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番組スタッフ
「女性の活躍」が謳われながらも、女性が社会進出しやすい未来は遠い先のような気がします。
妊婦や子育て中の女性を取り囲む環境はお世辞にも彼女たちに100%優しいとは言い切れません。
新聞やテレビ、ネットでは何かとベビーカー、マタニティーマークに関する議論を目にします。
マタニティーマークを付けているとかえって嫌がらせと受けてしまうため、付けないという選択をした人がいるという記事が朝日新聞に掲載され波紋を広げました。

【朝日新聞・マタニティーマーク10年、世間の反感に自粛する妊婦も】

この記事についてはテレビ番組でも取り上げられ、ネットでも話題に。中でも物議をかもしたのは「妊婦に席を譲ったらスマホをいじられてゲンナリした」というSNS上の投稿。
席を譲ったからには、妊婦は体調が悪そうにしているべきなのか、それとも感謝を意を表し、申し訳なさそうにしているのがいいのか…。

妻の出産を経験した身として考えると、妊婦は24時間ずっと気分が悪いわけではありません。もちろん、体調は人によりけりですので一概にそうとは言えませんが。
何となく疑問なのは、そもそも妊婦に席を譲る理由は彼女たちが体調が悪いからでしょうか。
「体調が悪くないかもしれない」というリスクに備えるためです。電車が急ブレーキをかけることがあった場合、座っていた方がお腹の子に与えるリスクは少ないかもしれないから、と考えることもできます。
特に妊娠初期ほどつわりもひどくなりがちで、お腹が大きくない妊婦を見分けるにはマタニティーマークがあった方が何かと都合が良いと思うのですが…。
私がこう考えられるのも、夫として妻の出産を経験したからかもしれません。

つわりが辛いならば電車に乗るなという強い声もあるようですが、電車に乗るという選択肢しかない妊婦も大勢います。私の知人の何人かの女性は臨月ギリギリまで働きました。もちろん、電車通勤です。

マタニティーマークやベビーカー問題をめぐって、一番厄介なのは「高い確率で悪いことが起こるとは限らないのに、想像すればするほど悪く考えられる」という点です。

上記の投稿が事実かどうかは確かめる術がありません。
ネットでよく目にする妊婦、子育て女性に関する「社会の不安」のいくつかはこれに当てはまります。
事実かどうか確かめようがない…。しかし、起こる確率が0%だと保証するものはなにもない。
得体の知れない不安と恐怖、悪意がまるで実体を持ってしまったかのように一人歩きしている現状です。
ママに優しい社会作りとしてこの「実体のない不安」を取り払わなければなりません。

ホルモンバランスが乱れていた妊娠中の妻にお叱りを食らったことがありますが、彼女はこう言いました。

「お腹の中に別の命を抱えるという恐怖をあなたは想像できるか」

できないと答えました。些細なことで体調が悪くなり、産まれてもらうまで本当に安心できない。
喜ばしいことにもかかわらず、恐怖や不安が体の内外にいくつもあるというのです。
男である私には全く想像が及びません。ただできることは妻の望むことをする、それだけでした。

得体の知れない不安や恐怖が漂っているのも、そうなりうると考えれらるだけの根拠がゴロゴロと転がっているからかもしれません。
マタニティーマークを付けていると誰かから良からぬことをされる…というのは起こりうる可能性としてはそこまで高くはないと思います。
しかし、私の周りで出産を経験した女性のすべて(と言っても10人ほどですが…)が妊娠中の電車は妊婦だからといって特別扱いされることはほとんどなかったと言います。
私の妻など、優先席に座っている親子連れに遭遇し、子どもが譲ろうもじもじしているのに、そのお父さんが妊婦を見て見ぬフリをすることを促したことにショックを受けたと言います。

極力、妻を都内の電車に乗せたいという選択肢をとった夫も知っています。夫の甲斐性、家庭の経済状況に大きく左右されることですが、知人夫婦は夫が送り迎えするか、タクシー移動にするかして「リスクヘッジ」していました。

妊婦タクシーというと、陣痛が始まったときにかかりつけの病院に迅速に送ってくれるというサービスですが、タクシー会社の中には定期検診や買い物が不便に思う妊婦をサポートするものもあります。
電車には「見えない悪意」があるから…という理由では元も子もないですが、こういったサービスがもっと利用しやすくなると良いのかもしれません。

「女性の活躍」とは、言い換えると「ママの活躍」だなと思ってしまいます。
万人に優しく…などとは綺麗事に過ぎませんが、ママにならない選択をした女性が生き辛さを感じることのないような配慮が必要とされることも時代の流れの1つでしょう。


スタッフ・坂本
(2015/10/29 UPDATE)
番組スタッフ
理想郷(理想的な世界)を意味する「ユートピア」と、暗黒郷(希望のない世界)を意味する「ディストピア」。
このうちディストピアな世界を描く「ディストピア小説」が相次いで出版されているのはご存知の方が多いかと思います。
ただ、こちらはどうでしょう。今、漫画にも同様の動きがあり、連載中の漫画の中で「ディストピア漫画」が目立ち始めているのはご存知でしょうか。

ここ最近の「ディストピア漫画」の代表格といえば『進撃の巨人』(講談社)ですが、わたしが注目したのは、今年連載開始した新井英樹さんの『なぎさにて』(小学館)と去年連載開始した浅野いにおさんの『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(小学館)。
これらの漫画は同じディストピア漫画というカテゴリーにありながら、絶望的な状況に抗おうする『進撃の巨人』とは一線を画す内容となっています。
(※ゾンビの出現によって崩壊した社会で学校に籠城する女子高生たちの日常を描いた漫画『がっこうぐらし!』(芳文社)も同じカテゴリーに入りますが、未読なので割愛)

『なぎさにて』の舞台は、全世界の地表から、“ニョロニョロ”と呼ばれる豆の木のようなものが空に向かって生えるようになった地球。
ニョロニョロは、樹液を浴びれば即死してしまうほどの猛毒を持つ巨木。
主人公は女子高生の渚。
世界が終わることへの不安を抱えながらも、毎日を懸命に生きる姿が描かれる。

『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』の舞台は、突如「侵略者」と呼ばれる存在に脅かされることとなった世界。
主人公は女子高生の門出とおんたん。
侵略者の到来から3年後、一見普通だが、どこかが決定的に変わってしまった日常を送る姿が描かれる。

