ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : カルチャー

松方コレクション

2019.05.11

第318話 松方コレクション

ゲストコメント
文藝春秋 八馬祉子さん「松方コレクションを守った男とは」
文藝春秋 八馬祉子さん
── 日置釭三郎とはどんな人物なんですか?

日置釭三郎は松方幸次郎の会社で航空技師として働いていた人です。この人が最終的にはフランス人と結婚して、田舎に家を買い、そこで松方コレクションの一部を保管することになります。原田マハさんの小説で、その家を買うためのお金を奥さんの実家に出してもらう下りは創作ですが、それ以外は史実です。

私は原田さんと一緒にパリ近郊のアボンダンという町まで取材に行ったのですが、公証役場に記録が残っていました。1931年に日置釭三郎が家を買い、ジェルメンヌ・ブルドンという女性と結婚し、そして奥さんが戦争中になくなっていることは文書で確認できています。その事実をもとに原田さんが物語として綴ったのが『美しき愚かものたちのタブロー』という作品です。

── なぜ日置釭三郎は自宅で松方コレクションを預かることに?

1931年といえば、松方幸次郎がすでに川崎造船所の社長を退いている年。実はその前から日置に対する送金は途切れていました。それで日置はロダン美術館から「ウチで預かっているコレクションをどこか別の場所へ移すか、保管料を払ってくれ」という手紙を受け取っています。

そして日置は1938年に勃発する第二次世界大戦を見越して、コレクションを田舎に疎開させる決心をしました。そんな先見の明があったのは、日置が軍人であったことと無関係ではないでしょう。

── 戦後、破損していた美術品もあったそうですが

原田さんが仰っていたのは「戦争中に家を売るのは非常に難しいだろう」という推測です。実際、アボンダンにある日置の家を見に行ったら、いかにも寒そうな本当に小さな農家でした。昔ながらの農家の納屋のような造りで、高い天井の屋根裏に絵画を隠していたら、保管も難しかったはずなのに、よく守り抜いたと思います。

実は日置がアボンダンに疎開させたコレクション群がどうやってパリへ戻ったのか、それがなぜパリの国立近代美術館に保管されフランスが接収するに至ったのかは、今でもよく分かっていません。私たちがパリで取材した時も、複数の美術関係者が「これは高度な外交問題でもあるので研究が難しい」と仰っていました。特に日置が何をしたか、どういう人物だったかという資料はあまり残っていません。でも、だからこそ原田さんは想像の翼を広げて、小説として描きやすかったのではないでしょうか。
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