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20.03.12
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トーチに掲げる思い〜東北を走る、ふたりの聖火ランナー


全国各地の災害被災地の「今」と、その土地に暮らす人たちの取り組みや、地域の魅力をお伝えしていくプログラム、「Hand in Hand」。

今週のテーマは、「トーチに掲げる思い〜東北を走る、ふたりの聖火ランナー」。

東日本大震災から丸9年。今年は“復興五輪”と位置付けられている、東京2020オリンピック競技大会が夏に開催。今月26日には「聖火リレー」が福島県のJヴィレッジをスタートします。ギリシャ、オリンピアの太陽光で採火された火を、ギリシャから開催国へリレーし、開会式までつないでいく「聖火リレー」。東京2020のコンセプトは、「Hope Lights Our Way〜希望の道をつなごう」、121日間をかけて859の市区町村をリレーします。

26日に福島をスタートした聖火は、全国各地の聖火ランナーがさまざまな思いを持って掲げ、つないでいきますが、その中には、東日本大震災で被災し、大切な家族を失いながらも、震災の教訓を後世に伝えようと、懸命に力を注いでいる方もいます。

「Hand in Hand」では、「トーチに掲げる思い〜東北を走る、ふたりの聖火ランナー」と題し、福島県南相馬市、そして宮城県石巻市を走る、ふたりの聖火ランナーに注目しました。

はじめは、聖火リレースタートの3月26日、福島県南相馬市を走る、萱浜の上野敬幸さんです。


上野さんは、母の順子さん、長女永吏可ちゃんを津波で亡くし、父の喜久蔵さんと長男倖太郎ちゃんは今なお行方不明。福島第一原発の20キロ圏と境を接する地域でもある萱浜に残り、ボランティア団体「福興浜団」代表として、独自に行方不明者の捜索活動を続けているほか、「菜の花畑迷路」、「追悼福興花火大会」などを毎年開催して、地域に賑わいを取り戻そうと活動を続けている方です。

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「こういう機会は一生一度なので、そういうチャンスに恵まれたのは嬉しいし、“復興五輪”ということでスタートしているわけですから、被災3県の岩手県、宮城県、福島県では、とうぜんいろんな環境に置かれている人たちが多く走ると思うんです。その中で、亡くなった方であったり、皆が上から見てくれていると思いますので、やはり“安心して欲しい”っていう思いが大きいので、みんなに届くように笑って、笑顔で走りたいと思っています。世界の方が福島を目にする機会だと思うので、教訓として伝えられる部分がもし自分が走ることであるのであれば、「命」という部分、「原発事故」という部分も含め、発信していかないといけないと思っています。」

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去年は台風の被害が東北の広い範囲にも及びました。各地の惨状を目の当たりにして、上野さんの胸には、「悔しい」という思いが浮かんだといいます。震災を教訓に、命を守る行動を皆がはたしてとったのかどうか。自分のような悲しい思いをしないために、これからも自らが体験したことを多くの人に伝えていきたいと、上野さんは何度もお話しされていました。災害を他人ごとにせず、自分ごととして考えて行動する、それはただ一つ、大切な人の命を守るために。

そんな上野さんは今、萱浜で奥さんの貴保さんと、震災後に生まれた倖吏生ちゃん、3人で暮らしてしています。パパの聖火ランナー決定に、倖吏生ちゃんもさぞや喜んでいるのではないかと思って、聞いてみたんですが、倖吏生ちゃんは一言、「ダサ・・・」とにべもありませんでした。

生意気ざかりの倖吏生ちゃん。こういう年頃ってありますよね・・・。8歳ということは、永吏可ちゃんの年に追いついたわけで、パパに対する冷たい態度にも、上野さん、なんだかニコニコしてました。

