DAILY NEWS ★あなたの気になる特集内容は?ソーシャルボタンでシェアしよう!

番組スタッフ
子供を保育園に入れる活動を指す「保活」。
同年代の経験者から大変とは聞いていましたが、子供が産まれる前は他人事。当事者になった今、その大変さを実感しています。

失敗すると職を失う「保育園探し」の一寸先は闇(「毎日新聞 経済プレミア」2015/9/25)

保育所には、東京では「認可保育園」、「認証保育所」、「認定こども園」などがあるのですが、とくに競争率が高いのが、「認可保育園」。
理由は、部屋や庭が広く、保育の質も高く、収入によって保育料が決まる仕組みなので、よっぽど収入が高くなければ保育料は安く済ませることができるため。
収入にかかわらず保育料が一律、しかも保育料が安ければ部屋が狭いなどのデメリットもある「認証保育所」、まだまだ数が少なく、近所にないことの方が多い「認定こども園」と比べると、その競争率の高さは必然と言えるでしょう。

ちなみに、「認可保育園」と「認証保育所」の保育料を比較すると、市町村によって保育料の算出方法は異なりますが、『まるごとわかる保育園』(自由国民社)によると、「認可保育園」は世帯年収が540万円、所得税額が14万円の世帯で月の保育料は3万3400円。
「認証保育所」は安くても6万円台、立地がよく、設備が充実しているところであれば8万円を超えるところもあるので、「認可保育園」の安さが際立ちます。

そして、この競争率の高い「認可保育園」に入れるかどうかを決めるのが「世帯指数」というもの。
こちらも算出方法は各市町村で異なり、「子供の面倒をみる人がいない」状態を点数化して指数が高い人から入園を許される仕組みになっています。

区役所に確認したところ、わたしが住む区では「22点」のせめぎ合い。
常勤(外勤または自営)でフルタイムの場合が11点で、両親が常勤でフルタイムであれば合計22点。ほとんどの人が22点で申請するため、22点では入園できる可能性は低いのだといいます。
ちなみに、わたしの世帯も22点で0歳の申請では入園できませんでした。
事前のリサーチと対策を怠った、当然と言えば当然の結果ではあります。

では、どうすれば、横並びの22点から頭ひとつ出ることができるのかといえば、勤務状況以外での加点を狙うこと。
その加点条件にはたとえば、「申込み前に認可以外の保育所(認証保育所など)に預けていれば、月2万円以上の費用がかかっていれば2点加算、月2万円未満であれば1点加算」、「希望する園に兄弟姉妹がすでに入園している場合は1点加算」、「ひとり親であれば1点加算」などがあります。

1点を加えるために一時的に離婚する夫婦もいると言いますが、それは非現実的。現実的なのは、「申込み前に認可以外の保育所に預けておくこと」になります。
そうなると、来年4月の入園を目指し、申し込みの締め切りである今年の11月もしくは12月より前に、認可以外の保育所に預ける必要が出てくるのですが、こちらの争いもまた熾烈。
わたしは今のところ、近所にある5カ所ほどの認証保育所に申し込んでいますが、そのいずれもが20人以上待ち。
締め切りまではあと1〜2か月、何らかの奇跡が起きない限り、まず入ることは不可能でしょう。

加点を狙う以外では、ある書籍には、「どれだけ仕事をしているか、どれだけ保育が必要かを申込書でアピールすべし」とのアドバイスがあったりします。
具体的には、「復職できないと、会社をクビになる」や「共働きでないとローンを返済できず、家を手放さなくてはならなくなる」などの例が挙げられていますが、どれほど効果があるかは不明。
そのアピールの真偽をどうやって確かめるのかという疑問もあり、嘘を書く人もいるのではと疑いたくもなります。

子供を保育園に入れるためにやっていると言えば聞こえはいいですが、冷静に考えると、「保活」はおかしなことだらけです。
私で言えば、認可保育園に入るため、事前に認証保育所に入れておくのは無駄。でも、他に方法がないから、この方法にすがってしまう。
つまり、「保活」によって無駄な行動が生じてしまっているのです。

書籍『「全身〇活」時代』(青土社)の中からも、「認可保育園に入るポイント稼ぎのために、ありとあらゆる行動を調整せざるを得ない」という指摘を見つけることができます。
*****
※以下、大内=大内裕和(中京大学国際教養学部教授)、竹信三恵子(和光大学教授)
大内:認可保育所と無認可保育所の利用には、興味深い関係があります。認可保育園入園については選考基準があり、その多くはポイント形式です。無認可保育所や認証保育所に入園しているとポイントが高くなるので、必要がなくてもとにかく早くからこれらに入園させる状況になっています。また、会社が育児短縮時間勤務を設けていてもフルタイムでないとポイントが下がるので使用できないとか、認可保育所に入るポイント稼ぎのために、ありとあらゆる行動を調整せざるを得ない「全身保活」が広がっています。
竹信:ゲームの世界ですね(笑)。ポイントやアイテムをゲットしながら、ひとつひとつ難関をクリアしていかないと、目的の保育所入りまでたどりつけない。
<『「全身〇活」時代 就職・婚活・保活からみる社会論』(青土社)より抜粋>
*****


「保活」によって行動を調整する。バカみたいな話です。
できれば、「保活」はやりたくないですし、今後やらずに済ませるようになるためには、ずっと叫ばれている保育園の不足を解消することが肝心。でも、『保育園児の声を「騒音」と思うことに35%の人が同感』という調査結果をみると、それは絶望的な願いのようにも思えてきます。

(スタッフH)
(2015/9/29 UPDATE)
番組スタッフ
9月28日(月) 佐々木俊尚 ●フィンテック革命で金融はどう変わるのか

金融とITを融合した技術革新、「フィンテック」が金融業界・IT業界で注目を集めています。
フィンテックは、「金融(Finance)」と「技術(Technology)」を組み合わせたアメリカ発の造語。このフィンテックによる革命が世界で進んでいて、スマートフォンやビッグデータなどの技術を使った便利な金融サービスが次々と生まれ、個人の生活や会社の取引慣行などを大きく変えようとしているのだといいます。
先行しているのはアメリカ、ヨーロッパ。日本でも「フィンテック」の普及に向け、金融庁が環境整備に乗り出しています。
世界で進んでいるフィンテック革命。これにより金融、そして私たちの生活はどう変わるのでしょうか。


9月29日(火) 速水健朗 ●日本企業がホワイト認定に及び腰になる理由

9月11日、衆議院の本会議で「青少年雇用促進法」が全会一致で可決され、成立しました。
青少年雇用促進法は、青少年の雇用の促進などを図り、能力を有効に発揮できる環境を整備するというもので、「ブラック企業」対策も盛りこまれています。
一方で、ホワイト企業認定制度もスタート。厚労省が6月に新設したのは「安全衛生優良企業公表制度」。厚労省の審査を経て“ホワイト企業”と認定されるのですが、8月までで認定されたのは2社のみ。
ブラック企業対策、ホワイト企業認定を並行して進める厚労省。
労働者、就活生にとってはいい動きとも取れますが、両制度を有効活用するための課題とは?


