兵庫県の豊岡市って行ったことあります?東京から飛行機で大阪空港で乗り継ぎで、コウノトリ但馬空港まで。電車なら新幹線で京都駅で乗り換えて豊岡駅まで。
豊岡といえばコウノトリが有名な町。一度は日本の空から姿を消したコウノトリ。国内最後の生息地だった豊岡では、半世紀以上にわたりコウノトリの「いのち」を育む取組みが行われ、今では100羽以上の野生のコウノトリが暮らしています。
そのコウノトリを育む町、豊岡をフィーチャーしたスペシャル企画「ボイスオブ豊岡」では、豊岡で出会った人たちの声を元に豊岡の魅力をたっぷりと紐解いていきます。

豊岡市について

兵庫県北東部に位置し、北は日本海、東は京都府に接し、中央部には母なる川・円山川が悠々と流れ、多彩な四季を織りなす自然環境に恵まれています。
日本で唯一、国の特別天然記念物・コウノトリの野生復帰を実現。外国人も多く訪れる城崎温泉をはじめ、西日本屈指の神鍋高原スキー場、但馬の小京都・出石城下町などを有し、地場産業では全国の4大産地の一つである「かばん」や出石焼などの生産が行われています。

 

TOKYO FM サンデースペシャル シンクロのシティ meets ミュージシャン・イン・レジデンス 豊岡の様子はこちら

 

ジャイアント麗子&サニー(ボイス収集隊)

豊岡にはキャッチフレーズがあります。
「飛んでるローカル豊岡~Think Local, That's Global~」
ホームページには、どーんとこのキャッチフレーズが掲載されているんですが、これにはどんな意味があるかというと・・・「飛んでる」という言葉には、コウノトリが”悠然と羽ばたいている”様子 と、尖っていて他とは違う”ぶっとんでいる” という意味があります。
コウノトリ野生復帰に取り組み、絶滅寸前から大切に育んで、新しい農法を広げた人たちがいたり。
近畿最古の芝居小屋を復原して歌舞伎をまちの顔したり、日本一の鞄産業を世界一にすべく、学校までつくってしまったり。
豊岡の昔からの資産を生かして、新たな価値を生み出していっている。
で、「飛んでるローカル豊岡~Think Local, That's Global~」。というキャッチフレーズが付きました。

飛んでるローカル豊岡

兵庫県立コウノトリの郷公園

兵庫県立コウノトリの郷公園

 

コウノトリ。低空飛行で飛ぶんですが、2メートル位の羽を広げた時に恐竜を感じるくらい大きい!
「カカカカカッ」とくちばしで音をたてる、クラッタリングというのをやるんですが、今までに聞いたことがないの不思議な音でした。

豊岡市で出会った取り組みのひとつが、ミュージシャンに一定期間豊岡市に滞在してもらい、自由な創作活動を支援するプロジェクト、「MUSICIAN IN RESIDENCE」。

そのプロジェクトに参加したのがbonobosのフロントマンでボーカルの蔡忠浩さん。番組にも以前ゲストで登場してもらったことがあるんですが、豊岡でbonobosの蔡忠浩さんにも会ってきました。

どうやら「MUSICIAN IN RESIDENCE」に滞在して豊岡でインスピレーションを感じたことを1つの曲にするということで、bonobosの蔡忠浩さんと、100羽を超える野生のコウノトリが生息しているコウノトリの郷公園で待ち合わせして、コウノトリが飛ぶ姿を眺めながらお話ししてきました。

(今回「MUSICIAN IN RESIDENCE」ということで、豊岡で暮らして曲を作るということですが。)
そうですね。企画自体も出来たてというかいろいろ試行錯誤しながらアイデアを出したりとかしながら今やっているところですね。
僕、美大に通っていて同級生も美大出身で、今絵描きの友達も結構いるんですけど、美術の世界も「ARTIST IN RESIDENCE」が盛んに行われていて、僕の友達も福島のARTIST IN RESIDENCEに行って滞在制作もしているんです、結構。それで事前に連絡を取ってARTIST IN RESIDENCEってどんな感じだろう?とか色々リサーチもして、それなりに心の準備を持って来てという感じです、今。
今回はここにいてずっと制作ではなく、モチーフになるものは合間合間に宿に戻って作ったり記録したりはしてるんですけど、最終的に仕上げたり本格的な作曲の作業は東京に戻ってからやる感じですね。豊岡をテーマに何か曲を作るということではなく。

(豊岡で得たインスピレ−ションを曲に落とし込んでいく?)
それも自由だと言って頂いているので入ればラッキーというのもあるし、基本的には音楽制作するバックアップを豊岡市がしてくれるという感じの企画ですね。

(今回、豊岡のイメージから何か制作しましたか?)
前回来た時のイメージもまだ残っているし、その時は何となく構想を練って、で今回来ておとといの夜くらいに少し作業をして、一応2曲分のあたりみたいなのをちょっとつけて。まだ曲だけですけどね。
詩はいろんなものを書き留めたりとか、感じたこととか思ったことを書き留めたりしてますけど、それは豊岡にいるからっていう豊岡にかなり引っ張られているので、そこからどう作品に昇華するかは東京に戻ってから少し冷静になってやるのもいいかなと思って。だからメモみたいなものはたくさん残すようにしています。

(じゃないと他の町で聞いた人が入り込む隙のない歌になってしまう?)
そうなんですよね。ご当地ソングを僕は作りに来たわけではないし、そんなのを作れるほどの作家ではないですから、そうじゃなくてレジデンスという場所を提供してくれる豊岡と一緒に上手く盛り上げたり楽しんでいくっていう、文化的な遊びというか、そういう感じですね。

(蔡さんの美大に行っていたというルーツがあるから軽く腑に落ちるところがあるんでしょうね。)
レジデンスってなんだろうって改めて調べたりとかして、音楽って大衆文化としてかなり生活に寄っているじゃないですか。みんな歌好きだし演歌という歴史というか土壌もあるし、基本的に演歌ってご当地もの多いじゃないですか。音楽ってやっぱり引っ張られやすいしバンドのあくまでbonobosの作品としてみんなに聞いてもらうための音楽を豊岡で作るっていう。

(どんなものができるか楽しみですね。)
僕もちょっとドキドキしてるんです(笑)そこまで時間もないので。

(すでに歌への興味が始まっている?)
まぁ、城崎旅情みたいな感じですね(笑)

 

その後完成した曲が「アルペジオ / bonobos
番組内で初オンエアしました!

