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番組スタッフ
今は、賛否両論あるものは「賛」よりも「否」の方が重視されてしまう。
あるテーマパークが実施していた尖った企画のてん末を見ていると、こんな印象を抱いてしまいます。

あるテーマパークというのは北九州市のスペースワールドで、実施していた尖った企画が「5000匹の魚を氷漬けにしたアイスリンク上でスケートができる」というもの。
この企画が炎上の末、中止に追い込まれました。
「海の上を滑る感覚を味わいつつ、いろいろな魚を見る機会に」という思いが込められていた企画で今月12日から実施されていたのですが、今月26日以降、批判の声があがり始め、そのまま批判の声が止まなかったことから中止が決まったのだといいます。

企画を中止に追い込んだ批判の内容はというと、「かわいそう」「気持ちが悪い」「倫理観がなさ過ぎ」「悪趣味」「残酷」「生命への冒涜」「命を粗末にするものではない」。
「かわいそう」「気持ちが悪い」は生理的な嫌悪感なので仕方がないとして、「生命への冒涜」は理解に苦しむ批判です。

「ねとらぼ」の記事によると、展示されていた魚はすでに死んでいる魚。
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――展示されている魚は生きたものを利用したのでしょうか
広報:いいえ、違います。本物の魚は公設市場の鮮魚店から卸してもらったもので、鮮魚店には今回の企画意図もきちんと把握していただいています。なお、卸してもらった魚の多くは商品にならない「規格外」のものです。またジンベイザメやサメ、エイなどの大きな魚は写真を等身大に引き延ばして氷の下に埋め込んだものであり、本物の魚ではありません。
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しかも、さっぽろ雪まつりでは「魚が入った氷の彫刻」が10年以上も前から出展され、人気となっていることもあり、余計に理解に苦しみます。
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一方、2月に開かれている「さっぽろ雪まつり」。札幌市のすすきの観光協会は、魚が入った氷の彫刻を10年以上前から出展してきた。
北海道産のサケやカレイ、カニなど約30匹が泳ぐ様子を再現した「北の竜宮城」(幅4メートル、高さ2・5メートル)は、沖縄産の魚を使った「南海の竜宮城」と並ぶ人気の展示で、今年の人気コンテストでは約60点の氷像のうち6位になった。
<「朝日新聞デジタル」2016/11/29>
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「魚が入った氷の彫刻」と「魚が氷漬けにされたスケートリンク」の違いは設置する場所で、前者は人と同じ目線なのに対し、後者は人の足もと。
「足もと」=「踏みつける」=「生命の冒涜」というイメージの転換なのでしょうが、わたしには理解できない感覚です。
ちなみに、今年3月にはクジラの死骸の上でガッツポーズした写真に「生命に対する侮辱」との批判が寄せられましたが、今回の企画は踏みつけることを意図しているわけではなく、質が違うのは明らかです。

今回の炎上。気になったのは批判の内容だけでなく、批判の声が上がり始めたタイミングもそう。
「朝日新聞デジタル」によると、26日までリンク利用者から批判はなく、利用者数も昨年冬より多く、滑らずに魚を見るために来る人もいたほどだったといいます。
また、「ねとらぼ」の記事でも、スペースワールドの広報担当者は「お越しいただいた方からは好評だった」と回答。
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――来場者の反響はどうでしょうか
広報:お越しいただいた方からはご好評を頂いています。特にお子さまが喜んでくださっているようです。
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26日までは多くの利用者にとってこの企画が好評だったことが分かります。

26日にいったい何があったのかといいますと、「テレビ放映」。
「朝日新聞デジタル」によると、この日の日午前、山口県の民放ローカル番組でこの企画が放映されると、批判の電話が寄せられ、ネットやSNSで非難が殺到したのだといいます。
要するに、ローカル放送とはいえ不特定多数の人の目に触れたため、批判にさらされやすい土壌ができてしまったわけです。
隙あらば炎上を起こそうと狙っている少数派の恰好の的となったとも言えます。

多少の批判があっても批判を無視してやり続ければいい。
わたしは今でもこう信じてやまないのですが、あまりにも「批判を受けて中止」の流れが相次ぐため、危機感を感じつつあります。
「賛」よりも「否」の声を重視せざるを得ない空気が蔓延することへの危機感ですが、その先に“当たり障りのないもの”が世にあふれるディトピアが待っていること思うと絶望感しかありません。

(スタッフH)
(2016/11/29 UPDATE)
番組スタッフ
11月28日(月)佐々木俊尚●トランプ次期大統領が国民の期待に応えられないわけ
アメリカ大統領制の構造をもとに、トランプ次期大統領が国民の期待に応えられない理由を考えます。

11月29日(火)速水健朗●北方領土でひそかに進む中国化
北方領土問題にちらつく中国の影。その実情とは?

11月30日(水)ちきりん●経営においても台頭し始めたポピュリズム
世界の政治舞台で見られるポピュリズムの台頭。経営におけるポピュリズムとは?


