木村拓哉 Flow - TOKYO FM 80.0MHz - 木村拓哉

木村拓哉 Flow - TOKYO FM 80.0MHz - 木村拓哉

2021年10月31日Flow 第百六十九回目

今週はみなさんからいただいたメッセージを紹介します。最後までよろしく!

木村:いつもたくさんのメッセージありがとうございます。早速紹介していきましょう! まずはこちら!

【静岡県 ちゅいーん 27歳 女性】
拓哉キャプテン、こんにちばん!
先日、実家の掃除をしていたら
子供の頃に集めていた、「えんぴつのキャップ」がたくさん出てきました。
こんなにえんぴつを持っていないのに、なぜキャップだけこんなに集めたのか?
この歳になって謎です・・・ でも捨てずに大事にします。
拓哉キャプテンは子供の頃に集めていたものはありますか?
あと、なぜこれに熱中していたんだろう?みたいな物や事はありますか?


木村:鉛筆のキャップ、すっげぇ出てきたんだ? 俺、何集めてたっけな…? フッっと思い出すのが、“なんでこれを集めたんだろう?”って思うんだけど、それの1つが「切手」。けっこうお年玉を使ったりとかして(買った)。高いやつは高いんですよ。未使用とか高いんですよ、ホントに。「見返り美人」とか知ってます? あれとか、お年玉2万とか使いましたよ。小学校の時分の俺、お年玉すっげぇ貯めて、(これ、何に使うんだろう?”と思ったら、切手買ってるんですよ(笑)。“なんでそんなことをしたのかな?”っていう。それを(切手を)「うっわ、すっげぇ」とか「これ、オリンピックの記念切手なんすか!」とか言いながら、(当時の自分は)なんで現金握りしめてそれを買いに行ってたんだろうっていう(笑)。わかんないよね。
だってさ、ガンプラ(機動戦士ガンダムのプラモデル)とかあったじゃん。なんでガンプラに注ぎ込まないで、「見返り美人」1枚に2万使ってんだろうっていう。ガンプラだったらすっげぇ揃えられたじゃん。シャア専用全部いけたんじゃね?っていう位の金額を1枚の切手ですよ! それに使ってたりしましたね。
え? その熱が冷めたの? 覚えてない(笑)。そして、あんなお年玉をはたいてまで集めていたもの、今どこにあるのかわかんないです(笑)。やべぇ。ほんと覚えてないですね。

あと、これも何でそういうものに気持ちが行ってたんだろうって不思議になるのが、「土器」。不思議でしょ? 本物の土器。それを、東京都内のとある場所で、縄文式土器の破片を拾っちゃったんですよ。それがきっかけですね。“いや、これ、土器の破片かなぁ?”って持って帰って水洗いしたら、すげぇ模様とか出てきて。“うわ、やっべぇ!”っていうところからドーンッってハマって。歴史の授業でも習いますけど、縄文(時代)があったとしたら、その後、弥生(時代)があって。だから、縄文式土器と弥生式土器っていう。”これ弥生だなぁ”とか、”これ縄文だなぁ”とか。
あとね、そういうのやってるとね、変なタイミングで、青銅製の刀の柄(つか)だったんじゃないかって部分とか見つけちゃったりして。だから、貝塚とか一時期超好きでしたね。良い言い方をすれば、“トレジャーハント”していたね。その当時。自宅にありましたよ、ちょこちょこと。誰かがくれたクッキーかなんかの四角い缶の中に綿みたいなのを敷いて、自分が見つけた(土器)を縄文ゾーンと弥生ゾーンに分けたりとかして。その缶がいっぱいになってきたら「よーし、またもう一缶だ!」みたいな感じで、「じゃあ、この缶は1号として、2号目を作ろう」ってやってましたね。それも、どこいったのかっていうね(笑)。なんでですかね? あれ。ドーンッてスイッチ入っちゃうんでしょうね。その当時の少年・木村は(笑)。
続いては、相談です。

【広島県 そら 27歳 女性】
拓哉キャプテンこんにちきゅん!
リモートワークが増えて、自宅では部屋着で仕事をしているせいか
仕事中に眠くて仕方ありません。
拓哉キャプテンは睡魔と戦わなければいけないとき、どうやって乗り切ってますか?
今までで一番眠かったエピソードも聞きたいです!


木村:部屋着で仕事をしてると眠くなるの? 自分の中では、“寝間着”があって、“部屋着ってあんまりないんですけど。寝間着があったら、次私服。今日1日をまず、こういう日にしなきゃっていう、その方向性を向いた私服。
でも、俺、あんま眠くなんないんだよなぁ。僕はすごく恵まれてるとは思うんですけど、自分1人の仕事じゃないじゃないですか、どの仕事も。だから、(仕事に)行くと現場にスタッフがいてくれたりするし、で、そのスタッフは、自分(木村)に対して100で自分に向き合ってくれるから、だらだら仕事をするという感覚がまずないのと…そうですね、1人で仕事をしているっていう意識がないので、眠くなるっていうことがないかなぁ。台本をずっと読んでても、ずーっと台本を読むっていうのもないし、原則、台本読んでたら面白くて普通に読んじゃうから、なんだろうね。

「一番眠かったエピソード聴きたいです」って書いてあるので、“あれだったかなぁ?”って思い出すのが、ドラマ(『CHANGE』:フジテレビ系列)の撮影をやってて、内閣総理大臣の役を演ってた時に、千葉県庁で朝イチでロケをやって、その足で三浦半島の方まで行って、「畑で出来てるキャベツ、美味しいです!」って食べるシーンを撮って。その間に最終回か何かで、ワンシーンワンカットで28分っていうのがあったんですけど、それのセリフが送られて来たんですよ。説明すると、もともと、台本には「朝倉啓太の演説が始まる」って書いてあって、パッて(台本を)めくったら演説内容が書いてなくて(笑)。「あれ? これ(台本に書いて)ないんですけど?」って言ったら、「今、書いてます」「いや、書いてるじゃなくて、え? これ、このシーン撮るのいつでしたっけ?」って言ったら、「今週末です」って言われて。その時点で水曜日位だったんですよ。「いや、今書いてますって。いつ来るの?」って言ったら、「明日あたりには、多分…」って言われて(笑)、で、朝イチの県庁で撮って、三浦半島に移動する位のタイミングで「お待たせしました!」って(台詞が送られて)来て、“ああ、やっと来たか〜”って見たらすっげぇ量あって。“やっべぇな、コレ”って、ずーっと移動中読んで覚えてたんですけど。
そういう撮影スケジュールをやってる時に、『笑っていいとも!』(フジテレビ系列)さんから「来てください」ってなったから、あれ、生放送じゃないですか。で、車で向かってる最中に、頭がヒラヒラしてきて(笑)。“眩しい!”って、やたら眩しく感じて頭がヒラヒラして。しばらく目を閉じたらどうなるのかなって思って、目を閉じたんですよ。ちょうど(乗っている車が)レインボーブリッジを渡る位の時に目を閉じたんですよ。それで、“目を閉じたな”って思ってパッて目を開けたら、すごい人の声がして。“え?”って思って周りを見たら、スタジオアルタの前で自分が(番組に)来るってわかって来てくれていたファンの声で。その間落ちてた(眠っていた)んですよね。あれかな、一番眠かったのって。まぁでも、今はあんまりないかなぁ。

