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エヌ博士

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カテゴリー : スポーツ

女子柔道

2019.09.14

第336話 女子柔道

知られざる「女子柔道」の歴史を紐解けば
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第336話 女子柔道
いよいよ東京五輪まで1年を切った。アメリカのデータ分析会社が5月に発表した予測によれば、日本の金メダルは31個。その内、女子柔道は個人戦で6個、男女混合の団体戦で1個、合わせて7個の金メダルを獲得すると言われている。つまり東京五輪で一番熱いのが女子柔道だ。今日はその《女子柔道》の意外な歴史を紹介しよう!

柔道は明治時代に嘉納治五郎が創り出した武道だ。そして時代が昭和になると、女性も柔道を習いたいという声が出はじめる。嘉納治五郎は「柔よく剛を制するという柔道の精神は、男性よりも体力で劣る女性の柔軟さの中にこそあるのかもしれない」と言って実験的に女性を受け入れた。これが女子柔道の始まりだ。ただ、嘉納治五郎もさすがに怪我を恐れたのか、女子の試合は禁じた。それで1970年代半ばまで、講道館では女子の試合は行われなかったんだ。

しかし当時は講道館の他にも武道の普及団体「大日本武徳会」があった。こちらも女子の試合は想定していなかったが、小崎甲子(こさき・かつこ)という女性が熱心に稽古をして、昭和7年に昇段試験で男子3名を破って見事に初段となり、女性として初めて黒帯を締めた。大日本武徳会は戦後にGHQによって解体されてしまうが、彼女は講道館でも段位を取得し、生涯にわたって柔道の普及に努めている。その教え子は1万人以上とも言われているぞ。

海外にも凄い女子柔道家がいた。1959年、アメリカのラスティ・カノコギは怪我をした男子選手の代わりにYMCA柔道選手権の団体戦に出場。男子選手に勝ってチームの優勝に貢献した。ところが選手の性別に規定がなかったにも関わらず、彼女だけ金メダルが剥奪されてしまう。ラスティ・カノコギはその悔しさから女子柔道の世界選手権を実現しようと奔走し、1980年にニューヨークで第1回世界女子柔道選手権大会を開催に漕ぎつけた。その貢献から彼女は「女子柔道の母」と呼ばれているな。

その第1回の女子柔道選手権大会で日本は銀メダル1つしか獲得できなかった。さっきも言った通り、講道館は1970年代半ばまで女子の試合を行っていなかったから、それが精一杯だったんだろう。それから40年後の東京五輪で7個もの金メダルが予想されるようになったのは、柔道が日本のお家芸だからじゃない。40年かけて日本女子柔道界が成長したからなんだ。今日はその唯一の銀メダルを獲得した山口香さんを始め、女子柔道の専門家の方々に話を聞いてみよう。そして来年の東京五輪で力いっぱいの声援を送ろう。Here we go!
ONAIR LIST
11'24" / Route66 / George Maharis
35'54" / Dia De Feira / Doris Monteiro
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