12月1日(木)小田嶋隆●韓国映画『弁護人』に投影された国民の怒りと絶望
2年前に韓国で大ヒットを記録した映画『弁護人』が日本で公開されています。同作をもとに、今の韓国の混乱を考えます。
(2016/11/28 UPDATE)
番組スタッフ
先日の勤労感謝の日。子育て世代に人気とされる武蔵小杉のあるショッピングモールを訪れてみました。
混むであろう時間を避けたのですが、駐車場は満車で、並んで空車を待つことは禁じられており、別の場所を探す羽目に。「もう帰ろうか」という声が聞こえる。「まあ、せっかく来たのだからお茶でも」ということで、目的の場所から歩いて5分以上のところに運良く駐車場を発見。ではお茶でもと件のショッピングモールに向かうと、そのフロアも満遍なく人だらけ。走る子ども、ベビーカー、親…。平日にしか来たことがなかったため、あまりの人の多さに驚かされました。

もちろん、一番混みそうな時間は避けたにもかかわらず、飲食店も満席かつ行列。フードコートは椅子取りゲーム状態。結局、「もう帰ろうか」に落ち着き、駅前の別のショッピングモールへ向かいました。もちろんここも人、人、人。

同じような現象は、日本のあちこちで起きているのではないでしょうか。
それなりに人気のあるショッピングモール、歓楽施設であれば、祝日は、食事するのもトイレに行くのもやっとというほど、人で埋め尽くされるのではないでしょうか。

SNSのおかげか、ひとたび良い情報が広まった場所は人で群れ返すようになりました。良い情報を信じて行ってみて、本当にその通りだったと思うこともあれば、後悔の念にかられることもあります。
評価の数値がわかるというSNSの特徴も影響しているのでしょうか。自然とシェアされる数の多いものに目が行くため、情報の一極集中のような状態が起こっているような気もします。

仕事の生産性を高め、余暇はお金を消費せよと国が促します。
プライムフライデー、シルバーウィークなど新たな余暇の概念も誕生しました。
さらには海外からのお金を日本に落としてもらおうと、外国人観光客の呼び込みを政府が率先。
2020年までに訪日外国人2000万人突破を目標としていましたが、2015年度でそれを達成してしまいました。経済的な潤いももたらされていることでしょうが、「訪れられる側」の準備が整っていないがために、いくつかの問題も生じているようです。

先日、朝の情報番組を見ていると、外国人歓呼客で溢れかえる京都の様子が流れていました。
休日の嵐山はまさにカオス。人が多すぎてあらゆるところで渋滞に似た状態が発生し、歩行者天国にするなどして対応しているのですが、それでも解消される気配はなく、観光客、地元民ともに、カオスへの不満をもらしていました。
その番組では、京都を訪れた外国人の20%弱が「来なければよかった」との感想を抱いたという調査結果も取り上げられていました。

「来なければよかった」…せっかくの余暇にこんな気持ちになりたくないもの。お金と時間を使っているならなおさらです。
「来なければよかった」では誰も特をしません。一時的にお金は落とされるのでしょうが、いかんせんリピーターにならないのですから。
有意義の定義など人それぞれでしょうが、人混みに紛れて疲弊してしまう余暇よりも意義のある時間の過ごし方はきっとある。

無尽蔵に消費が促されるのは資本主義の宿命でしょう。
もうこなったら、ネットには転がっていない穴場を自力で見つける以外にないのではないか。もし見つけても、その情報を他人と共有しない。
あらゆる情報が共有されてしまい、良さそうな場所は常に人だらけな今だからこそ、秘密めいた余暇の過ごし方が広がるといいなと思います。

スタッフ・坂本
(2016/11/24 UPDATE)
番組スタッフ
他人の「善意」を期待する、もしくは信じると、大抵は裏切られる。
わたしは漠然とこのように思っていましたが、毎日新聞が報じたある取り組みの結果を見ていると、漠然が確信に変わりました。

名古屋「友愛の傘」 無料貸し出し12万本 なぜか戻らず(「毎日新聞」2016/11/19)

名古屋市営地下鉄が乗客に無料で傘を貸し出す「友愛の傘」。
54年も続けられている取り組みなのですが、貸し出された傘が返却されることはほとんどないのだといいます。

このニュースを伝える記事で、わたしが注目したのが「善意の循環を前提とする仕組み」という部分。
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善意の循環を前提とする仕組みだが、利用者のマナーは改善されず、地下鉄の全85駅の傘立ては、ほぼ空の状態が続いている。
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「友愛の傘」は人の「善意」が前提となるサービスですが、そもそも人の善意を前提とすること自体に無理があるのではないでしょうか。
実際、これまでにたくさんのサービスがとん挫、もしくは苦境に追い込まれています。

傘でいえば、北海道函館市が今年3月から始めたビニール傘の無料貸し出しサービスと、福井県の仁愛女子高校が10年前から始めた傘の無料貸し出し活動「愛の傘」。

裏切られた「傘」無料貸出の善意 「1100本戻らず」に怒りの声VS「普通戻ってこない」(「J-CASTニュース」2016/6/7)
(天声人語)善意の傘のゆくえ(「朝日新聞デジタル」2016/6/26)

函館市のサービスでは、1500本用意した傘がわずか3か月後の6月時点で400本まで減り、1100本は戻ってきていないのが現状。
福井県の仁愛女子高校の活動は、借りたまま返さない人が多いことを理由に今年、幕をおろすことが決まっています。