ではここで、こちらの曲をお送りしたいと思います。ちょっと恥ずかしいんですけど(笑)。
今月に入って耳にしてる方もいらっしゃるとは思いますが、以前、インスタでビクタースタジオの写真をちょこちょこっとUPさせてもらってたんですけども、その答えはこの楽曲です。
なんと作詞が真島昌利(ザ・クロマニヨンズ)さん、作曲が山下達郎さんということで、非常に”ウソでしょ?”っていう。山下達郎さんが、自分の(木村)のソロライブを観に来てくださった後に、非常に盛り上がってくださいまして。「そんなに盛り上がってくださったんなら、ぜひ(楽曲を)お願いしますよ〜」みたいな、40%くらいは冗談で言ったんですよ。そしたら(山下)達郎さんから連絡が来まして、「作ったよ、ほんとに」って言われて(笑)。「それで、今、詞はね、マーシー(真島さん)に頼んでる」って。「マーシーあのマーシーですか?」っていう。どこで達郎さんとマーシーが繋がってたんだろうって思ったんですけど。
それで曲が出来上がってきましてですね。レコーディング、あとコーラスを入れる時は達郎さんと自分とマーシーさん3人でスタジオに入りまして。3人で一斉にコーラスを録らせていただいて、この曲の後ろの方でコーラスが鳴ってると思います(笑)。
それではお聴きください。木村拓哉で「MOJO DRIVE」。

M1.MOJO DRIVE/木村拓哉

(後TM:MOJO DRIVE/木村拓哉)

2021年10月24日Flow 第百六十八回目「拓哉キャプテン × 堂本剛」Part4

今月10月のマンスリーゲストは、堂本剛さんをお迎えしました!
剛さんとのトークも今週で最後。今日はみなさんから届いたメッセージを元にトークします。
そして、「堂本剛の人生の1曲」も伺います。最後までよろしく!


木村:ここから先はですね、番組に届いているリスナーからのメッセージに、剛にも付き合ってもらいたいと思います。

【岡山県 みちこ 37歳 女性】
キャプテンは、デジャブを感じることはありますか?
わたしは、地元の電車の車窓から見える家にデジャブを感じます。その辺りは住んだこともないし、友達もいない地域なのですが、なぜかデジャブを感じます。
ふと思い返すと、小学校低学年で引っ越しをした友達が住んでいた家に似ていたからかな?と思います。その友達の家は無くなっていて、最近よく「元気にしているかな?」と思い出すことが増えたので、余計にデジャブを感じるのだと思います。キャプテンには、こういう経験ありますか?


堂本:お兄さん、あります?

木村:デジャブ? ない。全然ないっすよ、僕。

堂本:え? めちゃくちゃありそうやけどなぁ。

木村:全然ないっすよ。

堂本:これは勝手な僕の決めつけですね(笑)。”木村拓哉”という人はデジャブがめちゃくちゃあるって勝手に決めつけてました。すいません(笑)。

木村:デジャブって、初めて行ったとこなのに、“あれ、ここ来たことあるよ!”っていう感じでしょ? ないね。

堂本:正夢もそうですよね。“あ、これ夢で見たなぁ”“あれ? この場所?”みたいな。そんなのないですか?

木村:ない。

堂本:決めつけてましたもん。”木村拓哉”という人はデジャブめちゃめちゃ多いタイプと思ってました(笑)。

木村:全然ないっすよ。逆に(デジャブ経験)ある?

堂本:僕は、多分みちこさんのおっしゃっている、“似てるから”とか、それが勝手にデジャブっていう風に認識させてるんだろうなってレベルなんですけど、なんかステージに立ってて、“あれ? なんか俺これ見たなぁ…”っていう、その一瞬に映ってるセットとか、人とか、景色とか画角含めて“あれ?”っていう時があります。“でもそんなことあるわけないよなぁ”ってぐらいに通り過ぎて行きますけど、“あれぇ?”みたいなのとか、記憶がちゃんと残っているわけではないけど夢で見たんかなぁ、みたいなのもあります。
「だからなんやねん」なんですけど。それが大切な何かなわけでもなくただのワンシーンなんで、なんかの思い過ごしだと思いますけど、そういう感覚になる時はありますね。

木村:夢を見たとしても、わりとストレスの高い夢を見るときの確率は高いかも。すっげぇ走りたいのに全然早く走れなかったり。あとね、“あ、あそこまで簡単じゃん”とか思いながら…夢の中でだよ。フンって飛ぶと、すんげぇ…(飛ぶ)。ほんと、アニメですよ(笑)。自分が行こうと思ってた場所へ飛べて、“これ最高じゃん!”って思ってて、それが5回ぐらいうまくいくんですよ。“じゃ、そろそろ帰ろっかな〜”って思って「よし! 行ったろか!」って飛ぶと、10センチくらいしか上に行けないの。「ウソーーーーー!!!」っていう夢だったり。

堂本:こうしたいけど、こうできないということですね。その感じの夢は、僕はないのかなぁ…。

木村:マジ? 俺、そんなのばっか。

堂本:ほんとですか? 多分、これもまた勝手な決めつけですけど、自分の中での到達点が高いんじゃないんですか? お兄さんは。

木村:そう? だって、見てる夢めっちゃ普通だよ。

堂本:(木村は)日常の中で「絶対俺はここまで行く!」っていう。普通の人からしたら、「やり過ぎですから。身体壊しますよ。そこまでやらなくていいですよ」ってなるけど、「いや、俺はこれをやらないと気が済まない。やることが礼儀も含めてやることなんだ」とか、お芝居をやる時に、「この役をやるんだったら、これをここまでやらないと意味がない」とか。普通の人だと、「そこまでやらなくてもいいじゃないですか。だって、そこ撮らないですよ」みたいな。「いや、そこ撮らないけど、そこをやらないと他のシーンでそれが映っちゃうから、やらなきゃいけないんだよ」ということだったりとか、なんか目標とする場所がすごいんだと思うんですよ。勝手な僕の決めつけですけど。
それが日々あると、そういう夢に反映されるのかなぁとちょっと思っただけなんですけど。

木村:どうなんだろうなぁ。でも、剛が言ってた「そこ撮んないっすよ」っていうところ、やりそう(笑)。

堂本:これは決めつけかもしれないですけど、“そこまでやらんでもいいよな”ってところとかをやってはるなぁってっていう。でも、それが確実に伝わる人には伝わるから、やりたいと思ったり、やるべきことだと思ったら、絶対にやるべきことになる。
なんの世界でもそうじゃないですか。「こんなん誰がわかんの? 誰が聴こえんの、こんな音」っていう音をわざと入れたりするのも、でも、絶対に入れることで変わっちゃうから。入れるんだから絶対に変わるんですよ。それを理解する人って数人かもしれないんですけど、理解する人はいるので、やっぱり自分が良いと思ってる具材だったら入れるんですよ。その人に伝わればいいだけで、自己満とかではなくて、わかる人がいるんだからそれを伝えるだけなんですよ。でも、大体の人は「それ、要りますかね?」みたいな。

