ピートのふしぎなガレージ

  • facebook
  • twitter
  • google+
エヌ博士

On Air オンエア

カテゴリー : スポーツ

競馬

2015.12.05

第139話 競馬

「競馬」は長編小説である
第139話 競馬
競馬というのは長編小説である
一つのレースはドラマの一場面でしかなく
一頭の馬の生涯のレースすら一章の終わりでしかない
 ―― 寺山修司『競馬への望郷』より

そうなんだよシンイチ。競馬っていうのは大河ドラマなんだよ。だから明日のGI「チャンピオンズカップ」も俺は馬券を買うんだ。連覇を目指すホッコータルマエかなー。先月のJBCクラシックを危なげなく逃げ切ったコパノリッキーも有力だし、武蔵野Sで驚異的な脚を使ったノンコノユメも期待大。うーん悩む……あ、そうだ、せっかくだから今日は《競馬》について教えてやろう!

そもそも競馬は16世紀にイギリスで優秀な軍馬を生産するために始まった。17世紀のイギリス国王、ジェームズ1世は自ら競馬場を訪れてレースをチェックしていたほどだ。ただしこの時代の競馬は研究が目的だから、2頭の馬が複数のヒートでどちらが速いかを競い、勝敗が微妙なヒートは無効にしていた。これが「デッドヒート」という言葉の語源だ。

そして1704年、1頭の馬がシリアのアレッポで買い付けられイギリスに渡る。その馬こそがサラブレッド三大始祖の1頭、ダーレーアラビアンだ。サラブレッドという呼び名は「Thorough(完璧に)bred(種つけられた)」という意味で、すべてのサラブレッドは血統を辿るとたった3頭の始祖に辿り着く。しかも現在はサラブレッドの90%がダーレーアラビアンの子孫だ。つまりダーレーアラビアンがイギリスに渡った時が近代競馬の始まりと言っても過言ではない。

1780年にはイギリスでとあるレースが開催された。これはその年一番の3歳馬を決めるレースを、イギリスでもっとも季候の良い5月に開催しようという企画だった。この企画を立てたのが英国貴族のダービー伯爵で、主宰はジョッキークラブの会長だったバンベリー準男爵。2人はこのレースにどちらの名前を冠するかで互いに譲り合い、最後はコイントスの表裏でダービー伯爵の名前を使うことになった。これが競馬の祭典「ダービー」の始まりだな。

寺山修司はこうも言った。《競馬ファンは馬券を買わない。財布の底をはたいて「自分」を買っているのである》と。どうだシンイチ、年末の大レース、有馬記念くらい「自分」を買ってみないか。ま、馬券が当たると単純に懐も暖まるけどな。てなわけで、今日は競馬に詳しい人に話を聞きに行くぞ。Here we go!
ONAIR LIST
3'10" / Route 66 / George Maharis
10'57" / I'm Hip / Janet Seidel
36'23" / Don't Wait Too Long / Madeleine Peyroux
  • mixiでシェアする

JFN37局ネット

FM愛媛は18時~、FM青森は19時~放送

AIR-G'(FM北海道)・FM青森・FM岩手・Date fm(FM仙台)・FM秋田・FM山形・ふくしまFM・TOKYO FM・FM栃木
FM-NIIGATA・FM長野・K-mix・FMとやま・FM石川・FM福井・FM AICHI・FM GIFU・FM三重・FM滋賀
FM OSAKA・Kiss FM KOBE・FM山陰・FM岡山・広島FM・FM山口・FM香川・FM愛媛・FM徳島・FM高知
FM FUKUOKA・FM佐賀・FM長崎・FM熊本・FM大分・FM宮崎・FM鹿児島・FM沖縄