Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2018.07.29

「音楽も漫画も、両方とも楽しくないといけないんです」:漫画家・ミュージシャン 久住昌之さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き『孤独のグルメ』の原作者であり、漫画家、そしてミュージシャンの久住昌之さんです!

久住さん原作の漫画は、『孤独のグルメ』はじめ『野武士のグルメ』『花のズボラ飯』など、次々とドラマ化。
最近では旅エッセイ『線路つまみ食い散歩』を株式会社カンゼンからリリースされました。

そんな久住さんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺いました。


●漫画原作のきっかけ


川田「久住さんの第2の人生の「ターニングポイントを教えていただけますか?」

久住「2012年に『花のズボラ飯』っていうのが「このマンガがすごい!」の女部門1位をとったんですよ。こういうの初めてのことだったんです。
同じ年に『孤独のグルメ』ががドラマ化されたんです」

川田「本当に大きなことが二つあった1年なんですね!
『花のズボラ飯』というのは久住さんが原作、そして水沢悦子さんが作画で、主人公の主婦が夫の単身赴任の間、毎日の食事をちょっと手抜きしたメニューで作るという作品なんですけど、
美味しそうに食べている姿が本当に見ている人の食欲を誘ってしまうような漫画です。この作品も後にドラマ化されますよね。
そして、『孤独のグルメ』は、独身男性が仕事の合間に立ち寄った店で食事する様子を描いているハードボイルドグルメ漫画です。ドラマ『孤独のグルメ』では、主人公を松重豊さんが演じられています。もうシーズン7まで放送されましたね」

久住「驚きですね。ドラマがこんなに続くなんて思わなかったです!」

川田「そもそも、漫画の方の『孤独のグルメ』誕生のきっかけはどういうスタートだったんですか?」

久住「当時、本当に最初のグルメブームがあった時で、”こういう店があってそこに行こう”とか、”デートにはここに行こう”とか、星がいくつだとか……そういうのがすごく流行った時に、
自分たちがそういう雑誌を書いていながらも、編集者たちがムッとしていたんです。
もっと普通の”美味しい”を書きたい、ということで僕のところに依頼が来たんです。
『グルメに全然興味ないから』と言ったんですけど、『食べ物の漫画書いてるじゃないか』って言われて、
”ああいうのなら書けるけど…”ってなって打ち合わせを重ねていく中で『孤独のグルメ』が出来上がっていったんです」

川田「この漫画に関しては久住さんは原作を担当されていますが、原作っていうのはどういうことをされるんですか?」

久住「原作っていうのは色んなやり方があって、色んな人がいるんですよ。例えば原稿用紙に小説を書いて、これを原作って言って漫画家に渡す人もいれば、
シナリオのように書く人もいて。もう一つは1ページずつコマ割りして、簡単な絵を描いて渡すという形です」

川田「絵コンテのような…」

久住「そうですね。僕はもともと絵コンテタイプだったんですよ。でも谷口さんはすごく構成とかも上手い人なんで、それを出すの悪いと思ってシナリオ形式にして、それと共にものすごい膨大な写真を撮って渡したんです。
店の中の写真、外の写真、食べてる写真をいっぱい撮って、それと原稿を渡していたんです」

川田「じゃあ、お店選びというのは久住さんがされているんですね。
ドラマ化でもこんなに人気になって色んなことが変わったと思いますが、ここをターニングポイントに挙げたのはどうしてですか?」

久住「やっぱり、今までやってきたことがすごくドラマに使われたっていうか。
例えば漫画の中で言った言葉遣いとか。脚本家の人がお話を書いてくれるんだけど、五郎さんの台詞だけ僕が毎回全部直しているんです。松重さんだったらこう言わせた方が面白いっていうのがあって。
それともう一つは音楽ですね。ずっと音楽をやってきて、だけど正直言ってそんなに売れてはないし、漫画家が趣味でやってんだろうって言われることもすごく多かったんです。
悔しい思いもしてたんだけど、このドラマをやるときに『音楽をやらせて欲しい』って言ったらやらせてくれて。向こうサイドはテーマ曲ぐらいだろうって思ってたと思うんですけど、僕ら全部の曲を作ったんです。毎シーズン50曲くらい作っているんですよ」