 

[ bonobos ] ボノボ

兵庫県立コウノトリの郷公園

兵庫県豊岡市祥雲寺字二ケ谷128
電話: 0796-23-5666

兵庫県立コウノトリの郷公園

玄武洞

玄武洞

 

豊岡市は日本海に面しているんですが、海岸沿いだけでなく豊岡市全域がジオパークなんですよね。雄大な大自然がそのまま残されています。
中でも圧倒的な迫力だったのは、国の天然記念物に指定されている「玄武洞」。
160万年前の噴火による不思議な割れ目模様の「柱状節理」が、高さ50メートルくらいにわたってそびえ立っていました。

玄武洞公園

兵庫県豊岡市赤石
電話: 0796-22-8111

豊岡鞄

豊岡鞄

 



豊岡は鞄作りが有名な町。千年の伝統をもつ鞄の産地です。
奈良時代から始まる柳細工を起源として、江戸時代に隆盛をむかえ、大正以降はその伝統技術と流通経路を基盤に、新素材への挑戦とミシン縫製技術の導入により、鞄の生産地となりました。
豊岡で作られた鞄の中でも、兵庫県鞄工業組合が定めた基準を満たす企業によって生産され、審査に合格した製品のみが「豊岡鞄」と認定されます。
豊岡市にはのエキスパートを養成する専門校もあって、全国から職人を目指して生徒が集まっています。
そこで、豊岡カバンアルチザンスクールの皆さんに豊岡鞄について聞いてきました。

タケシタヨシヒサさん 78歳 アルチザンスクール:講師

(カバンの素材はどんなものが~?)
頒布であったりナイロンだったり~牛皮、あるいは豚革です。

(こういう所良いな~ってどんなトコですか?)
やっぱりね、それぞれが企業秘密という様な感じの中で、技術を漏らさない!教えない!ってあるんですけど、豊岡の場合はお互いに「こうしたらどう?」とか技術を教え合っているし、オープンにどんどん言っている所です。そういった面で、「皆が良くなれば」と努力をしています!そこが他にマネ出来ない良い所だと思います。

(豊岡市のカバンの特徴とかってあるんですか?)
やっぱりメンズが非常に多くて、昔の柳行李(やなぎごうり)から発展してきて、ナイロンであるとかビニールとか多かったんですけど、最近になって革モノも増えてきまして、そういった物が全国に豊岡カバンブランドとして展開しています。やっぱり一生使えるバッグで丁寧に作ってます!見えない所でも強度面とか工夫を凝らして壊れ難いのを作っています。

(先生は今の生徒さん達の作品を見てどうですか?)
ん~まだね、一年も経っていない7~8ヶ月なので、まだまだなんですけど…(笑)一生懸命やっているのが伝わってきますね!それぞれ個性を伸ばしてあげたいな~って見てます。

(手先が器用な方が多そうですね!)
そうですね、もの作りが好きな人が非常に多いです!あと、まったくのド素人もいます(笑)

(これからの豊岡市のカバン業界どんな風になっていくと思いますか?)
まぁ、ここの卒業生が各企業にどんどん就職しまして、豊岡のレベルが上がって行き生産量が増えてくれると幸せかな~と思います!私も豊岡カバンの認定員もやっているんですけど、商品はどんどん良くなり非常に注目されています!未来があるな~って思います。

(これから先。ぜひこんな方に愛用してもらいたい!とかありますか~?)
ん~やっぱり今まで若い人に使ってもらえるばバッグが少なかったので、とくに女性!日本製、豊岡製を長く愛用してもらえたらと思います。輸入品に頼らず、日本の国産をぜひとも~!
(わかりました、今日はお邪魔しました。ありがとうございました!)

ヤスダマサトシさん 28歳 豊岡カバンスクールの生徒

(今、何をされてるんですか?)
ギャザーバックの製作をしています。

(カバン作りのきっかけは?)
私の場合は、豊岡への移住が先にあって。素敵な魅力的な街だなというのがありまして。

(その後に、カバン作りを始めようかなと)
移住する中で、より深く入りたかったので、地場産業に関わりたいなという思いで。職人は憧れだったので、学んでみたいなという思いで来ました。

(ご家族で豊岡に?)
そうです。妻、子2人、連れて来たという感じですね(笑)

(実際、カバン作りに携わって、どういう所が楽しい?)
自分で設計デザインして、形に出来た時というのは、楽しいですね。

(難しさもあります?)
難しさもあって、毎回毎回新しいチャレンジになるので。革のシワの寄り方、ギャザーがイメージ通りできるかというのが、今回の一番難しいポイントですね。

(ここを卒業した後は?)
豊岡市内の企業に就職する予定です。もちろんカバン業界です。

(ご家族は、移住されてどのように言ってますか?)
来て良かったって言ってくれてますね。豊岡に来て、自然が多い中で子どもも活き活きと走り回ってますので、子どもの顔を見れば、「来て良かった」ってなりますね。

(このカバンはあとどのくらいで完成ですか?)
あ!ちょうど今、完成しました!(笑)

(わぁ~真っ赤な素敵なバックですね~これは、どなたに?)
年齢が上なイメージなので、母親にでも。

コジマさん 25歳 豊岡カバンスクールの生徒

(今は、どんなカバンを作っている所ですか?)
今は、ギャザーが入ったダレスバックを作っている所です。

(サーモンピンクの綺麗な革ですね)
ありがとうございます~。今は、柔らかいいソフトレザーを使って作ってます。今回の課題が、女性らしいカバンを作るという所だったので、女性らしさを表現できるような感じにしたいなと思って。

(入学して何個目のバック?)
入学して10個くらいは作ってます。大体、一個の作品を仕上げるのに、一週間ちょっと。それぐらいの期間で仕上げなきゃいけないので、いつも苦労してます(笑)

(カバン作りの中で大変な所は?)
このスクールでは、スケッチから図面、型紙をイチから自分で作るので、私は、イメージ通りの図面や型紙を作るのが、時間が掛かって大変ですね。

(カバン作りの楽しさは?)
自分が作りたい物が、今みたいに少しずつ形になって、実際出来上がった時。作って行く過程も楽しいです。

(どうして豊岡でカバン作りを始めたんですか?)
地元が岐阜県出身なんですけど、隣の愛知県のカバンのスクールに通った経験があって、もっと本格的に学びたいと思って、このスクールを見つけたのがきっかけです。

(本格的という所で豊岡のカバンを?)
ここだと、カバンの街というのがあって、職人さんもたくさんいらっしゃいますし、スクールを出てからも、カバンの会社がたくさんあるので、その後も、ずっとカバン作りを学べる環境がここだったらあるんじゃないかと思って、ここに来ました。