木村:まぁね、手間もあるしね。

堂本:「なくて大丈夫じゃないですか?」ってなるんですけど(笑)。「いやいやこれは、やらないとだめだから」っていうことを(木村は)やられるタイプだと思うんで。

木村:けっこう好きかも。好きだなぁ…。うん。

堂本:絶対そうなんです。僕がずっと見させてもらってるお兄さんは、もう絶対そうだろうなっていう感じです。そこを、見てる後輩、見てない後輩がいると思いますけど、僕はそこを感じているので。それは、自分が真似できる、できないの領域でもない領域なんですよ。“その人の領域”なんですよ。

木村:すごいところを見られてますね。俺は。

堂本:だから、そういう夢になるのかなぁってちょっと思ったっていう話なんですけど。デジャブは、だから強烈に残ってるっていうのでもなかったりはしますけど、“なんか見たことあるなぁ”とかは、ちょっとありますね。

木村:“見たことあるなぁ”…。

堂本:“あれ、ここ俺、来たことあるかなぁ”みたいな。ほんと思い過ごしだと思うんですけど、来たことがあるんやとしたら、とんでもないことですからねぇ。

木村・堂本:(笑)。

堂本:“あれ、俺来たなぁ”ってなってほんまに来てたら、来てたのに忘れてたってことになるんで(笑)。

木村:(笑)。そうだね、違う症状だよね。それは。
続いてこんなメッセージをいただいてます。

【岐阜県 しま 50歳 女性】
キャプテン、こんにちわ。
キャプテン、去年の今頃、ピアノを練習してると言っていたような気がしましたが、続けていらっしゃいますか? 弾ける曲は増えましたか?
いつかピアノで弾き語りの曲とかも、聞いてみたいです。


木村:っていうメールが来てますけど。あー、言ってたね。ステイホームってなった時に、ほんと、だから“何しよう?”と思って、それで、「あ、久々に(ピアノに)触ってみっかな」って触ったことは確かにありますよ。なんですが、全然その後は触ってないです(笑)。

堂本:ホントですか。なんか身体を動かしてることって、すごく“生きてる”に繋がるじゃないですか。それがやっぱすごく好きみたいで。

木村:でも運動はしないでんでしょ?

堂本:ちょっと…。

木村:でも、こないだインスタで軽くステップ踏んでるようなやつ上げてたじゃん。

堂本:踊りは好きです!

木村:踊りは好きなんだ。

堂本:踊りはすごい好きなんですよ。僕、それこそ決めつけられてることで、“あんまり踊らない”とかあると思うんですけど、踊り、すごい好きなんですねぇ。で、お兄さんの踊り、好きです、僕。

木村:俺の踊り?

堂本:あるんですよ。お兄さんたちの踊りのジャンルってあるんですよ。

木村:(笑)。うちらの踊りにジャンルはないと思うよ。

堂本:いやでも、その「木村拓哉」ってジャンルがあるんですよ。お兄さんしか持ってないグルーヴっていうのがあって。それって(踊りに)出るじゃないですか。振付が同じだったとしても、人それぞれ違うから。お兄さんのグルーヴがあるんで。だから僕、お兄さんの踊り好きです。

木村:(笑)。こんな真正面から言われると。

堂本:(笑)。確かにちょっとお家時間が増えたから、英語とかやりたいなとか思ったんですけど、ちょっとできなかったですね。なんかやっぱ楽器、弾いちゃいましたね。

木村:でも、いつ始めても遅くはないから。

堂本:ないんですかねぇ。英語、じゃあちょっとやろっかなぁ。

木村:じゃぁ、自分ら(木村と堂本の)やりとりは全部英文にする?

堂本:はぁぁぁぁ……(溜息)。

木村:今、頭抱えたよ(笑)。剛が!

堂本:えぇっと…がん、ばれる、とは、思うんですが…。ちょっと一度、持ち帰らせて下さい。一度持ち帰らせていただいて。すいません(笑)。

木村:(笑)。わかりました。
今後、剛の目標だったり、夢だったり、“どんなことに挑戦してみたい”ってありますか?

堂本:例えば、毎年何かの機会にインタビューとかで聞かれた時にいつもお答えしてるのは、目標っていうものがないと言えばないんですよ。で、「こうしたい!」っていうのとかも、あまりなくて。“言うならば”っていうところで、”いつも自分らしく生きていたらそれが一番良いかな”って思ってるので、「どういう環境に自分がいたとしても、自分として生きることができる時間をより多く過ごせたらいいなと思っている」っていう答えにいつもなってしまってうんです。
やっぱりどんなところにいても、その人が自分らしくいれるってことが最大の喜びだと思うし、それを自分も…スタッフさん含めてそういう風に自分がさせてあげられるのであれば、させてあげたいなぁって思ったりとかして、いつも過ごしてるんですよ。
だから、自分が「絶対こうだから!」って言ったことを絶対やれとも思わないし、逆に聞いたりもするし、その人が出してくれたアイデアが反映されて世の中に出ていくこともいっぱいありますし。そんな風にして生きていけたらいいなぁって思ってるんで、今後の目標っていうのであれば、先輩だったり、後輩君だったり(堂本)光一とかもそうですけど、一緒に関わる人と、ただただそういう時間を過ごして、なにかモノを創って行くとか、色々な時間を育んでいくっていうことができたらいいなぁって、なんとなくボーッと思ってるって感じですかね。
なんか、僕はこんな感じで来てるので、お兄さんが良い意味で「木村拓哉っぽく」なくて、「ジャニーズっぽく」もなくて、「なんか今、こんな感じ」みたいなものが急にドンッと生まれた時に、ご一緒させていただくこともあるかもしれないですね。

木村:いや、あるでしょ。

堂本:なんでも言ってくださいね(笑)。お兄さんの為に僕ができることがあれば。

木村:(笑)。じゃぁ、ちょっとマック(マクドナルド)買って来てもらっていい?

堂本:わかりました! すぐ買いに行きます!

木村:(笑)。今月は堂本剛をお迎えしてお送りしていますが、この番組、毎回ゲストの方に「人生の1曲」っていうのを伺ってるんですけども。剛の「人生の1曲」はどんな曲になりますか?

堂本:スライ&ザ・ファミリー・ストーン (Sly & the Family Stone) 。ファンクバンドで、ファンクミュージックを僕が“演りたい!”とか“カッコいい!”とか思ったその衝動をくれたスライ&ザ・ファミリー・ストーンの中の1曲で、「Everybody Is A Star」って曲があるんです。
もう、“みんなスターだよ”っていう。ファンクミュージックっていうか、ほんとやわらかい楽曲で、アッパーな曲ではないんですけど、この曲を聴いてほんとにすごく癒されたというか、救われたというか。こんな、誰もが誰もに優しい日常が拡がればいいのにな、みたいな。太陽がふわぁっと当たっていくようなサウンドで、この曲を聴きながらちょっと救われた時間というのが幾度となくありまして、こちらを選ばせていただきました。

木村:じゃぁ、ぜひぜひ、ラジオの前のみなさんにも一緒に聴いてもらいたいと思います。
と、いうことで10月のゲストは堂本剛でした! ありがとうございました!

堂本:ありがとうございました!

M1.Everybody Is A Star/Sly & The Family Stone

(後TM:MOJO DRIVE/木村拓哉)

2021年10月17日Flow 第百六十七回目「拓哉キャプテン × 堂本剛」Part3

今月10月のマンスリーゲストは、堂本剛さんをお迎えしました!
付き合いの長い剛さんとのトーク、今週は更にディープにお届けします。
最後までお付き合い、お願いします。



木村:プライベートで聴く音楽とかって変わった?