川田「そんなにたくさん!」

久住「メキシコ料理の店だったらメキシコっぽい曲を作ろうとか、主人公があんまり喋んない人ですから、音楽すごくフォローしようっていうのは最初からあったんです」

●失敗がドラマになる


川田「音楽と漫画ってどういう関係性があると思いますか?」

久住「両方ともなくても生きていけるし、人生には必要のないものかもしれないけど、それがすごく力をくれる時があったり、元気になる時があったり…。
みんながすごく真面目な気持ちになっちゃっている時にイイ音楽がかかったら柔らかい気持ちになって、打ち解けたり…。
そこは音楽も漫画も同じことだと思うんですよね。僕にとって、両方とも楽しくないといけないんです」

川田「そんな久住さんの、当たりメニューに辿り着くポイントってあったりしますか?」

久住 「失敗を重ねるしかないですね(笑)」

川田「失敗も大事なんですね〜」

久住 「みんな、失敗しないようにスマホを見るんだよね。 でも、スマホを見ると写真に載ってるものしか見えなくなっちゃうんだよ。
そうすると、他のメニューを見ようとか考えようっていうのがなくなっちゃう。僕は漫画家だから、読んで、想像して、これがいいんじゃないか?って思って食べてみてそれが失敗だったら失敗で、『失敗しちゃった俺』っていうのがドラマになるんですよね」

川田「そこも楽しんじゃうんですね!」

久住「楽しんでます!その時は悔しいけどね。だいたい、マズかった話の方がウケるんですよね(笑)」

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>>来週は、お笑いコンビ・オアシズの光浦靖子さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
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2018.07.22

「彼は一点の曇りもなかったですね」:漫画家・ミュージシャン 久住昌之さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、漫画界で“メシものブームの火付け役”と言われている
『孤独のグルメ』の原作者であり、漫画家、そしてミュージシャンの久住昌之さんです!

久住さん原作の漫画は、『孤独のグルメ』はじめ『野武士のグルメ』『花のズボラ飯』など、次々とドラマ化。
最近では旅エッセイ『線路つまみ食い散歩』を株式会社カンゼンからリリースされました。

そんな久住さんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺いました。


●漫画を描きたくて


川田「『孤独のグルメ』はドラマ化されただけではなくて、かなりたくさんの国で翻訳されているんですよね」

久住「最近ではポーランドとか…想像もつかないですよね。高崎の焼きまんじゅうなんてどう思ってるんでしょうね(笑)」

川田「この反響はいかがですか?」

久住「“そんなの分かるわけない”って思っていたんですけどそれは思い上がりで。
主人公が美味しそうに食べていると、何だか分からなくても“美味しそうだ!”って思うみたいなんですよ」

川田「これを見て“このお店に行きたい!”っていうカイドブック的な使い方ではないんですか?」

久住「ないですね。僕はグルメじゃないので『どこのお店の◯◯がいい』とか、こだわりはないんですよ。
『美味しい』っていう、ちょっと面白いドラマができそうな店を探しているので」

川田「それが他の国の方にも?」

久住「伝わっているんですかね。それはやっぱり漫画だったら谷口ジローさん、ドラマだったら松重豊さんの美味しそうに食べる絵や演技が言葉を越えて伝わっているんじゃないかと思いますね」

川田「久住昌之さんに訪れた第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

久住1977年高校卒業してすぐに、神保町の美学校で赤瀬川原平さんの教室に1年間通ったことですね」

川田「赤瀬川原平さんというと前衛美術家でもいらっしゃいますし、芥川賞作家、エッセイスト、老人力という言葉が流行語大賞にノミネートされました。赤瀬川さんとの出会いはどういうきっかけなんですか?」

久住「赤瀬川さんところが面白いんじゃないのって言ったのは高校の同級生で、僕は絵が好きだから本当は美術大学に行きたかったんですよ。
高校2年生のときに『美大に行きたい』と言ったら、先生に『遅い』って言われて、諦めて普通の大学に行ったんですけど。
どうしても美大みたいなものに行きたくて親に言って1週間に1回行かせてもらいました」

川田「赤瀬川さんって、当時はどれくらいの方としてみんなは認識されていたんですか?」

久住「その頃はまだ売れてなかったですからね(笑)」

川田「ここをターニングポイントに挙げられた理由は何ですか?」

久住「そこで泉晴紀さんという人と会って、彼と一緒に漫画を描いて81年にデビューするんですよ」

川田「泉さんとやろうとなった経緯は?」

久住「泉さんが漫画家になりたいと言って漫画を描いたんですよ。その絵を見たときに、“これは売れないだろう……”って(笑)」

川田「そっちですか!」

久住「すごく古臭い絵で“今時こんな絵?”って思って。
うちに帰ったら“これ以上は古くならないだろう”と、最初から古い漫画でその人が描きそうもない内容を描いてたら面白いんじゃないかと思って。
それで、ある一人のトレンチコートの男が容疑者で弁当を食べる、っていうだけの漫画を作って。
泉さんにコンテを描いて渡したら、『おもしろい!これは絶対にデビューだ!』って、彼は一点の曇りもなかったですね」

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>>来週も引き続き、漫画家・ミュージシャンの久住昌之さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2018.07.15

「ベストアルバム出したタイミングで“もう無理かな…”っていう気持ちになって」:清水翔太
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、シンガーソングライターの清水翔太さんをお迎えしています!

