EVERY SUNDAY 11:30〜11:55

この番組は、田村淳が、夢に挑み、夢を叶えようとチャレンジし、希望に向かって前進している人々を迎えて、大いに語り合い、未来へのヒントをキャッチするプログラムです。 毎週日曜のお昼、田村淳とおしゃべりしながら、彼らが今取り組んでいることについて、そして今後の夢について語っていきます。

≪本日の、挑戦し続けている若者≫
◆ フィギュアスケート シンクロナイズドスケーティング
日本代表 山根捺央さん  ◆

本日のお客様は、フィギュアスケート シンクロナイズドスケーティング日本代表であり
レコード会社、バージンレコードで会社勤務の山根捺央さん22歳。

フィギュアスケートと会社員という珍しい二足の草鞋を履く山根さん。
フィギュアスケーター歴は16年目。
大学に入って、シンクロナイズドスケーティングの日本代表となり、
それ以前はシングルの競技をやっていました。
羽生結弦選手とも一緒に滑っていたとか。

山根さんがスケートを始めたのは6歳の時。
お父様の北海道への転勤を機に、習い事の1つとして始めました。
その他様々な習い事と並行し、多忙な小学生生活だったそう。

習い事の1つとして始めたスケートでしたが、強化選手として
日本代表選手の合宿に参加するようになります。
当時は、どんなジャンプもすぐに跳ぶことが出来、スケートをすることが
本当に楽しい時代だったそう。

最初に立ちはだかった壁は、体型の変化。
身長が伸びることで、体重や筋肉の付き方が変わってしまい
今まで跳べていたジャンプや、技をうまくこなせなくなっていきます。
それはフィギュアスケーターの世界では当たり前の壁だと言います。
その壁を乗り越えると、演技の幅がさらに広がっていくそうです。

その壁を乗り越えつつの競技生活でしたが、再び挫折の経験をする山根さん。
全国大会の3日前に体育の授業で跳び箱を飛んだときに、背骨を骨折。
痛みよりも「やってしまった…」という気持ちが強かったそう。
全治半年という大けがでした。
もちろんその間はスケートから離れることになります。
寝たきりの生活が続いた山根さんは、当時の先生にスケートを辞める旨を話に行きます。
そんな山根さんを見て、その場で先生がかけた言葉は「早く滑りなよ!」。
長いブランクがあり、歩くのもままならない状態にも関わらず、丁度持ち合わせていた
スケート靴を履き、先生に言われるがままリンクに足を乗せた山根さん。
何の違和感もなく滑ることが出来ました。
さらに、驚く事に、半年前には飛べなかったジャンプを跳ぶことも出来たんだとか。
以後、アイスショーにも参加し、スケーター人生が再び始まりました。

その時先生から受けた一言が無ければ、今スケートに関わっていなかったかもしれないのです。

以後の気になる話は、また次週。
次回の放送もお楽しみに!

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