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番組スタッフ
今では日常茶飯事と言っても過言ではない、ネット上におけるデマの拡散。
日ごろから、デマに引っかからないようにと細心の注意を払っているのですが、それでもたまに引っかかってしまうことがあります。
引っかかるといっても、拡散させたわけではなく、デマを数日、信じてしまった程度のこと。
その程度であれ、それがデマと分かったときは恥ずかしいですし、腹立たしいという感情も多少は湧きあがるものです
最近で言えば、27日の株主総会で壮大な親子ゲンカに、ひとまずの決着がついた「大塚家具」に関するデマ。

<「大塚家具のコピー」は公式のものではありません>

わたしがこのデマを最初に目にしたのは、先週土曜(28日)の夜、あるまとめサイトにアップされた、「【朗報】大塚家具の新キャッチコピーが秀逸」というタイトルの記事。
この記事は、何の前置きもなく、タイトルと以下のキャッチコピー(「iDC大塚家具」というロゴが付いたポスターのようなものに書かれている)が記されたものでした。

*****
ステキな家具に囲まれてると、親子ゲンカはしにくい。

あたらしい大塚家具は、日本中の家族を、家具で支えていきます。iDC大塚家具
*****

これ以外にも同じ形式で以下の3つのキャッチコピーが記されているのですが、これがどうにもこうにも本物っぽいのです。
本物っぽいというのは、やり手と言われる久美子社長がやりそうな線をついているということ。

・父と過ごす時間より、家具と過ごす時間のほうが長い。
・生まれて初めて失恋した。父が買ってくれたベッドで泣いた。
・父と一緒にいられなくても、父と過ごしたソファとは、一緒にいられる。

文字だけで本物っぽさを感じなかったという方は、ぜひ冒頭にリンクを貼った記事のなかにある画像をご覧になってみてください。
、、、どうですか?本物っぽいという印象、少しは共感していただけたのではないでしょうか。

とはいえ、これらのキャッチコピーは冒頭で言ったようにデマ。
実は、このキャッチコピーを考えたのは現役のコピーライターで、株主総会が行われる前の21日、「大塚家具が発信したら面白いと思う」という前置きをつけてTwitter上で発表した“架空のキャッチコピー”。
つまり、そもそもの発信者は“架空のキャッチコピー”であることを明言しているわけです。

それが、どうして公式のキャッチコピーとして広まってしまったのでしょうか。
原因は、まとめサイトの取り上げ方にあります。
“架空のキャッチコピー”を材料に、一部のまとめサイトが「大塚家具のキャッチコピーが秀逸」「大塚家具の新キャッチコピーwww」などと、大塚家具の公式キャッチコピーと誤解させるようなタイトルをつけた記事をアップ。
それだけでなく、記事には「コピーライターが考えた」という重要な情報が抜け落ちており、公式キャッチコピーと錯覚させるような罠が仕掛けられていました。
こうしたやり口から、バイラルメディアの絡んだ、抜き出しによる間違った情報の拡散、との見方もされていますが、どうなのでしょう。
どちらにしろ、そもそもの発信者も傷つける悪質なやり口であることは間違いありません。

これは本物っぽいデマですが、同じタイミングで同じ大塚家具を題材にした、いかにも嘘っぽいデマも拡散されています。

<【冗談です】大塚家具・株主総会の日のとんでもアルバイト話が拡散される>

発端は、あるTwitterユーザーの下記のツイート。
*****
大塚家具が時給3000円、但しスーツ着用のおいしすぎる短期バイトを生協で募集してたから幾分怪しみながら本社まで伺ったらそのまま記者会見場まで連れてかれて何も知らないまま元会長の後ろに神妙な顔して2時間以上立たされた。誰かTVで俺見つけた人いる?
*****

見るからにデマっぽいのですが、これがものすごい勢いでRTされ、拡散。
このツイートから約1時間40分後、別のTwitterユーザーから「本当ですか?」と質問され、「すみません、冗談です。」と回答し、デマと確定したにもかかわらず、RTは止まらず、その数は今日の17時時点で3700回以上にのぼっています。

これら2つはどちらもデマ。ですが、わたしは前者は許せず、後者はなぜか許せてしまっています。どうしてなのでしょう。

「ネタにリアリティがありすぎるとデマになる」
デマに関してはこんな分析がされていますが、これに沿うとするならば、後者はリアリティが薄く、ネタとして消化したのに対し、前者はリアリティがありすぎたために、「騙された」という感情が強く湧きあがってしまったということなのかもしれません。

(スタッフH)
(2015/3/31 UPDATE)
番組スタッフ
3月30日(月) 星浩 ●批評における日本特有の病と再設計の必要性

星浩さんとお送りする最後の月曜日。特集では「日本の批評」を考えます。
日本の文壇や論壇で展開される批評の起源に迫った書籍、『批評メディア論』が今、注目を集めています。
これは、1920〜30年代の日本の論壇と文壇を分析したもの。
著者の大澤聡さんは、分析を踏まえ、批評における日本特有の病を指摘していますが、その病とはどのようなものなのでしょう。
またその病を克服し、日本の批評はどのようにかたちを変えればいいのでしょうか。
大澤聡さんにお話を伺い、批評の未来像を考えます。


3月31日(火) 岸博幸 ●これで地方創生はできるの?地方議会の実態と必要なもの

この日をもって番組を卒業する岸博幸さんと考えるのは「地方創生」。
首長が提出した議案を一本も修正や否決をせずまるのみ議会になっている地方議会が、この4年間で50%もあるといいます。
そんななか、岸博幸さんら有志が「地方議会を変える国民会議」を立ち上げました。
地方議会の土日&夜開催、退職せずに立候補できるような会社の環境整備、報酬は仕事の成果に応じて増減する仕組みの導入などを提案しています。
その取り組みと地方議会の現状やこれからの必要なかたちについて、岸さんにお話を伺います。

*****

4月1日から番組リニューアル!出演者も一新!!
マスメディアやネットに情報が氾濫する時代。ニュース番組に求められるのは、多種多様な情報を再編集し、その中から新しい視座を提供する「キュレーション力」。
放送開始から5年が経ち、6年目に入った『TIMELINE』では、出演者を一新し、優れた「キュレーション力」を持つ新パーソナリティを迎えます。

4月1日(水) ●番組リニューアル

新しいパーソナリティとお届けします。


4月2日(木) ●番組リニューアル

新しいパーソナリティとお届けします。

(2015/3/30 UPDATE)
番組スタッフ
春。新たな門出の季節です。
この時期になると、気にはしていないけど耳目に触れてしまうのが、来年度の新入社員の特徴を流行り物で例えるアレです。

