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番組スタッフ
8月31日(月) 番組休止

番組はお休みです。


9月1日(火) 速水健朗 ●大阪中1遺棄事件から考える、地域の絆と犯罪の関係性

45歳の男が逮捕された、大阪府の中1男女遺棄事件。
事件のきっかけとなったのは深夜徘徊だったこともあり、この事件の背景にある問題点として、「地域の絆の希薄さ」を指摘する声もあがっています。
たとえば、ある兵庫県議会議員は「必要なのは、地域でのコミュニティーや人間関係を再構築するなど、子どもたちの周りに存在していたクッションを再生させることではないか」、北海道新聞は社説で「保護者や行政、地域の人たちが連携して子どもたちに声をかけることで悲惨な事件を食い止めたい」と指摘しています。
大阪府の中1男女遺棄事件をうけ、指摘される「地域の絆の希薄さ」。
地域の絆が深ければ、犯罪発生率は減るのでしょうか?
『「昔はよかった」病』などの著書がある日本文化史研究家のパオロ・マッツァリーノさんにお話を伺い、「地域の絆と犯罪の関係性」を考えます。


9月2日(水) ちきりん ●日本の研究力が低迷している理由

日本の研究力の指標として、国際雑誌に発表される論文数の推移をみると、2002年頃から下降を始め、じり貧状態が続いています。
中国が2006年に日本を抜き、現在世界第3位なのに対し、日本は、イギリス、ドイツにも差をつけられ、現在第5位。
低迷しているのは論文数だけでなく、論文の注目度も。31位と他の先進国に水を開けられ、新興国との差も縮まっているといいます。
なぜ日本の研究力はこれほど低迷してしまったのでしょうか?
その原因と、低迷を食い止めるための方策を考えます。


9月3日(木) 小田嶋隆 ●「新刊の買い占め」という本の新たな流通方法の是非

村上春樹さんの新刊「職業としての小説家」(スイッチ・パブリッシング)の新しい流通方法が注目を集めています。
紀伊国屋書店」は今月21日、9月10日発売の村上春樹さんのエッセー集「職業としての小説家」について、初版10万部のうち9万部を、出版社から直接仕入れて販売すると発表しました。
取次会社を経由した通常の書籍流通とは別の異例の取り組み。紀伊國屋書店はその狙いをこう説明します。
「今回のビジネスモデルは、村上春樹さんの新刊書を紀伊國屋書店が独占販売するのではなく、大手取次店や各書店の協力を得て、注目の新刊書をリアル書店に広く行きわたらせ、国内の書店が一丸となって販売するという新しいスキームとなります」
「新刊の買い占め」という紀伊国屋書店の試みは、リアル書店を活性化させることができるのでしょうか。
試みの効果とともに、試み自体の是非を考えます。
(2015/8/31 UPDATE)
番組スタッフ
連日テレビを観ても、どの週刊誌を読んでも、集中的に取り上げられるのは痛ましい大阪・寝屋川の死体遺棄事件。
普段、事件を取り扱わないような類の番組の中には子どもを誘拐などの犯罪からいかに守るかといった護身術を指南しているものもあります。

容疑者が事件について黙秘を続ける今、マスコミが必死になって暴こうとしているのが彼の素顔です。ある雑誌が「鬼畜」という言葉で記事を締めくくっていましたが、私もまさに同じ印象を受けました。
あまりにも事件が痛ましく、犯人にどうしようもない怒りや憎しみを感じる場合、そういった感情を呼び起こす「原点」を犯人の過去に探ろうとします。
そんな場合、よく用いられるのが学生時分の卒業アルバムや文集です。
毎度毎度、どこから手に入れてくるのだろうかと驚かされますが、今回の寝屋川の事件でも容疑者の小学校時代の文集が報道に用いられています。

「これからは中学校へ行き、あと高校、大学、そして本当の大人になるわけだが、ぼくは戦争はとってもやりたくはない」

件の容疑者は文集にこう書いていました。
ここからどんなことが導けるのか。ある週刊誌は「なりたかった本当の大人には結局なれなかった」、あるテレビ番組は「平和を望む普通の少年だったのに…」というような文言を添えていました。

私は大人になってから自身の「卒アル」を見たことはありません。文集もそうです。
卒アルの寄せ書きや文集に何を書いたのかは忘れてしまいましたが、絶対に見られたくない「黒歴史」のような存在です。
「卒アル」や「文集」が綺麗な思い出になるのは、写真を撮り、言葉を綴った直後だけ。どんな顔をしていたか、何を書いたかは忘れていきますが、恥だけが増大していく。
そしてマスコミにとっては、何かニュースがあったときにストーリーを演出する上での重要な構成材料となる。
卒アルとは何とも恐ろしい文化だなと、私は思っています。
(ちなみに、フリーライターの中川淳一郎氏はマスコミの卒アル晒しを批判し、この際、自らのブログで自身の卒アルを晒すという興味深い試みをされています)

若かりし日の卒アルの写真で犯人が笑っていようものなら、こんな言葉が添えられます。
「愛らしい面影は今はもうない」
「この年頃のあどけない子供の命を奪ったのだ」

もし笑っていなかったら。
「どことなく影を漂わせる少年時代…」

卒アルの言葉、写真如何で紡ぎ出されるストーリーが違うのです。
事件というものは断片的に情報が集まるものの、よほど追い続けない限り、その全体像・人物像は見えてきません。 見えないからこそ、卒アルでストーリーを紡ぐのでしょう。