9月30日(水) ちきりん ●「成果」でなく「努力」で評価する!?トヨタ新人事制度の意義

トヨタ自動車は工場などで働く約4万人の技能職の従業員を対象に、新しい人事制度を導入することで労組と合意しました。
この制度で注目されているのが、「技能発揮給」を設けること。文字通り、技能をどれだけ発揮したか、つまり、努力したか」を評価するもの。
成果主義に舵取りが進められる中、「努力」を評価基準にするトヨタ。
大企業の動きは他に波及するといいますが、労働人口の増加が求められる日本においてトヨタのような人事制度は広がっていくのでしょうか?


10月1日(木) 小田嶋隆 ●異性と交際で損害賠償。アイドルは時代性を反映しない?

17歳の女性アイドルグループの元メンバーが、異性との交際を禁じる規約違反をしたとして、マネージメント会社が女性を相手取り損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁が女性に「交際発覚はアイドルのイメージを悪化させた」とし65万円の支払いを命じた裁判。
日本国内でも「交際禁止という規約自体が人権侵害では?」など疑問の声が上がっています。
アイドルという職業選択において、時代性はどこまで反映されるべきなのか。全く反映されないことがアイドルなのか。話題の損害賠償問題から考えます。
(2015/9/28 UPDATE)
番組スタッフ
10年に1度の秋の大型連休、シルバーウィークが終わりました。次は11年後の2026年だそうです。
仕事もあり大型連休を満喫することはできませんでしたが、海外旅行に出かけたという知人のSNS上での報告を見ると、正直うらやましい。
しかし、この感情はあまり心身の健康にはよろしくないもののようです。

新聞の1面にざっと目を通すような感覚でよく見るネットメディアにヤフーニュースがありますが、連休中、こんなニュースがありました。

【長期休暇中「誰とも話さない」は、危険すぎる】

その内容はと言うと長期休暇になると心の不調を訴える人がいるようで、休暇中のイベントにより孤立感を高められ、激しく落ち込む原因となると言います。
心の不調を訴える人の多くが、リアルな対人接触がない、つまり誰とも話さない。
長期休暇に限らず、普段から「お一人様時間」に偏りすぎることに注意する必要。
話すだけでも心の浄化が得られるので、家族や身近な人たちとの時間をつくるよう心がけなさいというものでした。

8月末、夏休みも残り僅かとなり、いよいよ学校生活第2シーズンが始まるというとき。メディアがこぞって自殺の注意喚起をしました。子供の自殺が1年で最も多くなるのが9月1日といのが理由です。今年から急に注意喚起がなされるようになったなと私は感じましたが、1人でも救える命があるのならばやって損はないでしょう。

孤独への注意喚起。最悪の結末である自殺を避けるべくなされていたのですが、孤独とは確かに厄介です。あらゆるサービスやシステムを使って、見ず知らずの人が容易に友達となることができる現代において、孤独であることは耐え難いものかもしれません。死をも連想させうる恐ろしい感情でしょう。
しかし、「お一人様時間」が好きな私はどうも余計な御世話だなと思ってしまうのです。
人と会話をするのはどうしても疲れます。人との会話という行為なくして、仕事はできません。つまり、お金が稼げません。私の場合、磨耗した心に再び養分を与えるための充電期間として、孤独が良い方向に働くことがあります。

日本にはいつからか、義務教育に入る前の儀式かのように「一年生になったら友達100人できるかな」と繰り返し、歌わされます。齢6歳というかなり早い段階で、友達が多いことが是であり、真理であると刷り込まれているのです。
友達は多い方が良い。こんなことを大人になっても言う人間はあまりいませんが、たまにいます。

「仲間」や「かけがえのない友」といった言葉を安易に使う人々がそうです。
こういった言葉を連呼する人にとって孤独とは何なのかと問うてみたいところではありますが、孤独なんてかけがえのない仲間の力で振り払えるとでも言うかもしれません。
余談にはなりますが、近所に看板に「酒と仲間」という宣伝文句を書いたバーがありましたが、絆ブームへの嫌悪の高まりと反比例するかのように、こっそりと店名を変更していました。

映画監督の押井守氏は著書『友だちはいらない』の中で、人間は孤独であることが当たり前だと説きます。

**********
人間はひとりぼっちだという事実を理解し受け入れられるかどうかが問題になる。それができるまでは何を唱えても無駄です、友だちを欲するのも孤独を理解していないから。反対に孤独を理解できれば友だちが必要ないこともただちに判明する。
**********

師匠、家族、仕事仲間がいれば友だちなんかいらないと押井氏。自身が信じたいものを信じる人間の性質が作用しているのかもしれませんが、友達が多くない私はどうも押井氏が語る「孤独観」なるものに納得させられました。
こんなにも簡単にゆかりのない人と繋がることができるのに、それでも孤独な私たち。
ときには死すら招きうる暗い感情です。

「友達100人できるかな」と歌わされてきた私たちにとって、孤独は恐怖です。
孤独に対する処方箋は友だちを作ることではない。誰かとタグ付けすることでもありません。
SNSで友だちからの「いいね」を稼ぐことでもない。
人間とは孤独であることが常だと認め、それと真摯にと向き合うことでしか孤独がもたらす恐怖を回避することはできないのです。

孤独を取り除こうとしてはいけません。孤独といかに共生するかが重要です。
もっとも友だちの「数」が可視化された現代において、それは中々の苦行かもしれませんが…

スタッフ・坂本
(2015/9/24 UPDATE)
番組スタッフ
川崎市の介護付き有料老人ホームで3人の入所者が転落した問題をきっかけに、過去に起きた老人ホームでの虐待・暴行の発覚が相次いでいます。

・「Sアミーユ川崎幸町」(神奈川県川崎市)※転落死が発生した施設
⇒今年6月、入所者の女性に対して職員が虐待
⇒今年8月、85歳の女性の頭をたたくなどしたとして、市から改善指導(転落死を受け、家族が映像を公開)

・「Sアミーユ三鷹新川」(東京都三鷹市)※転落死が発生した施設と運営会社が同じ
⇒去年8月、60代の男性の入所者に胃ろうの処置をしていた際、男性が暴れないよう押さえていた30代の女性職員が男性をたたいた

