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番組スタッフ
新年度を迎えるにあたり、終わるものもあれば、始まるものも。変わらず続くものの中には、ちょっとした変化が取り入れられたり。

我が家では子供が生まれた年から、物心が付く前から日曜日の朝はスーパーヒーロータームを観るという習慣が付いてしまいました。
「ゲーム」と「医療」を組み合わせた、仮面ライダーエグゼイドには「ゲームオーバー」という形で訪れる劇的な展開に朝から興奮させられています。

そんなエグゼイドに4月から、新たなライダーが登場するというニュースがありました。

【日刊スポーツ:女の子「仮面ライダー」誕生!史上2人目はポッピー】

この新ライダーには賛否両論、湧き起こりました。
批判をかなりざっくりとまとめてみますと、
「特撮はジェンダーに関して遅れている」という意見。
そして、「デザインがダサい」というもの。

記事には仮面ライダーポッピーは片足を上げて、ぶりっ子を思わせるポーズをしている写真が掲載されています。
「女の子の憧れ」になる仮面ライダーなら、かわいい女の子ライダーではなく、かっこいいそれにするべきだという意見もありました。
「女の子=かわいい」というフォーマットが古臭いという論理です。
新キャストが登場するのではなく、元々いたヒロインが変身するのです。元々いたヒロインはかわいいキャラクターが売りなので、ライダー変身後ももちろん、かわいさは引き継がなければなりません。急にかっこよくなるのでは、構成が破綻してしまいます。
メインヒロインが仮面ライダーになるのは史上2人目ですが、これまでにも女性ライダーは何人か登場しています。「かわいい」という表現がしっくりくるのはおそらく今回の仮面ライダーポッピーくらい。それ以外はどれもかっこいい(特に仮面ライダーキバーラ)。
ジェンダー論者が特撮にそもそもどこまで興味があるのか不思議ではありますが、男性性が強い世界の女性性の話となると注目されるのでしょうか。

そしてデザインへの批判ですが、私も当初、仮面ライダーエグゼイドの姿を見たとき、「これはダサい」と思ってしまいました。
平成ライダーは初見がとてもダサいという印象があります。しかし、数話観るに連れて、そのデザインでなければならないと思えてしまうから不思議です。
エグゼイドも同じです。2、3話見れば、あのデザインでなくてはならないと思えるほどかっこいい。だから仮面ライダーポッピーもあれで良いのではないかと思っています。

インターネットでは、1日にどのくらいの数のニュースが配信され、ユーザーはそのうちのどのくらいを実際に見ているのでしょうか。
シェア数、拡散を求めた扇動的なタイトルが付けられることもあるため、記事を読むことなくタイトルだけでその全てを判断し、安易に意見を述べがちです。
それはもちろん危険な行為であるため、「記事をきちんと読め!」という指摘がなされます。

今回の仮面ライダーポッピー登場ニュースにおいて、重要視されるのは46年の歴史で二人目の女性ライダーという情報です。
仮面ライダーポッピーに変身するヒロイン、ポッピーピポパポの属性、素性などいちいち細かに説明している余裕はありません。
上記日刊スポーツの記事はまさにそれ。
だから記事をきちんと読み、画像を見て、批判が噴出するのも仕方がないことなのです。

しかし、映画ナタリーの記事を読むと、また違った印象を受けたかもしれません。仮面ライダーポッピーに変身する女の子が劇中でどんな役割を担ってきたか、実は人間ではないことまでわかるからです。

【映画ナタリー:「仮面ライダーエグゼイド」ポッピーピポパポが変身!仮面ライダーポッピー登場】

インターネットで無数に配信されるニュース。その記事に書かれた以上のことを知っているのは、本当に稀でしょう。
SNSで気軽に考えをそこらじゅうに知ってもらうことができるようになったことは良いのですが、ニュースについて何か意見を述べる際、多くの人が目の前にある文字でしか判断できません。それが的確なのかどうかわらかないまま、感情論を土台にして記事が批評されることも珍しくない。

沈黙の美学という言葉がありますが、目の前にある記事からはすべてを判断するのは困難の極み。
感情に任せて安易に否定するのは止めにして、批評はその道の熟練者に任せた方が良いのかもしれません。
あるいは、手間ではありますが、その類のニュースを専門とする別のサイトでも記事を読んでみて判断するのもありだと思うのですが、どうでしょう。

スタッフ・坂本
(2017/3/30 UPDATE)
番組スタッフ
文科省が今月24日に発表した、小学校道徳の教科書の検定結果が物議を醸しています。
物議を醸しているポイントは、検定過程で生じた修正。

文科省が「学習指導要領の示す内容に照らして、扱いが不適切」と判断した文言や写真を、出版社側が修正しているのですが、修正した具体的な文言と写真がこちらになります。

※こちらは「朝日新聞デジタル」の記事【パン屋「郷土愛不足」で和菓子屋に 道徳の教科書検定】を参考に作成

▼教材名「にちようびのさんぽみち」
「パン屋」を「和菓子屋」に修正

▼教材名「大すき、わたしたちの町」
「アスレチックの遊具がある公園で遊ぶ子どもたちの写真」を「和楽器を売る店の写真」に修正

▼教材名「しょうぼうだんのおじさん」
「しょうぼうだんのおじさん」を「しょうぼうだんのおじいさん」に修正
「パン屋のおじさんのイラスト」を「パン屋のおじいさんのイラスト」に修正