一般人の卒アルが発掘されるのは、事件など良からぬときがほとんどです。そこから紡ぎ出されるのは当該者の負をさらに演出するストーリー。 悲しくも事件の被害者となってしまった人は、夢を断たれた悲しみが取りざたされます。
卒アルが美談を演出する場合もあります。
偉業を成し遂げたアスリートや俳優、研究者などは、彼らが幼き日にどんな「夢」を語ったのか。どんな努力でもってして、その「夢」がいかに達成されているのか。
天才の所業を夢を見続けていれば叶う、努力はきっと報われるというように仕立て上げられる、スピリチュアルなストーリーにうんざりしているのは私だけでしょうか。

卒アルだけではありません。
最近では犯人が事件前後にSNSにどんな投稿をしていたのかを探る傾向もあります。
事件前には「犯罪を匂わせるもの」、事件後には「平静」や「動揺」を読み解かんとします。

マスコミは事件をしばしば時系列で追います。
犯人、容疑者の足取りがつかめない場合、「空白の●時間」といったやたらミステリー小説めいた言葉が使われるのですが、この「空白の」も事件をストーリー立ててしまうマスコミの特徴をよく表しているように思えるのです。
「空白の」という言葉を使うと、謎や不思議を駆り立てられますが、言い換えると「情報がない」だけ。
ストーリーが途切れてしまわないように「空白の」で穴埋めしているのかもしれません。

事件を「娯楽」として捉えるのは今に始まったことではないかもしれません。しかし、”本当はどうかわからないから不毛な気がするけれど、何だかそうかもしれない”卒アルを元に紡ぎ出されるストーリーを私たちはこれからも観させられると思うとげんなりします。


スタッフ・坂本
(2015/8/27 UPDATE)
番組スタッフ
ミステリー小説好きの血が騒ぐからなのでしょうか。
殺人事件が報じられ、なおかつ、その事件の容疑者が逮捕されていない場合、与えられている情報をもとに犯人を推理したい欲求に駆られるときがあります。
その推理を誰かにひけらかすわけでもなく、心にとどめ、容疑者逮捕後に推理が的中すればひそかに喜び、外れれば悔しがる。ただの自己満足です。

このようにわたしは推理を心の中だけにとどめられていますが、ネット上には自分の推理を不特定多数の他人にひけらかす不届き者がおり、それは、今、世間を騒がしている、大阪府寝屋川市の中学1年生の男女が遺体で見つかった事件でも見ることができます。

45歳の男が逮捕された先週金曜(21日)夜に放送された報道番組は軒並み高視聴率を記録したことからも注目度の高さが伺える、こちらの事件。

・NHK総合「NHKニュース7」⇒21・5%
・NHK総合「首都圏ニュース845」⇒24・5%
・NHK総合「ニュースウオッチ9」⇒21・6%
・テレビ朝日「報道ステーション」⇒22・5%

事件の被害者のひとりである女子生徒の遺体が見つかったのが今月13日で、第一報が報じられたのが13日の深夜。
45歳の男が逮捕されるまでには8日ほどあり、この間にネット上では迷探偵たちのさまざまな迷推理が披露されました。

犯人だと疑われたのは主に3人で、ひとりは「殺された女子生徒とツイキャスやツイッターでつながりがあったとされる、あるツイッターユーザー」。
女子生徒の遺体が発見された今月13日以降、突然ツイートを止めたため、2ちゃんねるやツイッターで事件への関与を疑われていました。
「女子生徒は家出しようとした⇒泊めてもらう場所探したが全部断られた⇒ツイッターで募集⇒子供好きの網にかかる」というもっともらしい推理も披露されていましたが、すべて事実無根。
ネットデマ速報によると、このツイッターユーザーは容疑者の逮捕後、「勘弁して欲しい」「勘違いって拡散して」と犯人とみなされていることに抗議しているといいます。

犯人だと疑われたもうひとりが、「猫爺(ねこじい)」。
これは、事件現場近くのコンビニの前で猫にエサをあげるのが日課で、地元で「猫爺」と呼ばれ、親しまれている43歳の男性。
風貌がかなり特徴的で、ひげにニットキャップ、首に長い鎖をかけているというもの。
この風貌でテレビのインタビュー取材を受けたことから風貌を理由に怪しまれはじめ、スポーツ紙などが報じた「女子生徒の遺体が発見される前日(12日)の深夜に被害者二人と話しているのを目撃した」という証言などをきっかけに、犯人だと疑う書き込みが増えていきました。

そして最後のひとりが、「男子生徒の母親」。
母親と思われる女性のFacebookを発見したネットユーザーがそれをネットに晒したことをきっかけに疑惑が広がり、腕にタトゥーが入っていること、服装が派手なことなど、こちらも風貌を理由に犯人扱い。
名前や顔写真を晒されるだけでなく、母親への疑いは容疑者逮捕後も晴れず、「容疑者はこの母親の元夫で主犯は母親」という、どうにかしている書き込みも見受けられます。

3人に共通するのは、「何となく怪しい」という不確かなもの。それでも、犯人だと疑われていることだけを伝えるまとめ記事はネット上に残り続けてしまうから非情です。
今のところ3人が直接的な誹謗中傷を受けたという情報はありませんが、とにかく気の毒としか言いようがありません。