(今は、豊岡に住んでらっしゃる?)
岐阜から来て、今、シェアハウスに住んでます。

(将来的には?)
豊岡でカバン作りを続けていけたらと思ってます。

タナハシコウサクさん 34歳 豊岡カバンスクールの生徒

(今は何をしてる所ですか?)
学校の課題であるギャザーのダレスバックを作ってます。リュックサックの形のものを作ってまして、そのショルダーの部分を作ってます。

(どうして豊岡の学校を選んだんですか?)
豊岡市というのがカバンの街ということで、環境的にも材料の調達もしやすいですし、カバンを作るための環境というのが、揃っていたので、この場所を選びました。

(どちらからいらしたんですか?)
徳島県出身です。僕は、実家がイチゴ農家をしてまして、その仕事をここに来る前までしてたんですが、その貯金を使って(笑)今は、アパートで一人暮らしで学校に通いながら。

(これからどうなっていきたい?)
自分一人で最初から最後までひとつのカバンを作れる職人になっていきたいですね。

(カバン作りの魅力は?)
もともと物作りが好きだったので、自分で設計して、組み立てて行って、自分が思い描いた形を作っていける。そのプロセスだと思う。そういう所に、私自身魅力を感じたのでこの場所にいるんだと思います(笑)

豊岡カバンアルチザンスクール

兵庫県豊岡市中央町18-10
電話: 0796-22-1709

豊岡カバンアルチザンスクール

城崎温泉

城崎温泉

 

豊岡市のとなりには歴史のある温泉街、城崎温泉があるんですが、城崎温泉は趣のある温泉街でした。

城崎温泉に旅行に来ていた奥様3人組に足湯に入っている所を話し掛けました。

エミさん、ノンさん、ハミさん 50代 主婦

♪ちゃぽちゃぽちゃぽ
(こんにちは~)
こんにちは~!

(今日は、皆さんで城崎温泉に?)
そうです~!友達と三人でね。

(足湯が気持ち良さそうですね~)
♪ちゃぽちゃぽちゃぽ
温かいです~(笑)ふふふふふ(笑)とっても。お湯もキュッキュって感じのお湯です。 いい感じです~(笑)

(どうして城崎温泉に?)
岡山から来たんですけど、一泊でちょっと行きたいねってなった時に、近辺でとなると「城崎だね」ってことになって(笑)

(城崎温泉の魅力は?)
お土産屋さんが並んでたり、昔ながらの風情があって。昔ながらの温泉街の。卓球もあったよね?温泉卓球場とか。懐かしくってね。よかったですよ。

(どういう温泉に行きました?)
二カ所行きました。一の湯さんと、鴻の湯(こうのゆ)。一の湯は洞窟風呂になってて、広くて良かったですよ~。

(城崎温泉でどういう過ごし方を?)
基本的には、のんびりと。行き当たりばったり(笑)昨日からしてます(笑)お買い物も多いね~。お土産~(笑)ははははは(笑)私は、カバンを買いました。やっぱり、カバンの街だから、気に入ったのがあったので、お値段は良かったんですけど、買っちゃいました~(笑)ははははは(笑)

(これからどういう所に?)
もう少し、この街並みを見て回って、帰りながら豊岡をぼちぼち。カバンストリートもあったし、海鮮せんべいもあるし、色々見ながら帰りたいと思います(笑)

(ありがとうございました~)
ありがとうございました~。

さらに観光と泊まりで温泉街に来ていたカップルと地元の主婦の方に、温泉街、豊岡の良さとは?など聞いてみました。

アキさん(左) 30歳 デザイナー/ユキさん(右) 29歳 会社員 豊岡市

(こんにちは~)
こんにちは~ハハハ(笑)

(旅行ですか?)
旅行で~癒されに~!

(城崎温泉はどうですか~?)
楽しかったですーハハ。美人の湯!露天風呂も付いてて、中で滝も見れました~!昭和感、柳道な感じで落ち着くよね~!ノープランで来て、「ここの外観良いよねー」とかで入った方がいい感じです~
(そういう楽しみ方したんですね~!)

(豊岡市の良い所ってどんなトコですか?)
温泉ですね!温かくて癒されるー!!ハハ~。

*キンコンカンコ~ン
(レトロな鐘の音が~笑)
ハハハ~(笑)

スマイルさん 50代 主婦 豊岡市

(こんにちは~地元の方ですか?)
はいそうです~!25年くらいですね~嫁いで来ました!

(近年豊岡市は変わったな~とか変化感じますか?)
だいぶ変わって来てますね~今風になってきているというか(笑)

(一番イイ時期って~?)
冬ですね!カニも時期もございます~。

(冬場はカニですか!)
そうですね、湯で蟹か~カニ刺しですね~!!

(豪華ですねー笑)
はい、そうです!!(笑)

 

城崎国際アートセンター

城崎国際アートセンター

 

城崎温泉のはずれに城崎国際アートセンターというのがあります。
舞台芸術に特化した滞在型創作施設、通称、アーティスト・イン・レジデンスを展開している施設で、舞台芸術を中心とした滞在型の創造活動の拠点となっています。
ホール、スタジオ、レジデンスで構成され、アーティストが城崎のまちに暮らすように長期滞在できるアートの拠点です。芸術監督には、劇作家であり演出家の平田オリザさんが就任されています。

田口幹也さん 49歳 城崎国際アートセンター:館長

(城崎国際アートセンターとはどの様な場所なんでしょうか?)
こちらは舞台芸術、ダンス演劇に特化したアーティスト in レジデンスです。基本的にはこの建物内の宿泊施設で一定期間作品を作る方々に滞在して生活してもらいながら作品を作っていただきます。最大3ヶ月まで無料に滞在できるんですけど、大体皆さん2~3週間ですね!お風呂は館内には無いので、城崎の有名な外湯温泉街を利用してもらっています。

(無料とは太っ腹ですね~)
そうですね、ここは豊岡市が市の直結で運営しているんですけど、レジデンスを通して「地方創生しよう!」や「地域を元気で住み易い町にしよう!」と運営しています。これは市長の発案でして、この建物は元々1983年に兵庫県が建てた『城崎大会議場』でした。当時は、温泉街に伴い団体客が楽しむ多目的スペースとしての場所だったんですが、時代と共にそのニーズが減り…県としても手放した所を豊岡市が引き継ぎました。そんな中で市長が、「もういいや…いっそ多くのアーティストに使ってもらおう!」と思い付き、そこから市民の皆さんにも生の芸術に触れる良い機会であり、新しい拠点として新たな人の流れが出来れば潤うだろう!との強い想いで今の形になりました。2014年に出来上がり5年目になります。