そして、それぞれの修正理由がこちら。

▼「パン屋」を「和菓子屋」 ⇒ パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で学習指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ』という点が足りないため
▼「公園」を「和楽器店」 ⇒ 「パン屋」を「和菓子屋」と同じ理由
▼「おじさん」を「おじいさん」 ⇒ 感謝する対象として学習指導要領がうたう“高齢者”を含めるため

“郷土愛”、“高齢者”という違いはあるものの、修正の根拠は同じで「学習指導要領」。
実際のところ、学習指導要領にどのようなことが書かれているのか気になって調べてみると、それぞれ以下のような記述を見つけました。

まず、こちらが“郷土愛”に関する記述。
*****
自分が生まれ育った郷土は,その後の人生を送る上で心のよりどころとなるなど大きな役割を果たすものである。
また,郷土は,生きる上での大きな精神的な支えとなるものである。
<小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編(文部科学省)>
*****

そして、こちらが“高齢者”に関する記述。
*****
〔第3学年及び第4学年〕 家族など生活を支えてくれている人々や現在の生活を築いてくれた高齢者に,尊敬と感謝の気持ちをもって接すること。
<小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編(文部科学省)>
*****

もっともらしいことが書かれていますが、“郷土愛”や“高齢者”と「道徳心を育むこと」を関連付ける必然性はまったく見えてきません。
郷土愛を持つこと、高齢者に対する尊敬の念を抱くことを強制されているような印象すら受けます。

そもそもの話ですが、道徳を学校で教えること自体に無理があるのです。
イタリア生まれの日本文化史研究家、パオロ・マッツァリーノさんは著書『日本人のための怒りかた講座』(筑摩書房)のなかで、このような指摘をしています。
*****
これはやめましょう!と大きな声でみんなに叫び、一斉に不道徳な行為をやめさせようとするマクロ的な手法、それが道徳です。
貼り紙をするだけで、スピーカーから大音量でメッセージを流すだけで、校長先生が朝礼で全校生徒にいい話をするだけで、だれも傷つかず傷つけず、世の中を変えようとするのが道徳です。
最低限の労力で最高の効果を得ようとする、なんとも虫のいい人たち、それが道徳家の正体です。
で、効果のほどはというと、まったくありません。
一度に大勢に対して一般論を叫んでも、だれの心にも届かないからです。だれもそれが自分に向けられた言葉だとは思わないからです。
*****

わたしも小学生のときに、ごくたまに道徳の授業がありましたが、どんな話をされたのか一切覚えていなくて、微かに憶えているのは説教くさかったということぐらい。
内容が退屈というのは大前提で、もうひとつの要因として考えられるのが、当時の担任が嫌いだったこと。
好きな先生ならまだしも、嫌いな先生に道徳を説かれても、心に届くはずがないのです。

先生の負担が増えるだけで効果が期待できないのに、2018年度から小学校で正式な教科になってしまう「道徳」。
今はただ、「ゆとり教育」のような末路を辿ることを願って止みません。

(スタッフH)
(2017/3/28 UPDATE)
番組スタッフ
3月27日(月)佐々木俊尚 ●支持率急上昇中のマクロン氏、30代大統領は生まれるか?

極右・国民戦線のル・ペン党首と、第三の勢力であるマクロン氏の一騎打ちになる可能性が強いとみられるフランス大統領選挙。
マクロン氏とはどんな人物で、誰が支持しているのか、考えます。

3月28日(火)古谷経衡 ●深夜アニメ「けものフレンズ」が支持される深い理由

深夜アニメ「けものフレンズ」はなぜ今、受け入れられたのか?
時代背景を踏まえ、その理由を考えます。

3月29日(水)ちきりん ●トランスジェンダーの入学は可能か。女子大の課題と期待

日本女子大学が新年度から、心と体の性別が一致しない「トランスジェンダー」の学生の受け入れについて、検討を始めます。
トランスジェンダーを受け入れる場合の課題とは?
LGBTやジェンダー論に詳しい、川村学園女子大学の内海貴子教授にお話を伺います。

3月30日(木)小田嶋隆 ●BBC子供乱入動画はなぜ「笑える」から「差別を考える」動画になったのか

「笑える」だけでなく、差別と偏見についての議論を巻き起こした、BBCの動画。
話題の動画から何を学び取ることができるのでしょうか。
(2017/3/27 UPDATE)
番組スタッフ
iPhoneが誕生して今年で10年。2017年はiPhoneの記念モデルが登場するのではと噂されています。
3月のこの時期になると、何らかの新製品を発表してきたApple。
今年は大々的な発表は行うこともなく、iPhone7シリーズの新色・赤、新型iPad、iPhoneSEの大容量版が3月25日に発売となります。

