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番組スタッフ
しばしばネット上で、「会社を辞めました」「新たな会社で働くことになりました」など退職報告をするブログ記事を目にします。
例えば、はてなブックマークでも人気のブックマークとして退職報告が取りざたされているのは珍しくありません。
中には退職報告をまとめたサイトまであります。
別に転職するつもりなどないのに、目に着けば読んでしまう。
私にとって退職報告とは、新聞の4コマ漫画のような存在となってしまいました。

決して少なくはないシェア数、ブックマーク数を目の当たりにする度に、他人の退職報告にそこまで興味を抱き得るものなのかと訝るものです。
Webマーケティングに関するニュースサイトferretの記事、「「退職しましたエントリー」20記事から見えてきた退職傾向の高い業種・業態」によると退職報告のうち、ほとんどがIT企業であり、職種としてはエンジニアが多いと分析。
エンジニアの需要が高まる昨今、退職報告をきっかけに採用に繋がる可能性があるのだと言います。

確かに、私の周りにいるIT関連の仕事に従事する人間の多くは、新たな仕事や進捗状況などを細かにSNSで報告している印象があります。退職報告をしている人間もいました。しかし、それはお世話になった人への感謝と未来への決意表明のようなもので、これがネットで人気記事になりうる類ものなのかはやはり疑わしい。
記事の人気はIT業界の人の間に限ったものなのでしょうか。
退職報告を見てみると、大企業の仲間入りを果たしたと言っても過言ではない成功を収めたIT企業に関するものがあったりします。
IT業界とは縁遠いこちらとしては、”キラキラ”した様子が漏れ伝わってくる今をときめく会社を辞める「悪しき理由」が綴られているかどうかが気になって、記事をクリックしたりするのですが、意外とそうでもない。
書かれているのは概ね、在職中に成し得たこと、新たな職場とそこを選んだ理由がほとんど。恨みつらみはほぼ見当たりません。

例外もあります。先日、はてな匿名ダイアリーに「富士通を退職して思うこと」という記事がアップされ、話題となりましたが、こちらには負の退職理由もきちんと記されておりました。

産業自体の歴史が浅いこともあって、一般的に離職率が高いと言われるIT業界。退職する際の理由は決してネガティブなものばかりというわけでなく、最新技術やスキルアップを求めて職を変える人も多いのでしょう。
人材の入れ替わりが激しい業界だからこそ、指針となるものが欲されている証拠のようにも思われます。
退職報告は職務経歴付きの履歴書のようなものになっているのは言うまでもありません。

しかし、それでも何だか全てを快く理解するのは歯がゆい。
退職報告の中には、次の職場が決まっておらず、前向きな退職理由と決意表明にも似た宣言をしているものもあります。
私も退職経験があるのですが、会社を去る時って美辞麗句だけで語れるほど、清々しいものばかりではない。辞めることによる何らかの歪みが生じてしまいます。純度100%の円満退社って意外と難しいものです。

綺麗事だけが書かれた退職報告からは、「起業家めざしてます!」とSNSの自己紹介欄に書いてしまう人と同じ、“自己啓発好き臭”を感じてしまいます。

自己啓発を社会学的に考察した『日常に侵入する自己啓発』(著:牧野 智和)によると、手帳の使い方を指南する書籍も自己啓発本に分類されるとしています。
先日、撮りためたテレビ番組を見ていると、街の人に手帳を見せてもらうという企画がありました。
『日常に侵入する自己啓発』には、手帳に何かを書くこととは「人生の目標を描く作業」であり、「目標を反復的にイメージすることでその実現はかなう」ことにつながるとあります。
テレビでインタビューを受ける街の人の手帳に記されていたのは、その日のtoDoだけでなく、未来の目標や名言(有名人のものから自作のものまで)。まさに自己啓発と化した手帳の姿が映し出されていました。

ビジネス本、中でも「自己啓発」に類される本が書店の圧倒的面積を占めると言われるのも、働き方や生き方、趣味が多様化かつ複雑化しゆく現代だからこそ、指針となる思考法が必要とされているのでしょう。
ブログを始めとする何かを記すことができるSNSには、自己啓発としての手帳術に似た側面が大いにあると思います。
IT業界の転職ツールとしてあまり役立つとは思えない、前向きな言葉と美辞麗句だけが綴られた退職報告が少ないないのも、同じような理由からでしょうか。

最後に。
退職報告を乱読していると、「Aを退社し、Bにjoinしました」という表現を多々目にします。
IT業界に限って使われているであろう、「join」という入社の代替表現。
IT業界に時折、鼻持ちならない感情を抱いてしまうのはこういうところです。

スタッフ・坂本
(2016/4/28 UPDATE)
番組スタッフ
最終候補4案が公表された今月8日以降、佐野氏のとき同様「似たデザイン探し」が始まるだけでなく、「A案ありきの出来レース説」が浮上するなど決定前から不穏な空気が漂っていた2020年東京五輪・パラリンピックのエンブレム。
昨日(25日)A案の「組市松紋」に決まったことをうけ、早速ネガティブな声があがり始めています。

