新潟県・糸魚川市の『別格』−糸魚川が相撲の街になったわけ−


今週は、新潟県上越の糸魚川市をたずねます。日本海に面し、日本東西の分岐点に位置するこの街は、北陸新幹線の開通でますます盛り上がっています。そんな糸魚川市。実は、相撲の街なんです。そのシンボルとも言える、海洋高校相撲部をたずね、総監督の田海哲也さんにお話をうかがいます。

−海洋高校相撲部、強さの秘密は中高一貫教育−

住吉さん「田海先生は、何年くらい、この相撲部の監督をされてるんでしょうか?」

田海さん「11年目に入ります」

住吉さん「その間に、ものすごく海洋高校相撲部が強くなったということですけれども」

田海さん「こういう田舎の小さな中学、高校の生徒に頂点の景色を見せてあげたい、と思いまして。中学も高校も全国大会優勝が6回、準優勝が15回、3位も15回。高校はインターハイ3年連続3位。強豪校と肩を並べるところまでいくようになりました」

住吉さん「なんでそこまで強くなったんですか?」

田海さん「中高一貫教育で、中学生が高校生と毎日稽古すれば、当然、力がついてきます。普通、中学生は中学3年の夏で、高校生は高3の夏で引退なんですが、ここは6年間で指導していますから、通常より1年間、多く稽古が出来るんです。また、6年かけられるということで段階指導が出来ます」

住吉さん「とはいえ、海洋高校は中高一貫ではなくて、高校だけ。能生中学とタイアップして一緒にやってるんですよね」

田海さん「相撲クラブの活動は中高一貫です。中学生も高校生も私の家で、共同生活をしています」

住吉さん「田海先生のご自宅が、旅館を経営されているんですよね」

田海さん「東京、千葉、石川、福島、色々なところから来ています。14名とコーチ2名で暮しています」

住吉さん「もう相撲部屋みたいですね(笑)。お世話は奥様が?」

田海さん「そうですね。ひとりでは無理なので、妻と旅館のパートに来ているおばちゃん軍団が世話をしています」

住吉さん「地元をあげて、応援しているという形なんですね!」

住吉さん「中高一貫校というのではなく、地元の能生中学と海洋高校が一緒になって稽古に励むというのは、全国的にもとても珍しいことだそうです。そして、地元総出で子供たちを見守る、そんな環境が相撲部を強くしていったんでしょうね。他にも地元とのつながりを感じることはありますか?」

−地域とのつながりが子供を育てる−

田海さん「学校は丘の上にあるんですが、漁師町でとにかく口が悪いんです、この辺は。バカヤロー!とかオイ!コラ!とか。これが相撲部を育てています。『おまえ、昨日テスト、どうだったんだ!』とか、『オイ、どっからきたんだ!』とか、登下校のときに声をかけられるんです。それがこの辺では『おはよう』や『こんにちは』なんです。そういうつながりは、差し入れより効果があります」

住吉さん「こちらにうかがったときに、部活をやっている生徒さんが、向こうから『こんにちは!』って声をかけてくれました」

田海さん「挨拶しないと漁師のおじさん連中に怒られますから。『挨拶出来ねえから負けるんだ!』ってねえ、あったかいんです。みんな。中学生とかは、そういうのに、敏感ですからねえ」

−田海さん流、やる気を出させる指導法−

住吉さん「初めて私、相撲部の練習を見せていただいたんですが、迫力がありますねえ!」

田海さん「常に稽古の稽古をするなと、一番にかける心構えを説いています」

住吉さん「あと、印象的だったのは、田海先生が、常に声掛けをしていて、それがスキルのことというよりも、メンタルのことだったんですが」

田海さん「一番が、どの子がやる気を出すかなんだと思います。どんなにいい技術指導をしても、やる気がない子は伸びません」

住吉さん「精神性を説くだけでやる気は出たりするんでしょうか?」

田海さん「出ますね。どう人にやらされないで、自分でやるかということが一番大事です。理屈がわかって納得すれば、ほとんどの子がやりますね。昔はやんちゃが多かったんですけど、今の子は、怒られないようにしようと思ってしまうんです。だから、時々、放って置くこともありますね。自分の中から生まれてくるものは、忘れないで継続することが出来るんです。私自身が落ちこぼれで、曲がったのを相撲で直してもらったので、その辺を大事にしています」

住吉さん「田海さんの笑顔には、人間味があふれていて、人を包み込むような優しさを感じます。そんな田海先生、総監督を務めて10年になりますが、実は、他に本業がありました」

−田海さんの本業と相撲部監督−

田海さん「ここの名産のカニの小売と卸が本業なんです。最初は妻や周りに、相撲部の監督は3年と約束していたんです」

住吉さん「ずいぶん超えましたね(笑)」

田海さん「相撲部の監督を頼まれたとき、私は相撲に真っ直ぐにしてもらったので、引き受けました。しかし、こんなことを妻や周りに言うと、猛反対されるのは目に見えてました。だから、妻に言いました。『引き受けるわけないだろ、仕事も家庭もあるんだから』。年明けにまた役員がきたとき、妻の方から言ってくれたんです。『あなたが手伝えるくらいは、やらなきゃいけないんじゃない。私たちも協力するから』。もし自分から協力してくれって言ったら、長続きしてなかったかもしれないですね。言えないですけど、パートさん、社員、家族には、本当に感謝しています。今では妻も家族も、全試合、応援にきます。うちの夫婦、子供がいないんですが、妻が『神様がこういう活動をやれってことなのかな。ちょっと頑張ってみる』って言い出したんです。それから、喧嘩もなく、スムーズなんです。それは、血はつながってなくても、同じ屋根の下に住んでるから、私たち夫婦は勘違いさせてもらいながらやってるんです。もう家族です」

−田海さんの夢と想い−

住吉さん「今後に向けて、夢や目標は?」

田海さん「はい、このままでいいです。今の活動を継続出来れば、それが夢です」

住吉さん「相撲部の子供たちに託している夢はありますか?」

田海さん「期待はしていません。自分が幸せなのかということの方が、大事にしています。当然、日本一やプロの力士を目指すという思いはありますが、本音は『怪我しないでくれよ』、『風邪ひいてないかな』とか、若い子供たちと一緒に居られる、それで十分です。70、80歳になっても、おい!とか指導していたら最高ですね!」
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