今回の発表はいわばマイナーアップデート。
マイナーでは古参ファンが喜ぶわけもなく、今回も案の定、「ジョブズが生きていたら」と、批判的な反応が見られました。
ジョブズがこの世を去って以降、Appleの新製品が期待に沿うものでないと必ず見られる言葉です。期待とはもちろん、ジョブズ全盛時代を愛する古参ファンのそれ。

なぜ「ジョブズが生きていたら」と口にしてしまうのか。何の意味があるのか。
ひとつはジョブズが生きていた時代を知り、その時、Appleの製品に投資したという自負があるのでしょう。
ジョブズは子供向けの伝記にもなっているほどの人物であるため、生前の発言が細かに記録されていることは言うまでもありません。その言動に照らし合わせると、最近のApple製品には失望の前置きとして「ジョブズが生きていたら」が添えられるのでしょう。

例えばジョブズは生前、7インチサイズのタブレットを否定しています。

*****************
アップルは広範なテストの結果、タブレットの最低サイズは10インチという結論に達した。(略)
7型タブレットは中途半端。携帯としては大きすぎ、iPadと競争するには小さすぎる。

【engadget ジョブズ、タブレットの将来を語る:最低でも10型必要、7型はすでに死んでいる】
*****************

4年ほど前、iPad miniを買いました。
ジョブズが否定する7インチより少し大きいこのサイズ(7.9インチ)を、私はとても気に入っています。
私はタブレットを購入してこんなにも電子書籍を読むとは思ってもいませんでした。
iPad ミニは電子書籍を読むのにちょうど良い重さなのです。特に就寝前など、寝た状態で読む際、腕の負担になりづらいし、うつらうつらして思わず顔に落としたとしても9.7インチのiPadほどのダメージがない。
ジョブズが生きていた頃は、選択肢が必要最低限だったApple製品のですが、私のようなジョブズの原理原則を深く理解していない人間にとってはバリエーションの多さが魅力に映ってしまいます。

ジョブズがクックに社長の椅子を譲った生前、こんな言葉を残したそうです。

”Never ask what I would do. Just do what’s right.”

ジョブズの成したこと、発したこと、彼の原理原則が全てというならば、「私だったらどうしただろうなどと考えてはいけない」というクックへの遺言も全てのApple社員、ファンにとっての原理原則のひとつであり、これに従うべきではないでしょうか。

最近のAppleがワクワクさせてくれないからダメなのでしょうか。
いや、最初は違和感があるのにいつのまにかその感覚が消え去り、いともたやすく「それが普通」となり、以前の状態には戻れなくさせてしまう。そんな洗脳めいたApple製品の魅力、磁力は健在だと思います。

「歴史のif」をあれこれ考えることは野暮と言われます。
「私だったらどうしただろうなどと考えてはいけない」とジョブズ様が言っているとされているので、Apple信者であるならばこの御言葉を信じる以外にないのではないでしょうか。

スタッフ・坂本
(2017/3/23 UPDATE)
番組スタッフ
TSUTAYA、図書館、映画館にスーパーと、最近、目にする機会が増えたセルフレジ。
上記のセルフレジのうち、使ったことがあるのは映画館のみ。
とはいえ使った回数は、有人レジに行列ができており、結構な時間を費やしそうなのでやむを得ずに使った3回程度。
一度使ってみると意外と操作は簡単なのですが、自分で操作すること自体が面倒なのです。

セルフレジは定着するか 消費者は「面倒くさい」と避けがち、利用率の低さから廃止する店も(「キャリコネニュース」2017/3/20)

キャリコネニュースの記事には、スーパーのセルフレジを面倒と考える人の声が紹介されていて、アルコール類があると店員さんを呼ばなければならないため、最初から有人レジに並んだほうが手間いらずと考える人が多いといいます。
*****
セルフレジの使い勝手の悪さは、お店によって使える機能がままならないことにも起因すると思われる。
現金が使えなかったり、衣類は清算できなかったり、割引券を使えるところと使えないところがあったりと、店舗によってルールがばらばら。
*****

面倒くさいと思わせる原因は他にもあり、たとえば客側のスキルアップが不可欠なこと。
スキルアップさえすれば会計が早く済むのだけれど、その前段階のスキルアップの面倒くささを乗り越えられない人が多いのです。
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こうして見ていくと、セルフレジは会計を早く済ませたい人にとっては有効なシステムだが、そのためには客側のスキルも向上させる必要があることがわかる。
それなら、多少時間がかかっても、きちんと商品を包んでくれて予想外のトラブルに見舞われることもない。
従来型の有人レジを選ぶ客のほうが多いのも仕方のないことなのかもしれない。
<急増のセルフレジ、面倒くさすぎる!ツタヤは突然警報鳴る、ジーユーは店員がやる全作業を客がやる(「Business Journal」2017/1/26)>
*****

つまり、現状のセルフレジは面倒くささを払しょくできていないのです。

面倒くささが定着を妨げているものといえば、エスカレーターの新マナー「立って2列」もそう。

エスカレーターの新マナー「立って2列」に賛否両論「片側空けが時代遅れ?」「定着してほしい」(togetter)

