ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : カルチャー

銭湯めぐり

2014.03.15

第50話 銭湯めぐり

最初の「銭湯」が生まれたのは奈良時代!
第50話 銭湯めぐり
大きなお風呂で手足を伸ばすのは気持ちいいよな〜。まさに命の洗濯よ♪って感じだ。鼻歌はもちろんドリフの「いい湯だな」。風呂上がりにコーヒー牛乳で渇いたのどを潤し、マッサージチェアに座ってくつろげば、誰もが「よくぞ日本人に生まれけり!」って思うだろ。まあ俺は宇宙人だが。というわけで、今日は改めて「銭湯」の良さを見直そう!

日本に温泉とは違う町中の公衆浴場が誕生したのは奈良時代だ。当時、中国から伝来した仏教の寺院では「七堂伽藍」といって7つの施設が整っていることが正式だとされた。まあ、その7つの施設が何かは宗派や時代によってけっこうコロコロ変わるんだが、その内の1つに「浴室」が挙げられることもあったんだ。そしてその浴室を一般にも開放して、身を清めることの大切さを広める「施浴」がお寺の重要な役割だとされた。たとえば奈良の東大寺に今でも残る「大湯屋」がそれだ。

ただしこの頃の風呂は「蒸し風呂」、今で言うところのサウナだ。そして現代人もよ〜く知っているように、サウナはめちゃくちゃ気持ちいい。その気持ちよさをお寺が広めてしまったものだから、平安時代の末期になるとそれを商売にする民間の業者も現れる。これが銭湯の始まりだ。

今風の肩までどっぷり浸かる湯船が登場するのは江戸時代。慶長の終わり頃、2代目将軍秀忠の時代に、沸かした湯を運んできて風呂桶を満たす「据え風呂」が作られる。さらに《もっと熱い風呂を!》というニーズから、火釜に繋がった鉄パイプを風呂桶の中に通して湯を温める「鉄砲風呂」や、鉄製の風呂桶を直接火にかける「五右衛門風呂」が開発されていく。こうして「熱い風呂」が江戸っ子の代名詞となるくらい、風呂と銭湯は庶民にとってなくてはならないものになっていった。

ちなみに温泉や銭湯で客の背中を流したり髪を洗ったりする女性を「湯女(ゆな)」と呼ぶ(男性なら「三助」)。映画『千と千尋の神隠し』で見たことがあるだろう。そして江戸時代の前半は銭湯のサービスがどんどんヒートアップして、夜になると湯女が三味線を弾いたり酒や食事を出したりムフフなサービスをしたりと、吉原も真っ青の大人の遊び場「湯女風呂」になっていった。ただしこれは幕府がたびたび禁止令を出し、最終的には1703年の元禄大地震をきっかけに廃れてしまうが。さらに江戸時代の銭湯は「混浴」が普通で、この習慣は明治になって西洋的な道徳観が導入されるまで続いていたんだぞ。

さてと、それじゃ赤い手ぬぐいをマフラーにして、いっちょ銭湯に行って裸の付き合いといこうじゃないか。おっとその前に、銭湯をこよなく愛する人たちに会って、銭湯の愉しみ方やおすすめの銭湯を聞いておこうか。 Here we go!
ONAIR LIST
2'56" / Route 66 / George Maharis
11'45" / Down With Love / Sphie Milman
34'00" / I Can't Give You Anything But Love / Diana Krall
43'07" / Night And Day / Steven Rossitto
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