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番組スタッフ
放射能汚染に対する恐れから福島県産のコメを敬遠する動きから生じた、
局所的なコメ不足と価格の高騰。
これを背景に、西友が今月10日、販売を開始した中国産のコメの予想以上の売れ行き。

このように福島県産のコメに逆風が吹き荒れる中、報じられたあるニュースが、
ネット上で物議を醸しています。

そのニュースとは・・・
『売れ行きが落ち込む福島県産のコメを「高齢者は積極的に食べよう」と、
東京の市民グループが呼び掛けている』
というもの。

ウォール・ストリート・ジャーナル日本版によると、詳細は以下の通りです。
●●●
東京電力福島第1原発事故の風評被害で、売れ行きが落ち込む福島県産米を積極的に
食べようと、東京の市民グループが高齢者に呼び掛けている。
代表の平井秀和さん(68歳)は「高齢者は放射能の健康への影響が小さい。賛同して
いただけたらありがたい」
と話している。
扱うのは放射能測定証明書を添付した県産コシヒカリ。
平井さんは「皆が福島のコメを敬遠すれば、産地表示が義務付けられないところに流れる。
基準をクリアしているとはいえ、なるべく若者や子供の口に入らないようにするためには、
高齢者が食べることが理にかなっている」
と訴えている。
●●●

このニュースに対するネット上の反応は、
「勇気あるな。皆が言いたくても言えないことをよく言った」
「被災地の農作物食べたって、復興には全く繋がらんって。汚染を広めてどうするんだ」と賛否両論。

私自身は「否」のスタンスなのですが、その理由としては、前出の平井さんの発言にもある
「高齢者は放射能の健康への影響が小さい」という情報に引っ掛かっているからです。
ここから読み取れるのは、放射能の影響はあくまでも少ないだけで、ゼロではない。
つまり、少ないけれど、影響はあるということです。


影響が小さいという理由だけで、高齢者の方々が、安全が保障されていないコメを食べる
必要はあるのでしょうか。
自主的に食べるのであれば何の問題もありませんが、呼びかけに賛同することをよしとし、
呼びかけを拒否しづらい雰囲気を作るのはいかがなものなのでしょうか。
今回の呼びかけには、「現代の姥捨て山」のにおいを感じざるを得ません。

一方で、東京大学の児玉龍彦教授らによって、放射性セシウムが検出され廃棄見込みの
福島県産のコメを、 ガソリン代替燃料のバイオエタノールとして利用する計画が、
今年の1月から動き出しています。

この計画が実用化するにはまだ多くの時間がかかると思われますが、
「福島県」のためという名目で無理をして、福島県産のコメを食べるよりは、
児玉教授らのように、他の有効な利用法を模索する方が賢明なのかもしれません。


<火曜web担当:H>
(2012/3/20 UPDATE)
番組スタッフ
本日は被災地復興バブルの実態と弊害について考えてきましたが、日本の震災復興は海外でも関心が高い。2011年は世界的な経済危機の影響で円買い・ドル売り、ユーロ売りが進み、震災復興に追われる日本に追い討ちをかけました。

そんな中、現在仙台市で起きているミニバブルについて、CNNは「東日本大震災をキッカケに仙台では建築やそれに携わる作業員の消費など、直接復興に関わる消費以外に高級車やブランド品といった嗜好品の消費も盛んになってきている」と書いています。同社によれば東北のあるメルセデス・ベンツディーラーは8月9月で16台を売り、前年比で売り上げ50%増を記録したそうです。また仙台市内のカプセルホテル経営者は前年に比べて売上げが倍増し、連日押しかける宿泊客で満室だと話します。この消費動向の変化について同社のインタビューに答えた現地の人は「以前は欲しいものがあっても『とりあえず待とう』と考えていたが、こういった災害を経験してその考えが無意味だという事に気づいた」と語りました。

野村證券のチーフエコノミスト・木内登英さんはこの一年を振り返り、「日本の民間企業の力に改めて驚いたが、政府に課された課題はほぼ未解決のままだ」との見解。ただ日本経済の復興について話が進むと「今年後半には復興需要が一巡し、『震災後』ではなくなる」と指摘し、仙台市以外での消費は相変わらず消極的であると懸念を示しました。

仙台市内で経済復興が進む一方で、津波の被害を受けた沿岸部では未だに復興が進んでいない。人々は仕事のない沿岸部からバブルで賑わう仙台市に移り住み、仙台市の人口は年間約七千人増えている一方で沿岸部が衰退していく二極化が進んでいると仙台在住経営コンサルタントの田所照章さんは解説します。

ミニバブルで賑わう仙台市の影で、一年前とさほど変わらぬ姿で置き去りにされている沿岸部が活気を取り戻す日はいつくるのでしょうか?
(2012/3/19 UPDATE)
番組スタッフ
今、被災地ではボランティアが不足しています。
昨年の5月には、被災3県のボランティア合計数は1日で1万2000人に達しましたが、
3月1〜4日の1日平均ボランティア数は約600人だったそうです。