(柱には今までこちらを利用した方々のサインが凄いですねー!)
そうですね、滞在してくださった方々は最後に柱にサインをしてもらっています。 本当にここには世界中からアーティストが来るので色んな言語も見られて楽しいかと思いますよ!(笑)以前、森山未來さんが3週間ほどここに滞在されて、前野健太さんや岩井秀人さんと、 『子供のアイデアを演劇にする』って作品を創られました!凄く発展性のあるプロジェクトでした。あと、印象的な出来事としてはカナダのダンスカンパニーがありまして、ダンスの時に全裸で踊るスタイルなんです!男性3人、女性1人のカンパニーで。その方々がこちらで打ち合わせされている時に、「日本ではパンツを履くけど上は着なくても平気ですか?」と質問してきたんですけど、その際ここは行政の場所なので、市の職員の方で「申し訳ないけど未成年などの影響も考えた上で、上は着けてほしい…」と返答した事があったんです。で、その後そのまま公演は行われて、無事終わったんですけど…市長の方がそのやり取りを知り激怒したらしいです(笑)「アーティストの表現にこちらから注文をつけるな!」、「こちらの都合で表現を変えてはいけない」と言われたそうです。そのやり取りを聞いた時には私としてもありがたいな~と思いました。

(この先どの様な発展や未来を考えていますか?)
今度、兵庫県がこの城崎国際アートセンターと連携してクリエイティブな人材を育成する専門職大学を2021年に作る計画が進んでします。そこで学んだ地元の子達がさらに、この町の魅力を伝えてくれたり盛り上げてもらえたらなーと思っています!

城崎国際アートセンター

兵庫県豊岡市城崎町湯島1062
電話: 0796-32-3888

城崎国際アートセンター

 

 

NPO「本と温泉」

NPO「本と温泉」

 

城崎温泉は歴史ある温泉街の中に新しいカルチャーの拠点が混在している魅力的な温泉街なんですが、城崎国際アートセンターに続いて、温泉街の真ん中に美術館のような建物の城崎文芸館が現れます。
ここはNPO「本と温泉」の拠点。NPO「本と温泉」は、城崎旅館経営研究会を構成する気鋭の若旦那衆十数名で立ち上げた組織。
その理事が、老舗温泉旅館「三木屋」 の10代目当主、片岡大介さん。
三木屋はあの文豪志賀直哉が「城崎にて」という名作を書き上げた温泉旅館。片岡さんは、伝統の上にあぐらをかくようなことをせず、有志とともに出版NPO「本と温泉」を立ち上げました。

片岡大介さん 37歳 NPO「本と温泉」代表

(どういう活動を?)
「本と温泉」という出版を行うNPOを城崎温泉の旅館の若旦那のメンバーで立ち上げてまして、そこでオリジナルの本を作って販売してます。2013年というのがキーポイントで、志賀直哉の「城の崎にて」という小説があるんですが、志賀直哉が来て100周年というのが、そこだったんですね。「城の崎にて」は、全国的に城崎の知名度を上げてくれたというのは、間違いなかったんですけど、でも、100年前の小説なので、今、知ってる人が少なくなっていっていて、もう一度文学の町というのを盛り上げたいと。でも、ただ、100年前の作品だけを大事にしていくのではなくて、今の時代にも伝えていきたいというのがあって、この活動が始まりましたね。現代の作家さんともおつき合いさせてもらいながら、一緒に作った本が売れていくみたいな。そういう風な半分手作りのような活動になってますね。

(どういう作家さんが?)
最初は、万城目学さん、次が湊かなえさん。 それぞれに合わせた装丁になってまして。「城の崎にて」は、ちっちゃい豆本になっていて、浴衣の袖に入れて、町中で出して読んでもらえるようにとなっております。

(湊かなえさんの本は?)
これは、カニをイメージしてまして、デコボコもついて、カニの殻のようになってるんです。下からカニの身をぐっと出すように推して出して頂くと。
(面白いですね~)

(本の装丁にも城崎の特色が出てて)
万城目さんと湊さんが発信していただいたおかげで、「本と温泉」の活動を知ってもらえたんですね。普通の本を出すと「本と温泉」ぽくないやん(笑)と言われて、どんどんハードルが上がってますね(笑)書店で売っている本ではないんですね。旅館の売店とか、温泉街のお土産屋さん。普通にお土産物と一緒に並んでいる物なので、まさにお土産として買って帰ってもらえる物。もらった人も、行きたくなって、城崎の名前が広がって行くことを目指してます。

(どのくらい売れてますか?)
3種類の合計が、4万部くらいまでいってます。城崎だけでしか買えないのに、当初、私たちも想定してなくて、当初は、1000部作って「全部はけるかな。。。」って言ってたぐらいなので (笑)最初からすると、自分たちも信じられないくらいの部数が出てます(笑)

(これからやりたいことは?)
城崎という町にもう一度「文学」が町の柱として、大きく育って、それをきっかけに今まで来なかった方が来ると。そうして、城崎の町が賑わうと。こういうことを目指してやっていきたいなと。自分たちも楽しんで、自分ごとにして、 魂入れて。これからも続けていきたいなと思ってます。

城崎文芸館

兵庫県豊岡市城崎町湯島357-1
電話: 0796-32-2575

城崎文芸館

NPO「本と温泉」

Shot Bar John

Shot Bar John

 

校長先生から定年退職後にショットバーをオープンしたBar Johnのマスター、ジョンさん。豊岡の夜はこのお店無しには始まらないです。

Shot Bar John

兵庫県豊岡市中央町12-11
電話: 090-4032-0660

Shot Bar John

 

 

ジャイアント麗子
今回、豊岡市に出張させてもらいありがとうございました。
現地の方々に温かく迎えられ、豊岡の魅力を様々知る事ができ、どこを切り取っても1泊2日には贅沢過ぎる内容ばかりでした。
東京から見る「地方」
地方から見た「東京」
どちらも自分達の住む街を大切にしながら、もっともっと発信して行きたいとの想いは同じなんだな~と強く感じました。
豊岡市とシンクロのシティどちらにとっても新たな発見と今後の発展がある事を願いつつ、多くの方にこの放送を聴いてもらいたいです!