自転車でいえば、群馬県太田市が2007年11月に始めた自転車の無料貸出制度「みんなの黄色い自転車」。
誰でも、いつでも、手続きなしで自転車を借りられるこの制度は、わずか2か月後の2008年1月時点でほとんどの自転車が行方不明だと報じられ、その後、制度自体が消滅しています。

最後にもうひとつ、変わり種の防犯ブザー。

無料貸し出しの防犯ブザー、どこへ? JR住吉駅(「神戸新聞」2016/4/7)

兵庫県神戸市のJR住吉駅が今年3月から無料貸し出し用の防犯ブザーを置いたところ、戻ってこないケースが続出。
防犯ブザーの消え方を時系列で辿ると以下のようなもので、順調に減っていっていることが分かります。
・3月9日、50個を駅の改札脇に置いた。
・約1週間後には防犯ブザーを入れていたケースは空っぽに。
・急きょ50個を追加したが、3月末時点で10個程度に。
・4月5日にさらに50個を追加。
・翌4月6日の昼にケースにあったのは約20個。

返却されないケースがたくさん見つかる一方、返却されないケースを見つけるのは至難のわざ。
かろうじて見つかったのが群馬桐生市のケースで、桐生市では、桐生商店連盟協同組合が2003年から自転車の無料貸し出しを行っていて、2008年1月時点で自転車が行方不明になったことはないのだといいます。
古い事例ではありますが、サービス開始から数か月で行方不明が相次ぐ上記のケースとは明らかに違います。

返却されない上記のケースと桐生市、何が違うのかといえば「手続き」の有無。
返却されない上記のケースが手続きなしに借りられるのに対し、桐生市は自転車を借りる度に住所や氏名などを申込書に書き込む必要があり、借りる側に責任が生じるわけです。
ただ、こうなってくると、「善意が前提となるサービス」と言っていいものか微妙なところ。
手続きを踏んでいる時点で善意が前提とは言えないですし、善意が前提だけでは返却は望めないことをこのケースが証明してくれています。

他人に善意を期待しても裏切られる可能性が高く、期待して裏切られると誰かが傷つく。
わたしは誰かを傷つけてまでやる必要があるサービスとは思いませんが、どうしてもやりたいのであれば、前提に「返却を望まない」を加える必要があると思います。

(スタッフH)
(2016/11/22 UPDATE)
番組スタッフ
11月21日(月) 佐々木俊尚 ●IT業界に激震?アメリカ政府によるOSS政策の狙い

まもなく任期を終えようとしているアメリカ・オバマ政権が先月、公開した「OSS(オープンソースソフトウエア)政策」にはどのような狙いがあるのでしょうか。
日経BP社シリコンバレー支局の中田敦さんにお話を伺います。

11月22日(火) 古谷経衡 ●『この世界の片隅に』が訴える「戦争時の日常」

戦争時の日常を描く映画『この世界の片隅に』が見る人に訴えるものとは?

11月23日(水・祝) 番組休止

11月24日(木) 小田嶋隆 ●日本のコメディが、権力への武器にならないワケ

アメリカ大統領選をめぐり、アメリカのコメディアンたちは討論会のパロディなど反権力を入れ込んだネタを披露しました。
それに対し、日本で反権力の入れ込まれたコメディがみられない理由とは?
(2016/11/21 UPDATE)
番組スタッフ
テレビやネットのニュースを見ていると、日本の出来事に対し、世界がどう評価しているかをやたらと取り上げるようになったと感じます。もちろん、その評価とはポジティブなものです。

世界に拡散しているというPPAPは、批判的な海外の評価は聞こえてきません。
ついに次期アメリカ大統領の孫娘までがPPAPの虜になってしまったと、鬼の首を取ったかのように報じられています。
最近、世界で評価されているといえば、博多の道路陥没の復旧。
その圧倒的なスピードに、世界のメディアは日本人でしかなし得ないことだと報じたようです。
確かに素晴らしい復旧なのでしょうが、美談にするよりも先に、なぜそれが起こったのか、再び起こることはないのか。博多の街好きとしては、それらもきちんと明らかにしてほしいものです。

日本人に現れがちな「世界から賞賛されたい」病の症状。
日本人は自信をなくしてしまったのか、やたらと国家レベルの承認を求めるようになりました。

世界から承認され、日本的なものの尊厳を満たしてくれるものといえば「ノーベル賞」でしょうか。
毎年、発表される割に、「その年」特有の選定は素人目にはあまり感じられず、かなり前に成果が出ていたものが受賞することもあり、今年と前年で選定にどのような違いがあるのか不思議です。
もう何年前から「とる」と言われている人がいますが、じゃあ何がきっかけで「とる」にいたるのか。それってもしかして、選考委員の機嫌なのではないかとも。

そんなノーベル賞授賞式が来月、行われます。
今年のノーベル賞でもっとも話題になったのは、文学賞受賞のボブ・ディラン氏でしょう。
その名は知ってはいるものの、「偉大なアメリカの歌の伝統に詩的表現を作り出した」という受賞理由にピンと来ず、正直申し上げて楽曲もよく知りません。周りの私より若い世代は、ボブ・ディランという存在とのファーストコンタクトが、詩人で文学賞受賞者だったことに混乱していました。