この二つのマンガに共通するのは、いつ自分が死んでもおかしくない絶望的な世界における何気ない日常を描いていること。
巨木もしくは侵略者の攻撃により、人が無差別に殺される場面が描かれる一方、『なぎさにて』には、主人公が街中で見かけた男子高校生に恋をし、いきなり「好き」と告白する場面、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』には主人公のひとり(門出)が担任教師の男性に恋をし、その男性の家に押し掛ける場面が登場するのですが、こうした場面だけを切り取ると青春漫画を読んだときのような読後感があります。

ここから何が読み取れるかというと、今置かれている絶望的な状況から抜け出したいけれど、抜け出す手立てが見つからないという絶望感。
背景に絶望感があるにもかかわらず、何気ない日常が描かれるため、主人公たちが目の前の絶望的な状況を直視せず、逃避。考えることを放棄しているようにも見えます。

映画ライターの高橋ヨシキさんは「思考することを放棄しさえすれば、ディストピアはユートピアに変わってしまう」と分析していますが、二つの漫画の主人公は目の前のディストピアをユートピアと思い込もうとしているのかもしれません。
*****
思考することを放棄しさえすれば、ディストピアはユートピアに変わってしまう(後略)。
体制に疑問を持たない、あるいは疑問を持つことが〈良くないこと〉とみなされるのはディストピアの大きな特徴ですが、そういうディストピア的な状況がソフトな形で到来していると感じます。
<「朝日新聞デジタル」2015/6/20>
*****

そして今、こういった漫画が連載されている意味を考えると、何かの暗示のようにも思えてきます。
そう思わせるのは、安保関連法が成立してからとくに散見されるようになった、体制に疑問を持たせない、疑問を持つことを良くないこととみなすような動き。

放送大学、政権批判の問題文削除 作問者「過剰な規制」(「朝日新聞デジタル」2015/10/21)
丸善ジュンク堂「一緒に闘って」政治的偏向ツイート 渋谷店、批判浴びフェア中断(「産経ニュース」2015/10/24)

こうした不穏な動きを見ていると、『なぎさにて』のニョロニョロや『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』の侵略者が何かの暗喩に見えてくるから不思議です。
そして、行く末に対する言い知れぬ不安も募ります。
このまま体制に疑問を持つことを自粛する空気が蔓延し続けると、その先にはどんな世界が待っているのでしょうか。
二つの漫画の暗示が確かなのかどうかは分かりませんが、少なくともユートピアではないはずです。

(スタッフH)
(2015/10/27 UPDATE)
番組スタッフ
10月26日(月) 佐々木俊尚 ●「RoomClip」にみる、自分の部屋をネットで公開する心理

ここ数年、インターネットのサイトに自分の部屋の写真を公開する人が増えています。
代表的なサイトのひとつが、国内最大の住まい・インテリア写真投稿サービス「RoomClip(ルームクリップ)」。
2012年にサービスを開始し、今では月に平均約1億枚の写真が閲覧されています。
なぜ今、ネット上で「部屋」の写真を公開する人が増えているのか。その心理と背景を探ります。


10月27日(火) 古谷経衡 ●議員を落選させる「落選運動」の効果

これからの日本の行方に大きな影響を与える問題。
安保関連法案やTPP、この2つは一応の決着が着いたことになりますが、ここまでに国民の不在を感じた人は少なくなかったはず。
さらに、維新の党の分裂騒ぎ、臨時国会召集をめぐる与野党の攻防、ここにも政治に対する不信を感じている人も多いのではないでしょうか。
そんな政治に、私たち国民がその存在を主張する手段のひとつに“選挙”があります。
“選挙”というと、支持する議員に一票を投じ、未来を託すというのが一般的ですが当選させるためではなく、落選させるための活動を展開しようという動きがあります。
これを落選運動といいますが、この運動にはどのような意味があるのか、考えます。


10月28日(水) 飯田泰之 ●「高齢者の孤独」を癒す「異世代ホームシェア」の可能性

高齢者宅に大学生が住む、「ホームシェア」の試みが広がりつつあります。
文京区の商店主らがつくるNPO法人「街ing本郷」が始めた、「ひとつ屋根の下プロジェクト」は、元気な高齢者の自宅に、区外から通学する大学生が同居するというもの。
NPOの担当者が双方に面接して紹介。暮らす上でのルールを決め同意書を作る。学生の家賃はお試し期間中は無料で、光熱費など数千円を高齢者に払うしくみになっています。
共同生活をすることで血縁を超えたゆるやかなつながりが生まれ、お年寄りの一人暮らしの不安が消える。学生は大学の近くで安く暮らせる。
そんな、高齢者を地域で見守る新たな取り組みとして注目を集めている現代版「書生」スタイルの可能性と課題を考えます。


10月29日(木) 小田嶋隆 ●ソーシャルメディア台頭時代におけるBBC日本語版サイト開設の意味

イギリスの国営放送BBCの傘下で、ニュースサイト「BBC.com」の運営と、世界各国へのニュース映像「BBCワールドニュース」の配信をしているBBCグローバルニュースリミテッドは、10月から日本語版ニュースサイト「BBC.jp」を開始しました。
BBC.jpは、国際問題、ビジネス、エンタメ、テクノロジなどの話題に加え、世界100カ国に展開している記者・特派員が執筆するニュースやレポートなど、BBC.comに掲載される記事の中から、日本で関心の高い話題を東京のエディターが選定し、翻訳・編集した記事を掲載するといいます。
図らずも、誰がどうのように語るかが重要視されてしまうようになったメディアにおけるニュースの扱い方。ソーシャルメディアの台頭によりその流れは加速しました。
そんな時代に「正しい事実」を提供しようとするイギリスの伝統的報道機関が日本語版サイトを立ち上げた意味を読みます。
(2015/10/26 UPDATE)
番組スタッフ
秋。外出するには最高の陽気が続きます。一歩、街に繰り出すと、普段の街並みのいたるところに夏まではなかった紫と柿色、そして黒の三色の飾りがあしらわれています。
ハロウィーンです。
外に出なくでも、テレビやハロウィーンだらけ。もはや日本には欠かせないお祭りごとであることは言うまでもないでしょう。

私はこの季節があまり好きではありません。
これは私だけに限ったことではないのかもしれませんが、10月31日ともなるといかにして仮装連中の集まっていそうな街、駅を避けて移動するかを考えます。
クリスマスもバレンタインデーもよく一部の人をイラっとさせる行事として挙げられますが、腹が立つことはないのに、なぜこんなにも神経をザワつかされるのか考えてみました。