横浜市の林文子市長が「最終選考に残った4つのデザインはあまりのダサさに驚いている」と酷評したかと思えば、Twitterでは今回決まったエンブレムを国立競技場に設置したコラ画像が作成され、エンブレムがお葬式の花輪に見えることから「まるでお葬式」とコメントがつけられるなどネガティブキャンペーンが始まっています。
ネットのアンケート調査でもA案は低評価。
ヤフーの意識調査ではA案に決まった今回の結果に納得できるかとの質問に対し、「納得できる」が36%で「納得できない」の64%を大きく下回り、日刊スポーツのアンケートでもA案を「良かった」とする回答は3割程度にとどまっています。

こうしたアンケート結果やネガティブな声を見て感じるのは、A案だからというより五輪のエンブレムだからケチをつけたくなる心情。
一度ケチがついた事案はケチがつけられ続けるもので、A案以外が選ばれたとしてもケチがつけられるのは必然。
彼らにとってはケチをつけることが目的であり、ケチをつけることを自らに課しているようにも見えます。よほどの暇人なのでしょう。

決まったデザインにケチをつけることを批判しておきながら、気になってしまうのが選考方法。
今回の選考では「透明性」と「国民参加」を重視したと喧伝しているだけに、その中途半端さにどうしても目がいってしまいます。

たとえば、「敗者復活の案を明かさないこと」。
今月8日には最終候補4案の中に1度落選しながら「敗者復活」した作品があると発表したものの、その作品がどれなのかは明かしていません。
「敗者復活なのでは」という疑惑もあったA案については「敗者復活ではない」と明かしていますが、これは結果が出た後。結局、どれが敗者復活だったのかは分かっていません。
透明性を謳っているわりに肝心なところは隠すのでもやもや感だけが募ります。

国民参加については、「国民からの意見はとりあえず聞いてみた感が強いこと」が引っかかります。最終審査は「国民から寄せられた4万1516人の意見を踏まえ、委員による自由討議」⇒「委員が1人1票ずつ最も優れた作品に投票」という手順で進められたのですが、審査の前段階で示されたのが4万1516人の意見を集約したこちらのレポート

レポートを要約すると以下のようになり、A案だけ「ネガティブな意見」が多かったようにも受け取れる内容になっています。

・A案に寄せられた意見の傾向は「ポジティブな意見」と「ネガティブな意見」があること。
・B〜D案はネガティブな意見も見受けられるものの、「ポジティブな意見が多数」または「大多数」だった。
・A案の肯定的な意見は「日本らしさを感じる」「伝統を感じる」、否定的な意見は「地味」「躍動感を感じない」。
・A案を他の案と比較すると、「日本らしい・東京らしい」との印象が目立って高かった。
・A案同様、B〜D案についてもポジティブな意見とネガティブな意見が具体的に示される。

一方で国民からどの案が最も評価されたのかは明示されておらず、21人の委員が何を参考に投票を決めたのか、その判断材料は見えてきません。
事前のアンケートに「エンブレムにふさわしいデザインは?」との質問を設け、最も評価されたデザインに国民の声として1票加算するぐらいの配慮があってもよかったのかもしれません。
ちなみに、ネットのアンケートがイコール国民の声とは言えませんが、結果が出る前に行われた日刊スポーツのアンケートで最も人気があったのはD案(朝顔)でA案は3番人気。
ヤフーの意識調査で最も人気があったのはB案(輪)でA案は最下位でした。

選考方法にいろいろとケチをつけてはみましたが、それは選考方法だけで、透明性を高め、国民が参加したところで良いデザインが選ばれるとは思っていません。
街の装飾などへの展開力を生かせるなどの要素を併せ持った良いデザインかどうかはデザインの専門家が判断するもので、デザインの素人である国民がするのは「好きか嫌いか」の直観的な判断ぐらい。
透明性に関しても、退屈な審査をライブ配信したところで見続ける人はそれほどいないでしょうし、透明性が良いデザインにつながる要素も見当たりません。
それだけに、批判を受けないためという理由で「透明性」「国民参加」のために使われた労力やお金の無駄さだけが目立ちます。
薄々は気付いていましたが、エンブレム選考に「透明性」「国民参加」は不要なのです。

佐野氏のエンブレム騒動のときもそうでしたが、わたしが五輪エンブレムに抱くのは「何でもいい」という印象。
歴代五輪のエンブレムが網羅されたこちらのまとめhttp://matome.naver.jp/odai/2133933538578885601に目を通してみても、印象に残っているエンブレムは一つもありません。
「透明性」「国民参加」はどうでもよくて、よっぽど変なデザインでなければそれでいいのです。

(スタッフH)
(2016/4/26 UPDATE)
番組スタッフ
4月25日(月) 佐々木俊尚 ●災害時におけるシェアリングエコノミーの可能性

シェアリングエコノミーの代表格である民泊サイト「Airbnb」は今月15日、熊本地震の被災者に無償で部屋を貸し出すホストの募集を始めました。
災害時に本領を発揮するとも言われるシェアリングエコノミーは地震大国の日本で根付くのでしょうか?
「アゴラ」の編集長、新田哲史さんにお話を伺います。

4月26日(火) 古谷経衡 ●熊本地震にみるヘイトデマ拡散の背景

熊本で最大震度7を記録した地震が発生した今月14日以降、「ライオンが逃亡」「川内原発で火災が発生」などの悪質なデマがツイッターに投稿され、拡散しました。
なかでもとくに悪質と言われているのが、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」といった“ヘイトデマ”。
その拡散の背景にあるものとは?

