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番組スタッフ
齢を重ねるに 連れ、12月というひと月がいかに慌ただしいかが身に沁みて感じられるようになってきました。
お歳暮という習慣が日本には存在していることは承知しているのですが、我が家はそれに実行していません。しかし、年末年始にささやかな贈り物をすることはあります。
先日、ふと足を運んだ百貨店でおいしいものを見つけ、お世話になった人に年末年始に食べてもらいたいと送ろうと思ってみたものの、発送は10日以上先、三が日明けになるとのこと。
繁忙期ですので仕方がありません。

宅配業者が陥った苦難が報じられています。今に始まったことではないのでしょうが、佐川急便の不祥事をきっかけに逼迫している業界が問題視されるようになりました。

2週間ほど前、渦中の宅配業者から荷物が届けられることがあり、指定した時間に届かないということがありました。少し待ってみたのですが、その後の予定もあったため、家を出ることに。
帰宅後、不在届けを確認しましたが、ポストに入っていません。
注文者は私でないので、簡単に伝票番号を知ることができない。不在届けもないので、ドライバーの連絡先もわからず。再配達をお願いすべく、出張所に電話をするもつながらず。
「つながらない」ことに正直、腹も立ちましたが、12月は繁忙期。こんなことがあっても仕方がない、と気持ちを落ち着けました。

先週のクリスマス。宅配ピザチェーンが配達や店頭での受け渡しに遅れが相次いだとして、公式サイトにおわび文を掲載。ネットには「店頭で1時間半待ち」「店舗の外に大行列」といったものから、真偽はわかりませんが「客の怒号により店員が泣いた」という、聖夜とは思えないカオスを報告する声がありました。

飲食店等でたまに、店員を怒鳴り散らしている「お客様」を目にします。
なぜそのような状況に至ったかはわかりかねますが、決して言い返さない存在に抑圧的かつ脅迫的な「お客様」を見ると、こちらが恥ずかしさを通り越して怒りすら覚えるのですが、もし当事者ならば、もし私が欲しいピザが手に入らなかったならば…、怒らずにいれるかどうか

今、消費者意識は暴走しています。
「欲しい時に手に入れられて当たり前」が適い得るシステムが整っているため、その当たり前が享受されない時。消費者は怒りを撒き散らします。

何かを消費するにあたってのサービス、システムがより良いものになっていくにつれ、権利意識は向上します。当たり前を享受できる権利があると信じ込んでいると、「損をしたくない」と思うようになります。

レストラン、居酒屋等で予約して食事をする時。失敗したくないと、レビューサイトであらかじめ評価を確認する人がほとんどではないでしょうか。
この時期になると、インターネット上で「今年買って良かったもの」というタイトルのブログがバズります。日本人の消費意欲は低下していると言われますが、こういったブログが人気なのも「いざお金を払う時に、損をしたくないから」でしょう。

「欲しい時に手に入れられて当たり前」というシステムは、消費者にとっては素晴らしいものかもしれません。しかし、その夢のようなシステムは消費者意識を暴走させ、ひいては労働者を磨耗させるにいたる…ということが、宅配業者の苦難、過労死問題を通じて見えてきました。

私が子供の頃、「あんなこといいな、できたらいいな」で始まる歌がありました。
色々な夢のようなシステムが生まれているのでが、どれも物理的な人間の力がまだまだ必要で、不幸なことに必要とされる人間の力が、誰かがボロボロにならない限り、補填されないというのが現状のようです。

たまにはシステムに欠陥が生じる。万能なものなど存在しない。
目下、サービスや商品に過度な期待を寄せず、諦めを抱いておくことが、「消費者意識の暴走」を食い止める手段ではないかと思います。

スタッフ・坂本
(2016/12/29 UPDATE)
番組スタッフ
「ドミノ・ピザ」と「佐川急便」。
業種の異なる2社をめぐる騒動が今、物議を醸しています。

イブにピザ待ち1時間超? 店舗に大行列、SNSで話題(「朝日新聞デジタル」2016/12/25)
佐川急便 荷物たたきつけ動画がネットに 従業員「猛省」(「毎日新聞」2016/12/26)

「ドミノ・ピザ」をめぐる騒動というのは、先週土曜・クリスマスイブに全国各地の店舗で報告されている惨状。
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クリスマスイブの24日夜、宅配ピザ店を全国展開している「ドミノ・ピザ」の各地の店舗にピザ待ちの客が殺到しているとツイッター上で話題になった。
神奈川県内の店舗の従業員によると、注文は例年のクリスマスの1・5倍ほどで、夜になって最大50、60人が1時間以上待っていたという。
都内のある店舗でも売り上げは例年の1・5倍だった。
<「朝日新聞デジタル」2016/12/25>
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ドミノ・ピザでは3年前から、店舗での持ち帰り限定で「1枚買うともう1枚無料」のキャンペーンを実施していて、これまではとくに問題が起きていなかったのですが、今年は想定を上回る注文がきたため対応しきれず、上記の惨状へとつながったようです。
こちらのまとめを見ると、現場がいかに地獄だったかがわかるかと思います。