ハロウィーンに仮装するというお祭りごとについてはそもそもの由来がわからない、日本の風土になじまないといった声があります。しかし、この忌まわしきお祭りごとは「商い」の力によって肥大化しています。今年は1200億円もの市場規模が見込まれているのだとか。
経済評論家の平野和之氏はここ最近のハロウィーンの隆盛を次のように分析しています。

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そもそもは、9月から11月にかけてのイベント端境期に消費を刺激する起爆剤を、という流通業界の仕掛けによるものでしたが、3.11を契機に強まったつながりを重視する風潮が後押しになった。子供、両親、祖父母の3世代が一緒に楽しめるし、家族もシングルも男性も女性も盛り上がれる。

【日刊ゲンダイ:経済効果はバレンタイン超え 2015年「ハロウィン」最新動向】
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「つながり」たくて、多くの人とつながったSNSでいいね!を得たくて、ハロウィーンを楽しむということでしょうか。
実際に、ハロウィーンとSNSとの相性は抜群のようで、「モデルなどファッション感度の高い層ではやっていたハロウィーンの仮装パーティーが、ここ数年、SNSを通して一般の若い女性に浸透。昨年あたりから、世代や性別を超えてブレークした」(朝日新聞)と言います。

ハロウィーンの何が癪に触るのか。
それがどこかそれ専門の人が集まる場ではなく、見境なく、無差別なまでに街全体を巻き込んだ日常で繰り広げられることです。

昨年のハロウィーン前の夜。友人と食事をし、街を歩いていると突然、ゾンビ風ナースの集団にマシンガンをぶっ放されました。もちろん、音がするだけのおもちゃのそれなのですが、ケラケラと笑う集団に何だか神経がピリついてたのを強く覚えています。
街に繰り出すと、仮装集団の異様な一体感に驚かされますが、その一体感からか、高揚感からか彼らは時として無仮装の者まで巻き込んでしまうのです。

ハロウィーン当日の街は仮装した集団により非日常的空間に変わります。私たちが仕事で足を運んだり、食事をしたり、何でもない日常を過ごす空間が、いざ練り歩かんと猛る非日常的な集団によって、セーフティーゾーンが見当たらないほど無神経なまでに侵食されるることが癪に触るのです。
ディズニーランドのハロウィーンはなんだか許せます。それはそもそもそこが非日常を楽しみたい人だけが集まる空間だから。

そして、もう一つ。人生における今という瞬間を最高に楽しんでいる私たち無敵!ともいわんばかりに、強者であるかのように振る舞われること。
彼らがリア充だからやっかんでいるわけではありません。私のリアルは十分、充実しております。
思わぬタイミングで私の日常の平穏が騒々しい非日常になってしまう。これについていけないのです。

仮装していないヤツ=人生を楽しんでいないというと言い過ぎかもしれませんが、「この一瞬を楽しまなきゃ損だよ感」はサッカーの日本代表選があった当日に見る渋谷のそれとよく似ています。

昨年のハロウィーンでは、私が住む街の子供たちが誰に声をかけられても付いていってはいけない意識を高める防犯の意味も込めて練り歩いていましたが、それはかわいいものでした。
ハロウィーンという知らぬ間に定着した行事が嫌いではありますが、やりたい人は多いにやってくれて構わんという考えです。
バレンタイン、クリスマス…「楽しめない人間の」行き場を奪うような呪わしき行事をこれ以上増やしてくれるなと言いたいところですが、おそらくハロウィーンの勢いは止まりません。いかに自身の日常を無神経な一部の人から守るかを考えることにします。
期間限定の騒ぎにより一部の経済は潤うのでしょうが、その影で自身の精神を支える何かがきしんでいる人もいることを忘れてはならないと思うのです。

スタッフ・坂本
(2015/10/22 UPDATE)
番組スタッフ
何らかの不祥事が発覚したとき、会社がする「社員が単独でやったこと」という発表。
これを聞くと、もやもやが止まらず、本当にそうなのかと疑いたくもなります。
今まさにそんな気分にさせてくれているのが、横浜市都筑区のマンションが施工不良で傾いている問題。
データ偽装のあった杭の工事を請け負った会社の社長は、16日の記者会見でこのように話しています。

「杭の施工は二人一組で担当する。機械オペレーターと施工管理者だ。改ざんに関わったのはおそらく1人で弊社の施工管理者だ。キャリア15年のベテランといえる」
「改ざんはミスではなく悪意を持って施工不良を隠そうとしたとみている」

組織ぐるみを遠回しに否定、単独の犯行であることを強調しているわけですが、どうなのでしょう。
建築エコノミスト・森山高至さんのTwitterでの「これは、、施工責任者の現場所長はじめその部下十数人、そして実施設計者と構造設計担当とその部下十数人、そして派遣会社からの現場管理者含め40〜50人がダンマリしてたということだぞ」という指摘をみると、単独の犯行という発表がますます疑わしくなってきます。
ベネッセの個人情報流出問題のように、本当に単独の犯行というケースもあるだけに油断はなりませんが…。

「社員が単独でやったこと」という発表は、いわば「トカゲのしっぽ切り」。
社員をスケープゴートにすることで会社を守る意図があるのでしょうが、過去の事例をみると逆効果のようにも思えます。

最近で言えば、フォルクスワーゲンが不正ソフトで排ガス規制を逃れていた問題。
フォルクスワーゲンアメリカ法人の社長は「会社としての判断ではなく、何らかの理由で何人かのエンジニアがやったこと」と、組織ぐるみの不正ではなかったと強調していますが、もやもや。
去年7月に発覚した、しゃぶしゃぶの全国チェーン「木曽路」の食材偽装も同様。
このときの木曽路側の言い分は「(偽装が発覚した)3店舗の料理長が材料費を削り、利益を出すためにやった」というもの。
さらに、木曽路の社長は「問題を引き起こしておいて、こういうことを言うのはどうかとも思うが、木曽路の店舗で提供しているのは、非常に上質な肉。味の面では大きな差はない」と開き直ってもいて、もやもやもや。

どちらも今のところ、「社員が単独でやったこと」になっていますが、疑いは消えず、会社に対する不信感がはっきりと残っています。
なぜ不信感が残っているのかといえば、不祥事が起きた原因がはっきりしないから。
「社員が単独でやったこと」という発表に終始し、社員が不祥事に手を染めた理由が明らかにされないため不安になり、その不安が不信感へとつながっているのです。
つまり、会社を守る意図は逆効果。長期的にみるとマイナスの効果を生んでいるように思うのです。

社員が不祥事に手を染めた理由や不祥事を生んだ背景を明らかにするのは、時間がかかる面倒な作業です。
しかし、それによって不信感が拭い去れるのであれば、容易い苦労のような気もします。

(スタッフH)
(2015/10/20 UPDATE)
番組スタッフ
10月19日(月)佐々木俊尚●日本礼賛本は自己啓発本の変種なのか?その関係性から紐解けるもの

書店で平積みにされた書籍の中心を成す「自己啓発書」。
「自己啓発書」は、社会の何をうつし出しているのでしょうか?