片側を空けるより、立って2列で乗る方が輸送効率が良いようなのですが、わたしは駅のエスカレーターで「立って2列」を目にしたことはこれまでに一度もありません。
基本は従来通りの左側に乗る人が立ち、右側を空けるスタイル。いざという時に歩いて上がることができないことが不便というか面倒くさいのです。

唯一、「立って2列」の定着を確認できたのが神奈川県にある某ショッピングモールで、ここはエスカレーターの乗り場に「必ず2列でお乗りください」とデカデカと書かれた看板が設置されているため、無言の圧力がものすごく、「立って2列」が当たり前になっています。

定着しているとはいえ、これは急いでいる人があまりいないショッピングモールだから。
急いでいる人が多い駅で同じことをしても、新マナーが定着するとは思えません。

そもそも、新マナーを定着させるための準備が整っていないのです。
「立って2列」は基本的に急いでいる人は想定しておらず、急いでいる人のための代替手段、たとえば横に階段が必ず併設といったことが徹底されているとは言い難いのが現状。
エスカレーターの横に階段がない場合は階段を探さなければいけないけれど、階段が近くにあるとは限らず、探すこと自体が面倒くさい。
これでは急いでいて、なおかつ横に階段が併設されていない場合、エスカレーターの右側を歩いてしまうのはやむを得ないと言わざるを得ません。

「セルフレジ」も「エスカレーターの新マナー」も定着した方が利便性は高まるのでしょう。
ただし、今は利便性よりも面倒くささが勝っている印象。
面倒くささを払拭しない限り、定着はあり得ないように思います。

(スタッフH)
(2017/3/21 UPDATE)
番組スタッフ
3月20日(月・祝)番組休止

3月21日(火)速水健朗●「人のがんばり」に依存する社会への警鐘
宅配業者の疲弊にあらわれている「人のがんばり」に依存する社会のあり方。
こうした社会のあり方を変えるために必要なこととは?

3月22日(水)飯田泰之●日米の橋渡しとなるか?次期駐日大使、ハガティの実力
トランプ米政権が、次期駐日大使に起用するウィリアム・ハガティ氏。
ハガティ氏とはどのような人物なのか。

3月23日(木)小田嶋隆●8割は失敗に終わる!?IoTに関する不吉な予言
「8割は失敗に終わる」。IoTに関するこの不吉な予言が意味することとは?
(2017/3/20 UPDATE)
番組スタッフ
今年の春闘でも「働き方改革」が主たるテーマとなっているようです。
残業時間については、繁忙期には上限を100時間とする方向で決着が付くと見られます。
残業時間、それに伴う過労死の問題は特に繁忙期に限ったことではないと思うのですが、 穿たれた一穴がどう大きくなるのか注視していきたいもの。
サービス残業や過労死の問題は絶えないにしても、ほんの十数年前と比べるとマシになっているとは思うのですが、そう思うのはもしかしたら私の「生存者バイアス」に過ぎないかもしれないわけで、20代のクソみたいな労働環境を嘆くのは自分の心の中だけにしておかなければなりません。

残業時間規制がこれからどう進むのか、期待して良いものかどうかはわかりませんが、私の周りには残業代を生計の足しにするという人が結構います。
7時間で終わらせられる仕事を12時間かける人もいれば、残業時間までみっちり働くという人もいたりして、どちらが良いのかはわかりませんが、「働かずに生産性を上げるか」ということが主たるテーマなのに、どうも「生産性を上げる」=「容量よく稼ぐ」手段の模索は後回しにされているように感じます。

「社畜」という言葉も、半ば自虐で使う人も増えてきました。
しかし、中には誰がどうみても社畜なのに、「まだまだ修行中っスから」とか「自分、サイヤ人と一緒で逆境になるほどテンション上がるんで」とか言う若者もいたり。
その彼はブラック企業が多いとされる業界で働いているのですが、「アツい自分」に陶酔することで、感覚を麻痺させているかのように思える。
彼が言うサイヤ人の例えとは、死の淵から蘇ると戦闘力が上がる云々というベジータのナメック星でのセリフから来ていると思うのですが、死の淵ギリギリまで働いているとしたら何とかした方が良いでしょうし、それでも本人が幸福ならばこちらが何も言うことはあるまいなと思わざるを得ません。

ある理由で、彼が働く会社を訪れたことがあるのですが、決して上手とは言えない習字で「格言めいたもの」が掲げられていました。
「プロフェッショナル」と「アマチュア」の違いについての10か条といった感じのものだったと記憶していますが、何かと色々な方面で啓発、礼賛される「プロフェッショナルたれ」という文句がもしかしたら日本のブラック企業問題に一因しているのではないでしょうか。

昨今、芸能人の色々な粗相がメディアをにぎわせていますが、そういった時に聞こえてくるのが「プロ意識が足りない」という指摘です。
千眼美子さんの出家騒動でも、「プロ意識」の欠如を指摘されていました。
千眼さんがどんな状態で出家にいたったのかはわかりませんが、精神が磨耗しきっている人にとって、仕事仲間に及ぶ影響を考える余裕などないのではないかとも思うのです。

