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カテゴリー : カルチャー

時計

2017.02.04

第200話 時計

ゲストコメント
産業技術史資料情報センター センター長 鈴木一義さん「日本で近代的な時計が求められた理由は」
産業技術史資料情報センター センター長 鈴木一義さん
日本が明治維新を経て近代国家になっていく上で一番問題になったのが貿易の問題でした。たとえば真っ先にやらなくてはいけなかったのが貨幣制度の整備です。明治政府は1円金貨を1ドル金貨と同じ品位で作り、1ドルと1円を等価交換できるようにしました。昔ながらの小判のままでは金の含有率がまちまちなので、交換比率で混乱が起こるからです。

時計や暦も同じように貿易の都合で西洋の基準に合わせる必要がありました。そこで明治政府は明治5年の12月をほぼ丸ごとなくして明治6年の1月1日にしてしまう時報の改革を行ったんです。これが江戸時代までの不定時法(昼や夜を6分割した時間を使うため季節によって1時間の長さが変わる)から現代的な定時法に切り替わった瞬間です。

明治5年といえば、ちょうど新橋-横浜間で日本最初の鉄道が開業した年です。不定時法のままだといつ鉄道が発車していつ到着するのか、ダイヤも季節によって変わってしまいます。そんな風に近代国家として西洋の技術を取り入れるには、西洋の文化や社会体制も受け入れる必要がありました。そうやって日本は近代国家になっていったんです。

実はその少し前、幕末にも大量の時計が海外から日本へ輸入されました。これは大砲を発射するあたって発射から着弾までの時間を計算し、着弾の直前で砲弾が爆発するように導火線の長さを調整する必要があったからです。ようは打ち上げ花火と同じ仕組みですね。その秒数を計るため、幕末に大量のストップウォッチが輸入されています。

西洋では海を越えて航海するため、星の位置と時間を計ることで自分の位置を正確に計る技術が編み出されました。だから秒単位で正確に時間を計れる時計が開発されたんです。この時計が「マリンクロノメーター」で、これを日本では砲手や駅員たちも利用していました。

ただ、こういった時計はさすがに高価だったので、庶民が手軽に買えるものではありませんでした。それでも時計は必要ですから、庶民は安価な振り子時計棒テンプ式の時計を使ったんです。振り子時計は江戸時代からあったので、不定時法向けだった文字盤を定時法に変えたモノも使われていまますね。

このように幕末から明治にかけて日本には精度の高い時計がたくさん入ってきて、その原理は日本人も分かっていました。しかしそれを作るための工作機械がなかったので、日本で時計を作れるようになったのは明治の20年代になってからです。
国立科学博物館 : http://www.kahaku.go.jp/
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