揶揄の対象にはなっても、真剣に論じられることが少ないこのジャンル。
なぜ人は自己啓発書を求めるのか?
なんでも自己啓発となりうる社会でどのように生き抜けばいいのか?
タイムラインでは、1週間、「自己啓発」という病を通して、今の日本の新たな生き方、働き方、暮らし方、その可能性と課題を考えます。

初日は自己啓発という視点から「日本礼賛本」を考えます。
少し前から、日本を礼賛する本がブームになっていますが、これが自己啓発本の変種だと指摘する声があります。
自己啓発本と日本礼賛本の関係性とは?


10月20日(火)速水健朗●働く女性が自己啓発で陥りがち?「私らしさクライシス」
未婚でも妻でも母でも、“働くイイ女”でありたい…。そんな「女の人生のスクランブル交差点」にさしかかった35歳はしばしばアイデンティティ・クライシスに陥るといいます。
その名も”私らしさクライシス”。”私らしさクライシス”の実態に迫ります。


10月21日(水)ちきりん●失われた20年が産み出した「自己啓発系ビジネス書」量産時代
書店の大きな一角を占めるビジネス書。仕事術、ライフハック、生き方、手帳術、独立・起業、転職、流通、IT、経営学、
マーケティング、広告、資格、経済・・・その領域は多岐にわたります。
自己啓発もその中のひとつ。
自己啓発系ビジネス書が量産される背景には何があるのでしょうか?


10月22日(木)小田嶋隆●自己啓発愛好者が陥る「奴隷道徳」の罠
書店のビジネスコーナーにこれでもか、と陳列されている自己啓発本。
この自己啓発本にハマる人は「奴隷道徳」に陥りやすいと言います。
「奴隷道徳」とは強者への怨恨(えんこん)から成立する弱者の考えのこと。
哲学者ニーチェが提示した哲学概念「奴隷道徳」から自己啓発にハマる心理を読み解きます。
(2015/10/19 UPDATE)
番組スタッフ
ラグビーW杯イングランド大会で、史上初めて1大会3勝の大躍進を遂げた日本代表。
美しいキックで日本を魅了した五郎丸歩選手ですが、芸能界や広告業界の熱視線が送られているようです。

【五郎丸に芸能界も熱視線!ファンは“五郎丸ロス”心配】

この記事に対するリアクションを見てみると、「休ませてあげて」といういたわりの声や
「芸能界だけはやめておけ」といったラグビーの道一本を望む声も。

スポーツで活躍した人が本職を離れてテレビで活動することに対して、あまり良いイメージはもたれていないようです。
プロのアスリートが「二足目のわらじ」を履く場所として芸能界という場所を選ぶという行為自体が快く思われてないのかもしれません。
スポーツ選手たるもの、(解説者等を務めない限り)その道一本というのが好ましいのでしょう。
五郎丸選手に芸能界がラブコールを送っているというニュースに嫌悪感を示す人ももちろん、五郎丸選手本人を気に入らないのではなく、美しいプレイで日本を魅了したあの五郎丸選手が芸能界で、テレビのひな段でニコニコするかもしれないことが気に入らないのです。

本人でなく、外野が想像も含めて記事を書き、さらにそれを受けた外野が勝手に本人の気持ちを代弁するということは今やよくある話です。
五郎丸選手本人の意向はわかりません。昨日(10月14日)の朝の情報番組に五郎丸選手が出演していましたが、もしかしたらありえなくもない話かもしれません。

スポーツの大会や研究成果を評する場において、日本人が活躍したり、そこに良い話があったり、美男美女がいたりするとメディアもそれを受け取る人もお祭りのように騒ぎ立てます。
私自身もラグビーのルールなんて全くわからないのに、五郎丸選手のルーティンの秘密とその効果が知りたくてドキュメント番組などを見てしまいました。
今回の五郎丸フィーバーのように、「ラグビーのルールはわからないけど五郎丸選手のルーティンは何だか見ていて楽しい」というとっかかりやすいところから味見をし、「一番大事なところ」は後回しにして、大盛り上がりをするのが同調圧力に屈しやすい日本人の特徴です。

今回で言う「一番大事なところ」は日本のラグビー文化が五郎丸フィーバーをきっかけにさらに盛り上がるかどうかでしょう。

女子サッカー日本代表のなでしこジャパンもW杯で快進撃を見せた2011年に同じくフィーバーがあり、一過性なのではといらぬ心配をしたものですが、それから4年。まだまだかもしれませんが、女児をサッカースクールに通わせる知人が複数いるなど女子サッカーは市民権を当時よりは得ていると思えます。

良くも悪くも、マスコミは受け手が「マス」なだけあって、多くの人に興味を持ってもらおうとすぐ脇道に逸れたがります。
その脇道の逸れ方が下品だとして批判をくらうのです。
例えば今回のラグビーの場合、五郎丸選手が体格の良いイケメンだいうことからか、新宿二丁目のゲイバーに深夜の日本代表戦を見ているかどうかを取材に行くという番組がありました。
ゲイの友人が以前、テレビや雑誌でオネエブームが興った際、マスコミの「オネエの扱い方」が同性愛者の男をひとくくりにするかのようでとても雑だと苦言を呈していたことがありました。
曰く、「ゲイが皆、ガタイのいい男を好きと思うな」。

「●●フィーバー」が興る際、このようなわかりやすい構成にのっとって横道に逸れることは多々見受けられます。
同じく、今回のラグビーW杯の盛り上がりに関して、五郎丸選手をどう思うかを女子レスリング世界大会16連覇中の吉田沙保里選手に聞くというニュースがありました。

