2019年1月17日

飯舘村で畜産を再開した山田農場の山田猛史さん1

今朝は福島県飯舘村で畜産を再開した、山田農場、山田猛史さんのお話しです。

震災のあとの原発事故によって飯舘村は全村避難となりましたが、2017年春に避難指示が解除。道の駅ができ、学校も再開をしましたが、まだまだ戻る人は少ない状況が続いています。

もともと飯舘村は、ブランド牛の“飯舘牛”で知られる畜産の村。山田さんも震災前は、母牛を飼って子牛を産ませ、その子牛を売る商いをしていました。村に戻った当初は、まだ放射線量などのデータを取るための“試験放牧”しかできない状況だったといいますが、それでも迷わず帰村を決めたという山田さん。

その背中を押したものとは、何だったんでしょうか?


◆牛の力を借りながら農地を守る

「前は1200〜1300頭、母牛いたんです。今は・・・4軒か。4軒村に帰って牛飼いをしているだけです。100何十戸あったんですが、そのほとんどの農家が、あの震災の時に牛飼いはやめたという感じで、牛飼いを再開してる人は少ないです。それでも牛の力を借りないと、この広い農地を守るっていうのがなかなか難しいんです。ブロッコリー作るとか大根作るっていう人がなかなか出なくて、とりあえずは草でも蒔いて牛を放して農地を荒らさないようにしようというのが俺の考えで、それが10年ぐらい経って放射能の環境もずっと少なくなって、戻る人も一人増え二人増えして、農業やろうっていうような人が出てきて、“貸しておいた農地を返してくれ”って言ってきたときには、畑として返すつもりでいますから、そのうちは俺が借りて草を蒔いたり牛を放したりして、農地を利用して金を取りながら管理するというような感じでいるんです。だから前から畜産の村・飯舘っていうような話はいっぱいあったんですが、今はもう牛がいませんから、これを再開するにはちょっと時間かかりますが、とにかく飯舘は牛の力を借りながら農地を守り、営農再開をするっていうのがいちばん近道なのかなと思ってます。」





ちなみに山田さん、紅白歌合戦の中で嵐がVTRの中で取材していた方でもあります。そんな福島県飯舘村で畜産を再開した、山田農場、山田猛史さんのお話し・・・

放っておくと農地は荒れる。放牧した牛が農地の草を食むことによって土が守られる。牛の販売が制限される“試験放牧”という環境でありながらも飯舘に帰った山田さんの土地への思いが伝わってきます。

ちなみに避難指示解除後のこの2年の試験放牧の結果、牛から放射能は検出されなかったとのこと。今はまだたったの4軒ですが、飯舘の畜産、そして農業の再生のために生きる、山田さんのお話し、明日もお届けします。

パーソナリティ 鈴村健一

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