サニー
豊岡から帰って来て、東京で生活している中で、豊岡で出会った人や景色を何度も思い出し、「豊岡の街は今、どんな景色かな」「行きたいな」と想いを馳せています。
1泊2日の出張でしたが、それほど、強く心に残っています。
街の温かさだけでなく、新しいことに取り組む情熱も感じる魅力的な街でした。
今回のこの放送が、豊岡と東京を繋ぐ架け橋になればいいなと思います。
次行く時には、、、カニを食べたいぞっと。

 

3月10日サンデースペシャル

 

 

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カミノ珈琲

カミノ珈琲

 

東京でもサードウェーブコーヒーのムーブメント以降、個人が営むDIYなコーヒースタンドが続々オープンしていますが、豊岡にもいい感じのコーヒースタンドを見つけました。その名もカミノ珈琲。
オーナーはカミノナオユキさん。33歳。
豊岡市役所前の大通りから一本奥の通りに入った静かな場所にあるカミノ珈琲さん。ブルーの外観が特徴的で可愛いこじんまりとした店舗。コーヒースタンドの奥はこれまた可愛い美容室が。

カミノ ナオユキさん 33歳 カミノコーヒー:店主

(こちらはどんなお店なんですか?)
コーヒースタンドを併設したヘアサロンですね!美容師をずっとしてたんで趣味のコーヒーも一緒にしてお店を出そうかな~と思って(笑)豊岡市にはこういったお店が無いので珍しいかなって!18歳で町を出て、7年間美容師の修行してこちらに帰ってきました。

(どうして地元でやろうかと!)
ちょっと話題性も有るかな~と思った事と、単純に自分が行きたい店として作りました。町自体は海も山も川もあるし、自然豊なんですけど、やっぱりショップやカルチャー的なものが少ないのでこのコーヒーをきっかけに広がれたらな~って思い、無いからこそチャンスだと感じています。あとは失敗してもやり直せる!って飛び込みました(笑)やってみては、実際に顔見知りも増えるしコミュニティーや仲間意識も高まってよかったです!今は1つの仕事にも集中する時代ではないと思うので、出来るジャンルを増やしたいです。

(豊岡市の今は勢いがあると感じますか?)
そうですね~これから本当にガンガン行なっているんで新しい何かを若い子達が見つけていければ可能性はあると思います!

(常に仕掛けていく姿勢が大事だと!)
そうですね!田舎だからゆっくりしているとかも今は古いし、地方は持っているものも実は特徴的だったりするので、そこを活かして行けたら良いな~って思います!町に浮き過ぎない様に、お爺ちゃんお婆ちゃんにも親しんでもらいたいです(笑)

(これから先は地元にこうなってほしい!とかありますか?)
田舎だから、「何も無い」って概念を取り払ってほしい。若い子達が自分の町を誇れる様になったらと思います。【飛んでるローカル豊岡】ってUターン、Iターンを増やす活動もしているんですけど、やっぱり帰ってくる人が凄く少ないんですよね…だから、手に職やこっちで新しいビジネスで帰ってくる人が増えてほしい目的としてもやっているんです~。

(これからも盛り上げてください!)
はい、頑張ります!

カミノ珈琲

兵庫県豊岡市千代田町4-24
電話: 0796-34-6153

MUSICIAN IN RESIDENCE

MUSICIAN IN RESIDENCE

 

兵庫県豊岡市の新しい取り組み「MUSICIAN IN RESIDENCE」。
ミュージシャンに一定期間豊岡市に滞在してもらい、自由な創作活動を支援するプロジェクト。
そのプロジェクトに参加したのがbonobos。
bonobosのフロントマンでボーカルを担当している蔡忠浩さんと、豊岡市環境経済課の宮垣均さんをスタジオにお迎えして「MUSICIAN IN RESIDENCE」についてお聞きしました。

[ bonobos ] ボノボ

兵庫県豊岡市移住ポータル・飛んでるローカル豊岡

堀内:ミュージシャン・イン・レジデンスをやらないかという話が来た時の反応は?

蔡さん:僕はまさかミュージシャンとして滞在型の制作の機会があるとは思っていなくてビックリしました。でも、いろいろ構えていたんですけど、2回に分けて行って、最初はまずは町の中だったり城崎温泉もそうですけど、豊岡のいいところをざっと案内してもらうというのが1回目だったので、最初は本当に観光ですね。

堀内:僕が豊岡に着いた時は宮垣さんと蔡さんは10年くらい酒を酌み交わしてきたくらいの雰囲気出てましたけど(笑)

宮垣さん:多分まだアルコール残ってたと思うんです(笑)

堀内:宮垣さんは元々音楽が好きなんですね。中学くらいから音楽にかぶれて(笑)

宮垣さん:普通に聞いてました(笑)

堀内:市のお役所に勤めている方なのに音楽の話がこんなにできるんだ!とびっくりするくらい細かいいろんな音楽が好きなんだなと思いました。bonobosにミュージシャン・イン・レジデンスをお願いする流れになった時はどんな感じだったんですか?

宮垣さん:やっぱり曲を聴いて単純にいいなと思っていたので、豊岡に滞在制作ということをこの人と一緒に作れたら面白いだろうというのが初めにあったという感じですね。

堀内:曲ができるまでは待ち遠しいやらいろんな感情があったと思いますが?

宮垣さん:滞在中ギターを触ったというのは1回、2回・・・?

蔡さん:1回目の時は本当に完全に素ですよ。

宮垣さん:まずは豊岡を知ってくださいというスタンスで行きましたから。

蔡さん:2回目本格的な滞在の時にギターとMacを持ってきて作業ができる最小のものを用意していきました。

宮垣さん:滞在してもらった期間が秋祭りだとかいろんなイベントが地域地域にあって。

蔡さん:そう、見逃せないものが結構あったんですよ。

堀内:でも、それを見ないとミュージシャン・イン・レジデンスにならないですよね?

蔡さん:本当に見てよかったなと思って、出石のだんじりもそうですし城崎のだんじりも両方見て。
出石は丁ごとに組が別れていて、大小様々な形は一緒なんですけど丸太が長い柱としてあるんですけど、その真ん中に櫓があって神様なんですけど、それをお互いぶつけ合って折った方が勝ちというちょっと喧嘩祭りっぽい感じなんですよ。あからさまに縮尺が合わないのがあるんですよ。やたらでかいのと木を丸ごと皮だけ剥いで柱にしたような太っいだんじりもあるし、ホームセンターとまではいかないですけどちょっと細目の可愛い(笑)そういうところは対戦しないんですけどガチガチぶつかるような喧嘩祭り。すごかったです迫力が。
城崎はまた違うんですよ。関西でいうとふとん太鼓のような車輪がついてて色々役割分担された山車が3台とか連なって、神様をお迎えして戻すみたいな、全部手順が決まってるんですよ。それがうまくいかないと終われないみたいな。それはあまりぶつからないんですけどすごい迫力で。なかなか豪華なんですよね山車自体が。

堀内:他には海も行きましたか?

蔡さん:海にも行きました。海の近くのゲストハウスにもお邪魔したりとか、漁船で岬を半分ぐるっと回ったりとか。カワハギがやたら落ちてるんですよ。なぜかというと獲った魚とかをトビが食べるんですよ。カワハギは皮が固いので捨てていくんです。だから道にカワハギが落ちてるんです。人間からするとカワハギは美味しいと思って食べるんですけど、そっかトビは無理かと(笑)

堀内:宮垣さんはやはり自分が生まれ育った町をいっぱい見てもらっていろんな人に会ってもらってそれで曲に落とし込んで欲しいといろんなところに連れて行ったと思うんですが、自分の中でも豊岡市に来たらここを見て欲しいというのはどこですか?

