姿月あさとさんが感謝しているのは、バリ島に住んでいたときのお手伝いさん。
宝塚退団後、超スピード結婚・・・(ちなみに、在団時はお付き合いしておらず、結婚までに5-6回しか会ったことがなかったそうです!!(驚))
そして、旦那さまの仕事の都合で、バリ島へ。
英語も日本語もしゃべれないお手伝いさんとの共同生活が始まりました。
いろいろお世話になったことは、もちろん、「おはよう」「タクシー呼んで」などなど、必要に迫られることで、インドネシア語の勉強にもなったそうです。
そして、バリ島の人々は、「姿月あさと」という芸名や、「宝塚」というもの自体を知らないので、一個人として本名で接してくれる。その事が、新たなスタート地点に立った自分には、良いことだったと振り返っていらっしゃいました。
リスナーから寄せられた「あの人へ届けたい“ありがとう”」
ラジオネーム: 佐野のひなた さんからのメッセージ
妻の敬子さんへ
あの時 ボクに会っていなければ 今の幸せは無かったって 敬子さんは よく口にするけど
違うんだ
あの時会えて 本当に幸せを貰ったのは ボクの方なんだ
いろんな障害があって 結婚までに6年も掛かっちゃったけど でも 一緒になりたい一真で 苦痛にはならなかったよ
だから 逆なんだ
本当に 最大級の幸せを有り難う
今はメッセージだけだけど ボクが死ぬとき 今度は向かって言うから(笑)