それと、今回の事件の犯人捜しでとくに感じるのは“娯楽性”。
引き合いに出されている「川崎中1男子殺害事件」では、犯人が未成年だったこともあり、“正義感”のようなものを強く感じたのに対し、今回は何となく怪しい人物を犯人に仕立て上げることを面白がっているような印象を受けます。
なぜかというと、今回、犯人に仕立て上げられた3人はいずれも未成年ではなく、犯人として晒す意味を感じないから。そして、娯楽性に共感する部分もあるからです。

共感する部分というのは、冒頭でも書いたように、犯人を推理したくなるという点。でも、それをネットに晒すことには一切、共感しません。
理由は言うまでもなく、ネットに晒す行為の影響は思った以上に大きく、他人の人生をねじ曲げる可能性があるから。
ネットに晒す人たちは他人の人生をねじ曲げる可能性があることを知っているのでしょうか、それとも、知っていてあえてやっているのでしょうか。わたしは後者のような気がします。
乱暴ではありますが、晒しをやめさせるためには何らかの罰則を設ける必要があるのでしょう。

(スタッフH)
(2015/8/25 UPDATE)
番組スタッフ
8月24日(月)佐々木俊尚●戦後70年談話を出した日本が平和国家として向かう道
今週のタイムラインは戦後70年の日本人のあり方について考えます。
天皇陛下が70回目の終戦記念日である15日、政府主催の全国戦没者追悼式で「さきの大戦に対する深い反省」に初めて言及されたことについて、米主要メディアは安倍晋三首相の戦後70年談話とは「対照的」などと報じました。
70年談話を発表し、安保関連法案を法整備化しようとする日本はどこへ向かうのか。
国際政治学者の三浦瑠璃さんにお話をうかがいます。


8月25日(火)古谷経衡●安保法制に揺れる日本人が持つべき「ダブルの視点」
ライターの武田砂鉄さんをお迎えして、安保関連法案で揺れる日本人が持つべき「視点」についてうかがいます。


8月26日(水)飯田泰之●過去を克服できたドイツ、できない日本 その違いとは
戦後70年談話が公表される前のテレビ番組で、自民党の稲田朋美政調会長が、、「未来永劫(えいごう)謝罪を続けるのは違う」と述べ、先の大戦に関する「おわび」の文言は明記すべきでないとの認識を示しました。一体いつまで日本は謝り続けなければいけないのか?
同じ敗戦国であるドイツとは何が違うのか、考えます。


8月27日(木)小田嶋隆●戦後70年、今なお続く主体性なき「精神形態」
戦後70年談話が発表されたが、そこに首相本人の主体的な認識や気持ちを示されていないと指摘されます。
敗戦後の代表的な政治学者・丸山眞男の「軍国支配者の精神形態」には、
戦前の日本の軍国主義者たちは、ドイツのナチズムとは違って、主体的な意思と行動に基づく強靭な精神を欠いており、膨大な「無責任の体系」が支配して戦争へと突入していった、
といった内容が記されています。
丸山眞男の言葉をもとに、日本の無責任な精神形態について考えます。
(2015/8/24 UPDATE)
番組スタッフ
先週、サッカー女子日本代表の澤穂希さんが結婚したというニュースが日本をかけめぐりました。
くしくもお盆の折。
結婚相手である男性の謙虚さ、誠実さに続いてメディアが飛びついたのは、実家に帰省した未婚者たちに親が投げかける「澤さん結婚したねぇ」警報でした。これは、「澤さん結婚したねぇ」という言葉により、では未婚のあなたはどうなのかとプレッシャーをかける母に注意せよ、というもの。
ツイッターで共感を呼ぶ分には構わないのですが、大々的に取り上げていたワイドショーもありました。「もしこれが澤さんじゃなかったら」という想像が芽生え、無邪気におもしろがってもいられないと思った次第です。
タレントのフィフィさんが澤穂希さんの結婚に対するメディアの報じ方に、敬意が欠けていると苦言を呈していましたが、澤さんの結婚に始まり、未婚者への圧力に至るシナリオの背景にある番組制作者らの意図を思うと、あまりにも品がない。

それから1週間。お笑い芸人のザキヤマこと山崎弘也さんが結婚を発表しました。
「あのザキヤマが結婚したんだから」という未婚者を追い詰める無言の圧力が、あるのかどうかはわかりません。しかし昨日、ザキヤマさんの結婚について、既婚者である私は、仕事仲間である未婚のディレクターからため息混じりにこう問われました。

「結婚って良いもんですか?」
「まぁ、良いもんですよ」
「最近、結婚・出産が多いから何だか気まずいですね」
「・・・・」

確かに私の周りでは結婚、出産が増えました。芸能界も出産ラッシュに沸いています。
アベノミクスの恩恵を被り、懐に余裕のできた人だけが結婚するのか。
恋愛や結婚のきっかけとなった東日本大震災から、何かが熟す上で適度な時間が経ったことが関係しているのか。理由はわかりません。

ただ、未婚者の首を真綿で優しく絞め上げるような空気は漂っているように感じます。それは今に始まったことではないかもしれません。私の年齢的なものもあるでしょう。
しかし、即効性ある策もなく、何となく言葉先行で政府が「少子化対策を!」と日本救済策の最終手段ように掲げる以上、その空気は重みを増していくのかもしれません。