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芸能界も結婚ラッシュに沸く。日本代表の五郎丸歩(29)について聞かれると「格好いい!」と即答したが、既婚者だとリサーチ済みだ。「狙ってはなかったけど、残念だなと思った。

【沙保里、ラグビー日本代表に刺激!五郎丸既婚に「残念だな」】
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本人は気にしてないかもしれませんし、私の勝手な代弁になってしまいますが、質問者のいやらしい意図がプンプンするこの手の問いに吉田選手も怒っていいんじゃないかなと思うのです。

今やテレビはわかりやすい「構成」が大好きです。
テロップやナレーションを盛りだくさんにして、できるだけわかりやすくしようとします。
これは作り手として思うことですが、少し「わかりにくい」ことを盛り込むと、「シュール」だという、褒めているとも貶しているとも取れる言葉で表されます。

繁華街の交差点におびただしい数の人が集まり、行き交う人々の間でハイタッチが交わされ、警察が正しく帰ることを促すという光景はサッカー日本代表戦の恒例ともなりつつあります。
スポーツの大会を比較的お行儀良く、お祭りとして楽しめるのが日本人です。

どうせなら、応援する選手、チームにも強くあってもらった方が楽しめます。
しかし、日本のスポーツ批評はというと、文末を精神論や根性論で〆がちです。
時には辛口で正しく試合を批評し、次の大会につなげる、ひいてはそのスポーツの普及、チーム力の強化に努めるというのも大切でしょう。

ラグビーの場合、今はまさに「祭りのあと」と言ったところなのですが、落ち着いた状態から再び地に足のついたラグビー熱を呼び起こすようなケアがメディアにできるかどうか。
エンターテインメントの側面から間口を広げた後は、きちんとそのスポーツ自体の隆盛に貢献する。それこそがよく言われる「スポーツに敬意を」という言葉につながるのではないでしょうか。

スタッフ・坂本
(2015/10/15 UPDATE)
番組スタッフ
『トレインスポッティング』『アメリ』といったヒット作を数多く紹介し、文化の発信地となっていた渋谷のミニシアター「シネマライズ」。
来年1月に閉館することが発表され、惜しむ声が広がっています。

渋谷の映画館「シネマライズ」が閉館へ “ミニシアターの本丸”陥落に映画ファンから悲しみの声(「ねとらぼ」2015/10/10)

寂しいけれど、仕方がない。それがわたしの率直な感想。
というのも、ここ数年のシネマライズからは“シネマライズらしさ”が失われていたからです。

“シネマライズらしさ”というのは、『シネマライズでしか観られない映画』という特別感の演出。
日本でここでしか観られない映画を自分は観ているという、ある種の優越感もあったのでしょう。
わたしは高校生だった1997年頃から、毎年コンスタントにシネマライズまで足を運んでいました。

1997年:『ファーゴ』
1998年:『ムトゥ 踊るマハラジャ』
1999年:『ラン・ローラ・ラン』『ビッグ・リボウスキ』
2000年:『ヴァージン・スーサイズ』
2001年:『ディスタンス』
2002年:『ピンポン』『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』『リリイ・シュシュのすべて』
2003年:『アダプテーション』
2004年:『スーパーサイズ・ミー』
2005年:『緑玉紳士』
2006年:『ダーウィンの悪夢』『こま撮りえいが こまねこ』『ブロークン・フラワーズ』

その特別感、優越感が薄れてきたのが2007年ごろ。この辺りから、わたしのシネマライズ熱は急激に冷めています。
理由は、観たいと思う映画がシネマライズ以外の映画館でも上映しているから。
近所のシネコンでも上映しているからとそちらで観る回数が増え、自然とシネマライズへの足も遠のいていきました。

2007年:0本
2008年:0本
2009年:『母なる証明』
2010年:『息もできない』
2011年:『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
2013年:0本
2014年:0本
2015年:0本

さらに、ここ数年は『アオハライド』『土竜の唄』『トリック劇場版 ラストステージ』といった日本の商業映画や、アカデミー作品賞を受賞した「バードマン」、アカデミー賞5部門にノミネートしていた話題作「フォックスキャッチャー」という分かりやすい話題作を上映するなど、“らしさ”を全く感じさせないチョイスも目立つようになりました。
これでは、シネマライズにわざわざ行く意味は見つかりません。

なぜ、ここ数年で急激に“らしさ”が薄まってしまったのでしょうか。4年前のこちらの記事を読むと、その理由が見えてきます。

シネマライズ頼光裕社長・パルコ堤静夫氏に聞く!(「文化通信」2011/2/24)

こちらはシネマライズの頼社長のインタビュー。
この時点でシネマライズだけでなく、ミニシアター全体、ひいては配給会社も厳しい状況にあることがわかります。

*****
配給会社の相次ぐ倒産で、供給量は一気に減ってしまっています。今までだったら自分たちが見た中で、興行の視点としては凄くいいなと網に引っ掛かるような作品でも、配給側では誰も拾わない。そんな状況が続く中で、正直、番組を埋めるためにやっている作品もないとは言い切れないから、それによって各劇場はテンション下がってしまっているのではないでしょうか。
(中略)
それと当たればいいのかと、そうじゃない作品を世に出す使命みたいなものもあったわけですよ、ミニシアターには。
それが当たるものがイコールいいもの、全部そうだから売れるものはいい商品。
以前はそういうところで配給会社さんも一緒に頑張ってくれたけど、配給会社さん自身に余裕がなくなってしまったのもありますね。
*****

こうした厳しい状況のなか、閉館という選択をしたミニシアターはシネマライズに限らず、渋谷では2010年頃から閉館が加速。
2010年には3館(渋谷シネフロント、ライズX、渋谷シアターTSUTAYA)、2011年には2館シネセゾン渋谷、シネマ・アンジェリカ)、2012年には1館(シアターN渋谷)が閉館しています。

『アクト・オブ・キリング』の都内唯一の上映館だったシアター・イメージフォーラムのような、頑張っているミニシアターもあるにはありますが、今では貴重。
シネコンがメジャーからマイナーまである程度幅広いラインナップを揃えるなか、ミニシアターはその役割を終えつつあるのかもしれません。

(スタッフH)
(2015/10/13 UPDATE)
番組スタッフ
10月12日(月) 佐々木俊尚 ●一般の人が荷物を配達する「Amazon Flex」が与える影響

Amazonがアメリカで、一般の人に「急ぎ便」商品の配達を依頼する「Amazon Flex」という外注プログラムを始めました。
参加者には事前の身元審査があり、自動車の所有者に限定。
現在、人員を募集しているのはシアトルで、今後、ニューヨークやダラスでも展開される予定。
将来的には自転車や徒歩による配達も計画しているといいます。
日本での導入は未定ですが、「Amazon Flex」は物流業界にどのような影響をもたらすのでしょうか?
調達・購買コンサルタントの坂口孝則さんにお話を伺います。


10月13日(火) 古谷経衡 ●「TSUTAYA図書館」は「図書館のあるべき姿」ではなかったのか?