4月27日(水) 飯田泰之 ●『時間かせぎの資本主義』が日本経済に鳴らす警鐘

量的・質的金融緩和を2度にわたって実施、そして今年1月にはマイナス金利を導入したものの、日本経済は停滞し、景気は上向く気配すらありません。
そんな日本の経済状況を反映してか、今年2月に出版された書籍『時間かせぎの資本主義』がにわかに話題になっています。
出版元は、ブームを巻き起こしたピケティの『21世紀の資本』を出版した「みすず書房」。
にわかに話題になっているこの書籍が日本経済に鳴らす警鐘とは?

4月28日(木) 小田嶋隆 ●違和感を持ちつつも自粛してしまうわけ

熊本地震後、議論となっている自粛の是非。
ACミラン所属の本田圭佑選手や堀江貴文さんが自粛に違和感を唱え、共感を得ています
SNSが一般化した現代における自粛の特徴とは?
(2016/4/25 UPDATE)
番組スタッフ
今日で熊本を中心に九州を襲った地震から1週間。
地震直後から私のある知人がFacebook上で、熊本の人が必要とするたくさんの情報をしています。
炊き出しが行われる場所、足りない物資を求める避難所の声、銭湯無料解放の日時といったものから、災害時にはしばしば女性が襲われるという真偽のはっきりしない情報を基にした女性がすべき服装まで、実に様々です。

5年前。東日本大震災の時。同じようにTwitterでは被災地の情報、災害時に必要とされる対応を拡散する人は多々見られました。中には無差別に、真偽を確かめることなく拡散される情報もあったように記憶しています。
後にデマとわかることとなる情報をSNSでシェアし、注意喚起した友人もいます。私も信じてしまいました。
5年前の震災直後を振り返ってみると、日々アップデートされる状況、そこに紛れ込む意地の悪い嘘、確度の低い情報を正す怒り…多くの人が災害もさることながら多様な感情を帯びた情報に翻弄されたのではないでしょうか。
5年前に嫌な思いをした私は、拡散の意思は放棄してしまっています。

5年前も今も、”ほとんどの人”は善意で情報を共有しているのです。純粋な善意です。
しかし、善意が寧ろ被災者を苦しめることになると咎める人もいます。

東日本大震災時、アパレルショップで働く私の知人が東北に古着を集めて送りたいとしてTwitter上で協力を仰いだところ、被災者を愚弄するのかと言わんばかりの強烈な批判を受けていました。

物資が足りない被災地に古着を送ることはゴミを送ることに等しいとされています。
今回も以下のような注意喚起がありました。
【「千羽鶴・古着・生鮮食品は要りません」 被災地が困る「ありがた迷惑」な物とは(J-CASTニュース)】
折り鶴の賛否をめぐる議論も大きな災害のたびに浮上します。

先日、お笑い芸人のトレンディエンジェルが漫才大会優勝の副賞であるカップラーメン10年分を被災地に送ると発表しました。2人では食べきる前に絶望してしまいそうな量のカップラーメンを、一度に消費できる良案だと思います。
しかし、水が貴重な資源である被災地に水を使わなければ食べられないカップラーメンを送ることはかえって迷惑になりうるという意見すらあるようです。

善意の作法というか、過度なリテラシーを求める声が多すぎるような気もしますが、それも仕方のないことなのでしょうか。
阪神大震災と東日本大震災を経験した現代を生きる我々には、バカな善意など許されない。
思いつきの支援など、許されないとは言わないまでも返って迷惑となりうる。
支援にしても熟慮が必要である。1つの正しい倫理が絶対的なものとなり、感情だけの優しさが駆逐される気配すら感じます。

災害時のみならず、「熟慮の感じられないバカ」は御法度と化しています。SNSが普及する前からそうだったのかもしれません。
自粛のムードなのか、SNSのタイムラインを見てみても友達同士だから許される日常的な可愛げのあるバカを言うことすら何だかご法度となっているような気がします。その類の投稿を気兼ねなくする人に寄せられる「いいね」などの評価がいつもより少ないな…と思っている個人的見解ではありますが。

人が困ったら助けるべき、人に優しくあれと道徳の時間かそれ以外のどこかでも習ったような気がしますが、助け方や優しさにも作法、リテラシーがあるのです。昨今の他者に過度な倫理を求める空気が漂う現代において、特にインターネット上において、リテラシーを欠いた行為は許されません。
残念ながら、インターネット上ではリテラシーの高い人が情報ヒエラルキーなるものの上位に君臨し、彼らの攻撃で情報リテラシーの低い人が抹殺されてしまう光景を私たちは何度となく目にしてきました。
純粋に誰かを助けたいという感情はひとまずそのままにして、感情の向かう先は正しいのか、感情に倣った行動を取ることで誰かが害を被らないか。こういったことを一先ず調べなくてはならないようです。

