Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2018.06.24

「旅に出たら、自分の短所を長所だと思えるようになった」:たかのてるこさん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、「世界中の人と仲良くなれる!」と信じて、世界を駆ける旅人、たかのてるこさんをお迎えしました。

たかのてるこさんは、これまでに7大陸、65カ国を旅され
その体験を紀行エッセイやテレビ番組などを通じて発信する旅人、エッセイスト、
そして、たかのさん曰く『地球の広報』です!

数々の紀行エッセイで知られるたかのさんですが
最近は大学で非常勤講師もされ、自費出版で『生きるって、なに?』という本も発売されました。

そんなたかのてるこさんのバイタリティの源や、人生のターニングポイントを伺いました。


●好きなことには一番に食らいつく!


川田「最近はどんな旅をされていますか?」

たかの「最近はおかげさまで全国から講演で呼んでもらうことが多いので、講演会をやって、その土地の人と飲むっていうのがいいですね!」

川田「ということは、今は日本全国を細かく周ってらっしゃる感じですか」

たかの「この間は九州を12ヶ所講演で回って、鹿児島の青年会館に呼んでもらった時には終わった後にサイン&ハグ会があったんですけど、
そのあとに懇親会っていうことでみんなで持ち寄って500円で飲み放題みたいな感じだったんです」

川田「えー!いいですね!そうやって顔を合わせてお話をされていると」

たかの「それが一番楽しいですね!」

川田「たかのさんは、小さい頃から色んな場所に行ったりするのが好きだったんですか?」

たかの「行きたかったんですけど、子供の時って家と学校の往復じゃないですか。早くこの狭い世界から飛び出したいな〜と思って。
古今東西のおとぎ話って、ほとんど旅がテーマじゃないですか。桃太郎も初めは一人旅やし、竹取物語なんて宇宙がテーマの話ですからね(笑)。
『銀河鉄道999』にしても漫画の『ONE PIECE』にしても、主人公は旅に出て、出会いと別れを経て、一回り大きくなって帰ってくるっていうのが王道なんですよ!」

川田「言われてみればそうですね!
学校の中ではたかのさんはどういう存在だったんですか?リーダー的な感じでした?」

たかの「小さい時はもういじめられっ子やし、弁も立たへんし…喋れなかったです。
言いたいこと言うわりには後で“あんなこと言わんかったらよかった〜”ってうじうじするタイプでした」

川田「すごく繊細で、周りに気を使って生きてきたんですね。本を読ませていただくと、お母様はすごくパワフルな方だなという風に思って。腹話術を始めたりとかされてるんですよね?」

たかの「50歳過ぎて急に始めまして。お正月に実家に帰ったら奇天烈な人形抱えてて、東京出てる間にオカンどうなったん!?みたいな(笑)。」

川田「たかのさん以上にパワフルなお母さんなんですね!小さい頃はお母さんからどういうことを言われて育っているんですか?」

たかの「とにかく『好きなことを一番に!』って言われてました。何かやりたいことがあっても、もうちょっと時間が経ってから…って取っておいたらいつまでたってもできひんから、
一番始めに食らいついて、それに向かっていけばいつでも好きなことやってる状態になるで!って、私は良い風に解釈しましたね」

川田「なるほど!確かに、リタイヤしてからこれやろうとか、色々思ってらっしゃる方もいらっしゃると思いますけど、今やりたいんだったら今やれば、楽しみが先にきますもんね」

たかの「20代にやりたかったことは、20代にやらなあかんのですよ!なんでも良いように解釈してるんですけどね(笑)。
デリカシーのない人でも好意的に誤解するようにしてます」

●初めての一人旅。個性が才能に変わる


川田「小さい頃は引っ込み思案だったというのはちょっと意外でしたけれども、そんなたかのてるこさんに訪れた、第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

たかの「20歳の時にありったけの勇気を振り絞って海外一人旅に初めて出た時ですね!」

川田「初めての海外一人旅、どんな風に感じられましたか?」

たかの「旅に出たら自分の短所を長所やと思えるようになったんですよね。
今までは“私はブスでデブで貧乏やから…”って思っていたのが、ブスでデブで貧乏やから旅に出ても襲われへん〜!みたいな(笑)。」