結婚生活わずか1日でも良いから、結婚したという履歴が欲しいと訴える友人もいます。
40代前半である彼は一度も結婚したことがないのですが、独身であることに不満はないそうです。
ただ、「性格に欠陥があるのではないか」というお決まりの想像をされることに耐えかねると言います。
だから、履歴としての結婚が欲しいと。

日本では「結婚している」というだけで「いい大人」の証明になったりもします。

某自動車メーカーで働く知人は新卒入社間もなく結婚しました。結婚にいたった理由が、結婚した人は早く出世するというそのメーカー内のルール。そのメーカーでは未だに結婚している人を優遇する数々の福利厚生がしかれ、事実、既婚者の方が出世している割合が高いそうです。昔ながらの日本企業という感じです。

これまた私の知人の話ですが、40歳を前にして日本全国を転々としながら、ノマドな仕事をしているプログラマーがいます。その土地土地で人と触れ合い、プログラマーとしての自身の腕を生かす職を見つけたり、都会からの地方移住者を探しては訪れ、理想の働き方、生き方なるものを追求しているようです。
何だか楽しそうだけど、うらやましいとは思わない。彼のことをそう評する人もいます。
彼は常々、結婚したいと言っているらしく、しかし、結婚して子供がいたらそんな地方を転々とすることを理想とする生活はなかなかできないのではないか、というのです。

既婚者による未婚者の「上から目線」は珍しくはないのですが、人格に問題があるのをまず認めて、結婚しない理由を納得するならいざ知らず、結婚してないことをまず認めて、人格を疑いにかかるとは未婚者への侮辱に他ならず、既婚者の奢りも甚だしい。

私自身も最近、反省させられる場面がありました。
数ヶ月前のある仕事でのこと。あるお笑い芸人が結婚し、それについて芸人は結局なぜモテるのかを考えるというテレビ番組がありました。そこには未婚の芸人(男性)がいたのですが、いつ結婚するのか、もうしないのか。した方がもっと売れるのではないか、などと構想の段階で未婚の彼を追い詰めるような展開にしようとします。原稿を書いてみて、それをチェックした一番エラい人が「下品だよね、これ」と一言。
確かに、下品でした。誰かの結婚を優位においた、未婚者いじりなど見ていて気持ちの良いものではない。
結婚に対する価値観、是非を問うのではなくただ感想を聞く。ある芸人の結婚をただ祝う。
正解かどうかはわかりませんが、反省により私たちが至った結論はそれでした。

結婚の形、家族の形は変化しています。その一方で、超高齢化というどの国も体験したことのない領域に突入しようとしている日本は、救済策として少子化対策を求めています。
結婚し、子を持つことが日本の未来に貢献すること。是とされるのは常に、時代の流れに逆行する思考です。

「結婚しない」という選択をした男女もいます。「子供を持たない」という選択をした夫婦もいます。
そんな人たちを、日本は寛容さでもってして包み込むことはできるのでしょうか。
日本の未来を救うために欠かせないのは本当に労働人口を増やすという意味での「少子化対策」なのでしょうか。
現代から遠くない未来までの労働人口を鑑みて、「増えること」を念頭に置かず、持続可能なインフラを再構築すべきかもしれません。
しかし、対策を講じるには遅すぎ、国がやろうとしていること、やっていることが誰の未来を救わんとするのか今いちわかりません。


スタッフ・坂本
(2015/8/20 UPDATE)
番組スタッフ
他人が出した音を「騒音だ」と口に出して言うのは、結構な勇気を必要とする行為です。
「心の狭い奴」と思われたくないから口には出さないものの、実は胸の中には我慢ならない音を抱え込んでいたりします。
わたしがどうしても我慢ならないのは、近所に住むバイク乗りの男性が出す必要以上に大きなエンジン音。
このコラムを書いているときにも、窓の外からそのエンジン音が鳴り響き、イライラ。窓を閉めていても、うるさいのですから、たまったものではありません。

バイクのエンジン音を「騒音」と感じてしまうことからも分かるように、わたしは他人から発せられる音にそれほど寛容とは言えません。
ただ、最近では、そんなわたしでも理解に苦しむような騒音に関するクレームが出始めています。
ひとつは、今まさにシーズン真っ只中の夏祭りや盆踊りの練習の音。
これらの音に苦情が寄せられるケースが相次いでいます。

イヤホン耳に無音で盆踊り…「不気味」でも「踊りに没頭できる」(「産経ニュース」2015/8/17)
お囃子練習は「騒音」?増える苦情、各地で時短など配慮(「朝日新聞デジタル」2015/7/11)

阿波踊りの練習の音に対し、3〜4年前から「音がうるさい」という苦情が県庁などに寄せられるようになった、徳島県。
神社で行われているだんじり祭りの練習の音に、最近、新たに住み始めた人から「うるさい」といった苦情が寄せられるようになった、大阪市。
同じく神社で行われているだんじり祭りの練習の音に、5年ほど前から「子どもが寝られない」などと苦情が出るようになった、兵庫県尼崎市。
苦情が寄せられた神社では、練習時間を土日の昼間に限定。太鼓を15分叩いたら5分休憩をとるなど配慮を重ねているようです。
そして、大阪市、尼崎市同様、だんじり祭りがある大阪府貝塚市では、だんじり祭りの約1カ月前から回覧板を回し、あいさつ回りをして、周辺の住民に理解を求める町会もあるといいます。

