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番組スタッフ
2年前、世田谷区の保坂展人区長のツイートをきっかけに盛り上がった「子供の声は騒音か」という議論。今月、これに関するニュースが相次いで報じられ、議論が再燃しています。

<1>騒音:「保育園の声うるさい」近所の男性が提訴 神戸
<2>子どもの声 騒音規制見直しへ

<1>は、神戸市にある保育園をめぐり、近くに住む70代の男性が「子供の声がうるさい」として、保育園に対し、防音設備の設置や慰謝料100万円の支払いを求める訴えを起こした、というもの。
70代の男性は「子供の声は騒音で、家族の会話やテレビ、ラジオを聴くのに支障が出ている」と主張しています。
これに対し<2>は、子供の声を騒音として条例で規制していた東京都が、子供の声を規制の対象から外すよう、条例を見直す方向で検討に入っている、というもの。
保育の専門家から「声を抑制するのは子供のストレスになり、発育上、望ましくない」という指摘があることなどが、条例の見直しにつながったようです。

これらのニュースを受け、再燃している議論。
2年前と同様、「子供の声はうるさくない」と言い張る人が、「子供の声がうるさい」と思っている人の意見を頭ごなしに批判、「寛容さが足りない」という殺し文句を投げつけるというやりとりが目立ち、実質、建設的な議論はほとんど行われていない。
むしろ、「子供の声はうるさくない」と言い張る人が議論を妨げている。そんな印象さえあります。

そもそも、「子供の声がうるさい」と思ってしまうことは、批判を受けるほど悪いことなのでしょうか。
わたしは先月、第一子を授かったばかりですが、わが子の泣き声であっても「うるさい」と感じることがごくごくたまにあります。仕事中など差し迫った状況で静かにしてほしいのに泣き止む気配がないときなどはとくに。
「子供が身近にいないと子供の声は騒音にしか聞こえない」という意見をよく耳にしますが、子供が身近にいたとしても、そのとき置かれた状況によってはうるさいと感じてしまうもの。自分の子でさえうるさく感じてしまうのですから、他人の子ならなおさらです。

「子供の声がうるさい」と言い出しにくい空気が蔓延するなかアップされ、共感の声が集まっているブログエントリー、<「保育園の隣に住むのは発狂レベルの騒音だった」という話>
このエントリーには、こう書かれています。
*****
私も、幼稚園の真隣(壁の間=2メートル)、超至近距離に住んだことがあるけど、「うるさい」なんてもんじゃない、発狂レベルの騒音でした。
(中略)近隣にウルサイと言われた。「だって、子供だもん、うるさいのは仕方ないもん」「あたし達は社会に必要な仕事をしてるのよ」と開き直るのではなく、自分たちがウルサイ子供を量産しているのではないか、と、顧みる姿勢も必要だと思うのですよ。
<『sanmarie*com』より抜粋>
*****

これまで、上記のブログエントリーのような「うるさい」と感じていた人の正論は、「うるさくない」と妄信する人たちによって黙殺されてきたように思います。
「子供の声はうるさい」という人の意見に耳を傾け、「子供の声はうるさい」という前提で対策を考える。それが、ひじょうに難しい「子供の声」騒音問題を解決する糸口になるような気がします。

(スタッフH)
(2014/9/30 UPDATE)
番組スタッフ
9月29日(月) ●こども園が倏定返上瓩瞭阿。浮き彫りになる保育新制度の矛盾

幼稚園と保育所の機能を一体化した「認定こども園」で、認定を返上して保育所や幼稚園に戻ろうとする動きが表面化しています。
政府は、こども園は地域の子育て支援を担うとしてきましたが、返上になれば、こうした機能は後退することになります。
なぜ、こども園が認定を返上して保育所や幼稚園に戻ろうとする動きが表面化しているのでしょうか?また、その背景にある、保育新制度の矛盾とは?


9月30日(火) ●身体の何がわかり、どう活かせるのか?遺伝子ビジネス最前線

DeNA、ヤフーをはじめ、今後はソニーなどの参入も噂される遺伝子ビジネス。
女優アンジェリーナ・ジョリーの乳がん発見のニュースと共に広がりをみせつつある遺伝子検査。
自分の身体のなにがわかり、どう活かせるのでしょうか?
月刊誌Wedgeの大江編集長をスタジオにお迎えし、厳しい声も聞こえてくる遺伝子ビジネスを探ります。


10月1日(水) ●観光地化に地元が反発!グラウンドゼロが示す、ダークツーリズムの課題

2001年の「9・11」同時多発テロから13年が経ち、観光地化が進んでいるという同時多発テロの跡地。
2011年には犠牲者全員の名前が刻まれた追悼碑がつくられ、今年5月にはそのそばに遺品や事件の記憶を伝える博物館がオープン。
連日、観光客でごった返すようになり、ニューヨークの地元住民からは「悲劇の場所で営利活動はふさわしくない」といった反発の声が上がっているようです。
9・11跡地の観光地化はいわば、負の遺産を観光に生かそうという試みである「ダークツーリズム」。
日本でも福島第一原発を観光地化する試みが進められていますが、9・11跡地の事例から何を読みとればいいのでしょうか?
9・11跡地の観光地化に対する反発の声から、「ダークツーリズム」の課題を考えます。


10月2日(木) ●位置情報ゲーム「Ingress」が生み出すリアル課金

流行の兆しを見せ始めている、位置情報を利用したスマートフォン向け無料ゲーム「Ingress」。
岩手県が観光振興や地域活性化に活用する試みを始めると発表するなど、話題となっています。
地図情報を活用し、現実の世界を舞台に陣取り合戦を繰り広げる「位置情報ゲーム」の一種で、開発者が「ユーザーを外に連れ出し、運動させ、人と交流させる」ために作ったと話すように、一般的なゲームとは異なり、外に出て歩き回る必要があるのが特徴。
無料で遊ぶことができ、課金のタイミングも一切ないのですが、プレイヤーの間で飛び交っているのが「リアル課金」という言葉。
Ingressが生み出している「リアル課金」とはどのようなものなのでしょうか?
聞きなれない「リアル課金」という言葉に着目し、Ingressの魅力に迫ります。
(2014/9/29 UPDATE)
番組スタッフ
世界が注目したiPhone6、iPhone6 Plusの発売からおよそ1週間。
熱狂もどこへやら、聞こえてくるのは様々な「狂騒」と「混乱」です。

5.5インチフルHDの大画面で人気を博しているiPhone6 Plus。
これをポケットに入れていると「曲がった」という報告が各地で確認され、本当に曲がるのかどうか検証する動画も登場しました。厚さは7.1ミリと、他社のスマートフォンよりかなり薄くなっているようなので、曲がった人、曲げる人が続出しているようです。私の周りにはまだ「曲がった」という人はいません。

日本時間9月25日午前2時30分ごろ、バグ修正などを含めたiOS8.0.1のアップデート配信が公開されました。
しかし、そのわずか1時間半後には公開を中止。
インターネットにつながらない、TouchID(指紋認証)が使えなくなるなどの「バグ」が報告されたことが原因と見られます。

そもそも今回のニューデバイスリリースに、今まで以上にワクワクしたという人はどのくらいいるのでしょうか。
私もiPhone6を買いました。正直に言いまして、これまで手にしたiPhoneの中で、一番、ワクワクしません。
原因のひとつとして、情報がリークされすぎたことがあるでしょう。
リリース当日までには、大方の概要はネットのニュース等で明らかにされており、「ああ、やっぱりな」という程度。
ネタバレを極度に嫌う日本人の傾向がこんなところにも表れているのでしょうか。
リーク情報の答え合わせのような発表、既視感満点のニューデバイスにワクワクするはずがないのです。
これはリークする側にも問題があるのでしょう。

私が個人的にiPhone6で最も気に入らないのは、親指の付け根から対角線上に位置するアイコン(最右上か最左上)を、親指でタッチしづらいところ。
これまで、片手で全ての動作を行っていたのですが、画面が大きすぎて両手で操作する機会が増えてしまいました。

「唯一」と言い切ってしまっていいほど、iPhone6の良いところを上げるとするなら、高機能なカメラ。
コンパクトデジタルカメラが不要になると一部で語られるほど、高スペックな撮影機能には驚かされた次第です。
スマホにこんな高スペック必要あるのか、という疑問が高スペックすぎて思い浮かぶ隙すらありませんでした。

私はiPhoneを比較的、リリースから早い段階で買ってしまいます。初期ロットに見られる不具合を実際に購入して体感する、いわゆる「人柱」というヤツです。
ファンは「不具合を楽しむ」ものだ、と私の周りにいる生粋のAppleファンが言っていましたが、少しイライラさせられながらも、もはやこれらの「不具合」は可愛かったりします。
Apple製品はいの一番に手に入れたいというほどのファンではありませんが、購入したものがたまたま不良品だったりすることに、本当は損をしているくせに何だか得した気分になってしまう私自身の嗜好もあるでしょう。本の乱調、印字ミスも何だかレア感があって、取って置く癖があります。

話が逸れました。
ある物や人の熱狂的ファンのことを「信者」と呼びます。私の周りにもかなりの数の「Apple信者」がいます。
使うPCはMac、スマホはiPhone、タブレットはiPad、自宅にiPhone、iPadの充電ケーブル、コンセントが腐る程ある…。
私も同じです。私自身はそれほど、熱烈にAppleを愛しているつもりはないのですが、他者からみればそんな私も「Apple信者」の1人に過ぎないのでしょう。

