ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : グルメ

サンマ

2018.09.08

第283話 サンマ

「サンマ」は目黒…じゃなくて秋に限る!
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第283話 サンマ
今日はウチのガレージでサンマを焼くことにした。この時期、七輪で焼いたサンマは格別だしな。お、焼けてきた焼けてきた。いい匂いだ……あっ、こらピート、勝手にサンマを持っていくんじゃない! ごめん薫クン、ちょっとピートを追いかけてくれるかな。できれば裸足で。捕まえててくれたら《サンマ》の話をしてあげるから!

こんなにおいしいサンマだが、昔はサンマを食べるのはほぼ日本人だけだった。というのも、北太平洋に広く分布しているサンマだが、沿岸まで近寄ってくるのは日本近海だけだからだ。冷凍庫が必要な遠洋漁業のなかった時代は、サンマ漁ができるのは日本(それからカムチャツカ半島などロシアの一部)だけだった。

その日本人もサンマを食べるようになったのは意外と最近で、なんと江戸時代の初期。昔からタイやカツオやアジやイワシは普通に食べていたが、なぜかサンマは食べなかったし、獲りもしなかった。江戸時代になってやっとサンマ漁が始まるが、あくまで脂をとって灯油にするためで、食用ではなかった。まあ、冷蔵庫がない時代は脂の多い魚が傷みやすくて、あまり好まれなかったしな。

しかし江戸時代の中期になると、江戸に人が増えて食料が不足しがちになり、庶民がサンマを食べるようになる。そして、いざ食べ始めるとサンマがおいしいことに気づいて、またたく間に人気になっていった。ただし、それはあくまで庶民だけで、武士はサンマを下品な魚として嫌っていたが。そんな世相を滑稽に描いた古典落語「目黒のさんま」は今でも有名だよな。

明治になる頃にはサンマはすっかり秋の味覚として定着し、夏目漱石も『吾輩は猫である』の中で、猫の吾輩が三馬(サンマ)を盗むシーンを描いている。ちなみに「三馬」という表記は当時としては一般的で、現在の「秋刀魚」という表記が有名になったのは、大正10年に佐藤春夫が《さんま、さんま、さんま苦いか塩っぱいか》という一節で有名な「秋刀魚の歌」という詩を詠んでからだ。

ニュースによれば去年まで不漁が続いていたサンマも、今年は豊漁で、サイズも大きいらしい。せっかくの機会だから、塩焼きに刺身、煮物に炊き込みご飯と、旬のサンマを堪能しようじゃないか。今日は詳しい人に会って、おいしいサンマの選び方や食べ方を教えてもらおう。Here we go!
ONAIR LIST
3'26" / Route 66 / George Maharis
15'41" / One Note Samba / John Pizzarelli
35'33" / Jazz 'N' Samba / Milt Jackson
43'41" / Samba de Verao / Doris Monteiro
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