宮垣さん:やっぱりコウノトリの事は見て欲しいと思って最初の日にまずは行きましょうという感じでしたし、あまりこっちからインプットしないようにというのを心がけてたんですよ。例えば誰かを視察対応するときには全部こっちから言うんですけど、もうそういうのを全然言わないで日常会話みたいなことでずっと二人で車で回っていたと思うんです。

堀内:蔡さんが福島か何かのフェスに行かないといけないと言って出ちゃった後なんだけど、蔡さんが今日まで泊まっていたよという建物に行ったんですよ。

蔡さん:エコハウスですよね。普段はあぁいう使い方はしていないらしいんですけど。

宮垣さん:豊岡の気候風土を体現したようなモデルハウスみたいな形ですね。

堀内:外から見ただけだけどきれいな木で作ってあるこの家で蔡さんが曲を作っているんだと思って、いいところでやってるなと思いました。

蔡さん:なかなか快適でしたけどね。

堀内:豊岡市に滞在しているその時間の中で曲を作ってどうぞという話ではないんですよね?見たり聞いたり感じたことを一度持ち帰って期日までに曲を完成してくださいというオーダーですよね?

蔡さん:そうですね。まず今回はそういう感じでしたね。その前後に別のスケジュールが入っていたというのもあるんですけど、将来的というか先のことを考えると最低限のデモなり曲の大元になるような目鼻ついたくらいまでは滞在中に制作できるといいなとはすごく思いますけどね。

堀内:出来上がるまでの間少し時間が空いたわけですけどちょっと心配だったりしました?

宮垣さん:心配というのは全然なかったですね。

堀内:初めて曲を聴いた時に、これか!と思いましたよ。びっくりしました。でもそこには僕が見た豊岡市も入っていたし、僕なんか2泊3日しかいなかったのにいろんなものを見ていろんな人たちと会って、景色もそうなんですけどいくつものレイヤーに分かれた世界をそこで見てて面白い世界だなと思ったんですよ。日本なのに今まで知らなかった日本に出会えたくらいの雰囲気があったので、蔡さんの曲が出来上がった時にびっくりして、曲を聴きながら思い出しましたけどね。自分の中ではどんな感じで曲を作って行ったんですか?

蔡さん:まず滞在中は素直にいろんなものを見ていろんな話も聞いていろんな人に会って、とにかくインスピレーションというか主題になるようなものだったりモチーフになるようなものがあればいいなくらいに思っていました。もっと遡るといわゆるご当地ソングのような話になったんですけど、出石に行った時にチラッとそういう話が雑談で出たりとかして、いやいや僕はご当地ソングを作りに来たわけじゃないと、半ば反発じゃないですけど作家として。と一瞬思ったんですけど、でもエコハウスに東京、福島に行く3日4日くらい前位に、歌詞は全然後ですけどメロディーを探ったりどういう曲にしようかと曲の構想を練り始めてから、もうちょっと俯瞰で今まで案内してもらった豊岡の町を、なんていうんですかね、象徴というのではないけどなにかしら関係性の楽曲の成り立ちというか構成、構造上とかで何かしら関係性のあるような曲にはしたいなと思ったんです。誰も喜ばない曲を作ってもしょうがないので。やっぱり受け入れてくれて案内してくれて人にも会わせてもらって、会った人たちみんなが喜ぶような曲にしなければいけないんだろうなというのは強く感じて。なんとなくの道順がパパッと1日でできたので、これを元に東京に戻ったら全部仕上げようと思って。その時点で全体のイメージができたので、ちゃんと表現できたらいいだろうなと思って。

堀内:できた時に最初にメロディーから浮かんできたんですか?それともタイトルが浮かんだり、何を歌うかというモチーフが浮かんだり?

蔡さん:メロディーよりかは曲の構造ですね。出石も城崎も豊岡も但東も神鍋の方もそれぞれ文化が全然違う。それが一つ豊岡市と構造上はまとまっているんですけど、それぞれキャラクターが全然違う町が集まった町なのに、それを何か一つで象徴するというのは出来ない、不可能だなというのを滞在中感じていて。でも違うものが集まって1個を構成している。お互い違うまま、でも進んでいく。そういうもの自体を曲にできればなと思って、まず思ったのがポリリズム。リズムが一種類ではなくていろんなリズムが合わさって全体の複雑なリズムを構成するポリリズムとか、あとはポリフォニーと言いますけど1個1個独立しているものが合わさった時にさらに新しい別のものが生まれるというのは意識して最初から曲を作るようにはしていて、それがあってあれだけ複雑な曲になってるんですけど。

堀内:それはもう浮かんだんですね。あの町にいる時に。

堀内:だんじり祭りも全然違うわけじゃないですか。このアルペジオの中には2つのだんじりも入ってますよね(笑)

蔡さん:色々悩みました。コウノトリのクラッタリングの音を入れたいなとか思ってデータないですか?と聞いて送ってもらったり。

堀内:オープニングはコウノトリっぽいなと思いましたけどね。始まる時が。

蔡さん:途中とか連弾してたりするところもあるので、そういう意味ではコウノトリのカラララというのは要素としては入っていたりするんですけどね。

宮垣さん:勝手に自分でそういう解釈をしてました。

蔡さん:本当にそうです。

堀内:流れのように思い出が出てきたから、こういうことだ!と。ミュージシャン・イン・レジデンスと言った時の一つの形を作ったなと思いました。最初に浮かんだのがメロディーでも言葉でもなく構造なわけじゃないですか。町を見て感じた構造から入ろうなんてすごいですよその発想は。

蔡さん:実際滞在する前に東京の事務所で宮垣さんや職員の方とお会いして色々ディスカッションというかどういうものを求められているのか?僕から説明したりしたんですけど、好きに作ってくれればいいというのはあったけれども、宮垣さん個人的には豊岡1市5町という平成の大合併でできた新しい町で、それまで独自の文化でそれぞれやっていた町が1個の自治体になってまとまりがないと。でもそれって行ってみて色々見ると当たり前なんですね。まとまるわけがない。やっぱり何か1つまとまりを象徴するのが実際どうなのかわからないですけど、「豊岡というのを表すような曲になればいいなと思ってます。」と宮垣さんが言っていて、なるほどなと思って、その気持ちも汲み取らないといけないなと思いながら、でもまだちゃんと行ってないから行ってから決めようと思って。行って曲のモチーフになるようなものが幾つか出来て。曲を作ってる時は本当に曲のことだけしか考えてないんです。基本的には。曲を作ってて例えばAとBパートまで出来た。この後展開をどうしようかというのを考える時に滞在中にメモしたものとか色々頂いた資料などをひっくり返して見たり、改めて地図をグーグルマップとかで見たりとか、そうすると当初はミュージシャン、作曲家としてインスピレーションなりモチーフになるようなものは頂いたとしても、曲として豊岡に直接関係あるようなのとは距離をおいたほうがいいのかもと思っていたんですけど、考えれば考えるほど密接にどんどん豊岡に引っ張られるというか。で、途中から素直になるようにしてあえて自分から遠ざかることで曲の制作が進まないのは逆に拒絶じゃないけど素直になってないからだと自分で気づいて、もう身を任せようと思って。
そこからかなり早く。歌詞も色々悩んだんですよ。わかりやすい豊岡のモチーフを入れるのが果たしていいのかどうか。もちろんきっかけは豊岡のことを日本中もそうですし世界中にも知ってもらいたいというのが今回の企画の始まりではありますけど、単純にbonobosのオリジナル楽曲として豊岡のことを知らない人にも聴かせる時に伝わらなきゃ意味がないしというのでその辺のさじ加減はずっと悩みながら作ってましたね。