私は正直、iPhone5が一番好きだったので、下取りに出さずに手元に置いてあるそれに再機種変してやろうかなと思っているくらい、iPhone6を気に入っていません。
しかし、iPhone6がそのスペックとは裏腹に、あらゆる面において叩かれることになっても、次に買うスマホはやはりAppleのものを選びます。それも「Apple信者」であることを意味しており、「改宗」できない純粋な信仰心を持ってしまっていることを表しています。
他のメーカーに「改宗」できない迷える子羊は、私の身内にも友人にもいますが、いつの間にか芽生えてしまった信仰心を捨て去って、他に「改宗」するなど中々できません。

そもそも、他に「改宗」したいほど、選択肢がないのですから。

先日、Androidのタブレットを触る機会がありました。1時間で終わると思っていた作業が、不慣れなため2時間もかかるという始末。やはりどんな高スペックであれ、「使い心地」に勝るものはないのかもしれません。

私がApple製品を選んでいるのは、何かと色々同期できて便利だからという実利的な面もありますが、一番の選択理由はずっと使っているからという「感情」に起因するところが大いにあります。
iPhoneが歩もうとする道に満足していないながらも、脱iPhoneできる勇気がない。「改宗」できない。
スマホなどの「物」のみならず、「情報」の選択の仕方にも、「感情」を冷静に分析し、決断することが求められるでしょう。
純粋な信仰心は時として決断力を鈍らせます。一部のApple信者にとって、まさに今が信仰心の捨て時なのでしょうか。

「改宗」したいほど選択肢がない、と信者たちが勝手に思っているだけで、勇気を振り絞って使ってみると、ということがあるのかもしれませんし…。

Apple信者を改宗させたくなるほど、iPhone以上にしっくりくるスマホは、登場しないんじゃないか。
日本のメーカーにそんなことができるわけがない、と私は思ってしまっています。
そんな私の国産メーカーへの失望を裏切ってくれる製品が、いつか登場することも心のどこかで願っています。


スタッフ:坂本
(2014/9/25 UPDATE)
番組スタッフ
先週19日、会社帰りの人や買い物客など多くの人が行き交う中、JR大阪駅近くのビルの上(10階)から、大量の写真がばらまかれるという出来事がありました。
大阪府曽根崎署の署員が現場の近くにいた、16歳と17歳の少年2人に事情を聞いたところ、ばらまいたことを認めたそうです。
ばらまかれたのは、とある少年の写真で、その数約400枚。
加害者と被害者の少年は、列車を撮影するのが趣味の「撮り鉄」で、加害者の少年2人は、「撮影現場でいつも割り込みをしてくる悪いやつを撮った。面白半分、嫌がらせ半分でばらまいた」と供述。

“大阪駅前騒然、少年写った写真が空から大量に 謎の事件は「撮り鉄同士」のトラブルだった”

ようするに「撮り鉄」同士のトラブルなのですが、そこに居合わせた多くの人たちがネット上に投稿したため、3日間であっという間に拡散してしまいました。
直接ネットに晒すのではなく、まず現実の世界で行動を起こし、それが関係のない人たちの手によって広まったという珍しいケースです。
被害者の少年は、数時間以内に気が付き、ツイッターに「俺の写真が大阪駅にばらまかれてる。 助けて、死にたい」「病んでます。もう撮り鉄やめるしかない」などと投稿。
顔写真が晒されてしまった少年の傷の深さが窺えます。

新潟青陵大大学院の碓井真史教授(社会心理学)は「最近はネットでの晒し行為が増え、単に投稿するだけでは目立たなくなった」「より話題になる方法として、ビルの上階からばらまくという、ドラマのような“演出”をしたのではないか」と推測しています。
≪写真ばらまき騒動 ネット拡散狙い“演出”…消せない「デジタルタトゥー」≫

ネット上に、悪意を持って他人の個人情報を晒したり、誹謗中傷を書き込んだりする行為は、もはや珍しいことではありません。
瞬く間にそれが拡散し、できるだけ大きな傷をターゲットに負わせてやろうと加害者は狙っているのかもしれませんが、これだけ日常的(と思えるくらいよく目にする)になると、それに慣れてしまった人たちには、より刺激的なやり方でなければ、攻撃する側が意図するような拡散が期待できなくなってしまった、ということなのでしょうか。

以前からネットでは、「撮り鉄」によるトラブルというのは多数報告されています。今回の事件の被害者がどの程度のマナー違反をしていたのかはっきりとはわかりませんが、自分が知らない間に、誰かの怒りを買ってしまい、多くの人を巻き込みながら「私的な制裁」を受けてしまうというのは恐ろしいものです。
しかも、先述の碓井教授の指摘通り、単に投稿するだけでは目立たなくなったために晒し行為がエスカレートしているのだとしたら、今後どのような牴畄磴併し瓩出て来るのか…。

なぜそこまでして攻撃しようとするのでしょうか。今回の件では、被害者少年に対しても、「マナーの悪い撮り鉄」として、批判する声が上がっています。そして加害者少年2人に対しては、同じような目に遭わせてやれといった意見があり、「ビルから写真をばらまく」以上の方法で晒せないか考えているという人もいて、まさに悪意が悪意を生み出しているといったような状況。

日本大通り法律事務所(横浜市)の喜多英博弁護士は、私的に人を罰するということについて、このように話しています。

「日本は法治国家ですから、人を罰するときは、警察が捜査をし、裁判所が証拠を見て犯罪事実の有無を認定します。これを一市民がやろうとすると、個人的な恨みから、罪のない人を罰したり、軽い罪の人に重過ぎる罰を与えたりするケースが頻発するでしょう。罰を受けた方も納得がいかず罰した人を非難して逆に罰しようとするかもしれません。酷い社会になります」(THE PAGE 2014.08.22)

どんなに腹が立っても「私刑」という方法を取らないことが大事なのは当たり前のことですが、今回の騒動では、写真がばらまかれた現場に居合わせた人の行動も疑問視されています。
落ちて来たものが一体何なのか拾ってみる、というのはわかりますが、わざわざその写真をネット上に投稿し拡散させるという行為は理解できません。
加害者少年2人がそこまで計算していたとしたら、まんまと乗せられてしまったことになります。写真の少年に対して何の悪意もないにもかかわらずです。

今後、どんな過激な晒し方法が生み出されるかわかりませんが、関係のない人間が手を貸さなければ事態はそこまで大きくならないかもしれません。
何か変わった出来事に遭遇したとしても、安易に投稿する前によくよく考えないといけません。誰かの悪巧みに加担してしまうことになりかねませんので…。

(スタッフ:武市)
(2014/9/24 UPDATE)
番組スタッフ
出産前に赤ちゃんの異常(ダウン症など)の有無を知ることができる「出生前診断」。
これをめぐっては、以前から「安易な中絶につながる」といった懸念の声があがるなど物議を醸しつづけていますが、批判的なのは多くが当事者以外なのだといいます。

<(声)出生前診断で中絶、批判する前に>
<出生前診断、迫られる現実の選択…障害判明、中絶を「安易」とする意見は「当事者でない人の他人事」>

当事者以外の人たちが言うように、出生前診断は安易な中絶につながるのでしょうか?
先日、出産したばかりの知人は悩んだ末に出生前診断を受けない決断をしたのですが、そこに至るまでの葛藤を聞く限り、安易という批判とはまるで結びつきませんでした。

葛藤のひとつが、検査の「リスク」と「精度」。
検査方法は主に「羊水検査」「絨毛検査」「母体血清マーカーテスト」「超音波検査」の4種で、リスクと精度がまちまち。
「羊水検査」と「絨毛検査」は確実な検査結果が得られるものの、流産のリスク(0.3〜0.5%=2万人に60〜100人)が伴う。一方、「母体血清マーカーテスト」や「超音波検査」は、「羊水検査」「絨毛検査」に比べリスクが低いものの精度も低い。
これらに加え、去年4月に始まったのが「新型出生前診断」。
妊婦の血液中にある胎児のDNA断片を解析して染色体の異常を判定するもので、検査対象は35歳以上の妊娠と、他の検査で染色体異常が疑われる場合のみ。しかも、下記のような問題もはらんでいます。

*****
この検査は従来のものより格段に精度が高いとはいえ、あくまでもスクリーニング検査にすぎません。たとえば検査でダウン症候群「陰性」となれば、99.9%以上はダウン症候群ではありません。
しかし検査でダウン症候群「陽性」となった場合80〜90%の確率でダウン症候群ですが、10〜20%はダウン症候群ではない場合も含まれています。
すなわち改めて羊水検査による確定検査が必要ということになります。
<「THE PAGE」2014/3/25 より抜粋>
*****

つまり、確実な検査結果を得たいのであれば、流産のリスクを伴う「羊水検査」か「絨毛検査」をやるしかないということです。

さらに、羊水検査の結果、発生するのが「ダウン症でも産むかどうか」という葛藤。この難しい決断を限られた時間で下さなければならないのです。
こうした葛藤を想定し、悩んだ末、知人は出生前診断を受けないという決断を下しました。受けない決断をした理由は最も大きな理由は、「ダウン症でも育てると決めたから」。