・「ベストライフ仙台西」(茨城県仙台市)
⇒今年8月、男性職員が90代の女性の顔をたたく虐待

・「さんらく苑」(大阪府大阪市)
⇒9月19日、男性職員が97歳の女性入所者の首を絞める

このうち、「Sアミーユ川崎幸町」で85歳の女性が暴行を受ける姿はテレビで繰り返し流されていたこともあり、「Sアミーユ川崎幸町」や運営会社に対して、言い知れぬ怒りの感情を抱いているという人も少なくないのではないでしょうか。
ちなみに、映像で確認できる虐待・暴力は下記で、この他にも、日刊スポーツ(2015/9/23)によると、「無断で女性の汁物を飲む」「部屋の呼び出しボタンを壁から外し、『壊れたからもう押さないで』と言う」場面もあるようです。

・頭をたたく
・首を絞める
・ベッドに放り投げるように寝かせる
・椅子に座る女性をにらみつけ、「うるせえなあほんとに」とつぶやき、頭に布団を故意にかぶせる
・「死ね」や「うるさいババア黙れ」、「きたねえなあババア」、「バカじゃねえの」などの暴言を浴びせる

このようなセンセーショナルな映像を見てしまうと、この老人ホームを叩きたくなるわけですが、今回の事件に対する「介護の当事者」の声を拾い集めていくと、この老人ホームを叩いただけでは解決できない、「介護の現場が抱える複雑な問題」が見えてきます。

Sアミーユ川崎幸町の事件が酷いのはごもっともだけど介護の現場にいる人から見える景色は違った

こちらの記事には介護の当事者の声がまとめられていて、たとえば、こんな書き込み。

テレビでは介護職員から老人への暴言暴力はセンセーショナルに暴かれるが 毎日毎日毎日どこの施設や病院ででもおきてる、問題行動が顕著な体力はかなりある認知症老人による、職員への乱暴は仕事だからしょうがないでしょで 報道される回数少ないからな 
知らない人は全く知らない世界

<エズメ @esme9storyさんのツイートより>

川崎の老人ホームの報道見てて同じ介護職としてすごく共感する
これが現実です
そして、介護職員も同じように利用者からこういうことをされてます
でも、私たちは仕事だから殴られても鉛筆でさされても なにも守られないんです。
利用者はこうして報道されても私たちは虐待と言われる

<みやびりん介護あと何年⁉ @calcium1000kgさんのツイートより>

これらの書き込みから見えてくるのは、ほとんど知られていない「老人ホームの入所者による介護職員に対する暴力」。
Twitterだけでなく、週刊朝日(2015/9/25)にも似たような事実を伝える記事が掲載されています。

認知症の利用者に、職員が「死ね」と暴言を吐く光景は珍しくないという。
理由は、「見るとイライラを制御できないから」。
食事介助で食事を口に突っ込んだり、着替えがすんなりできないと利用者をたたいたり。職員の言動は次第に激しさを増す。
利用者もそれに暴行で“応戦”するようになり、状況は最悪に陥っていく。

そして、少し話は逸れますが、先日、障害者支援施設で事務職をしている知人(事務なので介護には関わっていない)も、今回の問題につながるような話をしていました。

ある知的障害者が突然、暴れ出したときがあって、押さえるのに苦労したと現場の人から聞いたことがある。
障害の度合いにもよるが、その障害者は自制がきかないため、ものすごい力で暴れる。
それを押さえつけるにはそれ相応の力が必要で、傍から見たら暴力をふるっているように見えるかもしれない。
今、老人ホームが批判的にみられているが、自制がきかないという意味では、認知症の高齢者にも同じことが言えるのでは。


川崎市の老人ホームとその運営会社はバッシングを一身に受け、スケープゴートとなりつつあります。
また、介護現場に詳しいノンフィクションライターの中村淳彦さんの著書『崩壊する介護現場』(KKベストセラーズ)によると、団塊の世代が後期高齢者となる「2025年問題」へ向けて、介護労働者を増やしていくしかない介護業界では、ネガティブな発言はタブーとなっているといいます。
今月中に川崎市の老人ホームの運営会社は厚労省による立ち入り検査を受けるようですが、このまま何らかの処分が下され、それで終わらせていいものなのでしょうか。
今回の問題をきっかけに、介護業界のネガティブな面の洗い出しが進むことを願うばかりです。

(スタッフH)
(2015/9/22 UPDATE)
番組スタッフ
9月21日(月)佐々木俊尚●人間関係の希薄さを象徴?「おっさんレンタル」が盛況なわけ
「おっさんレンタル」と称したビジネスが盛況となっています
文字どおり、レンタルするのは中年男性。一時間1000円で、悩みなどの相談を受け付けます。
顧客は女性の割合が多く、中心は10〜20代。2年半余りで約1800人が利用したといいます。
若者たちが「おっさん」に頼るわけとは?その背景を探ります。


9月22日(火)古谷経衡●相次ぐディストピア小説の出版にみる時代の空気
ありうるかもしれない別の世界を批判的に描く「ディストピア(反理想郷)小説」の問題作が相次いで刊行されています。
9月14日に刊行されたばかりの星野智幸さんの「呪文」、村田沙耶香さんが季刊誌「文芸」2015年秋号に発表した長編「消滅世界」、ほかにも、もうひとつの日本を書いた田中慎弥さんの長編「宰相A」、多和田葉子さんの「献灯使」などここ最近相次いで出版されています。そこから読みとれる時代の空気とは?


9月23日(水)飯田泰之●選手の価値は株式で決定!? スポーツと経済の新たな関係
米国の投資会社であるファンテックスが今月10日、エンゼルスの先発左腕アンドルー・ヒーニー(24)の選手としての価値を株式として売買することを発表。スポーツ選手が株式化するとは一体どういうことなのか?その仕組みと、今後こういった動きは世界的に広がっていくのか?その将来性を紐解きます。


9月24日(木)小田嶋隆●「予想通り」だらけの新iPhone。Appleは普通の企業になってしまった?
Appleが9月25日に発売するiPhoneの新モデル「iPhone 6s」と「iPhone 6s Plus」。
販売初速は好調で、Appleの声明によれば、発売日である9月25日には、発売週末(3日間)販売台数1000万台という昨年の記録を更新するとみられます。
しかし一方では、今回発表されたiPhoneがあまりにも「予想通り」だったためAppleの翳りを指摘する声も。
Appleに求められる今後の戦略とは?
(2015/9/21 UPDATE)
番組スタッフ
先週、タクシーに乗っていると「テレビに新聞…どこを見てもバカばっかですね〜」と運転手さん。
「日本人はどうしちゃったのかね〜」と半ば独り言のように付け加えます。
時事問題に詳しい職業と言われるタクシーの運転手さんなので、政争のことを言っているのか、五輪問題を言っているのか、彼が意味するところは色々と思い浮かびはしました。が、「はぁ」と賛同するでも、反論するでもない返事をしておきました。