ボランティアが減少している原因として、産經新聞では以下のように解説しています。

人手が必要な作業がなくなったとの認識が広がっていることなどが背景にあるとみられる。
全社協の全国ボランティア・市民活動振興センターの園崎秀治参事は
「今後は、被災地側もボランティアに来てもらえるような発信の仕方が必要」と話す。
一方、今回の震災を機に企業による後方支援が進むなど、ボランティアに参加するハードルが
低くなった面もある。経団連の調査では、ボランティア休暇を設けていたり、新設したりした企業の
割合は54.6%で、平成7年の阪神大震災時の23.7%から2.3倍に増加したという。

(産經新聞)


自分たちにできることの域を越えた段階にあると考える人が多いようですが、
果たして本当にそれだけなのでしょうか…。
被災地で実際に支援活動を行ったものの、
幾ばくかの喪失感、落胆を覚えたという二人の人物にお話を伺いました。


仙台で避難民を対象に、法律相談をボランティアで行った弁護士A氏(30代男性)
「被災地には仕事がないため、雇用に関する相談が多い。被災地に仕事がないならばということで、
被災者のための雇用を東京に確保しようとしたが、被災者は地元で仕事を探そうとしている。
実際に『東京』に仕事を用意しました、と言っても、『東京』は嫌だという人が多い。

「仙台」とか地元なら、すぐ皆、首を縦にふるのでしょう。
今回、津波の被害が甚大だったということもあり、職を失った人は漁業関係者が多い。
漁業に携わっていた人は、もちろん、漁業がやりたい。漁業関係者が探しているのは、
仕事ではなく、船と漁具です。
若い人の職の問題も深刻。特に若い人は東京へ出てこない。
地元で何とかなる、地元を何とかしたいと思っている。
被災地を出るのは、家族を抱えた本当に生活が切迫した人だけ。
雇用があり、差し伸べる手があるのに、一歩踏み出さない。
地元を捨てきれないのが本心なのでしょう。
彼らに危機感がないとは思わないが、東北の土地柄なのか、もどかしさを感じた。
ただ歯がゆかった。あくまで個人的な感想ですが…



避難所となっている学校を訪れた東京で不動産会社を経営するB氏(40代男性)

「ボランティアのピークの5月に被災地を訪れました。目的はただ支援をするため。
実際に、避難所となっている小学校で炊き出しを行いました。
職に関する不安を抱えている人が多く、私が不動産会社を経営しているということもあり、
自分が持っている物件を無償で寮として用意する、仕事も用意すると被災者に提案してみた。
もちろん、東京でずっと仕事をして欲しいなんて、全く思っておらず、
ほんのしばらくの間の働き口になればいいとそう思っていたが、
提案に応じてくれる人はいなかった。
働くなら地元がいいということでしょう。
また、炊き出しが余ったとき、廃棄するのはもったいないので、余ったものを近所の人に配ろうとした。
すると避難所の人から『今度来た人が同じことをしなくちゃならない。今度来た人が同じことを
しなかったら、前来た人はしてくれたのにと不安に思うから、余り物を配るのは辞めて下さい』。
震災から2ヶ月経った時期だったが、避難所に食べ物はあまりなかった。
にもかかわらず泣く泣く、用意した炊き出しを廃棄しなければならなかった。
善意を押し付けるつもりは全くなかったが、ここまで落胆して帰ってくるとは思わなかった。
被災地の被害状況も目の当たりにして、二重で落胆した気分


話を聴いてくれるだけでも、一緒にいてくれるだけでもありがたい。
以前、番組ではそんな被災者の声を紹介しましたが、
誰かのために何かしたいと強く思う人たちの純粋な善意は、
そのまま被災者に届かず、それを阻む見えない壁があるようです。

弁護士A氏、不動産会社経営者B氏ともに、被災者の今後のことで心配なのは、
彼らの「雇用問題」だと語っていました。
しかし、彼らのほとんどが必要としているのはあくまでも「地元での雇用」。
復興が遅々として進まない今の状況では、支援したい側の「もどかしさ」が解消されるのは
もっと先のことなのかもしれません。


スタッフ:坂本
(2012/3/15 UPDATE)
番組スタッフ
東日本大震災と原発事故から一年を迎えた日曜日、テレビや新聞では特集が組まれ、東京では国会議事堂を取り囲む「人間の鎖アクション」をはじめ、追悼デモや集会が催されました。
日曜日、みなさんはどんなことを感じながら過ごされましたか?