川田「もう、完全にプラスですね!」

たかの「今もなんですけど、方向音痴なんですよ。もう人に道を聞きまくりなんです」

川田「旅で道が分からないってなると結構辛いですよね」

たかの「人に迷惑をかけてごめんなさい…って思ってたんですけど、道を聞いて怒る人いないんですよ。
よっぽど急いでたら『ごめんなさい、ちょっと急いでるんで…』って言うかもしれないけど、みんな道に困ったことがあるから親切にしてくれるし、世界中一緒なんですよ!
身振り手振りで教えてくれて、別れる時は『頑張りや〜!良い旅を!』って笑顔で送ってくれるんです。
私は方向音痴のおかげで現地の人と笑顔も交わせると思ったら、方向音痴は才能なんやと思えたんですよ!」

川田「確かに、そういう機会がなかったら自分で全部調べて、誰とも話さずに目的地までつけちゃいますもんね」

たかの「変えようと思っても変えられないのが自分の個性なんやから、伸ばすしかないなと思ったんです。
私は紀行エッセイを書いてますけど、私が道に迷わずに目的地にサーッて行ったらエッセイが3行で終わっちゃいますよね。
色んなところで失敗してみんなに助けてもらったりしているから、ヨーロッパ21ヶ国行っただけで2冊になってもうて(笑)」

川田「失敗とか、自分ができない事っていうのを良い方に変えられたっていう経験なんですね。最初の一人旅はどこに行かれたんですか?」

たかの「香港とシンガポールに行きました。ジャッキーチェンとかユンピョウが好きやったんです。
でも、映画からは香港の匂いまでは伝わってこないので、実際に行って、ジャッキーやユンピョウと同じ匂いを嗅ぎたい!と思って」

川田「でも、初めての一人旅ですし、行く前は怖かったですよね」

たかの「もう、今でもあの時に勇気を振り絞った自分を褒めてやりたいですね。
だけど、やっと勇気を出して一人旅した日から、1ヶ月間の予定が何も決まってないんですよね。毎日学校に行かなきゃ行けなかったのに、そんなこと生まれて初めてで。最初は怖いとは思ったけど、“明日から何やっても良い。私はホンマに自由なんや!”ってなって。
未来のこと何も決まってない、先のことが分からない時って人って不安になるけど、それは、自分が自由だっていう証なんですよ!
自分で未来を作っていける。明日から1ヶ月会いたい人に会って行きたい所に行けばいいんや!と思ったら、未来が決まってないってなんて素晴らしいんやろうって初めて思えたんです」

川田「日々生活されている中で、皆さんもコンプレックスとかたくさんあると思うんですけれども、たかのさんも小さい頃にコンプレックスを抱えてらっしゃったようですが、そういう方にはどういう風に言葉をかけてあげたいですか?」

たかの「もう、心配する必要ないです!心配するパワーと時間を行動に全て移しましょう!」

川田「心配してる時間がもったいないと」

たかの「心配を消すたった一つの方法は、行動することしかないってやっと分かったんです」

川田「何をしたらいいかが分からない、って人はあまり難しく考えなくてもいいんですかね?」

たかの「この映画を観たいとか、そんな小さいことでも良いんです。昔の友達の顔が思い浮かんで、今どうしてるかな?って思ったなら会うとかでもいいし、
仕事とか将来のこととか、難しいことは考えないでいいんです。正しいか正しくないかじゃなくて、楽しいこと!ワクワクの方に向かっていけば間違いないので!
旅をすればするほど直感が研ぎ澄まされていきますし、日常にずっといると何をしたいのかもよう分からなくなっていくんです。
旅に出たら丸裸の、素の自分に出会えるんで、ぜひ旅をしてもらいたいですね!」


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>>来週も引き続き、たかのてるこさんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
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2018.06.17

「今まで見たことない景色というか、最高の瞬間でしたね」:丸山桂里奈さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、先週に引き続き、元女子サッカー日本代表の丸山桂里奈さんをお迎えしました。

丸山桂里奈さんの第1の人生のターニングポイントは、2008年。25歳。
北京オリンピックのドイツ戦で思うように動けず、
澤さんから「途中出場の選手が走れなくてどうする!」と怒られた時でした。
その時から走り込みをするようになり、試合で戦う体力がついていったそうです。

そんな丸山桂里奈さんの人生に起こった、人生の第2のターニングポイントを伺いました。


●ワールドカップ優勝


川田「丸山桂里奈さんの第2の人生のターニングポイントはいつのことになりますか?」

丸山「2011年、28歳のときのFIFA女子ワールドカップ ドイツ戦で点を決めた時ですね」

川田「当時はどういう状況ですか?」

丸山「北京オリンピックのドイツ戦で澤さんに怒られて、次のワールドカップだったんですよ。
因縁のドイツでしたし、ゴールを決めた前のアシストが澤さんだったので、つながってるんだなと思いましたね」

