講演会を試聴する
野口健 講演会(4分抜粋)を試聴できます。
※試聴には「Windows Media Player」でお聞きください。
パソコンで聴く
インターネットに繋がる携帯端末でもサンプル音声を試聴可能です。
※機種によって試聴できない場合がございます。
※サンプル音声では氷河湖が東京ドーム13個分と話していますが、現在(2007年度発表)は32個分です。
コラム [ 2009年度以前 ]

2009年2月14日 新刊『自然と国家と人間と』発売のご案内

1999年、エベレストに登頂後、『落ちこぼれてエベレスト』を出版して10年がたちました。翌年からは、エベレスト清掃登山を行い、ゴミという視点から環境問題を訴えました。その後は、環境学校の実施、地球温暖化によるヒマラヤ地域の氷河湖融解の問題、そして問題解決のため国際会議に出席しました。一方、ネパール国内での教育支援の必要性を感じ、育英資金や学校建設のための基金の設立も行いました。また、ヒマラヤ登山の死の恐怖の中で、ふと先の大戦で亡くなった方々の思いが胸をよぎり、未だ日本に帰れない旧日本兵のご遺骨の収集活動も取り組み始めました。
 この10年間、前へ前へと進んでいきましたが、活動を通して、新たなテーマが見つかり、それにより更に道が広がっていきました。これも多くの方々のお力添えがあったからこそと、大変感謝いたしております。
 このたび、それらの活動を通して、現場で見て、聞いて、感じた事を1冊にまとめました。この本は、日本経済新聞社の連載「ガイア礼賛」(2006年1月〜2007年12月)をまとめ、さらに加筆したものです。私が現場で感じた本音を書きつくしました。
 お時間ありましたら、ぜひ、ご高覧いただければと思います。




日経プレミアシリーズ
「自然と国家と人間と」本体 850円(税込893円)
発売元:日本経済新聞社出版

大変申し訳ございませんが、以下、訂正部分があります。
 P66 1行目 エベレストのベースキャンプ入り(チベット側)→(ネパール側)
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事務局そるとこと塩澤でございます。

この著書につきましては、講演会当日に直筆サイン入りで販売させて頂きます。

詳しくはこちらをご覧下さい。

さて、これから徳島に移動します!徳島の皆さん、お会いできるのを楽しみにしていますね!

See You NEXT!

2009年2月9日 「コスモ アースコンシャスト アクトIN愛知」2000人越えに驚き

 2月7日、名古屋市にて「コスモ アースコンシャス アクト」の講演会が行われました。鳥取に引き続き今年2回目。名古屋は毎年何回も講演に出かけます。この「コスモ アースコンシャス アクト」でも名古屋市はすでに3回目。正直、「同じ場所でこれだけ講演しているのに本当に人が集まるの?」と、それでも講演会の主催サイドは「申し込みが多いので、今年から大きな会場に変える」と自信満々。本人は「そんなに大きな会場で大丈夫」と会場に到着するまではプレッシャーで一杯。大きな会場でガランガランなら惨めだし辛いじゃないですか。人が集まらないのならば小さなホールのほうが救われる。しかし、開演3時間前からお客さんの列が並び私が会場に到着した2時間前にはすでに長い列が出来ていました。特に女性が多く、寒いのに大丈夫だろうかと心配になるほど。

 そして驚いたのが3階席まで埋まり2000人を超えた。2時間15分の講演にサイン会、握手会に2時間、合計4時間15分。一息入れる間もなく600人を超える方と握手に写真撮影。もの凄い人のパワーだった。二週間前のヒマラヤが嘘のように人・人・人。6000Mを超える高所に上がるためにはアップダウンを繰り返し少しずつ高度を稼ぐ。いわゆる高所順応が必要となりますが、ヒマラヤ帰国翌日からいきなり講演ロードに突入。順応無視。そしてとどめがコスモ アースコンシャス アクト(笑)。体がビックリ。「コスモ アースコンシャス アクト」は��島、東京、仙台、大分とまだまだ続きます。
 