しかし、後日あらためて運転手さんの言葉を思い返し、テレビ、雑誌、ネットニュース…自身が気軽にアクセスできるメディアを見てゾッとしました。
事件に限ってですが、騒動の登場人物や主役を見て、「ここまで落ちぶれてはいないから俺はまだ大丈夫だ」と自分勝手な判断基準で相手を己より下と決めつける、あるいは転落をほくそ笑む、というように何とも下品で野蛮な感情に支配されてしまうことが多すぎるように思えたのです。

やたらと肩書きや人物像にこだわる事件報道もそうです。
山手線の連続不審火事件の犯人として逮捕された男は「自称・ミュージシャン」との肩書きで報道されます。
この「自称」という言葉が、作り手の底意地の悪さを孕んでいるように思えるのは私だけでしょうか。
自称と付いていることで、世間から認められなかったのだなと体裁を整えるかのような憐憫を覚え、実はそれが嘲笑であることに気付く。
肩書きに「自称」と添えて、彼が作っていた音楽を流すことで「ね?やっぱり自称でしょ?」と訴えかける。
まぁ、私の想像も入った解釈ではありますが、創作活動で生計を立てようとするものにとって、「自称」という添え物をする事件報道は泣きっ面に蜂だなと思うのです。
では、「自称」がない「ミュージシャン」であればどうか。「自称」がつかないということは、その道で生計を立てられていることが前提にあります。そういう人が逮捕されたとするとやはり経歴の華やかさがより注目されたりもします。そしてその経歴が派手であればあるほど、落ちた瞬間の高低差が生まれ、より一層あざ笑えるのです。
「自称」がつく場合に強調されるのは「不遇」、つかない場合は「没落」…と言ったところでしょうか。

受け手の理性と呼ばれる部分で考えることを促すよりも、出来事の「滑稽さ」で嘲笑を、「下劣さ」で憤りを煽る、つまり本能により訴えかける報道がなされているのかもしれません。
本能を刺激されたことで、深く思考することもなくコンマ何秒のスピードで感情移入し、正義感に満ち満ちた当事者意識を成長させた「外野」が登場します。昨今の長くこじれるいわゆる炎上案件を見ていると、外野が燃料を投下しているという側面もなくはないと思うのです。外野がくべる火を見て、何だかおもしろそうだとさらに外野がやってくるという構造です。

話は少し逸れますが、最大の山場を迎えたと言われる安全保障法案においても、その成立により日本がどうなるかを法案から読み解くという構成は食傷気味だと言わんばかりに、「異常さ」ばかりが取り沙汰されます。
滑稽だと思わされてしまったのが、鴻池参院議長を理事会室に閉じ込めた女性野党議員です。彼女たちのピンクの鉢巻です。
女性の社会進出を訴えるのは野党もほぼ同じはず。女性の旧来のロールモデルなるものを打破して、女性による生産性の割合を高めようという中、いまだにピンクって!と失笑させられてしまいました。
女性の社会進出政策、議論においては「キラキラ」「輝く」「私らしく」と言った女性誌で見られるかのような文句も強調して使われます。啓蒙するサイトでは文字にピンク系が使われていましたが、最近ではそれも減ったように私は思っていました。
望むらくは、女性の社会進出を促す政治家こそ、あえてピンクを身につけないでほしい。
企業では目にしないような色、デザインのスーツに身を包んだ女性政治家もいらっしゃいますが、普通に素敵な女性スーツがもっとあると思うので、それをお召しになられてはどうかと余計な心配もしてしまいます。
ピンクが好きな女性もいるでしょうが、あの場面で使われる「ピンク=女性」という演出は、女性の社会進出が叫ばれる昨今においては意義があったようには思えません。

話を戻します。
人間というものは、と大きく乱暴にくくってしまいますが、誰かを見下すことで自尊心を保つ生来の素質があるのかもしれません。
昨今の社会学的ヤンキー議論も反知性主義への警鐘も、知性や教養のない人を「ああはなりたくない」と縦横ではなく上下で線引きする、つまり見下している節がないとも言い切れません。

正直言いますと、私自身、マイルドヤンキーが好きな音楽、漫画、文化は大嫌いです。
知性や教養、文化の審美眼が誰かより優れているわけではないのに、マイルドヤンキーと一線を画そうとすることが何だか傲慢なのではないかと思うようになりました。
受動的では多くの情報が得られない純粋無垢な田舎者が、地方在住というだけでマイルドヤンキーとカテゴライズされ、誰かの自尊心を満たすための攻撃材料になっているとしたらあまりにも残酷です。

その人を自分より下と見なすかどうかは、好みや虫の居所によりけりで、明確な法則・定義などありません。
自分しか使うことができない定規で他人を計測し、頭の悪いものを嫌う。品の無いものを蔑む。
こういった傾向からも寛容さの欠如を感じさせられるなと自身の戒めるとする次第です。

スタッフ・坂本
(2015/9/17 UPDATE)
番組スタッフ
「めんどくさいから、できればやりたくない」。
何のことを言っているかといいますと、今月10日から始まった国勢調査のことです。
5年に一度行われる、この調査。
家に訪ねてくる調査員から調査票を手渡しで受け取り、それに氏名、生年月日、家の広さといったプライベートな情報を手書きで記入して提出するという面倒な手順でおなじみ。
今回の調査で初めて採用された「ネットでの回答」によって、手書きのめんどくささから解放されると期待していたのですが、わたしの手元には配布期限を過ぎた今もまだ届いていません。

「ネットでの回答」の手順は、今月10日から12日にかけて各世帯を訪問する調査員から、封筒に入ったネット回答用のIDと初期パスワードを記載した用紙を手渡しで受け取り、回答期限の20日までにネットで回答するというもの。
期限までに回答がなかった世帯には調査員が再訪問し、手書きの調査票を配布。つまり、従来通りの手書き記入になってしまうわけです。
さすがに心配になり、昨日、国勢調査コールセンターに問い合わせたところ、「16日まで待ってください。それでも届かなかったら役所に問い合わせてください」との返答。
回答期限まであと5日、期限までに手元に届くのか不安ではあります。

前置きが長くなりましたが、ここからが本題。
このネットでの回答をめぐって、今セキュリティを不安視する声があがっている件についてです。

国勢調査のパスワード入り用紙、無防備に郵便受けに? 総務省「調査員の指導、行き届かなかったかも」(「ITmediaニュース」2015/9/14)

セキュリティを不安視する理由は、「調査員による手渡しが原則」にもかかわらず、「封筒が無防備にポスティングされている事案が相次いで報告されている」ため。
こちらのブログエントリーにはいくつかの事案がまとめられていますが、たしかにいずれも無防備な状態。
自分に配布される封筒がこんな扱いをされるかと思うと不安になりますが、こちらの記事によると、これは大した問題ではないようです。