ただし、誰もが皆、「ダウン症でも育てる」という決断を下せるわけではありません。
東京大学大学院の佐倉統教授はTEDでのスピーチで「ダウン症の出生前診断が両親にもたらすもの」について、こんな話をしています。
*****
私たちは、胎児の様子を知ることができる「知識」と、それを知った上で決断を下すことができる「力」があるということなのですが、知ることが本当に幸せなことなのでしょうか?
研究の結果、胎児がダウン症候群であると知った多くの妊婦やそのパートナーは、とても混乱することがわかりました。つまり、妊娠初期の段階で胎児の障害を両親に伝えると、彼らの混乱はその分長引くだけ……という結果が出ています。
「知識」のみならず、選択する「力」、ものごとを決定する「力」が必要なのです。
<「logmi」より抜粋>
*****

科学の進歩によってもたらされた出生前診断。「安易な中絶につながる」という批判は、それを使う人間の決定する力が伴っていないがために起きているのかもしれません。

(スタッフH)
(2014/9/23 UPDATE)
番組スタッフ
9月22日(月)代演:中川淳一郎 ●「個人情報」過保護社会への違和感

ベネッセコーポレーションの個人情報漏えい事件を受け、経済産業省は、経団連や日本商工会議所など経済5団体に対し、個人情報保護の徹底を図るよう文書で求めました。
文書では情報管理の担当役員を設置して管理体制を強化することや、セキュリティー専門の人材を置くなどが盛り込まれ、個人情報の提供先がはっきりしない場合や法令に違反する恐れがある場合には取引を自粛する等、情報を入手する際の管理も徹底するよう求めています。
個人情報保護法が成立して以降、世の中に蔓延している個人情報を過度に重視する風潮。ベネッセの個人情報漏えい事件以降、こういった風潮は加速しています。
これに違和感を示しているのが、ネットニュース編集者の中川淳一郎さん。
個人情報保護法が成立して以降、世の中に蔓延している個人情報を過度に重視する風潮。
こうした風潮によって生じている不利益を中川さんとともに考えます。


9月23日(火)●国債発行ゼロのドイツから日本が学ぶべきこと

2014年度に日本政府が発行する国債の総額は過去最高となる181.5兆円。政府が抱える莫大な借金が問題視されていますが、その日本と対極にあるのがドイツ。ドイツのショイブレ財務相は9日、来年には1969年以来初めて、新規の国債発行がゼロになる、との見通しを明らかにしました。
失業率が相対的に低く、経済も安定的な成長が続いているドイツでは、税収が過去最高水準に増加。同時に、低金利を背景に、債務返済コストは低下しています。
こうしたことから、新規の国債を発行することなく、賄える見通しに。
「新規の国債発行がゼロになる」との見通しを明らかにするなど、絶好調のドイツ経済。
2000年代は惨憺たる状況だったのがなぜ蘇ったのか?そこから日本は何を学べばいいのか?


9月24日(水)●女性起業家に向け補助金制度を創設? そこから浮き彫りになる懸念

安倍晋三首相は13日、東京都内で開かれたシンポジウムで、女性が経営する企業の事業拡大などを支援する補助金制度を創設する意向を明らかに。安倍政権が重視する「女性の活躍」促進の一環。
政府の男女共同参画推進本部は8月、女性の社会進出を目的に、対象を女性に限定した補助金制度の指針を作成しています。
男女でこの手のことで差をつけるのは、男性を差別することになるのではないか、との声もある中、事業の上手くいく・いかないかを、どう審査するのかという懸念も。
女性起業家向けの補助金制度創設の問題点を探るとともに、国が金銭的な支援をするのであれば、何をするべきなのか、考えます。


9月25日(木)●「モテたい」感情はどこへ?異性より自分が好きな若者たちの実態

日経産業地域研究所は5月30日〜6月1日、調査会社のマクロミルを通じ、全国の20〜35歳の未婚の男女に対してインターネット調査を実施。それによると、「生活のなかで異性にモテるかどうかを気にする」ことが多い人(「多い」と「まあ多い」の合計)は4割に満たない。過半数の若者たちが、モテ意識を持たない「脱モテ意識」層(以下、脱モテ派)となっているのです。
脱モテ派が「モテるかどうか意識しない」一番の理由は、男女ともに「異性の目より自分の気持ちが大事」だから。
なぜそこまで「異性よりも自分の気持ちを大事」にするのか?
若者たちの間で広がる脱モテ意識。その背景、周囲との食い違いを浮き彫りにします。
(2014/9/22 UPDATE)
番組スタッフ
新しいデバイス、OSのリリースに湧くAppleが先週、「iTunes」のユーザーを対象にアイルランドのロックバンド、U2の新アルバムの無料提供を大々的にスタートしました。
超大物ロックバンドの新作を無料配信…Appleは何と気前が良いのか、と思っていたのですが、配信から1週間。
「無料でも欲しくない!」という苦情が殺到したそうです。
これはデータ保存サービス「iCloud」を利用しているユーザーが、自動ダウンロード設定にしていると、希望しなくてもアルバムが配信されるようになっていたため。
U2に興味のない人にとっては、貴重なiCloudの要領を食いつぶされるだけに過ぎず、これに苛立ちを隠せなかったユーザーが多数いました。

Appleはユーザーが自分でU2のニューアルバムをダウンロードできる選択肢を与える代わりに、無断で配信する方法を取ったため、自動ダウンロードする設定にしていたユーザーは、いつの間にか同アルバムが加わっているという事態に。私の身内も「iTunesにいつの間にかU2が加わっている」と慌てていました。
苦情の殺到を受けてAppleはこのほど、この苦情を受けて、U2のアルバムを削除する方法を紹介し、「アルバム削除」のボタンも追加し、騒動の沈静化を図っています。

音楽に詳しくない私ですら、U2の名は知っています。世界的ロックバンドだということも理解しています。
しかし、多数派が好きなものを誰もが好きだとは限りません。
音楽とは人によって「趣味嗜好」は様々。優劣をつけるのも正解がなかったり、音楽をめぐって果てしない議論になったりもします。
その人の趣味嗜好を鑑みて、「娯楽」を与える。そして満足させる。
そんなことが出来る人は、この世にどのくらいいるのでしょうか。

臆病な私は映画一つ、外食一食にしても、失敗したくないので選択には慎重になります。観る、食べるという決断を下すときには信頼できるメディア、人の意見を賜ります。何より重視するのが「人」です。信頼する「人」が良いと言うなら選ぶに値します。

「娯楽」のみならず、選択肢がありすぎる現代社会。選択するという行為は意外と困難だったりします。
だからこそ、選択にあたって、決断のものさしとなるよりどころ、アドバイザーのような存在は何か一つはあった方が良いでしょう。
「決断」のきっかけとなる「助言」で十分なのです。

しかし、「助言」以上のことをしてくる人もいます。今回のAppleがそれです。
実際にものを与え、与えられた側がそれを受け入れるというのは、とても難しいもの。

先日、知人から本をもらう機会がありました。
私が読みそうな本だということで、いただいたのですが、正直なところ、数ページしか読んでいません。
オススメの本を能動的、受動的であれ聞くことはいくらでもできます。
しかし、おすすめだからと言って、その本を実際にもらうとなると中々読めません。再び会った時に、感想を言わなければ…と気負いもします。

iPhone、iPadを例に考えてみても、こういったデバイスは自分好みにカスタマイズできるところが良いのです。知らないアプリが自動配信されると考えると、ゾッとします。デフォルトのアプリですら、必要ないと思ってしまうのですから。

U2ファンにとって、今回の無料配信はとても喜ばしいものなのでしょう。
(中には、「購入する」という行為が「応援すること」だと考える、無料配信に否定的なファンもいるかもしれません)

私はAppleがやったことは、余計なお世話だと思います。

Appleはどうすべきだったのでしょうか?
ダウンロードする、しないの選択権を与えるにとどまっておくべきだったことは言うまでもありません。
では、U2で良かったのか?「若い世代はU2に興味がない」という声もあるようです。
U2とAppleの関係から考えると、U2で良かったのでしょう。
U2とApple社は、メンバーと故スティーブ・ジョブズと親交が深かったこともあり、2004年にパートナーシップ契約を締結。シングル『Vertigo』は同社のCMに起用されました。
しかし、それでも…繰り返しますが、みんなが好きだからと言って、誰もが好きになるとは限らないのです。

無料配信することでU2ファンの裾野が広がれば、それはU2にとっても、ファンにとっても嬉しいものでしょうが、今回の騒動を見ていると、U2が一番の被害者だったようにも思われます。

Appleのミスは、「ライブラリ」にAppleのセンスを押し付けてしまったことにあります。
想像してみて下さい。
普段使っているPCのよく使うフォルダの中に、突然、見たこともないファイルが入っていることを。
「ライブラリ」に知らないファイルがあるときのソワソワ感は異常です。
読んだ本を集めて整頓した本棚に、興味のない知らない本が交じっていると考えただけでも、気持ちが悪い。

私たちは実に様々な「ライブラリ」を有するようになりました。音楽、写真、動画、書類、電子書籍…。
ライブラリの中に所蔵するものが多いなら、ライブラリへの愛着も自然と高まります。
愛着ある「ライブラリ」が何者かによって侵害される。
これは恐怖以外の何ものでもないのです。