堂本:一番最初の頃は(ジャンル的に)Oasisとか、UKロックを聴いてました。なんかああいう感じが良いな、みたいな感じで聴いてたんですけど、ある日を境に(番組が)『LOVE LOVE あいしてる』から『堂本兄弟』(フジテレビ系列)っていうタイトルに変わっていって、そこでギタリストの土屋公平さんに出会ったんです。公平さんが弾いていたギターがめちゃくちゃカッコ良かったんで、打ち上げの時にブルブル緊張しながら「あの時に弾かれたギターのフレーズがめちゃくちゃカッコ良かったです」ってお伝えしたら「ほんと? ありがとう! もし僕で良かったらギター教えるよ」って言ってくださって。それからギターを色々教えてもらっていく中で、「君は多分、UKロックではなくて、ブルースとかファンクが好きなんだよ」って言われて。「ブルース、ファンクですか???」みたいな。「じゃ、まずこれ聴きなよ」って色々なアーティストの音源をいただくんですけど。

木村:それは誰(アーティスト)だったの?

堂本:スライ&ザ・ファミリー・ストーン(Sly & the Family Stone)っていうファンクのバンドで。あとは、ブルースのハウンド・ドッグ・テイラー(Hound Dog Taylor)とかを渡されたりとか。「とりあえず、これ聴きなさい」みたいな。
で、家に帰って聴いたら“え? 何この音楽!”と思って。宇宙が広がっているような感じで、“あれ、僕が思ってたブルースとかファンクって、もうちょっと暗いドロドロしたイメージがあるけど、このファンクのスライの人たちは「太陽」の感じがするなぁ”と思って、その話を公平さんにしたら「そうなんだよ。スライは太陽が似合うファンクなんだよ。じゃぁ、もっとこれも聴きなよ、これも聴きなよ」ってことで色々聴かせていただいているうちに、“あれ、ちょっとUKロックじゃないなぁ”ってなって。“あ、ファンクがいいかも!”って思って、それから急にファンクにいったんです。

木村:へぇ〜!

堂本:今は亡きドラマーの村上”ポンタ”秀一さんも、「自分、ファンクやなぁ」みたいなところから、当時はMDなんですけど、めちゃめちゃファンク(の楽曲)がいっぱい入ったMDをくれて。「これ聴け!」「わかりました」って、そこにはドープなファンクがめちゃくちゃ入ってて。“わ、これめちゃくちゃカッコ良いかも!”っていうところから、“ファンクのギターとかベースってどうやって弾くのかなぁ”とかっていうのをどんどん勉強していって、“あ〜ファンクやりたい!”ってなったんです。なんか新しいものに出会って、テンションがバーン!と上がった自分を体感したんで、この衝動をそのまま音楽に込められたらいいなって思って。

木村:で、ソロデビューに至る?

堂本:はい。それで“ファンクしよう”って、どんどんなっていったんですよね。だからほんとに『LOVE LOVE あいしてる』があって、いろんな方とお話させてもらう中で影響をどんどん受けて今に至るっていう感じですね。

木村:で、ENDRECHERI(堂本剛ソロプロジェクト)、(略して)“エンケリ”でいいですか? エンケリはソロプロジェクトとして、すごい個性的なパフォーマンスをしてるじゃないですか。なんかこう、“どうしてもやりたい!”って思って?

堂本:ENDRECHERI(エンドリケリー)って、自分の好きな古代魚の名前をただつけただけなんで(笑)。最初、ジャニーさんが2人(Kinki Kids)になんかやらせたいっていうところから、事の発端は始まってるんです。

木村:そうなんだ。

堂本:はい。それで「YOU、ミュージカルやりなよ」って(ジャニーさんから)電話が来たんですけど、「いや、ちょっと」って言って(笑)。「え? 何?」「いやミュージカルでしょ?」「そうだよ、ミュージカルやったらいいんだよ!」って言われたんですけど、「いや、ちょっとどうかなぁ…ちょっと嫌やなぁ」って言ったら(ジャニーさんに)「断ったやつ、初めてだよ!」って言われて(笑)。

木村:(笑)。確かに初かもね。

堂本:でも、僕がミュージカルを演ってるイメージが湧かなくてですね。で、「ジャニーさん、ごめん。僕無理やと思う」って言ったんです。「じゃぁ、もういいよ」ってことで。僕は1年間、もちろんドラマとかはさせていただいてたんですけど、1人で何かをやりなさいということには乗っかってはなくて…あんまり1人で何かをしている想像ができなかったので、(光一と)2人でだったら(やってもいい)という感覚はあったんですけど。そしたら(ジャニーさんから)「YOU、音楽やりなよ」って言われたので、“じゃあ、音楽だったらいいか”と思って。「グループの延長とか、グループみたいなことはやるな。でないと、やる意味はないよ」って言われたんですよ。

木村:「Kinki Kidsとはちゃんと差別化して、やるんだったらやんなよ」という。

堂本:それから自分なりに色々に考えまして。最終的に今辿り着いてるところっていう感じですかね。

木村:ENDRECHERIを始動し。

堂本:(ENDRECHERIを)始動し、ジャニーさんもライブを観に来てくれたりとかしながら、演出を見て、「これは誰がこうしたいって言ったの? YOUが言ったの?」みたいな。「いや、僕じゃないよ」「なんでYOUが思ってないことやってんの」って(笑)。「ジャニーさん、調和ってものがあるじゃない? この人がこれが良いと思う、こうしたいああしたい、ということもやりながらステージにしていくって」って言ったんですけど、「いや、YOUはYOUのルールでやらないとダメなんだよ!」って言われて。「YOUのファンの人は本当に最高のファンで、YOUが何を考えているかを知りたくて、それをまた楽しめるファンなんだよ。だからYOUはYOUの考えていることやらなきゃダメなんだよ」って言うんですけど、“でも、1人で(ステージを)創っているわけじゃないからなぁ…”って思いながら(笑)、ジャニーさんの言いたいことはそこで理解をして。自分のオリジナリティを強めた状況をステージに持っていきなさいっていう、これは多分僕だけじゃなくて、誰にもあたる指導かなって思うんですけど。

木村:でも、俺、そういうことを言われたことない。

堂本:お兄さんがジャニーさんから言われた、めちゃめちゃ印象に残る、今でも思い起こす言葉ってあるんですか?