また、地域からの苦情に配慮し、2009年には無音の盆踊りも登場。
愛知県東海市大田町は踊り手がイヤホンの付いた携帯ラジオを持参し、FM電波で同じ曲を聴きながら踊る「無音盆踊り」という試みを始めています。

ちなみに、わたしの家の近所にある公園でも祭囃子の練習が行われていて、週末になると祭囃子の練習の音が聞こえてきますが、これまで「うるさい」と思ったことは一度もありません。
むしろ、夏祭りの開催が迫っていることを耳で感じ、心躍ることの方が多いような気がします。

理解に苦しむ騒音に関するクレーム、もうひとつが、視覚障害者を誘導するために公共施設や駅で流す「盲導鈴」に対するクレーム。

盲導鈴、苦情で音小さく 住民「子が寝付けぬ」/障害者団体「理解して」(「北海道新聞」2015/6/26)

視覚障害者を誘導するために公共施設や駅で流す音「盲導鈴」が、住民の苦情により、音量を絞るなど対応を迫られるケースが北海道で相次いでいるようです。
たとえば、今年4月に開校した札幌視覚支援学校。開校当初、朝から夕方と夕方から午後9時まで「ピンポーン」という機械音を流していたのですが、住民からの「頭が痛い」「子供が寝付けない」といった苦情をうけ、一カ月後の5月から機械音を聞き取りづらい鳥の鳴き声へ変更しています。

上記のケースを見ると気が付くのが、苦情が出始めたのがいずれもここ数年であること。
阿波踊りは「3〜4年前」、大阪市のだんじり祭りは「最近」、兵庫県尼崎市のだんじり祭りは「5年ほど前」、無音盆踊りは「6年前」、盲導鈴は「今年5月」。
子どもの声を騒音とみなす保育所の騒音問題も、明るみになったのは「3年前」の2012年頃。
ここ数年のうちに、急激に音に対する不寛容が進んでいるのを感じます。

どうしてこうなってしまったのか、確かなことは分かりませんが、ここ数年、よく見られる「苦情をうけ、変更もしくは中止」というダメなサイクル。
このダメなサイクルが、本来、口に出しづらいはずの「騒音だ」という苦情の声をあげやすくしているような気がします。

(スタッフH)
(2015/8/18 UPDATE)
番組スタッフ
8月17日(月) 佐々木俊尚 ●世界が注目する新たな会社組織の形態「ホラクラシー」の実態とは?

靴のオンラインショップを展開し、2009年当時あのアマゾンから史上最大の買収額で買収された、ザッポス・ドットコムが取り入れたことで、世界中からの注目を集めている「ホラクラシー」。
「ホラクラシー」とは、社員全員が役職を持たず、上司・部下の関係が存在しない組織形態のこと。
ホラクラシーの下では、意思決定機能が組織全体に拡張・分散され、組織を構成する個人には役職ではなく、各チームでの役割が与えられます。
では、実際、上司がいない組織「ホラクラシー」は、どのように運営されているのでしょうか?その実態に迫ります。


8月18日(火) 速水健朗 ●世界からも注目を集める都市、福岡市の戦略とは?

地元コミュニティの活性化を目指して、地方都市が若者の移住誘致に乗り出すケースが全国で増えている。その中でも注目されるのが、IT分野のスタートアップなどを支援する国家戦略特区に選定された福岡市。
つい先日、Jタウン研究所が発表した「住みたい都道府県ランキング」では、東京や沖縄などをおさえて1位。英国のグローバル情報誌「MONOCLE」が発表した「住み良い都市ランキング」では、シンガポール、京都、パリを上回る12位。
また、福岡市には『妖怪ウォッチ』を製作したゲームソフト企業レベルファイブが拠点を置いている他、ウェブサービス企業LINEが新社屋を建設して東京本社に次ぐ国内第2の拠点を整備する構想を明らかにしています。
一体なぜ、ここまで福岡に追い風が吹いているのでしょうか?その理由を紐解きます。


8月19日(水) ちきりん ●社名から読み解く、グーグルが持ち株会社を設立したわけ

アメリカのIT企業グーグルは今月10日、組織再編を発表し、新たに設立する持ち株会社「アルファベット」の傘下で、ネット検索事業を行う「グーグル」とドローンの開発など新規事業を行う子会社に分離し、事業の透明性を高める方針を打ち出しました。
共同創業者であるラリー・ペイジCEOが新会社「アルファベット」のCEOになり、グループ内で最大事業部門となる「グーグル」のCEOにはサンダー・ピチャイ氏が就任するといいます。
話題となったグーグルによる持ち株会社「アルファベット」の設立。その狙いと背景にあるものを社名から読み解きます。


8月20日(木) 小田嶋隆 ●相次ぐ政治家のいじめ自慢と社会に広がるマッチョ思想

先日、自民党の熊田裕通衆議院議員が、自らのサイトに「産休でやって来た若い女性教師が生意気だったので、トイレに閉じ込めて爆竹を投げ入れた」という武勇伝を掲載していた件が問題となりました。
また、この少し前にも、同じ自民党の中川雅治参議院議員が、自らのサイトで同じ自民党の参議院議員である義家弘介、橋本聖子との座談会の中で「小さくて可愛い同級生の服を脱がせ、服を教室の窓から投げていた」「同級生を脱がせて皆でお腹やおちんちんに赤いマジックで落書きをしたりした」などと、過去の武勇伝を掲載していました。
小田嶋隆さんは自民党議員らの相次ぐいじめ自慢から「マッチョ思想」が伺えると指摘します。
このマッチョ思想は社会に広がるのでしょうか?広がってしまったのでしょうか?
(2015/8/17 UPDATE)
番組スタッフ
体に感じる夏の暑さが年々、限界値を更新しつつあるのは私だけでしょうか。
外出が命がけとなりうる夏は、今後も続くのでしょうか。
もちろん人間風情が天候そのものを変えることなどできることなく、暑さにいかにやられないかという対処療法でしか夏を乗り越えることはできないのです。

