プロジェクト概要

太古の昔より、森は動物や植物などたくさんの命を育み、田畑や海、川にたくさんのミネラルをもたらし、地域と暮らしを守ってきました。 東日本震災では津波でコンクリート堤防や松林がことごとく破壊される中、その森や、昔からその地方に根差す、深く地面深くに根を張った潜在自然植生の木々たちは、津波の勢いを和らげました。 関東大震災や阪神大震災では、大火により建物が燃える被害を食い止め、防災林として大きな役割を果たしました。 この「鎮守の森」をモデルとした森をできるだけ多くつくることは、災害の多いこの国に生きていく私たちが、後世に伝え残さなくてはならない貴重な知恵であり、自然と共生していく教訓でもあります。 番組「いのちの森〜voice of forest~」では、「鎮守の森のプロジェクト」が行う活動をはじめ、日本のみならず世界各地の森を守る活動を行う人や団体にスポットをあて、森の大切さについて考えていきます。

JFN38局を結んでお送りする『いのちの森 voice of forest』。
この番組は、「森の長城プロジェクト」をはじめ、
全国に広がる植林活動や、自然保護の取り組みにスポットを当てる
プログラムです。各分野の「森の賢人」たちの声に耳を傾け、
森と共存する生き方を考えていきます。

さて、今週は前回に引き続き「森は海の恋人」植樹祭からのレポートです。
宮城県・気仙沼市の牡蠣漁師、畠山重篤さんが中心となり、
25年にわたり、森作りを続けるNPO法人・森は海の恋人。
今回は、重篤さんとともに森作りを続ける、三男で副理事の畠山信(まこと)さんの
お話を中心にご紹介します。

養殖所に子どもたちを招き、子どもたちのための体験学習を続けているのが、
畠山重篤さんの三男で、森は海の恋人・副理事を務める信さんです。

信さんは子供たちに「食べる」ということを通じた環境教育を行っているそう。

「牡蠣は結局、人間の味がする!」
人と森と川と海のつながりを、「食べる」こと体感できる教育っていいですね。

ご自身も、子ども時代に、この地域に昔から伝わる営みの中で、
同じものを 感じ取ってきたと言います。

今年の秋、4年に一度の室根大祭が行われます。
1000年以上前から、この土地に生きる人々は、
森と海が繋がっているという考え方を、お祭りをすることで受け継いできた。
そしてこの考えは、気仙沼の漁師たちの森を育てる活動を通じて、
新しい形で次の世代へ受け継がれつつあります。

詳しくは番組ポットキャストをお聞きくださいね。
JFN38局結んでお送りする『いのちの森 voice of forest』。
この番組は、「森の長城プロジェクト」をはじめ、全国に広がる植林活動や、自然保護の取り組みにスポットを当てるプログラムです。各分野の「森の賢人」たちの声に耳を傾け、森と共存する生き方を考えていきます。


今週は、先月行われた、『森は海の恋人・植樹祭』のレポートです。

宮城県・気仙沼市の牡蠣漁師・畠山重篤さんが中心となり、豊かな海を育てるための森作りを続ける団体・NPO法人「森は海の恋人」。彼らが主催する植樹祭は今年で25周年を迎えました。
今朝はその様子と、理事長・畠山さんのインタビューをご紹介します!

この「森は海の恋人」の取り組みは、いまでは小学校の全教科書に、中学校の国語の教科書にも掲載されています。そして今年の4月からは高校の英語の教科書にも森は海の恋人のことが掲載されることになりました。
森は海の恋人の英訳は、「The Sea is longing for the forest」
この英訳のヒントを与えてくれたのは、誰だかご存知でしょうか。

畠山さんによると、ヒントを与えてくださったのが皇后陛下美智子様なんだそうです。
「long forという熟語を使ったらどうですか」とご提言頂いたそう。

この「long for」という熟語は「愛している、好きだ」という意味もあるのですが、第一義的には「お慕い申し上げている」という言葉。森と海の関係は、森は海をお慕い申し上げているし、海は森をお慕い申し上げている、相思相愛の関係ですから、そういう想いもいだいて木を植えて欲しいと思っているとのことでした。


6月2日(日)の植樹祭、あつまった参加者はおよそ1400人。
気仙沼の湾に注ぐ「大川(おおかわ)」の上流にあるのが植樹会場。岩手県一関市の「ひこばえの森」です。

この日植樹されたのは、ミズナラ、トチ、ブナなど1500本。そしてこの25年間で植えられた広葉樹の数は およそ3万本。25年前に植樹された場所は、立派な森に育っています。

25年、四半世紀かけて3万本の広葉樹が植えられた森。その養分は川を伝い、気仙沼の海へそそぎ、海の生き物たちを育てています。

東日本大震災のあと、あっという間に海の生態系が戻ったことや、数年前から、川にウナギが戻ってきたことなどが、それを証明しているのではないでしょうか。
こうした結果を受け、昨年、国連から“森の英雄・フォレストヒーロー”にも選ばれた畠山さん。
植樹をはじめた当初は、こんな風に考えていたそうです。

◆木を植えるきっかけ
昭和30年、40年にかけて、気仙沼湾にいくと変な臭いがした。湾の奥になるほど水が赤くなる。夏は真っ赤。川の流域からもろもろが流れてきて海へ行く。養分過剰になり赤潮で赤くなっていた。牡蠣の養殖場で牡蠣がそれを吸い込む。・・・それを食べた牡蠣は蓄積して白い実が真っ赤になった。それに対して何ができるか。山の人が山に木を植えてもニュースにならないが、漁師が気を植えたらニュースになるのでは・・というイメージではじめた。科学的な裏付けは全くなかった。そしたら翌年に北大の先生と出会い、ちゃんとした根拠が明らかになってきた。とにかくやってみれば何かが起きる。行動してみないとわからないことがある


詳しくは、番組ポットキャストでお楽しみください!

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パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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