日本生産性本部は平成27年度の新入社員について、「消せるボールペン型」と名付けました。

その特徴としては…
・柔軟性を持つが、厳しい指導には耐性が低い傾向にある
・現役生なら東日本大震災直後に大学に入学しており、ボランティアなど状況の変化に対応してきた世代。見かけはありきたりなボールペンだが、機能は大きく異なっている。
・消せるボールペンは高温下で文字が消えるため、上司が熱血指導すると、個性を失い、離職する危険性をはらんでいる。


1973年から2002年までは現代コミュニケーション・センターが命名していましたが、日本生産性本部が伝統を引き継ぎ、今年で42年目となりました。
一見、こじつけのように思え、42年も続くこのシリーズですが、特別に称賛されることもなければ、非難されることもありません。
かといって誰も注目していないかと言えば、そうでもなく、毎年必ずどこかのメディアが取り上げます。
レッテル貼りはナンセンスだという、手垢ベトベトの文句で非難するのも野暮です。
「●●型」と言われた新入社員本人はきっとピンと来ていないに違いない…と自身が新入社員となった時のことを思い出しながら、勝手に想像していますが、「●●型」シリーズは“炎上”もなく、本当にうまく立ち回っていると思います。
おかしい、的を射ていないとすぐに糾弾される昨今なのですから。

そもそも日本生産性本部とはどのような組織なのでしょうか。
ホームページによると日本生産性本部は公益財団法人にあたります。

その活動内容・目的としては、以下のようなものがあります。
*****************
1955年の設立以来、経済活動における人間尊重を基本理念に、(1)雇用の 増大、(2)労使の協力・協議、(3)成果の公正分配からなる運動三原則を掲げ、経営者、労働者、学識 経験者の三者構成による中立機関として、産業界を基軸とした運動を通じて日本経済の発展と国民生活の向上に大きな役割を果たしてきました。
*****************

色々な“大人の都合”が作用しているのでしょうが、何かを長く続けていくことは大変です。
こういった年に1回ごとの場合、定着すること、風物詩となることにきっと意味があるのでしょう。

別に期待はしていないけど、耳に入ってきてしまうその年の「●●型新入社員」の発表に対して、「ハァ?」と思いながらも腹が立つことはありません。
正直、苛つきます。●●型の●●の部分を日経トレンディやモノマガジンなんかを読みながら考えている人たちの、流行りものをうまく絡めた感、してやったり顔を想像してみると、胸がモヤモヤします。
しかし、何だか“つっこんだら負け”のような気もするのです。

『一億総ツッコミ時代』という本も話題となったように、私たちの周りにはイチイチご丁寧につっこむ人が増えました。そういったツッコミは時として過激な攻撃性と帯びます。全く関係のない人が望まれてもいないのに、当事者に成り代わってつっこむことも見受けられます。
自由な発言を、自由な形で世に知らしめることができるようになった現代において、ツッコミの氾濫により、「騒ぎすぎなんじゃぁないの?」と思うこともしばしばです。
内容の正当性などではなく、できるだけ大きな声で過激につっこんだ方に軍配が上がることも珍しくありません。

「インターネットに接続していること」が空気のように当たり前となった今、「エ!?それ、本気で言ってるの!?」と思わせられる発言、出来事、産物も可視化されました。
イチイチ、それらに反応していたら摩耗してしまいます。
ツッコミを入れたくなるようなものを目にしても、「でかい釣り針だなぁ」くらいに余裕をもって構え、時には黙っておくことも、ネットの大海をたゆたう小魚の嗜みの一つなのではないかと思います。


スタッフ:坂本
(2015/3/26 UPDATE)
番組スタッフ
<特集>
「福島、チェルノブイリ…母親たちの選択と、ジャーナリズムの役割」

福島県は先月、東京電力福島第一原発の事故当時18歳以下だった子どもを対象に行なっている甲状腺がんの2巡目の検査で、1人でがんが確定、7人ががんの疑いがあると発表しました。
県民健康調査検討委員会は、現時点では原発事故の影響は考えにくいとしていますが、今も不安を抱える人は少なくありません。

東京電力福島第一原発事故から4年。
今月、子どもを被曝から守る母親たちを取材したドキュメンタリー映画が公開されました。
エネルギー問題を追った「ミツバチの羽音と地球の回転」で知られる鎌仲ひとみ監督の最新作「小さき声のカノン」。
この映画では、福島とチェルノブイリ、それぞれの原発事故を経た母親たちがどのように子どもを守ろうとしたのか、その「選択」を追っています。

子どもたち、市民の不安を守り、「選択」のヒントを示すのが、ジャーナリズムの役割ではないか。
ジャーナリズムはどのように選択肢を示してきたのか。

福島第一原発事故から4年を経たジャーナリズムの役割を、映画「小さき声のカノン」をもとに、
事故を追い続けたジャーナリスト・上杉隆が検証します。

コメントしてくださったのは、鎌仲ひとみさん(「小さき声のカノン―選択する人々」監督。ツイッターアカウントは@kama38)
       
※「小さき声のカノン―選択する人々」ツイッターアカウント:@little_canon
 オフィシャルサイト:http://kamanaka.com/canon/

<ピックアップ>
「『1票の格差』訴訟、政治はいま何をすべきか?」
東洋大学法学部の加藤秀治郎教授にお話を伺います。

<まえがきは謳う>
「がんばらないから上手くなった」(田村尚之、上杉隆・著)を取り上げます。
(2015/3/25 UPDATE)
番組スタッフ
号泣県議へのアポなし取材、チュニジアの博物館襲撃事件で負傷した女性への強引な取材と、このところ、メディアの取材方法に厳しい目が向けられるような騒動が相次いでいます。

<フジ、号泣の野々村元議員の奇行を放送し物議>
<「あなたに断る権利はない」と怒鳴る声... チュニジア被害者「マスコミはどこも取材が強引だった」>

前者は、おととい(22日)のテレビ番組で放送された、野々村竜太郎元兵庫県議員にアポなし取材を敢行したVTR。
これは、番組側で何度も手紙で取材を申し込んでいたものの返答がなく、苦肉の策としてアポなし取材を敢行したもので、記者が「ちょっと話をきかせてください」と声をかけるものの、野々村元県議は一切応じず、逃走。
突然、記者に体当たりしたかと思えば、記者にぶつかると「痛い、痛い」を連呼。さらに、「助けてー」と悲鳴をあげながら、終始、カメラから逃げ回る滑稽な姿が映し出されていました。

文字面だけでも悪趣味な内容ですが、あの号泣会見が脳裏に焼き付いているだけに見世物としては案外、面白いものでした。
わたしは身を乗り出して見てしまったうえ、号泣会見を彷彿とさせる滑稽な姿に笑いもしました。
ただ、これはあくまでも見世物としての評価。
報道という意味ではあまりにも中身がなく、「メディアによる私刑」でしかなかったように思います。