そのボブ・ディラン氏が来月のノーベル賞授賞式に参加しないことを表明しました。
受賞直後、なかなかリアクションを見せないので物議を醸したことも記憶に新しいですが、先月末、「素晴らしい、信じられない」とようやく反応したかと思うと、授賞式の参加については「もちろん。行けそうならね」と答えました。

「行けそうなら行く」
これほど信用ならない返事はありません。使って許されるのは、たいして忙しくもないのに忙しいと言ってしまいがちな大学生時分まででしょう。

ビジネスの場面はもちろん、ちょっとした飲み会の誘いですら、「行けたら行く」という言葉で返答してしまうと人格を疑われるとまでは言いませんが、良い印象は与えられないでしょう。
社会人にもなって(「社会人」とは高尚で規範に忠実であるべきだというわけではありませんが)「行けたら行く」という返答をするときは、「誘い」への参加を軽視するときか、それがあまりにも面倒か。あるいはふざけているか。

私はボブ・ディラン氏の人柄をよく知らないのですが、きっと面倒だったのでしょう。ふざけたのでしょう。
「行けたら行く」という返答は、イエスかノーか、態度をはっきり示すことが苦手とされる日本人の特有のものかと思っていましたが、そうではないようです。
ボブ・ディラン氏は権威とされるノーベル賞受賞という功績を最大のフリにして、「行けたら行く」という言葉をいかに信用してはいけないかをあらためて私たちに示してくれました。
もっとも、ノーベル賞選考委員の中には「行けたら行く」という言葉を本気で信じていた人もいるかもしれませんが。
ボブ・ディラン氏をよく知る人から見たら、「それがボブ・ディラン」なのかもしれません。

行きたくないけど、即断ってしまうのも気が引けるという誘いは確かにあります。
飲み会シーズンが到来することもあり、「行けたら行く」ではなく、誰も傷つかないようにきちんと断れる術をいつの日か身につけたいものです。

毎年、そして毎日。実はめまぐるしく違うことが起こっているのに、結局、その年の最後は「流行語大賞」や「漢字一文字」など、恒例のフォーマットに当てはめられてしまう。カタログとしては見易いのですが、めまぐるしい時間の変化に鈍感になってしまっているような気もしました。

スタッフ・坂本
(2016/11/17 UPDATE)
番組スタッフ
他人から嫌われることを気にせず、言いたいことを言う。
そんな印象のあるスタジオジブリの宮崎駿さんがおととい放送されたNHKスペシャル『終わらない人 宮崎駿』でもまったくぶれない姿勢を見せ、話題となっています。

宮崎さんが言いたいことを言ってのけたのは、ドワンゴの川上量生会長が人工知能で動きを学習させたCGを宮崎さんに見せる場面。
二人の間で以下のようなやりとりが行われています。
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川上:これは速く移動するっていう学習をさせたやつなんですね。頭を使って移動しているんですけど、基本は痛覚とかないし、頭が大事という概念がないんで、頭を足のように使って移動しているっていう。この動きがとにかく気持ち悪いんで、ゾンビゲームの動きに使えるんじゃないかって。こういう人工知能を使うと、人間が想像できない気持ち悪い動きができるんじゃないか。こんなことをやっています。
宮崎:あのう、うーんとね、毎朝会う、このごろ会わないけど、身体障害の友人がいるんですよ。ハイタッチするだけでも大変なんです。彼の筋肉がこわばっている手と僕の手でハイタッチするの。その彼のことを思い出してね。僕は面白いと思って見ることできないですよ。これを作る人たちは痛みとかそういうことについて何も考えないでやっているでしょう。極めて不愉快ですよね。そんなに気持ち悪いものをやりたいなら勝手にやっていればいいだけで、僕はこれを自分たちの仕事とつなげたいとは全然思いません。極めて何か生命に対する侮辱を感じます。
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CGの人間とは思えない奇妙な動きを「気持ち悪い」という言葉を連発して面白がる川上さんと、それを「極めて不愉快」「生命に対する侮辱を感じる」と断じる宮崎さん。
このやりとりは対照的な二人の姿が印象的で、ある種の痛快さがある一方、宮崎さんの嫌悪感を理解できない気持ち悪さもあります。

理解できないのは、あのCGを見て障害者を連想すること。
感覚は人それぞれなのでしょうが、少なくともわたしはあのCGによって障害者を連想することはありませんでした。
むしろ、わたしはあのCGに好意的で、CGアニメやゲームにまで人工知能の技術が活用されつつあることへの純粋な驚きを覚えました。人間が想像できない動きをかたちにすることで、見る側を不安にさせる表現に広がりが生まれる。そんな印象を受けました。

ネットの記事ではこの障害者のくだりだけが切り取られ伝わっていますが、宮崎さんと川上さんのやりとりの後も番組を観てみると、別の理由も見えてきます。
重要な役割を果たすのが、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さん。
CGの制作に携わったとみられる男性とこんなやりとりをします。
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鈴木:どこへたどり着きたいんですか?
ドワンゴの社員と思われる男性:人間が描くのと同じように絵を描く機械…
鈴木:…を作りたいんだ?
ドワンゴの社員と思われる男性:はい。
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その後、カメラは机で絵を描いている宮崎さんを映し、宮崎さんのつぶやきを捉えます。
「地球最後の日が近いって感じがするね。人間のほうが自信がなくなっているからだよ」