当たり前のように猛暑日となった8月上旬。70歳を超える、ある企業の会長の取材に行った際、彼は「こんな国のこんな季節にオリンピックをやろうというのが信じられない。例えば東京の道をマラソンで走ってみろ。人が死ぬぞ!」と真面目な顔で言っていました。

日本の暑い夏を彩るのが、全国高校野球選手権大会です。
最高気温35度前後の日が続き、グラウンドはさらに高温となった甲子園球場。大会本部は試合を控える出場チームに水分補給の重要性を説明し、試合後すぐ取材を受ける選手に水の入ったペットボトルを手渡しているそうです。
それでも熱中症や日射病で救護室に行った観客は8日に61人、9日に42人になりました。

「猛暑日」という言葉が生まれるまで失念していましたが、夏の熱中症要因として「激しい運動」を環境省があげるように、球児たちはかなりのリスクを冒して甲子園のグラウンドに立っています。

「汗が清々しく美しい」と言われますが、命を削っている汗かと思うと、何だかもう見ていられない。
でも、誰も彼らにやめちまえなんて言えません。泣きながら土をこそげ取る球児に誰がそんなことを言えるでしょうか。
日本のお国柄か、国民性か。
プレイヤーが鍛錬のために自信の肉体に限界まで鞭を打ち、立ちはだかる苦難を精神で乗り越える。それがスポーツにおける美しきものとされます。その美しきものを観たい人間にとって、負けた瞬間に「勝利への欲望」は消失し、負けてはしまったけれど努力や友情という美しいサイドストーリーへの満足に変わる。
いわゆる「スポ根」と「涙」の関係性とは、現代に当てはめると何だかいびつに思えてしまいます。

命を削る努力は美しい物語になりがちですが、ヒットポイントが削りとられ、挙句死んでしまったら何も美しくない。
それでも、誰も決してやめろなんて言えない。
仮に、の話です。美化されたとんでもない労働を綺麗風な言葉で美化する某居酒屋チェーンの会長が総スカンを食らうように、高野連のトップが無垢な笑顔で「高校野球の汗と涙は暑い夏にやってこそ映える」なんてことを言えば、総攻撃の的となるでしょう。正義とも悪意ともつかない何かに攻撃される生贄が祭り上げられれば、「10月に高校野球選手権大会をやりましょう」なんて声がもっと高まっていくかもしれません。仮にのお話です。

何でもかんでも美化するのは最近の傾向なのでしょうか。今に始まったことではないのでしょうか。
オリンピック報道をはじめとし、日本はスポーツをきちんと批判分析しない、ナンセンスな美化文化があると指摘したのはデーブ・スペクター氏です。美化とは日本のお家芸なのでしょう。

以前、不動産ベンチャーを取材した際のことです。
社員の平均年齢は20代後半。朝は今時、珍しく朝礼で始まります。
何やら居酒屋のトイレに書いてありそうな文句を大声で叫んでいました。
合宿もありました。彼らはそこでビジネススキルを高めるかと思いきや、少々の筋トレをし、社訓を絶叫するだけ。翌日は声がガラガラで、お客様に心配されてしまうなんてことも。
社訓の中には「いつ何時とも、私たちは前を向き続ける」、
そんな言葉がありました。

世知辛い世の中。漂う閉塞感。失われた●●年。
こういった文句が一生つきまとう現代社会を生き抜く手段として「いかにポジティブであるか」という思考法が重宝されます。
流行りもので言うと、松岡修造のポジティブを呼び起こす熱い名言もそうですし、どんな悪意に満ちたツイートもポジティブに受け応えするノンスタイルの井上裕介さんの人気もそうです。

スポーツ、社会のみならず、政治を見ても、おかしな言葉でごまかし「美化」していることは珍しくありませ
ん。
「美化する」ことで辛い現実を分析しない。「ありのままで」と考えることを放棄する。
そうではなく、汚いものを汚いと捉えて分析し、対策を講じるべく考えるという解決法もいいと思います。

スタッフ・坂本
(2015/8/13 UPDATE)
番組スタッフ
8月10日(月)佐々木俊尚●一人っ子政策の影響!?「ドラえもん」が中国でヒットしている理由
中国で大ヒットしている映画『STAND BY ME ドラえもん』。
ヒットの背景には「一人っ子政策」後、1980年代、1990年代生まれにとくに支持されているのだという事情があるとの見方があります。
中国で興行収入の最高記録に迫る勢いでヒットしている映画『STAND BY ME ドラえもん』、ヒットの背景を読み解きます。


8月11日(火)番組休止



8月12日(水)飯田泰之●「首相官邸の前で」が映し出す、記録することの意味
20万人の官邸前抗議を捉えた記録映画、「首相官邸の前で」が9月2日から公開されます。
この映画は、2012年夏に首相官邸前に集まった約20万人の人々によって行われた福島第一原発事故後の原発政策への抗議運動を捉えたドキュメンタリー。
菅直人・元首相や被災者ら8人のインタビューと、ネットに投稿された動画(自主撮影の映像)で構成され、デモが拡大していく過程が淡々と描かれています。
この映画が映しだす「記録することの意味」とは?