後者は、おととい、朝日新聞と産経新聞が報じた、「チュニジアの博物館襲撃事件で負傷した女性の手記」によって明らかになったもの。
手記によると、この女性がメディア2社の取材を受けた後、あるメディアからの取材を断ったところ、そのメディアの記者から「すでにNHKのインタビューがテレビで流れていて、名前も顔も出ているからいいでしょう」と言われたのをはじめ、その後も強引な取材や物言いが続き、ショックを受けたのだといいます。

社会の関心が高い事件において、マスメディアの記者が多数押しかけ、当事者や関係者などに対して強引な取材をすることを指す、「メディアスクラム」。
近年、問題になっていますが、この騒動でもこれが発揮されてしまったということなのでしょう。

野々村元県議が今どうなっているのか。チュニジアの博物館襲撃事件の現場では何が起こっていたのか。
これらはジャンルが違うにしろ、どちらも知りたいことです。
しかし、「知る権利」や「報道の自由」のもと、人権をないがしろにしてまで知りたいことではありません。
「取材する側もひどいなこれ、完璧に弱い者いじめじゃないか」
「被害者の人権を無視した最低の行為」
おととい起きた2つの騒動に対するネットの反応を見ていると、「知る権利」や「報道の自由」という言葉を振りかざす報道を見直す時期がきているのを強く感じます。

兵庫県西宮市が今年1月から実行している、「メディアの取材を受ける際、取材の様子をビデオ撮影する」というこれまでにない対応。この対応からもその空気は感じられます。

<Listening:兵庫・西宮市の「偏向報道拒否」 テレビ取材を撮影、報道制限の恐れ>

これは、市長や職員が今後テレビ局の取材を受ける場合、取材の様子をビデオ撮影、「偏向報道」と市が判断すれば、状況次第で報道機関の取材を拒否するというもの。
市議会がこの対応の中止を求める決議案を全会一致で可決、「知る権利を制限する恐れがある」との批判の声も上がっていて、一見、やりすぎの対応にも見えますが、ここに至るまでの経緯を知ると、やりすぎとも思えなくなってきます。

西宮市がこうした措置を決めたきっかけは、1月に放送されたあるテレビ番組。
阪神大震災の被災者のために西宮市が借りている復興住宅の返還期限が9月であることを取り上げたもので、この復興住宅に住む高齢女性の声を取り上げる一方で、西宮市が入居期限の延長などの支援策を取っていることには触れなかったようなのです。
つまり、実際は支援策を取っているのに、番組では支援策を取らず、一方的に入居者を追い出しているように報じられていたわけです。

西宮市の対応は手放しで評価できるものではありません。
ただ、「知る権利」や「報道の自由」という言葉を振りかざす報道への抑止力になる可能性がある。そのように思います。

(スタッフH)
(2015/3/24 UPDATE)
番組スタッフ
3月23日(月)代演:中川淳一郎氏▼「内定童貞」に見る、就活不安の払拭
3月に入り会社説明会が解禁されて、誰もが不安でいっぱいになる、就職活動。
そうした就活について、フリーライターの中川淳一郎さんは、
誰もが最初は就活も内定も未経験である、つまり誰もが「内定童貞」であるということを起点に、さまよう就活生にエールを送っています。
「内定童貞」を起点にしたら見えてくる、「就活」のコツとは何か考えます。


3月24日(火)●農協改革 岩盤規制と農業の行方
農村票を背景に大きな影響力をもってきた農協。
政府が岩盤規制にメスを入れたと報じられていますが
果たして、本当に必要な改革が行われるのでしょうか。
WEDGEの取材をもとに農協が改革案を受け入れた背景とその中身について考えます。


3月25日(水)●福島、チェルノブイリ…母親たちの選択と、ジャーナリズムの役割
東京電力福島第一原発事故から4年。
今月、子どもを被曝から守る母親たちを取材したドキュメンタリー映画『小さき声のカノン』が公開されました。この映画では、福島とチェルノブイリ、それぞれの原発事故を経た母親たちがどのように子どもを守ろうとしたのか、その「選択」を追っています。
子どもたち、市民の不安を守り、「選択」のヒントを示すのが、ジャーナリズムの役割ではないか。
ジャーナリズムはどのように選択肢を示してきたのか。


3月26日(木)●孤高の反原発学者が最後に伝えたかったこと
原発の危険性を40年以上にわたって指摘してきた京都大学原子炉実験所の小出裕章助教が今月末の定年退職を前に、2月27日、実験所内の自主講座で最終講義を行いました。
最終講義のテーマは「原子力廃絶までの道程(みちのり)」。
小出さんは1974年に助手(現助教)として実験所に入所。小出さんの最終講義となった今回のゼミは111回目。北海道から九州まで、退職を知った約140人が詰めかけ、部屋から人があふれたため別室にモニター中継しました。
今月末に定年退職する京都大学原子炉実験所の小出裕章助教。定年を前に伝えたかったこととは?小出裕章さんにお話をうかがいます。
(2015/3/23 UPDATE)
番組スタッフ
ここ最近になり、LGBT(性的マイノリティ)にまつわる議論の熱が急速に高まりつつあるように感じます。
今週火曜日の番組コラムでも取り上げられた、講談社から発売予定だった幾夜大黒堂氏の漫画「境界のないセカイ」が発売中止となっていた問題。
「LGBTからのクレームを恐れた講談社側の意向で発売中止になった」ということですが、3月18日、LGBTを支援する団体、レインボー・アクションが「境界のないセカイ」について次のような声明を発表しました。

***********************
●この作品の性に関する描写に、他の作品と比べて特段の問題があるとは思われません。
●「性的マイノリティの団体・個人の圧力」という多分にフィクショナルな理由に基づき、表現行為に対して自粛を迫るという行為がもしもあったとするならば、それは人権を守るためとても大切な、表現の自由を抑圧するものだろうと考えます。
●それはまた、「性的マイノリティの団体・個人」を怪物視・あるいは怪物化し、性に関する差別を助長するものに他なりません。
●もちろん、性に関する差別表現に対しては、これからも引き続き闘ってまいります。
【『境界のないセカイ』発売中止・連載打ち切り問題へのレインボー・アクションの立場表明】
***********************

講談社は気にしすぎたということです。しかし、同社が下した決断も理解できないわけではありません。
社会人生活を送っていると、過度にも思える配慮を自分より偉い立場の人が下す瞬間を普通に目にします。

SNSの普及により、人々の監視がより強いものになった現代社会。
何かあると、消費者・視聴者からクレームが寄せられ、決して消えない傷のように、ネットに履歴として残されてしまうことも当たり前です。その履歴を見て、さらにどこかの団体が別の角度から問題視するということもあり得ます。
消費者のみならず、クライアント、スポンサーを怒らせたくない…。現代社会を生き抜く企業ならば、当たり前のことのように思われます。