地震大国の日本において、地震に備えるということは地震の被害に見舞われた他者を助ける術を正しく身に付けておくということなのでしょうか。
地震大国である以上、どこかの地域が地震に害を被ることは珍しくありません。
もはや災害における備えとは、自分の身に何かあった時に生き長らえる手段だけではないと言えるのではないでしょうか。
他者が地震に見舞われた時の「正しい支援策」まで備えて行けなければならないようなのですから。
こんなにも誰かの無邪気な善意を咎める怒りの声が上がるならば、いっその事、「地震に見舞われた地域、被災者の支援策」のようなものをフォーマット化して情報共有しておくのが良いでしょう。

災害時における善意にはどうやら正解があるようです。そして、不正解を出してしまったら正されます。時には厳しく非難されるかもしれません。
地震大国と言われながらも、他者を支援する備えにはまだまだ不慣れな日本人の姿が浮き彫りになっているわけです。これを機に、誰もが平均的に正解を出せる方法論をまとめておきたいものです。

スタッフ・坂本
(2016/4/21 UPDATE)
番組スタッフ
東日本大震災直後に出現し存在感を発揮した、何でもかんでも震災と結びつけ「不謹慎」と批判する不謹慎厨。熊本・大分を中心に今月14日以降相次いでいる一連の地震でも、その存在感を発揮し始めています。

今日までに不謹慎厨による被害が報告されている有名人が、女優の長澤まさみさんと元フィギュアスケート選手の安藤美姫さん。

長澤さんは震度7の地震が起きた14日の夜、Instagramに女優のりょうさんらと笑顔で写った写真を「りょうセンパイ!!!!本当かっこ良かったっス!!!!」というコメントとともに投稿。
地震が起きた直後だったことからコメント欄には「不謹慎」という声がいくつも寄せられ、その後写真を削除するに至っています。

安藤さんは震度7の地震が起きた翌日の15日、「名古屋で一緒にショーに出て歩いて...嬉しかった〜」というコメントとともに恋人ハビエル・フェルナンデス選手との仲睦まじい2ショット写真をInstagramに投稿。
こちらもコメント欄に「不謹慎」「熊本の地震が毎日のように報じられている中、この写真はまずい」といった声が多数寄せられていますが、こちらは投稿を削除するには至っていません。

その後の対応に違いがあるものの、二人とも普段通りの写真とコメントを投稿しただけなのに「不謹慎」と批判を受ける。まったくもって理不尽な話です。

有名人以外からも同様の被害が報告されていて、こちらも理不尽。
一般のTwitterユーザー(キヨみみ@kiyomimiさん)による報告で、「地震があったのに散歩するのは不謹慎」とのクレームが都内の認可保育園に寄せられたというもの。
クレームを受け、保育園の園長による謝罪文がマンションの掲示板に掲示されていたようで、その文面がこちら。

「震災があったにも関わらず、子供達が散歩中にモンシロチョウを見つけて騒いでしまい、大変申し訳ございませんでした」。

子供が散歩するのも、散歩中にモンシロチョウを見つけて騒ぐのもごく普通のことです。
ごく普通のことをしただけなのに謝罪しなくてはいけない。これは理不尽以外のなにものでもありません。

今回の被害報告をまとめると以下のようになります。
・地震があったのに、笑顔の写真を投稿したから不謹慎
・地震があったのに、恋人との仲睦まじい2ショット写真を投稿したから不謹慎
・地震があったのに、子供が散歩したから不謹慎

もはや不謹慎の要素は無いに等しく、不謹慎厨の拠りどころは「地震があったこと」のみ。
元々嫌いだった人や気に食わなかった行為に難癖をつけたいだけで、「地震があったこと」は後付けになっています。
批判を先回りしていることも地震後の自粛ムードの一因でしょう。でも、このような筋の通らないただの難癖が幅を利かせ、今の自粛ムードにつながっているとしたらそれは悲しいことです。

自粛ムードといえば、「有名人による被災地支援」にも“自粛圧力”のようなものを感じます。
有名人による被災地支援は公の場で行うと「偽善」「売名行為」といった言葉で批判される傾向があり、今回の地震でも地震発生後、被災地を気遣うツイートを繰り返していたモデルの西内まりやさんが「偽善者」と批判されています。
一方で称賛されているのは、こっそり被災地を訪問した俳優の高良健吾さん。
訪問した後、訪問したことがメディアで報じられ、称賛へとつながりました。
東日本大震災でいえば中居正広さん、江頭2:50さんがこの“こっそり訪問して、あとで発覚するケース”に該当し、公の場で行う前者よりこちらの後者を支持したくなる気持ちも分かります。
ただ、実際にやっていることはどちらも同じ被災地支援。
それにもかかわらず、前者は批判され、後者は称賛される。おかしな話です。
こうした風潮から「偽善」と言われることを恐れて、被災地支援を自粛している有名人も少なくないのではないでしょうか。

