今月ワールド・クルーズにご乗船していただくのは、
冒険家・登山家の三浦雄一郎さんです。

三浦さんは今年の5月に世界最高齢の80歳でエベレスト登頂を果たした方です。
三浦さんに様々な旅のエピソードをお伺いしていきます。


ー 病院にいると、「退院出来たら、蔵王に連れて行く」と、言われて。
                   それを聞いた途端にすぐに飛び起きて元気になったんですよ(笑) ー



干場「三浦さんといいますと、強靭な肉体と精神力の持ち主というイメージですが、幼少の頃は長期で入院をされるほど、体が弱かったとお伺いしました」

三浦「生まれは青森で、親父が公務員で、あちこち転勤をしてて、仙台に引っ越した頃ですね。小学校3〜4年で、それまでは田舎の学校で遊んでたのが、付属小学校に入れられて、勉強もついていけないし、言葉は青森訛りで、すっかり学校が嫌になったんですよ(笑)不登校の元祖みたいなものでね、病気すれば学校に行かなくて済むと思っていたら本当になってしまったんですよ(笑)」

干場「そうだったんですね、それからスキーを始めるのはどういうきっかけだったんですか?」

三浦「当時、父親が東北大学の山岳部のスキーコーチを頼まれてて、冬休み前に病院にいると、「退院出来たら、蔵王に連れて行く」と、言われて。それを聞いた途端にすぐに飛び起きて元気になったんですよ(笑)」

干場「勉学は嫌いだったけど、運動は好きだったんですね(笑)」

三浦「それで東北大学のお兄さん達と、冬休み中は蔵王でスキーをして、それで学校に行ってみると、なんでこんなちっぽけな事でくよくよしてたんだろうと、不登校から、気持ちも元気になって、それが一つのきっかになったんですよ」

干場「中学、高校で次々とスキーの大会で優勝記録を作って、スキーヤーとして頭角を表したそうですが、この当時を振り返ると、真っ先に思い浮かぶ事は何ですか?」

三浦「中学3年で青森に引っ越して、スキーの大会に初めて出たんですよ。そしたら、岩木山という山を山頂から麓まで滑る大会で優勝しちゃったんですね」

干場「それはすごい!その前には東京に戻られたり、ブランクもあるわけですよね」

三浦「それからは、青森県のスキー連盟から強化選手に選ばれて、全国、国体と大会で出る様になったんですね。スキーが好きで一生懸命やってましたね。子供の頃に体が弱くて、鍛えないといけないという事で、夏は水泳部に入って、山歩きやって、春は岩木山に登ったり、野生児に帰っていきましたよ(笑)。それでスキーの成績が良くなっていきましたね。それからは将来スキーでオリンピックに行けると信じきって、張り切り過ぎましたけどね(笑)」

「秋の特色を活かしたクルーズ」

「クルーズ」というと、やはり地中海・エーゲ海のイメージが強いですが、

秋の紅葉を楽しめるクルーズもあるんです!

ニューヨークから出航する、ニューイングランド地方のクルーズ、これがとても素敵なんです。

ニューヨークの夜景を見ながらハドソン川を出航、ライトアップされた自由の女神を臨み、
次の朝にはボストンの街に寄り、ロブスターを食べながら東海岸を北上。

カナダの街ハリファックスは、タイタニック号が沈没して遺品が一番流れ着いた街。
ミュージアム等もあるんですよ。

ケベック、モントリオールへ入って行くと、山全部が赤や黄色で素晴らしい景観。

アメリカ人のセレブリティ達の別荘地、普通に陸から行くと、門構えしか見れませんが、
海から行くと、庭が見れちゃうそうなんですね。

さらに、ジャクリーンとケネディが結婚式をあげたボート小屋も見る事が出来るんですよ。

クルーズならではの海からの景色が臨める、秋には秋のクルーズの楽しみ方があるんですね。