そこには、「失敗して怒られたくない」という単純明快な精神性があるのでしょう。
いくつになっても怒られるのは嫌です。若いうちの失敗というものは、得てして大したことがない場合がほとんどですが、ある程度、社会人経験を重ねて責任ある立場になった人ならそうはいきません。
責任ある立場を守ろうと、保守的になりがちです。
日本全体に「失敗を許さない空気」が強まっていることもあるかもしれません。そうさせているもののが、社会の監視の目です。リスク管理は大事なことなのですが、「怒られない」ためにあれこれ労を取りすぎているようにも思われます。

私が身を置く放送業界においても、「失敗を許さない空気」は蔓延しています。
企画募集などが行われるのですが、採用される企画は人気番組の二番煎じのようなものであったり、人気タレントの能力頼みのものだったり…。守りながら攻めようとして、攻めきれていない重装歩兵だらけです。

失敗したくないと守りに出過ぎることで、別の方向から新たな失敗がやってくる…。
今回の件が提示したものは日本企業、社会全体にも当てはまるのではないでしょうか。

10年以上前のお話です。当時読んでいたマンガ『ONE PIECE』にオカマのキャラクターが登場し、作中でも積極的に「オカマ」という言葉が使われるのですが、アニメ版では「オカマ」ではなく「オネエ」と、言葉が置き換えられていました。
「オカマ」という言葉の何が悪いのだろうか。子どもの教育上、「オカマ」は良くないのだろうか。
性の悩みを抱える子どもに配慮したのかもしれない…。とにかく、「子どものために良くない」と何となく理解していました。

それから数年後。ゲイの知人にこの問題について聞いてみました。
次のような答えが返ってきたことを記憶しています。
「オカマって呼ばれたくない人もいるし、オネエって呼ばれたくない人もいる。自分のことを“男”だと思っている人もいる。異性を好きになれる人もいる。ゲイって言っても、ものすごく細分化される。細分化されるからこそ、“オカマ”とひとくくりにした配慮が間違う時もある」

『ONE PIECE』の問題の事実関係はわかりませんが、彼に言わせると気にし過ぎとのこと。
「ノンケの人は私たちのことを中々、理解するのは難しいだろうし、私は職場で隠せているから、そこまで理解を求めていない」
彼は常々、こう言っていました。

「ヒト」という大きなくくりで見ても細分化されているのに、「性別」というくくりで見てもまた細分化されています。
「境界のないセカイ」の表現に怒りを示すLGBTの方もいるかと思います。講談社の配慮があるLGBTの方にとっては、優しさとなったかもしれません。
しかし、LGBTと馴染みのない人にとってはレインボー・アクションが示した声明が大きな指針となりました。
「LGBTとはこう理解するべきだ!」と決めつけるのではなく、「世界には色んな人がいる、いていい」と考えておく。できるようで、中々できることではないから、私たちは問題にぶつかってしまうのです。

LGBTをめぐって、日本は開拓の余地、改善すべき課題を数多く有しています。今後も何らかの問題が生じることでしょう。しかし、青臭い理想論かもしれませんが、LGBTとは腫れ物ではないと認識しなければ前進などないということが、今回の騒動による得るものだったと私は捉えています。


スタッフ:坂本
(2015/3/19 UPDATE)
番組スタッフ
<特集>
「新しい人権『ノー・ニュークス権』は広がるのか」
ドイツが2022年までに国内の原発を全て停止すると決めてから4年。
先週、来日したメルケル首相は講演会で、脱原発へと舵を切ったきっかけは2011年3月の東京電力福島第一原発事故であり、「原発には予測できないリスクがある」と、自らのエネルギー政策を転換した理由を述べました。

一方、日本では事故以降、「脱原発」「エネルギー政策」といった議論も高まり、選挙が行なわれる度に争点ともされてきましたが、 時が経つにつれ、その議論も縮小気味で、来月の統一地方選でも原発は“大きな争点”とはされていません。

こういった中、いま「人権として」原発を議論する動きが起こっています。
それが「ノー・ニュークス権」の確立を目指す訴訟です。

「ノー・ニュークス権」とは、「原子力の恐怖から免れて生きる権利」のことで、 憲法13条の「幸福追求権」及び25条の「健康で文化的な最低限度の生活を保障される権利」から導かれる新しい人権だとのこと。

現状、数多くの東京電力への訴訟が起こされる一方で、原発を作ったメーカーへの責任は追及されていません。
これは「原子力損害賠償法」が定める「責任集中制度」があるからです。
この制度は憲法違反だとし、国内外の3,860名(2月21日現在)の市民らが、原発メーカーであるGE、東芝、日立に対し、原告1人あたり慰謝料100円の損害賠償請求訴訟を起こしました。

なぜ原子力損害賠償法で定められた責任集中制度を越え、このような訴訟が提起されたのか。
「ノー・ニュークス権」という新しい権利は、社会にどのような影響を与えるのか。
メルケル首相は「原発には予測できないリスクがある」としたが、 一方で、その責任を原発メーカーに負わせるリスクはないのだろうか。

ノー・ニュークス権の提唱者で、原発メーカー訴訟原告側弁護団長の島昭宏弁護士(ツイッターアカウントは@jo_kick)にお話を伺い、この訴訟や、「ノー・ニュークス権」がもたらす影響について考えます。

<ピックアップ>は「国連防災世界会議 パブリックフォーラムに見る、現実」。仙台で開かれた同会議について、現地で取材した報道・情報センターの古賀涼子さんにお話を聞いていきます。

<まえがきは謳う>は「本当の戦争の話をしよう」(伊勢崎賢治・著)を取り上げます。
(2015/3/18 UPDATE)
番組スタッフ
先月、東京都渋谷区が同性カップルを「結婚に相当する関係」と認めて証明書を発行する条例案を発表して以降、活発になっている「同性婚」の是非に関する議論。
昨日(16日)、毎日新聞が報じた世論調査で、同性婚に「賛成」する人(44%)が「反対」する人(39%)を上回ったことが明らかになるなど、議論を通し、同性婚への理解が深まる一方で、渋谷区が条例案を区議会定例会に提出した今月2日以降、強烈な逆風が吹き始めています。

<「LGBTは社会を乱す」渋谷で反同性愛デモ発生、自民党・谷垣幹事長も同性婚に懸念を表明し、二丁目のゲイバーは摘発強化へ>

2日放送の「ビートたけしのTVタックル」では、自民党の柴山昌彦衆議院議員が「同性婚を制度化したときに、少子化に拍車がかかるのではないか」とおかしな持論を展開。
10日には渋谷区で、「頑張れ日本!全国行動委員会」という右派系の市民団体が渋谷区の条例案に反対するデモを開催。
デモの中では「普通の愛情は男女から発生する」「LGBTは社会を乱す」などとLGBTへの明確なヘイトスピーチが繰り広げられたといいます。