総務省統計局の担当者によると、調査員が2〜3回訪ねてもその家の住人に会えない場合は、封筒を郵便受けに投函するなど代替手段をとっていて、また、回答用のID・パスワードには個人情報は含まれておらず、第三者に渡っても、個人情報などが漏れる心配はないのだといいます。
三重大学教育学部の奥村晴彦教授も同様の考えを示していて、Twitterに「国勢調査ネット回答のID・パスワードを調査員は手渡しして説明するお約束だが、仮に郵便受けに入ったもので回答しても、入力保存時にパスワード変更が必須なので、自分の入力が漏れたり他人の回答が見えたりする心配はない」と書き込んでいます。

セキュリティ上、大きな問題がないとはいえ、今回の対応に問題がないわけではありません。
問題は、「第三者に渡っても、個人情報などが漏れる心配はない」という事前のアナウンスがなかったこと。
調査票の扱いはずさんではありますが、事前のアナウンスさえあれば、これほど大ごとにはなっていないはずです。
また、「調査員による手渡しが原則」と謳っていることもトラブルのもと。
「調査員が2〜3回訪ねてもその家の住人に会えない場合は、封筒を郵便受けに投函している」のであれば、「調査員による手渡しが原則」は機能していないのと同じです。
それならばいっそのこと、調査票を行き渡らせる手段は郵送にしてしまった方がトラブルは減るような気がします。

ただ、国勢調査がはらむ問題はこれだけでなく、「そもそも好意的に見られていない」という大きな問題も残っています。
一橋大学経済研究所の佐藤正広教授は著書「国勢調査 日本社会の百年」(岩波書店)で、選挙の投票行為と国勢調査を比較し、「結果に接する機会が少ないこと」と「見返りがないこと」が嫌われる一因だと指摘。
こうした特性によって、調査される側に「国勢調査=見返りのない一方的な情報提供」だという意識が生まれる要因になっているのだといいます。

*****
選挙においては投票結果が翌日もしくは翌々日に判明する上、マスコミも盛んに報道するため、速報性があり、人々の興味の対象となりやすい。
これに対し、統計調査では、調査に対する回答から集計結果の公表までには年単位の時間がかかり、その結果についても華々しく報道されるようなことはない。
<「国勢調査 日本社会の百年」(岩波書店)>

選挙においては、投票権者に対して候補者から積極的な働きかけと、有形無形の見返りがある。
(中略)これに対し、統計調査では、調査結果は公表され、基本的に誰でもアクセスできるのであるから、その利用者は、被調査者に対して直接的に見返りを提供することはない。
<「国勢調査 日本社会の百年」(岩波書店)>
*****

そして、国勢調査が何の役に立っているのかが見えにくいことも嫌われる一因。
国勢調査のWEBサイトには、国勢調査の役割として「公正な行政運営の基礎を成す情報基盤」「国民や企業の活動を支える情報基盤」「公的統計の作成・推計のための情報基盤」の3つが挙げられ、説明も書かれていますが、具体的に何の役に立っているかは見えてきません。

何の役に立っているのかも分からないのに、見返りのない一方的な情報提供を義務づけられる。
これでは好意的に見る方が無理というものでしょう。
調査方法を変えたところで、嫌われるいくつかの要因が改善されない限り、ケチは付けられ続けるように思います。

(スタッフH)
(2015/9/15 UPDATE)
番組スタッフ
9月14日(月) 佐々木俊尚 ●「リアルなアイテム」のドロップボックス!サマリー・ポケットが秘めるモノ

ファッションアイテムなどの「モノ」を軸にしたSNS「Sumally」を提供するサマリーが9月1日から新たなトランクルームサービス「Sumally Pocket」を開始しました。
アニメ「ドラえもん」に登場する、何でも収納し、取り出せるひみつ道具「四次元ポケット」がライバルだというこのサービスは寺田倉庫と協業で提供。
トランクルームを超える新しい体験を提供したいとサマリー代表取締役の山本憲資氏は語っています。
所有が否定され、共有が肯定される昨今。モノをデータとしても保存する「Sumally Pocket」はそんなご時世にどのような意義をもたらすのでしょうか。


9月15日(火) 速水健朗 ●ネガティブは悪く無い?防衛的悲観主義という考え方

国立青少年教育復興機構が行なった調査によると、日本の高校生は外国に比べて「ネガティブ思考」の割合が突出して高いことが明らかになりました。
「ネガティブ=マイナス」というイメージがありますが、果たして、ネガティブは悪いことなのでしょうか?
悲観も使い方次第で、プラスの効果を発揮する「防衛的悲観主義」という考え方をもとに、ネガティブ思考の活かし方を考えます。


9月16日(水) ちきりん ●日本は難民に冷たい?難民受け入れを表明した国々と、日本の現実

シリアやアフガニスタンからヨーロッパに殺到する難民や移民の問題で、イギリス・フランス・ドイツなどが受け入れを表明。
一方、日本は国連から受け入れを要請されているものの受け入れを表明せず、静観しています。
世界的に難民が増加している今、日本は難民とどのように共存していけばいいのでしょうか。
ヨーロッパの現状から日本人が学ぶべきことを考えます。


9月17日(木) 小田嶋隆 ●中東から見た、日本の安保関連法案

16日に成立するとみられる安保関連法案。反対派が訴えるのが、自衛隊が戦闘に巻き込まれる可能性だ。中でもそのリスクとしてしばしば例に挙げられるのが、アメリカの戦闘に巻き込まれるケース。
アメリカが長らく戦闘の舞台としてきたのが中東。アメリカの同盟国である日本は、法案成立により中東からどのように見られるのでしょうか。

(2015/9/14 UPDATE)
番組スタッフ
右を見ても、左を見ても正義だらけの昨今。
違う意見があるのは今に始まったことではなく、それ自体は良いことなのでしょう。しかし、中にはどうも自身が掲げる正義に陶酔しているように見える人もいます。

五輪エンブレム騒動においても、それを自覚しているかどうかはさておき、デザイナー許すまじという徹底した攻撃は正義であったとも言い換えることができます。一方では時間があり余るが故のお遊び的意味もあったでしょうが…
ネットの執拗な追及が誰かを追い詰める光景は、五輪エンブレム騒動以前にもしばしば見られました。
いわゆる「私刑」というものもそれで、「私刑」により追い詰められる誰かとは皆、法などの大きな力によって決断される前の「推定有罪」の段階にいる人々です。

ネットの世界に積み上げられた情報の地層から、有罪に近づけるべく正義に反する事実を探し出す。
疑いのレベルでも構わない。グレーの濃度がより黒に近づくように、解釈する。
繰り返しますが、本人たちがどう思っているかはさておき、やはり中には正義心にかられて疑わしさをより濃くする新たな情報「推定有罪」でも十分だとして、悪と決めつけ拡散する人もいるのかもしれません。
これを仮に正義と呼ぶならば、何とも危うい正義です。