川田「前回の怒られた経験があってからですもんね。それまで培ってきたものがここで身になるっていうのは澤さんも嬉しかったでしょうね」

丸山「これは澤さんに『すごかった』と、褒められましたね。忘れられないですね」

川田「そこから繋がっていって優勝されるわけですけど。ワールドカップ優勝って、サッカーをされている方は、誰もが手にしたいカップですよね」

丸山「持ち上げた時も、何が何だかわからなかったんですよ。
台の上に乗っかってるじゃないですか?その時に見る景色が、今まで見たことない景色というか、最高の瞬間でしたね」

●気持ちを切り替える


川田「ワールドカップで優勝を果たし、なでしこメンバーで国民栄誉賞にも輝いていますが、その年に行われたロンドンオリンピック予選の中国戦で大きなケガをされますよね」

丸山「そうなんですよね、右足の『右膝前十字靭帯』を損傷してしまって。
中国戦に出た時には切れてたんですけど、そのままプレーしちゃったので酷くなったっていうのはあるんですけど」

川田「全治6ヶ月って聞いたんですけど」

丸山「本当は8ヶ月なんですよ。8ヶ月だと次のオリンピックに間に合わなかったので、『6ヶ月でどうしても治して下さい』ってお願いして。
その時が人生の中で一番大変だったかもしれないですね」

川田「ここまで大きい怪我は初めてでしたか?」

丸山「初めてでしたし、昔から病院の先生に『あなたは、すごく太い靭帯を持ってる』と言われていたんですよ。
だから、“私の靭帯が切れた?嘘だ!”っていう感じで、MRI撮ったら完全に切れてました。そのまま車椅子で帰国したんですよ」

川田「なるほど」

丸山「一番頂天を、ワールドカップでとってすぐだったので、“なんでこういう思いをしないといけないのかな?”って思ったんですけど。
ドイツ戦で決めたゴール、その時に運を使ったかなと思ったから、逆に怪我とかないとこの先の人生を歩むの怖いなと思ったので。
その切り替えでリハビリを乗り越えられたかなっていう感じですね」

川田「人生いいことばかりではないと」

丸山「“あれだけのことをしたら反動で怪我くらいするか”って、自分しかできなかったことだから怪我も自分が負って当たり前だなと思いましたね」

川田「そういう風に気持ちを切り替えることで前向きになったんですね」

丸山「6ヶ月で治せばロンドンオリンピックも間に合うということだったから、そこは絶対に頑張って間に合うようにしようと思って。
それからは一切ネガティブにならなかったですね」

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>>来週は、たかのてるこさんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2018.06.10

「それは、澤さんが変えてくれたと思ったので」:丸山桂里奈さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、元女子サッカー日本代表の丸山桂里奈さんをお迎えしました。

丸山桂里奈さんといえば、元なでしこジャパンのフォワード。
アテネ、北京、ロンドンと3度オリンピックに出場されました。
2011年のFIFA女子ワールドカップでは、日本の初優勝に貢献しました。

丸山桂里奈さんは、2016年のシーズンを最後に引退され
その後はバラエティ番組を中心に活躍されています。

そんな丸山桂里奈さんの人生に起こった、人生のターニングポイントを伺いました。


●サッカーを始めたきっかけ


川田「自分が、毎日のようにテレビに出ている状況というのはどうですか?」

丸山「楽しすぎて、幸せすぎちゃって怖いっていう(笑)」

川田「いつ感じるんですか?」

丸山「道路を歩いてる時とか、マネージャーさんと話してたり、お茶してたり、食い意地は張っているので、食べに行く時に“幸せだな〜”って(笑)」

川田「いろんな番組で恋愛の話をされていますけど、嫌ではなく答えられているという感じですか?」

丸山「そうですね。聞かれることに対して答えたいなと思うので。
ぶっちゃけてますと言われてますけど、あまり自分では大したことを話してるという感覚ではないんです。素直に話すっていう感じだから」

