
座席に座り、ハンドルを握ってみる。なかなかいい感じだ。地図をハンドルの前に広げる。リスボンの中心まで、飛ばせば15分程度で着いてしまいそうだ。
よしっ、と小さく声に出してエンジンをかけた。ハンドルを左手に、シフトレバーを右手に持つと、いよいよという気分に頬がゆるむ。ギアをバックに入れるため、シフトレバーのノブの上に描かれた表示を見た。一番手前に引いて前に押す。表示に従いギアを入れ、アクセルをふかす。
車がズズズと前に進んだ。
驚いてブレーキを踏む。苦笑い。バックではなくローギアに入れてしまったらしい。レバーの手前への引き方が甘かったようだ。今度はもう少し力を込めて、ぐいと前に押す。よしっ。アクセルを踏み込む。
車がズズズと前に進んだ。
慌ててブレーキを踏む。前に車が、すぐそこに迫っていた。
そういえば……昔の苦い経験が頭をよぎる。
初めての海外旅行のアメリカで、いきなりレンタカー旅行に挑戦した私は、何度も戸惑いと失敗を繰り返した。ダラス空港で車を借りてホテル『ホテル・クレッセント・コート』に向かおうとした時も、ギアがバックに入らず四苦八苦した。あの時は……。
思い出した。きっとこの車も、シフトレバーを下に押し込んでからバックにギアチェンジするタイプなのだ。コツがわかれば簡単だ。力を込めてレバーをぐぐぐと前に押し込む。右手がかすかに震える。ギアチェンジのたびに右腕の筋肉がかなり鍛えられそうだ。アクセルを恐る恐る踏み込む。
車がズズズと前に進んだ。軽い衝撃――ぶつかった!
車から飛び降り、前を覗く。へこんではいない。キズは……ない。ちょっと触れた程度だ。ほっとしたら急に腹が立ってきた。
ギアが壊れているなんてとんでもない整備不良だ!
……つづく