Appleはユーザーが所有する「ライブラリ」を軽視しすぎました。
多くの情報に囲まれた私たちは、これからもそれらを自分の好きなように取捨選択し、
好きなものだけを「ライブラリ」に貯蔵し、更新を繰り返して、愛着のある「ライブラリ」へと育んでいくのです。

自分の好きなものだけに囲まれる…そんな理想は“小さい世界”であれば、もはや簡単に叶ってしまいます。
自分の好きなものばかりがある世界に、ふいに知らないものがやってくる。
それを許容するか、煩わしいと思うか。
この判断の違いが、今後、重要になってくるのかもしれません。

自分の好きなものだけを見がちになる、ネットの世界。
これからもその動きは加速していくことでしょう。
しかし、それはもしかしたら、自分の思考と嗜好の狭まりにつながりかねないのかもしれない…。そう思ったりもします。

自分の知らない世界を許容することでできる人はきっと行動力に溢れ、新たな見聞を得ることができます。好きなものだけを選ぶことができる現代社会に重要視されるのは、そんな寛容さなのかもしれません。

私は興味のないものを煩わしいと思ってしまうタイプの人間です。
この際、無料配信されるU2をダウンロードしてみようかなと思いました。


スタッフ・坂本
(2014/9/18 UPDATE)
番組スタッフ
飲食店などでたまに、従業員に対して信じられないような横柄な態度を取っている人をみかけることがありますが、そんな時でも、従業員は必ず丁寧に接しています。
客に対して従業員がキレるなどという場面を私は実際に見たことはありませんが、ここ最近、客と従業員のトラブル動画が世間を賑わせています。

先週、コンビニの店長らとトラブルになり、脅迫して土下座させた一部始終を、Youtubeに投稿した人物が逮捕されるという騒動がありました。合計4人の逮捕者を出したこの事件は、呆れるしかないような出来事ですが、その後すぐ、またしてもコンビニで店員にいいがかりをつけている動画がYoutubeに投稿され、波紋を広げています。
この動画の投稿者は小学生と思しき人物で、長いストローをもらおうとしたが、10円募金しないとあげられない決まりだと断られ、トラブルとなったようです。

内容は、接客する女性店員に対し「なにが「は?」やねん。もう1ぺん言うてみい」「そういう口の利き方しろ言われてんの?その上に」などと言いがかりをつけ、それに対し、怒った女性店員が「なにを脅しとんねん」などと応戦しているというもの。
こちらは脅迫するといった行為はなく、刑事事件には発展していないようです。

このような態度を取る客というのは、従業員は客に対してへりくだるのが当然だとの思いがあり、だから自分の思い通りに相手が対応しなかった時、腹を立てるのでしょう。
そして、自分がキレても従業員が手を出して来ることはないとわかっているので、好き放題暴言を吐く。

この小学生と思しき客に対応した女性店員を擁護する声は多いようですが、やや感情的に応じたためなのか、女性店員に対する非難の声というのも上がっています。
先述した、逮捕者を出した方の騒動でも、元々は無理な要求をきっぱり断ったことがトラブルの原因のようですが、その対応についても「店員として取ってはいけない態度」や「我慢するべき」といった批判的な意見がありました。

度を越した態度で迫ってくる客に対して丁寧に接し続けるというのは、仕事とはいえ辛いものです。従業員であれば、よほどのことがない限り我慢しなければいけないものなのでしょうか。


10年以上前の話ですが、以前私は某野球場でアルバイトをしていたことがあります。野球場といえば個性的なファンの人たちがたくさんいます。理不尽な要求は日常茶飯事です。
ただ、ルールを守らない客に対しては、毅然とした態度で接するよう末端の係員まで指導されていました。
グラウンドへ入ろうとフェンスに飛び移ったりしようものなら(なかなかやる人はいませんが)、屈強な社員と警備員に連れられて球場の外に出されるのですが、その時、それを見ていた一部の客から、「暴力を振るうな」「客に何やってんだよ」と言った野次が飛びます。
球場側として当然の対応をしているだけでそのような罵声を浴びるのです。今回の一連のコンビニ騒動の、店員に対して批判している人たちの声を聞き、そのことを思い出しました。

その某野球場の社員が、アルバイトを集めて言った言葉があります。

「迷惑な客に対して毅然とした態度を示さないということは、他のお客さんに対するサービスを怠っているのと同じことだ」

客という立場を利用して傲慢な振る舞いをする人に対しては、それなりの態度を示して欲しいもの。
そしてそのような態度を取る店員に対して、世間の目がもう少し寛容にならなければ、正しいことをしたはずの店員さんも、何ともやりきれない気持ちになるのではないでしょうか。

(スタッフ:武市)
(2014/9/17 UPDATE)
番組スタッフ
原作に熱狂的なファンがいればいるほど、映画化したときに盛大に叩かれる。これは原作がある映画の宿命です。
しかし、『ホットロード』はこの宿命から逃れ、なぜか好意的に受け止められているようです。

『ホットロード』は、1986年から87年にかけて別冊マーガレットに連載され、一世を風靡した紡木たくさんの少女マンガの映画化。
ストーリーはいたってシンプルで、能年玲奈演じる家庭に深刻な問題を抱える中学2年生の少女「宮市和希」と、登坂広臣(三代目J Soul Brothers)演じる暴走族に所属する少年「春山洋志」の純愛が描かれる、というもの。

主人公の相手役が暴走族のメンバー(後にヘッドに昇格)という時代遅れ感、予告編にもあった「あいつすげー綺麗なんだよ、中身が」に代表されるセリフの古臭さから、大コケの予感がしていたのですが、蓋を開けてみたら興行収入20億円突破の大ヒット。今年公開された恋愛映画で初めて20億円を突破しています。

<能年玲奈主演『ホットロード』、興収20億円突破し今年の恋愛映画No.1に>

大ヒットしていることにも驚きますが、それ以上に驚くのがこの映画を観た原作ファンの反応。

「すごく原作に忠実だった 原作で泣いたところで泣いた」
「原作を大事に忠実に作られていて感動した」
「原作に忠実でセリフから何から手を加えられていなかったのが嬉しかった」

“原作に忠実”な映画化がされたことに対する喜びが強めに伝わってくるものばかりです。

こうした感想の真偽を確かめるため、昔読んだ原作を読み返してから映画を観たところ、確かに原作に忠実。というよりも、あまりにも忠実すぎて、わたしには映画としての存在意義を見つけることができませんでした。

忠実さの一例として分かりやすいのがセリフ。下記のサイトにまとめられている名ゼリフはほぼすべて原作どおり。
<大ヒット公開中! 『ホットロード』の神セリフに何度でも泣く。【前編】>
<大ヒット公開中! 『ホットロード』の神セリフに何度でも泣く。 【後編】>

代表的なセリフを比較してみましたが、ほぼ原作のままです。
*****
映画「だってあいつ……すげーキレイなんだもんよ、中身が」
原作「だって あいつすげーキレーなんだもんよ中身が」

映画「俺がいなきゃ何にもできねーような女んなんな。俺のことなんか、いつでも捨てれる女んなれ。そんでも俺が……追っかけてくよーな女になれ」
原作「オレがいなきゃなんにもできねー女んなるな 俺のことなんかいつでも捨てれる女んなれ そんでも俺が追っかけてくよーな女になれ」

映画「おばさん。こいつのこと嫌いなの? もしそーなら……俺がもらってっちゃうよ」
原作「おばさん こいつのこときらいなの?もし そーなら オレがもらってっちゃうよ」
*****

もちろん忠実なのはセリフだけでなく、エピソードも。全4巻の原作にあるエピソードから削られたのはごくわずか。オリジナルの要素は見当たりませんでした。

原作に忠実にすれば、高い確率で原作ファンを納得させることはできます。でも、それが映画として面白いかといえばそうでもなく、むしろ退屈なものです。
退屈な『ホットロード』の対極にあるのが、今年5月に公開された、トム・クルーズ主演のSF映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」。
この映画は後半、原作とは全く異なる展開を見せ、オチも映画独自のもの。これが一部の原作ファンから酷評されました。理由は、オリジナル要素からハリウッド的ご都合主義が透けて見えたためだと言われています。

一部の原作ファンから酷評された、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」。
わたしは正直、面白いと思いましたし、評価もしています。なぜかというと、オリジナルの要素に無理がなく、ハリウッド映画として上手く昇華されていると感じたからです。いわば、原作をよく理解したうえで壊した好例。
「寄生獣」、「海月姫」、「バクマン」、「アイアムアヒーロー」、、、これから来年にかけて原作に熱狂的ファンを持つ映画の公開が控えています。
これらのうち原作をよく理解したうえで壊す作品は出てくるのでしょうか。楽しみでもあり、怖くもあります。

(スタッフH)
(2014/9/16 UPDATE)
番組スタッフ
9月15日(月) 代演:小田嶋隆(コラムニスト) ●若者の願望を投影?「ぼっち系マンガ」が増えるわけ

