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文字答問 (平凡社ライブラリー)
白川 静 (著)
税込価格:972円
出版社:平凡社
ISBN:978-4-582-76812-1


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漢字の碩学である白川静先生を多少でも知っているという人であれば、先生が半端じゃない人物だったという意見に異論はないのではなかろうか。発掘された古代の甲骨文や金文を研究する過程で一文字ずつトレースしたという事実だけで既に凡人ではない。そして、まるで漢字が象形文字として誕生したころの人々の気持ちを読み取るように文字が出来た経緯を紐解き、それまで漢字の聖典であった中国の「説文解字」や「康煕字典」の解釈さえ覆す学説を導き出した。当初かなりの批判を浴び、今も白川先生の「古代中国の呪術性社会を基準にした解釈」を批判する声は確かにある。客観的な研究と評価はもちろん重要だが、「字統」「字訓」「字通」という3冊の漢字字典をほとんど一人で書きあげ、世に漢字の世界への目を向けさせた功績は大きい。

本書はその白川先生のエッセイや講演・対談などを集めた「桂東雑記」の I 〜 IV に収められた読者からの20の質問に答えたものを1冊にまとめたものだ。私が本書で先生らしさが一番出ていると感じたのは(奇しくも巻末の解説者も取り上げていた部分と重なったが)、「犬の耳」と「東洋はどこか」の項である。

「犬」は甲骨文では犬が横に寝ている形で「、」は犬の耳の部分にあたるという。犬は人間が最も早く家畜化した動物で、猟犬であり愛犬でもあった。古代の中国の墳墓からは装飾品と共に埋葬された犬が多く発見されている。それは犬が持つ嗅覚や行動力・察知力などから、最も霊性がある動物とされ死者を守り清めたり、儀礼での神への捧げものとしての側面があったという。死者を葬る時に人と犬を並べて埋葬したから「伏」の文字が生まれた。天を祀る時は神に供えられ、その際は米と犬を捧げた。これを「類」といった(「頁」は頭に細い布を巻いて神事を行う姿)。つまり「類」の文字は「大」ではなく「犬」が本字である。実際、日本でも戦前は犬を書いていたのだ。同じく「臭」も犬の嗅覚を表したもので、これも大ではなく犬と書いていた(自は大きな鼻の形)。現に嗅覚の「嗅」は今も犬が入っているのだ。他にも「器」「突」など白川先生は戦後のドサクサまぎれに字の意味も知らず、基準もなく変えてしまったこと(=犬の耳を取ってしまった)を批判している。しかもこの説明は様々な資料や「説文解字」等に書かれた文献にあたり、当時の風習に照らした上での深い見方だけに説得力がある。

「東洋はどこか」の項では「今でも中国では東洋とは日本のこと」であり、日本人がいう東洋とは概念が全く違うことが書かれている。つまり日本人にとっては「欧州の西洋」に対する「東洋」という考え方であるが、中華思想である中国は「世界の中心である自国から見た東洋」というように全く意味が違うことを資料を使いながら説明している。同じ漢字文化圏でも昨今の国の基本姿勢の一面を、こんなところからも伺い知ることができるのである。
白川先生は単なる漢字の権威ではない。漢字の研究を通じて、中国と日本の違いや日本自体を知ることに繋がると理解されていたように思えるのである。

白川先生は2006年、本の校正を終えて入院し亡くなった。私は生前、TVのインタビューで語っていた先生の言葉が印象に残っている。先生の師にあたる人であったかと思うが「人間は中庸(全てにバランスが良く判断・行動できる)が最高の人格だ。しかし、これはとても難しい。それが出来なければ何かを徹底的に極める“狂狷の徒”になると言われていました。私もそうですね」。
ここにも考えて極めた人だけが辿り着いた境地からだけ見える世界と言葉があった。


(評者:TOKYO FM 報道・情報センター 総合デスク 横山 茂)


(2014/7/12 UPDATE)

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