騒動をうけ、ドミノ・ピザは公式ホームページのトップにお詫び文を掲載したものの、騒動はまだおさまっていません。
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【クリスマスイブ営業のお詫び】12月24日(土)は想定を大幅に上回るご注文をいただき、多くのお客様に配達遅延や店頭受け渡し遅延でご迷惑をお掛けいたしました。この結果を深く反省して、今後よりよいサービスを提供できるように、スタッフ一同で取り組んでまいります。このたびは大変申し訳ございませんでした
*****

ネット上ではクレームを入れた側への批判も見受けられますが、今回の騒動をクレーマーの問題として片付けていいものでしょうか。
クリスマスイブにピザを食べようと、数日前から注文し、楽しみにしていた。まさか数時間、待たされるなんて思いもしなかったでしょう。
こんな状況に置かれて、怒らないでいられる人はおそらく仏ぐらい。わたしは滅多に他人を怒りませんが、この状況に置かれたら100%怒る自信があります。

とはいえ、店舗の従業員を責めるのは間違っていて、責めるべきは想定を見誤った会社。
対応できるキャパシティを正確に把握し、そのキャパシティを超えた段階で注文受付を停止すべきだったように思います。

会社の判断ミスにより従業員が割を食う構図が見えてくるのですが、「佐川急便」をめぐる騒動からも同じにおいを感じます。
従業員が配送中の荷物を地面にたたきつける動画がネット上に投稿され、騒動へと発展し、その後、佐川急便が事実と認めています。

配送先が不在だった荷物を車に戻す途中に起こした行動で、この従業員が話したという以下の発言が印象的です。
「いろいろなことにいらいらしていた。猛省している」

最近では「配達時間の速さ」を競うのが常態化し、宅配業者の負担は増すばかり。
ただでさえ負担が大きいのに加え、年末は通常より荷物の量が多くなり、今月22日時点で7都府県での配達の遅れも報じられていました。
そうした状況で「いらいら」するのはある意味で当たり前。
自分の荷物が地面にたたきつけられたらと思うと多少の怒りはこみ上げますが、背景を考えると怒るというよりも同情してしまいます。

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今は景気にかかわらず、果実より痛みをより下へ分配するのが物流業界に限らない風潮(後略)。
<「NEWSポストセブン」2015/10/23>
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先日ユニクロへの潜入取材が話題になったジャーナリストの横田増生さんはこんな指摘をしていますが、こうした「痛みを下へ分配する」風潮が変わらない限り、今回のような騒動は繰り返され続けるのでしょう。

(スタッフH)
(2016/12/27 UPDATE)
番組スタッフ
12月26日(月)佐々木俊尚●次はコンビニに進出!AmazonGOが変える小売業界
何かと新たな試みが話題となる米Amazon。来年初めにはコンビニ業界に進出するといいます。Amazonは小売業界にどのような変革をもたらすのでしょうか?


12月27日(火)古谷経衡●世界に広がる「ポスト真実」に対抗する手段
イギリスのオックスフォード大学出版局は11月、今年注目を集めた英単語として「客観的な事実や真実が重視されない時代」を意味する形容詞「ポスト真実」(POST−TRUTH)を選んだと明らかにしました。世界に広がる「ポスト真実」について考えます。


12月28日(水)飯田泰之●「富女子」がお金を貯めこむ“不安”以外の理由
コツコツと節約に励む20〜30代の女性「富女子(ふじょし)」が増えているのだといいます。その実態とは?


12月29日(木)小田嶋隆●現実化しつつある“体現”商品を巡る事情
“モノ”から、旅行やエンタメといった“経験”が商品になり、さらにVRやARなどにはじまる“体現”が新たに消費の仲間入りをしつつあります。
体現商品が持つ消費の可能性とは?
(2016/12/26 UPDATE)
番組スタッフ
日本の2016年を振り返ると、不倫やら盛り土やらで、騒がなくてもよいことを騒ぐ、本質がわからないけど周りが騒いでいるから騒ぐ1年だったように感じます。
世界のどの国にも、ゴシップややけに大きく取り上げられる問題があるのでしょう。
しかし、今年、日本に入って来た世界のニュースはというと、起こり得ないと思っていたこと、日本では想像もできないようなことが起こったが目立ったのではないでしょうか。

イギリスのEU離脱、トランプ米大統領の誕生。
2016年を象徴するこの2つの出来事は、当初、起こり得ないこととされていたと記憶しています。それでも、起こってしまいました。
トランプ大統領の誕生がどんな意味を持ち、どれだけ驚くべきことなのか。メディアを通じて、伝い知るものの、現地の「熱」は体感してみないとわかりません。

起こり得なかったことが起こると知らしめてくれるのが、SNSです。世界で起こってしまった信じられないことは日々、SNSで拡散されています。スマホの小さな画面、わずか通してでも、現地でしか体感できない「熱」は伝わってきます。

