2019年3月18日

相馬市原釜漁港の漁師、菊地基文さんに聞く

今週は先週に続き、福島県相馬市からのレポートをお届けします。

2011年、震災の年から中西さんが欠かさず訪ねている相馬市。今回は、相馬の基幹産業でもある漁業にフォーカス。原釜港の漁師、菊地基文さんにお話を伺いました。



松川浦で生まれ育った42歳の若き漁師、菊地基文さん。番組では以前より継続して菊地さんにお話を伺っています。

松川浦はじめ福島の各漁協では、今なお原発事故の影響で「試験操業」という限られた形での漁を余儀なくされていますが、操業が始まった2012年には、たったの20種類だった水揚げできる魚種は、いま主要魚種すべての操業が可能なほど回復しています。

先日、漁を終えて船から上がったばかりの菊池さんに、まずはそんな相馬の漁業の「今」について伺ってみました。


◆「今は“日本一”の値が付くほどに回復」

「哲)今日漁に出られていたんですよね。もともとなかなかいろんな魚を引き揚げて売ることができない状況だったんですけど、だいぶ改善されてきた・・・?
菊)そうですね。震災前に水揚げしていた魚種のほぼほぼ90数%くらいは水揚げOKになってるんで。
哲)お値段の方は?
菊)ま需要と供給の関係もあって、ほかの港で獲れなければココの魚も高くなるし、魚によっては日本一の値段がついたりする魚種もあったり。たとえばこれからの時期だと小女子。小女子って西日本とかで最近不漁なんですよね。で逆にこっちの方はけっこう大漁で。だから築地の・・・いま豊洲か。の方でも一番の値が付いたっていう話も聞きましたね、この間。
哲)菊池さん、最初はちょっと難しいっていう話をされてましたけど、とはいえネガティブな感情はあまり持ってらっしゃらなくて、それが僕らにとってすごく頼もしかったんですけど、やっとこう“追いついてきた”っていうふうに見てもいいんですかね?
菊)そうですね。やっぱそういう大漁の魚を中央に出荷して、“福島県産の魚”ってだけ見られると、やっぱどうしてもつっつく人とか横やり入れる人とかいると思うんですけど、中央市場に出荷すると同時に、個人レベルでも首都圏に行ったり、全国いろんなところに行って、ちゃんと現状だったり、魚の魅力だったり、そういうことも同時にやっていけば、福島県産=魚種が豊富で美味しいっていうイメージに変わっていくんじゃないかと思いますよね。」



親潮と黒潮、寒流と暖流がぶつかる福島沖は、魚種が豊富で、“常磐(じょうばん)もの”と呼ばれる、いい魚があがる場所でもあります。福島県の漁協は、試験操業で上がる魚について、国より厳しい基準値を設けて、安全を確認したうえで出荷しています。試験操業を始めた頃は値が付かず、プライドを持ってやってきた相馬の漁師たちにとっては悔しい日々であったはずですが、それが今は日本一の値が付くこともあるほど回復しているということでした。

菊地さんはそんな厳しい状況の中でも、どこへ出しても胸を張れる魚を獲り、加工品も新たに手掛けるなど、様々な挑戦を続けて、相馬の海の復興をけん引してきた人。悲願の本操業再開へ向けて今も懸命に走り続けています。

『LOVE & HOPE』、明日も菊地基文さんのインタビューをお届けします。

パーソナリティ 鈴村健一

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