「TSUTAYA図書館」に逆風が吹いています。
第1号の佐賀県の武雄市図書館はずさんな選書が明らかになり、愛知県小牧市の計画は、住民投票で反対多数となり、見直しを迫られています。
一連の騒動から見えてくる、未来の図書館のあるべき姿とは?


10月14日(水) 飯田泰之 ●漁業国日本の凋落 復活のために取るべき施策とは?

『いいサカナがいなくなった』。そんな言葉が今、築地で囁かれています。
実は、日本の漁獲高は急減し、昔より魚が穫れなくなったといいます。
主要漁業国の1977年と2013年の漁業生産量を比べてみると、一目瞭然。日本の漁業生産量は大きく減少、しかも、世界の中で日本だけ特殊な状況に置かれていることがわかります。
一体なぜ、日本の漁業だけ衰退しているのでしょうか?そして、復活するために取るべき施策とは?


10月15日(木) 小田嶋隆 ●内容未定

内容が決まり次第、お知らせします。

(2015/10/12 UPDATE)
番組スタッフ
動き出した第3次安倍内閣。気になってしまうのは19閣僚それぞれの顔ぶれではなく、新しく設けられた「一億総活躍担当大臣」です。
総理が新・三本の矢を発表したときに共に掲げられた「一億総活躍社会」という言葉、いや思想とも呼ぶべきよくわからない概念については色々なところで批判の声が上がっているようです。

誰が考えたのかはわかりませんが、そもそものワードセンスに問題があるのか。国民がどう反応するかが全く読めないという想像力の欠如が問題なのか。
戦中・戦後の一億玉砕、一億総懺悔といった言葉から伝わるような社会主義的な臭いが嫌いというわけではなく、勝手に「一億総」に組み込まれて「活躍」に向かって前進させられようとする感じ。これがとても気持ち悪くて恥ずかしいのです。

大学自体の名前、学部の名前が何をやっているのかわからない「キラキラネーム化」しているという指摘があります。新設される大臣の名前も、何をやっているのかわからないとは言わないまでも、メッセージ性が強すぎる。
行政改革担当大臣、地方創生担当大臣、そして一億総活躍担当大臣…
固有の省庁があるわけではないので仕方がないでしょうが、経産大臣、農林水産大臣、国土交通大臣などは守備範囲としての担当がわかる程度の肩書きです。
そもそも存在しているのに、地方を創生するというのもあらためて文字面だけ見るととても違和感があります。
そして一億総活躍がやってきました。今は熟語でなんとかうまいこといってやろうという気概が見え隠れしますが、そのうちカタカナが肩書きに入る大臣も登場するかもしれません。

何だか目にするたびに私の背筋がむず痒くなるのが「オールジャパン」という言葉です。
皆さんもスポーツ以外の場面で何度となく耳目に触れているのではないでしょうか。

首相官邸サイトでキーワードに「オールジャパン」と打ち込むと、ヒットする検索結果数は8633。
最近のニュースから、主に安倍総理を始めとする政府関係者が「オールジャパン」と使った事例を抜粋します。

先月末、安倍総理が国連総本部でイランのロウハニ大統領と会談した際は…

『首相は核合意を受けた国際的な関係改善機運の高まりを受け、「オールジャパンで日本企業の進出を図り、イランの経済発展に貢献したい」と強調した』
【安倍首相、イランに核合意履行要請 投資協定早期妥結も議論】

同じく国連総本部でアフリカの首脳と会談したときも「オールジャパン」が飛び出しました。

『首相はアフリカ域内のインフラ整備について「内陸にも利益となる広域総合開発にオールジャパンで貢献する」と述べた』
【首相、アフリカ首脳と会合 「インフラ整備に貢献」】

6月には全国信用金庫大会に安倍総理が出席。

『小売業、飲食業、宿泊業、介護業、運送業、各々の分野ごとに、きめ細かく、官民を挙げて生産性向上を全面的に支援していくオールジャパンの国民運動をスタートさせました』
【首相官邸サイト・全国信用金庫大会】

5月、「ロボット革命イニシアティブ協議会」の発足式に出席したときも…

『本日、この場には、農林水産業、食品、医療・福祉、通信、建設など、従来の産業機械としてのロボットのイメージからは想像もつかないようなさまざまな分野の方々に集まっていただきました。まさにオールジャパン。ロボット革命の決起集会にふさわしいと言えると思います』
【安倍首相が「ロボット革命」宣言に込めた決意―オールジャパン体制が始動】

安倍総理の女房役、菅官房長官もオールジャパンを使います。新国立競技場のデザインが白紙となった際での記者会見では…

『菅義偉官房長官も10日の記者会見で、「五輪開催をオールジャパンで勝ち取るときの原動力の大きな一つになった」と強調。デザインの見直しについて問われると、「工期の問題もある。そんな無責任なことはできない」と気色ばんだ』
【新国立、首相「変更だと間に合わない」 与党からも不満】


いちいち「オールジャパン」と使うことで、自分以外の人にも責任があるという予防線を張っているような印象すら受けます。外遊で使われたときに伝わってくるのは、日本の上から目線。
「オールジャパン」とは主にスポーツにおいて「 全日本総合」と名がつく大会のことを意味します。 今では「オールジャパンで国難に立ち向かう」というように「日本全体で」という意味で用いられるようになりました。

五輪招致が決まるか決まらないかの頃もよく舛添東京都知事が「オールジャパンで勝ち取った招致だ」というようなことを言っていました。五輪招致に乗り気でない人もいたと思うのですが、私も含めいつのまにか「オールジャパン」に組み込まれていたようです。

オールジャパンという言葉に私が嫌悪感を覚えるのは、「みんなの気持ちされひとつにすれば何とかなるさ」という文化系人間にはついていけない「スポ根じみた気合」。
そして、大きく括ることで違う意見を初めから排除するという「狡猾さ」です。
こう考えると、「オールジャパン」も「一億総活躍」とかなり近い座標にある言葉のように思われます。