堀内:ご当地ソングになっちゃったらどうする?なんて話してましたけど、結構それも引っかかったりして、笑い話になってるようでどこか意識しちゃうことでしたね。

蔡さん:やっぱり地元の方とお話ししても、作曲者、作家が滞在して何か歌を作るとなると、今2010年代、これからもう2020年に行こうとするもはや僕からすると未来の時間なんですけど、ここからのものづくりというか考えると、ご当地ソングというネーミングはどうかと思いますけど、でもそういう新しい形を提示することも可能だし、ご当地ソングと言われているものに対するイメージを更新するいい機会でもあるし、積極的に自分も近寄って行っていけないいかなと思うように。

堀内:思ったよりも仕上がりが早かったのでスラーっとできたんだなと思ったんですけど。

蔡さん:いや〜〜。相当頑張りましたよ。

堀内:でもそれを聞いた時、宮垣さんはどうでした?

宮垣さん:単純に「かっこいい」でしょ。豊岡とあまり結び付けないで楽曲制作してもらっていい、自由にしてもらっていいというスタンスだったのに、パッとかっこいと思った後に豊岡の町ってかっこいいんだって思いましたので、何か自分の中でも結び付けてしまっていたところがあったんだと思いましたけど。町をこういう風に感じ取ってもらえたんだとすると、豊岡の町ってこんなにかっこよかったんだって思いました。

堀内:宮垣さんがいいものを見せたんですよ。いい人たちに会って笑っていいものを見ていいものが詰まってる。あの音楽を最初聞いた時ちょっと疾走感の中でめまぐるしく景色が変わるような幾つもの世界が走っているようなすごい世界観だなと。でもそうやってやった結果として一つ作品が残るというのはいいことですね、すごく。

蔡さん:はい、すごくいいことだと思いますね。

堀内:ミュージシャン・イン・レジデンスを今回豊岡で初めての試みでやってみましたけど、この先こういった試みが豊岡市で行われてもいいだろうし他の町であってもいいだろうし、そう思います?

蔡さん:そうですね。他の分野だと僕の知り合いとかもアーティスト・イン・レジデンスとかやっている人もいるし他の分野だと結構あるんですけど、いわゆるポップミュージックの世界ではあんまりないのでおそらく初めてなんじゃないですかね。やり方とかこれからどう発展していくのかというのは、それこそまだまだ例えば宮垣さんと僕の個人的な関係の上で成り立っている企画ではあるので、これからこの関係性を含めて企画をどうやって成長させて行って安定飛行させるか?みたいなのはこれからまだまだ考えないといけないこととか相談しなきゃいけないことがたくさんあるんですけど、でもすごく良い試みだと思います。

堀内:第2弾、第3弾をやっていこうと市の中ではなっているんですか?

宮垣さん:そうですね。続けていきたいとは思っています。蔡さんにも今回滞在していただいてミュージシャン・イン・レジデンスについていろんなアドバイスをもらったり話をしたりしていますし、滞在中もミュージックビデオを撮っている間もいろんな機会で市民の人たちと話をしたり繋がってもらったり。だから何回か通わないと行けない店もできてますし。

蔡さん:そうですね。

宮垣さん:だからできれば豊岡でもっと多くの曲ができればと思っていますし、やっぱり市民の方々に対して音楽に触れる機会だとか場所だとか、そういったものがこれを通してできていければいいなぁなんて話をしてますので、ぜひ続けていければと思っています。

蔡さん:そうですね。いろいろアイデアが湧いてくるんですよね。まず滞在して制作する前に小さいところでもいいから弾き語りでライブをして顔見せしてとかでもいいし、それか今回滞在場所が割と離れたところだったんですけど、町中で表に出てちょっと喫茶店とか入ると同世代の人とかいて「お世話になります」みたいなのもいいし。

堀内:どこに行きたいですか?いろいろ町がありますけど。

蔡さん:城崎だとアートセンターがあるしアートセンターの近くは相当魅力的なんです。やっぱりお店もあるしご飯も美味しいし。豊岡市内も復興建築というムードがある建物が並んでるのがあるんですけど、もしあの辺で長期で過ごせてアーケードも近いし飲み屋もいっぱいあるしというのも楽しそうだし、あとは出石も古い町なのでその辺の古民家だったりというのも楽しそうです。悩ましいんですよ、いいところいっぱいありすぎて。それこそ神鍋とか但東も人里離れて完全に孤立したところで冬バーっと降ったところで本当に一人だけでこもってピアノ弾いたりだとかっていうのも。だから作家にもよると思うんですけどね。作家によって滞在場所を決めるとかもアリかもしれないし。

堀内:これは続けていって欲しいですね。第2弾、第3弾となったら蔡さんも気になりますよね。次の人はどんな風に曲を作るんだろう?と

蔡さん:そうですね。逆に緊張しますね(笑)

堀内:でもこれを機にご当地ソングのイメージをどんどん刷新して、今の時代の新しい感覚でそれをやってもいいんじゃないかという話がありましたけど、こういう風に町と一緒に音楽が生まれることは町の人たちにとってもいいことだし、ミュージシャンにとっても面白い経験だし。

蔡さん:アイスランドにシガー・ロスというバンドがいるじゃないですか。アイスランドって国としても小さいし首都のレイキャビックもかなり小さい町。行ったことがないので実際はわからないんですけど、彼のDVDや映像作品を見ているとワールドツアーに出る前かな?にプレ好演をレイキャビックでやるんです。町の人たちが一体となっていってらっしゃいって言って、ワールドツアーに出て帰ってくるとまたやるんですよ。お帰りなさい公演みたいなものを。本当にめっちゃいいんですよ。そのDVD素晴らしいんですけど、町の教会だったりいろんな場所でライブ。エレキ使った演奏もそうだし生の演奏もあるし子供から年寄りまであらゆる年齢の人たちが普通に観に来て楽しそうにしているんですよ。究極の理想はそういう町から生まれて外に発信してまた戻ってきてまた町でみんなで楽しむという循環ができるとかなり理想的だなとは思いますね。

堀内:シガー・ロスの音楽には国の景色も映ってますもんね。その曲に携わっている人たちがいっぱいいて自分の事のように思っている人たちがいっぱいいる曲はあったかくてきっといいですよね。

蔡さん:そうですね。いずれはそういう音楽が豊岡発で作れると本当に素晴らしいなと思いますね。

堀内:今回この一環としてbonobosとして出石でワンマンライブをやるんですよね?