 握手会、写真撮影会が想定していた時間を大幅にオーバーし会場を後にしたのは17時5分。あれでよく18時発の福岡便に乗り込めたものだと奇跡でした。タクシーからカウンターまでダッシュ!最後は息をゼーゼーさせながら機内へ。しばらく「ハァーハァー」していたのでスッチーさんに怪しまれたかな・・・?
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 2月8日は佐賀県で「県民カレッジ記念講演会」が行われた。300人のホールは満席。ホールに入りきれなかった約100人が研修室にてモニター視聴。なんともありがたいことじゃないですか。先程二泊三日の講演ロードを終え東京に戻ってきました。一人誰もいない事務所でこの原稿を書いていますが、ふとあの人・人・人の渦が夢だったんじゃないかと思えてしまうほどあっという間の出来事でした。ただ、圧倒されれば、その分だけこちらのエネルギーをグググッと放出します。講演は一人でしゃべっているようでいて、実は会場との言葉のキャッチボール。相手が多ければ多いほど跳ね返されそうになる。しかしそのパワーに負けちゃいけないとアクセル全快。その時はテンションが高まっているので気がつかないけれど、こうして一人になった時にガクッと力が抜けてポケーとしてしまうもの。

 それにしても、佐賀での出来事。福岡から佐賀までのタクシーですが、どうみても道が違うので運転手さんに指摘したら「こっちからのほうが近道」と言って聞く耳をもたない。カーナビの見方も今ひとつ分からないようで、こちらもイライラしながら「だから違う!反対じゃないの!ちゃんとカーナビみてよ」と指摘するものの「私には私のこだわりがある」と完全に開き直り。こだわりって何?訳わかんないよ。もう。最後は「ですから次右!その次は左!」といちいち後ろから言わなければならず、結局本来は1時間弱のところを2時間10分。最後まで自身の過ちを認めなかった。タクシー代払わずに下りちゃおうかと思ったが、これって犯罪になるの?講演会場前で逮捕されたくないし、講演開始時間が迫っているし、泣き寝入り。う〜ん、悔しい!
 
 そして帰り!今度は佐賀から飛行場までのタクシー。もちろん行きとは違うタクシーに乗り込んだが、再び迷子。いきなり交差点で運転手さんが下りてしまい道を聞きにいってしまった。キョロキョロしながらまた迷う。行きも帰りもどうしてこうなのかと、彼らは運手のプロなのにプロじゃない。少なくとも私にはプロの気迫を感じられなかった。人間誰しも間違いはあるもの。それを問題にしているのではなく、プロがプロとしての自覚、プロとしてのプライドを持っていない、これはよくない。

 同じタクシーでもMKタクシーの運転手さんにはいつも強いプロ意識を感じる。本当によく道をよく勉強している、そして運転や対応が実に丁寧、車もきれいに磨いている。そのプロ意識に感動して私はMKタクシーの青木社長に「御社の運転手にはいつも感動させられますよ」と連絡させて頂いたほど。プロにとっての生命線はプロ意識です。まあ〜色々な運転手さんがいますから、たまたまだったのかもしれませんが、ただ、道を知らなさすぎる運転手さんが多いんだよなぁ〜。山岳ガイドがお客さん連れていながら山の中で迷子になるようなもの。いずれにせよ私自身、MKタクシーの運転手さんからは学ぶべきことが多いということでこのお話しは終了!

 さて最後は愚痴になりましたが、そんなこんな旅でした。それではお休みなさい。

2009年2月5日 再び八ヶ岳〜子役はハンサムボーイ〜?