直接的な言い方ではありませんが、この一連の流れから感じるのは人工知能が絵を描くことへの嫌悪感。あのCGに対する怒りに込められた要素は障害者を連想することよりも、人工知能が絵を描くことへの嫌悪感のほうが大きいのではないでしょうか。

宮崎さんは6年前にiPadをこきおろしているのですが、それを考えると新しいものへの嫌悪感というのが根底にあるのかもしれません。
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宮崎:あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の関心も感動もありません。嫌悪感ならあります。
宮崎:あのね、誰にでも手に入るものは、たいしたものじゃないという事なんですよ。本当に大切なものは、iナントカじゃ手に入らないんです。 
<「ニューズウィーク日本版」2010/7/15>
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上記のようなすったもんだがあった後、NHKスペシャル『終わらない人 宮崎駿』は、宮崎さんが長編映画を作るという意思を示したところで締めくくられています。
川上さんが宮崎さんに人工知能が作ったCGを見せ、宮崎さんがそれに激怒し、長編映画の制作に乗り気になる。なんだか出来過ぎたシナリオです。
宮崎さんも川上さんも鈴木さんの手の上で転がされているように見えるのはわたしだけでしょうか。

(スタッフH)
(2016/11/15 UPDATE)
番組スタッフ
11月14日(月)佐々木俊尚●格差に怒りの声を上げたアメリカの若者。そして日本は
世界が注目したアメリカ大統領選。振り返ると、民主党の代表候補を選ぶ時点の争いでは、貧困層支援を掲げたサンダース旋風が若者を取り込みました。
貧困が社会問題と化している日本では、なぜ安全保障問題の時のように大きな声を上げる若者がいないのでしょうか。

11月15日(火)速水健朗●「ナチカル」で読み解く 欅坂46ナチス風衣装炎上の背景
アイドルグループ「欅坂46」がコンサートで着た衣装が、ナチス・ドイツの軍服に似ていると海外メディアなどが指摘し、米国のユダヤ系団体が抗議していた問題。
「ナチカル」という視点で炎上の背景を読み解きます。

11月16日(水)ちきりん●デモクラシーを装う世界で復活する差別用語
沖縄県東村の高江地区で進められる米軍ヘリパッド建築への抗議行動で、大阪府警の機動隊員が反対派に「土人」と発言した問題。
差別用語が再び顕在化する社会の裏にあるものとは?

11月17日(木)小田嶋隆●大統領選でミレニアル・メディアが果たした役割
若年層の関心が薄れた今回の選挙で、ミレニアル・メディアはどんな役割を果たしたか?
(2016/11/14 UPDATE)
番組スタッフ
予想だにしないことが日々起こる世の中ではありますが、中にはほんの少しの思慮をめぐらせるだけでその発生を予想ができるものもあるでしょう。

人の親の性分なのか、いたいけな子どもが悲劇に見舞われる事件、事故を知ると、どうにかして防ぐことはできなかったかと勝手に悲しみを共有しようとするものです。
我が子に置き換えて、当事者に憑依するかのように悲しみを感じることは少々厚かましくも映るかもしれませんが、難しいことではありません。


結果を知ると何かを訴えるのは容易とは知っていますが、もう少しの思慮、配慮で防げたかもしれないと思ってしまいます。
今月6日、明治神宮外苑で開催された「TOKYO DESIGN WEEK 2016」。
日本工業大学の学生が制作した木製のジャングルジムのオブジェから発火し、中にいた男児が不幸にも焼死しました。

防げたかもしれない悲劇を悼むとともに、主催者側の管理、運営能力にも批判の矛先は向けられています。当然、昨今の流儀のようなものに従って謝罪文がウェブ上で掲載されました。
この社会に正義のようなものが満ち満ちているからか、他者にも倫理を強要する警備隊がどこかでめを光らせているからか。当事者以外も納得するような謝罪の仕方でなければなりません。
今回の謝罪文は、それに当てはまらなかったため、炎上第2幕が起こってしまいました。

事件後に発表された謝罪文。それが謝罪文らしからぬ内容だとして非難されました。
「前略」「平素よりお世話になっております」から始まり、もっとも重要である謝罪の意思を表明しつつ、「草々」で締めくくられていたのです。

【男児死亡事故をめぐり「TOKYO DESIGN WEEK」の謝罪文に批判相次ぐ】

現在は「前略」「草々」等は削除されています。主催者を擁護するつもりもないですし、謝罪の流儀なるものを会得している人間ではないですが、私も「前略」で始まる謝罪文を目にして、「何を前略しているんだ」と不快感がこみ上げました。
「お世話になっております」という定型句にこの時ほど苛立ったこともありません。

子どもが悲劇に見舞われたということで、私の神経が尖りすぎているのではと思い、謝罪の場面において「前略」「草々」「お世話になっております」が正しいのか簡単に調べてみました。