一方、確固たる決意を秘めた正義もあります。安保法案に反対するデモなどがそうでしょう。
本人たちは口にしませんが、「日本の未来を守る」という文句から伝わるのはまさに正義の感情です。
中には、総理を大戦中の独裁者と重ね合わせ「悪」と決めつける反対派もいます。
強者、権力者を悪と決めつけたがる風潮も一部で見られます。
正義の反対は悪ではなく、毛色の違う正義です。 1つの正義を盲信することにも一抹の危うさを感じます。

内なる正義とどう向き合うか。
曹洞宗の禅僧・南直哉(みなみじきさい)さんが著書の中で次のようなことを述べています。

【「一番危険な欲望は正義の顔をしている」と言った人がいますが、この「危険な欲望」とは、他人を支配したいという欲望のことです。】
『恐山: 死者のいる場所』(著:南直哉)P122より引用

自身の内に正義なるものが芽生えた数少ない時のことをよくよく思い返してみると、正義に反するものを「全否定」というマウンティングスタイルで支配したいという気持ちがあります。
支配できなかったらできなかったで、「議論しただけでも有意義だ」という優しい着地点に落ち着いて自尊心を保ったりもするのです。

戦後を代表するコラムニスト、山本夏彦氏は昭和という時代が終盤を迎えた80年代に「正義が国を滅ぼす」とうたっていました。

*****************
政界は最下等の人物の集りで政党は腐敗の極に達し、その領袖は財閥の走狗であり利権の亡者だと毎日のように書いたから、当然それをまにうけるものが生じ、そのなかの一団は犬養毅を浜口雄幸を高橋是清を殺した。義によって殺したのだから彼らは俯仰天地に愧じなかった。当時も汚職はあること今に似ていたが、汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼしたのである。

【山本夏彦『夏彦の写真コラム』傑作選 「正義は時に国を滅ぼす」(1983年4月)】
*****************

国を滅ぼす可能性を孕む正義という感情。正義がなんたるかを国が教育で国民に教えようとする動きもあります。

選挙権年齢引き下げ検討の動きを受け、文科省は高校教育の改革案として、「公共」という教科を新設しようとしています。同省の資料によると、この教科の目的は、「国家・社会の形成者として必要な選択・判断の基準を形成し、それを使って主体的な選択・判断を行い、他者と協働しながらさまざまな課題を解決していくために必要な力を涵養すること」。
専門とする学者の中には、「公共」の中心的な課題は「正義」だとした上で、学校で教育すべきだと主張する人もいると言います。

【参考:教育新聞/「公共」教育の推進 正義などの領域にも踏み込もう】


信じていた正義に裏切られるということはよくあります。正義が心の中に芽生えたならば、本能のままそれに身を委ねるのではなく、それを信じていいものか対話しなければならないでしょう。
つまり、正義に支配されるなということです。

スタッフ・坂本
(2015/9/10 UPDATE)
番組スタッフ
「星占い」に科学的根拠はない。そう頭では分かっていても、結果が気になってしまうものです。
とくに気になるのが、結果がいいときではなく、悪いとき。
朝の情報番組で最下位なうえ、「今日は失敗ばかりの一日。おとなしく家で過ごしましょう」なんて言われた日には意味もなくビクビク。行動が普段より慎重になることもあります。
悪いときほど気になる、「星占い」。
いま話題となっている愛知県警による分類は、この効果を狙ったものなのでしょうか。

交通事故の傾向「星占い」で分類 死者数ワーストの愛知県警(「産経新聞」2015/9/3)

愛知県警による分類とは、「星座から見た交通死亡事故の特徴」のこと。
12年連続で交通事故の死者数が全国ワーストとなっている愛知県警が、交通事故への関心を高めてもらおうと、去年までの過去10年間における死亡事故の当事者2911人を対象に、事故の内容や原因を12星座ごとに分類し、ホームページでまとめた資料を公開。
「歩行中の死者数」、「高齢者の死者数」、「自転車乗車中の死者数」、「飲酒運転のドライバー数」、「交通事故を起こしたドライバー数」の5項目に分け、それぞれどの星座が多いのか、順位も示しています。

たとえば、交通事故の死者数1位は「みずがめ座」。
みずがめ座はこれ以外にも、歩行中の死者数、高齢者の死者数、自転車乗車中の死者数が1位、飲酒運転の当事者数は2位、交通事故の第一当事者は2位と、すべての項目で上位にランクインしています。

「みずがめ座」とは対照的なのが「いて座」。
交通事故の死者数は12位、歩行中の死者数は9位、高齢者の死者数は12位、自転車乗車中の死者数も11位、飲酒運転の当事者数は6位、交通事故の第一当事者は12位と、ほとんどの項目で下位になっています。

ちなみに、ただの偶然でしょうが、先月には中国の警察(深セン交通警察)も星座と交通違反の関係性を分析。信号無視をした違反者の星座を分析したところ、一番多いのは「てんびん座」という結果が出ています。

深セン、信号無視が最も多いのは「てんびん座」の人(「インサイトチャイナ」2015/8/17)

中国の警察による分析はさておき、愛知県警による分類に対する反応で多いのは「科学的根拠がないから意味がない」というもの。
「科学的根拠がない」、冒頭にも書いたようにこれには同意ですが、これは星占いのこと。愛知県警による分類は、星占いという科学的根拠のない分類を使用したものの、ランキング自体には統計的裏付けがあります。
理由は不明ですが、みずがめ座に該当する「1月20日〜2月18日の間に生まれた人」に交通事故の死者数、交通事故を起こしたドライバーが多いというのは確かなことです。
そして、「意味がない」にも少し違和感。
わたしはほんの少しだけではありますが、「意味がある」と考えています。

「意味がある」の拠り所とするのは、信州大学教授で心理学者の菊池聡さんが著書『なぜ疑似科学を信じるのか 思い込みが生みだすニセの科学』(化学同人)に書いている以下の考察。
*****
「おまじないをすると、恋が成就する」という考えは、明らかに非合理だ。
そこに科学的な根拠はない。
しかし、「おまじない」によって、心が落ちついたり、告白の勇気がでるといった作用が期待できるならば、告白の前に「おまじない」をするという行動には筋の通った理由があり、そこには、個人的・適応的な意味での合理性があるといえる。
*****

そして、わたしが冒頭で示した「星占いは悪いときほど気になる」という考察。
これらを合わせて導かれる結論は、「結果が悪かった人が注意深くなる可能性がある」ということ。
つまり、すべての項目で上位にランクインした「みずがめ座」の人だけは、これまでよりは多少、注意深くなり、その分だけ交通事故の死者数が減る、、、はずです。

(スタッフH)
(2015/9/8 UPDATE)
番組スタッフ
9月7日(月)佐々木俊尚●著作権論議における科学的知見の可能性
東京五輪のエンブレムをめぐる「盗用」問題。様々な意見が飛び交う中に、「科学の知見をもっと採り入れてほしい」との声があります。
背景にあるのは、TPPで話し合われている「著作権者の告訴がなくても捜査当局が起訴できる『非親告罪』」の存在。TPP交渉がこの方向で決着すれば、「似ている」だけで当局が動きかねない時代がやってくるというのです。
果たして、科学的知見によって創造物が似かよることは証明できるのか?


