどのことはしていないので、とにかく気の毒」というのが、わたしの率直な感想。
『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社)に「人を徹底的に叩く人は暇人」とあることからも分かるように、おそらく、やることがないGWの“暇つぶしのターゲット”にされたのでしょう。
*****
ふだん、人に怒ることも注意することもないのに、ネット上では出自不明の正義感から人を徹底的に叩く。
いじめる対象である「バカ」を見つけたところですぐさま関連したサイトを見つけ出し、それを皆で共有し、挙句の果てにはまとめサイトを作ったり電凸をする人が存在する。
どう考えても彼らは暇人である。
<「ウェブはバカと暇人のもの」(中川淳一郎/光文社)より抜粋>
*****

不用意な発言で消せない傷をネットに残してしまったのは確かですが、この女性は幸いにも一般人ではなくタレント(らしい)。これを目一杯ポジティブに捉えれば、顔と名前は全国区になったとも言えます。
そのうえ、「かわいい」「タイプだ」と、この女性を支持する声も少なくありません。

並べて語るのは乱暴かもしれませんが、福岡のご当地アイドルグループのメンバーである橋本環奈さんは、ネット上にあげられた写真が「天使すぎる」「可愛すぎる」と評判になり、ブレイクしました。
数多あるマイナーなご当地アイドルのメンバーが、ネットの評判がきっかけでトップアイドルにのし上がったわけです。

何が言いたいかというと、タレントやアイドルは何がきっかけでブレイクするか分からないということ。そういう意味で、思った以上に大きくなった今回の騒動は、「地震なんかないよ」とカメラの前で連呼した女性にとって、降って湧いたチャンスです。
正直、それほど思い入れはありませんが、千載一遇のこのチャンスを生かし、近いうちにタレントとしてブレイクすることを遠くから願っています。

(スタッフH)
(2014/5/6 UPDATE)
番組スタッフ
5月5日(月)、成蹊大学客員教授/WATER DESIGN取締役の坂井直樹氏を代演にお迎えしてお送りする特集は『「Normcore(ノームコア)」が示す、“ふつう”を求める時代の到来』。
アメリカ誌『ニューヨーク・マガジン』が2月、次なる社会のトレンドは「ノームコア」だと公表。
「ノームコア」とは「ノーマル」と「ハードコア」を組み合わせた造語で「究極の普通」という意味です。
近年のニューヨークでは、ダウンタウンの女の子たちが「ショッピングモールで買ったような服」を着ているというのだが、これこそ「究極の普通」のファッションだとか。
そのアイコンとなる典型例はApple創業者のスティーブ・ジョブズ。彼は常に黒のハイネックセーターとリーバイスのジーンズ、そしてニューバランスのグレースニーカーを履いていました。さらに、ノームコアというトレンドはファッションのみならずこれからの「姿勢」を表すとの予測も。
ニューヨーク・マガジンが取り上げ、注目を集める「ノームコア」。
いわば“ふつう”が求められているわけだが、それはなぜなのか?現代が“ふつう”を欲する背景を坂井直樹氏とともに考えます。


5月6日(火)、この日の特集は『どこまで危険視されている!?企業に潜むシャドーITのリスク』がテーマ。
スマートデバイスの普及が企業に「シャドーIT」という新たな問題を発生させています。
シャドーITとは、企業内で許可されていないデバイスや各種クラウドサービスなどを“仕事で勝手に使う”こと。Dropboxなどのクラウドサービスやスマートフォン/タブレットの普及とともに、そのリスクを表現する言葉として最近よく用いられています。
ワークスタイルの多様化などを背景に、企業におけるシャドーITは年々広がっています。
シャドーITが横行する一番の理由は、もちろん利便性が高いから。
ITを用いたワークスタイルの多様化とともに高まる情報漏えいのリスク。
矛盾する2つの命題は果たして共存しうるのか?
日本企業に求められるシャドーITとの向き合い方とは?


5月7日(水)、特集は『福島の子供たちに、今何が起きているのか? 映画「A2-B-C」が描き出す現実』。
環境省は先月28日、福島県外の子ども約4400人の甲状腺検査で、1人ががんと診断されたと発表。
そんな中、日本在住の米国人監督イアン・トーマス・アッシュが、テレビでは報道されない福島の現実を映したドキュメンタリー映画「A2-B-C」が、注目されています。本作は、福島の放射線汚染による健康被害と、それと向き合う母親たちを描いた作品。
タイトルの「A2-B-C」は、福島県で実施されている甲状腺検査の判定をつなげた。「A2」とは、「5.0mm以下の結節(しこり)や20.0mm以下ののう胞を認めたもの」。
本作は公開と同時にグアム国際映画祭の最高賞を始め、世界中の映画祭で高い評価を集めた。そのおかげで、逆輸入という形で上映される運びとなりました(5月10日から全国で順次公開予定)。
福島で生きる子供たちに、今何が起きているのか。
映画『A2-B-C』が描き出す、福島の子供たちの現実とは?