【All About ビジネス文書/ビジネス文書の基本 頭語と結語】にはこうあります。

**************
前略とは「挨拶を省きます」の意味なので、その後に時候の挨拶などは書かず、いきなり用件を書きます。「前略 先般ご依頼のありました○○の件につき……」という具合です。
ただし、相手が目上の人だったり、正式な文書、礼状や詫び状であれば、「前略」「草々」を使わないのが賢明です。なんだか手を抜いている印象を与えてしまうからです。

**************

私たちは、「前略で始まり、草々で締めくくられた謝罪文など見たことがない」と形容できるほど、謝罪文を見過ぎているのかもしれません。
それでもやはり擁護の余地はないでしょう。ただ、少々冷静になって考えてみると、当事者でないにもかかわらず、「子を持つ親」というだけで謝罪文までをもいちいち確認してしまった自分に、後悔の数段階手前にある感情を抱いてしまいました。

何かと炎上してしまう世の中です。何も考えておらず無邪気な発言であろうと、SNSやスマホによって発信されたそれは記録されており、「他者の正義」によって糾弾されてしまうこともしばしばです。
だから謝罪文が出ることは珍しくありません。謝罪文を出さないなら出さないで火の手はより強くなってしまうのですから。
しかし、火消しのための謝罪がその役割を果たしていないと即、正義の鉄槌を食らう。「相手の息の根を止めるまで」という狂気に満ちたかのような正義があることも事実で、きちんと反省しているかどうか粗探しをして、炎上の第二幕、第三幕を期待するような空気があるやもしれません。

そもそも不用意な言動をしない、記録されない、可視化されないようにするなど、「炎上しない術」を会得しておくことももっともです。
しかし、いつ炎上するかわからない時代は自明。
だからこそ、謝罪の作法を知っておきたいものです。

スタッフ・坂本
(2016/11/10 UPDATE)
番組スタッフ
あまり好かれておらず、アンチも多い「現代アート」。おととい6日に起きた2つの出来事により、別風当たりが強まっています。
ひとつは、明治神宮外苑で開催されていた現代アートのイベントで作品が燃え、5歳の男の子が亡くなった火災。

神宮外苑の催しで展示物燃える 5歳男児死亡、2人負傷(「朝日新聞デジタル」2016/11/6)

目の前で何もできなかった父親の心境を想像すると、やりきれない思いがこみ上げてくるこの火災。続報が伝えられるにつれ、制作者の“知識のなさ”が露呈しています。

火災の原因はまだ明らかになっていませんが、現時点で指摘されているのは白熱電球の熱で作品内の木くずが燃えた可能性。
火災についてオブジェを制作した大学の関係者が「火災になるとは想定していなかった」と話す一方、捜査関係者は「白熱電球は高熱を持つので、木くずと接近させることは言語道断、安全への想像力が足りなかった」と指摘しています。

ここまで“知識のなさ”と書いてはみたものの、わたしは木くずが白熱電球を近づけただけで火が付くほどに火が付きやすい物質であることは、正直なところ把握してはいませんでした。
それだけに“常識がない”とまで断じるつもりはなく、せめて作品を制作するにあたって使う材料の危険性ぐらいは把握していてほしかったとだけ思うのです。
それさえ怠らなければ幼い命を落とすこともなかった。本当に悔やまれます。

実は、現代アートにおいて制作者の“知識のなさ”が原因でトラブルが起きたのは今回が初めてではなく、近いところでは先月にも同様のトラブルが起きています。

芸術祭「作品」の鳥、飼い主募る 死亡や不明が問題化(「朝日新聞デジタル」2016/10/27)

トラブルが起きたのは愛知県で開催されていた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」に展示されていたブラジル人アーティストの作品。
約100羽の小鳥を4建てビルに放って展示するというもので、展示期間中に約20羽が死んだり、外に逃げたりしたため、鳥の愛好家からずさんな管理を批判する声があがっていました。
こちらに関しても愛知県文化芸術課の担当者は「鳥の知識が足りなかったと反省している」と話しているように、背景には“知識のなさ”があります。
この作品に関しては“知識のなさ”に加え、斬新な表現をしさえすればそれでいいという傲慢さも感じます。

そして現代アートの風当たりを強めたもうひとつの出来事が、佐野研二郎氏の「葬式」パフォーマンス。

多摩美文化祭で佐野氏「葬式ごっこ」…学生喪服、祭壇に「おもてな死」(「スポーツ報知」2016/11/8)

多摩美術大学で開催された学園祭で、オリンピックのエンブレム問題で世間を騒がせた佐野研二郎氏の「葬式」に見立てたパフォーマンスが行われたようで、ツイッターではその模様を画像付きで伝える投稿が相次ぎました。

このパフォーマンスに対してネットでは「不謹慎」といった批判の声が多数を占め、たとえば、千葉商科大学国際教養学部専任講師の常見陽平さんとネットニュース編集者の中川淳一郎さんはツイッターでこんなやりとりをしています。
*****
■常見陽平さん
佐野研二郎になら何を言ってもいいのか 多魔美の学生ならOBであり教員なのだから、批判は直接言えばいい 勝手に生前葬というのは、ユーモア、皮肉の域を超えている これを小学生が同級生にやったら立派なイジメ問題
■中川淳一郎さん
1986年ぐらいに「葬式ごっこ」があったよな。鹿川君が自殺した件。これが本当に多摩美の学祭なのだとしたら、佐野研二郎氏へのとんでもない侮辱だぞ。しかも、母校の学祭でやるのは異常だろうよ。
*****