9月8日(火)古谷経衡●安保関連法案に反対しない人もいるという事実
連日、行われている安全保障関連法案に反対するデモ。
中でも、先月30日に行われた学生グループ「SEALDs」によるデモ(主催者発表で13万人、警察発表で3万人)は大きく注目されました。
賛成派のデモも行われていますが、確かに賛成派は声を上げづらい空気が漂っています。
反対派の動きばかりが目立ちますが、賛成派の声からは何が見えてくるのでしょうか。


9月9日(水)飯田泰之●空港民営化で考える、これからの地方空港のあり方とは?
国が保有する空港の運営権を企業に売却する「空港民営化」の国内第1号となる仙台空港。その運営者が今月、決定します。企業の発想で施設を改革し、仙台駅から電車で30分弱で着くアクセスの良さを生かし切れていない現状を打ち破る期待が高まっていますが、果たして、これからの空港にはどんなことが求めれるのか?その地方空港のあり方を考えます。


9月10日(木)小田嶋隆●五輪エンブレム問題にみる、「逆規制型の衆人環視社会」の到来
使用中止となった2020年東京五輪の大会エンブレム。
これまでネット上では佐野研二郎氏のデザインに関する疑惑が次々に噴出、追及の手が緩まる気配はありませんでした。追求しているのは、マスメディアではなく、ネット上における無数の無名の人々。彼らはなぜ疑惑の追及をつづけたのか?
ネットでの追求という現象から見えてくる社会の変化とは?
(2015/9/7 UPDATE)
番組スタッフ
先日、健康診断に行きました。
採血までの待ち時間。受付時に渡された健康について書かれたパンフレットのようなものを何気なく見ていました。
そこに書かれていたのは「内臓脂肪を貯めない食生活」「良い睡眠の取り方」「定期的に運動を取る必要性」などのアドバイス。
「朝ごはんを欠かさず食べることのメリット」を指南するページが目につきました。
朝食の効果というのが、「めざせ朝食系男子」として「仕事の能率アップ」、「きれいな女性は朝ごはん」として「美容力アップ」だというのです。
男性=仕事、女性=美容という図式がそこには明らかにあり、働く女性は当たり前にいるし、美容を気にする男性もいるし、見る人が見たらこれは槍玉に挙げられるんだろうなと余計な心配をしつつページをめくりました。

社会における男女の性差を「役割」で考えることが、誤解を生む引き金となり、あてはめようとした役割が旧態依然としているものなら批判の銃口が一斉に向けられます。
記憶に新しいのが、「女性に三角関数を教える必要はない」と発言し糾弾された鹿児島県知事。
ほんの少し思考のギアをロウからハイに入れるだけど、発言の結果に何がもたらされるかは想像できたと思うのですが、ごく一部なのかもしれないけれど、あえて「女性が輝く社会を」と掲げなければならない日本の現状を痛感させられる問題だったように感じます。

性差の垣根、役割は明らかに瓦解しつつあり、旧態依然とした考えを世に晒そうものならもうアウト。
日本に限ったことではありません。
世界を股にかけて活躍する人権派弁護士であのハリウッド・スター、ジョージ・クルーニーの妻であるアマル・クルーニーさん。
先日、アメリカの大手通信社・AP通信がツイッターで彼女を「弁護士」ではなく、「俳優ジョージ・クルーニーの妻」として紹介し、批判の的にさらされました。今は21世紀で夫によって価値が認められたかつての時代とは違う、女性差別にあたるというのが批判する人の主張だそうです。
私はジョージ・クルーニーの妻として初めてアマルさんを認識したのですが、こんな私も感度の高い人には批判されるかもしれません。

日本よりは女性の社会進出率が進んでいるアメリカ。アマルさん本人がどう思っているかはわかりませんが、「妻」という概念はもはや形式に過ぎず、バリバリ働く女性の場合は紹介する上では邪魔となりうる。こんな指摘が出ることに少々驚かされましたが、やはり日本は「女性の活躍」を主要政策に掲げなければいけないほど「遅れている」のでしょう。
女性の社会進出そのものよりももっと単純なことが遅れているかもしれません。
鹿児島県知事の問題などを、女性を「役割」という古い型に当てはめようとして非難される例は後を絶ちません。問題を起こしてしまう中後年男性は、どんな言動が女性を怒らせるかを察知する能力の鍛錬が時代の潮流から置いてけぼりをくらっているように思えます。

鍛錬するまでもなく備わっている人には備わっている力なのでしょうが、件の県知事の発言を見ると、せめて時代の流れに合わせて鍛錬しておくべきだったものを怠っているようです。
時が進むにつれ「旧態依然」のカテゴリーに含まれNGワードは増えるわけです。同じ男性として、せめてそれくらいは察して欲しいなと歯がゆい気持ちです。
新しいアプリやサービスに触れたら、時代に乗り遅れず頑張っているアピールを「先輩ヅラ」でしてくるくせに、なぜ性差についての「新たな潮流」を読み取れないのでしょうか。

先日、女性の活躍、女性が輝く社会の実現を英語で何って言うんだろうとふと疑問に思いました。
首相官邸サイト英語版で調べてみると、こうあります。

supporting women to Shine

Headquarters for Creating a Society in which All Women Shine

あぁ、やっぱり「Shine=輝く」を使ってしまうのかと少し肩を落としたのは私だけではないはず。
安部政権が誕生したばかりの頃、成長戦略として「女性の活用」とうたっていましたが、批判もあり、「活用」という使役のニュアンスを持つ言葉は使われなくなりました。
その後、女性を怒らせない「NGワード」を避けながら言葉を選んだのでしょうが、「女性が輝く社会」という言葉もまた批判されます。まるで現在、女性が輝いていないみたいな言い方ではないか、と。
ネイティブがこれを見ると、どんな反応を示すのでしょうか。「Shine=輝く」という言葉に違和感を覚えるのでしょうか。

