DAILY NEWS ★あなたの気になる特集内容は?ソーシャルボタンでシェアしよう!

番組スタッフ
先週、はてな匿名ダイアリーに掲載されたある記事に目が止まりました。

「普通の人」のハードル、上がりすぎてませんか?(「はてな匿名ダイアリー」2017/11/6)

この記事の投稿者はまず、「普通の人」と言われて、どのような人を思い浮かべたか?と問いかけ、「大学を出ている」、「それなりの会社の正社員としてフルタイムで働いている」、「子どもがいて、共働きしながら家事もこなしている」といった例をあげたうえで、これができている人は「普通の人」ではなく、「すごい人」だと主張。

そのうえで、こう投げかけています。
*****
今の世の中で、これをクリアするのは相当な運と努力が必要だったはずです。それで普通だなんて、明らかに正当な評価じゃありません。
しかし、残念ながら今社会に求められる「普通」は、このレベルになってしまいました。
もっともっと自分をすり減らしてこれを超えなければ、「すごい人」にはなれず、死ぬほど努力して「普通」になれても、ちっとも評価はされない。
何か少しでも欠けてしまえば、「だめな人、変な人」に転がり落ち、そこから復帰しても、今度は「だめ“だった”人」になる。
*****

たしかに、生きていくうえで「普通の人」の生き方というのが、頭をよぎることがあります。
自分の年齢の平均年収はいくらなのか。今の自分はそれを超えられているのか。
女性の場合、35歳を過ぎたあたりから、結婚しないこと、子どもがいないことを心配されるようになるのが、未だに「普通」の概念として残っています。

「普通」の中身は誰が決めたわけでもないので、無視すればそれで済むはずなのに、無視することが難しかったりします。
なぜ、無視することが難しいのでしょうか。

参考になるのは、精神科医の泉谷閑示さんが著書『「普通がいい」という病』のなかで指摘している、“あるべき姿”という価値観のすり込み。
*****
人間社会の至るところで多数派の信奉する価値観によって、私たちは知らず知らず農地に一種の洗脳を施され、「自分で感じ、自分で考える」ということから遠ざけられてしまっています。
たとえば、「あるがまま」の人間は邪悪なもので、「あるべき」姿に向けてしっかりコントロールすべきなのだといった考え方などは、そうしてすり込まれた価値観の代表格です。
*****

そして、“あるべき姿”の対極にある、“自由な生き方”の大変さです。
*****
自由というものは、何の指針もなければ、その小径が正しいのかと問われても答えようがないもので、自分の判断以外にあてにできるものはない。マニュアルもなければ他人との比較もできない自然霊すらない。これが自由ということの大変さなのです。
そして多くの人は、このリスクが怖くてしょうがない、それに比べて、大通りは不自由だけれど安全。これが、人々を大通りに強くひきつけている最大の理由であるということなのです。
*****

こうして、多くの人は“普通の生き方”に縛られて生きていくわけですが、もちろん、その生き方に違和感もあります。
大学を出て、それなりの会社の正社員としてフルタイムで働いて、結婚して、子どももいるからといって、その生き方をしている人が幸せとは限りません。
まさにこの“普通の生き方”をしている私の知人は、自由な時間がないこと、敷かれたレールの上を走っていることに不満を抱き、“普通の生き方”からの脱落を考えていると、先日、漏らしていました。
ないものねだりなのでしょうが、結局のところ、自分の生き方と「普通の生き方」を比較しないと決めた方が幸せのように思います。

(スタッフH)
(2017/11/14 UPDATE)

MESSAGE ★ 番組へのメッセージはこちらから ★ 皆さまからのご意見お待ちしております


ページの先頭へ