わたしは、現代アートに関わる知人がいることもあり、現代アートに嫌悪感は抱いていません。ただ、好きなわけでもありません。
どうして好きになれないのか、これまでその理由をちゃんと考えてはこなかったのですが、今回ひとつだけはっきりしました。
それは、「アート」と言いさえすれば、何でもありという考え方。
非常識なことも不謹慎なことも「アート」という言葉でくるんでしまえばなんとなく許されてしまうし、擁護する人も出てくる。
現代アートという言葉に付いて回るこういった空気感に馴染めないのです。

(スタッフH)
(2016/11/8 UPDATE)
番組スタッフ
11月7日(月)佐々木俊尚 ●マイケル・ムーアがトランプ映画に込めたメッセージ

アメリカの映画監督マイケル・ムーア氏による、アメリカ大統領選の共和党候補トランプ氏を題材にしたドキュメンタリー映画『マイケル・ムーア・イン・トランプランド』が先月19日からアメリカで一般公開されています。
投開票日を間近に控えたこのタイミングでマイケル・ムーアがトランプ氏を題材にしたドキュメンタリー映画を制作、公開したことにはどんな狙いがあり、どんなメッセージが込められているのでしょうか?
この映画をすでに観たというアメリカ在住のジャーナリスト・飯塚真紀子さんにお話を伺います。

11月8日(火)古谷経衡 ●クリントンでは救えない?アメリカが放置する「ヒルビリー」とは何者か

アメリカ大統領選が大詰めを迎えるなか、アメリカではトランプ現象と関連性のある回想録『ヒルビリー・エレジー』がアメリカでベストセラーになっている。
この回想録とトランプ現象との関係とは?

11月9日(水)飯田泰之 ●アメリカ大統領制が抱えるジレンマ

アメリカ大統領は世界的な注目を集めて就任するものの、任期途中で失速することが多いのだといいます。
こうした事実から見えてくる「アメリカ大統領制のジレンマ」とは?

11月10日(木)小田嶋隆 ●ニューマイノリティの拠り所、選挙後も生き残る“トランピズム”とは?

仮にクリントンが勝利したとしても、色濃く残るといわれているのが「トランピズム」。
この「トランピズム」がアメリカ政治にどんなインパクトを与えるのか、考えます。
(2016/11/7 UPDATE)
番組スタッフ
日本が直面する最大とも言える課題、少子高齢化。
特に少子化をいかにして食い止めるべきか、効果のある解決策が講じられている気配は感じません。
そんな中、結婚したくない男性が急増しているというニュースがありました。

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「結婚したくない」と考える20歳代の男性は昨年度2割を超え、2008年度の2倍近くに増えたことが1日、独立行政法人・国立青少年教育振興機構(東京)の調査でわかった。
【「結婚したくない」20代男性 2008年度の2倍近くにまで増える】
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一方の女性は「早く結婚したい」と「結婚したくない」の割合がいずれも増加し二極化。子供は欲しくないと考える男女も増加しました。
結婚したくない女性、したい女性の二極化。そして結婚したくない男性の増加。「若者の収入の低さ」などがその要因だそうです。

若者の新生態。理解が及ばない価値観。それらに感るニュースは驚きを持って報じられるとともに、受け手が少々の軽蔑や憐憫を感じることも促しているのではないでしょうか。

今回のニュースも同じでしょう。
こういった調査結果が発表されると、渋谷ハチ公前などに繰り出し、実際に街行く若者にインタビューしようというのがテレビでよくある見せ方です。
「お金がないから結婚できない」という声に加えて、「結婚にメリットを感じない」「彼女がいるけど、結婚するつもりはない」といった20代男性の声が紹介されていました。
ある男性が今年は不倫が流行っていることだし、一人を選ぶのはもったいないというようなことをインタビューで答えていました。
自分の欲望にえらく素直なのですが、こういうのも若者らしいといえば若者らしい。

自身の20代前半を思い返してみても、確かに即時結婚への願望は皆無でした。いつかはしてみたいという思いはありましたが…。
自分が1人が生きていくにも、これで正解なのかわからず、この状態がこのまま続いたとして妻と子を持ち、扶養することなど考えも及ばないものでした。
しかし、時が経つにつれ、東京で生きる術を会得していくにつれ、ある程度の友人、気の合う異性がいれば1人でも何とか東京で生きていけるのではないかと思えてきます。

いや、もしかしたら友達などいなくても、1人で生きていくことは少々、寂しくはあっても苦痛を覚えるほどではないかもしれません。
スマホやインターネットがあれば、誰かとつながって孤独をいくらか紛らわすこともできますし、1人で何かを楽しむ、あるいはその手段を得ることは容易です。

政府が少子化を食い止めよと声高らかに謳うのだから、何とか結婚する人が増えて、同時に子供も生まれると良いのでしょうが、若者の年収、子育て支援などそれをなし得るための環境がよろしくない。
悪く言えば、もう詰んでいる。マイルドに言うなら、先進国の宿命なのかもしれない。
まぁ、国というものが「緩やかに坂を下って行く」ことなどを謳えるはずもありません。