木村:俺は、だから“無茶苦茶”。「YOU、無茶苦茶だよ!」と、「YOU、最悪だよ!」と、あと、ザ・ローリング・ストーンズが日本に来てライブを演った時に、日本のみなさんは礼儀正しい大人しいオーディエンスだから、大人しく観てるじゃない。なんだけど、そうではなく、音楽というものが目の前にあって同じ空間でそれが演奏されている時、大人しく観ているのではなく、グァーー!って何かを爆発させてるようなオーディエンスの人が、何人かいたのね。そしたら(ジャニーさんが)一言、「あれがカッコ良いんだよ」って言ってて。“うん、なんとなく言ってることはわかるかなぁ”っていう。その当時ね。あと、マイケル・ジャクソンのライブに「YOU、行くよ」って言われて行って、マイケルだし、すっげーって思いながら一緒に盛り上がってたら、「そういうのがカッコいいんだよ」って言われて、「ああ、はい」って。
だから、さっきから剛が俺に話してくれるような、「YOUはYOUのやりたいことをこうしなくちゃダメだよ」とか、そういう深い熱い話って全然してないっすよ。

堂本:えー、なんかしてそうな印象しかない。

木村:全然してないです。

堂本:じゃあ、なんかジャニーさんが、お兄さんに対しては“こうした方が絶対に良い”って何かがあるんですね。“あんまり言わない(方が良い)”っていう。

木村:わかんないけど…。

堂本:そうだと思います。僕は多分、言ってあげた方が良いって思われてたんだと思うんですよね。お兄さんには言わない方が良くて。ジャニーさんの思ってる、“お兄さんが一番最高にカッコ良いところ”があるんですよ、絶対。それで、具体的に言っちゃうとジャニーさんが思ってるお兄さんのカッコ良さが出ないんですよ。だから「YOU、最悪だよ!」って言うことで、「なんだよ」っていうところから、お兄さんの、“ジャニーさんの思ってるカッコ良いお兄さん”が始まるんですよ。僕とか「最悪だよ!」とか言われたら普通に落ち込んでしまうから(笑)、「YOUはこうした方が絶対に良いからこうしなさい」「そっか、よし頑張ろう!」っていうのが、ジャニーさんの中にあったと思うんですけど。

木村:そうかなぁ?

堂本:僕、ジャニーさんと同じAB型なんで、わかります。

木村:ところで、突発性難聴を診断されたのは2017年? あれ聞いた時は、“え?”って思って、ビックリしたよ。最初に“あれ?”って思ったのは、どういう感じだったの? きっかけ的に。

堂本:2017年に突発性難聴になりました。お兄さんにもメッセージをいただいて、優しくしていただいて。(きっかけは)気圧が手伝ってかなぁって思うんですけど。すごい雨が降ってた日なんですけど、頭がめちゃくちゃ痛かったんですよ。風邪じゃないし、片頭痛にしてはデカいなぁって思いながら。その時、(光一と)2人でドラマを撮ってたんですよ。

木村:ドラマを撮ってた?

堂本:それでずっと撮影をしてて、最後のワンシーン撮りますよって言う時に、前室で急に“あ、やばい、倒れる!”って思ったんですよ。なんか景色が急にブワーって揺らいだんで、“あ、危ない”って思ったら持ち直して。大丈夫やったかって思ったら、高音が何百倍の音量で聞こえるんですよ。“うわ、うるさ!”ってなって。“あれ、何か変かも? あれ、マネージャーが目の前でなんか喋ってるけど、聞こえへん”って。「ちょっと待って。もう1回喋って」って言って喋ってもらったんですけど、すごいモゴモゴ聞こえて。“あ、これ全然聞こえてない”って思って、「ごめん、俺、耳変かも」って言って。

木村:自分の言葉、喋ってる音は問題なかったの?

堂本:自分の言葉も土管の中で喋ってる感じに響いてて。全く正常じゃないっていうことは、その場でわかったんで。

木村:そのハイトーンがうるさく聞こえるって、変だよね、絶対。

堂本:で、「ちょっとこの後病院行けない?」って言ったんですけど、病院が開いてないって言われて。次の日にどうしても治ってなかったら行こうってことにしたんですけど、その日はワンシーン残ってて、光一と喋るシーンがあったんですけど、何喋ってるかが全然わからないんですよ。高い音だけが耳塞ぎたくなるくらいほんと、うるさくて。でも、光一が何か喋ってる時は音が立ってるので、その音が消えたら僕の番かなと思ってセリフを喋って…っていう感じで撮ってるシーンがあるんです。何言ってるかも全然わからないんですよ。これちょっと、ほんとヤバいかもって思って。

木村:いや、ヤバいでしょ。

堂本:お家帰って、耳抜きとかしても何も変わらなくて。病院に行ったら突発性難聴って言われて。こればっかりはいまだに向き合ってやるしかないので。
だからアルバムを作っている時とかも、左の方がちょっとだけ低く聴こえるんですよ。なので、ヘッドフォンを両方すると、左耳は聞こえない癖に音量上げていくとハウリングが始まって、半音低く聴こえるんですよ。

木村:ピッチが?

堂本:はい。なので、右に負荷がずっとかかってるこの数年なんですけど、右でとりあえずピッチを聴きながら歌を歌うしかなくて。演奏もそうなんですけど、楽器の方はまだ、チューニングをメーターで合わせて押さえればその音は出るんで、あとはタイミングだけなんでやりやすいんですけど、歌はどうしても音程なので。瞬発的に今まで反応してたやり方だと通用しないから、やり方も変えなきゃいけなくて…とか。音のチェックをする時も、正面で聴くとしんどい日は右だけ向いて聴いてたりとか。“ピッチどうかな?”とかディレクションもしんどいんですけど、そういう時間を超えてでもやりたいことを見つけれた幸せもありますし、ジャニーさんの「YOU、音楽やりなよ!」っていうのもありましたし、やっぱり音楽は“音を楽しむ”って漢字で書くものだから、楽しんでいこうかなと思って、今もやってるって感じですね。

M1.GO TO FUNK/ENDRECHERI
BGM:ENDRECHERI POWER/ENDRECHERI

(後TM:MOJO DRIVE/木村拓哉)

2021年10月10日Flow 第百六十六回目「拓哉キャプテン × 堂本剛」Part2

今月10月のマンスリーゲストは、堂本剛さんをお迎えしました!
ここでしか聞けないトーク、お楽しみに!


堂本:(事務所から)急に「明日デビュー」って言われたりとか、全部急だったんですよ、僕ら。事務所に呼ばれて“何かなぁ?”って思って行ったら、「明日デビューだから」って言われたんですよ。「あ、明日ですか?」みたいな。「明日会見するからね」って言われた。

木村:(CDデビューする)その前に、金田一少年(ドラマ『金田一少年の事件簿』・日本テレビ)だったり、わりと色々なことやってたじゃん。

堂本:CDデビューさせてもらう前にいろんな活動はしてたって感じなんですけど。なので、僕たち(KinKi Kids)はこういう感じでいくのかなぁ…くらいに思ってたところで。

木村:そしたら急に呼ばれて、「明日デビューね」って。

堂本:はい。「家族にも言わないで」って言われたんですよ。「え? お母さんにも…」「あ、言わないで!」って。僕、真面目に、“言ったらアカンのか”って思って(デビューすることを)言わなかったんですよ。そしたら家族、そりゃビックリしますよね。「デビューすんの!?」みたいな。だから、Kinki Kidsは全部が「?」だらけで始まっていっちゃったって感じですね。

木村:でも、始まり方としては、とてつもない始まり方したじゃん。「硝子の少年」っていうやつ(曲)で。

堂本:はい。「硝子の少年」も…これもですね、先輩方のデビュー曲って、パーンッて感じの、キラキラキラーッてした感じの楽曲ってイメージがあって。当時、その時代はユーロビートとかが流行ってた時代なので。

木村:ですね。

堂本:そんな雰囲気の音楽が世の中に流れてたところに、急にマイナーコードの歌謡曲テイストの楽曲(「硝子の少年」)がドーンと入ってきて。これでデビューするってなったんで、それもかなり驚きました。

木村:(自分の場合は)楽曲に対する意識が全然なかったかも。

堂本:感覚的にですけど、デビュー曲ってもっと明るい派手なイメージだったので、(デビュー曲が「硝子の少年」に決まって)“え? この感じ?”と思いながら…でも、色々と聞いてたら、社長(ジャニーさん)も「この暗いのでいくの?」みたいな雰囲気はあったっていう話で。でも、周りのスタッフと色々話して「これでいきましょう!」っていうことで「硝子の少年」になったって話でした。

木村:へ〜!