清水翔太さんの第1の人生のターニングポイントは、中学生の頃。
D'Angeloの『Brown Sugar』という曲に出会い、オリジナルの曲を作るようになったということです。
今の清水さんの音楽スタイルの原点になった出会いでした。

そんな清水翔太さんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺いました。


●人が好き


川田「最近、真空低温調理にはまっていると聞きました(笑)」

清水「食が好きで、家電とか大好きなんですよ。
オススメの家電を聞いてる時に、真空低温調理器というのがあるって聞いて、“なんじゃそりゃ!?”っていう、肉とかがすごい美味しく作れるんですよ。棒なんですよ」

川田「棒?」

清水「ただそれを鍋に入れて温度を一定に保つんですよ。真空にした生肉を入れてじっくり火入れしていくんです」

川田「その棒があればガスで火をつけなくていいんですか?」

清水「そうなんですよ。肉だと50度後半で2〜3時間ずっと置いておくんです。そしたら、均一に火が入って旨味が外に漏れないんですよ。焼くと外に出ちゃうので」

川田「美味しそうですね(笑)そういうこともされるんですね。人を呼んで、ということもあるんですか?」

清水「ありますね、人といるのがすごい好きで。僕の家ってリビングがあって、スタジオにしてる部屋があって、寝室があって、2LDKなんですけど。
僕はほぼスタジオか寝室だけなんですよ。リビングってほぼいないんですけど、人がくつろげるようにソファも大きいのを買って、本とかも置いて、人が家にいてほしいんですよ」

川田「ちょっと意外かもしれないですね」

清水「昔は1人が好きだったんですけど最近苦手になってきちゃって。常にオープンにしてて、みんなアポ無しでくるんですよ(笑)。
いきなりピンポンが鳴るみたいな、“いるかなと思って”って(笑)」

川田「それを聞いたらみんな行きたくなりますよ。困ったら清水さんのうちに行けば何とかしてくれるみたいなね(笑)」

清水「ぜひぜひって感じです(笑)」

●転機となったアルバム『PROUD』


川田「清水翔太さんの第2の人生のターニングポイントはいつのことになりますか?」

清水「2016年、27歳のときに『PROUD』っていうアルバムをリリースしたしたんですね。そのアルバムがポイントですね」

川田「このアルバムはどうやって出来上がったんですか?」

清水「この前のアルバムがベストアルバムで、そこまでは周りに気を使いながら活動してたんですよ。
“こういう曲を世間は求めてるから”とか、“レコード会社さん的にはこういう清水翔太を作っていきたいかな”とか、いろいろ気にしながら曲を作っていると自分自身が薄くなっていってる中で、でも結果が伴えば全然いいかなと思っているんですよ」

川田「はい」

清水「やっぱり恩返しをしたくて。自分を見つけてくれた人たちとか、育ててくれた人たちに還元したいっていう気持ちがあったので。
いろんな人の言うことを聞いて結果が出るならいいなと思っていたんですけどこれが出なくて」

川田「そうだったんですね」

清水「“これぐらいは売れてほしい”っていう以上に売れないというか、全然売れないみたいな。
全部自己責任で思い切りやってなかったとしても“清水翔太はこういう人”ってなっちゃうので。そういうのが悔しくて」

川田「うんうん」

清水「7年ぐらい頑張ったんですけどどうにも結果が出ないというところで、ベストアルバム出したタイミングで“もう無理かな…”っていう気持ちになって、海外に住んだりして自分をリセットした方がいいなと思って」

川田「そこまで落ちてしまった時があったんですか」

清水「活動休止したところで戻って来れる席があるか分からないし、やめるっていう覚悟で…なんですけど、急に“いや、ダサいな!”と思っちゃって。
場所を変えて何かが変わるわけじゃないし、そこで学ぶこともたくさんあるかもしれないけど。一番最初を思い出せば“日本の音楽シーンで俺がひっくり返してやる、天下取ってやる”っていう気持ちを諦めるっていうことじゃないですか」

