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東京花暦

温故知新をテーマに、東京の過去と今を結んでいくコーナー。

※こちらに掲載されている記事の内容については諸説あります。

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「日本の時計王」服部金太郎


2019.6.19 (wed)

服部金太郎、別名「日本の時計王」。もともとは明治14年、彼が21歳の時に開業した「服部時計店」という京橋のお店がきっかけでした。お店はあっという間に大きくなっていきますが、その理由は彼の「真っ正直な性格」。海外のお客様の信頼を得られたからだったそうです。

少年時代のこんなエピソードがあります。金太郎少年が丁稚奉公にあがっていたお店が、破産しそうになった時のことです。自らが貯めていたお金を主人の前に差し出し、こう言いました。
「これはお店からいただいた給金の残りですので、自分で勝手に使ってはいけないと思い、貯めていたものです。お店のお役に立てていただけるな ら、これ以上の喜びはありません。」

こうした彼の性格のおかげで、服部時計店を開業後も多くのお客様の信頼を得るようになります。関東大震災で工場の大半が焼かれてしまった時も、めげずにすぐに復興。大正2年には、日本ではまだ難しいと言われていた「腕時計」を発売するに至ったのでした。

彼が日頃口にしていた、座右の銘とも言える言葉があります。それは、こんな言葉。「急ぐな、休むな、一歩前進」少しずつ、そして正確に前に進んでいく。まさに時計の針のような生き方をした服部金太郎。日本の高い時計技術は、こうして出来上がっていったのですね。

粋でイナセ


2019.6.12 (wed)

「イナセ」の由来。それは江戸の魚河岸にいた威勢がよい若者がしていた「鯔背銀杏」という髪型です。まっすぐではなくちょっと曲がった髷が逆にクールだったようで、「威勢がよく若々しいさま」を表現するようになったそう。「粋」が少し優男のイメージなら、「イナセ」は力強い男性寄りなんですね。

明治の哲学者、九鬼周造が「いきの構造」という本で「粋」には3つの要素があると言っています。その3つとは、「媚態」、「意気地」、「諦念」。

「媚態」は簡単に言えば「色気」のこと。それも積極的な色気ではなく、「抑制された色気」を指すそうです。どこか冷めた姿勢が色っぽい、それが媚態。

次に「意気地」。これは「武士はくわねど高楊枝」のような感覚。火消しの人たちがどんなに寒い日でも裸足で走り回るのが「粋」とされていたように、我慢することがクール、というのが「意気地」です。

3つ目が「諦念」。「諦め」の気持ちです。何かに執着せず、さっぱりとした無欲の境地に徹すること。お金に対しても、恋に対しても、追いかけすぎないこと。それが「諦念」。

冷めた色気があり、ツラくても意地を持って我慢し、何かに執着しない。それが日本の「粋」の定義。なかなか、いやかなり難しいかもしれませんね。

江戸川の親水公園


2019.6.5 (wed)

江戸川区には、5つの親水公園があります。小松川境川親水公園。一之江境川親水公園。新長島川親水公園。新左近川親水公園。そして日本で初めて作られたのが古川親水公園です。

かつて江戸川区には420キロの水路や川があり、農業用水などで使われていました。ですが急速な都市化とともに役割を終え、ドブ川となってしまいます。古川も、長い間田園地帯の水路として活用していましたが都市化により工場や家庭から汚れた水が流れ込み、いつしか悪臭を放つ川に。そこで、川を埋め立てようという話になりました。

ですがここで生まれ育った人にとっては慣れ親しんだ大事な川。なんとか残せないか?という強い要望により、ドブ川と化した川を改めて整備し、公園にしようということに。都会の中では回復不可能と思われていた「清流」が復活し「親水」という新しい考え方で古川を蘇らせたのです。このことは「国連人間環境会議」で紹介されるなど、世界各国でも話題となりました。

昭和48年、古川親水公園は日本で初めての親水公園として誕生。全長は約1200メートル、面積は9434平方メートルという細長い公園です。春には岸辺に植えられた桜が咲き誇り、夏には子供たちが水遊び。 地元の人にとって、なくてはならない大切な場所となっています。

日本初のカメラマン


2019.5.29 (wed)

日本で初めて職業上のカメラマンになった人物。 それは鵜飼玉川です。日本で初めてフォトスタジオを持った写真家O・E・フリーマンから技術を習い、プロカメラマンとなりました。

当時の技法は「ダゲレオタイプ」と言って、紙ではなく、銀板に画像を写すもの。この時代、まだ引き延ばし機などはないので大きな写真を作りたければ、大きなカメラと大きなガラス板が必要です。他にも風景を撮影するときは写真の大きさに合う機材や携帯暗室を持っていくので、それは大変な作業でした。

玉川がフリーマンと出会って写真を学び、写真館を開いたのは54歳のこと。その後8年間日本初のプロカメラマンとして写真を撮りますが、62歳の時に引退しています。直接の原因は語られていませんが、やはり当時の現像作業は体力仕事だったこと、焼付けの不備から保存していた画像が消えてしまったことなどが理由だったよう。

玉川は晩年に東京・谷中にある自宅の墓の敷地内に、「写真塚」を作り、自分が撮影した写真数百枚を埋めてしまいます。そのため残っている写真が少なく、他の写真家と比べると名前が知られることがありませんでした。ですが50歳を過ぎてから写真と出会い、学び、日本初のプロカメラマンとなったのは紛れもない事実。その後の日本の写真界に大きな影響を与えたことは間違いありません。

Schedule

6.17謎のロン毛時代

6.18確認! 月額プレミアム会員事情

6.19胃が痛い話

6.20東京Apple Watcher

Tracklist

2019.6.19

Apple MusicSpotify

15:05Dynamite / The Asteroids Galaxy TourAS

15:05In a Little Hula Heaven / Teresa BrightAS

15:10The Ok Thing to Do On Sunday Afternoon Is to Toddle In the Zoo / My Little AirportAS

15:14Same / Marc TatchaponAS

15:19Think About' Chu / SAM KIM & LocoAS

15:23So Nice / Bebel GilbertoAS

15:28花咲く旅路 / KeycoAS

15:36Time With You / Marc RobillardAS

16:05Feel The Beat / Beach AvenueAS

16:12Try / Backstreet BoysAS

16:21人間狂詩曲 / ゆずAS

16:29The Phoenix / Fall Out BoyAS

16:37道 / 宇多田ヒカルAS

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