堂本:今となっては、あの楽曲(「硝子の少年」)でデビューさせていただいて良かったなと思うことばっかりですけど、当時は若かったんで。

木村:今振り返ると、「硝子の少年」って良いよね。

堂本:とてつもない曲だなと思います。歌詞とかもそうですし、メロディもアレンジもそう。自分が音楽を勉強していく上でも、松本さんと達郎さん(作詞:松本隆、作曲・編曲:山下達郎)お2人の当時のご年齢や色々な状況の中で、10代の、ジャニーズのアイドルに曲を書くっていう時に、「よし! これでいこう!」みたいに(曲を生み)出していく感じとか、カッコいいなぁと。創り手として考えても、すごい曲だなって思いますね。
(松本隆さんと山下達郎さんは)「僕たちが歳を取っても歌えるようなデビュー曲を書きたい!」っていうテーマで書いて下さったっていうのも聞きまして。そこまで考えてもらって出来上がった曲だったんだなぁと。本当に、振り返っても、色々体感しても体験しても、もう1回勉強しなおしても、“デビュー曲”というもののすごさと、そこに込めてもらってる色々な想いというのはずっと続いていくもんなんだなぁ…とか、自分が歳を取る毎に、(曲に対して)深みが変わってくる、不思議なものだなと思って。今も大切に歌わさせてもらってますけど、いまだに難しいんですよ。ちょっと難しいです、この曲。

木村:そうなの? デビューってことで、パフォーマンスする際にはダンスもあったじゃん。で、“曲としては難しい”ってなったら、かなりハードル高いじゃないですか。

堂本:ハードル高いんですよねぇ。だから、(イントロ部分の)メロディが下りて“雨が〜”って入るこの時が1番、めちゃくちゃ緊張するんですよね。なんか無意識に力入っちゃいますね。毎回緊張してるんですよ、この曲歌う時。

木村:そうなんだ。そういう風には見えてなかったなぁ。

堂本:“今日はなんか上手くいったなぁ”って時と“今日はちょっと全然アカンかったなぁ”って時と。ほんとになんか、「お前次第やからな!」って言われてる感じもあって、すごく大変っていうか、勉強になる曲ですね。

M1. 硝子の少年/KinKi Kids

木村:音楽面でかなり大きな影響を剛に与えたって考えると、やっぱり音楽番組の『LOVE LOVE あいしてる』(フジテレビ)って相当だよ。

堂本:相当です。お兄さんにも来ていただきましたけど。

木村:お邪魔しました。

堂本:いわゆる、音楽業界のモンスターだらけでしたので。

木村:そうだよね。『LOVE LOVE あいしてる』のスタッフの方が音楽大好きで、ミュージシャンの方たちに対してのリスペクトもものすごくあった人だったから、そこにいてくれたバンドのメンバーのことは、あまり詳しくなくても知ってたもん。

堂本:ほんとにそんな感じでした。一番最初に「吉田拓郎さんと(番組を)やります」って言われた時に「え、どなたですか?」って。僕ら2人はほんと失礼な(笑)。拓郎さんも「こんな若者と…」みたいな感じで(笑)。でも、「すごい組み合わせだな!」って周りが言うんですよ。「あの吉田拓郎がテレビ出て、こんなちっちゃい子供と番組やる?」みたいな。“すごいことなんだなぁ”と思いながら、でも、周りの人は“吉田拓郎”という人を「こういう目で」「ああいう目で」見てるかも知れないけど、僕は「僕の目」で吉田拓郎という人を見ようと思って接したので。
それで、そのままずっと接しさせてもらう中で、“この人、すごい人なんや”ということを理解し、色々調べて“この人が僕と同じ歳の時にこのステージに立って、この歌歌ってんの?”とか、色々衝撃を受けながら、だんだん“音楽”っていうものの更に深みに招待してもらったというか。「こういうところが面白いんだよ」「こういうところが大変なんだけど、でも、ここがまたやっぱり音楽を作る喜びなんだよ」とか、そういうことを自然と教えてもらったので、あの番組はほんとに大きかったですね。

木村:(ギターは)あそこ(番組)で弾くようになった?

堂本:寮に岡本(健一)君が置いていってたオベーションのギターがあったんですよ。そのギターを長瀬(智也)君が弾いてて。「ああ、ギター弾けるようになりたいなぁ…」って言ったら、「剛も弾けばいいじゃん」って言われて、その時に弾いたのが、本当は一番最初なんです。その後に『LOVE LOVE あいしてる』で「ギターを演ります」って言われて。“いや、弾きたいと思ったけど、宿題がめちゃくちゃ多いなぁ”って思いながら。

木村:仕事になっちゃうとね。

堂本:なので、ドラマとかをさせていただく合間に帰って(ギターの)譜面を見て覚えて、それで当日行って(演奏する)とかやっていたので、最初の頃は楽しむまで余裕はなかったですけど。

木村:もう「仕事」という形で宿題を出され。

堂本:譜面を見るのが当時はしんどかったんですけど、今は譜面見るのも楽しくはなってまして。「ああ、こうか、ああか」って言いながらやるんですけど、昔は譜面、ほんと見たくなかったですね。

木村・堂本:(笑)。

堂本:それくらい、“毎日これやるんや…”って感じで。

木村:けっこう“漬け”だったんだね。

堂本:漬けでしたね。で、現場に行って、拓郎さんとか坂崎(幸之助)さんを捕まえて「すいません、ここわからないんですけど」って。

木村:すごいよね。「ちょっとわからないんですけど」って聞く相手が拓郎さんか坂崎さんっていう(笑)。すごい先生だよね。

堂本:すごいんです。贅沢な環境なんですよ。すごい先生がいっぱいいるので、「アベンジャーズ」の状態じゃないですか。

木村:そうだね、音楽アベンジャーズに囲まれて。

堂本:で、「おい新人!」って言われて「はい!」って入ったような感じなので。これはもうアベンジャーズに聞いた方が早いし。

木村:まぁそうだね、力は強いけどね。アベンジャーズだから(笑)。

堂本:(笑)。拓郎さんとかはたまに、「うん、考えなくていいよ、そんなのは」って言う。

木村:(吉田拓郎は)ブルース・リーの領域だもん、それは(笑)。領域的には。

堂本:(笑)。ほんとブルース・リーの領域でした。「あ、全然考えることじゃないから」とか(笑)。「え? 拓郎さん、教えて下さいって言ってるんですよ?」「いい、いい教えることない! 大丈夫だから、考えることじゃないから」って「え?」って、そのままステージに行ったりとか。でも、それが逆に良かったりとかもしますし、色々わかってやってくださってるんだなぁという思い出しかないです、この番組には。