私自身は結婚して良かったと思っていますが、他人様にその良さを推してあげようとは思いません。
結婚して女性は家庭に、男性は働きに…というと誰かからお叱りを食らう時代となりました。男女の役割を細かく論じるのも時代錯誤とされます。
女性がいないとできない、男性がいないとできない…、もしかしたらそんな境界線など無くなるのかもしれない。
まだまだ十分ではないものの、良さと悪さ両方を孕みながら社会は多様化しています。
1人で生きること、何かをすることも、それほど悪くはない時代になってきました。

樹木希林さんがこのようなことを言っていました。
あるラジオでは「物の分別のつく男に、選べる女は1人もいない」。
あるテレビでは「結婚って分別がついてからじゃできない」。

分別がつく。
道理をよくわきまえていること、思慮深いことを意味します。

パリピでなくたって、一人で何でもできる。
パリピだって配偶者を作らなくても楽しめる。
1人で何でもできるような社会です。だから、もしかしたら自ずと皆が分別がついて、思慮深くなっていくのかも…と考えるのは楽観的過ぎるでしょうか。

スタッフ・坂本
(2016/11/3 UPDATE)
番組スタッフ
電車内で化粧をする女性を「みっともない」と切り捨てた広告の炎上騒動。
もうご存知の方がほとんどかと思いますが、炎上したのは東急電鉄のマナー向上広告(駅貼りポスターと動画)。

わたしの東急線通学日記(東急電鉄)

上京したばかりの女の子が電車や駅でマナー違反に気づくという設定で「乗車する際の列の割り込み」「混雑した車内で大きな荷物を持ち込むこと」「駅のホームでの歩きスマホ」「車内での化粧」という4つのマナー違反を指摘しているのですが、このうち炎上したのは「車内での化粧」のみ。
他の3つは炎上していないだけに「車内での化粧」の異質さが際立ちます。
どうして「車内での化粧」だけが炎上したのでしょうか?

「車内での化粧」の広告を見ると、ポスターと動画に共通するのが「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ」という言葉、動画には「お出かけ前になぜできない?」「あなたの変身、見られてます」「気づいてよ、あなたはマナーができてない」という強い言葉が出てきます。

なかでも反発を招いているのが「みっともない」という言葉。
ネット上の反応を見ていると、「みっともないと言われる筋合いはない」「みっともないを禁止の理由にすべきではない」など「みっともない」への反発が大多数を占めています。

それを踏まえ、他の3つの広告と「車内での化粧」を見比べてみると気づくのが、「車内での化粧」は“みっともない”だけで他人に“不利益”をもたらしていないこと。
これがおそらく、炎上のひとつめの理由。
「列の割り込み」は割り込まれた人、「大きな荷物」は近くにいる人(荷物の圧力を受ける)、「歩きスマホ」はぶつかった人がそれぞれ不利益を受けるのに対し、「車内での化粧」は他人の不利益に該当するものが見当たりません。
なかには「化粧の粉がかかることが不利益」という言い分もありますが、これを不利益とみなすのは無理があるように思います。

一般社団法人日本民営鉄道協会が毎年公表している「駅と電車内の迷惑行為ランキング」の最新版(2015年度)でもランクは意外と低く、「車内での化粧」は8位(16・5%)。
年度を遡ってみても、多少ばらつきはあるものの7〜9位が定位置。
他の3つの広告に該当するものでは「乗降時のマナー」が3位(29・8%)、「荷物の持ち方・置き方」が6位(23・9%)と、いずれも「車内での化粧」のほうがランクは下です。

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個人的な意見をいえば、人前での化粧は本来すべきではないことだし、電車でやってたら下品な女だなと見下しますけど、怒るほど不愉快ではありません。
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「車内での化粧」について日本文化史研究家のパオロ・マッツァリーノさんは、著書『日本人のための怒り方講座』(筑摩書房)のなかでこのような指摘をしていますが、まさに「車内での化粧」は多くの人にとってこういう位置づけなのでしょう。

炎上の理由、もうひとつは「恥の欠如」。
それほど迷惑でもなく、他人に不利益をもたらしていない。とはいえ、みっともない行為を実行するというのは本来、恥ずかしいことです。
わたしだったら、他人からみっともないと思われている行為をやろうとは思いません。
ただ、「みっともないを禁止の理由にすべきではない」といった反論を見る限りでは、みっともないことは自覚しているけれど、みっともないを恥ずかしいとは捉えていない人が少なからず存在しているということなのでしょう。
さらに言えば、みっともないとすら思っていない人も意外と多いのかもしれません。
『人は見た目が9割』(新潮社)の著者・竹内一郎さんの「場」という言葉を用いた分析を読むと、なおさらそのように思います。

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これは「場」の使い分けで、彼女たちは電車の中を社会の範疇から外しているんでしょう。
周囲にいるのが直接的な知り合いでない以上、それを世間の目と認識せず、化粧するところを見られていても関係ないと思えてしまうんですね。
そういう層は若い世代を中心に増えてきていると思いますよ。
<「週プレNEWS」2014/8/26>
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(スタッフH)
(2016/11/1 UPDATE)

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