精神を正常に保ったままプロ意識を持ち続けるというのは中々困難だと思うのですが、「プロ意識」を持てという助言は「生存者バイアス」を通じて放たれているに過ぎず、芸能やスポーツなどの特殊な世界で生き残るために有効な特殊能力のことを「プロ意識」と呼ぶのではないでしょうか。
プロ意識を持つことはもちろん自由です。
しかし、あえて口に出したり、他人に強要する必要は全くない。
他者の精神を磨耗させないようなケアを施していれば、もしかしたら押し付けて良いのかもしれません。最近、流行りの言葉で言うとおそらくそれは「呪い」です。
高度経済成長期からバブル崩壊前にかけての上げ潮時の日本ならばそうはならなかったのかもしれませんが、「プロ意識を持て」という呪いが日本の労働者を疲弊させている要因の一つなのではないでしょうか。

私の個人的な意見ですが、20年ほど前からNHKが得意としてきた「その業界で注目される人の仕事論」を深掘りする番組が、普通の人まで「プロ意識」を強要されることになったのではないでしょうか。 それに派生するドキュメンタリー番組や対談番組で紹介される「プロフェッショナルの働き方」はきっと生存者のそれ。
特殊な人が持ちうる「プロ意識」という感覚。それは心のどこか奥底で明日を少しでも良くしたいと願う普通の人々を刺激したのではないか。
それを紹介するドキュメンタリー番組等を見た経営者が安易に部下に社是として強制していることもありうるのではないか。そう勘ぐってしまいます。

残業しないで済むに越したことはないでしょう。しかし、誰もがそんなに効率が良いわけではありません。働きすぎてしまった場合のセーフティーネットをまずは徹底して施すべきではないでしょうか。
働かないことを模索する「働き方改革」よりも、働き方の自由度や選択肢をより追求したらいいのにと思うのですが。

昔、ドイツの銀行で送金の手続きをした時、銀行員がガムを噛みながら応対することに驚かされました。日本でもガムを噛んで良いとは言わないまでも、お客様は神様信仰は昭和の遺物と化していると言えるので、働く人はもう少し肩の力を抜いても良いのではないでしょうか。

スタッフ・坂本
(2017/3/16 UPDATE)
番組スタッフ
電車には様々な人が乗っていて、たまに「アレ?」と思う人に遭遇することもあります。
先週水曜(9日)には、座席のすぐ横に座っていた30代前半ぐらいの男性から突然、こう声をかけられました。
「どこで降りるの?」
もしかしたら知り合いかもしれないと思い、顔をよく見ても知り合いではなく、どことなくヤバそうな雰囲気を醸し出していたので無視していると、その男性がまた、同じ質問を投げかけてきました。
「どこで降りるの?」
2度目の質問も当然のごとく無視したのですが、その男性はこちらをじっと見つめ、不思議そうな表情を浮かべていました。

その後は何事もなく、わたしが先に下車。
幸いにもトラブルは避けることができたわけですが、気持ち悪さは心に残り続けていました。
そのせいか、それから4日後。
11日の夜に報じられたこちらのニュースに目が留まりました。

東急田園都市線 車内で、暴れた男性が意識失い死亡(「TBS NEWSi」2017/3/11)
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11日正午すぎ、世田谷区の東急田園都市線上りの車内で50代とみられる男性が暴れ、居合わせた乗客の男性3人に桜新町駅のホームで取り押さえられました。男性はうつ伏せの状態で肩や足を素手で押さえられていましたが、その後、突然、意識を失い搬送先の病院で死亡が確認されたということです。
警視庁によりますと、男性は車内で大声を出したあと、注意した乗客の男性(30代)の顔をいきなり殴るなどしたということです。
*****

無視して正解だった。自分もひとつ間違えれば殴られていたかもしれない。
そんな思いからわたしはこのニュースに目を留めたわけですが、このニュースが今、ネットではまったく別の観点で話題となっています。

それは、この死亡した男性が「性の悦びおじさん」なのでは、という憶測がネット上を飛び交っていること。

「性の悦びおじさん」???。
恥ずかしながらわたしはこの時点では「性の悦びおじさん」のことを認識していなかったのですが、どうやら、昨年9月ごろ、京王・井の頭線の車内で「性の悦びを知りやがって」と叫ぶ動画がネット上に投稿されて話題になった人物。
この叫ぶ動画がきっかけでネット上には、このおじさんの目撃情報や隠し撮り動画が相次いで投稿され、ネットユーザーの間での人気者と言いましょうか、からかいの対象とでも言いましょうか、そういった立ち位置を確立していたようです。

この「性の悦びおじさん」が3月11日の正午ごろ、田園都市線に乗車していたとの情報がTwitterで相次いで報告されていたこと、あるテレビ局が放送した現場の映像に映っている男性と「性の悦びおじさん」の体格、髪型、服装が似ていることから、「性の悦びおじさん」なのではとの憶測が飛び交っているようなのです。

ただし、現時点では警視庁が名前を公表していない状況。
死亡した男性が「性の悦びおじさん」と確定したわけではないのです。
それにもかかわらず、ネット上では死を惜しむ書き込みが多数みられ、これがなんとも滑稽で、からかっていたのに、死んだらそれは悲しいという心の動きも理解不能。
死亡した男性を取り押さえた乗客に対するバッシングも始まっていて、あらためてネットの闇を見たような気がします。