この節目にあわせて、3.11をテーマにした映画も数多く公開されています。
先週の『プリピャチ』に続き、今週は岩井俊二監督の『friends after 3.11』を観てきました。

friends after 3.11
http://iwaiff.com/fa311/


岩井監督と松田美由紀さんがナビゲーターとなって、さまざまなフィールドで活躍されている「友人たち」と語るというスタイルのドキュメンタリー。
水曜タイムラインの上杉隆さんも出演されています(インタビューの場所はTOKYOFMの「タイムライン」スタジオの隣でした)。

映画がはじまってすぐ、元原子力プラント設計技術者の後藤政志さんが話すシーンがあり、私は去年の4月ごろの自分を思い返していました。
去年の4月というのは、私が「タイムライン」に携わるようになった時期です。福島第一原発の状況が分からず、番組では毎日、18時台の終わりに、後藤さんや田中三彦さん、小出裕章さんといった原子炉の専門家と電話をつないで、政府が発表するわずかな資料を手がかりに話を聞いていた頃。その頃のことを思い出したのです。

あれから一年。「被災地の復興も原発の対応も一年でここまでできました」と胸を張れる状況とは、残念ながら言えないように思います。

映画は、インタビューと被災地のロケを織り交ぜながら進みます。仙台市出身の岩井監督と藤波心さんが被災地を訪れるシーンには、津波で裸になった大地にやわらかな色合いの緑が芽吹く風景と、どこかから流されてきた巨大なオブジェが地面に半分埋まったままの風景が同居しており、自然の再生力と復興への長い道のりの対比に、一瞬、時間の感覚を失ったような気分になります。

映画監督の鎌仲ひとみさんや城南信用金庫理事長の吉原毅さんのお話にも深く共感しつつ、「タイムライン」に出演してくださった飯田哲也さんや武田邦彦さんのインタビューシーンを見ていたら、自然と、この一年の番組のことを時系列で思い返していました。一緒に観に行った友人も一年を振り返りながら観ていたといいます。
終わったあと、映画の感想を言い合っていたら、普段は無意識に避けていた原発や自然エネルギーに対する考えについても、自然に話が及んでいました。
観る人それぞれが、
「あのとき何をして、どんなことを考えて、この一年を過ごしてきたのか?」
「これからどうするのか?」
と自分に問い、人と話したくなる作品なのだと思います。


上映場所の「オーディトリウム渋谷」では、このほか、森達也監督の『311』や石井岳龍監督の『3.11日常』なども上映中です。
映画の力を借りて、家族や友人と少しだけ本音を語ってみませんか?

オーディトリウム渋谷
http://a-shibuya.jp/
(2012/3/14 UPDATE)
番組スタッフ
東京電力福島第一原発事故で計画的避難区域に指定され、
約6000人が全村避難している「福島県飯舘村」

除染を進めて希望者全員の“帰村”を目指し、
3200億円をかけ、住宅を2年、農地を5年、森林は20年で除染する考えを示しています。
しかし、その一方で、一部の住民は除染の効果を疑問視し、
新たな村への“集団移住”を望む声があがるなど、
村は「除染」をめぐり二分化される事態となっているようです。

除染の効果を疑問視する住民の一人で、飯館村の酪農家・長谷川健一さん
著書『原発に「ふるさと」を奪われて 〜福島県飯舘村・酪農家の叫び』(宝島社)の中で、
除染という作業自体の不毛さを以下のように訴えています。

===
「除染」は、私たちも望んでいることです。
「除染」した結果、村がきれいになって「安全宣言」が出されれば、私だって故郷に戻りたい。
でも、そんなことが本当に可能なのか、
国や県の説明をいくら聞いていてもまるで分からないわけです。
説明では、家の周りは2年のうちに「除染」して、田んぼや畑は5年のうちに
「除染」するとされています。山林は20年のうちに「除染」するのだそうです。
事実上、山林は「除染」しないのも同然です。
となると、いくら家の周りや田畑を「除染」したところで、雨が降るたびに「除染」していない
山から放射能が流れ出してきて、いつまで経っても放射能汚染はなくならない。

そうなるような気がしてなりません。
===

さらに、東京新聞(2012年3月4日)の取材に対しては・・・
これだけ汚染された土地で農業を再開するのは難しい。
除染がうまくいかず、何年か後に『やっぱりだめでした』ではどうにもならない。
村全体で移住する『新・飯館村』のような選択肢を考えておく必要がある
と飯館村で農業を続けることの難しさ、移住の必要性について言及しています。

巨額の費用をかけ、科学的根拠のない除染を実行しようとしている村側。
除染をすれば、避難を余儀なくされている住民は帰れるようになるのでしょうか。
また、除染をしたところで、村側は何を根拠に「安全宣言」を出すのでしょうか。


昨年6月から福島で健康相談会を実施している小児科医の山田真さんは、
「SIGHT VOL.50」(ロッキング・オン)の中で、こんな言葉を残しています。

「国も、福島を見捨てているのに、見捨てないという言い方をする。
除染してもまた住める土地になるとは本気で思っていないのに、 
また住める、いずれ帰れるというようなことを言う。
福島は宙ぶらりんのまま生かされている


飯館村の住民の方々にとって「最良の選択」とは、
かすかな望みをかけ除染を実行し、“根拠のない安全な場所”に住み続けることなのでしょうか。
それとも、除染をあきらめ、“今よりは安全な場所”に移住することなのでしょうか。

住民の方々の自主的な判断を尊重するのはもちろんですが、
身の安全を思えば、選択すべきはおそらく後者なのでしょう。


<火曜web担当:H>
(2012/3/13 UPDATE)
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