女性の活躍は成長戦略の要としてあげられます。首相官邸サイトにはこんな言葉が堂々と掲げられています。

『成長戦略で、明るい日本に! 〜「チーム・ジャパン」で力強く実行へ〜』

誰が考えたのか知らないですが、とてもダサい。
わかりやすくしようとしたのでしょう。しかしこの言葉の組み合わせは文化祭、体育祭で掲げられるスローガンのような印象を受けます。
コピーライターのような言葉を扱う専門家がきっと絡んでおり、「何かダサい」と評してしまうと門外漢に何がわかるかとお叱りをくらうかもしれませんが…。
時代の機微を読み取れる鍛錬を怠ったおっさんが考えたのではないか。同じ男性としてひとくくりにされるのはとても嫌だなと私の恥の感情が叫びます。
確かに閉塞感のある日本ですが、「明るい日本に!」と「!」をつけてうたうことも何だかためらわれるし、
「チーム・ジャパン」と括って一体感を出そうとするのも乱暴だなと思うのです。
日本国民として生産活動を行い、税金を納める。別に「チーム・ジャパン」っていうほど、スポ根じみたことはしてるつもりはねぇよ、納税者としては思います。

時代の流れに逆らうことも「漢(おとこ)」の匂いがして、かっこいいと思う人もいるかもしれません。
私は仁義なき戦いの世界観が大好きです。憧れもあります。しかし、作品の世界観を現在の生活に反映するほど愚かではありません。
そんな考えを公の場に出してしまうものなら、先には何が待っているか。超がつくほどの監視社会となってしまった現代の恐ろしさを知っているなら、想像できるはずです。

スタッフ・坂本
(2015/9/3 UPDATE)
番組スタッフ
予防接種というのは効果が実感しにくく、効果を証明する手段もありません。
最近でいえば、こんなニュースも報じられています。

インフルワクチン:乳児、中学生に予防効果なし(「毎日新聞」2015/8/30)

インフルエンザのワクチンを接種しても、6〜11カ月の乳児と13〜15歳の中学生には、発症防止効果がないとの研究成果を、慶応大学などの研究チームが発表。
4727人の小児を対象にした大規模な調査で明らかになったといいます。

効果がないとなると、その必要性を疑問視するだけでなく、毛嫌いする人も当然、存在します。
今、悪い意味で話題になっているこの人も、そのうちのひとり。

Facebook上で子どもの“予防接種”を拒否したこととその理由を語った、ある若い父親。
「予防接種は必要無い!」というタイトルの書き込みで、冒頭で「夫婦で話し合って、子どもに予防接種を受けさせないと決めたこと」「医師から予防接種を受けさせないと虐待になると言われたこと」を説明。
そのうえで、予防接種を拒否する理由として「予防接種の効果が証明されていないこと」をあげ、「人間の自然な抗体システムの素晴らしさ」を説き、挙句の果てには「予防接種は病院が楽して稼げるビジネス」「世の中、不都合な真実だらけ」とまで言い切り、その主張には一点の曇りもありません。

この書き込みは批判の的となっているわけ(※Facebookのコメント欄は賛同の声が多い)ですが、批判のポイントは、予防接種を受けないのが自分ではなく子どもであること。
予防接種を受けず、病気になって苦しむのが自分であればまだしも、苦しむのは子ども。この父親のお子さんが不憫でなりません。
医学の専門的な知識を持たないわたしが心配するのは、この程度。ただ、現役の医師からすれば、心配はこれだけではないようです。

「ナビタスクリニック立川」の院長で小児科・小児科循環器が専門の細田和孝さんによると、予防接種を受けたくても受けられない子どもがいて、そういった子どもに感染するリスクを生んでしまうのだといいます。
*****
ワクチン接種を受けたくても、基礎疾患などの理由で接種が受けられない方もいらっしゃいます。例えば、水ぼうそう(水痘)。
基礎疾患のない健康な方であれば感染しても、全身にブツブツが出て、かゆくてつらい思いはしますが、1週間ほど我慢すれば自然に治癒します。
(中略)しかし、基礎疾患のあるお子さんの中には水痘に感染すると命を落としてしまう方もあるのです。本来ならワクチン接種で予防したい。でも、基礎疾患のために予防できないのです。
<朝日新聞の医療サイト「apital」>

ワクチン接種を受けずに病気になってしまう、あなたのお子さんも被害者ですが、関係のない方まで巻き込まないでください。
<朝日新聞の医療サイト「apital」>
*****

また、細田さんは「予防接種を受ける大多数の人のおかげで、病気が流行するのを抑えている」という指摘もしています。
*****
大多数のワクチン接種を受ける方のおかげで、その病気が流行するのを抑えられます。
ワクチン接種を拒否するあなたのお子さんも、流行が抑えられていることによって病気から守られているという事実も認識していただけたら幸いです。
<朝日新聞の医療サイト「apital」>
*****

子どもの予防接種は必要。
細田さんの説明でこれは痛いほどに理解できましたが、理解したうえでもなお、予防接種への拭い去れない不満もあったりします。
何が不満かというと、子どもの予防接種はあらゆる面でややこしい。

まずは種類の多さ。
大きく分けて「定期接種」と「任意接種」の2種類があり、「定期接種」は感染力が強く、予防の必要性が高いもので基本的に費用は無料、「任意接種」は希望者が個別に病院へ行って受けるもので費用は自己負担。
そして、それぞれ、これだけの種類があります。

・定期接種
「インフルエンザ菌b型(Hib)」「小児用肺炎球菌」「水痘(水ぼうそう)」「四種混合」「BCG」「二種混合」「麻しん・風しん」「日本脳炎」

・任意接種
「ヒトパピローマウイルス(HPV)」「おたふくかぜ」「B型肝炎(HBV)」「インフルエンザ」「ロタウイルス」

しかも、ワクチンによって接種回数と接種間隔が違うため、スケジュール調整が面倒。
たとえば、「インフルエンザ菌b型(Hib)」の接種回数は4回で、接種間隔は「最初は4〜8週間隔で3回、追加免疫として3回目の接種後7〜13か月のうちに1回」。
「四種混合」の接種回数は4回で、接種間隔は「1回〜3回の間はそれぞれ20〜56日あける。3回目の後は1年〜1年6か月後に1回接種」。

さらに、無料の定期接種だけを受ければいいというわけでもなく、感染のリスクを考え、結局、任意接種も受けざるを得ず、そうなると、スケジュール調整はさらに複雑に。
数種類のワクチンでスケジュール調整が必要となると、頭が痛くなってきます。
子どもの予防接種のややこしさ、どうにかならないものでしょうか。
このややこしさが反ワクチン主義者を増やす一因になっているようにも思います。

(スタッフH)
(2015/9/1 UPDATE)

MESSAGE ★ 番組へのメッセージはこちらから ★ 皆さまからのご意見お待ちしております


ページの先頭へ