実際、東日本大震災後、何度も被災地を訪問し、ボランティアを続けてきた杉良太郎さんは『女性自身』(2016/3/24号)に掲載されたインタビューで「これまで嫌というほど、売名行為ですか?」と言われたと明かしています。
そして売名と批判されても、「売名でいいから、被災者支援はやった方がいい」とも語っています。
*****
売名行為ですか?と、これまで嫌というほど聞かされてきました。もう反論する気もないけど、やったほうがいいんです。1億3千万人が売名でいいから、被災者に心を寄せてください。
ボランティアは一方通行でいいのです。見返りを求める人は、最初からやらなければいいんです。
<「サイゾーウーマン」2015/3/10>
*****

熊本の地震後、再び広がっている自粛ムード。この嫌なムードを変えるのは杉さんや安藤さんが見せた批判を恐れない図太さなのかもしれません。

(スタッフH)
(2016/4/19 UPDATE)
番組スタッフ
4月18日(月)佐々木俊尚●日本に芽生えるのか、「ユース・デモクラシー」
シルバー・デモクラシーという言葉があります。シルバー・デモクラシーとは、高齢者を象徴する色である「シルバー」と民主主義を意味する「デモクラシー」を組み合わせた造語で、多数派である高齢者向けの政策が優先的に考えられる状態を意味します。
では、その反対とも言える「ユース・デモクラシー」は日本で成立しうるのでしょうか。


4月19日(火)速水健朗●強い野党をつくる公開予備選の現実味
今夏の参院選に向けて、民進党や共産党が「野党共闘」を模索しています。
世論調査では野党の支持率は軒並み低迷。対立軸になるような「強い野党」が出てこないのはなぜなのか?「強い野党」を作るための方策とは?


4月20日(水)ちきりん■ 日本に18歳の政治家が生まれる日は来るか?
新たに18歳、19歳、240万人の有権者が増えることになる参院選。
18歳“被”選挙権をめざし、活動を始めた団体もあります。18歳の政治家実現の可能性について考えます。


4月21日(木)小田嶋隆●「疾風の隼人」に込められた現代政治へのメッセージ
戦後の政治家・池田勇人が主役の漫画「疾風の勇人」が雑誌「週刊モーニング」で連載中です。
国民の所得の総額を10年間で2倍にするという政策「所得倍増計画」を打ち出し、それを成し遂げた元首相・池田勇人。「疾風の勇人」に込められた現代へのメッセージとは?
(2016/4/18 UPDATE)
番組スタッフ
オーストラリア人モデルのミランダ・カーさんが来日しました。
一般人の想像をやすやすと超えてくる美容法やライフスタイルが個人的に気になってしまう彼女の存在ですが、冷静に、この人は世界的に名の知られたスーパーモデルなのか、やけに日本のメディアに登場するのは何かしらの力が働いているからなのかと不思議に思うこともあります。
世界的スーパーモデルだとするならば、やけに親近感の湧くメディア露出をするなとカーさんにはいつも思わされるのですが、今朝の情報番組では「下北沢コロッケフェスティバル」にカーさんが参加したと報じられていました。
お洒落なのかもしれないけれど何だか亜流感のある街、東京・下北沢にスーパーモデルと称される人がいて、ご当地コロッケを食する…観ていて少し不思議な感覚を覚えました。

スーパーモデル、ミランダ・カーさん来日前日には、歌手のアリアナ・グランデさんがやって来ています。アリアナ・グランデさんについて私は知識が乏しいのですが、調べてみると…、大の親日家とのこと。今回の来日は8ヶ月ぶりだそうです。
今朝、彼女が出演した情報では、「大の親日家」に書道をさせていました。
アニメや漫画、カワイイ系ファッションなどのポップカルチャーが好きな外国人もいれば、伝統的な日本の文化に感動を覚える人もいるでしょう。
PRで来日中の海外スターともなれば、分刻みのスケジュールで十分に伝統文化に触れられる時間もないので、テレビ局がその機会を設けてやっているという親切なのかもしれません。
そもそも、グランデさんが書いた習字を見て、視聴者に何を思えというのか。それって、出演者とスタッフだけが楽しい企画になっていやしないか。

この手の伝統文化の強要は常態化しており、強要される側も「またか…」という食傷感を隠しつつ、初見のような反応をすることもあるのではないか、と邪推します。
これは日本特有の「おもてなし」なのでしょうか。
仮に海外で有名な日本人が外国のテレビに出演するとなれば、その国の伝統文化に触れさせられるのでしょうか。アメリカに行けばカウボーイの投げ縄を、ロシアに行けばコサックダンスを半強制的に体験させられるのでしょうか。

その後の別の情報番組では、大の親日家だというグランデさんの日本語練習ノートなるものも公開されていました。
私が面食らってしまったのが、番組でMCを務める女性お笑い芸人がグランデさんに向けて放った「マイケル・ムーアじゃねーよ」のネタ。
日本でよく知られるギャグを来日したハリウッドセレブに披露してリアクションをうかがい、あわよくば一緒にやってもらう、という光景はよく目にします。これを見る度に、とてつもない恥の感情が込み上げてくるのです。仕事の一環で来ているのに、日本人ですらそこまで注目していない番組に出演させられて、日本の伝統芸や”新興芸”に触れさせられたりする。
日本人だけが、もっというと出演者とスタッフとその番組のファンだけが喜んでいるような内輪ウケ臭がプンプンする空間で、よくニコニコしていられるなぁ。ありがたいなぁ。でも何だか申し訳ないなぁ。