今、ひとりぼっちや友達がいないことをタイトルにうたうマンガが増えているといいます。
『ひとりぼっちの地球侵略』、『ぼっちマン』、『ナイトぼっち』、『湯神くんには友達がいない』、『ぼっちな僕らの恋愛事情』、『ヤンキーとヤンデレの彼らには友だちがいない』などなど。
「ぼっち系」と言われるこれらの大半は学園マンガで、中高生など若者の読者を意識しているようです。
今、増えているという「ぼっち系マンガ」。若者のどんな心境を反映しているのでしょうか?
少年マンガの王道である友情と努力で成功をつかむこと。これが通用しない世代が出てきていることのあらわれなのでしょうか?
『ひとりぼっちの地球侵略』を連載している小学館のマンガ誌「ゲッサン」の編集長、市原武法さんをスタジオにお迎えし、若者の“ぼっち”に対する捉え方の変化を考えます。


9月16日(火) ●不透明な終身雇用。どこで働く?定年までとそれからのライフプラン。

終身雇用、定期昇給が不透明になってきた昨今。どのように定年や会社人・働き手としての終盤戦を迎えるかを考えたことはありますか?そして、その先は?
もしかしたら、60歳からの時間の方が長いかもしれません。
定年までの時間、そして、その先をどのように過ごすか。もちろん、定年まで1つの場所でやり遂げるのも良い人生。しかし、、、。
定年直前58歳で東京でのサラリーマン生活を捨て、八ヶ岳で生ハム工房を始めた加藤公貞さんに退職、起業までの経緯を伺い、私たちの“この先の働き方”を考えます。


9月17日(水) ●「地方消滅論」に対する警告

地方から大都市への人口流出が現在のペースで続けば、2040年には全国の半数の896市区町村が消滅する可能性がある。「日本創成会議」が今年5月に公表した推計に、多くの自治体が危機感を強めています。
それと同時に、第2次安倍改造内閣では「地方創生担当大臣」を新設。さらに、近く「まち・ひと・しごと創生本部」の初めての会合を開き、人口減少や地方都市の衰退などの克服に向けた取り組みを本格化させる方針です。
話題となっている「地方消滅論」に問題はないのか。「地方消滅論」に呼応して活発になる政府の動きにはどんな背景があるのか。
「地方消滅論」の問題点を指摘するとともに、地域経済の衰退を食い止めるための方策を探ります。


9月18日(木) ●地方国公立大学に襲いかかる「2018年問題」の危機

各メディアで大きな衝撃をもって報じられた大手予備校・代々木ゼミナールの校舎を7割強閉鎖するというニュース。
進む少子化、現役合格思考、増えすぎた大学…。この報せが意味するところは様々です。
そんななか、大学関係者の間で「2018年問題」という言葉が語られています。
近年横ばい状態にあった18歳の人口が、この年あたりから再び大きく減り始めることから、「倒産する大学が相次ぐ」との懸念が広がっているようです。
大学数が過剰になっていくなかで、選ばれる大学になるためにこれから大学は何をすべきか。2018年問題に直面する大学が生き残る道を探ります。
(2014/9/15 UPDATE)
番組スタッフ
ネットで忌み嫌われてしまう「バカをやらかした者」。
SNSでデマを拡散する者、犯罪自慢する者などがそれにあたります。

「バカをやらかした者」の“バカ”が犯罪の領域に達していたと思われる場合、執拗に叩かれます。
ネットで「バカをやらかした者」に与えられるのは、個人情報をあっという間に暴き出される「晒し」という罰、明らかになった個人情報をもとに学校や会社などの所属先に、外野が当事者面して事の真意を確かめる「電凸」という更なる罰。
それらの罰は「バカをやらかした者」を容赦なく追い詰めます。

今週もありました。
某コンビニの店長とそのオーナーに言いかがりをつけ、挙げ句、土下座させるという一部始終を録画し、YouTubeにアップした“いい年をした大人”が恐喝の容疑で逮捕されたのです。

逮捕にいたった経緯は、もはや説明するまでもないでしょう。
YouTube動画を発見した者、動画を拡散させる者、投稿主の素性を暴く者、投稿主のSNSアカウントに「お前、バカをやらかしたな」と指摘する者、コンビニに詳細を確認する者たちが織りなす騒動の中で、「バカをやらかした」投稿主本人がネットに「恐怖」を感じ、出頭したそうです。

それはそれは、「恐怖」でしょう。
執拗に罰を与える者たちの姿や属性は全く見えず、さらには鉄壁の安全圏から下される裁きのため、反撃しようとしても全く届かないのですから。

罰や裁きを与える者が、特別な正義感に満ち満ちて「バカをやらかした者」を追い詰めているかと言えばそうでもありません。
「正義ぶった何か」とでも言いましょうか。
そんな「正義ぶった何か」が、攻撃した相手の逮捕、出頭のニュースを受けて寄せる声が「また勝ってしまった」です。

確かに、「バカをやらかした者」が追い詰められる様子は、ある種の爽快感があったりします。
しかし、「また勝ってしまった。敗北が知りたい」と口にする「正義ぶった何か」は決まって多数。“負かされる人”は、個人であったり、一企業であったり“少数”です。
多数で少数を屈服させて、当事者でもないのに「また勝ってしまった。敗北が知りたい」と勝利宣言するのです。
当事者ならまだ理解できますが、あまりにも空虚です。

「バカをやらかした者」=「罰を受ける対象となった者」は特に深く考えることもなく、日常風景をアップするような気持ちで、犯罪自慢をしてしまっています。
そんな彼らに予期せずやってくる「正義ぶった何か」。
「罰を受ける対象となった者」は、「正義ぶった何か」が下す「罰」に耐えられず、問題の投稿を削除するだけでなく、アカウントを閉鎖するという防衛手段に出ます。
中には自身の行為は全く正当であると主張し、アカウントを閉鎖することなどせず、姿の見えない「正義ぶった何か」と徹底的に争う構えを見せる「罰を受ける対象となった者」もいます。

しかし、「正義ぶった何か」に勝てるわけがないのです。
「実体」がないのですから。

漫画やアニメではしばしば「実体を持たない敵」が登場します。決まって強敵として。
主人公の攻撃は一切通用しませんが、実体を持たない強敵の攻撃は届き、主人公が一方的にやられてしまうというバトル漫画の常套手段です。
しかし、その常套手段には、実体を持たない強敵は必ず「弱点」を持っており、結果、主人公がそれを見つけて勝利するという続きがあります。

たぶん、「正義ぶった何か」はそれよりタチが悪い。
「弱点」などないからです。

小さな声の寄せ集めによる攻撃は、いずれも安全圏からで、何もリスクを犯していない。
いくら攻撃しようと思っても、全員を攻撃することなどできず、「正義ぶった何か」の攻撃は「バカをやらかした者」本人だけでなく、その所属先にまで及んでいく…。

誰がこんなものに勝利できるでしょうか。私ならダメージの少ないうちに逃げます。

そもそも、実害を被ってもいないのに「正義ぶった何か」は、何のために「バカをやらかした者」を追い詰めるのか。

それは「暇つぶし」です。

「ネットのバカを毎日観察して報告するという暇つぶし」
「報告に上がってきたバカの素性を暴く暇つぶし」
「何となく見ていて気持ちがいいから見ている暇つぶし」
「電凸してみる暇つぶし」…

つまり、「正義ぶった何か」とは「暇つぶし」の集合体なのです。
一つ一つの「暇つぶし」に反撃してもきりがない。信念などないただの「暇つぶし」だから、論破できない。リスクを犯さない「暇つぶし」だから、実体がつかめない。

当事者でもないのに…、特別な信念などないのに…、「暇つぶし」のクセに…、「また勝ってしまった」という勝利宣言。
空虚な「暇つぶし」の集合体に傷つけられてしまう、「バカをやらかした者」のその後の人生に少しだけ同情します。

スタッフ:坂本
(2014/9/11 UPDATE)
番組スタッフ
お笑いタレントの加藤浩次さんの、大学を卒業した高学歴芸人に対しての発言が物議を醸しています。
それは、6日に放送された「極楽加藤・よゐこ有野のオレたちゴチャ・まぜっ!〜集まれヤンヤン〜」(MBSラジオ)でのこと。

牴弾9声,ラジオ番組で大学を卒業して芸人になる人々に対して疑問を呈す

ココリコの遠藤章造さん、よゐこの有野晋哉さんと、贅沢とはほど遠い子供の頃の食生活について語り合っていた加藤さんは、「そんなところで育ってきてるから、俺ら芸人になってるみたいなところあるじゃん」。続けて「すごくいい家で、ちゃんと四大卒業してる芸人さんとかいるでしょ? 否定してるわけじゃないんだよ。なんでなるんだろうと思うんだよ」と発言。
有野さんは「もっとええとこで働けるのに」、遠藤さんも「あえてね、一発勝負の世界入ってこなくても」と同意。
さらに有野さんが、ある番組でタレントのヒロミさんが、オリエンタルラジオの中田敦彦さん(慶応大卒)に「お前みたいなのが芸人になったから、なんかおかしくなってきてんだよ! ダメだよ大卒が来たら。高卒がやるもんだよこれは」と言ったというエピソードを披露。

私はこの放送を聴いていましたが、実際に聴くと加藤さんに悪意がないことがわかりますが、このやり取りがネットニュースで取り上げられたため、記事だけを見た人は、加藤さんが大卒芸人を本気で批判したのだと思ったのかもしれません。「大卒芸人を批判するんじゃない」といった趣旨の怒りのコメントがたくさん寄せられました。

