ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

On Air オンエア

カテゴリー : カルチャー

風鈴

2015.08.08

第122話 風鈴

「風鈴」の涼やかな音で夏を乗り切る!
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第122話 風鈴
この暑い夏を乗り切るのにピッタリのものを教えてやろう。それは「プリン」だ! プリンは正しくは「カスタードプディング」。古くは16世紀後半にイギリスの船乗りたちが……って誰だ、冷蔵庫のプリンを勝手に食べたのは! あーもう、めっちゃ楽しみにしてたのに、今日はプリンのことを考えるのも嫌になった。かわりに今日は《風鈴》の話をしよう!

風鈴のルーツは中国の「占風鐸(せんふうたく)」だ。中国にはいろんな占いがあるが、2000年ほど前の中国では竹林に金属製の鈴をぶら下げて、その音で吉兆を占っていたんだ。それがやがてお寺の四方に厄除けとして吊す「風鐸」となり、仏教とともに日本へと伝わっている。この風鐸は今でもお寺の屋根の角っこにぶら下がっているから、今度注意して見てみろ。

そして戦国時代末期にガラスの製法が日本へと伝わったことから、江戸時代にはガラス風鈴が少しずつ普及していく。ちなみにガラスは飛鳥・奈良時代に一度伝来していて、正倉院のガラス器なんかも有名だよな。でも日本では何故か平安時代にガラスの生産が途絶えてしまう。それでフランシスコ・ザビエルを始めとする西洋人たちが再び日本へガラス製品を持ち込むと、大いに驚かれたんだ。

江戸時代、ガラスは「ビードロ」「ギヤマン」などと呼ばれて珍重された。「ビードロ」はポルトガル語でガラスのことで、「ギヤマン」はオランダ語のジアマント(ダイヤモンド)。ガラス細工を作る時にダイヤモンドのヤスリで切ったり削ったりしたことからこう呼ばれたんだ。その珍しさから、ガラス職人がガラスを吹いたり細工したりする見世物に大勢の人が押し寄せたほどだった。ただしこの頃はまだまだガラスは貴重で、ガラス風鈴が現在の価格で言えば200万円くらいしたんだぞ。

それが庶民にも手に入るようになったのは明治になってから。明治も半ばになると「金魚〜ぇ金魚〜!」「氷氷氷〜!」なんて道端で声を上げる物売りに混じって、風鈴売りの姿も見かけるようになる。でも風鈴はその音が何よりの宣伝になったから、売り子が声を出す必要はなかった。その様子を詠んだ「売り声も なくて買い手の 数あるは 音に知らるる 風鈴の徳」なんて狂歌も伝わっているな。

さて、今日は風鈴の涼しげな音を聞きながら、縁側でよく冷やしたプリンを……あーもう、思い出しちゃった! ま、今日のところは風鈴だけで我慢しておくか。それじゃ風鈴に詳しい人のところへ行って、いろんな風鈴の音と話を聞かせてもらおう。 Here we go!
ONAIR LIST
3'05" / Route 66 / George Maharis
13'20" / Brigas, Nuncas Mais / Elis Regina & Antonio Carlos Jobim
31'32" / Trevo De 4 Folhas / Joao Gilberto
41'19" / On My Mind / Astrud Gilberto
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