Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2018.03.25

「僕のことをずっと”ハニワ”君って呼ぶんですよ(笑)。」:お笑い芸人・はなわさん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

先週に引き続き、今週もゲストには、はなわさんをゲストにお迎えしています。

はなわさんの第1の人生のターニングポイントは、
1988年 小学校6年生。千葉県から佐賀県に引越した時です。
この引越しがなければ、『佐賀県』の歌も生まれず、今のはなわさんの活躍もなかったということです。

今日はそんなはなわさんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺っていきます。


●サプライズから生まれた曲「お義父さん」


川田「はなわさんの人生に起こる第2のターニングポイント、これはいつのことでしょうか?」

はなわ「2016年 結婚15周年を記念して妻の誕生日に歌を作ったことです!」

川田「この曲というのが『お義父さん』なんですね。この曲、最初は奥様のために作ったんですね」

はなわ「そうです。嫁さんのサプライズ誕生日パーティーを家族で行ったんですけど、うちの次男坊が『ママのプレゼントはみんなで手作りのものにしよう』って言ったんです。
お金で買うものだと絶対にパパが一位になるから、みんなで手作りすることになって、子供達はメダル作ったり、似顔絵や手紙を書いたりしていたんです。じゃあ、俺は歌だなと思って。
結婚15周年だったのでちゃんとした歌を…という想いと、当時、長男坊が高校1年生で、もしかしたらそろそろ家を巣立っていくかもしれないと思ったんですね。
そう考えた時に、嫁さんの生い立ちみたいなものを子供達にちゃんと伝えたことがなかったな、って思ったんです。
もちろん、嫁さんのお父さんがいないことは、おじいちゃんがいないので分かってるんですけど、お母さんがどうやって生きてきたかって教えてことがなくて。思春期だから、普通に喋って伝えるよりは、歌で伝えようって思って作った曲なんです」

川田「じゃあ、リリースするとかは全く考えてなかったんですね」

はなわ「全然ですね!でも、嫁さんの歌を一人作っていてもなかなか出来ないんですよ。ラブソングみたいになっちゃうのもイヤだったので、どうしようかな〜って思ってて。
お嫁さんの生い立ちを歌うっていうのは決まっていたけど、なかなかうまくいかなかった時に、JUN SKY WALKER(S) の寺岡呼人さんとすごく仲良くさせてもらっていたので、呼人さんに相談してみよう!と、ピン!と来たんです。
忙しい人だから、『今日はダメなんだ』って言われたらもういいや、と思ってたら『今、ちょうどスタジオにいるからおいでよ!』って言われて。
そこで、仕事とかじゃないんですけど、実は今、嫁さんの歌を作ってて、こういう感じの歌にしたいんだけど、ラブソングみたいで照れ臭くて…。
って言ったら、呼人さんが『話の中に出て来た、義理のお父さんに対するお手紙みたいな形だったら、間接的に嫁さんに伝えられて、照れ臭くないんじゃないか』ってアイディアをもらったんですよ!」

川田「ほぉ〜!」

はなわ「そのアドバイスをもらってからはすぐに出来ちゃいましたね。本当に呼人さんには感謝です!そういう人の力もあって完成しました」

川田「最初に披露する時って、やっぱり緊張しましたか?」

はなわ「めちゃくちゃ緊張しましたね!呼人さんとは『奥様、泣いてくれたらいいね』って事でずっと作ってきたので。
練習もなかなかする場所がなかったので、当時、息子が膝を怪我して、病院に通院していたんですよ。俺が病院まで子供を送っていたので、車の中でギター練習したり…」

川田「お家では練習できないですもんね!