加藤さんは本気で怒っていたわけではないようですが、本気で不思議がってはいたようです。そこには、「まったく芽が出なかったら、せっかく良い大学を出たのに人生もったいない」という思いがあるのかもしれません。

芸人やタレントなどは、人と違ったところがあるとそれだけで、本業の実力がいまいちであっても、おもしろがって取り上げてもらえることがあります。
芸人でいうと、高学歴、ハーフ、双子、男女、イケメン、有名人の子供、元大企業のサラリーマンなど、もうパターンは出尽くしてしまったのではないかと思うほど、異色の経歴や特徴の人で溢れています。
そしてこうした人たちの中には、「なんで芸人に?」と疑問を持たれてしまう人は確かにいます。

私はたまに、お笑いのネタ番組の「ネタ見せオーデション」(基本売れていない人たちが来る)に審査員の一人として参加することがあるのですが、この時によくあるのが、ディレクターやプロデューサーが、ネタへの駄目出しはそっちのけで、やらた特技や経歴を聞きたがること。
実に個性的な人たちがたくさん来るわけですが、ある時、コンビの片方の芸人さんが元高校球児で、甲子園で準優勝したという経歴だったことがありました。
昔からの夢だったという芸人になるため、高校を卒業してすぐにお笑いの養成所に入ったという彼に対し、あるディレクターが、「もったいない」「なんでプロに挑戦しなかったの」「お笑いのほうが向いてると思った?」などとしきりに訊ね、困惑させていました。

また別の番組のオーディションでは、元大手企業のエリートサラリーマンというピンの芸人さんが来たのですが、ある大御所の放送作家が「でもさ、東大卒で元マッキインゼーってのがいるからね。君ぐらいの経歴じゃ今はちょっとねぇ。エリートコース捨てちゃって、もったいないことしたよねぇ」と、冗談っぽくではなく、ネチネチ絡むように言っていました。

人も羨むようなキャリアを捨てて他の道に進んだ人に対し、なぜ「もったいない」と無責任に言い放つことができるのかわかりません。
加藤さんの発言に対し「同感。親が聞いたら泣くぞ。普通に就職しろよ」といった意見もありましたが、結果も出ていないのに、その決断が「もったいない」ことなのかどうかは誰にもわかりません。
学歴でもスポーツの実績でも、驚くような経歴の持ち主が芸人となり、成功することを願ってやみません。
もちろん、そこだけが注目されるのではなく、「面白い」芸人として……。

(スタッフ:武市)
(2014/9/10 UPDATE)
番組スタッフ
「鼻からスイカが出てくるぐらい」と例えられるほどの激痛を伴う、出産の痛み。
その痛みを、麻酔を使うことによってやわらげるのが「無痛分娩」ですが、この“無痛分娩の是非”をめぐってネットで今、静かな議論が巻き起こっています。

議論のきっかけとなったのは、毎日新聞のこちらの記事。
<勝間和代のクロストーク:feat.瀧波ユカリ/140 無痛分娩、日本も主流に>

記事のポイントは下記の二点で、、、
・日本は「自然な出産の方がいい」という意見が多いせいか、欧米に比べると無痛分娩比率が低い。アメリカやフランスは出産の6割が無痛分娩だが、日本では5%程度。
・そこで、「無痛分娩を日本でも分娩の主流にし、産婦の精神的な負担を軽くし、結果的に少子化の歯止めに貢献すること」を提案。

この記事を、この記事に掲載されている4コマ漫画を描いたマンガ家の瀧波ユカリさんがTwitterで告知。するとTwitter上で議論が意外な盛り上がりをみせ、以下のような強烈なタイトルのまとめまでできています。

<【無痛分娩ダメ?】出産で痛みを伴ってこそ子への愛情が湧く、と考える男性には肛門拡張&部分切開してみてほしい>

まとめを見る限りでは無痛分娩賛成派が多いものの、「ある程度の痛みを伴ってこそ我が子への愛情が湧くというもの」という反対派の意見も。
昔よく聞かれた「痛みを伴ってこそ子供に対する愛情も深まる」という幻想をいまだに信じ込み、それを他人に押し付ける不届き者がいることにわたしは正直、気味の悪さを感じました。

ただ現実を見てみると反対派はそれほど少なくないようで、今年6月、マイナビニュースが会員300名(男性107名 女性193名)に「無痛分娩での出産、賛成ですか、反対ですか」と聞いたところ、賛成は83.0%(249名)、反対は17.0%(51名)。
しかも反対派の多くは男性で、まとめに寄せられた意見と同様の「痛みを伴ってこそ子供に対する愛情も深まると思う」「母親としての自覚を持つには痛みにも意味があると思う」といった意見が寄せられていたようです。

絶対に出産の痛みを味わうことのない男性が主に抱いている、「痛みを伴ってこそ子供に対する愛情も深まる」という幻想。いまだに信じられているのはどうしてなのでしょうか。
おそらく根底にあるのは日本人が大好きな「根性論」。「部活で水を飲むな」に代表される、「強い精神力があれば、何事も成し遂げられるとする考え方」のことで、何の根拠もないこちらも幻想です。
この根性論信仰を下敷きに、楽をする手段があったとしてもそれを選ばず、あえて苦しい道を選ぶことを美徳と思い込む。
こうした日本人気質の根強さのあらわれなのでしょう。あぁくだらない。

先日、自然分娩で痛みを伴う出産をした知人に、無痛分娩反対派の幻想「痛みを伴ってこそ子供に対する愛情も深まる」を教えたところ、こんな意見が返ってきました。
*****
痛みがあろうがなかろうが、子供への愛情が深まる人は深まるし、深まらない人は深まらないのでは。
今は人並みに愛情が深まっているとは思うが、それが痛みのおかげとはまったく思わない。それにあんなに痛いのはもう御免だし、もし2度目があるのなら絶対に無痛分娩で産みたい。
当たり前かもしれないが、愛情は産むという行為ではなく、産んだあと育てている過程で少しずつ育まれるものだと思う。
*****

「出産=しんどい」というイメージを変える可能性を秘めている無痛分娩。それが幻想信仰者の圧力によって普及しないのは、あまりにももったいないこと。
幻想信仰者の圧力に負けず、わずか5%という利用者が今後、少しずつでも増えていってほしいものです。

(スタッフH)
(2014/9/9 UPDATE)
番組スタッフ
9月8日(月)代演:浜田敬子(「AERA」編集長)▼ブラック企業、少子化、女性の社会進出…すべては「男性学」が解決してくれる!?

安倍政権、内閣改造でも盛り込まれた「女性の社会進出」。そして「ブラック企業対策」。
こういった問題をある学問の視点が解決に導くのではないか、と言われます。
その学問とは「男性学」。
「男性学」とは、簡単に言うと、“男性が男性だから抱えてしまう問題”を扱う学問です。例えば、「働き過ぎ」はその典型。過労死や過労自殺などが大きな社会問題になっています。
男性学を研究する武蔵大学社会学部社会学科の田中俊之助教をお迎えして、男が働くということ、男性学とは何か。それを取り入れることで何が変わるのか考えます。


9月9日(火)代演:駒崎弘樹氏●導入は現実的か?週4日労働によって被る恩恵

アメリカで週4日労働の方が、週5日労働よりも効率が良いという認識が広がりつつあります。
American Journal of Epidemiologyの研究によると、週に55時間働いた人は、週40時間しか働かなかった人に比べて知的作業の効率が下がってしまうことがわかりました。
また、Googleのラリー・ペイジCEOは、自社で実行していないものの「週4日労働制」を推奨。
さらに、いくつかの企業では週4日労働制を取り入れたところ、会社が急成長する一因となったとのこと。
週4日労働など、夢のまた夢のような話にも思えるが、何をどうすれば導入にいたれるのか。
働く時間を減らすことで得られる最大の恩恵とは何かをNPO法人フローレンス代表理事・駒崎弘樹氏とともに考えます。


9月10日(水)●イスラム国の何が若者を惹きつけるのか

イラクで支配地域を広げるイスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」。
インターネットを駆使してアラブ諸国や欧米の若者らを戦闘員として勧誘し、その結果、イスラム国に引き寄せられる若者たちが増えているといいます。
アメリカ紙報道や各国政府などによると、イラク、シリア両国での過激活動に参加するため渡航した人物は、国籍別でアメリカ300人以上、イギリスが約500人、フランス約900人、ドイツ約400人に上ります。
欧米の多くの若者を惹きつける、イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」。
一体何が若者を惹きつけるのか?
イスラム国のルーツを紐解き、その理由を探ります。