(スタッフH)
(2017/3/14 UPDATE)
番組スタッフ
3月13日(月)佐々木俊尚 ●東芝危機にみる日本企業の病

アメリカの原子力事業で巨額の損失を出し、解体もささやかれる東芝。
東芝の経営危機の本質ともいえる日本企業の病とは?
経済評論家の宋文洲さんにお話を伺います。

3月14日(火)古谷経衡 ●なぜ今!?トランプ・アメリカで急騰するブッシュ人気

分断が深刻化するアメリカで保守、リベラルからも支持されるブッシュ元大統領。
ブッシュ人気の背景を探ります。

3月15日(水)ちきりん ●日本には真似できない?人事評価を撤廃するアメリカ大手企業の動き

近年、GEやグーグルなど、アメリカの大手企業が人事評価をやめる動きが相次いでいます。
こうした動きは、そのまま日本企業にも当てはめることができるのでしょうか。

3月16日(木)小田嶋隆 ●8割は失敗に終わる!?IoTに関する不吉な予言

「8割は失敗に終わる」。IoTに関するこの不吉な予言が意味することとは?
(2017/3/13 UPDATE)
番組スタッフ
賛否呼ぶ水泳の授業での飛び込み禁止論争。
私はスイミングスクールで水泳は習っていましたが、ある程度の心得はあっても、学校プールの底に触れてしまうような飛び込みになってしまうことは何度かありました。だから、危険であるならば取り敢えずはやめておいた方がいいと思うのです。

先日、オリンピック水泳金メダリストでスポーツ庁長官の鈴木大地氏が東京新聞のインタビューで次のように発言しました。

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なんでもかんでも危険だからと全面禁止し、もやしっ子を育てあげていくのはどうかなと思う。
【<ストップ プール事故>「飛び込み禁止 どうなのか」 鈴木大地・スポーツ庁長官】
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「こうあるべき」と主張した瞬間に思わぬところから叩かれるのは、多様化を標榜する世の常です。そんな世の中であるからこそ、もう少し自身が発言する前に神経質になった方が良いように思いますし、息苦しいかもしれませんが、そうあろうと努力している人を私は何人も知っています。
極端でわかりやすく、デリカシーのない発言で注目を得てしまうのでは、どこかの大統領と同じ。

誰かが何か発言するたびに怒りの声を上げ、発言主が謝罪している様を見ると、大変だなと傍観していたのですが、どうやら私は「もやしっ子」発言に怒るタイプの人間でした。

子供が生まれた時、保健師や保育士から「子供には太陽の光を浴びなさい、日光によりビタミン何とかが体の中で生成され云々」と諭されたと記憶しています。実際、そのようにしています。
しかし、ある程度成長し、自分がやりたいことに対して取捨選択の判断ができるようになれば、外で遊ぼうが、家で遊ぼうがそれは子の自由だと思っています。

私が小学生の頃、一番仲が良かったのは「もやしっ子」でした。
色白でひ弱そうで、運動も苦手だったたけど、本を読むのが好きな子で、博学で、勉強も良くできて、一目置かれる「もやしっ子」でした。
その彼に関する記憶で印象に残っているのが、クラスでカードゲームが流行った時のこと。
「もやしっ子」も一時そのゲームを集めてやっていたのですが、ある時、それが「おもしろくない」と自分でオリジナルのカードゲームを作って登校し、男子連中に衝撃を走らせたことがあります。

だから、我が子が鈴木長官の言う「もやしっ子」に類する人間になっても、悲観的にならない「もやしっ子」の例を知っているので、それは良しとしてあげたい(罵り言葉として「もやしっ子」を用いられたら激怒しますが)。

鈴木長官の「もやしっ子」発言には、子供は快活さをスポーツを通じて体得するのが良いという前提があります。
「スポーツする人間がそうでない人間よりも優位にある」という思想がそこにあると邪推することも可能です。
大人になって思い返すと不思議なのですが、子供の頃は運動ができる子がよくモテたものです。
私が知る「もやしっ子」の彼だって、特殊な例なのかもしれませんが、そこそこモテていたと記憶します。

見た目は「もやしっ子」だけど、彼が何より魅力的だったのは、自分の好きな世界に没頭する様が本当に楽しそうな点でした。
スポーツ以外に楽しめる、学べるものはいくらでもあります。
親としては子供に選択の機会を与えたいもの。

鈴木長官はこんな発言もしています。

*********
一メートルのプールでも飛び込みの練習はできる。指導法が問題で、質の高い教員を採用することが大切。
【<ストップ プール事故>「飛び込み禁止 どうなのか」 鈴木大地・スポーツ庁長官】
*********

なんでもかんでも教師に指導させるんじゃないよ、と言いたいです。
ほんの少しでも危険の可能性を孕んでいるなら、「なんでもかんでも禁止でいいよ」と私は親として思ってしまいまうのですが…。
「もやしっ子」発言の裏にあるのは、いまだに是とされる「根性論」に基づく精神鍛錬です。
根性論信仰者たちが信じる「精神鍛錬」的なものは、危険を除外して家庭でなんとか我が子に教えるくらいの気概も心算もあります。
しかも、教師の疲弊が取りざたされる昨今です。リスク管理の細部を教員が担わせるのは酷というものでしょう。
教育方針など学校によって、家庭によって違います。人それぞれです。
だからこそ、色々な選択肢を設けておいて欲しいと願います。