木村:すごいよね。だって、エアロスミスとか行ったよね。ジェームス・ブラウンも。

堂本:そうですね、イングヴェイ・マルムスティーンとかも来ましたし。いろんな方々が来てくださいましたね。

木村:いやぁ、すごいなぁ。

堂本:その時は忙しすぎて、今みたいな“すげーなー!”みたいな気持ちよりも、“とにかくこれをこなしていかないと!”という気持ちが強くて。

木村:だから、自分がお邪魔させていただいた時も、なんか音楽バラエティっていう雰囲気はあるじゃん。『LOVE LOVE あいしてる』っていうタイトルだし。で、行ったらKinki Kidsいるし、“あ、じゃあ…”ってすごいカジュアルなテンションで「お願いしまーす」って感じで行くと、自分を迎えてくれるのがアベンジャーズだから、“やっべぇ!”っていう。

堂本:アベンジャーズ、無言の圧あるじゃないですか。圧力をかけてるわけじゃなくて、オーラですね。

木村:オーラ半端ないよね。

堂本:エメラルドのオーラの中に包まれてずっとやってましたんで、途中でよくわからなくなってきましたもん。拓郎さんてすごい人なんですけど、もう「拓ちゃん」って呼んでた時もありましたから(笑)。

木村:(笑)。

堂本:「拓ちゃ〜ん」って。「ちゃんと拓郎さんって呼べ!」ってそういうやり取りとかもさせてもらってる位、ちょっとどうかしてましたね(笑)。

木村:どうかしてましたって言うより、そこまでKinKi Kidsがいったんじゃない? “アベンジャー”になったからじゃないの?

堂本:アベンジャーになってたんですかね?

木村:なってないと呼べないしょ? 「拓ちゃん」だなんて(笑)。

堂本:みなさんが後輩の僕たちに対して目線を合わせてくださったりとかすることが多かったから、自分たちもそういう風にくだけることもできたし、本当にいろんなことを学びました。

M2. 全部だきしめて/KinKi Kids

(後TM:MOJO DRIVE/木村拓哉)

2021年10月03日Flow 第百六十五回目「拓哉キャプテン × 堂本剛」Part1

今月10月のマンスリーゲストは、堂本剛さんをお迎えしました!
一体どんなトークになるのか、お楽しみに!


木村:よろしくお願いします。

堂本:よろしくお願いしまーす!

木村:前から聞こうと思ってたんだけど、電話してくれたりとか、ショートメッセージでやり取りしたりしてるじゃん? あの、(木村のことを)“兄さん”って(呼ぶのは)何ですか?

堂本:なんでしょうね? 昔ご一緒させていただいている機会が多かった時は、「木村君」って言えたりしながら、あの時の僕は過ごせてたんですけど。

木村:あの時の僕は(笑)。

堂本:でも、ご一緒する機会も減ってしまったというのもあるんですけど、なんか時が経つにつれて、「木村君」って言うより「木村さん」じゃないかなぁって、僕は気づいたんですよ。

木村:何がきっかけでそうなったんですか?

堂本:お兄さんの(木村の)ご活躍を拝見したりとか、色々時間がそうさせたみたいなんですけど。
(木村と)同じ空間にいることが多かった時っていうのは、なんかこう…先輩でもあり、お兄ちゃんでもあるっていう感覚がすごく強くて、呼び方を「木村君」から「木村さん」にした自分がなんか半端な気がしてきまして(笑)。

木村・堂本:(笑)。

堂本:“こりゃもうお兄さんやな”って思って(笑)。「兄さん!」っていうのもちょっと芸人さんっぽいですし、僕が木村さんのことをお呼びする時に「お兄さん」って言ったほうが、なんかすごくしっくりきたんですよ。

木村:なるほど。剛の中でスコっと腑に落ちた。

堂本:(自分の中で)腑に落ちたんで、もう「お兄さん」でいこうって決めて。すごいしっくりくるんですよ。“親しき仲にも礼儀あり”というか、“距離が近いけれども礼儀とか尊敬の念をちゃんとそこに込めましょう!”っていう自分の気持ちにピッタリ合うのが「木村君」でも「木村さん」ではなくて、「お兄さん」だったんです。

木村:それでそこに着地したっていう。もう変化はなさそうですね。

堂本:ないです。もうすごい気持ちいいところに今いるんで(笑)。

木村:本当ですか? 気持ちいいっすか(笑)。

堂本:なんて言うんですかね。自分は後輩に「剛君」と呼ばれることがほとんどですけど、「お兄さん」とか言われると、ちょっとこっちからも距離近くしてあげたいというか、「おう!」っていけるんです(笑)。

木村:「兄さんお疲れ様です!」って感じでね(笑)。

堂本:でも「剛さん」って言われると、瞬時に“なんか先輩っぱくした方がいいかな?”っていう感じが入ってきて(かしこまって)「おっ、おう」みたいになっちゃいそうなんで(笑)。「剛さん」じゃなくて「お兄さん」って言われると「おう、どうもお疲れさんでーす」ぐらいでいけるなぁという。

木村:カジュアルにね。

堂本:はい、カジュアルですね!

木村:みなさん、以後よろしくお願いします(笑)。

堂本:よろしくお願いしますぅ(笑)。

木村:この番組は、ゲストがどの様に人生をFlowしてきたのかトークしていくわけなんですが…まずは、剛のプロフィール!
1979年4月10日生まれ、奈良県出身。AB型で、1997年に(ジャニーズ事務所にとって)初のデュオ”KinKi Kids”として、シングル『硝子の少年』、アルバム『A album』の同時発売でCDデビューっていう。
ジャニーズに入った流れは?

堂本:小学校の6年生の頭くらいに、奈良の家に「ジャニーです」って電話がかかってきて。

木村:(笑)。

堂本:“こりゃ、お父さん外国人と仕事しはじめたぞ!”と思いながら(ジャニーさんに)「少々お待ちください」って言って「お母さーん。なんかジャニーさんて言う外国の人から電話かかってきたー」って言って(笑)。で、お母さんが「ちょっと電話代わって!」ってなって「はい! はい!」って言って「すいません」って話してて。“お母さんが外国の人に頭下げながら喋ってるやん”っと思いながら、“日本語ができる外国の人なのかなぁ”とか、いろんなことを子供ながらに考えて。(母に)「あんた、ジャニーさんやで」って言われて、その時の僕は子供だったので、即「誰やねん」って言いまして。

木村:まあ言うよね。

堂本:「ジャニーさんやって!」「いや、だから誰やねんジャニーさんて。どこの外国の人やねん!」「ジャニーズ事務所の社長さんのジャニーさんやん!」「ジャニーさん? なんでジャニーさんから電話かかって来んの?」ってなって(笑)。

木村:何回ジャニーさんって言うの(笑)。

堂本:そしたら(履歴書を)家族が送ったからって(笑)。

木村:家族が(事務所へ)送ってくれたんだ。

堂本:お母さんとお姉ちゃんが話し合って送ったんですって。そしたらそれがたまたまヒットしちゃって(笑)。

木村:いや、ヒットしない限り(ジャニーさんから)直に電話はないと思うよ。

堂本:普通に直電で来ましたから、ビックリしましたよ。それで、ジャニーさんが呼んでるからっていうことで、横浜アリーナに行ったんです。そこでジャニーさんとも初めて会いましたけど、(堂本)光一とも初めて会ったんです。

木村:横浜アリーナでは誰が演ってたの?