9月11日(木)代演:内山節●なぜ今なのか?「ぼのぼの」を求める時代の空気

1986年から連載が続いている4コマギャグマンガ「ぼのぼの」の人気が再燃しています。
主人公のぼのぼのと、その仲間たちがくり広げるシュールで独特の世界観がここ数年、話題を集めてブレイク。LINEのスタンプが登場したことなどにより、10代、20代の若者にも“ぼのぼの”ブームが急速に広がっています。
今回のブームではグッズが売れているだけでなく、関連書籍も好調。
2012年に発売された「ぼのぼの名言集」は現在6刷。「ぼのぼの」では「できたことができなくなるとき」「家族ってなんだろう」といった“哲学的”なテーマが取り上げられ、そこでキャラクターが投げかける鋭いセリフが読者の心をつかんでいるようです。
人気が再燃している4コマギャグマンガ「ぼのぼの」。
1986年から連載が続くこのマンガが、今なぜ人々の心をつかんだのか、考察します。
(2014/9/8 UPDATE)
番組スタッフ
何が観たいわけでもないけど、何となくテレビをつけるように、何となくYahoo!のトップ画面を開いてしまうことがあります。
昨夜、Yahoo!のトップに『韓国アイドル 在日女性も重体』というタイトルのニュースがありました。記事内容は韓国の5人組アイドル「LADIES' CODE」が交通事故に会い、メンバー1人が死亡。在日韓国人のリセさんも重体というもの。
そのFacebookコメント欄に見られたのが、「いちいち記事にすることか」という声。以下、その抜粋です。

●なんで日本でニュースになるのかわからない。で、誰?
●これyahooJAPANのニュースで取り上げるほどのこと?そもそもこいつ誰?
●このnewsはそんなに注目度が高いnewsなのかな???俺は全然知らない人やけど


私はコメント欄で「いちいち記事にすることか」という、わざわざ言わなくても良いことを言うことに嫌悪感を覚えます。
ニュースの価値が低いと思わせる一因に、情けない話ですが、「韓国」というキーワードが引っかかっていることもありえます。
私もこのアイドルのことは全く知りません。ましてや韓流にハマったことなど一度もない。
痛ましい事故だ…。その程度の感想しか言うことができません。
それでもこのニュースが「Yahoo!のトップにふさわしくない」とは思えません。

PCのインターネットブラウザを起動すると、Yahoo!のトップサイトをホームにしているという人は、意外とたくさんいます。
私の両親なんかがそうです。Yahoo!のトップにアクセスして、気になるニュースをチェックしていたりします。
老若男女問わず好まれる比較的、間口の広いYahoo!のトップサイト。だからこそ、そこに並ぶニュースのバリエーションは、エンタメから政治経済まで「何でもある」のが良いのではないでしょうか。

Yahoo!ニュースのコメント欄は荒れることでも有名でした。差別的で不快なコメントが多く寄せられることなど珍しくはなく、そういった背景もあってか、Yahoo!オリジナルのコメント蘭には非表示機能が付きました。
「いちいち記事にすることか」という声は韓国に関するニュースのみならず、芸能人がブログで発言した内容を紹介する記事のコメント欄にも見られます。

「いちいち記事にすることか」という声の裏には、質の高い、硬派なニュースだけを求めるんだという渇望があると考えることもできます。
何が必要な情報かを見極めることができるという自負すらうかがえます。
そんな情報リテラシーが高い情報強者の皆さんが「いちいち記事にすることか!!」と怒っているのでしょう。

冒頭で紹介した韓国人アイドルの交通事故のニュースに対するコメントとして、次のようなものもありました。

●もちろん人命は第一だけど、Yahooのニュース欄に載せることか?せめて改造内閣の事を載せろよ。

昨夜のことですので内閣改造の事が載っていない訳がありません。『首相「実行実現内閣」と命名』というタイトルできちんとトップにありました。

Yahoo!のニュースにどのようなものがあれば、「情強(と思われる)」ユーザーは満足するのでしょうか。
ニュース閲覧、情報収集はYahoo!ニュース一択という人ならば、「Yahoo!のトップにふさわしくない」と言うのもわかります。何万歩も譲ってはいますが。

今や、ニュースを瞬時に閲覧する手段はYahoo!だけではありません。ネットニュース業界的にみると、Yahoo!ニュースはベテランの域にいます。
「いちいち記事にすることか?」「Yahoo!のトップにすることか?」と言うからには、相当、ネットニュース界のベテラン、Yahoo!ニュース様を崇拝しているのでしょう。
新参者のニュースアプリやキュレーションサイトの勢いは誰もが知るところで、今や自分が興味あるカテゴリーの情報を得られるようにカスタマイズすることなんて当たり前。
Yahoo!のトップニュースは言うまでもなく、カスタマイズ不可能です。


「いちいち記事にすることか?」「Yahoo!のトップにすることか?」と、(時には実名をさらして)宣うことは、自分が欲しいものを取捨選択できる術を知らないことを大々的にアピールしているだけ。
必要な情報を取捨選択できると意気揚々にコメントしているであろう「情強」の肩書きが泣きます。

もし「いちいち記事にすることか」と思うような情報を閲覧させられることが時間のムダだと思うならば、余所へ行くべきです。静かに。
そして、気付くべきです。キュレーションされたニュースが並ぶ場において、「いちいち記事にすることか」という情強風味のコメントをすることが、自身の情報収集方法がいかに受動的かをアピールしているに過ぎないのだと。


「いちいち記事にすることか」、言い換えると「私が欲しいニュースじゃない!」。
タダで与えられたものが、自分が欲しかったものと違っていると、駄々っ子のように言わなくても良いことを、名前を晒してまで叫ぶことにあまり意味はない。
黙ってスルーしておけば、余計な恥を欠かなくても済むもの。
場所によっては“何でもある”から良いのです。しかし、何でもある中から、何が必要かを静かに選択しなければいけません。

先日、東浩紀氏の『弱いつながり 検索ワードを探す旅』という本を読みました。グーグルの予測変換をいかに裏切り、自らの手で新たな検索ワードを見つけるかが、本書のテーマ。
期せずして触れた「情報のノイズ」を、新たな見聞を広げる糧にすることの重要性を説いています。
「いちいち記事にすることか」と思えるような情報のノイズを許容できるか、できないか。おそらくそのキャパシティが今後、必要となってくるのでしょう。

ネットの海に、無限に浮かんでいる情報。それらを選別してくれるキュレーションサイトも登場しました。
しかし、それでもまだ情報は多すぎる。情報はもはや自分で取捨選択する時代です。
価値あるニュースが何なのか、ユーザーは自分で判断して、自分で選ぶしかないのです。


スタッフ:坂本
(2014/9/4 UPDATE)
番組スタッフ
先々週のコラムで、夏の甲子園大会開催中に「おにぎりを2万個握った」ことで話題となった女子マネージャーについて書きましたが、大会も終わり、来年はこんなつまらない議論は起こらないでもらいたいものだと思っていたところ、来年どころか、さっそく物議を醸す出来事が、高校野球界で起こりました。

第59回全国高等学校軟式野球選手権大会(8月25日〜31日)の準決勝、崇徳高校(広島)vs中京高校(岐阜)の試合が、3度のサスペンテッド(一時停止試合)を経て、4日間にも及び、延長50回でようやく決着がついたのです。

「ギネスもの」軟式高校野球で延長50回 優先すべきは「高校生の夢」か「健康管理」か

両校とも1人の投手が投げ切り、球数は、中京の松井投手が709球、崇徳の石岡投手は689球と驚異的な数ですが、勝利した中京の松井投手は決勝戦でもリリーフで登板し、大会通算1047球を投げたのです。

甲子園大会では度々話題となる「投げ過ぎ」の問題。
硬式球は硬くて重いため、軟式球と比べると体にかかる負担の度合いが違うようなのですが、だとしても、1000球以上を投げたことによる体へのダメージは相当なものではないかと想像できます。

この試合は各メディアで取り上げられるなど、軟式高校野球としては異例の扱いで注目を集め、当然のように賛否の声が飛び交ったのですが、その中で私が気になったのは「残酷ショー」というワードでした。

教育評論家の尾木ママこと尾木直樹さんはブログで「選手の健康、安全への冒涜」「残酷ショーさせた高野連に緊急見解を求めます」などと怒りの声を上げています。

そしてもうひとつ、物議を醸しているエントリーが燹峪長鵐轡隋次廚箸靴討旅盥嗣邉絖
ライターの松谷創一郎さんは、「残酷ショー(リアリティショー)」としての高校野球を、既存の小説やマンガを例に出して、こう分析しています。
++++++
こうしたリアリティショーは、小説やマンガ、そして映画ではたびたび批判的に描写されています。たとえば、手塚治虫『火の鳥 生命編』(1980年)、スティーブン・キングの小説『死のロングウォーク』(1979)や『バトルランナー』(1982年)、キングの影響を受けた高見広春の小説『バトル・ロワイアル』(1999年)に、アメリカ版『バトル・ロワイアル』とも言われたスーザン・コリンズの小説『ハンガー・ゲーム』シリーズ(2008年〜)、そして、ジム・キャリー主演の映画『トゥルーマン・ショー』(1998年)などがあります。これらの小説には映画化されている作品もあるので、知っている方も多いでしょう。
これらの作品では、おしなべてリアリティショーを楽しむ視聴者に対してアイロニカルな視線が投げかけられています。登場する視聴者は、残酷ショーの参加者たちの必死な状況を安全な場所から観て、勝手に感動して楽しんでいます。そのとき、視聴者の感動のために、参加者が殺し合いをさせられていることについては、顧みられることはありません。無責任なのです。
私が高校野球から連想してしまうのは、やはりこれらの作品で描かれるゲームの参加者と無責任な視聴者の関係です。
++++++