日本の芸人のネタは「世界でも通用するのか」という文句とともに、来日した海外スターの前で披露させられます。やはりそこは世界的スター。ほとんどの人が愛想よく、笑顔で反応してくれて好感も持てるのですが、むしろ「何がおもしれーのか、全然わかんねーよ!」くらいの憤怒を見せてくれた方が私は好ましいのですが…。どうでしょう?

昨年、サッカー選手のクリスチアーノ・ロナウドさんが日本の音楽番組に出演し、日本のミュージシャンのライブをとてもつまらなそうな顔で聴いていたということが話題になりました。
地獄にいるような表情を見せたロナウドさんの評価は下がっているとも思えず、「そりゃこうなるよ」という誰もが予測しうる結果だったのではないでしょうか。

日本を訪れる外国人は今後、増加していくと予想されます。多くの人は日本文化を強要されることはないでしょう。
しかし、有名人となれば別です。
これから何度、海外で有名とされる人が日本にやってきた際、伝統芸と新興芸を強要される光景を目にしなければならないのでしょうか。

「世界で愛される日本」をテーマにしたコンテンツが増産されています。一方で、「世界はもっとすごい」といったものも多々目にします。
日本人は優越感に浸りたいのか、劣等感の裏返しなのか。
海外の有名人がいつも巻きこまれるのは、この2つの感情が一緒くたにされた、厄介な「おもてなし」のように思います。

スタッフ・坂本
(2016/4/14 UPDATE)
番組スタッフ
バドミントンのトップ選手2人が違法カジノ店で賭博をした問題。
馳浩文部科学大臣が「情けない。強ければ何をしてもいいのか」と話すなど厳しい声がある一方、野球評論家の張本勲さんが「一般から言って、極刑に値する罪ですか?ペナルティーはいいけど、残る道を探してもらいたい」と擁護する声をあげるなか、おととい(10日)、日本バドミントン協会が処分を発表。
桃田選手は無期限出場停止、田児選手は無期限登録抹消と厳しい処分が下されました。

バドミントン違法賭博、処分の重さ意見割れる(「YOMIURI ONLINE」2016/4/11)

処分を決める理事会で、桃田選手については「リオデジャネイロ五輪を断念せざるを得ず、すでに社会的制裁は受けている」と軽い処分を望む声もあったものの、結局は「違法行為には毅然とした処分を下さないといけない」として厳しい処分が決まったようです。

反社会的勢力の資金源になっていたため、厳しい処分は妥当。
ただ、妥当なのは処分までで、昨日(11日)から日本バドミントン協会が検討を始めた再発防止策は賭博以外のことまで脱線、おかしな方向へと進んでいます。

バド協会“不良選手”取り締まりへ(「デイリースポーツ」2016/4/12)

昨日、日本バドミントン協会の倫理委員会決まったのは以下の2点。
・合法な国でもカジノ店への出入りを禁止する
・教育プログラムを作り、代表合宿で講習を行っていく

こちらの2点は賭博と関係あり、問題ないのですが、検討中の以下の2点は賭博との関連性が見つからず意味不明です。
・服装規定を設け、代表活動中は茶髪やアクセサリーを禁止にする
・協会指定のブレザーを作り、代表として遠征する際は着用を義務づける

茶髪がトレードマークで派手なファッションで注目を浴びた桃田選手を念頭に置いてのことなのでしょう。
素行の悪い生徒に対する教師の決まり文句「服装の乱れは心の乱れ」を彷彿とさせ、再発防止に効果があるとは到底思えません。
服装で心の乱れを察知できるのであれば、むしろ今までどおり服装規定を設けない方が再発防止策になるのではないでしょうか。

一方、教育プログラムの講習は再発防止に効果がありそうですが、専門家からすると、効果は期待できないようです。

国際カジノ研究所所長の木曽崇さんは、今回の問題の背景には「スポーツ界のタニマチ文化」があり、「構造改革を行わなければ解決には至らない」と指摘しています。
*****
スポンサーとなる大人たちは必ずしも筋のいい人たちばかりではない。
そのタニマチが遊びに連れ回す。選手はそこで悪い遊びを覚える。その選手がまた後輩を誘う。
スポーツ界は一般社会より違法と賭博に触れやすい体質を感じる。
<「朝日新聞デジタル」2016/4/9>

各選手達へのセミナー実施なんかだけを推進したところで、この問題はなかなか解決せず、結局は周辺支援者やOBなどまで含めた業界全体の構造の改革を行わなければ、真の意味での解決には至らないのだろうな、と客観的には思えてしまうわけですね。
<「カジノ合法化に関する100の質問」2016/4/9>
*****