スタッフ坂本
(2017/3/9 UPDATE)
番組スタッフ
正直すぎる発言で知られる漫画家の蛭子能収さん。
先週末に放送されたテレビ番組での発言がネットニュースになっていて、その発言に目が留まりました。

蛭子さん、「永遠の0」山崎監督にまさかの一言「涙が出たからといっておもしろいとは限らない」(「スポーツ報知」2017/3/4)

番組の中で蛭子さんは、思わず涙した映画として「永遠の0(ゼロ)」を挙げ、そのうえで「永遠のゼロ」の山崎貴監督に会ったときに直接、「涙が出たからといっておもしろいとは限らない」という言葉をぶつけたと語ったようです。

はい出ました、相変わらずの蛭子節。
陰口ではなく、本人に直接言ってしまうところに、蛭子さんの闇の深さを感じます。
それとともにやはり、「涙が出たからといっておもしろいとは限らない」には反応せざるを得ず、これには強い共感を覚えました、

なぜかというと、私も同じような感情を抱いたことがあるからです。
2009年に公開された『カールじいさんと空飛ぶ家』。
主人公・カールと妻・エリーの出会いから別れ(死別)までを冒頭の10分で、しかもほとんどセリフなしで描いているのですが、この場面が妙に泣けるのです。

ただし、評価できるのはこの最初の10分だけ。
残りの1時間31分はオブラートに包まずに言えば、クソ映画なんです。

無駄な場面が多く、アクションシーンも全くハラハラしない。
無駄な場面を排除した冒頭の10分とは比べ物にならないぐらい酷い出来で、それにもかかわらず、「泣ける」映画として一定の評価を得ていることが許せないというか、納得がいかず、なんとも腹立たしいのです。

もうひとつ、ケチをつけたいのが「泣ける」映画の誉れ高い『のび太の結婚前夜』。
劇中、しずかの父親が言った「あの少年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それが、人間にとって一番大事なことだからね。彼なら、間違いなく君を幸せにしてくれると信じているよ」は泣けるセリフとして有名です。

わたしはこの映画を「泣ける、いい映画」と認識していたのですが、最近、その認識が間違いであることに気づかされました。

気づかせてくれたのは、編集者でライターの稲田豊史さんの著書『ドラがたり』(PLANETS)。
この本には『のび太の結婚前夜』の原作にあたる「雪山のロマンス」の分析が書かれているのですが、まず、しずかとのび太のセリフに着目。
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しずか「のび太さんと結婚するわ。」
のび太「あ、あ、ありがとう!!」
しずか「そばについててあげないと、あぶなくて見てられないから。」
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そして、このセリフからしずかの思惑を以下のように分析しています。
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このコマで、のび太は感動のあまり情けなく泣きはらし、しずかは実に清々しい笑みを浮かべている。まるで、すべてが彼女の思い通りにいったかのように。
ここでわかるように、しずかがのび太と結婚する目的は、「のび太に対する圧倒的な優位性の獲得」である。
のび太ほどのダメ男なら、一生、自分をあがめてくれるだろう。自分と結婚したことを感謝してくれるだろう。図抜けた戦略家だ。
(中略)
情けなくて、何もできないのび太を夫にすることで、自分は一生「姫」でいられる。
悪寒すら走る、異常にリアリティのある女の打算がここにある。
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これはこれで、しずかの父親がしずかの本質を見抜いていることは笑えますが、それ以上にしずかのおぞましさに吐き気すら覚えます。

「泣ける」という謳い文句は、ひと頃に比べたらだいぶ落ち着きましたが、完全に消えることはなく残り続けています。
最近、公開された映画でいえば、『ラ・ラ・ランド』。
この映画は「泣ける、いい映画」との評判をよく目に、耳にしますが、どうなのでしょう。
「泣ける」しかも「いい映画」という危険なキーワードが2つ揃っている時点で、どうしても警戒をしてしまいます。

(スタッフH)
(2017/3/7 UPDATE)
番組スタッフ
3月6日(月)佐々木俊尚●“魔術語り”される福島を科学的に「除霊」するために必要なこと
「魔術語り」される福島の実態とは?専門家にうかがいます。

3月7日(火)速水健朗●人材枯渇にあえぐ原子力業界。事態打開の策はあるのか?
原発事故以降、来場者が激減している原子力産業の就職セミナー。
原子力業界の人材問題にはどのような解決策があるのでしょうか。

3月8日(水)飯田泰之●今月末に避難指示一部解除。原発が見える街・福島県浪江町と、東京が抱える“分断”の正体
タイムラインが毎年取材を続けている、福島第一原発から14キロの地点にある「希望の牧場・ふくしま」は、避難指示の一部解除をどのように受け止めているのか。
牧場から見える「分断」について考えます。

