ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : カルチャー

フォークソング

2016.03.26

第155話 フォークソング

ゲストコメント
俳優・歌手 上條恒彦さん「歌声喫茶からフォークソングへ」
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俳優・歌手 上條恒彦さん
僕は最初に歌声喫茶で歌手としてデビューしました。僕らの頃はまだギターじゃなくてアコーディオンで、ロシア民謡や労働歌をみんなで一緒に歌っていたんです。だから僕の役割は歌手というよりはみんなで歌うのをリードする司会者でした。

歌声喫茶に入ると1冊10円で60曲くらい入った歌詞の本を買います。お客さんがその中から歌いたい曲をリクエストするので、僕が「次は○ページの曲を歌いましょう」と言って、みんなで歌うというシステムです。当時は毎日50〜60曲は歌っていましたし、僕は週に1日のお休みも他の歌声喫茶に行ってました。素敵なアコーディオンを弾くおばちゃんがいるとか、あそこの司会者は上手いなんて評判を聞いては、勉強も兼ねて訪ねていたんです。

そんな歌声喫茶にもやがてアメリカのフォークソングが入ってきます。そうなるとアコーディオンじゃなくてギターです。そうやってみんなギターを持つようになっていきました。ただし50年代の終わりにハリー・ベラフォンテの『バナナ・ボート』が大ヒットした頃は、まだアメリカ民謡と呼ばれていましたが。

ハリー・ベラフォンテの歌はいわゆるアメリカンポピュラーソングとはちょっと違いました。そして何より、彼が公民権運動の一番前に立っているのに驚かされたんです。彼は『ダニー・ボーイ』も戦争反対という捉え方で歌っていましたね。ハリー・ベラフォンテから入ってフォークソングというものを知ってから、ウディ・ガスリーやピート・シーガー、そしてボブ・ディランなどに分け入ったという感じでしょうか。

ただ、マイク眞木さんの『バラが咲いた』が大ヒットしたように、日本ではプロテストソングではない雰囲気だけのフォークソングが先に有名になりました。正直、僕のような歌声喫茶の人間は「それはちょっと違うんじゃないか」と思ったものです。でも僕は「歌声喫茶で歌ってきた曲もフォークソングとして通用するんじゃないか」とも思っていましたが。
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