蔡さん:そうなんです。永楽館という近畿最古の歌舞伎小屋でワンマンライブをできることになりまして。

堀内:この歴史のある場所で今回縁があって豊岡の人たちと交わるようにライブをやると

蔡さん:多分うちのライブを見たことのない方もたくさんいると思うのでそれも緊張しますけど楽しみにしてます。曲を作って音源はできたはいいけど生で聴いてもらうのは初めてなので、皆さん楽しみにしてくれていたらいいなと思うし、僕もすごく楽しみです。

堀内:豊岡に行ったことがない人、豊岡という言葉を初めて耳にした人に一言お願いします。

宮垣さん:豊岡は一度は絶滅したコウノトリを野生復帰させたり、それから舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンスを行う城崎アートセンターがある面白い街です。コウノトリ育むお米や松葉ガニ、但馬牛なんかの美味しい食べ物はもちろん、城崎温泉など多くの観光資源もあります。ぜひこの面白い町に一度来ていただけたらと思っています。そしてその面白さを体感していただけたらと思っていますのでぜひお越しください。

bonobos ワンマンライブ
3月28日(木)出石永楽館公演
会場 出石永楽館  http://eirakukan.com/
開場 18:15 開演 19:00 ※21:00終演予定
前売一般 2,000円  前売学生(小中高大学生) 1,500円

ユメファーム

ユメファーム

 

アオヤマ ナオヤさん 42歳 ユメファーム代表 豊岡

(青山さんは豊岡市出身でずっと農業をされているんですか?)
いえ、10年前までは、普通にサラリーマンをしてまして。市内の会社に勤めてまして。郷公園の道を造ったり。サラリーマン時代にしてました(笑)

(それからどういう風に農業に携わるようになったんですか?)
ちょうど10年前に父が病気で早く亡くなりまして、その時に父は米作りに想いがあって、一冊のファイルを書き残すんです。そこに、米作り仕方や想いがたくさん書いてあったんです。自分は来年、ここにはおらへんかもしれんけど、この通りにしたら米作りができるよっていう想いのこもったファイルを残して亡くなったんです。

(お父さんが農業をされていて?)
はい、そうです。そのファイルを見ながら、やっぱり農業を継いでいかなあかんのちゃうかなとか、色んな想いを持ちながら、2年間、仕事を持ちながら、農業に携わって来たんですけど、やっぱり、地域の農業は大事だし、なんとか農業を仕事としてやっていけないかなって、すごく力が湧いて来ましてね。それで思い切って、農業の道へ!って進むんですけど、、、家族の大反対で。「農業でなんて絶対無理だ」って言われながら。それでも最後は、子ども達が「お父さんの好きなことをしたらいいんちゃうん?」って。そこから今があるんですけども(笑)いざ、お米作りをする際に「今のお米ってどうなんだろう?」って、思ったら、豊岡市の一番上流の山に住みながら、農薬を使ってるお米作りをしてたんです。色んな話を聞く中で、豊岡の市内では、コウノトリが住める環境づくりを一生懸命進めてるって聞いて、僕は、コウノトリのための米作りをしようって思ったんです。

(コウノトリのための米作りとはどういうもの?)
コウノトリが絶滅したのには、餌場がなくなったというのも大きな理由のひとつなんです。とにかく農薬を使うのをやめようと。農薬を使うとどうしても生き物が死んでしまうので、生き物と一緒に米作りをするという。そういう生き物を育む農法を「コウノトリ育む農法」って言うんです。

(「コウノトリ育む農法」は具体的にどういうやり方?)
「コウノトリ育む農法」の中には、「減農薬」と「無農薬」のふたつがあるんです。栽培の方法として、一番大きく違うのは、常に田んぼに水を張った状態であるということなんです。冬場に水を張って、その間に生き物のエサとなる生き物を育てるという。また、春にもすぐに水を張って、次の生き物を作業に入るんです。一番増えるのは、カエルとかミミズとか、いなくなった生き物がたくさん増えて来るんです。コウノトリだけじゃなくて色んな生き物が田んぼに集まるんです。 コウノトリのお米作りをしたた時に、コウノトリが飛んできてくれたというのが、私の一番のきっかけでもあります。見た瞬間、「やってよかった~」と、思いましたね。コウノトリが飛んで来てくれるということは、コウノトリが気に入るエサがそこにあったのかなって思いながら。お米作りを楽しくできるなって。色んな想いで今、やってますね。コウノトリってすごく賢い鳥で、そこにエサがあると、毎年同じように帰って来てくれる習性があると私は思ってる。エサがある田んぼの所には必ず来るので、よくわかってるなと(笑)毎年、コウノトリが来てくれてるのが、本当に嬉しいです。

(どういう様子?)
コウノトリは、とっても大きな鳥なので、コウノトリが飛んでくると、自分も幸せを感じるというか(笑)気持ちが嬉しくなりますね(笑)僕が好きなのは、空を飛んでる時から、田んぼに降りて、エサを食べてる風景は、いつも心が和みますね。

(さらにお米もおいしい物に?)
私の中では、安心安全なお米なんで、おいしいお米に繋がってるんじゃないかなと思ってます。ずっと全国のコンクールにも出品してまして、始めたばかりの時に、全国のコンクールで賞をもらったことがあるんです!

(今は、豊岡市のブランド米として?)
安心安全だし、そのお米はおいしい。「コウノトリ育むお米」で販売してます。今は、日本だけじゃなくて、世界に羽ばたいて、幸せを運んでいってくれるんじゃないかと思ってますね。学校給食にも今は、使われてます。ご飯も食べるし、授業の一環で、そういう勉強もしてまして、来週、コウノトリ育む農法を教えに行かなきゃならんのですけども(笑)はははははは(笑)そんなこともあります(笑)

(将来、楽しみですね)
ですね(笑)そういうことがきっかけで将来農業をやってみようかなって思ってもらえれば面白いなって思いますね。

ユメファーム

兵庫県豊岡市日高町山田527−1
電話: 0796-45-0613

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