5月8日(木)、内容未定です。
(2014/5/5 UPDATE)
番組スタッフ
今期ドラマの期待作「ルーズヴェルト・ゲーム」の第一話が放送されました。視聴率は14.1%とまずまずだったようですが…。
ある企業の野球部を主軸に話が展開されていくのですが、野球のデータがめちゃくちゃだとして話題となっています。

【悲報】 ルーズヴェルト・ゲーム、野球データのシーンで間違いだらけ

例えばドラマの中で、長打率が「2塁以上のヒットを打つ確率」と説明されていましたが、実際のところ、長打率とは、「打数が記録される打席において打者が打撃によって獲得できる1打数あたりの塁打数の期待値(平均値)を表す指標である。以下の式で求められる。長打率 = 塁打÷打数」というものなのだそうです。
野球部監督はタブレットPCを使うのですが、そこにあるデータもOPS(出塁率+長打率)の計算が合わない、捕手が「補手」になっているなどの指摘がありました。

この発見に対する反応はというと…

*野球知らない人は全く気にならないし野球を知ってる人でもそこまで見てないんじゃないでしょうか
*制作側がろくに野球知らねえんだろ
*いい加減すぎる

野球好きからしてみると、何とも許しがたいお粗末さなのかもしれません。
私は野球をよく知らないのですが、こういった詰めの甘さが昨今のマスコミへの蔑みを助長するのではと思っています。

注目ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」に見つかったお粗末すぎるアラ。
発見した人は少なからず話題を集めたのですから、快感を覚えているのかもしれません。

昨今、ネットにおいて何かを発見することで人気者になれる方法は3つあると考えます。

まず、単純に「おもしろいものを見つけた人」。
何気ない日常に潜む、非日常的ワンシーンを切り取った写真や画像がそれにあたるでしょうか。

次に、「バカを見つけた人」。
いわゆるバカッターを発見した人は、炎上をあおる人たちの力もあってか多大なるRTを稼ぐことができます。

そして、「マスコミのアラを見つけた人」です。
『ルーズヴェルト・ゲーム』のお粗末な野球データしかり、先日ささやかながらこのコラムでも取り上げた古舘伊知郎氏の「パワポ知らない」発言しかり…。マスコミ(特にテレビ)のアラは多大な反響を得る場合がしばしばです。

私が子どもの頃。テレビとは会話の共通テーマの一つでした。
月曜日になれば、元気が出るテレビを見たか、ごっつええ感じを見たか…と、ただ感想と放送内容を述べるという薄い会話だったにもかかわらず、無邪気に盛り上がることができたものです。
テレビとは会話の共通項を生み出してくれるもの、共通認識を高めてくれるものでした。

そんなテレビは今や、監視対象となりました。お台場の某局が韓流に偏りすぎているとして、不買運動もありましたが、その際、某局で放送される番組に韓国要素があると、よくネットで血祭りに上げられていたものです。これを樹にしてか、あるいはそれ以前からかネットを見れば、テレビ画面を切り取ったキャプチャー画像とともに、放送内容を叩いているというものはゴロゴロと転がっています。
「テレビは見ていない」=「情強でカッコいい」といった風潮がありますが、その一方でテレビの矛盾を発見しすることもカッコいいとされるのも事実ではないでしょうか。
テレビは見なくなったとよく聞くにも関わらず、テレビを監視している人がいるような気がするのです。

別にテレビのあら探しをすることが悪いのではありません。原因があるとすれば、おそらくつまらないものを量産するようになったテレビにあります。
マスコミ叩きは気持ちの良いものです。マスコミのアラを見つけた人はヒーローになれます。
しかし、一方で昨今よく耳にする、相手より優位に立ちたいという「マウント性」を感じなくもないのです。マスコミ叩きには問題となったテレビの内容を見ていない人も乗っかってきます。テレビを見ていない人に限って、一部分だけ切り取られたテレビ批判に肩をぐるんぐるん回しながら乗っかってくるイメージがあるのは私だけでしょうか。

就活生の人気職種にあたる「マスコミ」。そこで働く人間はいまだに特権階級にあるかのような感覚を持ち合わせていたりするから、本当に厄介です。

スタッフ:坂本
(2014/5/1 UPDATE)

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