デモと同じ日には、渋谷で「子供達の未来を守る主婦の会」を名乗る団体が「このような条例を作る事は、次の世代を壊しかねませんなどと書かれたビラを配布。
さらに、自民党の谷垣幹事長も同性パートナーシップ制度への懸念を表明し、「法ができているならともかく、人間が社会生活を送る制度の根幹に関わるだけに、条例だけで対応するといろんな問題を生むのではないか」と指摘しています。

さらに、このタイミングで、無料で漫画が読めるWEBサイト「comico」と漫画アプリ「マンガボックス」の「性的マイノリティ」に対する過剰対応も発覚。

<漫画「境界のないセカイ」単行本化が白紙に 連載打ち切り 性役割に関する「表現上の問題」で>


渋谷区の発表をきっかけに、今までにないぐらい同性婚への理解が深まっていたかに見えましたが、一転、今は同性婚に触れづらい空気が作られつつあるのを感じます。
やはり、日本では、同性婚の法制化は夢のまた夢なのでしょうか。

夢のまた夢ではない、そう思わせてくれる統計データがあります。

<データえっせい:同性愛への寛容度の国際比較>

武蔵野大学、杏林大学の兼任講師、舞田敏彦さんによると、「同性愛」に対する日本の若者の寛容度は、オランダ、スウェーデン、オーストラリア、スペインに次いで5位。
若者だけをみると、同性婚が法的に認められている国と遜色がないため、「同性愛者への差別は将来なくなるのではないかという希望的観測すら持てる」との認識を示しています。
これに加え、冒頭で紹介した毎日新聞の世論調査では、同性婚に「賛成」の割合は30代が61%と最も高く、年代が上がるほど低くなって、70代以上はわずか18%。
こちらの統計でも、今の若い世代が同性婚に寛容になっていることが分かります。

背景の分析はまだされていませんが、おネエ系タレントやBL(ボーイズラブ)モノの日常への浸透は無縁でないように思います。
これにより、以前よりカミングアウトしやすい空気がつくられ、同性婚を違和感なく受け入れることができる世代が出てきているのかもしれません。

同性婚に寛容な今の20代、30代が国会や地方議会で多数派になるまでにはあと数十年以上。まだまだ時間がかかりますが、同性婚に寛容な世代が出てきたという事実は性的マイノリティの方々にとって大きな希望となるのではないでしょうか。

(スタッフH)
(2015/3/17 UPDATE)
番組スタッフ
3月16日(月) ●善意を暴走させないために知る「福島のために私たちがなすべきこと」

東日本大震災から4年。被災地の中でも、原発事故に見舞われた福島県は特別扱いしてしまいがちです。
「フクシマ」という言葉がシンボリックに使われるようになり、福島に住む人々、去らざるを得なかった人々の悲しみを想像し、福島のためにできることは何か、福島にいなくても何かできることがあるはずだと訴え、行動する。そしてそこには、無邪気なまでの「善意」がある。
原発事故後、福島を見続けてきた社会学者の開沼博氏は福島のために私たちがなすべきことについて、「迷惑をかけないこと」に尽きると語っています。
東日本大震災の発生、福島第一原発事故から4年が経った今、「善意」を暴走させないために知っておくべきこととは?
開沼さんをスタジオにお迎えし、考えます。


3月17日(火) ●日本経済を蝕む、ボリュームゾーン不況

今、日本の経営者たちが新たな問題に直面しています。
それは、ヒット商品を生み出しても、その寿命が極端に短期化しているため、従来のビジネスモデルがまったく通用しなくなってきていること。
しかも、そうしたブームの超短期化が、最も需要が豊富なマス市場、つまりは「ボリュームゾーン」で巻き起こっているのだといいます。
大企業の生死を左右する新リスクとして日本経済に猛威をふるい始めている、ボリュームゾーン不況。その背景にある消費者の変化とは?


3月18日(水) ●新しい人権「ノー・ニュークス権」は広がるのか

新しい人権として、原子力の恐怖から免れて生きる権利「ノー・ニュークス権」の確立を司法の場で目指す動きがあります。
「ノー・ニュークス権」が訴状に明記され、法廷で初となる議論が想定されているのが、昨年1月に提訴された「原発メーカー訴訟」。
国内外の4000人超の市民らが、福島の原発事故で受けた精神的慰謝料として1人100円を求め、原発メーカー3社を東京地裁に訴え、5月にも第1回口頭弁論が開かれる見込みです。
「ノー・ニュークス権」の提唱者で原告側弁護団長の島昭宏弁護士は「原賠法によってメーカーが社会的な批判や賠償を免れていることこそが、安全性を最優先することを妨げてきたのではないか。福島の事故後も技術輸出を図ろうとするなど、原子力産業の無秩序な肥大化も容認してきた」と厳しく指摘していますが、今後、「ノー・ニュークス権」は広がっていくのでしょうか?
新しい人権「ノー・ニュークス権」の可能性を探ります。


3月19日(木) ●正解のない時代に求められる、プラグマティズムという思想

今年は1月に「希望の思想 プラグマティズム入門」、2月に「プラグマティズム入門講義」が出版。昨年は「プラグマティズム古典集成」、「プラグマティズム入門」が刊行。
学界でも昨年、「一橋大学哲学・社会思想学会」がシンポジウムを開催するなど、「プラグマティズム」という思想が今、関連の書籍刊行が相次ぐなど注目を集めています。
プラグマティズムとは、「実用主義」と訳される19世紀アメリカ生まれの思想。
立場の異なる人々が、互いの「正義」を主張し合うのではなく、継続的な話し合いを持つ重要性を説いているのが特徴です。
アメリカ生まれの「プラグマティズム」という思想。なぜ今、必要とされるのか、その理由を考えます。
(2015/3/16 UPDATE)
番組スタッフ
「Apple Watch、買う?」

今週、皆さんの周りでもこのような問いの投げかけがあったと思います。

Apple Watchについてはネットのニュースのみならず、朝のテレビのニュースにおいても「速報」として扱われていました。
もはやAppleの新製品発表が速報扱いされるのは珍しくなく、それだけ日本が、世界が注目していることを意味していることは言うまでもありません。

私の周りでも「Apple Watch、買う?」という問いかけから始まるやりとりがいくつかありました。
私は「買ってしまうかもしれない」と答えてしまいました。
今回の「Apple Watch」については、話題が大いに先行しています。金額もピンキリで、最上位モデルは218万円もすると言います。(そんな高級品を街のケータイ・ショップで売るのでしょうか。家電量販店で売るのでしょうか。それはそれで興ざめです)