他人の不倫に騒ぎ、中身があるのかわからない政局論争が報じられる日本は正常なのか、異常なのか。
そんな日本で、何気なく毎日を過ごしているから、世界で起こっている「もっと異常なこと」の「熱」がわからないのかもしれません。

Facebookに「Safety Check」という安否確認機能があります。危険が差し迫る地域にいるFacebookユーザーにメッセージを送信し、ユーザーが友人や家族に自分の無事を伝えられるようにする機能で。自然災害のほか、テロ事件などでも利用されています。

私の感覚なのですが、この「Safety Check」を複数回も見たことが強く印象に残った1年でした。

今年の3月22日、ベルギーで連続テロが発生。首都・ブリュッセルのブリュッセル空港とマールベーク駅で爆破事件が発生しました。
昨年1月のフランス・パリのテロ事件の衝撃が冷めやらぬ中、ヨーロッパの小国にまで及んだ恐怖と暴力の余波。私はベルギーを訪れたこともなく、特別な思い入れがないためか、起こってしまった悲劇を許されざる出来事として捉えることはできるものの、やはり「遠い国の現実」を超えることはできないと思っていました。
しかし、テロ発生直後、ブリュッセルに住む大学時代の友人がFacebookで、「ブリュッセルでの事件、テロで、●●(友人)さんが自分の無事を報告しました」という安否確認リクエストを見ました。この時初めて「遠い国の現実」に感情移入したような気がします。

ベルギーの悲劇から半年後の9月17日。
ニューヨークのマンハッタンでゴミ箱に仕掛けられた爆弾が爆発する事件が発生。ニューヨークの中心街での爆破はもちろんアメリカ社会に大きな衝撃を与え、あらためてテロがアメリカ大統領選での争点となりました。
私のタイムラインに流れてきたのは、ニューヨークに住む友人がFacebookの安否確認リクエスト。自分の無事を報告していたのですが、無事であることに安心を覚えると同時に、世界が抱えるリスクが膨張しつつあるような根拠のない恐怖を感じました。

そして、今週火曜日。
ドイツ・ベルリンのクリスマス市に大型トラックが突っ込むという事件が起こりました。12人が死亡し、49人が負傷。警察は「テロ事件」として捜査しています。ドイツに住む友人が無事を知らせる投稿をしていました。

自分のFacebookにテロの安否確認投稿が流れてくる。仲の良さはどうであれ、友人が命を奪われる悲劇に合っていたかも知れない。あらためて考えると、全身を恐ろしさが這い歩きます。
私が挙げたのは今年起こった数々の悲劇のうち、わずか3つに過ぎません。
Facebook上で何百人も、世界中の人とつながっている人であれば、安否確認を知らせる投稿が頻繁に来たことでしょう。
日本では起こらないと思われていることが、世界ではもはや当たり前レベルで起こり、インターネットを通じてその恐怖は伝わってくるのです。

「便りのないのが良い便り」とも言いますが、SNSに投稿される安否の便りは平和ボケした私の頭を醒ましました。
もしかしたら、今もどこかで安否確認を知らせてくれる人がいるのかもしれません。

SNSに関して、繋がるという言葉を使うのはあまり気持ちの良いものではありませんが、それ相応の通信インフラが整っている国ならば誰とでもつながることができ、投稿される出来事の「熱量」も共有できるのだなとあらためて知らされた1年でした。

スタッフ・坂本
(2016/12/22 UPDATE)
番組スタッフ
マリオ初のスマホ向けゲームアプリ「スーパーマリオラン」が先週15日、ついにリリースされました。
「ポケモンGO」とは違い、無料でプレーできるのは3ステージのみ。
すべてのステージをプレーするためには1200円を払う必要があるという「買い切り型」のシステムを採用しているのが特徴です。

多くの和製スマホゲームがガチャ(有料のくじ引き)を主流とするなか、あえて「買い切り型」を採用したことをわたしは好意的に見たのですが、無料で全ステージをプレーできないことや1200円という価格設定に不満の声があがっています。

マリオラン1200円は高いか 「クソゲー」「搾取」の批判(「J-CASTニュース」2016/12/16)

背景にあるのは、和製スマホゲームの多くが「基本無料+アイテム課金」のシステムを採用していること。
日ごろお金をかねないでスマホゲームを楽しんでいる層にとっては不満のもととなっているようで、AppStoreで低い評価をつけたユーザーのコメントを見ると、1200円を高いと思っているユーザーがたくさんいることが分かります。

1200円という価格は高いのでしょうか?