この記事の中で上げている作品は残酷な内容のものばかりで、中にはお互いに殺しあうものや、罰として誰かに殺されるというものもあります。
そしてこれらの作品のほとんどは、強制的に参加させられて、やりたくもないのにやらされてしまう人たちが描かれています。
殺し合いという「残酷ショー」を無理やり演じさせられる人々と高校野球を重ね合わせているわけですが、この意見を球児たちが聞くとどう思うのでしょうか。

ツイッター上には、この「残酷ショー」という言葉を使って高校野球の在り方を批判する声が多くありました。
その人たちも、松谷さんや尾木さんと同様、球児たちの体のことを心配している点は同じで、そこは私も大いに賛同するところですが、そこに見世物的なニュアンスが含まれていることが気になります。

以前、元高校球児だったタレントと話していた時、高校野球の狹蠅欧垢瓩量簑蠅砲弔い董嵎未縫廛蹐砲覆蹐Δ隼廚辰討燭錣韻犬磴覆いら、少しくらい故障しても別にいいと思ってました。高校で野球やめるんだから、できるだけ投げたいと思ってやってましたね」と話していました。
もちろん、本人が望んでいようがいまいが、大人が選手の健康上の問題を配慮することは必要なことだと思います。ただ、「これは残酷なショーだ」と被害者意識を持ちながらやっている選手は、あまりいないのではないでしょうか。

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狠羌・松井、通算1047球“怪物”V

1000球以上を1週間で投げるというのは大変なことですし、選手たちの体のことを考えれば、試合の制度を変えるなどの措置が必要ではないかと思います。
けれど、懸命にやっている球児たちに対し、観ている側の思い込みで「被害者」だと決め付けてしまうのは、当の球児たちにとっては、猝堆任覆海鉢瓩覆里もしれません。

(スタッフ:武市)
(2014/9/3 UPDATE)
番組スタッフ
先週末に放送された、黄色いTシャツでおなじみのチャリティー番組。相変わらず「感動の押し売り」感が漂っており、例年通りうんざりさせられました。
感動を押し売りされていることに気が付くと、途端に冷めてしまう。チャリティー番組の演出はこの典型例ですが、先月8日の公開以来、4週連続1位を獲得、興行収入は58億円を突破するなど大ヒットしている映画『STAND BY ME ドラえもん』も同様。
こちらからも「感動の押し売り」感がびんびんに漂っていました。

<3DCG映画版ドラえもん、公開20日目で興収50億円を記録! フタを開けてみれば「ドラ泣き」する大人が続出>

ドラえもんシリーズ初のCGアニメで、ストーリーは以下に挙げた原作の名エピソードをつなぎ合わせ再構築した、いわばおいしいとこ取りの総集編。

・のび太とドラえもんが出会う原作の第1話、「未来の国からはるばると」。
・のび太としずかちゃんの結婚につながるエピソード4話、「たまごの中のしずかちゃん」「しずちゃんさようなら」「雪山のロマンス」「のび太の結婚前夜」。
・のび太とドラえもんの友情を描いたエピソード2話、「さようなら、ドラえもん」「帰ってきたドラえもん」。

“ドラ泣きしませんか?”というキャッチコピーをつけた作り手の狙い通り、泣いてしまう大人が続出しているようですが、わたしはまったく泣けませんでした。
子供のころ初めて、「のび太の結婚前夜」、「さようなら、ドラえもん」、「帰ってきたドラえもん」を読んだときはあんなに泣けたにもかかわらずです。

理由は言うまでもなく、「感動の押し売り」感。
藤子・F・不二雄さんの原作とは大きく異なり、「ここ泣くところですよ!」というサインがそこらじゅうに散りばめられていて、そのサインに気が付くたびに心が冷えてしまうのです。
その「ここ泣くところですよ!」サインの最たるものが、映画オリジナルの設定である「成し遂げプログラム」。
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ドラえもんの体内には、セワシの意向に反する言動を取ると、たちまち厳罰が与えられる「成し遂げプログラム」が組み込まれており、これは本作独自の設定だ。
この成し遂げとは、将来のび太としずかちゃんを確実に結婚させること。
ドラえもんは少しでも「未来に帰りたい」と口走ろうものならば、即座にプログラムが働き、強烈な電流を体中に流して反省を促すのだ。
<「SankeiBiz」2014/8/8より抜粋>
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この設定により、映画の冒頭では「未来に帰りたい」と口走って電流を流されていたドラえもんが、映画の後半、未来に帰らなければならないのにのび太と離れたくないとの思いから「帰りたくない」と口走って電流を流される。
このような使い方をして涙を誘うのですが、ここまでしなくてもドラえもんの心の変化は伝わると思いませんか?

それとも、押し売りをされないと感動できない人が増えているのでしょうか。
『STAND BY ME ドラえもん』の監督が手掛け大ヒットした、『ALWAYS 三丁目の夕日』にも同じような演出があるようで少し不安になります。
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※ガース=柳下毅一郎さん、ウェイン=町山智浩さん
ガース:いや、どうも監督は「全部セリフでわかりやすく説明してやらなきゃ観客にはわからないんだ」と信じてるみたい。だって、子供が自動車に乗せられて去った後、吉岡は少年が書き残した手紙を見つけるんですが、そこには「おじさんといたときがいちばん幸せでした」って書いてあって、それが子供の声で画面にかぶさるんですよ!
ウェイン:そんなもん、金持ちの息子になるのに憂鬱そうな子供の顔を見せるだけで充分だろうが!どうしてセリフで観客の心を無理やり誘導するんだ?
ガース:誘導どころか無理やり手を引っ張って、「ハイ、ここが泣くところです!」って引きずりまわしているみたいなもんです。観客に自主的に考えさせる隙をいっさい与えないんですよ。
ウェイン:最近の小説やマンガもみんな同じだけどね。「悲しい」とか書き手の感情がそのまま書いてある。それこそ夕日や風景に託して言外に語るという和歌や俳句の伝統はどこへ行っちゃったんだ?
ガース:この映画を観て、目の不自由な人向けのテレビの音声解説かと思いましたよ。
<柳下毅一郎さんと町山智浩さんの対談本『ベスト・オブ・映画欠席裁判』(文藝春秋)より抜粋>
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そもそも感動というものは人それぞれ。それぞれの内側から生まれてくるものであって、決して人から押し付けられるものではないはず。
すべて説明しなければ分かってもらえないという作り手の勝手な思い込みが、人それぞれの感動の機会を奪ってしまっているような気がします。

(スタッフH)
(2014/9/2 UPDATE)
番組スタッフ
9月1日(月) ●日本の立場を主張できる人材を育てる?「近現代史」を新設することの意義

文部科学省は先月、2016年、2017年度にも予定される学習指導要領の全面改定にあたり、高校の地理歴史科で日本史と世界史を統合した科目、「近現代史」を新設する検討を始めました。
近現代教育を中心にした制度改革は必要との声がある一方、政府関係者からは「日本の立場をしっかり主張できる人材を育てなければ、日本への誤解が広まり、国際的な立場がますます悪くなる」といった声もあがっています。
「自国の立場をしっかり主張できる人材を育てるため」の「近現代史」の新設は本当に必要なのでしょうか?
ジャーナリストの田畑光永さんにお話を伺い、「近現代史」新設の是非を考えます。


9月2日(火) ●今さら経済界がもくろむ、社員の発明を「企業のもの」とする法改正

発明した従業員のものである特許の権利を、企業の帰属に変えようと法改正を目指す動きが、今さら政府内で進んでいます。
現状、「特許権は発明者が有する」と特許法で定められていますが、政府は去年6月、国内産業の競争力強化のためには企業の帰属に改めるべきだなどとする「知的財産政策に関する基本方針」を閣議決定。その後、有識者でつくる経産省の小委員会で議論され、9月にもその議論が再開される見通しとなっています。
今さら経済界がもくろむ、社員の発明を「企業のもの」とする法改正。
今あえて法改正をする必要があるのか、その背景には何があるのか、考えます。


9月3日(水) ●行政府の介入に対し芸術家が取るべき態度

愛知県美術館で開催中の企画展「これからの写真」に展示している写真家・鷹野隆大さんの作品が、わいせつ物陳列罪にあたるとして愛知県警から作品の撤去を求められた問題。
問題とされた男性の陰部などが写った作品12点は、作品の一部を覆い隠すなどの対応を迫られました。
十分な配慮を重ねた上で公開された美術館の展示に対して、警察がいとも簡単に撤去を命じた問題。「芸術とわいせつ性」をめぐって事件や議論が繰り返されていますが、こうした事態に直面した時、制作者はどのような態度を示せばいいのでしょうか?


9月4日(木) ●フォトショップによる過剰修正禁止は「情報の透明化」につながるか?

ここ数年、行き過ぎたフォトショップ補正が大きな問題となっています。
2011年には、歌手のテイラー・スウィフトがモデルを務めた化粧品広告の写真が、フォトショップでの過剰修整を理由に使用禁止に。
今年3月にはアメリカの連邦下院で、人の顔や身体のイメージを著しく修正した画像を用いた広告を規制しようとする、「真実の広告法」が提案されました。
こういったアンチフォトショップの動きについて、アメリカン流通コンサルタントの後藤文俊さんは「これも“情報の透明化”ではないか」と分析しています。
加工された情報が跋扈するなか、「情報の透明化」としてどのようなことが求められるのでしょうか。フォトショップ過剰修正禁止運動をもとに考えます。

(2014/9/1 UPDATE)

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