Appleが新たなハードをリリースするのは久しぶりのことで、これほどまでに話題となるのでしょうが、革新的な機能の有無についてはあまり触れられません。
そもそも革新的な機能などない。
時計としてはあまり格好の良いデザインとは言えない。
バッテリーは18時間しかもたないって、それは時計と呼べるのか。私の周りではそんな疑問も聞こえてきました。

私自身、ウェアラブル端末に特に興味があるわけでもありません。ジョギングなどもしません。
Apple Watchでももちろんメッセージのやりとりができるようですが、その形状から、音声入力の方がスムーズなようにも感じます。Siriの機能はオフにしているくらいですので、いちいちデバイスに話しかけるということも私の生活には定着しないと思っています。
「それでもなぜ欲しいのか」と2問目が来たならば、「Appleの新製品だから」と答えるでしょう。
その時の私は、目が「欠けた林檎」になっている状態かもしれません。

新しいApple製品が「発売」ではなく、「発表」されるたびに、「iPhone6、買う?」「発売日に手に入れる」、「Apple Watch買う?」「今回は見送るわ」といった問答が繰り広げられるのは私の周りだけではないでしょう。
こういった問答は、真偽を無視した「うわさレベル」であっても生じてしまいます。

ライトユーザーも信者もひとまとめにしたファンのほとんどが、常にAppleの新製品を購入するかどうかを検討する。あるいは、実際に購入するかどうかはさておき、Appleのために選択の余白を残してある。そんな気がします。

財布と相談する前にまず、買うことを検討する。買うことによりもたらされる未来を想像する。
しかも、何か新しい製品が発表されるたびに、それが繰り返し行われる。
そんなことを常に消費者にさせる企業が他にあるでしょうか。
製品・コンテンツ、あるいは手がける人・集団の単体で見ると、それに値するものはあるのでしょうが、国境を超えて、ここまで多くの人に「選択を検討させてしまう」のはAppleくらいしか知りません。

選択するという行為は崇高です。
企業、生産者は生産品・商品を通じて、消費者にその商品を消費するという選択を促さなければなりません。
特にモノやサービスが溢れる現代において、何かを選択するということはとても至難の技。選択を促すべく、企業は広告やマーケティングなど様々な戦略を打ち、消費者心理を何とか刺激しようと必死です。
Appleもマーケティングを入念に行っているのでしょうが、他の企業と比べて「消費にいたるまでの関門」がひとつ、ふたつ少ないような気もします。
常に、その企業のために消費、選択の余地を設けてあるというのは、よく考えると凄いことです。

「新しく出るA社のBという商品を買うか?Cも出るらしいけど買うか?」
そんなやりとりが当たり前になされていることこそが、その企業の圧倒的ブランド力の証明です。
次のジョブズを目指せ!次のAppleはどこだ!?そんな文句がよく使われますが、Appleが確固たるブランド力を築き、現在の地位を獲得するまでにいたる十数年を見ると、軽々しく使えたものではないなと思えてしまいます。


スタッフ:坂本
(2015/3/12 UPDATE)
番組スタッフ
<特集>
「終わらぬ絶望と伝える希望。『希望の牧場・ふくしま』のいま」

福島第一原発から14km地点・福島県浪江町にある「希望の牧場・ふくしま」。
ここは原発事故が起こるまで、肉牛を生産する平和な牧場でしたが、2011年3月の事故以降、その存在は大きく変わりました。

国は被曝した牛を殺処分するよう求めましたが、牧場の代表・吉沢正巳さんはそれに抗い続け、事故から4年となる今も300頭を超える牛を活かし続けています。
今の牧場は、命の意味、被曝が身体に及ぼす影響、そして原発そのものを考える象徴的な場所として存在し続けています。

吉沢さんが東京・渋谷で原発の危険性や命の大切さを説く街頭演説も、昨年末で100回を超えました。その演説は、4年前と何ら変わっていません。

私たちはこの事故から何の教訓を得たのでしょうか。
吉沢さんが訴えること、そして牧場をサポートする人々が伝える「絶望と希望」とは何でしょうか。

<ピックアップ>では、津波で甚大な被害をうけた、岩手県釜石市のきょうの表情を、FM岩手・釜石支局の千葉東也さんに伺います。

<まえがきは謳う>は「天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災」(磯田道史・著)を取り上げます。
(2015/3/11 UPDATE)
番組スタッフ
ある一面だけしか知らないにもかかわらず、他人の人間性をすべて知っているかのように評価する、もしくは評価したがる人に、たまに遭遇します。
実生活で遭遇することは稀ですが、ネット上、とくにニュース記事のコメント欄ではよく目にします。
昨日の夜から今日の午前中だけでも、二人のタレントさんに、プラスとマイナス、正反対の評価が下されているのを目にしました。

人間性を全否定されるぐらいの勢いなのが、「ものまね四天王」のひとりで「ルパン三世」のルパン役の声優として知られる、“クリカン”こと栗田貫一さん。
きっかけとなったのは、昨日放送されたテレビ番組「私の何がイケないの?」(TBS)。
番組は栗田さん夫妻に密着。密着VTRの中で栗田さんは、16歳年下の妻に対して、以下のような言動を平然とやってのけていたようです。

・買い物に出掛ければ「早く買えよ」と急かし、自分が買った物も妻に持たせる。
・夫婦でゴルフに行けば、先に打った栗田さんがカートで待機していたものの、妻が打った瞬間、カートを出発し、妻を置き去りにする。
・別荘にあるカラオケでものまねを練習中、妻が言った「今、ものまねしてた?」という一言にキレ、「殺していい?」と言い放つ。
・妻が過去に言われたひどいことを振り返り、電球の取り替えがうまくできなかったとき、「頼むから死んでくれ」と言われたと証言。
・収録後、ドッキリを仕掛け、妻が「離婚も考えるくらいやめて欲しい」と言うと、「いいよ、別に。上等なんだよ。逆に一人にさせてくれ。怒らなくて済むし」と逆ギレ。

この放送内容が書かれた記事が昨日の夜、ネットにアップされ、栗田さんへの批判が殺到。
人間性を全否定するようなコメントも見受けられます。

<栗田貫一、超亭主関白&モラハラ「殺していい?」離婚には「逆に一人にして」>
<妻に「死んで」「殺す」……栗田貫一の“モラハラ夫”ぶりに批判殺到中!「ルパンの声やるな」の声も>

たとえば、「亭主関白とかいう問題じゃなくて、人として相手に対する思いやりがない」「さすがにあれはモラハラでしょ!!マジでドン引いたわ」といったものほか、「こんな奴にルパンの声やってほしくない」というものまで。
番組を見る限りでは、栗田さんが“悪者”として描かれていたのは確か。ただ、それが素なのか演出なのか定かではありません。大袈裟に演じていた可能性も否定できません。