ひとまず無料で遊べる1−1〜1−3までをプレーしてみての感想は、マリオが右方向に勝手に走り続け、左方向に戻れないのが不満。
敵を飛び越える、もしくは踏みつけることが目的の作業ゲームと化し、従来のマリオに比べゲーム性が格段に薄まったというのが率直な感想です。
ただ、なんだかんだいってマリオならではの心地よい操作性は健在、さくさくと進ませるほどよい難易度も気持ちよく、もう少しこの世界で遊んでいたいと思い、不満を抱えながらも結局1200円を払いました。

ちなみにわたしは基本、スマホゲームの課金はしない主義で、スマホゲームをやったとしても「基本無料」のゲーム。海外の「買い切り型」のゲームを購入したこともありませんでした。
つまり、スマホゲームのライトユーザーなわけですが、3−4までクリアーした時点の感想はそこそこ満足。
ゲーム性が薄まったことへの不満は消えませんが、それなりに楽しめていること、ニンテンドー3DSの「NEWスーパーマリオブラザーズ2」が4571円であることを考えると、1200円という価格は妥当だとわたしは思います。

こう言っておきながら、一方でどうしても気になってしまうのがそもそもゲームを「基本無料」で遊べると思っていること。
今ではこれが「当たり前」になってしまっていますが、この状況はどう考えても「異常」です。

ゲームには言うまでもなく開発費用がかかり、メーカーはそれを回収しなくてはなりません。
据え置きゲームはソフトを売ることでその費用を回収するのに対し、スマホゲームはゲーム自体無料で課金によって開発費用を回収する新たなシステムを構築。
このシステムによって、「お金を払わないと遊べない」という当たり前が、「お金を払わなくても遊べる」へと変化してしまったわけです。
このシステムは一部のメーカーに巨万の富をもたらしましたが、その一方でゲーム業界全体は衰退が進み、ゲーム自体もどんどんつまらなくなっているように思います。

そんななか、先月から今月下旬にかけて据え置きのゲーム業界では大作のリリースが相次いでいます。
「ファイナルファンタジー15」、「人喰いの大鷲トリコ」、「龍が如く6」の3作で、こういった大作は今後生まれづらくなるとの見方があります。
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巨大で巨額の予算が必要になる,一大プロジェクトのすべての要素を一人の作家がコントロールしようというのは,2000年代には通用した仕組みである。しかしながら,小島秀夫氏のコナミとの辛辣な離別を見ても,企業はこれ以上,巨額の予算と何年もの開発期間をかける,作家性のあるプロジェクトに投資できない状況になっていることを示している。
<「ファイナルファンタジーXV」と「人喰いの大鷲トリコ」というそれぞれの種の最後の一作(「gamesindustry.biz」2016/12/14)>
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わたしは「人喰いの大鷲トリコ」を購入し、この年末年始にやることを楽しみにしているのですが、「やるのが楽しみ」という和製ゲームがもう出てこないのかと思うと、ファミコン世代のわたしとしては少し寂しくもあります。

(スタッフH)
(2016/12/20 UPDATE)
番組スタッフ
2016年という1年も終わろうとしています。年の瀬ともなれば、どんな1年だったかをニュース、事件、事故を通じて振り返るのが常。
最近、嫌というほど目にするのが、不倫報道の振り返りです。あるテレビ番組で司会者が「今年は何で不倫が多いんですかね」と真剣な面持ちで問うていましたが、そんな難題を振られた出演者に同情してしまいました。

今年の下半期、私が個人的に多かったなと思うのが高齢ドライバーによる悲惨な交通事故です。正しく言うと、事故そのものではなく、それを扱うニュースです。
私の周りに限ってかもしれませんが、高齢ドライバーによる事故のニュースが連続したことを受け、彼らへの憤怒、憎悪が格段に高まりました。被害に遭ってしまうのが、子供だと私も子を持つ親として、感情移入して怒りを表してしまいます。

ご存知のように、高齢者ドライバーによる事故は今に限ったものではありません。
今年の下半期、一連の騒動のきっかけとなったのが、10月に横浜市港南区で起こった事故でしょう。軽トラックが集団登校中の小学生の列に突っ込み、8人が死傷。車を運転していたのは87歳の男性でした。
悲惨な事故が起こり、加害者の名前や顔が出てこないと「晒せ!」といったドス黒い感情が湧くもの。
しかし、横浜市の事故の加害者が口を開けたまま警察に囲まれてどこかに連れて行かれる様子を見て、恐怖すら覚えてしまいました。
「この類のものは、当事者ではないのだが絶対に許せない」という事件、事故は誰しも1つはあるかもしれません。加害者の何もわかっていなそうな顔、つまり罪の意識を感じていなそうな顔が忘れられず、「よくわかっていないかもしれない」人の過失で愛する者を失った人間は、どんな気持ちになるのか。それを勝手に想像して、勝手に絶望的になってしまいました。

しかし、冷静になるとこの感情は私の主観に過ぎません。加害者が何を考えていたのか、どんな気持ちで警察に囲まれていたのか、私にはわかるはずなどないのですから。
この身勝手で、鬱陶しい主観が、昨今の諸炎上に油を注いでいるのでしょう。
冷静に対処しなければならない、この「主観」。狭い世界の、私だけの、ただの主観なのに、さも多数の意見であるかのように錯覚することすらあります。

高齢者のドライバーによる事故が相次いで報じられた時もそうです。取り上げられるニュースは作り手の都合も大いに関係していますので、「そう思わさせられている」こともあり得ます。
情報は腐るほど溢れています。テレビ、ラジオ、ネット…、ニュースを見聞きするには、ある程度の能動性も必要です。