 先程、八ヶ岳から戻りました。一昨日(2月1日)の深夜に八ヶ岳の玄関口である渋御殿湯入り。今回の八ヶ岳はNHKのBS-hiの「わたしが子どもだったころ」のロケ。八ヶ岳・天狗岳は16歳の時に僕が始めて登頂した山。登山家・野口健の原点でもあります。その天狗岳に登りながら自分が子どものころを振り返るという内容です。オンエアーは2009年2月11日(水)22時〜22時44分(NHKBS−hi)、再放送は2月13日(金)12時〜12時44分。

 番組では僕の半生が再現ドラマされるとのこと。野口健役の子役を探すのに一苦労したとか。ディレクターの話では小学生時代の僕にそっくりだそうです。とっ いう事はかなりのハンサムボーイ?




 2日、登山開始。黒百合ヒュッテで昼食を頂き、午後に東天狗岳に向けてアタック。この日は風邪が強く雪が吹き上げられ寒かった。途中、噴火直後の浅間山が見えた。確かに山頂付近からモクモクと煙を吹いていた。ニュースによれば関東にまで灰が降っているとのこと。大噴火ではないのに凄いねぇ〜。あの程度でそうならば、仮に富士山が大噴火を起こしたらどうなってしまうのだろうか・・・。



ブリザードの中を進む


噴火する浅間山

 まずは東天狗岳に登頂。次に西天狗岳に登頂。クルーたちは初雪山登山。山頂で「きれい!」と銀世界に感動している姿を見ながら、20年前の自分の姿と重なってみえた。それにしても最近よく山に登っているなぁ〜 まるで本物の登山家みたい。

西天狗岳山頂手前にて キャー渋い!


西天狗山頂にて




東天狗岳山頂にて テレビクルーのみなさんと

 登頂後、黒百合ヒュッテまで下りこの日は久々に黒百合ヒュッテ泊。若旦那のたけさん達とウィスキーを飲み始めたら止まらなくなり山小屋にしては異例の24時まで飲み続け最後はヘベレケ。最後は自分の部屋まで自力で歩けないほどであった。たけさん、山小屋のスタッフのみなさん、本当にご迷惑をおかけしました。お陰さまで楽しい夜でした。それにしても飲みすぎちゃったなぁ〜。


黒百合ヒュッテでインタビューを受ける


黒百合ヒュッテのみなさんと

今週末は、名古屋での講演。皆さんよろしくお願いします。

野口健

2009年2月2日 大阪と鳥取にて講演会!

八ヶ岳から下山し再び講演生活に戻った。1月31日は大阪にて「トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(主催・安藤スポーツ・食文化振興財団)で基調講演。この財団は日清食品の創業者である安藤百福氏が食文化とスポーツを盛り上げていくことを目指して1983年3月25日に設立されました。特に最近では子供たちの野外活動にも力を入れ、今回のコンテストは各種団体が行ってきた自然体験活動プロジェクトに対し表彰式が行われました。

 講演終了後、大阪から鳥取に移動。夜は「かに吉」さんで蟹料理のコースを頂いたが、これがこれが激うま。新鮮なので手でバキバキと蟹をつかみかぶりついたが、手が臭くならない。「かに吉」のご主人が鍋に蟹をさっと入れてタイミングよくお皿に乗せてくれる。半生のような状態で蟹のお肉がまるでゼリーのようにプルンプルン。これはけっしてオーバーではなく間違いなく私の人生で最もおいしかった蟹料理でした。鳥取に訪れる方はぜひぜひ「かに吉」さんに足を運んでみてください。間違いなく感動しますから。

 2月1日は鳥取のとりぎん文化会館で「コスモ・アースコンシャストアクト」の講演会が開催されました。800人を超える方が集まりテンションがあがりました。2時間15分の講演と一時間半のサイン会・握手会。このコスモ・アースコンシャストアクトはコスモ石油と全国のFM局がタイアップして行われているイベントです。2001年から毎年8月には全国のFM局がリスナーさんを募集して富士山に大集合。一泊二日で清掃活動やトレッキングを行う。私が富士山清掃活動を始めた頃からずっと一緒に活動を続けてきました。これからも名古屋、徳島、東京、仙台、大分にてコスモ・アースコンシャストアクトの講演会が予定されていますので、まだ受け付けていますのでお時間ありましたらいらしてください。











