ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : カルチャー

幕末

2018.05.19

第267話 幕末

ゲストコメント
東京学芸大学 教授 大石学さん「西郷隆盛はこんな人でした(その1)」
東京学芸大学 教授 大石学さん
── 西郷隆盛はどういう経緯で歴史の表舞台に?

西郷隆盛は下役人だった頃に、島津藩主の島津斉彬に献策の手紙をいっぱい書きました。それを読んだ斉彬が西郷を抜擢したというのが史実です。西郷は子供の頃に腕を友達に切られ、右腕が不自由だったため、剣で生きていくことができませんでした。でも斉彬に「これからは剣の時代じゃない」と教えられ、勉強に励んだんです。

もし西郷が斉彬と出会っていなかったら、一役人として農村を回るだけの人間だったでしょう。しかし斉彬と出会って「どうしたら農民たちの暮らしを良くできるか」を考えられるようになったんです。それはやがて政治改革という形になり、国家全体を動かす力になっていきました。ですから斉彬の存在は非常に大きかったと言えるでしょう。

── 大河ドラマでは鈴木亮平さんが演じていますが、実際はどんな人物だったのでしょう?

残っている文献を調べると、実際の西郷隆盛は悪く言えば「人たらし」なんて言葉も使われるくらい、誰からも好かれた人物だったようです。それで晩年には西郷がコントロールできないくらいの人が集まってしまい、西南戦争を起こしてしまいます。それくらい人々から慕われ、信頼された人物でした。

そんなにも慕われたのは、西郷が絶えず弱い人や貧しい人を助けようとしていたからでしょう。大河ドラマでは斉彬に「強いということは優しいことだ」と教えられるという表現になっていますが、おそらく西郷は自分でそれを身に付けたのだろうと思います。

── 先日の大河ドラマでは西郷隆盛が入水自殺を図る衝撃的なシーンもありましたが

井伊直弼が幕府に反対する人たちを弾圧する「安政の大獄」を行ったとき、西郷にもその手が及びそうになりました。西郷は慌てて薩摩に逃げますが、その時にはもう斉彬がいないので、薩摩藩も西郷に対して優しくありません。薩摩でも孤立した西郷は追い詰められて、僧の月照と入水自殺を図ります。

西郷の入水が実際にどういうものだったのかは、資料がないためなかなか分かりません。ただ、月照は死ぬ直前に覚悟をうかがわせる句を詠んでいないんです。もしかしたら月照は死ぬ気がなくて、西郷が無理心中をした可能性もあります。それで西郷だけが奇跡的に助かったのだとしたら、一生負い目に感じていたのかもしれません。

(その2へ続く)
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