ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : カルチャー

浮世絵

2017.05.27

第216話 浮世絵

ゲストコメント
お江戸ル 堀口茉純さん「浮世絵に隠された暗号とは?!」
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お江戸ル 堀口茉純さん
── 浮世絵って昔そんなに人気だったんですか?

はい、江戸時代に浮世絵はすごく人気がありました。ただし現在の人気とはちょっと違います。たとえば東洲斎写楽は今でこそ浮世絵師の代名詞のように言われていますが、当時は一発屋。役者の顔をデフォルメした写楽の絵に、女形の役者から「余計なことをするな」「そんなにアップで描くな」と苦情が続出したため、短い期間しか作品が残っていません。後に海外で注目されて再発見された浮世絵師です。

葛飾北斎は下積みが長かった人でした。30代まではまったく売れず、大道芸なんかのアルバイトをしながら浮世絵を描いていたんです。でも浮世絵の道を諦めかけた頃、なんとなく描いた絵がたまたま売れて、「やっぱりこの道で頑張ろう」と思い直し、40代になってやっと売れました。有名な《富嶽三十六景》を描いたのは70代。遅咲きですが息の長い活躍をした人でした。

《東海道五十三次》で知られる歌川広重は幕末の浮世絵師です。でも当時、一番売れていた浮世絵師は三代目歌川豊国(歌川国貞)でした。国貞の絵はとてもポップで、まるでアイドルのブロマイド。それが当時の人にとっては分かりやすくて親しみやすかったんだと思います。後世の我々にとってはその良さが伝わりにくいので広重と評価が逆転していますが、当時は国貞の方が人気がありました。

── GoogleのCMで「歌川国芳のスカイツリー」も話題になりましたね

歌川国芳は歌川広重と同い年の浮世絵師です。当時、浮世絵の三大ジャンルとして「風景画」「美人画」「役者絵」がありましたが、風景画といえば広重、美人画と役者絵といえば国貞と評価が定まっていました。そこで国芳が開拓した新ジャンルが「武者絵」です。『水滸伝』に出てくるヒーローたちを雄々しく描いた国芳の浮世絵は、まるで現代の少年マンガのようで、浮世絵の入門編としてはとても分かりやすいと思います。

そして広重や国芳といった幕末の浮世絵師は、絵の中に暗号を入れたりもしました。「なんでこの景色の中にこんなものが?」という違和感を感じて読み解いてみると、別のメッセージが現れるんです。国芳はGoogleのCMで話題になった《東都三ツ股の図》の他にも、《東都御厩川岸之図》で傘に「千八百六十一番」という番号を描き込んでいます。普通に見れば貸し傘の番号なんですが、国芳の没年が「1861年」だと知ると……ちょっとしたミステリーを感じませんか?
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