 この講演会で恒例となっているのが講演後のサイン会と握手会。本のほうも「落ちこぼれてエベレスト」と「富士山を汚したのは誰か」を販売しましたが、何人もの中学生が「落ちこぼれてエベレスト」ではなく「富士山を汚したのは誰か」をチョイスしたのには驚いた。「富士山を汚したのは誰か」は新書で、どちらかといえば大人むき。その子どもたちに「落ちこぼれてエベレストのほうが分かりやすいと思うよ」とアドバイスしたら「いや、講演を聞き、もっと富士山の事を勉強したくなりました」「環境問題に関心がありますから」と答えてくる。今どきの子供たちは真面目ですねぇ〜。










 今日の握手会でもおそらく300人以上の方と握手したんじゃないかな。いつだったか東京講演では500人以上の方と握手しましたが、その帰りの出来事。高速道路の料金所で切符を取ろうと、料金所のおじさんから切符を受け取ろうとしたその時、無意識にそのおじさんの手を握り握手をしてしまった。そのおじさんはギョッとした顔で慌てて手を引っ込め唖然呆然としていたが、こちらも恥ずかしくて死にそうだった。相手の手が見えた瞬間に思わず握手してしまったのだ。今はETCがあるのでそんなミスは犯さないが・・・。それにしても料金所のおじさんはさぞかし驚いたに違いない。ホモかと思われたかなぁ〜。
 
 鳥取での講演を終え東京に戻る。この日はこれで終わりではなく羽田からそのまま車で八ヶ岳・渋御殿湯に向かう。2月2〜3日はNHKのロケで八ヶ岳の天狗岳に登る。とっ、言ってもつい先日登ったばかりですが・・・。23時、渋御殿湯に到着。いや〜再び弾丸移動の日々が始まった。明日からの八ヶ岳は前回の教訓を生かし気を抜かないようにします。それでは、おやすみなさい。

2009年2月1日 八ヶ岳・渋御殿湯にて
野口健

2009年1月28日 「御坂山系・八ヶ岳にて 国内トレーニング開始」

ヒマラヤでのトレーニングを終え帰国。高所順応トレーニングとしてはまずまず。限られた日数の中で無駄なく行えたと思う。問題は体力面。アイランドピーク登頂後、山頂からそのままディンボチェ村まで下ったが、とてもくたびれた。14時間以上歩き続けていたので、まあ〜どうであれ疲れるものですが、懸念材料は回復力の低下。次の日にナムチェバザールまで下りましたが、嫌になっちゃった。スタミナを強化しないと「8000M峰の山頂から戻ってこられないぞ!」と春の遠征までに出来る限りコツコツとトレーニングを積まなければならない。永い時間を歩き続け、バテ慣れをしておかなければ、いざ本番で究極にバテたら足が上がらなくなるもの。



ヒマラヤから戻り平賀カメラマンとトレーニングを開始。1月25日、まずは富士山の麓、御坂山系からスタート。午前7時、河口湖の湖畔にある駐車場から登山開始。川口湖〜三ツ峠山〜天下茶屋〜御坂山〜黒岳〜新道峠〜大石公園を約11時間で歩いた。出来れば鬼ヶ岳まで進んで西湖にある「森の学校」まで下りたかったが時間オーバー。次回、もう一度リベンジすることにした。それにしても御坂山系を歩きながら富士山を眺めるのはなんとも贅沢。途中、太宰治が逗留していた天下茶屋でお蕎麦を頂いた。
そう、この天下茶屋で太宰治が「富士には 月見草が よく似合ふ」を詠んだと言われている。