「細かいところは見えないけど、中々いい奴だと思う」「なかなか、できることでない。いいやつだ」「自分をしっかり持ってる人なんだろう」といったコメントが書き込まれるなど、栗田さんとは正反対に人間性を全肯定される勢いなのが、タレントのユージさん。
きっかけとなったのは、去年、子どもがいる女性と結婚し、さらに赤ちゃんを授かり2児の父親になった心境と、「理想の家族の形」を語った以下の記事です。

<突然、小学生の息子ができた! 昨年結婚のユージが明かす「理想の家族の形」 7歳年上の女性に猛アタック>

記事の一部を抜粋すると、こんな感じ。
*****
家にいるときは、娘のミルクやおむつ替え、入浴、寝かしつけ、掃除、ゴミ捨てなど、育児も家事も全てやる。
「できますよ。だって、僕が仕事の時は全部妻がやる。僕の方が体力あるのにできないなんてありえないでしょう」。
家事を終えてソファに座り、家族が見えた瞬間が幸せだ。
*****

栗田さんもユージさんも、人間性を評価する基準となっているのはネット記事。しかも、一方は“悪い一面”だけ、もう一方は“良い一面”だけを取り上げた記事です。
これでは評価するための材料があまりにも少なすぎるし、偏りすぎています。
「相手の一面だけを見て抱いた感情だけで全人間性を決めつけると、その人を見誤ることは必定」
これは、曹洞宗徳雄山建功寺の住職、枡野俊明さんの言葉ですが、この言葉が「ある一面だけを見て、他人の人間性を勝手に評価する行為」の危険性を的確に示しているように思います。

(スタッフH)
(2015/3/10 UPDATE)
番組スタッフ
3月9日(月)小田嶋隆(コラムニスト)●漫画「いちえふ」が示す、フクシマを淡々と描くことの意味
東京電力福島第一原発の作業員の日常を描いた漫画「いちえふ」。
2013年秋から漫画誌「モーニング」で連載が始まり、2014年4月23日に発売された単行本第1巻は、無名の漫画家としては異例の初版15万部を出荷しました。
作者は竜田一人さん(50歳)。職を転々としながら漫画家としても活動し、転職を考えていたころ、東日本大震災が起きました。
2012年6月から半年間、地元で「いちえふ」と呼ばれる福島第一原発で働くことに。
声高な主張はなく、作業員の目から見た“福島の現実”を、克明に淡々と記している、
「いちえふ」。
淡々と記すことで伝えようとしたメッセージとは?作者の竜田さんにお話をうかがいます。


3月10日(火)萱野稔人(哲学者)●人口減少と被災地の復興、どう両立させていくのか
東日本大震災を契機に、被災地では人口流出が加速しています。
そして、これを止める方途として、立派な復興事業が求められています。
しかし、立派な復興住宅の建設など、たとえ目の前の復興事業にお金をかけたとしても、将来、被災地の人口が減少し、高齢化すれば、その復興事業で建設されたインフラを維持するために多大なお金が必要となり、被災地自治体では破綻するところもでてくる可能性があるのではないでしょうか?
元岩手県知事 増田寛也さんを迎えて、復興事業のあり方と人口減少する自治体の運営について考えます。


3月11日(水)上●「希望の牧場・ふくしま」の今(仮)


3月12日(木)●陸海空、放射能汚染の今
今月1日に常磐自動車道が開通、いわき市から南相馬市へと北に抜け一部警戒区域となっていた国道6号線も、去年、一般の通行ができるようになりました。
福島第一原発の事故は、地震発生から4年が経ち、放射能汚染の現状を伝える報道も少なくなってきました。

徐々にではあるが日常が戻りつつある今、海、陸、そして人に対する放射能汚染の影響はどこまであるのか?
現地の関係者の声に耳を傾け、汚染の今を考えます。
(2015/3/9 UPDATE)
番組スタッフ
先日、レコーダーに撮り貯めたテレビ番組を“ながら見”していると気になるテロップが目に入りました。

「番組をインターネットに許諾なく公開することは違法です」

調べてみると、2月23日〜3月1日の19時から26時に放送する番組を対象に、原則として15分以上の収録番組の全てで上記のテロップが挿入されたのだそうです。
【日本民間放送連盟「それ、違法です。〜放送番組の違法配信撲滅キャンペーン〜」啓発テロップの表示について】

最近、テレビを見ているとただでさえテロップが多いことに辟易していたのに、また一つ注釈が増えたのか…とげんなりしたというのが私の本音です。一部のテレビ番組が、“見る”ものから“読む”ものになってしまっている。“読む”に値するものを読まされているかどうかはわかりませんが…。

「番組をインターネットに許諾なく…」というテロップを、視聴者を犯罪者予備軍にするな!と不快感を示す声もあるようです。
また、「インターネット動画をテレビ番組に許諾なく公開することは違法です」という、テレビもYouTubeにアップされている動画を無断で使用するなよ!というカウンターテロップをフリー素材として作ってしまった人も登場し、話題を呼びました。

しかしそれは、Googleがやるべきことのような気もします。
六本木にある某テレビ局が視聴者からの動画投稿サイトを設けるにあたり、「著作権について投稿者は意義を申し立てない」「報酬はない」「局は一切の責任を負わない」などの利用規程がヒドいとして炎上したことも記憶に新しいところです。
プロではない一般人によって生み出されるネット動画に、著作権等の「責任」にからむ規定を設けようとなるとGoogleも某テレビ局が進もうとした道を選んでしまうかもしれません。まぁ、きっとGoogleはやらないでしょうが。

テレビの人間をほんの少しだけかばうと、ネットの人気動画をまとめて紹介する番組においては、私が知る範囲では必ず許諾を得ています。報道番組などにおいては迅速性が左右されるため、もしかしたら動画の投稿主に許可を得ることなくネットの動画を使ってしまっているということもあるのでしょうか。
竜巻直撃の瞬間、交通事故などの動画はしばしばニュース番組でも、「視聴者投稿」とテロップが添えられた状態で目にします。テロップを入れているからには、投稿主の許諾を得ていると信じたいところ。
一方、「YouTubeより」といったテロップも目にしますが、こちらはもしかしたら許諾を得ていないのではないかと疑ってしまいます。

話が逸れてしまいますが、私は「視聴者投稿」という言葉が目にするたびに頭の中にひっかかります。
先にネットで話題となっている動画が、少し遅れてテレビの報道番組で紹介されることがあります。その動画にも「視聴者投稿」と注釈付けられているのですが、果たして本当に「視聴者」なのでしょうか。テレビの報道番組のスタッフが話題の動画を知り、投稿主に使用の許諾を得たとした場合、果たしてそれは「視聴者」なのか。「視聴者」というからにはその番組のファンであるかのような暗黙の前提があります。