先週、東京のバスの中で、高齢の男性が2歳の女の子に肘打ちを食らわし、母親が通報した警察に逮捕されたというニュースがありました。交通事故だけでなく、高齢者が加害者となる些細な事故も取り上げられる、あるいは気になる人がいるのだなと思わされた次第です。
良からぬ高齢者を監視する目も増えているのでしょうか。

ふと気づくと、「お年寄りをいたわろう」という啓発もあまり目にしなくなりました。私の体感レベルではありますが…。
一方で老害、暴走老人という言葉をよく耳にするようになりました。
三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2016」に「ヘイト」が選ばれましたが、ニュースの取り上げられ方、私の感情はもしかしたら「高齢者ヘイト」へと導かれるのかもしれません。

昔も今も犯罪が許されるものではないことは言わずもがなですが、自分たちより若い世代の倫理を論理を押し付けられ、対応を迫られる高齢者もまた息苦しさを感じているのでしょうか。それも高齢化社会の宿命なのでしょうか。

スタッフ・坂本
(2016/12/19 UPDATE)
番組スタッフ
12月19日(月)佐々木俊尚 ●ポピュリズム化した世界の行く末

世界に広がるポピュリズム政党の台頭。
その先には何が待っているのか、北海道大学の吉田徹教授にお話を伺います。

12月20日(火)速水健朗 ●中国人が「君の名は。」に共感した村上春樹的「孤独」

一人っ子政策の反動として生まれた中国の孤独。それを汲み取る「君の名は。」と村上春樹の関係性とは?

12月21日(水)ちきりん ●国会答弁のAI化が明らかにする国会議員の現実

経済産業省が人工知能(AI)に国会答弁の下書きをさせる実証実験を始めました。
この実験は成功するのでしょうか。成功した場合、明らかになる国会議員の現実とは?

12月22日(木)小田嶋隆 ●健康情報の実態にみるWELQ問題の根っこ

波紋を広げ続けるWELQ問題。
アメリカの研究グループが示した健康情報の実態によって見えてきた問題の根本とは?
(2016/12/19 UPDATE)
番組スタッフ
なにげなくツイッターを眺めていたら、「排除アート」という見慣れない言葉を見つけました。
きっかけは武蔵野美術大学非常勤講師・中島智さんの12月9日のツイート。
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排除アート http://brianandco.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-4ddf.html …
「都築響一氏は、これらの行政のやり方は、悪意があるように見せないことが大事で、排除アートだということを市民に気が付かせないようにするのが“芸”だという。」
<中島智さんのツイッターアカウント(@nakashima001)より抜粋>
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このツイートは5000以上リツイートされていて、「排除アート」という言葉はツイッター上だけで話題となっているわけですが、この排除アートが何なのかといいますと、ホームレスを排除するために設置されたオブジェやベンチ。
ホームレスが長時間座ったり、寝転がれたりしないように設計されているもので、たとえば、ひじ掛けで仕切られたベンチが排除アートに該当します。

これでもまだ排除アートがどんなものかイメージできないという方は、中島さんのツイートでもリンクが貼られているドキュメンタリー監督・早川由美子さんのブログ記事の写真をご覧ください。見たことのあるベンチやオブジェが見つかるはずです。

公園のベンチが人を排除する?不便に進化するホームレス排除の仕掛け(Petite Adventure Films Blog)

そう言われてみれば、近所にある公園のベンチはすべてひじ掛けがあるタイプ。
ひじ掛けのないベンチと比べると座り心地は悪くなったものの、いつの間にか公園に溶け込んでいてほとんど違和感がありません。

冒頭で紹介したツイートにある「排除アートだということを市民に気が付かせない」という意味では、ひじ掛けのあるベンチは排除アートの成功例と言えるのでしょうが、その一方でホームレス排除という意図が込められた物体が知らず知らずのうちに日常に溶け込んでいることに不気味さも感じます。

「巧妙にデザインに組み込むと、わかりにくくなる」。
東北大学大学院工学研究科の五十嵐太郎教授はこのように指摘していますが、排除アートの巧妙さが増すことには嫌悪感しかありません。
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最初から巧妙にデザインに組み込むと、わかりにくくなるだろう。
例えば、池袋西口公園のベンチは、細い円筒形のミニマル・アートのような造形である。その上に腰をおくようにはアフォードされているが、もはや寝ることを想像させる余地がない。
<過防備都市 2──戦場としてのストリート>
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巧妙さが増すことに嫌悪感があるのは、排除アートの成り立ちのせい。
ドキュメンタリー監督・早川由美子さんのブログにはこう書かれています。
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排除したいからといって、ガラスの破片を埋め込んだものを置いておくわけにもいかないので、新しいデザインというオブラートに包んで、アートとは呼び難いものを街中に配置する行政。
一部のホームレスの側も、ベンチを1日中占領し、公共の場所はみんなで使うものという基本的な考えを欠いていたため、最終的には排除せざるを得なくなってしまったというのだ。
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マナー違反のホームレスをあからさまに排除するわけにはいかないので、アートだといいわけをして排除する。このまわりくどさがなんとも気味が悪いのです。
渋谷区では排除アートが増えているという噂も聞きますが、4年後の東京オリンピックに向けた動きなのでしょうか。
気づかれないようにホームレス排除を粛々と進めているかと思うと、こちらもまた不気味です。