福島県南相馬市萱浜の上野敬幸さん、3月26日、聖火リレースタートの日に、南相馬市を走ります。倖吏生ちゃん、そう言わずパパの雄姿を見て欲しいですね。。


「トーチに掲げる思い〜東北を走る、ふたりの聖火ランナー」。お二人目は、6月20日に宮城県石巻市を走る、鈴木典行さんです。


東日本大震災による津波で、74人の児童と、10人の教職員が犠牲になった、石巻市大川小学校。鈴木さんは、その児童の遺族らでつくる、「大川伝承の会」共同代表をつとめています。鈴木さんも、当時大川小の6年だった次女の真衣ちゃんを津波で亡くしました。

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「聖火ランナーがこちらに来るということで、大川小学校を走って欲しかったんですけど、そういうスケジュールになっていないので、“来ないんだったら自分が行って聖火を持って走ろう”と思って。真衣もバスケットボールをしてて、私がコーチをしてたもので、一緒にいつも走ってたんです。ですからまた真衣と一緒に走りたいなって。そういった強い思いから応募しました。12月の初旬に内定通知のメールがきて、ホッとしましたね。これで娘と一緒に走れるんだな、という気持ちになりました。当日は名札、「大川小学校 鈴木真衣」の名札を胸に着けて走りたいと思っています。そしてどこを走っても、そのあと最後はここ(大川小学校)に来ようと思っています。トーチを持って。」

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地元のバスケットボールチームに所属していた真衣さんと、チームでコーチをしていた鈴木さん、震災前はよくふたりで大川小学校周辺をランニングしていたのだそう。

真衣さんは、避難が遅れて命を落とした74人の児童のうちの一人。震災の2日後、学校の裏山の斜面に積もる泥の中から、捜索をしていた鈴木さんが自ら掘り起こしました。いまも震災当時のままの姿を遺す大川小には、各地から見学者が絶えませんが、鈴木さんはここで「大川伝承の会」という語り部活動を定期的に実施。十分な時間があったにも関わらず校庭に留まりつづけた当時の状況や学校側の対応、また教育現場における行政の事前防災の不備などを伝え続けています。


年に9回ほど開催される「大川伝承の会」には、一般の方はもちろん、教職に就く人や、地域の防災に携わる人などが全国から訪れます。去年秋には、学校の事前防災の不備など、行政の法的責任を問う大川小訴訟の高裁判決が最高裁で確定。遺族の訴えが認められました。鈴木さんにとっても、この結果は「大川伝承の会」の訴えにも通じる、“画期的なものだった”といいます。

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「私は原告にはなっていないんですけど、裁判の結果は画期的な判断だったかと思います。これからの学校防災、防災教育には欠かせないことですので。大川小学校であったことが今後起きないように、それは「事故」というだけでなくて、事故になる前の組織的な事であったり、そういったことが見直されて学校防災に役立っていけばいいと思います。そして子供たちの命を守るんだという意識も高まっていけば。」

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子供たちを預かる学校の防災体制に対する行政の責任、これが判決の確定によって明確になったわけですが、その大川小訴訟の象徴ともいえる大川小学校の校舎はいま、震災遺構としての保存が進められています。津波で崩れた校舎の周りには、ボランティアの方たちが植えた花が咲いて、ささやかな癒しとなっています。6月20日、場所は未定ですが、胸に真衣ちゃんの名札を付け、石巻市内を聖火リレーする鈴木さん、どこを走っても、最後はこの校舎にトーチを持って帰ってくるといいます。その傍らにはきっと、真衣ちゃんの姿があることでしょう。


「Hand in Hand」、「トーチに掲げる思い〜東北を走る、ふたりの聖火ランナー」。それぞれの思いを胸に、復興五輪の聖火を運ぶ、福島県南相馬市の上野敬幸さん、宮城県石巻市の鈴木典行さん。上野さんは、聖火リレー初日の3月26日(木)、南相馬市を。そして鈴木さんは、6月20日(土)、石巻市を走ります。どうぞ晴天でありますように。

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「Hand in Hand」、来週のテーマは、「雪どけの春を迎える、長野市をたずねて」。台風19号の被災から5か月が経って、リンゴの花の開花が待ち遠しい頃の長野市を訪ね、リンゴ農家さんなど生産者の現状についてお伝えします。どうぞ来週も聴いてください。


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