川田「はい」

清水「“まだ、全然出し切ってないじゃん!やっぱりやめる!”って言って、レコード会社さんとか事務所さんにも『一回、自分の信じるものを思い切りやらせてください』というところで出来たアルバムが『PROUD』だったんですよ」

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>>来週は、漫画家・ミュージシャンの久住昌之さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2018.07.08

「シンガーソングライターとしての自分が始まったのは、D'Angeloと出会ったからなんですよね」:清水翔太
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先月ニューアルバム『WHITE』をリリースしたばかりの清水翔太さんをお迎えしました。
清水翔太さんの人生に起こるターニングポイントを伺いました。


●とにかく歌が好き


川田「清水翔太さんがデビューしたのが18歳、デビューのきっかけはオーディションですよね?」

清水「そうです。最初オーディションで、それは落ちたんですよ…落ちたのか、あえて落とされたのか」

川田「わたし、そのオーディションの現場にいたんですよ」

清水「え!それは恥ずかしいですね(笑)」

川田「あの時はダンスボーカルグループを作る、っていうオーディションだったんですよね」

清水「そうですね、落ちて、まもなくしてオーディションをやっていた担当の方から連絡が来て『オリジナルを作ってるなら送ってくれ』みたいな」

川田「そもそも、清水さんは小さい頃から歌手を目指していたんですか?」

清水「はい、物心ついた時から家族に『歌手になる』って言って、ずっと歌っていたみたいで」

川田「当時目指していた歌手はいるんですか?」

清水「小さい頃は親がアイドルにさせたいと言ってて。『この子はキムタクになるから』と、いろんな人に言いふらして、僕もまんざらでもないみたいな感じだったんですけど(笑)。
途中で、『アイドルではないな』ということに気付いて」

川田「どのへんの段階で気付いたんですか?」

清水「僕、昔はすごいかわいい顔してて、わりとアイドル顔だったんですけど(笑)。
どんどん自分に伸び代がないと気付いて、身長も低いし。声とか、自分の好きな歌い方はそういう方向性じゃないなって気付いて」

川田「なるほど」

清水「一番最初にライブに行って、歌番組を見てて“好きだ!”って思ったのが、T.M.Revolutionさんだったんですよ」

川田「音楽が常にある環境を作ってくれたのは親御さんだったり、家族だったんですか?」

清水「母親がずっとスナックをやっていて、マイクを持って歌うっていうことは小さい時から慣れていましたね」

川田「マイク持って歌って、誰かに聴いてもらいたいっていう気持ちはあったんですね」

●D'Angeloとの出会い


川田「清水翔太さんに訪れた第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

清水「中学生になってすぐくらいの時に洋楽に興味を持ち出して。“洋楽を聴かないとこれ以上上手くはならない”って急に思ったんですよ。
今でも自分にとっての最大のヒーローなんですけど、D'Angeloというアーティストと出会うんですよ。『Brown Sugar』っていうアルバムに出会って、だいぶ変わりましたね」

川田「この曲を聴くといろんな思いが蘇ってくるんですね」

清水「周りにも『これ、やべーぞ!聴いてみろ!』って、いろんな人に聴かせたんですけど、そこまでいいリアクションを得られなくて。
“なんでこれがわかんねーの!?“って思ってましたね」

川田「それを中学生の時にわかる感覚って何なんでしょうね」

清水「やっぱり他のアーティストと違いましたよ。R&Bはいっぱい聴いてたんですよ。Brandyとかが流行ってた時期で、ガチャガチャしたR&Bを聴いてて、そこに何とも言えないうねりの…でも、オシャレで歌とかコーラスがマジでかっこいいみたいな、他と違いすぎる“なんじゃこりゃ!”っていう衝撃を受けて」

川田「なるほど」

清水「ライナーノーツって国内盤のCDには付いてて。『Brown Sugar』の国内盤を買った時に、18歳でこの曲を作ったと書いてあって。
“え、自分で作ってんの?やば!”と思って、俺も自分で作って、自分で演奏して、自分で歌うやつになりたいと思って」

川田「うんうん」

清水「僕は楽器とか何の知識もないけど、とりあえず親に頼んで『絶対に売れてお金返すから、曲を作る機材を買ってくれ』って言って。
お店に行って『とりあえずシンセを買えば作れますよ』っていうことで、でっかいキーボードを買って曲を作ってみたりして」

川田「独学でそこからやっていったんですか?」

清水「そうですね。ドレミがどこかも分かってなくて(笑)それが14歳くらいだったと思うんですよ。
シンガーソングライターとしての自分が始まったのは、D'Angeloと出会ったからなんですよね」

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>>来週も引き続き、清水翔太さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2018.07.01