はなわ「佐賀県の病院の駐車場で練習してましたね(笑)。それで、本番歌ったんですけど、うちの嫁さん、普段は全然泣かない人なんですよ。
でも、途中からグワーッと泣き始めたのでびっくりしちゃって、その泣いた顔を見て、俺も泣いちゃって。二人で号泣しながら歌ったんですけど、
歌い終わった時に嫁さんが、一週間ぐらい前に親戚を通じて、お父さんが末期がんになってるっていう連絡が来たって話してくれたんです。
で、奥さん『ともこ』っていうんですけど、ともこに会いたがってるってことで、お父さんに会いに行く気はあるか?って聞かれたらしいんですよ。
でも、僕に迷惑をかけると思ったのか、お断りしてるんですよ。その一週間後に僕が急にお父さんの歌を歌い始めたので、嫁はびっくりして泣いちゃったらしいんですよ」

川田「わぁ〜!」

はなわ「会いに行った方がいいのかなって奥さんが言ってきたので、行くべきだね、ってことでお父さんの住所調べたら福岡県に住んでいたので、そこで初めてお会いさせてもらいました」

川田「すごいタイミングですね」


●再び、紅白へ


川田「この曲は、はなわさんのご家族だけじゃなくて、本当に日本全国に届いた曲でもあるんですね」

はなわ「そうですね。ブログのコメントとかお手紙とかもたくさんいただきまして、まさかって感じもあるんですけども、自分たちだけの歌じゃないねって嫁とはよく話してますね。
だから、一生かけて心を込めて歌っていかなきゃっていう風に思ってます」

川田「初めてお父さんに会われた時、何か声はかけられましたか?」

はなわ「めっちゃ怖い人だったらどうしようって思ってたんですけど、なんとなく雰囲気がお嫁さん似てるんですよ。家の嫁さん、すごい天然ボケなんですけど、お父さんもどこか天然なところがあって。僕のことずっと『ハニワくん、ハニワくん』って呼ぶんです(笑)」

川田「でも、そういう風にお父さんと会ってお話し出来て良かったですね!」

はなわ「この歌を最初に聴かせた時にはすでに入院していたんですけど、YouTubeにあげる前にお父さんの許可を取らなきゃと思って動画を見てもらったら、いい歌だねと言ってくれて、CDを持って行ったら近所に配ってくれたりしたんです。
去年の10月に亡くなってしまったんですけど、本当にこのタイミングじゃなかったら会えてなかったし、良かったなあって感じですね」

川田「3人の息子さんに関しても、日本中で応援している人も多いと思うんですけれども、これからの目標や夢はありますか?」

はなわ「子供たちを幸せにすることを夫婦の一番の目標として戦ってますけど、個人的な夢としては、やっぱり紅白歌合戦に出たいんですよね」

川田「もう一度紅白に!」

はなわ「ここ何年、それをずっと絵馬に書き続けてますね。去年、『お義父さん』で紅白行けるんじゃないか、っていう人もいたんですけど、発表を見たら、はなわじゃなくてWANIMAだったっていう(笑)」

川田「3文字で似てますけど(笑)」

はなわ「そこを目標に新たな曲を色々作ってますね!」


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>>来週は、NHK大河ドラマ『西郷どん』に西郷隆盛の弟、吉二郎役で出演している渡部豪太さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
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2018.03.18

「”ここだったらばれないな”と、思って(笑)」:お笑い芸人・はなわさん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、はなわさんをゲストにお迎えしました。

はなわさんは佐賀県出身。
『タモリのボキャブラ天国』や『爆笑オンエアバトル』で披露したネタ犧寛豸″の歌が、話題を呼んでブレイク。
2003年にCDをリリースして、その年の紅白歌合戦にも出場されました。

現在では、佐賀市プロモーション大使、ご家族も佐賀市在住。
はなわさんも、佐賀と東京を行ったり来たりしている生活を送られています。

そんな、はなわさんの人生のターニングポイントを伺いました。


●男三兄弟


川田「高校生、中学生、小学生と、3人の息子さんは柔道一家として知られていますよね」

はなわ「そうですね(笑)」

川田「はなわさんも三兄弟で、男ばっかりですよね」

はなわ「僕自身も三兄弟で、弟はナイツの塙くんで、実は意外に知られていないんですけど兄貴がいまして。東京で会社員をしているんですよ」

川田「男3人、小さい頃はどういう感じだったんですか?」

はなわ「弟は年子なので双子みたいな感じで、お兄ちゃんが王様みたいな感じですよね」

川田「逆らえない存在ですか(笑)」

はなわ「2人でパシリにされて、スーパーで『クソ兄貴!』って文句言ってるような2人で、そういった意味で言うとナイツの塙くんとは結束があるんですよ」

川田「そうだったんですね(笑)」

はなわ「だけど、なんだかんだ言って、音楽とかお笑いとかもそうですけど兄貴の影響なんですよね。3つ上の兄貴っていうのは影響力ありますから」

川田「最初に何かを始めてくれるんですね」

はなわ「音楽も兄貴の聴いてる音楽を聴いて、僕らも好きになってたり。お笑いとかもそうですけどいろんなものを教えてもらって。
学校で兄貴に教えてもらったことを言うと『はなわくん、よく知ってるね!ハイセンスだね』みたいな」