しかし、「オールジャパン」とか何か
リーダー不在と言われるからこそ、官民入り混じって誰もが粉骨砕身する「オールジャパン」という言葉が多様されるようになったのかもしれません。

かれこれ何十年、日本は難題山積だと言われているでしょうか。
何ひとつ解決されていない気がするのは、「オールジャパン」の連帯感が欠如しているからでしょうか。
きっと違います。理由はシステムそのものを変えるくらい大きなところにあると思うのです。

望まないのに「一億総活躍」や「オールジャパン」に組み込まれる私たち。
これまでの歴史を振り返ってみると一億総●●、オールジャパンというフレーズとともになされる何かは「個人の集合体」としての国民が思うものと常に乖離しているような気がします。
寛容さはまだまだ足りないだろうけれど、こんなにも選択肢のある社会なのだから、「オールジャパン」なんて言葉で、日本人を同じ方向に向かせようとするのはやめてほしい。

スタッフ・坂本
(2015/10/8 UPDATE)
番組スタッフ
昨夜、報じられた「女装が趣味のプロゴルファー逮捕」のニュース。
見出しを読んだ時点では半笑いだったのですが、記事を読むと、笑うというよりもむしろ、逮捕されたプロゴルファーが気の毒になってきます。

プロゴルファーを逮捕 女装ばれるの嫌い作業着盗む(「日刊スポーツ」2015/10/5)

このプロゴルファーの逮捕容疑は、女装ではなく窃盗。
プロゴルファーは昨日の午前1時過ぎ、セーラー服にカツラ姿で徘徊。
その姿を目撃した付近の住民が通報、「不審者情報」を受け巡回していた警察官に気づいたため、近くのアパートから作業着を盗んで、女装を隠そうとしたようです。

気になるのは、通報された理由。
記事には『通行人に「女性の服を着た男がいる」と110番通報され…』とあり、女装をして徘徊していただけで警察に通報されたことになります。
女装して徘徊していただけで警察に通報される…なんとも気の毒な話です。

「不審者に対する度が過ぎた過敏さ」を感じさせる騒動ですが、こうした状況は近年、顕著になりつつあります。
今年3月には警視庁が、「日中に子供が男に『さようなら』と声を掛けられた」とする不審者情報を配信。

3月11日(水)、午後3時50分ころ、北区神谷2丁目の公園内で、児童が遊んでいたところ、男に声をかけられました。
声かけ等の内容
・さようなら
不審者の特徴:40歳代、160cm 位、やせ型、短髪茶色、茶色っぽいジャンパー、黒色っぽいズボン、マスク、徒歩


この配信はネットで話題になり、「あいさつ禁止の世の中か」といった批判の声があがりました。

そして、2014年には兵庫県警の「ひょうご防犯ネット」が、「コンビニの場所を聞かれた」とする不審者情報を配信。

2月27日(木)午後3時30分頃、加古川市尾上町旭付近の路上で、女子児童に対する声かけ事案が発生しました。
女子児童が下校途中に「この辺はコンビニはどこにある?」と声をかけられたもので、女子児童が近所の商業施設について教示したところ「何年生?しっかりしているね。」と言っていずれかへ立ち去ったものです。
不審者は、大学生風で、中肉、黒髪短髪、オレンジ色トレーナーを着用した、灰色か銀色の自転車に乗った男です。


「コンビニはどこにあるか?」と道を聞き、「何年生?しっかりしているね」と言って立ち去る。
こうした行動のどこをみて、不審と感じたのでしょう。首を傾げたくなります。

2013年に西堺警察署が配信した不審者情報もひどいもの。

10月1日午後9時30分ころ、堺市西区原田付近において、不審者が徘徊するという事案が発生しました。不審者は、一見して25歳位のサラリーマン風の男1名で、白っぽいシャツ、スラックスを着用し、黒色のビジネスバッグを所持していました

「白っぽいシャツ、スラックスを着用し、黒色のビジネスバッグを所持」して、徘徊。
これを不審者とするならば、街中は不審者だらけです。

なぜ、こんなおかしな事態が近年、顕著になってしまっているのでしょうか。
『犯罪は予測できる』(新潮社)の著者で立正大学教授の小宮信夫さんが示すのは2つの原因。

ひとつは、「住民によるパトロール」。
*****
パトロールで不審者探しを続けると、地域には敵意が異常発生してしまう。
なぜなら、パトロールを継続するためには理由が必要であり、「不審者」が存在することが、その最大の理由になるからである。
そのため、パトロールでは、地域にとって異質な人や見知らぬ人を「不審者」と見なして、パトロールの成果を誇示しがちになる。
<「THE PAGE」2015/4/2>
*****

もうひとつが、子供が繰り返し言われる「『不審者に注意して』という忠告」。
*****
子どもたちは、繰り返し「不審者」に注意するように言われていると、周囲の大人を「不審者」ではないかと疑うようになる。
他人を疑えば疑うほど、「不審者」のイメージは、サングラスやマスクをしている人から、普通の外見の大人に広がっていく。
その結果、「不審者」は「知らない人」を意味するようになる。
<「THE PAGE」2015/4/2>
*****

小宮さんの分析を読むと、正しい不審者情報は限りなく少ないように思えてきます。
警視庁が不審者情報を配信するサイト「警視庁管内不審者情報」にもこんな一文があります。

「不審者情報の中には、単に道をたずねたり、善意で声をかけたりした行為などが含まれている可能性があります。」

地元住人への不信感をいたずらに強めているだけにも思える、不審者情報。
不要だと思うのはわたしだけでしょうか。

(スタッフH)
(2015/10/6 UPDATE)
番組スタッフ
10月5日(月)佐々木俊尚●ふわっとした民意を代弁する政党の不在

成立した安保関連法をめぐり、「政党が左右に寄り、中間が不在」という状況になりつつあります。
象徴的なのは「次世代の党の平沼党首が自民党へ復党願いを提出」「民主党の岡田代表が共産党の選挙協力呼び掛け」というニュース。
食べ物付きの月刊誌「食べる政治」代表で、現在、東工大大学院修士課程の増沢諒さんは、この2つのニュースに注目し、「右/左の二軸で見るなら、それぞれが端っこに寄って行っているように見える」と指摘。
安保関連法をめぐり起きている、「政党が左右に寄り、中間が不在」という状況。
「ふわっとした民意を代弁する政党の不在」がもたらす問題とは?



