ピートのふしぎなガレージ

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カテゴリー : カルチャー

松方コレクション

2019.05.11

第318話 松方コレクション

「松方コレクション」の辿った数奇な運命
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第318話 松方コレクション
松方幸次郎を知っているかな? 明治の終わり頃から戦前まで実業家や政治家として活躍し、川崎財閥(現在の川崎重工や川崎製鉄)を育てた人物だ。そして美術品の収集家としても知られ、彼の集めた作品は「松方コレクション」と呼ばれている。今日はその松方幸次郎と、彼の《松方コレクション》が辿った数奇な運命を紹介しよう!

松方幸次郎は1866年1月17日、鹿児島生まれ。明治の元勲・松方正義の三男として生まれた幸次郎は、東大の学生だった頃から破天荒な性格で、東大初の学生運動の首謀者として退学処分になっている。その後はアメリカに留学し、アメフトを生んだラトガース大学でアメフト部に所属。だから日本で最初のアメフト選手でもある。

帰国後、幸次郎は首相を務める父親の秘書をしたり、保険会社を経営したりしていたが、明治29年に川崎財閥の創始者・川崎正蔵に見込まれて、川崎造船所の社長に抜擢された。そこで幸次郎が取り組んだのが、既製品の船「ストックボート」の生産だ。本来、船は受注生産が基本だが、第1次世界大戦でドイツの潜水艦が商船を次々に沈没させたため、世界的に商船が不足がした。そこで既製品のストックボートを大量生産して幸次郎は大儲けしたんだ。

そして幸次郎がストックボートを売り込むためロンドンに滞在していた時に出会ったのが、フランク・ブラングウィンという画家が描いた船の絵だった。それをきっかけに美術品の収集にのめりこんだ幸次郎は、ロダン、ゴーギャン、セザンヌ、ゴッホらの作品を次々に購入。モネには直接会って交渉し、秘蔵の《睡蓮》を譲り受けている。ちなみにその間、海軍に依頼されて「ドイツのUボートの設計図を手に入れる」なんてスパイのような仕事もしているが。

幸次郎が集めた美術品は、西洋美術が約3000点、日本に戻すべく購入した浮世絵が約8000点、合わせて1万点を超えていたと言われている。しかし世界恐慌によって破産の危機に追い込まれた幸次郎は、国内の美術品を手放さざるをえなくなり、さらにパリやロンドンで保管していた美術品も火災や戦争によってその多くが失われてしまった。

幸次郎は戦後間もない昭和25年に亡くなってしまうが、その翌年にサンフランシスコ平和条約が締結された際、フランスに残されていた彼のコレクションの返還が決まる。そしてその370点の作品を収めるために上野の国立西洋美術館が建てられたのだから、彼のコレクションの凄さが分かるだろう。今年の6月にはその国立西洋美術館の60周年を記念して「松方コレクション展」が開催される。今日は詳しい人に会って、松方幸次郎がどんな人だったのか、その素顔に迫ってみよう。Here we go!
ONAIR LIST
14'42" / Route 66 / George Maharis
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