ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

On Air オンエア

カテゴリー : カルチャー

若大将

2017.03.25

第207話 若大将

ゲストコメント
加山雄三さん「サーフィンとスキーとVRバイオ」
 加山雄三さん
最近はVRの『バイオハザード7』をやっています。360度どこから敵が来るのか分からないのはちょっとヤバイですね。真っ暗な部屋に入り、あっちこっちを見て、振り返って後ろも確認して、大丈夫だと思って戻ろうとした瞬間に襲われるのですからたまりません。「6」までは×印の照準を合わせないと当たらなかったのが、目線で当たるようになったのが良いですね。振り返った瞬間に撃っても当たります。

遊びと言えば日本で最初にサーフィンをやったのは僕でした。誰もサーフボードなんて持っていないので、自分で作ったくらいですから。ちゃんとその時の様子が日刊スポーツに「ハワイスタイル、波乗り第1号」という見出しで載っています。その写真が日本で撮られた証拠に、茅ヶ崎のえぼし岩がちゃんと写っていました。高校時代、雑誌にハワイで波乗りが流行っていると書いてあったので、日本でもできるだろうと思って挑戦したんです。

ウレタンなんてなかった時代なので、サーフボードは船の構造を参考に作りました。竜骨を5mmのベニヤで挟み込み、コーナーを丸く削ってフィンを付け、1斗缶のラッカーを取り寄せて色を塗ったらピカピカのいい感じに。なぜかワックスを塗るという知識はあったのでワックスを塗って海に漕ぎ出したら、3回目には立てました。今にして思えばグレッグ・ノールのサイズ、つまりロングボードだったのが良かったんでしょう。

『赤ひげ』の撮影中には三船敏郎さんを誘って船舶免許を取りました。2人で勉強して試験を受けたら、三船さんの出来が早いのなんの。15分くらいで書き終えて、一番先に提出して出て行ってしまったんです。僕はまだ半分くらいしか書いてなかったので「すげぇ!」と思っていたら、僕が1500満点中1480点だったのに対して、三船さんはギリギリの合格点でした。試験官は「乱暴だねぇ」と苦笑していましたが、だからこそ三船さんの要所を掴む勘がすごかったとも言えます。

僕は大学の部活動が嫌で、スキーの同好会を作った最初の頃の人間でもあります。なにせ慶應のスキー部に入ったらいきなり東京〜熱海間のマラソンでしたから。僕らの同好会は志賀高原の石の湯がホームゲレンデで、リフトなんてないので宿にロープトゥを作ってもらい、自分たちで半日がかりで圧雪して、そこらの木の枝をポールにして練習したんです。冬はずっとそこに籠もって、学校の試験の時だけ山を下りるような生活でした。『アルプスの若大将』はそんな我々の体験そのままです。
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