川田「ちょっと、ヒーローになれる感じですよね(笑)」

はなわ「それは、俺も弟も同じパターンでね」

川田「それが、今はテレビの業界では弟さん2人が活躍されているわけですよね」

はなわ「そうなんですよね」

●お笑いの道へ


川田「はなわさんに訪れた第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

はなわ「小学校6年のとき、千葉県から佐賀県へ親父の転勤で引っ越した時ですね。
うちの親父は単身赴任で行こうかって、うちの兄貴も中三とかだったので、受験の前に引っ越したら大変じゃないかと、なったんですよ」

川田「そうだったんですね」

はなわ「でも、うちの母ちゃんが『絶対に家族みんなでいなきゃダメだ!』っていう考え方の人だったんですよ。
それで引っ越して、全然環境が違って、まず方言が何言ってるかわからないんですよ。
柔道部に入って怪我してやめて、それで不良の先輩とかに誘われ始めると、うちの親とかが心配し始めるわけですよ」

川田「はい」

はなわ「それで、そんなことをやってた時に電気グルーヴに出会ったんですよね。別にメッセージソングとか歌ってるわけじゃないんですよ(笑)」

川田「そうですね(笑)」

はなわ「音楽好きになって、卓球さんが話す音楽に惹かれていって、YMOとかクラフトワークとかテクノが好きになっていって、シンセ買って、という流れになって。そこから音楽を作ることが楽しいなって思って、っていう感じですね」

川田「そこから、音楽活動も学校へ行きながらされていたんですか?」

はなわ「高校はほとんど勉強せずにそんなことばっかりやってましたね」

川田「その時は、お笑いじゃなくて音楽なんですね」

はなわ「佐賀ってお笑いライブとかないわけですよ。音楽ライブしかなくて、そこでベースとかやりながら、1人で打ち込みとかもやっていたんですよ。
プラス、MCみたいなので、お笑いのネタとかもやってたんですよ。
佐賀県は自由でしたね、そんなことやる奴いないから、何でもかんでもやってましたね(笑)。それを、うちの弟は見てましたから」

川田「なるほど〜!」

はなわ「だから、弟がお笑いやると思ってなかったですもんね」

川田「弟さんはいつからですか?」

はなわ「そのくらいの時に、僕は佐賀県の中で目立つ存在だったわけですよ。バンドもやってるし、お笑いもやってるし、みたいな。
そんな時に、ある日家族で飯食ってたら、テレビでうちの弟が出ている漫才コンクールの収録したものが流れてきて。
『おまえ映ってんじゃん!なに?』っていって、横で飯食ってる弟が『やめて、消してくれよ』なんて言うんですよ」

川田「ええー!」

はなわ「見てたら優勝して、吉本さん主催の大会でそれに友達と勝手に出てて(笑)。
俺がお笑いやりたいの知ってるから、言うと兄貴にいじられると思って言わなかったわけですよ。それで吉本さんからスカウト来ましたからね」

川田「そうだったんですか!」

はなわ「それで、俺が親にお笑いやりたいって言いずらくなっちゃって(笑)。
その時に、東放学園っていう専門学校があって。東放学園の中でもいろんな学校があるんですけど、東京アナウンス学院というところが、すごいちっちゃい字で『お笑いコース』って書いてあったんですよ。”ここだったらばれないな”と、思って(笑)」

川田「はい(笑)」

はなわ「音響、照明の技術さんの学校でもあるので『照明になりたいんだ』っていうことを適当に言って、東京に出てきたんですよ。
その学校に入って、今の事務所のマネージャーさんにスカウトされるっていう流れになるんですね」