天下茶屋で蕎麦を頂く

それにしても愛人と自殺未遂(この時は愛人(人妻)だけが死亡)。そして1948年玉川上水にて再び愛人と自殺を図り今度は目的を完遂させた太宰治。つまり二人の女性を死に導きながら、また薬物中毒も加わるわけで、よくもまあ〜それだけやっておきながらも社会的に抹殺されなかったものだとつくづく思うものです。


黒岳山頂の手前を登る


黒岳に登頂


破風山付近からの富士山

御坂山系から下山後、その日のうちに八ヶ岳、天狗岳の登山口にある渋御殿湯に移動。渋御殿湯は僕が最も好きな温泉宿。年に何度かこの渋御殿湯に籠り疲れを癒す。










1月26日、渋御殿湯〜天狗岳〜根石岳〜硫黄岳を縦走。硫黄岳から赤岳鉱泉に下る途中、腰までのラッセル(雪をかいて道を作る)となり、これが大変。左足がズボッと潜り、抜こうとして右足で立ち上がろうとすると、今度はその右足がズボッと潜る。もう最後は雪の中を泳ぐように進むしかない。縦走も終盤で気が抜けたのか、赤岳鉱泉に降りるルートを間違え、峰の松目方面へ下りてしまった。途中で気がついたものの腰までの雪道を引き返す気にもなれず、尾根から登山道の無い場所から無理やり下ってやろうとラッセルして下りていた。なにしろ雪の中を泳ぐようにして進んでいるために時間がかかって仕方がない。17時30分を過ぎ薄暗くなってきており、焦り始める。悪戦苦闘しながら下っていたら眼の前の雪や木が突然なくなっている。よくよく前方を確認したら目の前が崖。崖のほんの数メートル手前で気がつき、おそらく2メートルほど厚い雪の上に乗っかっているので、雪ごと我々の震動で流れてしまったらそのまま崖から落ちてしまう。その危機的状態に気がついていない平賀カメラマンが後方からドカドカと降りてきたので慌てて「淳、戻れ。ここから先は崖だ!」と声を上げた。二人して出来るだけ雪に振動を与えないように登り返すのだが、なんせこの雪だ。元の尾根に戻るのに2時間近くを必要としまた体力の消耗も激しかった。そして完全に真っ暗闇に。歩けなくなればビバーク(野宿)しかない。「おい、淳、お前ダウンジャケット持っているな。最悪、ビバークだ。ただ、死ぬことはないだろうから大丈夫」と根拠などどこにもないがとりあえずそう告げた。


天狗岳山頂までもう少し


天狗岳山頂にて 平賀カメラマンと


硫黄岳山頂にて・後ろは赤岳


硫黄岳付近でのラッセル

下り口を間違えた私の完全なるミス。「登り返す時の体力の消耗を思えば反対側の谷に下りオーレン小屋を目指そうと、冬は営業していないが確か避難小屋はあったよな」とオーレン小屋を目指し、長いラッセルが続いた。20時を過ぎた頃、ヘロヘロになりながらオーレン小屋に到着。避難小屋の入口は雪で覆われていて扉が開かなかったので、また二人して疲れてはいたがまだ体力が残っていたので夏沢鉱泉を目指しさらに下った。無事に  夏沢鉱泉に到着し山小屋で暖かいお茶に牛丼を頂いた時には心底ホッとした。渋御殿湯に戻ったのは確か23時頃。朝、渋御殿湯を出発してからざっと15時間。渋御殿湯のご主人、北澤惣一さんが車で迎えに来てくださった時には安堵感に包まれていたが、ご迷惑をおかけしてしまったと自分が情けなかった。反省とこれを教訓にしなければならないと胸に刻んでいた。


渋御殿湯で癒される

25〜26日の二日間で26時間を歩いた。色々ありましたが、体はよく動いてくれた。春の遠征まで2か月を切った。一日一日を無駄なく過ごしたい。


2009年1月27日 野口健