講習を行い、服装が乱れていなければ、再発は防げる。
協会が本気でこう信じているのであれば、再発は免れないのでしょう。

(スタッフH)
(2016/4/12 UPDATE)
番組スタッフ
4月11日(月) 佐々木俊尚 ●統計的分析が明らかにした、ネット炎上加担者の人物像

「ネット炎上」に加担している人の人物像を統計的に分析した論文が話題となっています。
統計的分析によって見えてきた、ネット炎上加担者の人物像とは?
論文の執筆者で、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一助教にお話を伺います。

4月12日(火) 古谷経衡 ●田母神氏横領問題に見る「ネット右翼」の終焉

自身の資金管理団体で多額の政治資金が使途不明になっている元航空幕僚長の田母神俊雄氏。
田母神氏が東京都知事選に出馬した2014年当時、彼を支持したのは「ネット右翼」だと分析されていました。
今回の問題により、ネット右翼は終焉となるのでしょうか?

4月13日(水) 飯田泰之 ●パナマ文書流出の背景にある国際的潮流

各国で大きな波紋を広げている「パナマ文書」の流出。その背景にある国際的潮流とは?

4月14日(木) 小田嶋隆 ●経済的負担となるランドセル批判に対する「ある指摘」

新小学生1年生たちの初々しくも華々しい門出を飾るランドセル。
最近では海外のファッションアイテムとしても注目を集めるランドセルですが、貧困世帯にとって経済的負担となっていると言います。ランドセル批判から見えてくるものとは?
(2016/4/11 UPDATE)
番組スタッフ
春休みということもあり、また、アカデミー賞後ということもあり、注目の映画が次々と公開されています。
映画をそれほどたくさん観る人間ではない私ですが、春の映画祭りの”お囃子”とも言わんばかりに勝手に聴こえてくる映画の宣伝文句で気になって仕方がないことがあります。

それは「世紀の〜」という言葉の多用です。

第88回アカデミー賞で作品賞・脚本賞を受賞し、来週から公開となる『スポットライト』。この副題は「世紀のスクープ」です。
現在、公開中の『バットマン vs スーパーマン』。「2大ヒーローにより世紀の対決を描いた」との文句で告知されています。
私が最近観た映画が『マネーショート 華麗なる大逆転』(「華麗なる大逆転」という副題も何だか蛇足のような気がします)。これのチケットを見てみると、原作から取った「世紀の空売り」という言葉がありました。

少し調べてみただけで、映画のタイトルや宣伝文句において「世紀の〜」をよく目にします。
4月23日公開の『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』は、ホロコーストに深く関与したアドルフ・アイヒマンを断罪する「世紀の裁判」を描いた作品。
ここ半年の作品を振り返ると…
アメリカとソ連のチェス王者による「世紀の対局」を映画化した『完全なるチェックメイト』。
ヒトラー暗殺という「世紀の作戦」を描いた「ヒトラー暗殺、13分の誤算」。

映画という娯楽において、作品内で扱うテーマや出来事、内容の希少性などを鑑みて「世紀の〜」という修飾語が使われるのでしょう。 調べるまでもないのかもしれませんが、ゲシュタルト崩壊にも似た状態に陥ってしまったので、改めて「世紀の〜」という言葉の本来の意味を確認しました。
goo辞書にはこうあります。

せい‐き【世紀】
1世紀に一度しかないほどまれなこと。「―の大事件」「―のロマンス」

1世紀に一度しかないほどまれな事象が展開される作品。創作の世界に限ってですが毎月、毎週、もしかしたら毎日、何らかの世紀の出来事に遭遇できるありがたい状況です。
あまりにも「世紀の」が使われすぎて、世界を揺るがすパナマ文書流出でも「世紀のリーク」と謳われていたりするので、興味があるのに何だか熱も冷めてしまいそう。
ここで私が使ってしまった「世界を揺るがす」という言葉もどこでも目にします。世界はナンボほど揺るがされるんだ、と思ってしまう人もいるかもしれません。

時間の概念を抽象化して歪めて、修飾語として使うのはここ最近の日本人の十八番なのでしょうか。
1000年に1度という言葉もそうです。時間の概念を歪め、圧縮することで希少性をもたらし、まるでそれが奇跡かのように演出する。 「世紀の〜」という言葉で奇跡感と希少性を煽ったとしても、それはいわゆる大人の都合次第でいくらでもどうにかなってしまうものでなのではないかしらん。

日本の映画業界の告知法って何だか奇天烈だなと思うのです。
数年前から、暗視カメラで上映中のリアクションを撮影する手法がテレビCMで頻繁に用いられるようになりました。

もはや古典となった「全米ナンバーワン」という文句。
それに続く「全米が泣いた」、「全米震撼」。
誰も傷つけない王道の「〇〇賞ノミネート」あるいは「受賞作」。
こじ付けに近い理由でPR大使を務めるタレント。
日本の映画業界って昔からこうだったのでしょうか?