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>>来週も引き続き、お笑い芸人のはなわさんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2018.03.11

「今年も変わらず挑戦していけたらいいなと思っています」:三浦大知
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

先週に引き続き、今週も三浦大知さんをゲストにお迎えしました。

三浦大知さんの第1の人生のターニングポイントは、
2000年 中学1年生で変声期を迎えた時。
声を潰さず、再び歌うために当時所属していたグループ「Folder」の活動を休止したことでした。

そして、2005年ソロデビュー、13年の時を経て
3月7日、ベストアルバム『BEST』をリリースされました。

そんな三浦大知さんの人生に起こる、第2の人生のターニングポイントを伺いました。


●ターニングポイントになった曲


川田「三浦大知さんの第2のターニングポイントはいつのことになりますか?」

三浦「2008年、20歳の頃、初めて自分の振付が採用された時ですね」

川田「この時どんなことがあったのですか?」

三浦「それまでは5枚くらいシングル出していて、振付師の方がいて、ライブでも演出家というか、まとめてくれる方がいて、という風にライブをやっていたんですね」

川田「はい」

三浦「で、6枚目のシングルを出すタイミングでスタッフさんの入れ替えがあったりとか、環境的にも変わったりして。
その時に初めてNao'ymtという方がいて、その方の曲をやってみようということで『Inside Your Head』という曲に出会ったんです。
これを聴いた時に、とにかくカッコ良くて”なんだこれは!”と思ったんです」

川田「そうだったんですね」

三浦「”自分で振り付けしたい”っていう気持ちはどこかにあったんですけど、『Inside Your Head』を聴いた時に、どうしても自分でやりたいと思って、
スタッフさんに『ボツにしてもいいから、作らせてほしい』と言って作って、それを採用してもらって、次のシングルからは『大知、作るんでしょ?』みたいな感じで。
そこから自分が作る流れになって、今の三浦大知の形に近づいたところがあったので思い出の1曲ですね」

川田「なるほど」

三浦「今でも好きな振り付けではあるんですけど、”振り付けしたい!”って感じが強すぎて、ちょっと恥ずかしいんですよね(笑)」

川田「自分の強い気持ちが出ちゃってるんですね(笑)」

三浦「そうですね、強い気持ちが振り付けに入っていて、その時にしか作れなかった振り付けだと思います」

●ベストアルバム『BEST』


川田「ベストアルバム『BEST』の新曲『DIVE』はどんな曲ですか?」

三浦「初めてベストを作るので、ベストでしかできない新曲を作りたいなと思って」

川田「はい」

三浦「一番最初のデビューシングルから聴き返した時に、今までもいろんなことに”DIVE”して、飛び込んでやってきたなって。
常に挑戦させてもらえてて嬉しいという思いがあったので、これからもいろんなことに”DIVE”していけたらっていう意味で、『DIVE』というタイトルになっているのもあります」

川田「はい」

三浦「ミュージックビデオをぜひ見ていただきたいんですけど、全シングルのミュージックビデオの要素とか、振り付けの要素とか
細くて”これ伝わるかな?”みたいなものから、”これはあれだよね!”っていうものまで、全シングル分の要素を入れたんですよ」

川田「すごい!これ大変ですね」

三浦「ずっと応援してくださっている方は、答え合わせみたいな感じで面白く見れると思いますし。
”そこ、わかんないよ!”みたいなこともあると思うんですけど(笑)」

川田「今年はどんな1年にされたいですか?」

三浦1月、2月、3月と大阪城ホールで初めてで、2月は日本武道館で初めての2Daysがあって。
3月は初めてのベストアルバム、今年は”初・初・初”と続いているので、今年も初めて挑戦することとか、チャレンジすることに飛び込んでいくっていうのがいいと思っているので、今年も変わらず挑戦していけたらいいなと思っています」

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>>来週は、お笑い芸人のはなわさんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2018.03.04

「そういうことまで考えてくれてるんだなと思って、すごく嬉しかった覚えがあります」:三浦大知
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、三浦大知さんをゲストにお迎えしました。

2017年『EXCITE』が日本レコード大賞で優秀作品賞を受賞!
NHK紅白歌合戦初出場と飛躍の年になりました。
今年に入ってからは、大阪城ホールライブ、日本武道館初の2DAYSライブ
そして、初のベストアルバム『BEST』を3月7日(水)にリリース!