10月6日(火)速水健朗●フォルクスワーゲン騒動に見る、ディーゼルエンジンの現実と日本市場への影響

北米で販売されているフォルクスワーゲンの一部ディーゼルエンジン搭載車から、
走行中に基準を大幅に上まわるNOx(窒素酸化物)が排出されていることが明らかになりました。
フォルクスワーゲンは当時、苦戦していたアメリカ市場での販売を伸ばすため、価格を低く抑えながらアメリカの厳しい排ガス基準を満たすディーゼル車の開発を迫られていて、排ガスの浄化装置の設置はコストがかかりすぎることから不正ソフトの使用を決めたといいます。
ディーゼルエンジンで今何が起こっているでしょうか。

10月7日(水)飯田泰之●地方における廃校を活かしたまちづくりの可能性

少子化の進行や大都市部への人口の流出等によって、全国で学校の廃校が進んでいます。文部科学省が2014年11月に公表した「廃校施設活用状況実態調査」結果をみてみると、2002(平成14)〜13(平成25)年度の公立学校の廃校の推移は、年間500校前後で推移。
地方における廃校を活かしたまちづくりの可能性とは。

10月8日(木)小田嶋隆●暴露本が明かす、ノーベル平和賞と政治の密接な関係

ノーベル賞の中で最も議論になりやすい平和賞。今年は10月9日にノルウェーで発表されます。
受賞者を決めるのは、首都オスロにあるノーベル平和賞委員会のメンバーである、たった5人のノルウェー人。この平和賞の舞台裏は、これまで厳重に機密扱いだったのだが、その暴露本『平和の秘書、ノーベル賞との25年』が9月17日にノルウェーで発売(※日本では未発売)され、話題となりました。
ノルウェーで発売され、話題になっている暴露本が明かす、ノーベル平和賞と政治の密接な関係とは?
(2015/10/5 UPDATE)
番組スタッフ
千原ジュニアさん、福山雅治さん、麒麟の川島明さんとおめでたい報告が続く今週。
彼らの知人、友人などゆかりのある人がコメントを寄せていますが、記者やメディアが集う場というだけで、知人でもないのに意見を求められるとたまったものではありません。

その例が菅官房長官です。菅官房長官は29日のテレビ番組で、福山雅治さんと女優の吹石一恵さんの結婚について、「この結婚を機に、ママさんたちがいっしょに子供を産みたいという形で国家に貢献してくれればいいなと思っている」と述べ、猛批判を食らっています。
菅氏はその後の記者会見で「結婚は出産が前提だと取られかねない」との質問を受け、「国民から大変人気の高いカップルで、世の中が明るくなり、幸せな気分になってくれればいいなと思った中での発言だ」と釈明はしています。ただ「おめでとう」だけと言っておけば良かったのにという意見もありそうですが、首相の右腕たる官房長官ならばできるだけ日本が抱える社会問題にうまく掛けてコメントしたいところでしょう。

「この結婚を機に…」菅氏はこう言いました。
タレントや有名人にあやかって、結婚・出産を決意するということは実際にありえるのでしょうか。
鈴木おさむ・大島美幸夫婦が妊活を行うとの報道があった際、自身たちも妊娠活動を行い、めでたく第一子を授かったという夫婦は知っています。しかしそれでも有名人の結婚、出産に促されるというのも何だか20世紀っぽいというか、昭和臭がするというか、時代錯誤のような気がしないわけでもありません。

菅官房長官は「結婚や出産が個人の自由であることは当然だ。子供を産みやすく、育てやすい社会をつくるのが政府の役割だ」と述べ、政権として女性活躍推進に取り組む姿勢を強調しています。
女性の活躍推進と同時になされる少子化対策。これらは喫緊の課題であり、おそらく菅氏は福山さんの結婚を受けて、これを一番言いたかったのではないでしょうか。

日本の労働人口は減少傾向にあります。それゆえ女性の活躍促進や少子化対策が求められ、生産性を上げようと画策しています。誰のために生産性を上げようというのか。いわずもがな「日本経済のため」、つまり「国家のため」です。

菅氏が批判にさらされる一方、結婚や妊娠、出産について「これで私たちも国に貢献できた」なんて言う夫婦もいます。私も妻の妊娠を知人に報告した際、「国に貢献」という文句を使ってしまいました。
少子高齢化が加速する日本の中で、結婚と出産という行為の大義とは「国に貢献する」ことなのでしょう。

しかし、それはあくまでも結果のお話し。
結婚や出産の際、いちいち日本のことなど考えるでしょうか。私は妻の妊娠報告の際、「国に貢献」という言葉を使ってしまいましたが、本音かというとそうではありません。建前として「国に貢献」と言いました。

国家の未来に背を向けるように聞こえるかもしれませんが、子を持とうと思ったのは自分たち夫婦のためでもありますし、両親のためでもあります。
こういう思想を批判する人もいることでしょう。ある大企業の会長経験者と仕事をご一緒した際のこと。その人は「今の日本がダメになったのは国民が国のことを思わず、自分だけのことを思うようになったからだ」と嘆いていました。

先日、東京の地下鉄でベビーカーに乗った幼子が後期高齢者に暴力を振るわれるという事件が起こりました。
よく理想として「のんびり子育て」という言葉が掲げられますが、こういった事件を知りあらためて考えると何と儚く、いかに実現が困難な言葉であるかが思い知らされます。
結婚する、しない。子供を持つ、持たない。日本のために働く、家族のために働く。
どんな選択肢を取ろうが、生きづらさを感じることのない「ささやかな気遣い」を政府にはしてもらいたい。
誰もが幸せになれる社会づくりを!とまでは言いません。

「本音」と「建前」という言葉は何かを論じ、批評する場において頻繁に使われます。
菅官房長官は限りなく「本音」に近い言葉を釈明し、軌道修正しました。しかしその結果、彼が発した言葉は「建前」と化してしまいました。

建前で「いいね!」を稼ぐのは結構、簡単です。本音を発信して「いいね!」を稼ぐのは難しい。
できればカッコよく本音を放って評価されたいところですが、本音とは常に瞬発力とともに発信されるもので、熟慮を伴うとそれはもう建前になってしまいます。

何かと炎上してしまう昨今。不寛容な社会を生きるために必要とされるのは、本音で納得させる瞬発力よりも、建前で和を保つ調整力なのでしょうか。

スタッフ・坂本
(2015/10/1 UPDATE)

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