8月13日(木)小田嶋隆●「ステマ記事」排除にみる、ネットメディアの未来
広告記事であるにもかかわらず、広告記事であることを隠す記事を指す「ステマ記事」。今、このステマ記事を撲滅に向けた動きが活発になっています。
「Yahoo!ニュース」と記事提供契約を結ぶ一部のニュース提供社が、ノンクレジットの広告記事(※広告であることを隠し、通常の編集記事であると誤認させた広告記事)をYahoo!ニュースに配信している可能性があるとの報道を受け、ヤフーは7月30日、「これらの行為について、積極的に排除し、撲滅したい」との考えをYahoo!ニュースのスタッフブログで示しました。

業界を挙げて対策が講じられるなど、活発になっているステマ記事撲滅に向けた動き。
こうした動きがネットメディアにもたらす影響を考えます。
(2015/8/10 UPDATE)
番組スタッフ
JR京浜東北線の横浜―桜木町間で架線が切れて停電し列車が立ち往生した事故。花火大会も重なり、4日はおよそ35万人に影響が出ました。
停車禁止区間に電車を止めたため、再発進時に過大な電気が流れ、火花が発生して断線したというのが原因のようです。

ツイッターには友人がカバンを投げ込んだから火花が飛んで、電車が止まってしまったというデマまで飛び交いました。JR東日本は可能性はないとは言い切れないとして調査に乗り出したと言います。

翻弄された人にとっては悲劇でしかありませんが、SNSで注目を集めたいという承認欲求と、SNSでバカを晒すヤツは懲らしめたいというネットの過度な倫理観が合わせって今回のような事態になりました。おなじみの光景です。
ツイッターには「ウソ」も転がっていると教えてくれた「偽原因」騒動ですが、ツイッターには時として誰かに教えたくなる「真実」もあります。思わずシェア、RTしたくなる写真や動画がそれです。

事件・事故の臨場感を伝えるツールとしてSNS、特にツイッターやユーチューブは大活躍しています。
今回のJR京浜東北線の立ち往生事故でも、テレビのニュースを見ると事故当時の写真や映像があちこちで使われていました。

「●●テレビの●●と申します。画像を使わせていただきくDMをお送りしたいので、フォローしていただけますでしょうか」
というツイッターやユーチューブにむらがるマスコミの取材姿勢に対して昨今、非難が集まります。
「現場取材しろ!」と。

確かにネットで話題のことをテレビや新聞が取り上げ過ぎというのもあるかもしれません。
情報報道番組を見ると、どれもこれもすでにネットではおなじみのネタだったりするので、やはりいかにネットに無縁な人を取り込もうか必死であるなともうかがえます。
ネットの即効力には

即効性で及ばないならば、テレビや新聞は自身が持つどんな力を使うべきか。
その一つが取材力でしょう。
非難されるツイッターへ群がりも、取材の一環。その事件を記事やVTRにするための構成要素の1パーツとして使うだけです。

ネットメディアがどうかは知りませんが、私の知る限りですが、きちんと現場に向かい当事者(あるいは限りなくそれに近い人)に取材しています。
知人のディレクターなどまさに報道番組を担当しているのですが、何か事件・事故があり、その臨場感を伝えるSNSの投稿が話題となるたびに投稿主に使用許諾を得るため、ツイッターでのアクセスを試みます。
しかし、それは事件・事故の導入に過ぎず、必ず後追い取材があるのです。
これも私の知る限りですが、SNSでの動きは当時の臨場感を伝える一要素に過ぎないため、実際にきちんと現場に足を運び、当事者やそれに近い人に取材するのがお決まりです。

しかし、事件・事故当時の動画とともに使われる「視聴者提供」という言葉に違和感を覚えることもあります。
テレビ局側が使用の許諾を得るためにアクセスした投稿主がそのテレビ局の視聴者がどうかはわかりません。
見ていない人を視聴者と断ずることに、大マスコミならではの無邪気なまでの「無意識の傲慢さ」を感じてしまいますが…。
テレビ離れが叫ばれながらもテレビのミスはネットで話題となります。
娯楽ではなく、監視対象と化してしまった大マスコミ。「無意識の傲慢さ」を敏感に汲み取るユーザーに非難されてしまうのでしょう。

スタッフ・坂本
(2015/8/6 UPDATE)
番組スタッフ
アフリカ南部のジンバブエの国立公園で、地元で人気だった野生のライオン「セシル」が殺された問題。
日本ではあまり報じられていませんが、少し調べてみると、まずその殺され方のあまりの残酷さに驚かされます。

「同じ目に遭わせたい」ジンバブエの人気ライオンを射殺した米国人歯科医に批難が殺到、殺害予告まで(「IRORIO」2015/7/29)

セシルを殺したのは、「トロフィー・ハンティング」と呼ばれる狩猟が趣味のアメリカ人歯科医。
これまでも、世界各国で捕獲した獲物をフェイスブックで公開していた人物で、こちらでその一部を見ることができます(※閲覧注意)。