川田「それは現役の時から性格も変わらないっていうことですか」

丸山「全然変わらないし、現役のなでしこの子達も『昔から、本当に今も変わらないですね』って言うので」

川田「子供の頃はどうでしたか?東京出身ですよね?」

丸山「東京都大田区出身で、小さい時は忘れ物もしないし、頭も良かったんですよ。両親が『この子は博士になる!』って言ってて。それぐらい優秀だったんです」

川田「自分でも博士を目指そうと思ったんですか?」

丸山「毎日、『博士、博士』って言われてたら、“博士になるんだろうな”と思っていました」

川田「サッカーをやり始めたのはいつですか?」

丸山「小学校6年生の時なので」

川田「どんなきっかけだったんですか?」

丸山「好きな男の子に『一緒にサッカーやろう』って言われて、ずっと好きな子と一緒にいられるじゃないですか?
サッカーは二の次だったっていう感じがあるんですけど、中学に入った時にクラブチームのヴェルディってあるじゃないですか?そこの下部組織にベレーザという女子チームがあって、その下部組織に『読売メニーナ』というのがあって」

川田「はい」

丸山「たまたま、近所のおじさんに受けてみなよって言われたんですよ。行ったら400人くらいいて、400人中10人だけ受かると言われて、受けたら受かっちゃったんですよ。
そこから、いろんな技術の練習があったりとか自分の成長が見えて、そのぐらいから“ずっとサッカーやるんだろうな”とは思っていたかもしれないですね」

●自分自身に起きた変化


川田「丸山桂里奈さんに訪れた、第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

丸山「2008年、25歳くらいだったんですけど。北京オリンピックのドイツ戦で澤(澤穂希)さんに怒られたときが一番のターニングポイントかなと思います」

川田「どうして怒られたんですか?」

丸山「私はスーパーサブという役割を与えられていて。最初から出ないで、後半から投入されて動けなきゃいけないんですけど」

川田「体力のある状態で」

丸山「そうですね。流れを変えるっていうために監督が使ってくれたんですけど、そのときにまったく走れなくて。
澤さんに『途中出場の選手が走れなくてどうするんだ』って言われて。そのあとのインタビューでも、澤さんが怒ってるやり取りとかもあったし、試合が終わった後もすぐ呼ばれて、すごく怒られたんですよ」

川田「澤さんは普段からもよく怒る方なんですか?」

丸山「澤さんはまったく怒らない人なんですよ」

川田「そんな澤さんが、“こんなに怒るのか”っていうくらい怒ったんですか」

丸山「周りが『緊急事態だ!』みたいな感じで、それぐらいでした。
途中で出場して、『0-0』だったんですよ。後半23分で、私が“ここぞ!”というタイミングだったので、そのときにウォーミングアップをしっかりして出ていたら良かったんですけど。私は、ウォーミングアップをして出るのはカッコ悪いかもと思っちゃって、ほとんどやらずに出たんですけど。そしたら、本当に動けなくて」

川田「そういうものなんですか」

丸山「ウォーミングアップを逆にしすぎてる人もいて、それで疲れちゃってるのを見てたから。
逆に、あそこまで追い込むよりはやらない方がいいんじゃないかと考えて、そのまま入ったらまったく動けなかったんですよ」

川田「じゃあ、澤さんが怒るのも無理はないと?」

丸山「逆に、怒らない方がおかしいんじゃないかと今は思いますけど(笑)」

川田「当時怖かったんじゃないですか?普段怒らない方が」

丸山「本当に怒らない温厚な方なので、それだけすごいことをしちゃったんだろうなというのはありましたけど」

川田「そのときは、後から謝りに行ったりしたんですか?」

丸山「しましたね。すごい怒ってるから、ご飯とか食べに行くときも距離を空けちゃうときはありましたね。
さすがに、他の選手に隠れて一人置いて盾にしてた気がします(笑)」

川田「そのあとは、どういう風に変わりましたか?」

丸山「もともと練習は真面目にしていたんですけど、個人的に走り込んだりは、苦手だったのでしてなかったんですよ。
そこから、走り込みを頑張ってやったりとか、自分自身でも変わったというのはあります。それは、澤さんが変えてくれたと思ったので」

川田「なるほど」

丸山「そのあとがワールドカップだったんですよ。その間の期間は、本当に自分自身頑張らないとな、という感じで過ごしましたね」


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>>来週も引き続き、丸山桂里奈さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2018.06.03

「自分の小ささを、いい意味でも実感することができるんですよね」:仲川希良さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、モデルでありフィールドナビゲーターの仲川希良さんをお迎えしました。