(スタッフH)
(2016/12/13 UPDATE)
番組スタッフ
12月12日(月)佐々木俊尚●トランプがもたらす「疑似レーガン時代」の到来
今週のストーリーは、トランプ次期米大統領就任を前に、世界が来年以降、どのように変わり得るのかを考えます。
月曜日のテーマは「擬似レーガン時代」。トランプ氏の大統領就任により到来が予想される「疑似レーガン時代」とはどんな時代なのか?


12月13日(火)古谷経衡●トランプ以後、日本が直面する新たな世界秩序
12月1日、トランプ次期政権の安全保障チームが固まりました。
トランプ次期政権は“安全保障”においてどのような世界秩序を作ろうとしているのでしょうか。


12月14日(水)飯田泰之●世界に秩序はもたらされるか?トランプ・アメリカの対中東政策
トランプ次期政権の国防長官に任命されたのはジェームズ・マティス元中央軍司令官。
「狂犬」の異名も持ちます。トランプ・アメリカの対中東政策はどうなるのか。


12月15日(木)小田嶋隆●強権的リーダー誕生が導く、戦争という“バッドエンド”
混乱している世界情勢。その混乱から脱したいという願望によって生まれる強権的リーダー。彼らによって戦争がもたらされる可能性は?
(2016/12/12 UPDATE)
番組スタッフ
「ココロとカラダの教科書」を謳う医療情報サイト「welq」が無断転載や専門知識のある人が監修していなかった問題。
昨日、運営元の「DeNA」社長らが謝罪会見を行いました。

非公開にされてしまった記事の内容はさておき、「ココロとカラダ」…この文言が当初から私は気になっていました(良くない意味で)。
カタカナにすることでスタイリッシュ感が出るのか、確かに「心と体の教科書」では、保健の授業で使いそうな副読本のような印象も受けてしまいます。さらに言うと、何だか良くない宗教臭がするような気もします。

日々、新たな外来語が日常に侵食していますが、本来、漢字で表記すれば良いものをカタカナに変換することでセンスは疑うべきだという持論があります。
人や金など、文脈によって「ヒト」、「カネ」と表記しその意味合いをわかりやすくする場合もありますが、「形」を「カタチ」、「理由」を「ワケ」、「僕ら」を「ボクら」、「ミライ」「サムライ」など…キラキラ感、お洒落さ、見栄えを重視したカタカナ化には疑問を越え、嫌悪感すらおぼえてしまいます。

今日、街中に貼られてあったポスターにも雑にカタカナ化された言葉を見つけました。
「チカラビト」。
大相撲のあるイベントに使われていた言葉です。
漢字にすると「力人」でしょうか。このままでは「りきんちゅ」と読んでしまいそうですので、「チカラビト」とカタカナにすることで大相撲に新たな概念を加えようとしたのでしょうか。
個人的見解ですが、無粋です。
「力士」という言葉が彼らの存在を完璧に体現しているのに、「チカラビト」という余計なカタカナ変換により、大相撲の魅力を反対に削ぐことになってはいないかと思ってしまいました。
あと、日本語由来の造語がカタカナ変換されると、とても読みづらいです。

そういえば、「welq」の問題で閉鎖された「iemo(イエモ)」のような日本語由来のカタカナ系造語も何だか受け付けないな、と感じます。
それはさておき、今まさにバイラルメディア、キュレーションサイトが歩んできた道が否定され、あり方が問われています。滅びるものは滅びるのでしょう。

子育て初心者にとって、子の些細な体調の変化にいちいち不安になり、いちいちインターネットで検索してしまいがちです。子育てをしていると、ひとり身の時ほどフットワークが軽くないので、インターネットで事足りるととても助かる場合があるのですが、検索で上位にくるキュレーションサイトの医療・健康系の情報に助けられたことなど一度もありません。
子の成長で感じた不安は定期検診で助産師、看護師、保健師にぶつけるのですが、彼女ら彼らに共通しているのがインターネットの情報を信じるなと言わないまでも「検索して不安が増すくらいなら、まずは我々に相談を」との意見でした。

勝手な推測ですが、ネットにおけるキュレーションの由来である、博物館や図書館のキュレーターが今回の騒動のせいで肩身の狭い思いをしているかもしれません。
インターネットにおけるキュレーションとは情報を選別し、つなぎ合わせ、そこに新たな付加価値という意味がはるはずです。情報を下品に集め、乱暴に書き連ねる行為に、本職キュレーターも辟易しているのではないでしょうか。