殺害方法がなかなかに残酷で、地元のガイド2人に5万ドル(約620万円)を支払い、餌を使ってセシルをおびき寄せ、ボーガン(銃の形をした機械式の弓)を使って40時間かけて追跡、公園の外の私有地まで追い込み、ボーガンなどで射殺。死体から皮ははぎ取られ、頭部も切断されていました。
映画やマンガに登場しそうな殺し方で、とにかく残酷さが際立っています。

こうした“残酷さ”が目に付き、さらに周辺情報を調べてみると、ライオンがおかれている、さらなる残酷な環境が見えてきました。

ジンバブエ、南アフリカなどアフリカ南部の一部では、野生動物の狩猟が「観光産業」として成り立っていて、費用はハンター一人あたり1万〜5万ドル(125万〜620万円)。
10〜14日ほどのツアーでライオン、ゾウ、バッファローなどを狩猟し、角や皮などを戦利品として持ち帰ることができるのが特徴。
南アフリカの「狩猟産業」は年間5億ドル(約620億円)規模に達するなど、貧しいアフリカの国にとって貴重な収入源になっています。
そして、この産業を支えているのが、ハンティング用に人工繁殖させられているライオンの存在。

ジンバブウェで殺されたライオンと南アで殺されるために繁殖させられているライオンたち(「The Huffington Post」2015/8/1)

現在、南アフリカではライオンを人工的に繁殖させ、野生の環境とはほど遠い劣悪な環境で育てている場所が約220以上あり、最低でも7000頭が「トロフィー・ハンター」たちに至近距離から殺されるために飼育されているのだといいます。

飼育のされ方も残酷で、たとえば、飼育されたライオンは銃殺される日が近づくと、あまり餌を与えてもらえないのですが、これもハンティングのため。
飼育されたライオンは、人間によって餌を与えられ続けたため、人間の気配を察すると、餌をくれると勘違いして、車に近寄ってくる。
「トロフィー・ハンター」はほとんどが狩猟のスキルがない素人なので、こうやって近くに寄ってきたライオンを歓喜しながら銃殺する。
よくできた残酷なシステムです。

とはいえ、感情論を捨て、冷静になって考えてみると、人間が食べるために飼育されている牛や豚、鶏も、上記のライオンと同じようなシステムで成り立っていることに気付きます。
要するに、殺して食べられるために飼育されているわけで、大きくは変わりません。
明確な違いは最終目的で、一方は「食べる」で、もう一方は「殺す」。
「食べる」を目的にすれば、「殺す」がなぜか肯定されてしまう。不思議なものです。
ライオンの人工繁殖を「残酷」と捉えてしまうのは、ほとんどの人間がライオンを「食べ物」とみなしていないせいなのかもしれません。

(スタッフH)
(2015/8/4 UPDATE)
番組スタッフ
8月3日(月) 佐々木俊尚 ●アメリカ大統領選でも言及!配車サービス「ウーバー」の是非

新たな配車サービスを世界で展開しているベンチャー企業「ウーバー」。
ITを活用したサービス開発で市場を開拓し、新たな雇用を創出した点は高く評価されている一方で、専業のドライバーを雇わない体制については、労働者から不当に搾取しているとの批判の声もあがっています。
新たな働き方、市場開拓としてユーザーの注目とさらなる飛躍のための資金を集めるウーバー。
アメリカ大統領選でも言及される次世代配車サービスの光と影とは?
『破壊者・UBERの正体』の著者で経済ジャーナリストの中西享さんをスタジオにお迎えし、お話を伺います。


8月4日(火) 速水健朗 ●民主国家における美術館のあり方

東京都現代美術館で開催中の子ども向けの企画展「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展で、現代美術家・会田誠さん一家による文部科学省への批判を書いた作品について、館側が会田さんに改変などを要請していた問題。
結局、東京都現代美術館は要請を撤回し、原状のまま展示を続けることになりましたが、今回の問題をうけ、「日本の美術館の問題点」を指摘する声もあります。
「日本の美術館の問題点」とは何なのか?また、民主国家において美術館とはどうあるべきなのか?
東京都現代美術館による撤去要請をきっかけに、民主国家における美術館のあり方を考えます。


8月5日(水) ちきりん ●新たな外交手段、「科学技術外交」の可能性

政府が、日本の優れた科学研究や技術を外交に役立てる「科学技術外交」に力を入れ始めています。
中米パナマでは、日本でクロマグロの完全養殖を成功させた近畿大がキハダマグロの完全養殖に取り組み、ブータンでは氷河湖が決壊するリスクを調べたり、インドネシアでは泥炭や森林から出る二酸化炭素を抑制する研究も行われています。
東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要国の世論調査では、日本について関心のある分野は「コミックやアニメ」「経済技術協力」より「科学技術」が上でした。
日本が力を入れ始めた「科学技術外交」。その背景には何があるのか。
また、「科学技術」は新たな外交ツールとして機能するのか、その可能性を探ります。


8月6日(木) 小田嶋隆 ●国会議員全員にFAXは国会前デモより効果があるのか

先週末も行われた国会前デモ。デモの効果を疑問視する声もありますが、そんななか、株式会社クレイジーワークス代表取締役の村上福之さんが先月23日、Webサイトのフォームから全国会議員の事務所にFAXで意見を送れる「Japan Changer」を公開しました。
村上さんは「国会前デモより効果あるかもしれないサービス」としています。
にわかに話題となっているサービス国会議員全員にFAXを送れるサービス。
このサービスを通し、国会議員全員にFAXが国会前デモより効果があるのか、考えます。
(2015/8/3 UPDATE)

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