仲川希良さんの第1の人生のターニングポイントは、2001年。17歳。
憧れていた雑誌の専属モデルオーディションに応募した時です。

このチャレンジをきっかけにしてモデルとして活動をスタートし
プロのものづくりの世界を知ったことが、今につながっているということでした。

今週は、そんな仲川希良さんの人生に起こった、人生の第2のターニングポイントを伺いました。


●山へと続く道


川田「仲川希良さんの、第2の人生のターニングポイントはいつのことになりますか?」

仲川「2009年、25歳の時に山に登るようになりました」

川田「きっかけはどういうことだったんですか?」

仲川「この時、初の女性用アウトドア雑誌『ランドネ』というものが創刊されたんですね。それまでアウトドア雑誌って、女性に特化したものはなかったんですけど、それが初めて出てきて。
ファッションモデルのお仕事として、呼んでいただいたのがきっかけで出演したんですね」

川田「そうだったんですね」

仲川「“アウトドアウェアって、こんなに機能的なんだ”ということを知って、ロケ先も自然豊かな場所で気持ち良かったんですよ。
こんな素敵なウェアを着てて、こんな素敵な場所にいるのに、もっと奥に行きたいなという気持ちが湧いてきて『私も山に登りたいです』というお話をさせていただいて登るようになりました」

川田「初めての登山は覚えてますか?」

仲川「覚えてますね、やっぱり衝撃だったので(笑)。那須岳というところだったんですけど、ロープーウェイでけっこうな高さまで上がることができて、そこで一泊しました」

川田「いきなり一泊だったんですね」

仲川「お天気はあまり良くなかったんですけど、それさえも楽しくて。那須岳は火山なので、岩がゴロゴロ転がっていて赤土が広がっている、ちょっと地獄のような景色が広がっているんですが(笑)。
日常では味わうことのできない景色と感覚で、すごいワクワクしましたね」

川田「そこからどんどんハマっていった感じですか?」

仲川「そうですね。『モデルさんって山に登るんですか?』と驚かれたというのもあって。
モデルが集まって富士山に行くって、絵的に面白いから、取材してもらえませんか?みたいな感じで、お話をしてみたんです」

川田「はいはい」

仲川「そしたら、富士山に行く練習登山も含めて、連載にした方が面白いんじゃないかと言われて。
モデルだけで『ランドネ登山隊』を結成して連載を始めたのが、その後の山歩きに続いていってる感じですね」

●『山でお泊まり手帳』


川田「山の良さがたくさん詰まった本が出版されました『山でお泊まり手帳』。見ていて楽しくて、登りたくなるなという本ですよね。
旅のガイドブックのような楽しさもありますし、『写真を撮る時に、帽子で髪の毛ぺちゃんこになりますけど、どうしてますか?』とか(笑)」

仲川「これ、私が一番苦労した部分でもあるので(笑)。山に登ってる時もモデルとして写るので、いかにぺちゃんこを隠すかっていう(笑)。その解決法も書いてあります」

川田「人にあげたりする山小屋グッズ、こんなに色々あるんだと初めて知りました」

仲川「かわいいんですよね(笑)。私は布モノが好きなので、今回の書籍でも布モノをピックアップして、手ぬぐいだったり大判のハンカチだったり、オリジナルグッズを紹介してるんですけど。ピンバッジひとつとっても、山小屋のオリジナルっていうのがあってすごくかわいいんですよ」

川田「思い出にもなりますし、人にあげるプレゼントとしてもいいですよね。いろんな角度で楽しめることができる一冊になっていますよね」

仲川「ありがとうございます」

川田「山登りを通じて、どういったことを皆さんに伝えたいなと思いますか?」

仲川「そうですね、日本の国土の7割が山なんですよ。山というのは特別な場所じゃないんだよっていうことを、皆さんに知っていただきたいなと思うんです。
山があるからこそ、今、飲んでるお水があったりだとか。美味しいお魚っていうのは、まったく山に関係ないように思えて、いい海を育むために裏の山が必要だったりとか、自然環境は常に影響し合って成り立っている場所なんですよね」

川田「うんうん」

仲川「私自身、山に登るようになって強く意識するようになって。自分自身も、その中のひとつのピースなんだなということを感じるようになると、その環境自体を大事にするようになるっていうのも、ひとつの良さとしてありますけど。
自分の小ささを、いい意味でも実感することができるんですよね」

川田「はい」

仲川「大きな自然の流れの中で自分っていうのを意識すると、“なんて小さなことにこだわっているんだろう”と、ハッと気付けたりもするんですよね。
登らずとも、皆さんに“自分は大きい自然のつながりの中で生きているんだ”ということを、実感する瞬間をもってほしいなと思っています」


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