今回の問題により、玉石混交、有象無象のインターネットの世界が浄化されるのかどうかはわかりませんが、キュレーションサイトの次に問題視されてもいいのが、有名人のテレビでの発言をまとめた記事です。
テレビを見ていない人にとっては便利なものなのかもしれませんが、記事で取り上げられた発言がなされた、放送時の映像から伝わるニュアンスなど判断できないこともあります。挙句、短い文章だけでその記事の通りであると判断してしまいがちです。
文脈という大きな流れではなく、少ない言葉の羅列だけで物事を判断していまう世の中ですので、演者にとってテレビの要約記事などデメリットの方が多いのではないでしょうか。

世間から評価されるような何かを生み出すには、時間やお金を投資することが必須です。
情報を扱うには「取材すること」が必要です。取材もお金と時間の投資です。
引き算の美学という言葉がありますが、手間とコストをそぎ落として量産された情報は害悪だということが改めて証明されました。コピペ&パクリという「足し算による膿」がインターネットの世界から消えるかはわかりませんが。

スタッフ・坂本
(2016/12/8 UPDATE)
番組スタッフ
少し前に話題になった、電車内で“70代とみられるお年寄りの男性”と“優先席に座った若い男性”が口論している動画。
なぜ今さらこの動画を取りあげるのかといいますと、動画に対するネット上の反応が意外なものだったからです。

優先席めぐりお年寄りと座った男性が口論 動画が投稿され議論沸騰(「産経ニュース」2016/11/25)

この動画、すでにご覧になった方が多いかとは思いますが、念のため。
口論の内容は以下のようなもの。

お年寄り「日本語、通じないのか?」
若い男性「もう一回言ってみろよ」
お年寄り「代わってくれってんだよ、席を」
若い男性「なんでだよ」
お年寄り「優先席だから」
若い男性「なんでだよ」
お年寄り「なんでって、あんた日本人か」
若い男性「悪いけど、そういう人に譲りたくないわ」
お年寄り「え〜」
若い男性「残念だったな」
お年寄り「そこが優先席だって分かってんだ」
若い男性「分かんない」
お年寄り「あほか〜」

ご覧のとおり、二人は甲乙つけがたく態度が悪いため、わたしはどちらの肩も持ちたくないのですが、ネット上は若い男性を擁護する声が多く、この反応が何よりも意外でした。
*****
ネットでは若者に肩入れする声が目に付く。「なんで上から目線で命令するのか」、「まさに老害」、「他人の善意を要求するのは無作法」といった感情的な意見が並んだ。
(中略)あるネット投票でも、今回のトラブルに関して「老人が悪い」が57%、「若者が悪い」が43%と“若者擁護”が上回った。
<「週刊ポスト」2016/12/16>
*****

「若者VSお年寄り」という構図で騒動が起きた際、若者がこんなにも擁護されたケースをわたしは見たことがありません。なぜ今回は若者が擁護されたのでしょうか。

お年寄りの「上から目線」も要因のひとつなのでしょうが、要因として大きいと思われるのが多くの人が共有する「席を譲ったときの苦い経験」。
この動画をYouTubeに投稿した人物はTwitterに「私は優先席を譲りません!!なぜなら先日、今にも死にそうな老人に席を譲ろうとしてどうぞと言ったら『私はまだ若い』などと言われ、親切な行為をした私がバカを見たからです。今後とも老人には絶対に譲りません」と投稿していて、これに賛同する声もあがっています。

また、しらべぇ編集部が全国の20代〜60代の男女を対象に行ったアンケート調査では「電車の中でお年寄りに席を譲って『まだ若いわ!』と遠慮されたことがある」人が13・2%もいることが分かり、こうした状況を反映してか、お年寄りに「席を譲るべき」と考える人も減少しています。
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乗り換え案内「駅すぱあと」を運営する株式会社ヴァル研究所が実施した公共交通機関に関する意識調査の結果、電車などで高齢者・妊婦・障害者らに「席を譲るべき」と考える人が優先席・それ以外の席ともに3年前の調査と比較して減少したことがわかった。
<「ハフィントンポスト」2016/11/29>
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「まだ元気だから席を譲られたくない」「自分はまだお年寄りではない」、そう思いたい気持ちも分からないではありませんが、その強い気持ちが席を譲ろうとした人を傷つけ、それが結果的にお年寄りをいたわる気持ちを弱めているような気がします。
それどころか、「老害」という言葉が当たり前のように使われるようになった現状を考えると、いたわりの気持ちの弱まりにとどまらず、嫌悪感も広がりつつあるのかもしれません。

(スタッフH)
(2016/12/6 UPDATE)
番組スタッフ
12月5日(月)佐々木俊尚 ●”トランプの懐刀”スティーブ・バノンの実力

スティーブ・バノン氏とはどんな人物で、上級顧問任命はトランプ政権にとって何を意味するのでしょうか。

12月6日(火)速水健朗 ●ヌーハラ騒動にみるリテラシー不全の二重構造

「ラーメンを食べるときすすって音を立てるのはヌードルハラスメント」というツイートに端を発したいわゆる『ヌーハラ』騒動。この騒動から日本は何を学ぶべきなのでしょうか。

12月7日(水)ちきりん ●東大女性人気の低さを紐解くと浮かび上がる日本の闇

女性の東大不人気をあらためて考えると見えてくる日本社会の問題とは?