そんな三浦大知さんの、人生のターニングポイントを伺いました。


●将来の夢


川田「大知さんがダンススクールに入ったのは何歳ですか?」

三浦「それが6歳くらいの時ですね」

川田「そして9歳の時にFolderでメインボーカルとしてデビューされると、この時に満島ひかりさんもご一緒でしたよね」

三浦「そうですね、スクールから一緒でした」

川田「デビューした時って、ご自身ではどういう気持ちなんですか?」

三浦「何もわかってなかったです(笑)。『テレビに出れるんだ』『歌って踊れる、やったー』みたいな、シンプルな気持ちでした(笑)」

川田「小学校との両立は大変じゃなかったですか?」

三浦「最初は沖縄から通っていたので、平日は学校へ行って、週末に東京来て収録に行って戻って、みたいなことをよくやっていたので」

川田「将来の夢ってどういう風に思っていたんですか?」

三浦「やっぱり歌とダンスが好きっていうのは当時から変わっていないので、”これをずっとやれたらいいな”っていう、ふわっとした気持ちはありましたね」

川田「そんな大知さんに訪れた第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

三浦「2000年くらいですかね、中学1年生に上がる時だったんですけど変声期を迎えたときです」

川田「これがどうしてターニングポイントになるんですか?」

三浦「Folderというグループで3年くらい活動していたんですけど。2枚目のアルバムの時に、先週出てたキーが今週出ないとか、そういうことが出てきて。
”これはついに来たぞ”みたいな感じで、なんとかアルバム自体は録りきったんですけど、変声期中に歌を歌いすぎると喉を潰してしまうということで、”これから歌うんだったら、一回休んだほうがいいんじゃないか”と、うちの社長が判断してくれて。
じゃあ、思い切って一回休もうと、休む時期がこの時期だったんですよ」

川田「休もうと提案されてどう感じましたか?」

三浦「すごく愛を感じました。”これから歌うために休ませてくれるんだ”っていう、それってなかなかないジャッジだと思うので。
そういうことまで考えてくれてるんだなと思って、すごく嬉しかった覚えがあります」

●歌とダンス


川田「休むことに関しての焦りや、遅れをとるんじゃないか、というのはなかったですか?」

三浦「そうですね。僕は5年くらい休んでて、3年目くらいでもう一度歌を歌ってみようとなった時に、喉の筋肉を使ってなかったので全然声が出なくて、その時は焦ったんですよ」

川田「なるほど」

三浦「中学校に上がる時に休めるというのもあったので、普通の学校生活が送れるっていうのは自分の中でもワクワクしたところもあったんですよ」

川田「何をしてる時が楽しかったですか?」

三浦「当時はきつすぎて全然楽しくなかったんですけど、今につながっているなと思うのは部活動ですかね」

川田「バレーボール部ですよね?」

三浦「そうですね。その時の基礎体力と根性は、今めちゃくちゃ役に立っていて。そこは経験できて良かったなと思っています」

川田「部活動が忙しかったら、ダンスとか歌とか、そういう時間はとれなかったんじゃないですか?」

三浦「ダンスのレッスンだけはやっていたんですよね。で、中学3年生に上がったときに歌をしっかり再開しようとなったので、在籍はしてたんですけど、レギュラーからは外させてくださいというか、歌とダンスのほうにシフトさせてくださいと言って。
練習は行ってたんですけど、中学校3年生から歌とダンスのレッスンを、より増やしていったという感じですね」

川田「本当に体をずっと使い続けた中学生活、授業中も眠かったんじゃないですか?」

三浦「眠かったですね、練習に次ぐ練習だったので」

川田「その体力づくりがこうやって役立っているんですね」

三浦「そうですね。今ライブとかで”しんどいな”と思うことがあっても、”あのときよりはきつくない”って思いますね、その時期があってすごく鍛えられました(笑)」

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>>来週も引き続き、三浦大知さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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