3月9日(木)小田嶋隆●「帰村」の春〜近くて遠い「飯舘村」
福島県・飯舘村の未来を当事者の言葉をもとに探ります。
(2017/3/6 UPDATE)
番組スタッフ
先日アメリカで行われた、第89回アカデミー賞授賞式。トランプ政権を批判する政治的発言が次々と飛び出す異例の式となりました。
「私は移民です。私はイタリアから来たんだ。この賞は移民のみんなのものだ!」
こう発言したのは、『スーサイド・スクワッド』でメイク・ヘアスタイリング賞を受賞したアレッサンドロ・ベルトラッツィ氏です。

アメコミ「DCコミック」の悪役、ヴィランたちが集結した『スーサイド・スクワッド』。
2016年最大のヒットになるのではと目されていましたが、蓋を開けてみると意外とそうでもありませんでした。むしろ、私の耳目に触れたのは批判ばかり。
私も同作に期待しすぎてしまった人間の一人です。
悪役が「良い行い」をすることに何だか興ざめしてしまいました。

『スーサイド・スクワッド』には、アメコミ史上最悪のヴィランと称されるバットマンの宿敵、ジョーカーが登場しましたが、『ダークナイト』でのヒース・レジャー版ジョーカーがあまりにも強烈で、何の印象にも残っていません。

明確な目的もなく、ただ社会に混乱をもたらすヴィランとして描かれたヒース版ジョーカー。なぜここまで私たちの記憶に強くとどまったのか。
映画ライターのてらさわホーク氏は次のように分析します。

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誰しも不安や恐怖を日々抱えて生きているからこそ、それらを体現しているジョーカーというキャラクターを畏怖しながら、それでも思わず見入ってしまうのではないか。または息苦しく閉塞した社会を完全に破壊し得る存在に、どこか憧れのような感情を抱いてしまうのではないか。

『アメコミ映画40年戦記 いかにしてアメリカのヒーローは日本を制覇したか(洋泉社)』より
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ハリウッドから少々スケールが小さくなって、日本の芸能界ではここ最近「毒舌」がもてはやされています。
ジョーカー的存在を渇望する精神と共通しているのでしょうか。

かなりの暴論を承知で言いますが、今、毒舌芸能人のとしてブレイクしている梅沢富美男氏も「ジョーカー的な何か」を持っているのではないでしょうか。

梅沢富美男氏と言えば「第二検索ワード」が「老害」と出るほど、自身より立場が下の人間に対して超が付くほど強気な姿勢で知られます。
事実、梅沢富美男氏は「老害と思う芸能人ランキング」で9位に選ばれています。

数年前、梅沢富美男氏がコンビニでタバコの年齢認証を求められ、店員に激昂したというエピソードが話題となりましたが、老害だなと思いました。クズだなと思いました。

老害と思う芸能人ランキングに選ばれた際にも「何が老害だよ。ふざけているんじゃないよ」「老人の言葉こそ金言だ」と返したそうです。

私は梅沢富美男氏にある種の狂気を感じます。
プラスとは言えない老害のイメージが付こうが、決して軌道修正しない。
本人の本質は知り得ませんが、誰かのために「良い行い」をしない、頑として利他的であろうとしない。

梅沢富美男氏のコンビニ激動激怒事件が話題になった時のツイッターの反応を振り返ってみると、「老害さ」に嫌悪感を示すとともに、「絶対消える」との見方もありました。
しかし、それでも梅沢富美男氏はブレイクしています。

梅沢富美男氏が老害と批判されながらも、なぜ支持を得るのでしょうか。
彼が、古き良き日本の親父像を体現しているからではないと思います。
同じように「毒舌」を売りとする芸能人はたくさん生まれてきました。メディア出演が増えるに連れ、実は「良い人」であろうという戦略に出るのか、「毒舌」に説得力を欠く人もしばしばです。

社会全体が「良い行い」をし、「正しくあろう」としています。もちろん、それは否定されるべきものではないのですが、それに息苦しさを感じている人は少なからず存在している。
おそらく梅沢富美男氏は絶対的に「自身が正しいと信じている」でしょう。
彼の老害ぷりは不快ですが、一点してこちらにカタルシスを与える時がある。
大衆に老害と認識されている事実を突き付けながらも、頑なに老害であろうとする梅沢富美男氏がもしかしたら、息苦しさにあえぐ人々に精神の浄化のようなものをもたらしているのかもしれません。

アカデミー賞の舞台でまで猛烈に批判されながらも、支持基盤が揺らがないトランプ大統領。
先日の施政方針演説を受けて、宿敵CNNの調査では視聴者の7割が「展望が明るい」と答えたそうです。
トランプ大統領の支持する人々には「破壊を求める衝動がある」と分析されています。(参考:三浦瑠璃著『「トランプ時代の新世界秩序」』)

終焉を迎える気配を見せない閉塞感の中、破壊的言動を貫き通す人間に不安や不快感を抱きながらも興味を抱いてしまう。この流れは今後も続いていくことでしょう。

スタッフ・坂本
(2017/3/2 UPDATE)

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