12月8日(木)小田嶋隆 ●水泳飛び込み禁止検討で叫ばれる「何でもかんでも禁止にするな論」

賛否分かれる水泳飛び込み禁止検討。「何でもかんでも禁止にするな論」という批判が起こってしまうのはなぜなのか、考えます。
(2016/12/5 UPDATE)
番組スタッフ
ニュースをみていると、「またか」と思わされる話題が続くことあります。それらを見て食傷気味にこともあれば、社会の問題としてあらためて考えることも。
なくならない「いじめ」は後者にあたるでしょう。
今週、東京都世田谷区にある高校で昨年5月〜9月に生徒がいじめにあっていたことがわかりました。
セミの幼虫を舐めさせるという何ともクレイジーな方法に、憤りを覚える前に引いてしまったのは私だけではないはず。

一向に無くなる気配のない「いじめ」。
もう私が学生の頃から「学校における問題」として当たり前に存在しているのですが、3年前になってようやく「いじめ防止対策推進法」という法に則った対策がなされました。

法整備だけでは不安が残ります。いじめとは結局、対人で生じるもの。生徒という人間を教育することで、いじめの対策を講じる動きがあります。
道徳の特別教科化です。
教科化するということはつまり、成績をつけるということ。成績をつけるということは正解を設けるということ。道徳の教科化をめぐって賛否が分かれていることはご承知の通りでしょう。

昨今のいじめの報道をみていると、どうも学校側、つまり大人たちの対応があまりにもひどいような印象を受けます。
今回の世田谷区の高校においても、 昨年6月にいじめに関するアンケートで生徒から被害の訴えがあったほか、同9月には保護者からの申告もあったが、学校側から文科省への報告は今年3月だったと言います。

我々大人がこうも情けないのは、道徳をきちんと学んで来なかったからなのか。違います。私たちの時代も道徳の時間は設けられていました。
戦前も「就身」という名前で存在していました。

私は学生時分に受けた道徳の授業で何を学んだかなどほぼ記憶していないのですが、唯一、覚えているのが非識字についての授業。故レオナルド熊さんが読み書きのできない主人公を演じるという同和映画を観ました。
同和問題を知った時もそうでしたが、文字の読み書きができない大人が20世紀が終わろうとしている日本にまだいることがあまりにも衝撃で、社会の深層に触れたような気がして、その作品を観た道徳の授業だけは大人になって子供の頃のことを色々と忘れてしまった今でも、鮮明に覚えています。

私が学生の頃、いじめが社会問題となりました。いじめに関する討論もあったかもしれません。
しかし、きっと当たり障りのない内容で、ふんわりとした着地点だったから覚えていないのかもしれない。
だったら、トラウマぎりぎりで子供の心に爪痕を残すような映画を一本観た方がよほど有意義なような気がします。個人的には。

今月18日、松野博一文部科学大臣による「いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて」というメッセージが文科省のサイトで発表されました。

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子供たちを、いじめの加害者にも、被害者にも、傍観者にもしないために、「いじめは許されない」ことを道徳教育の中でしっかりと学べるようにする必要があります。
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と、平成30年度からの道徳の教科化の充実に意気込みの述べつつ、いじめ対策において道徳教育がいかに重要であるかを大臣なりに説いています。
「考え、議論する道徳」というキャッチコピーの読点がどうもポエムくさくて気になりますが…

主に教育関係者に向けられたメッセージのようで、大臣は次のように述べています。
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現実のいじめの問題に対応できる資質・能力を育むためには、「あなたならどうするか」を真正面から問い、自分自身のこととして、多面的・多角的に考え、議論していく「考え、議論する道徳」へと転換することが求められています。
このため、道徳の授業を行う先生方には、是非、道徳の授業の中で、いじめに関する具体的な事例を取り上げて、児童生徒が考え、議論するような授業を積極的に行っていただきたいと思います。
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道徳の授業を強化することでいじめが果たして学校から無くなるのか。私はわからなくなってきました。
いじめは全否定しますが、人と人が接する場において何らかの軋轢が生じることはやむを得ないのではないかとも思えてきます。
道徳の教科化したところで、いじめが無くなるとは期待できません。

そんなことよりもまず、子供たちの間で軋轢が生じることは前提として、大人たちがその軋轢の対処法を会得しなければならないのではないかと思うのです。
客観的に見ると明らかにいじめなのに、それを認めようとしない大人。隠そうとする大人。いじめの苦痛に見舞われた人たちに無神経にもさらなる悲劇をもたらしてしまう大人。

大人がいじめの対策を会得できていないのに、子供たちに道徳を正義として押し付けるのはもしかしたらあまりにも都合が良すぎるのではないでしょうか。
もし本当に道徳というものが、人間の精神鍛錬に欠かせないというのならば、大人たちの体たらくが、日本における道徳の授業がいじめ対策にふさわしくないことを証明しているのではないでしょうか。

スタッフ・坂本
(2016/12/1 UPDATE)

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