聞いてもいないのに、全米の評価基準が常に添えられる。
泣くかどうか、震撼するかどうかは観るこちらが決めること。
作り手・送り手が「全米震撼」「全米が泣いた」など、一歩引いたかのような評価を添えるのですが、客観を装った主観に過ぎません。

”話題作にしたい”映画にしばしば付けられる「世紀の〜」もそうです。
私が個人的に最近、多い気がするこの文句からも、世紀の一瞬に映画を通じて出会えることを喜べとでも言うのかしらと邪推してしまう。こういった賞賛の言葉にディテールは関係はないのでしょう。
余談ですが、私自身もついつい会議資料に「話題の」「注目」という言葉を使ってしまいます。本当にどこで話題なの?注目されているの?と問われたら、曖昧な答えしか用意できない。

海外作品の邦訳タイトルも何だか饒舌になりました。余計な副題も付けないと、興行収入が下がってしまうのでしょう。邦訳タイトルには「何についての作品か」というステージを飛び越えて、「作品内で何が起こるか」までわかる意味合いが込められています。
ご丁寧に作品の構成まで書かれた、新聞のテレビ欄に見る2時間サスペンスドラマの告知内容のように…。
わかりにくいということは罪とでも思っているのでしょうか。もう少し観る側を信頼して欲しいと言ったら、それは一笑に付されるのでしょうか。

スタッフ・坂本
(2016/4/7 UPDATE)
番組スタッフ
「我が物顔でイラつく」「混雑した電車の中で邪魔」といった声からも分かるように、電車と組み合わさると一部の人の心を激しく刺激するベビーカー。
電車内で畳むべきか否かという「ベビーカー論争」も結論が出ることなく、くすぶり続けています。
ちなみにわたしは擁護派。ベビーカーを押して電車に乗ることもあり、「子持ちは荷物が多い」「寝ている子供を起こしたくない」といった畳めない状況に共感できるからです。
論争がくすぶるなか、東京メトロ半蔵門線の九段下駅で昨日(4日)起きたベビーカー破損事故。
この事故をきっかけにベビーカー論争が再燃しています。

メトロ九段下駅 ベビーカー挟み走行、衝突 けが人なし(「毎日新聞」2016/4/4)

事故に遭ったのは幼い子供2人を連れ、ベビーカーを1台ずつ押していた夫婦で、まずベビーカー1台を押した母親が子供2人と電車に乗り、それに続いて父親がもう1台のベビーカーを押して乗せようとしたところ、ドアが閉まり、閉まったドアにベビーカーの左前輪が挟まれているにもかかわらず、電車はそのまま発車。
ベビーカーは100メートルほどホームを引きずられた後、ホーム端の柵にぶつかって破損したものの、父母、子供2人にけがはありませんでした。

事故の原因とされるのが、「ドアのセンサーの問題」と「車掌の混乱」。
ドアは15ミリ以上の物が挟まるとセンサーが感知して発車できない仕組みだったのですが、挟んだ部分が15ミリ未満だったためセンサーが感知できなかったのだといいます。
また、事故当時、車内とホームで非常ベルが押され、車掌はその音に気づきながらそのまま走行。その理由について、一人で乗務してから19日目という新人であるこの車掌は「気が動転し、緊急停止をためらった」と話しています。

ベビーカー挟んだまま発車 非常ボタン気付くも停止せず(「NHK NEWSWEB」2016/4/5)

一方、報道されている断片的な内容から「駆け込み乗車なのでは」との憶測(こちらの記事によると、東京メトロは駆け込み乗車ではなかったと断言している)もネットで飛び交い、父親批判へと展開。
その流れで「電車に乗るなら、ベビーカーは畳むべき」といったおなじみの書き込みがヤフコメやTwitterで相次ぎ、ベビーカー論争が再燃しています。

この「畳むべき」との書き込みをざっと読むと、共通するのはいついかなるときも「畳むべき」という強固な姿勢。こうした姿勢には違和感を覚えます。
今回の事故が起きたのは平日の午後3時ごろ。混雑しているときはまだしも、車内が空いているときにも畳む必要があるとは思えません。

また、今は電車内に国交省が認めた「畳まなくてもよい」場所もあります。
どこかというと、「ベビーカーマーク」が掲示された場所。
2014年3月以降、このマークが掲示された場所ではベビーカーを畳まなくてよいことになっています。
ただ、問題はその知名度の低さ。
今年1月に発表された内閣府の調査では、6割以上の人がこのマークの意味を知らないという結果が出ています。
実際、ベビーカー利用者以外の数名がその場所に立つことで、ベビーカー利用者が途方に暮れる場面を何度か目にしたことがありますが、これは知名度の低さのせいなのでしょう。

昨年11月から運行開始した山手線の新型車両には全車両にベビーカー向けの「フリースペース」が設置されているといいます。
わたしはまだ乗ったことがありませんが、これはベビーカー利用者にとってはかなりの朗報です。
ただ、フリースペースではベビーカーを目の敵にする人との接触の可能性が残ります。
それではいっそのこと、ベビーカー専用車両を作る。
かつて衆院議員の野田聖子さんも提案していましたが、これが不毛なベビーカー論争を終わらせる唯一の手段のように思います。

(スタッフH)
(2016/4/5 UPDATE)
番組スタッフ
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(2016/4/4 UPDATE)

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