ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : カルチャー

フォークソング

2016.03.26

第155話 フォークソング

ゲストコメント
作詞家 喜多條忠さん「《神田川》で石けんがカタカタ鳴る理由は……」
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作詞家 喜多條忠さん
僕が『神田川』を書いたのは25歳の時で、もう妻子もいました。だから『神田川』はその4年くらい前の21歳の時の体験を歌詞として書いた、いわば日記のようなものです。昭和41〜42年頃は学生下宿と言えば3畳一間か4畳半。地方のお金持ちの子は6〜8畳でしたが、たとえ8畳でも部屋にお風呂なんてありません。みんなプラスチックの箱に固形の石けんを入れて銭湯に通ったんです。ちなみに「カタカタ」というのは石けんが小さくなった状態を表しています。まだ大きい石けんは「ゴトゴト」でしたから。

あがた森魚というフォークシンガーも『赤色エレジー』という曲で同棲しているカップルの暮らしを描いています。「オフトンもひとつほしいよね」という一節は、薄いせんべい布団1枚でふたりで寝ている暮らしぶりですね。布団からはみ出して寒いので「お布団がもうひとつほしい」なんて、本当にわびしい(笑)。でも誰もがそんな生活をしていた時代でした。それでもけっこう愉しかったのですが。

井上陽水や吉田拓郎なんかは自分で作詞していましたし、僕のように作詞を専門とする人間はあまりいなかったと思います。レコード会社に専属する作詞家や作曲家は大勢いましたが、フリーで書いていたのは僕の他になかにし礼さん、山上路夫さんなど、ごく限られた人だけでした。専属だと印税が5〜10倍もらえたんですが、僕はレコード会社に縛られるのが嫌で、安い印税でいろんな人に作詞しました。

僕はいわゆる流行歌では吉田拓郎と組むことが多かったですね。梓みちよさんの『メランコリー』、キャンディーズの『やさしい悪魔』などがそうです。原宿に溜まり場に行くと、ガロのメンバーや井上陽水、吉田拓郎、かまやつひろしさん、太田裕美など誰かがいました。そこで「誰それから歌を頼まれたんだけど、あんた書いてみる?」なんて感じで。「やっぱり松本隆に頼むか」「おいおい、俺に書かせてくれよ」なんてやり取りもしょっちゅうでした。
日本作詩家協会 : http://jla-official.com/
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