堂本:光GENJIさんのライブを演っていて、そこに来なさいということで行ったんですよ。

木村:じゃあ、自分も多分駆り出されてたなぁ。

堂本:そうなんです。

木村:多分、俺が黒スプレーで髪を染められた日かなぁ(笑)。

堂本:そんな壮絶な日ですか(笑)。うわぁすごい日。すごいフレーズ(笑)。

木村:横浜アリーナでしょ? 多分、それだ(笑)。(ジャニーさんから)「最悪だよ、YOU!」「なんだよ!その頭!」って言われて。「いやぁ、え? ダメ?」って言ったら「むちゃくちゃだよ!」って言われて、「スプレー買って来い!」ってなって「YOU座んな!」って言われて、黒スプレーで頭プシューって。じゃあその日に来たんだね(笑)。

堂本:なかなかな日…。ちょっとこれは付け加えじゃなくて、僕が楽屋にお邪魔した時…まずジャニーさんが“僕が中居(正広)君に似てる”みたいな話から「YOUと似てるでしょ」って(SMAPのいる)楽屋に連れて行かれたんですよ。で「堂本剛って言います」って話をしてる時に、お兄さんはめっちゃ髪の毛洗ってたんですけど(笑)、これは髪の毛染められてた後なんですかね?

木村:後だと思うよ(笑)。

堂本:お兄さんが髪の毛を洗いながら「こんにちは」って挨拶してくださったのを覚えてまして。“かっこいいなぁ…”っていう印象がずっとあるんですよ。

木村:だってスプレーかけられた後だから(笑)。

堂本:やっと繋がりました(笑)。

木村:繋がった?(笑)良かった〜。

堂本:そうだったんですね。ジャニーさんってすごいですね。そういう意味では。細かく見てますよね。

木村:細かく見てるよね。だって光GENJIのライブで俺らは後ろでちょこちょこ動くだけで良かったのに。ファンの方たちも光GENJIのファンの方たちが集まってるじゃん。なのに、いきなり見つかって「最悪だよYOU!」って言われて。

堂本:でも、ジャニーさんて、昔っから、子供でも尖がってたりとかオリジナリティ強い人とかけっこう好きですよね。

木村:どうなんだろ? 好かれようと思ってそういう風にしたわけでもないし。

堂本:お兄さんはそうじゃないから、逆にいいんじゃないですか? ジャニーさん、そこまでわかるじゃないですか。

木村:どんだけわかってんだろうね(笑)。

堂本:(笑)。だって、“ジャニーさんリハ中に寝てたよね?”“また寝てんなぁ”って思う時とかザラにあったのに、「あそこのあれはダメだよ」みたいな。“え? 脚伸ばして寝てたよね?”って(笑)。

木村:いつも寝るときは脚ピーンて伸ばしてたけど。寝てはいるけど、どこかのチャクラが開いてる(笑)。

堂本:開いてるんっすか(笑)。だから、そういう意味では不思議な時間を過ごしてきましたけど…。

木村:今こうやって(剛と)ラジオの同じブースで話してるのは必然なんだけど、よーく想い出すとものすごくいろんな瞬間と風景が、自分の中にも出てくるなぁ。僕らが、舞台を東京と京都で分かれて同じ舞台を演る企画(ANOTHER「少年の島」編・「沈黙の島」編)で、僕のチームに剛は少年役で出てくれてたもんね。”KinKi Kids”って名前を自分が最初耳にした時、“やっぱすげえな”って本当に思ったもんな(笑)。

堂本:僕、本当に“SMAP”みたいにカッコいい名前を期待してたのに(笑)。

木村:逆よ、自分からすると(笑)。漢字で“少年隊”や“男闘呼組”がいたり。“忍者”に“光GENJI”。で、急に車の中でジャニーさんに「YOUたちSMAPだよ」って言われた時、けっこうへこんだよ(笑)。“なにそれSMAPって! えっスコップ? えっなに?”ってけっこうへこんだの覚えてる。

堂本:ほんとですか? カッコいいじゃないですか(笑)。

木村:ちゃんとSMAPって理由も(ジャニーさんに)聞いて、「意味は?」って言ったら「Sports Music Assemble Peopleだよ」って。「YOUたちは、まだStudentでもあるよね」って言われて。“そうだけど、SportsだのStudentだの意味がコロコロ変わんの? 普段、Assembleって使わねーし。うわ、マジか!”って思ったよ(笑)。でも(ジャニーさんは)頑なに「いずれ日本中がSMAPって、みんな言うようになるよ」って。“このおじちゃん、本当にキテるわ”って思って。

堂本:お兄さんたちは車ですもんね。僕は普通に合宿所で、普通に日常会話の中で「YOUたち、KinKi Kidsだよ」って。“今のタイミング? 誰に言うてる? 俺? 光一?”って(笑)。

木村:その時は2人いたの?

堂本:いました。でも僕ら、もともとその前に”KANZAI BOYA”っていうとんでもない名前つけられてるんです(笑)。一瞬だけKANZAI BOYAで活動させてもらってるんです。

木村:それはチラっと聞いたことある! 「堂本剛・堂本光一、まったく同じ苗字なんだよ、彼たち」って。「すごい偶然だよね」って。それは、あくまでもジャニーさんの中で2人を呼ぶ愛称で(KANZAI BOYAと)言ってたとは思うけど、チーム名になりそうになってたんだ(笑)。

堂本:1回なってるんですって(笑)。

木村:あっぶねぇ(笑)。

堂本:だから、「まんまやないか! “関西から来た少年たち”って!」って。そしたらジャニーさんが「いや、カッコいいよ、いけてるよ」ってノリノリで。”KANZAI BOYAって、なんかなぁ…”って。数回活動させていただいて、リアクションが良くなかったのか、結果、ジャニーさんが考えすぎて、普通過ぎるタイミングで「KinKi Kidsだよ」って。「いや、俺らKANZAI BOYAって言うたやん。KinKi Kidsになるんだよって…いやいや、あんま変わってないやん」って。

木村:そうとう変わったぞ! 違うよ。

堂本:あまり変わってないなぁって。求めてたやつとも違うし。「いやぁジャニーさん、それは…」って。

木村:いや、“SMAP”って言い渡された後で、“KinKi Kids”って(聞いて)、そっちの方がいいなぁって。

堂本:ほんとですか? 僕らがあんなに落ち込んでたのに。これは(チーム名)つけられた人あるあるですかね? SMAPの方がめちゃめちゃカッコいいですよ。字、カッコいいっすもんね。SMAPの方が全然スッと入ってきますやん。

木村:だと思うよ。だって、SMAPって、最初、意味わかんないじゃん。デザインされたからカッコいいんだって。言われた本人あるあるだと思うよ。

堂本:あるあるでしょうね。みなさんがあるんでしょうね。今度聞いてみよう、聞ける人に。そうですね、光GENJIさんにも聞いてみたいですね。

木村:“光GENJI”カッコいいよね。“男闘呼組”とか。

堂本:“男闘呼組”、めちゃくちゃカッコいい。男闘呼組みたいなのが良かったなぁ。まぁ、仕方がないよなぁ。

木村:仕方がないとか言うな(笑)。

M1. KANZAI BOYA/KinKi Kids


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