2012年2月23日

2月23日「福島県双葉郡川内村 遠藤雄幸村長インタビュー(2)」

福島第一原発の事故による全村避難から10か月。
原発から30キロ圏内にある福島県双葉郡川内村は、1月31日に遠藤雄幸村長が「帰村宣言」を出し、「村に戻れる人から戻る」という基本方針の元、帰村を開始しました。

そして現在、川内村は村民 約2600人のうち、250人ほどが村に戻っていますが、大半の方は、今も村外の仮設住宅などで生活を続けています。また、村にはまだ子どもは一人も帰っていません。4月から帰るという子もいるようですが、それもごく一部に留まる見込みです。
遠藤雄幸村長にお話を伺いました。


◆親御さんが抱える不安
 低線量とはいえ、20年後30年後にどんな健康に及ぼす影響はどうなのかという心配。専門家の間でも低線量被ばくには意見が分かれるところ。学校が戻った時に、戻る人が少なく、複式学級になってしまうのではという教育面の不安。そんなことはさせない。1人でもその学年の先生をつけることでクリアする。
 浪江や富岡、大熊に高校があり、バス通学をしていた。そこは壊滅状態。いわきにサテライトが出来ている。高校卒業するまではこちらにいたいという人もいる。放射線への不安だけでなく、子供の将来や教育環境が、戻りたい気持ちにブレーキをかけている部分がある。



川内村では今週から、学校などの除染で出た汚染土を仮置き場へ移す作業も始まり、学校の再開へ、準備が進んでいます。
しかし親の不安を解消するには、様々な課題をクリアする必要があるようです。

そして、村で人が生活を続けていくためには、もう一つ大きな課題があります。


◆雇用や除染の問題
 働く場所がないと帰れない。雇用は解消されつつある。学校跡地に50人規模の製造業が手を挙げている。水耕栽培でも10人から15人の雇用の確保になる。
 産業構造でいうと畜産林業。経済側面だけでなく文化そのもの。目の前に畑があれば手入れをする、田植えをする。
 経済活動だけではない。避難していると、朝起きた時に、「さあ今日は何やるか」と考える。これは不幸。役場で働く我々はいい。避難している人は朝起きて何をするかがわからない。家に戻れば、畑があれば体が動く。ひとつの運動。
 森林の除染は時間がかかる。木を伐採すればよいものではない。森林の機能は経済だけでない。災害の防止、遊びの空間、山のめぐみ、キノコがとれ、景観となり、観光となる。すべての木を切るという行為は自殺行為。公益的な機能を維持するためには時間がかかる。



川内村は、森林の除染作業、働く場所の問題、そして子どもと親の不安を一つ一つ、あらゆる手立てを講じて解決しようとしています。
ただそれでも、郡山市の仮設住宅で暮らす村民の心境は複雑です。
村民の方にお話を伺いました。

◆川内村民の複雑な心境
 ・診療所にお医者さんが帰ってくれば。年寄りだから。川内のお医者さんが帰らなければ私たちは帰らない。
 ・中学1年生。なるべく村に帰りたいがお兄ちゃんの高校があるから残念。
 ・農家。帰ったってしょうがないでしょ、今の状態では。だからいるだけ。何にもできない。田んぼも畑もできない。除染もしてもらったって帰ったってどうしようもない。その後のことがはっきりしていないから。辛いです。夢にも見ます。




明日も、川内村・遠藤雄幸村長のインタビューをお届けします。



2012年2月22日

2月22日「福島県双葉郡川内村 遠藤雄幸村長インタビュー(1)」

福島第一原発の30キロ圏内、一部20キロ圏内にある川内村は、原発事故直後の昨年3月16日に、村長の避難宣言によって、約2600人の村民ほとんどが村の外へ避難。
避難生活を余儀なくされました。

そして昨年9月。30キロ圏内の緊急時避難準備区域が解除。
すでに帰還の準備を進めていた川内村は、先月31日に「帰村宣言」を出し、遠藤村長は記者会見で、「戻れる人から戻ろう」と村の人たちに呼びかけました。
これは、行政機能を移転した双葉郡9つの町村で初めて、「村へ帰る」意思を示したものでした。

この大きな決断に至った想いを、遠藤村長に伺いました。


◆「帰村宣言」への想い
 川内村は線量が低かった。チェルノブイリで人の住まない場所、廃墟を見てきた。除染しない街の姿を見て、除染すれば戻れると感じた。戻れる可能性があるなら、それを広げたい。そこに人が住んで生活をしていくことが必要。
 3月24、25日で役場を移動。学校の説明会は終了。除染も公共施設や学校は終わっている。
 モニタリングは済んでいるが、寒さと雪で遅れている。3月には子どもたちのいる家庭を優先して除染していく。250人から300人が戻っている。役場機能も本来のものに戻し、行政サービスを展開したいという思いがある。
 (避難生活が)1年近くになり「もう戻りたい」という人もいる。それでも心配という人もいる。三者三様。「帰村宣言」と言いつつも、どう表現するのか。結果、尾ひれのついたものに。



「戻れる人は戻る。心配な人はもう少し様子を見てから戻ればいい」
川内村はこういう基本方針を立てています。帰村を強制するものではありません。
村長自身も、悩んだ末の方針だったと話しています。
それでも帰村宣言に踏み切ったのは、村が村民にとって「故郷」だからだと遠藤村長は考えています。


◆川内村は「故郷」だから
 自分の故郷、我が家に帰るのは理屈じゃない。「戻らない」「戻るのに慎重」だという人にも故郷は必要。
 川内村はいつまでたっても故郷である。消滅していいのか。誰だっていやだという。
 不平や不満だけでは何も解決しないのは自明。国だ県だと言っても時間はかかる。国や県や東電が、前の生活を戻してくれるわけではない。お金の面倒は見てくれるだろうが。
 誰がやるのか、自分の村のことを自分でやる。村をもう一度綺麗にするのは村民。だから戻ってきれいにする。





明日も、川内村・遠藤雄幸村長のインタビューをお届けします。
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