テレビとは常に万人に見てもらっている存在なのだと思っているならば、驕りもいいところ。多くのテレビ番組がタダで視聴できます。しかし、日本国民の全員が視聴者ではありません。
娯楽が多様化した現代においては、なおさらです。テレビを見ないという選択肢もある中、常に見てもらっているなどと考えている驕りが見え隠れするから、テレビは反感を買ってしまうのでしょう。

最近では、報道番組などでもネットで話題の動画を紹介されることが珍しくないですが、四六時中、ネットの海をウロウロしているわけではない私から見ても、テレビでネットの話題動画が紹介されているのを見ると「古い」と思ってしまいます。
特にそれが鮮度を問われる報道番組だと絶句レベルです。
どこかの旅館の女将さんが撮影した伊勢海老の陸上脱皮を、ネットで話題になること数日後に延々と放送する夕方ニュースに出くわした時は恥辱の感情が沸き起こったことを記憶しています。

その質はさておき、ネットの情報量、スピードは圧倒的にテレビや新聞よりも勝ります。
テレビとネットの融合という言葉も全く定着しないので、薄ら寒く思われますが、おそらくテレビの世界の人間が誰もテレビに勝るネットの良さを把握しきれずにいるからかもしれません。
だからこそ“痛い目”を見るわけで、無理にネットで話題の動画をテレビが使用しなくても良いのに、と思うのは私だけでしょうか。

言わずもがな、ネットにはびこる違法動画のほとんどがテレビ番組を無許可で公開したものです。
違法動画でないネット動画と言えば、まず思いつくのがYouTuberによるもの。
某YouTuberは子どもに絶大な人気を誇っているようですが、30代の私には全く良さがわかりません。
テレビがつまらなくなったと言えども、私はYouTuberの動画を見るくらいならテレビを選びます。
テレビがつまらなくなったとは言えども、テレビ番組の質が悪いものだらけならば、誰もネットにテレビ番組をアップしません。
YouTuberが子どもに人気を博しているのも、何か大きな理由があるのでしょう。

地上波放送のテレビ番組は、“広い意味”で子どもと高齢者を主なターゲットにしていると言われます。
私が知る限り、テレビ番組の制作者の平均年齢はとても若い。平均年齢20代後半のスタッフが、50代のための情報番組を作っているというケースも知っています。

私も年老いたら、一日中テレビを見て過ごすこともあるかもしれません。
仮に、YouTuberが今よりも市民権を得て、「ポケモン」や「妖怪ウォッチ」のように、子どもなら誰もが通る道になってしまった場合…。そんな子ども時代を過ごした制作者が作るコンテンツとは、どんなものなのか。
単なる杞憂に過ぎませんが、想像するとゾッとします。


スタッフ:坂本
(2015/3/5 UPDATE)
番組スタッフ
<特集>
「『旅費半額補助』でむしろ不安なこと」

宮城県が、県内を訪れる観光客の宿泊代や、交通費の半額程度の助成を検討することを、宮城の河北新報社などが報じ、波紋を呼んでいます。
記事によると、旅行券や旅行商品を販売する事業者に割引相当額を補助するもので、県内在住者も購入可能。1人当たりの助成限度額もないといいます。

岩手県も同様に、県内の宿泊施設等で利用できる50%割引クーポンの発行などを予定。
福島県は県内宿泊費の一部助成(上限は未定)を審議している最中とのこと。

いずれも政府の「地域住民生活緊急支援交付金」を財源としており、東日本大震災で落ち込んだ観光客数の回復をめざしています。
観光客にとって半額で宿泊できることは、その地に訪れるきっかけにもなり、メリットが大きいように感じられます。
しかし、このような半額助成に対し、福島県郡山市で活動する集客・顧客情報活用コンサルタントの伊藤伸朗さんは、「リスクが大きい」「肝心なのはその後」と指摘します。

半額補助などの取り組みの「リスク」とは何か。
伊藤さんにお話を伺いながら、震災で落ち込んだ観光客の回復に必要なことは何かを考えます。


<ピックアップ>は「政治資金規正法、“抜け道”はなくせるのか」。神戸学院大学法科大学院教授の上脇博之さんにお話を伺います。


<まえがきは謳う>は「韓国化する日本、日本化する韓国」(浅羽祐樹・著)を取り上げます。
(2015/3/4 UPDATE)
番組スタッフ
3月2日(月) ●北陸新幹線がもたらす負の側面

東京−金沢間を最速2時間28分で結ぶ北陸新幹線。
先月6日にはマスコミ向け試乗会が大宮−金沢間で開かれ、14日には開業日の切符が全国のみどりの窓口などで一斉に発売され、「かがやき」の一番列車は25秒で売り切れるなど、開業を前に注目が高まっています。
こうした状況をうけ、「この分だと、3月14日のテレビや新聞は開業おめでとう一色になるのだろう」とツイッターで嘆いているのが、鉄道に関する著書の多い、明治学院大学国際学部の原武史教授。
その原教授をスタジオにお迎えし、あまりメディアで取り上げられていない“北陸新幹線がもたらす負の側面”について、お話を伺います。


3月3日(火) ●放送休止

明日の放送はお休みです。


3月4日(水) ●「旅費半額補助」でむしろ不安なこと

宮城県が「県内を訪れる観光客の旅費の半額を助成する」という制度を始める方針であることがわかり、波紋を呼んでいます。
この制度は、旅行券や旅行商品を販売する事業者などに割引相当額を補助し、震災で落ち込んだ観光客数の回復をめざすというもの。
関連経費約10億円を計上した本年度一般会計補正予算を県議会2月定例会に追加提案し、可決されれば、4月から助成がスタートする見込みです。
ネット上では「地方発でこのような新たな取り組みを行うことは大きな第一歩」「仙台行こうかな」などと歓迎の声が上がる一方、専門家はデメリットを指摘しています。
一見、効果がありそうな「旅費半額補助」。その一方で指摘されるデメリットとは?


3月5日(木) ●「世界で最も称賛される企業」が乗り出す電気自動車開発

アメリカのフォーチュン誌恒例の「World’s Most Admired Companies 」の2015年版が公表され、Appleが8年連続、「世界で最も称賛される企業」に選ばれました。
そのAppleが自動車産業にも乗り出そうとしています。
BloombergやReuters、New York Times、CNETなどの海外メディアが先月20日までに「電気自動車の開発を進めているAppleは、2020年にも生産を開始したい考えだ」と、伝えました。
報道によると、Appleはここ数カ月の間に「自動車チーム」の従業員数を急速に増やしており、すでに約200人がこの部門にいるといいます。
長年、巷に流布していた噂話がようやく現実的に動き出したという感じがするAppleによる電気自動車開発。
去年3月に発表された自動車用OS「CarPlay」のみならず、自動車そのものをつくるAppleの狙いとは?
(2015/3/2 UPDATE)

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