「みんなにシェアしたいと思ったんですよね」:たかのてるこさん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、旅人でエッセイストのたかのてるこさんをお迎えしました。

たかのてるこさんの第1の人生のターニングポイントは、20歳。
初めて海外一人旅をした時です。
この経験を経て、自分の欠点が長所だと思えるようになったそうです。

今日は、そんなたかのてるこさんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺いました。


●命綱なしのバンジージャンプ


川田「たかのてるこさんに訪れる、第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

たかのてるこ「2011年に18年勤めた、東映という映画会社を辞めたときですね」

川田「辞めるというのは大きな決断だと思いますけど…」

たかのてるこ「めちゃめちゃ緊張しますよね!(笑)」

川田「私も4年前に退社をしてるんですけど緊張しました(笑)」

たかのてるこ「気持ち的に、人生で命綱なしのバンジージャンプを飛んだときっていうのがこの時ですね」

川田「どうなるか分からないバンジージャンプですね」

たかのてるこ「私の場合は、旅人・エッセイストとして独立したんですけど。周りは『旅人なんて言っていいのは、中田ヒデだけや!』と、『あんたはただの無職やないか!』と言われて(笑)」

川田「実際に出てみていかがでしたか?」

たかのてるこ「命綱なしのバンジージャンプを飛んで、降り立ったら何のことはないお花畑でした(笑)」

川田「どういうことですか?(笑)」

たかのてるこ「会社辞めて7年経つんですけど、毎日、自分の好きな教科の宿題しかやっていない毎日の人生の夏休みがやってきたみたいな」

川田「辞めてすぐ仕事も上手くいきましたか?」

たかのてるこ「そうですね、バタバタしてるうちに」

川田「ここまではそんな大きな壁に当たったことはなかったですか?」

たかのてるこ「『生きるって、なに?』っていう本を出したんですけど、その直前が辛かったですね」

川田「じゃあ、けっこう後になってから来るという感じなんですね」

たかのてるこ「初めの5年くらいは、“こんなに楽しくていいんだろうか?何か落とし穴があるんじゃないか?”とか思っていましたね」

●「生きるって、なに?」


川田「第1、2のターニングポイントを経て、現在、旅人・エッセイスト、大学の非常勤講師もされているたかのさんですが
学生の皆さんと話すとどうですか?」

たかのてるこ「おしなべて皆いい子たちなんですけど、未来に希望を持っていない子が多いんですよ」

川田「そうなんですか」

たかのてるこ「でも、長期的な目で見たら人類700万年の歴史で、人権、“みんなが平等に暮らす”っていう権利ができてまだ70年経ってないんですよ」

川田「短いですね」

たかのてるこ「そのことを思うと、昔は自分たちのリーダーを自分たちで選ぶこともできなかったし、人権もへったくれもない時代が続いてきて初めてなんですよ。毎年毎年、最高の時代を更新してると思えるようになったのは」

川田「この『生きるって、なに?』という本を書くことになったきっかけは何ですか?」

たかのてるこ「大学で教えた後、いつもご飯に連れて行ってあげるんですけど。ある時『生きる意味がわからないんです』と教え子から悩み相談を受けて。
『私もわかるわ〜〜!』って思ったんです。なぜなら、私も会社を辞める7年前に生きる意味を見失いかけて、本当にへこんだので他人事じゃなかったんですね」

川田「はい」

たかのてるこ「その彼が時々読み返したくなるようなアンサー本を書いて、私も読み返して自分自身も元気にできる文章が書きたいと思って、まず、教え子に『こんな文章書いたんだけど』って渡したら、『初めて生きるのが楽になりました』って言われたんです」

川田「うんうん」

たかのてるこ「彼はお母さんに『人に迷惑をかけたらいけない』と、子供の頃からずっと言われてきて甘えることができなかったんです。
『人に迷惑をかけていいんだよ』って言ってくれたのが初めてだったって言われて」

川田「この本を読み進めていくと、『幸せになるってどういうこと?』と、質問と答えが繰り返されていて。言葉がわかりやすく繋がれている本ですよね」

たかのてるこ「深く掘り下げていくと、最終的にはすべての自然とつながって、宇宙にまでつながっていくという、ミクロとマクロを行ったり来たりする本なんですけど。
『生きるのが楽になりました』って言われてハートに火がついて、私も子供の時に『人に迷惑をかけてもいいんだよ』って言ってもらいたかったなと思って、みんなにシェアしたいと思ったんですよね」

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>>来週は、清水翔太さんをお迎えしてお話しを伺っていきます。
お楽しみに!

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