ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : スポーツ

日本のサーフィン

2014.08.02

第70話 日本のサーフィン

ゲストコメント
マーボーロイヤル代表取締役社長 小室正則さん「湘南サーフィンことはじめ」
マーボーロイヤル代表取締役社長 小室正則さん
私は8月8日で66歳ですが、いまだ現役のプロサーファーです。去年のJPSAランキングは250人中の48位でした。大会なんて孫と競っているようなものです。向こうも真剣なので、時には波に乗せないような邪魔をしてくることもあります。でもこっちは過去に2回も全日本チャンピオンになっているし、ちゃんと乗って勝つのが自分のプライドですね。

サーフィンを始めたのは17歳の時でした。まだサーフィンをやる人がほとんどいなかった時代で、有名人で言えば加山雄三さんとマイク真木さん。辻堂は僕ら「シースパイダーズ」の3〜4人だけだったし、鵠沼の「サーフィンシャークス」「鵠沼サーフクラブ」、鎌倉の「グレイミーサーフクラブ」「マカハ」、大磯の「ビックウェーバー」、平塚の「ハングテン」……こんな8〜10のチームで全部でした。

19歳で全日本チャンピオンになって、すぐに『マーボーショップ』というサーフショップを始めたんです。サーフボードの工場を作って、サーフボードを売ったのは、湘南にサーフィンを流行らせたかったから。後にいろんな人から「マーボーがいなかったらここまでにならなかった」と言ってもらいましたが、それだけの貢献をしてきた自負はあります。

仲間と初めてハワイに行った時は、日本人が嫌われていて全然波に乗せてもらえませんでした。それを何とかしようと兜とトロフィーを持って行って「マーボーミート」という大会を開いたんです。すると「日本からバンザイカミカゼサーファーが来た」と日系人が応援してくれて、大会がどんどん大きくなっていき、10年目に州知事から名所市民賞と「マーボーロイヤル」という称号をいただきました。

そして初めてハワイに行った時に、ノースショアで出会ったのがサーフィンの神様、ジェリー・ロペスでした。彼と仲良くなって翌年に日本へ招いたら、それがきっかけでサーファールックの「ライトニングボルト」が大流行。ジェリー・ロペスからブランドのマークを借りていろんなグッズを作りましたが、チューインガムでも何でも大ヒットでした。
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